101 乱暴な神鎮め

真幸side

 

「どこだ、どこにいる?颯人……颯人?」


 神の宮の扉を開けて、社の奥に進んでいく。颯人の魂が、ここにいるはずだ。

拝殿、渡り廊下を早足で抜けて、本殿にようやく辿り着いた。


「はっ……」


 


 長髪で、黒い着物を着た小さい子が行李の影に丸まっている。


 間違いない、この子だ。


 そっと近づいて、肩に手を乗せる。

 小さな子が驚いて飛び上がり、尻餅をついた。あどけない顔で、目をまんまるに開いて……颯人が、そのまま小さくなったような姿だ。

 長い黒髪が木の床に広がっていた。


 

「あっ!まさきではないか!」

「颯人……かわいい、小さいなぁ」

「まさき!!」


 俺の名を呼ぶ颯人の魂を抱きしめる。

 小さい体なのに、力持ちだ。俺の背中に回った手が全然届いてない。いつもと逆だね……颯人。

 

 白檀の香り、暖かい体温が伝わってきてようやくホッとする。

 

 冷や汗びっしょりになった顔を拭いてやると、小さな颯人がぎこちなく笑った。怖かったんだろう、俺の服を掴んで震えている。


 小さな腕に巻き付いた鎖。これが原因だったんだな……それを剣で断ち切り、痣が残った腕をそっと撫でる。

 

 痛かっただろうな。俺のせいでこんな目に遭わせてしまったんだ。ふくふくした手が自分の胸元を掴んで、顔を擦り寄せてくる。颯人……ごめん。


 

 


「まさき、どこかいたむのか?なぜそのようになく?きずにくちづけてやろう」

 

「あは……小さいのに颯人だ。俺の心配なんかいいのに。腕が痛いだろ、大丈夫か?」

 

「たいしたけがではない。わがはなは、おかしなことをいうな?

わたしはわたしだ。ちいさくともそなたのあいぼうだぞ」

 

「うん、無事でよかった。遅くなって本当にごめん」

「おそくなどない。そなたはやりたくないことをせねばらず、くろうをさせた。このようにひへいして……やい!おおきいわたしよ!なにをしていたのだ!」



 

 とす、とす、とゆっくり歩いてきた颯人が手を差し伸べてくる。

 それを掴もうと動いた瞬間、自分の体から黒いモヤが立ち上がるのが見えた。


 ハッとして自分の体を見下すと、浄化したはずの衣が血に塗れ、床が真っ赤に染まっている。

なんで……どうして?



 

「何これ………颯人!離れて!」

「なにをいうのだ、そなたからはなれるわけがなかろう」

 

「そうだな、小さき我。そなたは一度出雲にゆけ。祓いを受けねばならぬ」

「わかった。まさきをたのむぞ」

 

「応」


 小さな颯人が微笑み、七色の光をこぼしながら消えて行く。

 



「真幸、怪我は?」

「な、ない。……どウしよう、こンなに汚しちゃった!散々神様を傷つけテ、妖怪達も、崇徳天皇にも、道真ニモ……俺、オレ……」


 両手が震えて、歯の根が合わなくてカチカチ音がしてる。完全にブチギレて、酷いことしちゃった。

なんて事したんだ…颯人の大切な場所を汚されて怒ってたくせに、俺自身が汚してるじゃないか!


 

「真幸、よく見よ。血などついておらぬ」

「だって、だッテこんなニ真っ赤な……」


 颯人がもう一度手を伸ばしてくる。

 社の壁に背を押し付け、膝を抱えて蹲る。体を丸めて、颯人に触られないように縮こまった。

 

 見ないで。さわらないで。

 ……俺は今、すごく汚れてる。 



 

「我のために怒れる姿は美しかった。すまぬな、体がうまく動かぬとわかっていたのだろう」

 

「……っ」


 

 涙がポタポタ、落ちて行く。

 颯人の神力は左腕のあざを中心に滞って、まともに動ける状態じゃなかった。

動けないのは、颯人のせいじゃないのに。

 

 俺も依代として繋がってるから、痣があって痛みはあるけど体は動かせた。

だから……早く元に戻したかったんだ。

大切な颯人が、誰かにこんな事されてるのが耐えられなかった。


 

 

「そなたの鬼神のような姿に惚れ直した。……だが、我は肝心なところでいつもそなたを守れぬ。また傷つけてしまったな」

 

「違うよ!俺が勝手にキレテ、暴れ回ったダケダ!!

本当は落ち着いて、時間をかけて、話を聞いてあげなきゃいけなかったのに。

 最低だ……俺は神様の資格ナンカナイ!」


 颯人がそばに腰を下ろし、肩に肩をくっつけてくる。



  


「は、離れて……穢れちゃウよ!俺は血だらけだし、瘴気が出テる」

「かまわぬ。我がそなたにつけた傷に比べれば、大したことはない」

 

「傷ついてなんカない。刃を振るった俺が、傷ツク資格なんかナイんだ」


 瘴気を気にすることもなく、颯人が抱きしめてくる。駄目だって、言ったのに。



 

 俺の瘴気が颯人の体に沁みていく。どうして全然収まってくれないんだ。颯人が血に塗れた手を取って、頬をすり寄せる。綺麗な顔が赤黒い液体に汚されて、顔色がどんどん青白くなっていく。

 

 さっきから、言葉の揺らぎが出てる。俺は堕ちかけてるんだ。


 

 

「離シテ!!!やめてよ!!血が……颯人が、颯人が汚レちャう」

「其方の清いたなごころは、何も汚しはせぬ」


「清くあるわケナいだろ!?俺ははじめから汚れてるんだ!嫌な言葉を吐いて、血に塗れて、誰ノ話も聞カズに、昔みたいに暴力を振ルッた!!

 嫌だ!離して!!汚い俺が触っちゃイケナいンダ……颯人、離しテよ!!」


 


 必死で力を込めても颯人は微動だにしない。残った神力を全て腕力に回して、紫の痣が身体中に広がって行くのが目に映る。

 

 颯人の凛々しい眉毛も、綺麗な瞳も、すらっとした鼻も、優しく微笑む唇も何もかもが穢れていく。


「我がこの命に変えてもよいとした其方を、『汚れている』などと言うのはやめよ。本人だとしても許さぬぞ」

 

「………」


 

 両手を押さえられて、じっと見つめる視線に耐えられず顔を背けて目を瞑る。


 颯人が手のひらから口付けて、俺の傷跡を辿って近づいてくる。

最初に唇に触れた手のひらの火傷の痕が火を灯されたように熱い。

 

 唇が一つ一つの傷痕に体温を残して行く。胸が苦しい。切ない。俺だって、颯人に触りたいのに……。


 

 

「真幸、そなたの顔が見たい」

「や、ダ……ぐちゃグチャだもん」

 

「それは初めて見るな、ぜひ見せてくれ。

 其方はどんな時も我を虜にしている。愛い泣き顔が見たい」


 両手で俺の頬を包み、振り向かされる。いつもは暖かい手のひらが冷たい。

まさか、颯人も堕ちかけてる?

ちょっとだけ、ちょっとだけなら見ても平気かな……。

 

 瞼を開くとすぐに眼差しが交わった。青白くて生気のない颯人が優しく微笑んで、驚いたように目が大きく開く。


 


「おお、なんと美しい娘がいたことだろう。我の腕に抱かれ、その甘いかんばせで微笑みかけてはくれまいか。

 この先、幾久しくそれを見たい。一番近くで其方の熱を感じたい」

 

「なん、だよそれ……」


 

「ぷろぽぉずと言う物だ」 

「……俺たちは相棒だぞ」


「相棒だとしても構わぬが、なかなか難しいな……昔取った杵柄が全く役に立たぬ。其方にはいつもこうなのだ。画策しても上手く行った試しがない」

「そう、なの?」


 冷たい指で涙を拭われて、額がくっついてくる。思わず口を掌で隠すと、小さく笑われた。


 

 

「そのように待てをされたのも、初めてのことだった。全てが愛おしく、狂おしいほどに我の全てを虜にして……唇を与えてくれぬのだ。我の想い人は酷いだろう?」

「むー、うー」


「ん?何と申した?」

「んーんー!」


「わからぬなぁ」

「むー!むむむー!っ?!」




 体ごと壁に押さえ込まれて、自分の手のひら越しに唇が触れる。

 思わず床についた片手に指を絡ませてくるけど……もう、颯人の指先には全然力が入ってないんだ。体を動かすのも大変なはずなのにどうやって動いてるの……?

 俺から手を握り、颯人を支えると緩く握り返される。

 

 誰よりも大切な颯人を穢したくないのに、体がちっとも言うことを聞いてくれない。

体が震えて、隔てるものがあったとしても……触れ合えることが嬉しいと伝えてしまう。


 

「愛している……真幸、堕ちるな。我の手の届く場所にいてくれねば困る。

 二度と離さぬと、離れぬと……そう誓っただろう」


  


 手のひら越しの唇から熱が生まれて、体全体に広がって行く。

 颯人がキスの合間に絶えず「愛している」と囁いて頭がぼーっとしてきた。


 腰が抜けて、体が傾いで二人して床に倒れ込む。

颯人の腕が俺を引き寄せて、すっぽり包まれた。あったかい。気持ちいい……。


 


「戻ったな」

「颯人の神鎮めは乱暴だよ。相棒は口にキスしないんだぞ」

「ふ、仕方あるまい。そなたの他にはこの手は使わぬ。ただ、其方に触れたかったのだ」

「……うん……」


 

 自分の手にも、颯人の手にも体温が戻ってくる。俺についた血もいつの間にか消えて、自分が纏った浄衣が白く光を放っているようだった。

 

 くっついた胸から伝わる心音が俺と同じ速さで時を刻んでいる。心も体も何もかもが満たされて行く。

 重たくてドロドロした汚いものが一つ残らず綺麗になって、颯人が恋しくてたまらない。首に手を回して抱きつくと、自分の背中に回った手が抱きしめ返してくれる。

 

 颯人が、俺の事を引き止めてくれたんだ。すごく嬉しい、幸せ。




 

「もっとくっついて。ぎゅうってして」

「そのように甘い声も好きだ……愛おしい」

「颯人、はやと……」


「このまま閨にゆきたい。甘えん坊の其方は貴重なのだ。たまらぬ」

「だ、だめだってば。お掃除もしなきゃだし、あいつらに正座で反省させるんだから」

 

「仕方ない。楽しみは後に取っておこう」


 体を起こし、颯人の袖を捲って痣を確認する。

 緩やかに消えて行くそれを見て、体が突然疲れを思い出した。

呪力を背負って歩いた足がパンパンだ。

 


 

「アドレナリンドバドバだったのかー。あー急に疲れが来たー……」

「我もそうだ。食事をして、少し転寝うたたねをしよう」

 

「……うーん」

「夜になるまでは待てるだろう?」

 

「べ、別にそう言うアレじゃなくて!相棒はそう言う事しないぞ!」

「いつものように共寝をするだけだろう、何を想像した?」

 

「……ぬ、ぅ……」


 

 

 颯人の顔に浮かぶ笑顔に力がない。ヘトヘトなんだ……俺だってそう。


 引き寄せられるようにして頬をくっつける。触れ合ったそこにシワが寄って、お互い笑ってるのがわかった。

 颯人を守れた事が嬉しくて、俺を守ってくれたことが嬉しくて。辛い思いをさせた事実が苦しくて……何も口から出てこなくなった。


「何も言わずとも伝わる。魂を交わした其方の考えることは、全てわかる」

「ん……うん」

 


 


「おい、お二人さん。そろそろ腹いっぱいなんだが」

「イチャイチャはもう見慣れましたねっ!もう少し刺激が欲しいところです!」

「俺はちょっとしか聞こえてない」


 白石が苦笑い、伏見さんは何故か興奮してふすふすしてる。鬼一さん……何か進歩してるんだが気のせいか?

 俺の暴れん坊を見てるのに、みんな何にも変わらない。いつもの様にしてくれる。

 

 なんか、うん……へへ。


 


「お腹すいた。ご飯食べたいな、伏見さん」


 寝転がったまま伏見さんに甘えてしまう。じっと見つめていると、伏見さんが眉を下げて微笑んだ。

 

「はい、そうしましょう。今すぐ帰りましょうね」

「風呂、用意してもらってるからな」

「俺も炊き出し手伝うかな。さっさと行こうぜ、真幸」


「うん」


 

 鬼一さんが手を差し伸べてくる。

それを握ろうとしたら遮られて、颯人が俺を抱えたまま立ち上がった。


 

「颯人ぉ……今のはそういう流れでしょ!」

「ならぬ。神鎮めを果たした我は、褒美が必要だ。其方を独占させてもらおう」

 

「なっ、何言ってんの!?鬼一さんに悪いだろっ!」


 鬼一さんが伸ばした手は、俺の頭を優しく撫る。



  

「気にすんな。颯人様だって必死だったんだから、甘やかしてやってくれ。後始末が待ってるぜ、大将」

「……う、うん」


 イケオジの優しい声に微笑みを返して、伏見さんが展開する転移術の中に身を投じた。


 ━━━━━━


 

「奥殿!剣を持ちながら弓を放つのはどうやったのですか!?」

「うぁー。え?握力。持ち変えるのめんどくさかっただけだよ。てか奥殿じゃないから、相棒だから。」


「相棒??そうなのですか!?……まぁ良いです、何か面倒な匂いがするので触れずにおきましょう。

 それでは、足を薙ぎ切ったのは?刀ならいざ知らず、剣で切れるのですか!?」

 

「なんだよ面倒な匂いってええぇ……。あー、剣でも切れなくはない。カマイタチの妖怪さんに手伝ってもらった」


「矢を五本同時に射たのは?あれはどのようにして狙いを定めたのですか?!」

 

「んー……神力でロックオンしてそれを矢に繋いで……もう!なんで質問攻めなの!?オオクニヌシ、もしかして一部始終見てたのか?」

「それはもう!!!素晴らしかったです!!武人としてはからくりが気になって夜も眠れません!!」


「ソウデスカ」


 


 現時刻、12:30 俺は神社二つを血まみれにしてきたんだけど、あんまり時間が経ってないな。

お風呂に入って、妃菜のご飯を食べてお腹がおなりあそばしている。

 

 疲れてへとへとなのに、オオクニヌシが質問ばっかりしてくる。正直に言おう。彼こそめんどくさい。


  


「正確には1時間程度で始末してるぞ。須佐神社に15分、日御碕神社には45分。45分の半分は相棒(仮)タイムだ」

 

「白石ぃ……どうでもいいだろぉ……」


「確かにな。後片付けの方が時間がかかる。伏見さん達が粗方片付けてるし、こっちはこっちでアレをどうにかしようぜ」

「そうさのう。真幸が上手に打ち倒した故、皆すでに回復しておる。……やたら怯えてはいるが」



 

 出雲大社、神楽殿の隅っこで簀巻きにされて部屋の隅に縮こまっている崇徳天皇と菅原道真。兵隊やってた神子達や妖怪も隅っこに固まってる。

 

 うん、俺のせいだな。

 でも、顔見るとまだイラっとするな。


 主犯に捕まって穢れを受けた精霊達と颯人ファミリーの分霊した魂は、俺の回復待ち。妃菜と星野さんが頑張ってくれたんだが、どうにも祓がうまくいかなかったみたいだ。

 

 みんなお布団敷いてすやすや寝てる。小さい颯人やクシナダヒメ、天照の寝顔がかわいい。


 この子達を痛めつけたんだよなぁ。あー……モヤモヤするー。いつまで経っても心が落ち着かない。


 

 


『真幸殿、出てもよろしいか』

「将門さん?どうぞー」


 神ゴムから将門さんが狩衣姿で現れた。

……あれっ、なんか怒ってる??

将門さんの黒色の衣服から、濛々と神力が溢れ出している。



「恐れ入りますが、しばし防音特化の結界を張って頂きたい」

「ほぇ?いいけど、何するの?」


「説教です」


 むむ?将門さんがお説教……なるほど。日本三代怨霊と言われる三柱だしな。なんか話したいのかも。


 立ち上がって柏手を打ち、防音特化の結界を張る。

結界の中にオオクニヌシがワクワクしながら入ってきた。……いいのかなこれ。



「義息子は好奇心旺盛で愚直なのだ。他を味方につけるのは上手いし、何かしら役に立つことが多い。放っておけ」

 

「颯人もたくさん意地悪したもんね、どんな柱か知ってるんだなぁ」

「ぬぅ……」


 


 気まずそうな颯人の顔を見ると、古事記などで伝わる歴史は本当みたいだな。

  

 オオクニヌシは生まれからして優しい神だった。八十神やそがみと言われる兄達に虐げられていたが、元々八十神が騙した因幡のウサギを助けたり、数々の困難に遭っても立ち向かえる智慧を持つ神様だ。


 八十神が「嫁にしたい!」って言ってた美女がいて、手に入れるために散々画策しても袖に振られてたのに「優しいお前が結ばれるぞ!」なんてうさぎが言って、本当に結ばれて。逆恨みでボコボコに……いやかなりエグいやり方で殺されてたな。


  

 オオクニヌシの母神が神産巣日之命カミムスビノミコトに願い、その後生き返ってるんだけど。焼石落とされたり、大木に挟まれたりして散々な目に遭っていたはずだ。

 

 その後スセリビメに会って、結婚したいって言ったら颯人が試練を与えたんだ。


  

 でも、それは……颯人の意思を正しく理解してる人もいる。俺もそうだけど。

 

 ちょっぴり気が弱くて、自分の力を出しきれず優しすぎるオオクニヌシを心配して、『日本を背負って立つ様な漢になれ』って颯人が尻を叩いてたんだ。

 

 自らの意思で立ち、八十神を打ち倒せって。

 

 颯人が八岐大蛇やまたのおろちを倒して始めた、地上の平定を彼に任せたかった。

だからそうしたんだって、ちゃーんと歴史に残ってるんだよ。俺の相棒はかっこいい。


 


「颯人のそう言うとこ、好きだな……。

 オオクニヌシを立たせるためにやったんだろ?俺にしてくれたみたいに」

 

「もう一度言ってくれ、特に冒頭の部分だ」

 

「ヤダよ。将門さんが何かするんだから。静かにして下さい」

「ふ……仕方ない」


 

 おかしい、疲れてるから脳がしゃべってしまうぞ。とりあえず口を閉じておこう。

 

 将門さんが崇徳天皇と道真を座らせて、その目の前にどっかりと座った。

 

 ムッキムキの将門さんに睨まれて、しょんぼりしてる二柱が目を逸らす。

あそこにいるのは全員文武両道の神様達なんだけど、気合の違いかな。将門さんが凛々しく見える。


 


「二柱が今回した事の理由は、何だ」

「「…………」」

 

「だいたい予測はついている。私が真幸殿に勾玉を渡し、侍っているのが気に食わぬのだろう?」


「そうだ。お主だけが真幸殿に癒されておる。我らも怨霊としての苦しみを抱えていると言うのに」

 

「ここが国護結界、最後の重要地点だ。真幸殿が来れば、結界がさらに力を増すのだからな。どちらにせよ、出雲会議を待てばよかろう。あといく日もなかっただろうが。

 国乱を正し、三貴子を顕現して仕事をされて……本当に忙しいのだ。

慰められたいからなどと陳腐な理由で、真幸殿が大切に思う方の故郷を、魂を穢したのか。あってはならぬことだ。武人として卑怯だとは思わぬのか」


 

 

「そう、思いはした。だが、幾年経とうとも我が願いは成就しなかった。私は捏造の罪で左遷されたまま、いつか戻れると思っていた都の梅を見ずに死んだのだ。待つばかりでは結果は得られないと身に染みている」

 

「私だってそうだ。親の葬式くらいは出させてくれると思っていた。妾腹だとしても、父が恋しかった……。恋しいものを思うだけでは報われぬこともある」


 

「お前達の事情など真幸殿はご存知だ。直接訴えれば何を押しても会って下さっただろうに、真幸殿に何かあくしょんをしたのか?文を送り、神職に伝えたのか?お主らには社があるだろう」

 

「そのような事はしていない」

「自分に仕えている神職に頼むのか?……無理だ。だから、おそらく最短で会えるだろうとここに来たのだ。

 あまりに来ぬから、荒神になってしまった。優しい手紙を貰った一族に、羨ましさのあまりに憎しみを抱いた」

 

「…………」


 

 

 うーん、そういう事か。二柱とも辛い人生ではあったんだよなぁ。

 

 菅原道真は幼い時から賢くて勤勉だった。勉学の神様になっているくらいで、小さな頃から神童といわれていたんだ。

 人柄も良くて、彼に助けられた人もたくさんいるし。当時は一生懸命働いて右大臣にまで上り詰めた人だった。


 だけど、正しい志を持つ人は、害されることも多い。


 

 そのセオリー通り、道真は妬まれて同じ仕事を担っていた仲間に貶められ、騙されて左遷されてしまった。

 

 実力だけで右大臣になるのは相当のことだ。やっと手に入れた官職に就き、もっともっと頑張ろう!と思っていたところで無実の罪を着せられてしまったんだから。

 

 彼の辞世の句は都の白梅を恋しがる歌だ。『いつかきっと戻れる、きっとわかってくれる』と信じてその地を思う切ない気持ちは、現代にも語り継がれている。


 

 

 崇徳天皇は妾腹、と自分で言っていた通りの生まれだ。だからなんだろうな……後継になる順番は自分が先だったのに、弟の後白河天皇に跡を継がれてしまった。

 武芸も文学も自分の方が上だったのに、と言う思いもあっただろう。本人のせいじゃないから余計に悔しかったと思う。

 

 いつしか住まいも都から追いやられて親が病気になり、そのお見舞いも許されず、ついに亡くなって。葬式に参加したいと申し出ても許されなかった。

 

 その後鬱憤が溜まっていた彼は戦争を起こし、源頼朝みなもとのよりとも平清盛たいらのきよもりが加勢した官軍・後白河天皇が崇徳天皇を打ち倒し、讃岐に流罪となる。


 流罪地に到着して数年は後ろ盾があったけど、それも無くなって荒んだ生活になった。その中で仏事にのめり込み、自分の血で書いた経典を都に送りつけて拒否されたと言う記録もある。

 

 完全にメンヘラムーブをかましていた訳だ。洒落にならない恨みの深さで『天下を祟り、国家を悩ませてやる』と言って無念のまま亡くなった。



 

 日本の三代怨霊と言わしめる由来はそれぞれあるけどさ。現代では大勢の人を巻き込んで死者を出す人災、天災を起こすのが特徴だ。

 

 俺の事務所設立を経て、その初任務で二柱を訪ねる予定ではあった。

 忙しさを理由に出雲に来れなかったのもそうだけど、彼らを放置しまったのは俺のせいでもある。


  

 鬱々としていると、将門さんが足を踏み鳴らしながら立ち上がり、崇徳天皇の胸ぐらを掴んで、グーで頬を殴った。


 えっ??殴った!?


 


 

「貴様もだ!覚悟せよ!」

「なっ!?な……ごふぅ!?」


 見事に吹き飛んだ二柱は簀巻きのままだからゴロゴロ転がって、オオクニヌシが慌てて押さえてる。背後にいる神子達がそれを見て震え上がってしまった。

 そして颯人はなぜ俺の耳を塞ぐんだ?


 


【『「――大馬鹿者ぉぉおッ!!」』】



 耳をつんざく大音声だいおんじょう、結界にその音が伝わってビリビリと震える。

 おわー、このためかー、結界はー!

 

こりゃ祝詞にも近いものだな。気合いの発声で言霊が込められているから、体ごと魂が揺さぶられる。

 


 結界の外で皆んながびっくりしてるぞ。苦笑いで大丈夫、と応えて将門さんに目線を戻す。

 

 その体からはさっきよりも多く、白い煙のように神気が立ち上っている。……うん、やはり瘴気じゃない。

 将門さんも神様とはいえ怨霊の属性が強いはずなんだけど。いつの間にか怨念が薄くなったような気もする。


  

 

「我らがいつまで経っても怨霊と人々に言わしめるのは、その腐った根性が抜けぬからだ!

 私は真幸殿の仕事を見てきた。自分がいかに意味のない恨みを重ね、罪のない人を殺めてきたのかと本当に反省した!!

 この方は、自分を顧みぬ。自身の得になることを何一つとして求めないのだぞ!

自身が慰められたいからと、その尊い神を冒涜するなど許されん!!!」


 将門さんが腰に佩いた刀を抜く。

 おぅ!?そりゃマズイ!



 

「その首叩っ斬ってやる!」

「将門さん!どーどー。落ち着いて、ビークールビークール、首はヤバい」


 将門さんの手首を握り、力を込める。

 オオクニヌシがビビりながらも二柱を抱えて俺達に背を向けた。


 

 あぁ……こちらを向いていないのは、自分を犠牲にしても攻撃してくる人、守る人、双方を傷つけないためだ。決して怖くてそうしているんじゃない。

 ……本当に、優しい神様だな。俺も、こうしなきゃならなかったんだ。


 

「真幸殿!離してくだされ!このような事が二度と起こらぬよう、晒し首にしてくれる!」

「おちついて、将門さん。崇徳天皇も、道真も社を持つ大切な神様だ。亡くなったら悲しむ人がいるでしょ?」


 真っ赤な顔をした将門さんが、刀を握った手に力を込める。



 

「あなたが今までどんな気持ちで仕事を成されて来たのか、どんなに颯人様を大切にされているのか私は知っている!

 地獄のような苦しみから自らの力で立ち上がり、何の恨みも残さずに、これから先も人のためにまことを尽くそうと言う……あなたに害をなすモノは排さねばならぬのです!!」


「将門さん……」

 

「御百度参りのあの時を、私は忘れられません。あそこは只人が一度登るのさえ苦難がある。あなたは親の残した罪を抱え、颯人様を取り戻したい一心で文字通り百度も這い上がった。あれを見て、私は心を打たれた。魂が震えた!それを、其れを……!!!」


 

 将門さんの手の角度を変え、刀を握れないように力を流す。

刀を取り落とした彼のゴツゴツした手を両手で包み、そうっと撫でた。



 

「もう、いいよ。ちゃんとわかってる。俺がモヤモヤして話せずにいたから、こんな風にしてくれたんだろ?

 ごめんな、俺が未熟なせいで将門さんにこんな事させて」

「……」


 将門さんは真っ赤な顔のまま、眉と目が垂れて大粒の涙をこぼし始めた。

 

 家族を人質に取った二柱と俺が話せずにいるのをわかってたから、自分が怒ってボコボコにしてやれば俺が止めるだろうって思ってたんだな。

わざわざ憎まれ役を買って、きっかけを作ってくれた。



 

「あなたは本来慈愛に満ちた優しい方なのです。こんな風に怒る方ではない。

 こいつらは神たる資格を得たあなたの荒御魂を刺激して、本当に怒らせてしまった。

いかに悲しい生まれだとして、あなたを害することなど許されません」


「ありがとう。将門さんが怒ってくれてすっきりしたよ。おかげで目が覚めた」

「真幸殿……」


 おずおずと反対側の手が俺の手に重なる。頬を赤らめて、いかめしい顔にヤンチャな笑顔が浮かんだ。

 もう!可愛いじゃないかっ!


 


「あなたのお傍にいられる事はこの上ない幸せです。少しでもお役に立てたなら、これ以上の誉はないのです」

 

「んふ……将門さん、本当にありがとう」

「はい。しからば」


 落とした刀を納め、笑顔で将門さんが消えていく。

 

 神ゴムを撫でて、彼にもらった優しい気持ちを噛み締めてニヤけてしてしまう。

勾玉をくれた神様は、みんな知ったってことだな。神ゴムから見えてるんだろう。

トメさんあたりに怒られそうだけど、うん……本当に嬉しかった。

 


 


「真幸殿、可哀想なのでそろそろ宜しいですか」

「あっ、ごめん。とりあえず縄を解いてやろう……はいはい、結界もね」


 白石の恨めしげな視線を浴びながら結界を消して、カタカタ震えてる道真の縄に手を伸ばした。

 オオクニヌシも崇徳天皇の縄をやってくれてる。

 

 と言うか誰だ!こんなガッチガチにしたのはー。うーむ、硬い。無器用さんにはなかなか難易度が高いぞ。


 

「何してたんだよ。結界が揺れてたじゃねぇか」

「んふ。将門さんに甘やかされてた」

 

「はぁ?そんなじゃなかっただろ……全く。縄解けねぇのか?」

「うん。結びが硬くてな」

「俺がやる。座ってろ」


 

 ふふ……白石のあの顔、癖になりそう。

「しょーがねーな」って俺を甘やかしてくれる顔だ。


 

 

「また浮気の気配がする」

「んふ……そうかもねー。俺は身の回りに好きな人ばっかりだもん」

 

「なっ……そこは『やきもちを妬くな』と言うところではないのか?!」


 背中にひっついてきた颯人が慌ててる。

 んふふ、これも癖になりそう。

体重を預けて、それを難なく受け止めている颯人に安心する。体はもう大丈夫そうかな。


 


「ただいま戻りました!お説教に間に合いましたか?」


 軽い足音とともに伏見さんが走ってやってくる。お片付け組が帰ってきたな。


 

「伏見さんおかえり。ごめんな、片付けさせて」

「いえ。それしかできませんからね。社の構造が複雑かつ古いものなので、僕たちには無理でした。芦屋さんにお願いしたいです。こちらこそすみません……」

 

「わかった、ありがとう」


 

 いつものぬるめのお茶を受け取り、それを啜って二柱を眺める。

 

 んー、どうしよっかなぁ。

 

 なんかいつもみたいに宥めすかしてあげるのはやだなー。なんだかんだ言って俺、小さい颯人の怯えた顔見て溜飲が下がらないんだよ。

 クシナダヒメにまで痛い目に合わせてたし。うーん。


 


「魚彦、クシナダヒメはどう?」

「あぁ、しばらく痺れが残るじゃろうが、真幸が魂の穢れを祓ってやれば問題なかろう」

「そっか、んじゃ今回は説教なし!」


 

 膝を叩いて、立ち上がる。

正座で座って待ち構えてた二柱に手招きして、呼び寄せた。


「俺結構へそ曲げてるからな、君達にはお説教しない。

 これから俺の仕事を見て、自分がやった事が、どうしてこう言う結果になったのか自分で考えてくれ」

 

「「……」」

「返事は?」

「「はい」」

「ん、宜しい」


 よし、じゃあ祓いから始めよう。

ようやくいつものリズムが戻ってきた気がする。今回は始まりから調子がおかしかったもんな……さて、やるぞぉ!

 


「みんな集合ー」


 颯人ファミリーや神達を集め、腰に手を置いてふん、と鼻息を落とした。

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