99 怒髪天

「なるほど、籠城ってことか」

「は、はい。相手側に心を操られた兵がおりまして……くっ……ウゥ……」


 

 現時刻、9月21日 10:00

 出雲大社にお邪魔して大国主命と神楽殿で会議中。全員臨戦体制でスーツ姿の中、俺だけ何故かふわふわ衣装のまま。

慌てて来たから高天原に居た格好のままで、着替えようとしたら妃菜とアリスに止められた。

 なーんか締まらないなぁ。いや、それよりもだ。



 

「オオクニヌシ、俺もう怒ってないよ?」

「は、はい…」

「出会い頭勾玉渡してきたのはそりゃーちょっとアレだけど。ちゃんと話せる?」


「くっ、申し訳ありません!暫しお待ちください!!うぉおおおぉぉ!!!」

 

「……えぇ…?どうしたんだあれは?」

 

 なんだかオオクニヌシがソワソワしてしまって、ちゃんと会話ができない。そしてどこに行くんだ?叫んで走ってどこかに行ってしまった。

 


 


「気に食わぬ。真幸、衣を替えよ」

「へ?え?なに?なんで??」


 颯人がしかめ面で告げてくる。何事なの?まぁいいか、着替えよ。

 服を摘もうとしたら、その手をアリスがガシッと掴む……今度は何だ??

 

「そう言う雰囲気じゃないと分かってますけどごめんなさい!ちょっと待ったー!!!」

「ま、真幸ちょっとこっち来てや!颯人様!1分で済むから!お願いします!」


 

「????」

「……後ででぇたを寄越すならよい」

「はい!もちろんです!!」

「真幸!はよ!はよはよ!かもん!」


 妃菜とアリスに手招きされて、神楽殿の入り口までのそのそ出ていく。何が始まった?……でぇたって何だ?


 

 

「なぁ、どうしたんだ?何かあるの?」

 

「あんたがそんな格好するの、今後もあるかわからんやろ!」

「そうです!写メ撮りたいんです!!」

 

「まさか、それで服変えるなって???」

「「ハイ」」

「ええぇ……」


 緊急事態なのにー。いや、でもオオクニヌシが戻るまでならいいか。2人とも嬉しそうだし、仕方ない。

 ニコニコしてる二人に囲まれてなんとも言えない気持ちになる。颯人が言ってたのは写真のデータか……?

 

 

「一応伝えておくけど、あんたその格好やばいで」

「そーですね。真幸さんやばいです」

 

「やばいしか言ってないじゃん。……変かな?」


 2人がチッチッチッ、と人差し指を立てて振る。ナニソレ。二人の歳でそれ知ってるのか?



 

「可愛すぎるんや!颯人様にも言われたやろ?オオクニヌシがのぼせ上がってたやん!」

「天照さん達もですよ?珍しく神様達が大っぴらに口にしないのは、それだけヤバくてかわいいからです」


「な、何だよそれ……わけわかんない」


 顔が熱い。褒めすぎじゃ無い?

 むう、むぅぅ……。

 

「せやな、わからんふりしときや。はよ写真撮ろ」

「そうしましょう。颯人様が怒る前に」

「むむむーーん……ハイ」


 

 アリスと妃菜に肩を抱かれて、二人が自撮り棒で写真をめちゃくちゃ撮ってる。どこに持ってたんだそれは。

この格好がやばいのか。颯人の言う通り今後は控えよう、そうしよう。……ちょっとだけ、嬉しいけど。

 

「気が済んだか?」

「はぁ、はぁ……ええで……ほんまにかわいいな」

「はー、はー、気が済みました。あっ、着流しにして下さいどうぞ」

「お、おん……なんか怖いな」



 いつもの着流しにメタモルフォーゼして、ハイネックを首の周りだけ整える。よし。気を引き締めてやるぞ!


「着流しもええな?」

「も、もう一枚……」

 

「あーんもうなんなんだよー!」


 ━━━━━━


 

「大変失礼しました。着流しも……イイですな」

「妃菜と同じこと言ってる。なんでびしょ濡れなんだ?大丈夫なの?」

「お気になさらず。さぁ、会議いたしましょうぞ」


 

 うーん。まんじりともせずだ。

 お互い神楽殿に戻り、目の前に座り直したオオクニヌシは髪をみずらに結って、古墳時代の服を着てる。貫頭衣かんとういという上着とセットの袴を着て、黒い腰帯をリボンみたいに結んでて彼の絵姿はどこでもこの格好だな。

 古事記でもよく出てくるファッションだ。オオヤマツミノカミみたいに足首、手首や腕に飾り付けた紐は赤で勇ましい。

 

 

 彼はお顔が綺麗なんだよなー。眉目秀麗ってこういうことを言うのか?

 オオクニヌシも颯人の血縁なんだよ実は。六代目の孫だかなんだか、そのくらいだったかな。颯人の面影がある。

 

 お目目がぱっちりして切れ長で、眉毛が凛々しくて微笑むとエクボができる。スセリビメは面食いだな。

なんか知らんが今は水も滴るイイ男だ。

 

 ……俺、颯人の顔が好みのかもしれない。今更気づいた。俺も面食いなのか。


 

 

「あぁ、気に食わぬ。気に食わぬ」

「颯人はなんでそんなに機嫌悪いんだ」

「よい。閨で話す。はよう話を終わらせよ」

「ウ、ウェーイ」


 オオクニヌシをギロっと睨んで颯人が不機嫌そうに俺を引き寄せる。

なんか今までにない不機嫌さだな。大人しくしとこう。


 


「現状ではどんな感じ?」

「はっ、二柱は引きこもっております。こちらに攻め入ろうと、準備をしている様子です」


「攻め入る、か。出雲を乗っ取りたいのかね?目的がわからんのだけど、今どこにいるの?」


菅原道真すがわらのみちざね日御碕神社ひのみさきじんじゃに、崇徳天皇すとくてんのう須佐神社すさじんじゃに陣を張っております」

 

「……そう言う事か……」

「は、い……」


 

 自分でもびっくりするくらい低い声が出てしまう。正直、導火線なしに爆弾に火をつけられた気分だ。オオクニヌシのびっくりした顔を見る余裕がない。

 

 頭頂部へ一気に血が集まり、手先も足先も冷たくなっていく。

顔の筋肉に力が入らず、心の中に汚い言葉が浮かんでは消えて……舌打ちしたい気にまでなる。

 

 平将門さんを含めて日本三大怨霊と言わしめた二柱が選んだのは、俺との全面戦争だとしか思えない。相手は荒神に堕ちているって事だ。

 

 菅原道真が入った日御碕神社の主祭神は颯人と天照、それぞれの神子みこがいる。須佐神社も同じ。

 須佐神社にはクシナダヒメと、その直接の親と言われる足摩槌命アシナヅチノミコト手摩槌命テナヅチノミコトが祀られているんだ。

 

 颯人の一族が、颯人が選んだ最後の地に捕えられている。


 


「一緒にいる、操られた兵って言うのは?」

「し、周辺の妖怪、スサノオ様、アマテラス様のご家族です。京都から連れてきた神もいるとか。日御碕神社の配祭神までも下しております」


「それで、要求は?」


「あ、はい。真幸殿に会わせろと……くっ……?!」

 

「真幸、心を鎮めよ。落ち着け」

「……」



 

 颯人に肩をギュッと握られる。

体の奥から立ち昇ってくる呪力が抑えられない。

 俺に会うために、颯人の社を穢したのか。クシナダヒメも、おじいちゃんおばあちゃんも、子供達まで。

 


「真幸」

「落ち着けって言われても、無理だ……大切な家族を盾にして、俺に会いたい?笑わせるよなぁ」



 吐き捨てるように言って、颯人の目を見る。神様達は多くの社に祀られている。その一つ一つは大昔に分霊した魂のかけら達。

 それを土地の神や精霊が引き継いで依代となり、社の中で守ってきた。

 颯人に何か影響がないか、体をくまなく観察する。


 クソッタレ。ふざけんなよ……俺が目的なら颯人に手を出すなんてやめろ。今回は説得で済ませる気はなくなった。


 


「我にはなんの影響もない。精霊達は魂を守ってくれている」

「……嘘だ」

 

 着物の袖を捲り上げて、小さな痣が腕に浮かんでいるのを見つけた。痣は真紫色で、見ている間にその色をじわじわと広げている。


「天照」

「応」

「天照はどこに痣がある」

「首だな……」

 

「見せて。クシナダヒメ、聞こえる?」


 顕現した天照の首を確認すると、そこにも同じく小さな痣ができてる。神ゴムに話しかけ、勾玉を通して返事が来た。


 

『どうしたの?』

「クシナダヒメ、体に異変があるだろ」

『……ないわ』

 

「もう分かってるんだよ、姫。足か……?動かないんだな?」


 神ゴムを通してクシナダヒメの視ると、明らかに体調が悪いとわかる。

 聞こえる声も、起き上がってる時の声じゃない。横にならずにはいられない状態って事だ。

 


 

『はぁ……そうよ。誤魔化しても無駄のようね。これは怨霊の怨恨の影響を受けているの。

 魂を喰われはしていないけれど、多少の傷はつくわ。私の場合は祀っている社が少ないから影響が大きいの』


「わかった。魚彦、クシナダヒメを診てきてくれるか」

「応」


 

 天照と颯人を並べて二柱と手を繋ぐ。

渾身の力を込めて、魚彦に習った癒術をかけるが…………痣は消えない。

 

 だめだ、血の巡りさえ回復しない。

このまま時間をかけたら颯人も天照も穢されてしまう。

 恐らく、魂が束縛されて瘴気に晒されているのだろう。あれは魂の穢れが具現化したものだ。憎しみ、悲しみ、呪力よりももっと強い呪いの力。

 



 

「魂による負荷は治りにくいんだったな」


 泣きそうな気分になりながら、手を離す。俺の術ではどうにもならないとわかってしまった。

颯人も天照も痛い思いしてるのに、俺は何もできないんだ。


 

「呪力をおさめよ。伏見達が参ってしまう。これしきで我と兄上が死ぬことは無い」

 

「うん……ごめん。ラキ、ヤト、来て」

「「応」」



 

 赤黒のピアスに触れながら、ラキとヤトにくっついてもらって床に座る。

 さらに颯人と天照に抱えられて、腹の中の黒いものを抑えようと試みる。

こんなに呪力が溢れてくるのははじめてだ。

 

 俺、腹が立ってる。頭にきてるんだ。

 どうして俺の元に直接来ない。何で俺の大切なものに手を出したんだ。簡単には許してやれないだろ。


 


「ごめんな、こんな思いさせて、俺が目的なのに、颯人達が害されて……頭に血が上ってる」


 小さく呟くと、抱きしめてくれる神様達がさらに力を込める。

 

「くっそ!芦屋……俺が祝詞をやってやる。ちゃんと聞けよな!」

「白石………ごめん」


 


 汗びっしょりの白石が足を引き摺るようにしてやって来る。俺の手を握り、震えながら祝詞を唱えてくれる。

俺の大好きな六根清浄大祓だ。

 

 伏見さん達も部屋の端っこで柏手を打って、結界を張ってくれた。

 祝詞の言霊が体に染み込んで来るものの、腹の中の熱がおさまらずにどんどん力が溢れてくる。

あぁ、だめだ……鎮まらない。


 


「はぁ……俺、発散しないと無理っぽい。敵の面を拝みに行くしか無いな」


 白石ががっくりとうずくまり、月読がそれを支えた。月読も眉根を寄せて心配そうな顔してる。

 

 颯人が立ち上がった俺の手を掴む。

体を動かすのも痛いだろうに、颯人は必死で俺の手を握って無言のままで見つめてくる。


 体調が万全じゃない颯人を連れて行きたくない。怪我をさせたくないのに、力の入りきらない、この手を俺は振り解けない。

 だって、この世で一番大切な相棒が俺のこと心配して必死なのに……そんなこと出来ない。離れること自体がもう、俺の中ではトラウマになっている。

 

 

「一人では行かせぬ、我も行く」

 

「うん……一緒に行こう。俺が一緒の方が颯人をちゃんと守れるから、そうする」

「うむ、しばし結界を張る。累の力を借りるとしよう」

 

「うん」


 

 毛玉姿の累を胸元から取り出して、唇に触れる。累が力を分けてくれて、それを颯人に送り出す。

 颯人が俺の手の甲に口付け、体の周りにたくさんの文字が浮かんでは消えていく。キラキラと光る結界の文字にも、歪な線が混じっていた。颯人の結界ならこんな事、あり得ないのに。


 

 

(真幸、大丈夫?)

(うん、累もごめんな。)

(ううん、私も怒ってる。ハヤトの事、痛くしたでしょ?だから、真幸も痛いでしょ?)


「うん。体も、心も痛い。颯人がこんなものを与えられる事が耐えられない。」

(真幸、早く『痛いの飛んでけ』するの。そしたらすぐに治る)


「あは……そうだな、そうしよう。俺ももうだめだ、我慢できないや」


 累を胸元にしっかりしまって、毛玉をそっと撫でた。うん、累のおかげで少し持ち直した。やる事やって、早く颯人も天照もクシナダヒメも治したい。


 

 

 檜扇を取り出し、伏見さん達に向かってそよそよ仰ぐ。みんな俺の呪力に当てられて、顔が真っ青だ。

本番でもこれだと厳しいだろう。術をかけて、みんなを眠らせた。


「飛鳥、ごめん。妃菜達を頼むよ」

「……無茶したらダメよ?」

「うん」


 累を飛鳥に預けて、オオクニヌシに振り返る。

 

「行こう。目的が俺なら、本陣に乗り込むのが一番……てアレ?」


 オオクニヌシが座布団の上でひっくり返ってしまってるんだけど。やってしまった。


 


「神の序列がこれで判明したな。さて、どちらからだ?」

「吾も行く。一族の端くれとしてな」


 颯人と天照に手を握られて、微笑み合う。ふと、そこにほっそりした手が伸びてくる。……月読?!



 

「残念、直人は起きてるよ」

「あー、ねみぃー。徹夜常連舐めんなよ、ふざけんなーゴルァー」


 白石がフラフラしながら月読につかまり、起き上がった。

俺の術で眠らないって、どうなってるんだ。いつの間にそんな……。

 びっくりしながら白石の顔を眺めていると、目つきの悪い目でじろっと見返される。


 


「お前の神鎮め……今回はカチコミか?俺にも見せてくれ。絶対、何があっても、ハナから終わりまで見届けるからな」


 白石の目線の強さは弛まない。気を張っているのもそうだと思うけど、絶対置いて行かれねーからな、と顔に書いてある。

 


「俺は今回手加減する気がない。嫌なものを見せるぞ」

  

「おー、やってやんよ。伏見さん達もそのうち起きる。いつまでも孤独のヒーロー気取ってんじゃねぇ。バカやろー」


「……大丈夫かな」

「僕がいるから大丈夫。ほら、行くんでしょ!さっさと転移して!」

 

「……わかった」



 

 自分の衣服を着流しから浄衣に変える。真神陰陽寮で貰った、俺が着たことのない装束だ。 

真っ白の狩衣に、七色の糸で縫われた芭蕉門がキラキラ輝いている。


「まずは須佐神社からだ。ぶちのめす」

 

「こわ……殺すなよ、芦屋」

「努力はする」


 白石の苦笑いと共に、神力を込めて須佐神社へと意識を飛ばした。


 


 

 



 

 

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