出雲の神鎮め

98 神々の死についての概念

真幸side


「生命保険って言うのは福沢諭吉が海外の制度を紹介したのが始まりで、相互扶助の精神が大元だった。人の人生を請け合うってことで昔は保険うけあいと読んでいた事もあるんだよ。

 誰かが困った時に『共同で貯めた貯金からお金を出す』っていうのが生保のシステムだから、神様には必要ないと思うけど」

 

「ふむ……なるほど。神は金を使わないしな。て事でこの方向性はナシ。

 難しいな、天津神と国津神の何かしらの共通点か。そもそも手を取り合うまでもなく現世では天津神も国津神も働いてるし、特に何か必要とも思えんが」


「そうだな。ただ、今までの出雲会議は国津神しか参加できなかったのを変えて、天津神と国津神が表立って協力し合う形にするんだ。初めてのことだし、お互い今後のために何かを形として残しておきたいんだよ。

 天照が『何か欲しい』って言うのはそう言う事だ。協力関係の締結の証が必要なんだ」



 

 現時刻、高天原に来てから4日目の午後。お茶会を終えて姫達と別れた。

 

 出雲会議の話をしてるんだけど、今まで何百万年もずっと国津神しか参加してこなかった行事に、今回から天津神が参加することとなったから議題が尽きない。

 天照やふるりが一生懸命根回しして、今後の国の発展に一致団結して協力してもらおうって感じだからな。


 天津神にも国津神にも、お互いに利益のあるもの……それが協力関係の『みしるし』になると言うことで、何が無いかな?と検討中。

 生命保険の相互扶助方式に興味を持った天照に説明してるんだが、返事が白石からしか来ない。どうしたんだろう。



 

「天照、大丈夫か?話が難しい?」



 俺は姫達に着替えさせて貰ったまま、ふわふわの服で会議に参加してる。もしかしてこれが原因か?

 呆然とした神々の面々はやけにじっと見てくる。颯人はものすごく不機嫌だ。着替える暇なかったんだもん、しゃーないだろー。

 

 俺自身はそんなに違和感がない。着物と違う感触だけど胸も楽だし。裾さえ捌ければ歩くのも簡単だ。

 颯人が気に入ってくれたならまた着たいな、なんて思ってはいる。


 


「……いや、理解はできた。そうだな、橋渡し、結びつく何か。象徴のようなものでよいかもしれぬ」

 

「象徴とするならば今回の提携の起源となった物が良いのではありませんか?例えば……芦屋さんと颯人様が記念になる何かをするとか」

 

「確かにわかりやすい。二柱とも所属がそれぞれ入れ替わっているが、どちらに属したこともあり、その二柱が結びついているのじゃから。これ以上ない適任じゃ」

「そうだな、お祝いムードで気分良く終わりそうだし。協力関係の象徴に立てて代表で調印式でもしたらいいんじゃねぇか?」


「だが……」



 伏見さん、魚彦、白石と天照に目線を受けて俺は首を横に振る。イヤデス。象徴とか客寄せパンダやめろください。


 


「ま、他の方法考えよう。一旦休憩にしようぜー」


 白石の言葉を皮切りにみんな苦笑いを浮かべてる。

すいませんね、俺は目立ちたくないんですっ。出来れば、だけど。


 


 高天原には会議室のようなものがないから、神楽殿にそのまま居座ってポカポカの日差しを受けている。白石が水色のクッションを抱えて横になった。ゴロゴロして気持ちよさそうだな。俺もふわふわ服じゃなきゃやりたい。

 

 カラフルなパステルカラーに囲まれて、真っ黒スーツ姿の伏見さんと白石はやけに目立つ。颯人もいつもの黒い着物だから同じだな。

 

 天照と月読は白と灰色の着物姿だ。

 やはりこれは担当カラーだ。俺って何色なんだろう?桜色は可愛すぎる気もする。くすみピンクはトメさんの勾玉のカラーに似てるから、ちょっと嬉しいけど。



 

 魚彦も会議に参加してるんだけど、最初の頃に着ていたグレーのスーツ姿だ。スーツにピンクのシャツを合わせるとかやった事がないけど、可愛い組み合わせだと思う。

 魚彦のセンスはオシャレサラリーマンなんだよ。

 

 その魚彦の元に小さな童子達が書類を次々に運んできては山と積まれて行く。

ちょこちょこ歩いて可愛いな。みんなお揃いのおかっぱ頭で菊人形みたいだ。

 魚彦が筆を取って何か書き出してるから、書き終わって筆が離れたら童子達にそれを手渡す。

 

 お互い何も言わなくてもタイミングがわかるのが気持ちいいなぁ。小さな子達がニコニコしながらそれを受け取ってくれる。

こう言うの大好き。阿吽の呼吸ができるのは魚彦だからだもん。



 

「魚彦はまだまだ忙しいの?」

「いや、そろそろ落ち着くじゃろう。今やっとるのは先ほど急に思いついてのう。伏見や白石が仙になる前に、少し手直ししておきたい事があるのじゃ。忘れぬうちに記しておきたい」

 

「もしかしてあの本の事?」


 うむ、とうなづいた魚彦。

伏見さんの管狐達がお茶を配り始めて、みんなが喉を潤している。

 今日も始まりはぬるめのお茶だ。相変わらず石田三成してるな。

男の会議は緑茶か……ぴったりだ。


 


「仙人は病気にならぬが、怪我で死ぬことはある。その生死の境を今少し具体化しておきたいのじゃ。

 先ほどの保険の話を聞いてそう思った。保険約款の内容は複雑じゃろ?命の保障をするのじゃから。

 神も同じく生死についての概念、具体例がより明確に必要じゃと思うてな。

臓腑の何ぱーせんとがやられたら死ぬとか、何を完全に切断したらあうと、とかのう。其方も仮本を見たじゃろう?『神々の死についての概念』の書じゃ」

 

「うん、見させてもらったよ。すごくわかりやすくていい本だった。

 具体例があると俺も助かるな……そうだ、魚彦に聞きたい事があるんだ。

回復術が使えない仙人もいるだろ?神様もそうだけど、なぜ死なないんだろう。

 怪我すれば痛いし、すぐに治るわけじゃないでしょ?」


 お茶を啜りつつ、魚彦が頷く。


 


「我ら神には寿命が存在しないものだが、人と交わることにより寿命がもたらされている。

 依代が死ねば荒御魂になり、その荒御魂が鎮められた時神へと戻り、受肉した体は朽ちる。それも死と言えよう」

 

「……そうか、そうだね……確かに」


 

「神としての死は勾玉か魂が害されれば成立する。魂が害されるほどの身体欠損も含むが、依代を持たねばそうそう起こるまい。仙人も大して変わらぬ。

 一番脆いのは受肉体じゃ。肉体が害された時に魂写しができれば、生き続ける事も叶うじゃろうが、これは外法。禁ずるべきじゃろうて」


「移される方も命があるもんな、賛成だ。受肉体は劣化するのか?時間経過と共にって事?」

 

「そうじゃ。あくまで人の、じゃよ。其方は元から神。真幸が依代として下した受肉体は神の肉で作られた神の器じゃ。颯人やワシらは劣化せぬ。

 人間が登仙し、その後神となれば同じことになるじゃろうが……実験せねば。

 神継達には何かしらの対抗策を打たねばならんと判明したが、人の寿命が尽きる前に荒御魂にならぬよう、伏見家の如く依代を相続すれば良い」

 

「わかった。ありがとう、魚彦」

「うん」




 

 ほっと息を吐いて一安心。魚彦の本を読んで、依代に降りた神々がどうなってしまうのかが心配だったんだ。

 でも、なかなか難しい法則だ…抜け道もまだある気がする。

 

 ある意味伏見家のやり方は最先端だったって事だ。受け継ぐ人の選定も必要になってくるし、神様の意思を最優先にしたいが、名前の通りに神を継いでいく形になるかもしれない……ううむ。

 

 早急に明文化して規律と絡めておいた方がいいなこれは。現世に神降しを始めたのは、親父だから。その辺も責任の一端だ。

 これには俺も関わらせてもらなきゃ。


 


「あの、雑談で申し訳ないのですが。以前お話ししていた、僕の生命保険を見直ししてもらいたいです」

「あっ!俺も!……まだ時間あるよな?」

 

「そんなに時間かからないよ、証書とかある?」

「おう。持って来たぜ」

「僕もです」


 

 伏見さんと白石が懐から取り出したのは生命保険の保険証書。

 懐かしっ!てかペーパーレス化してないのか?最近ではPDFとかになってたりするんだけど、2人とも紙なの?


「紙がないと安心できないんだよ」

「僕もです」

「あはは、よく聞くセリフだ。えーと、どれどれ」


 

 2人の証書を見ながら一つずつ加入してるプランを確認していく。伏見さんは数が多いな。白石のは、ふむふむ……なるほど。


 


 伏見さんが電卓と紙とペンを出してくるから素直に受け取り、二人のプランを書き留めて行く。

 生命保険の証書は相変わらずわかりにくい仕様だ。ぱっと見でわかるようになってないんだよなぁ……こう言うものは。

 古きものを改めるのには、変える方も変えられる方も大変だから仕方ないとは思うけどさ。

 

 うーん、二人が加入している保証内容は本人が絶対理解できてない、と確信できるものだな。

計算してみても必要以上に入ってる。


 


「結論から言うと、保険金多すぎ。

 二人とも貯蓄型にしてるけど……この会社は支払済保険料よりも貯蓄額が増えることはない。

 死亡時、または高度障害の残る状態じゃなければ支払った保険料よりも少ない額が返戻金へんれいきんになる。貯蓄目的なら勿体無いし、保証目的なら契約変更した方ががコスパがいい」


「高度障害?」

「返戻金?」



 

「高度障害は会社により設定が異なるけど、簡単に言えば『病気、怪我により身体機能が重度に低下した状態』。例としてあげるなら両目の失明、身体の欠損とか」

 

「返戻金は、『解約返戻金』のこと。二人が加入してるのは貯蓄型の定期保険だ。死亡保証付き医療保険ってやつに貯蓄を兼ね備えてるタイプだな。

 定期保険は決まった期間が終われば契約をし直さなければならない。満期になれば一旦解約になるから、そこで貯蓄されていた分や約束されていた分のお金が一部戻ってくる。そのお金が解約返戻金。

 貯金と言わないのは払った額より少ないお金が返されるからだ」



 

「保険料は俺が支払う金、保険金は保証で貰える金だよな?」

 

「うん、そうだよ。白石のは三大疾病特約、新ガン特約がついてて……これは良いと思う。三大疾病特約でカバーできない先進医療も新ガン特約で一部保障されるし。もう一つの手術金特約は微妙だ。

 ここの会社は開腹のみの場合、保険金は出ない」

 

「えっ?手術したのに?てか開けただけで閉じることあるのか?」


「ある。近年では減少してるが、手術不可能だと判断されたら何もいじられない。あとこの通院特約は公共交通機関のみで自家用車使用は保険金が出ない。

 怪我の特約は怪我して入院すれば入院の保険金が降りるから、必要ない。小さな怪我ではどちらにしても保険金は出ないしな」

 

「……穴だらけじゃねぇか」


 眉を顰めた白石の顔。そうだよなー、この話するとみんなこんな顔するんだ。

「保険は本当に必要なのか?」って顔。

 

 確かに二人が入っているものはやたらめったら内容を複雑化して、保険料をかさ増ししてる。『これ一本入っておけば安心ですよ!』とか言われたんだろう。

 

 伏見さんは付き合いもあるかな。

 

 生命保険という物は必要、不必要とかそう言う概念の話じゃないのさ。



 

「そう言うものなんだ。何でもかんでも保証してたら保険会社も潰れるだろ。

 必要な部分をカバーするための保険なんだから、正しく理解して加入しなければ意味がない。

重要事項説明書とか約款は読んだか?」

 

「少しだけ読み上げられたが、そんな内容は知らねえな。約款は辞書みたいで読む気にならん」

 

「確かにそうだろうな。でも、その場合外交員が信用ならない。全部は読まなくても不利益になる物は伝えるべきだし、内容はこのままでもいいが、会社自体変えた方が良いよ。白石はそんなとこ」

 

「ううむ……さんきゅ」

 

 白石に証書を返して、伏見さんの証券を指差す。


 


「伏見さんは、どの保険にも同じ特約がついててダブってる。

 例えば、先進医療の特約、怪我の特約をつけるなら一つでいい。

 生命保険の根本に関わる話だけど、治療費が高額になると、日本には〝高額療養費制度〟がある。だからこんなに沢山必要ないよ。

 怪我の特約については別の傷害保険に入ってるから、どちらかに絞って良いと思う」


 

「うーむ、僕は付き合いで加入したような物ですからね。高額療養費制度は後払いではなかったですか?」

 

「ううん。今は限度額認定証っていうのがあって、それを発行してもらえれば収入に応じて1ヶ月間の支払いは青天井ではなくなるんだ」

「ほぉ……なるほど。健康保険の制度がかなり優れてますもんね、日本は」


「まぁね、だから悪用されるんだけどさ……これはまた別の話。

 例えば癌になって、放射線の治療が必要だとする。これは癌の進行具合によって決められた数値があるけど、それを超えてブースト照射する場合でも限度額認定証で抑えられる。若い人はブーストするのが殆どだ。

 計画を立てて、放射線治療を一ヶ月以内に終わらせれば自己負担額は少なくできるね。この話は任意保険に入っていなくても税金を払えば使用可能、と」

 

「……なる、ほど…」

 

「傷害保険……怪我の特約に関してはこんなに保険金いらないよ。支払った保険料を治療費が上回る事なんて稀だし。

 んー、まずはここからだな」


 紙にカリカリ『定期保険』と『終身保険』と書き記す。



 

「定期保険は一定の年数ごとに解約されるから再契約が必要。終身保険は入った時のままの保障内容、そして保険料を継続できて支払い続けているうちは一生守られる。

 先に将来の保険料を全部払うと割引があったりもする」

 

「定期保険のメリットは、人生のターニングポイントで見直しができること。デメリットは再加入のたびに保険料が上がり、加入不可になる可能性がある事。

 終身保険のメリットは保険料、保障内容が変わらない事。デメリットは、新しい医学に対応し切れるか不明瞭な事。形のないものに支払いを続ける精神的負担て感じ」


 


「たしかに、食いもんや服と違って形がないしな」

「でもそれは保証を買っていると思えば……」


「そう、保険は名前の通り『保険』だから。伏見さんの考えは正しい。

 独身男性なら最低限の保証をつけておけば良いんだよ。働けなくなった場合に暮らせる分と、病気を治療できる分があれば良い。

 でも、貯蓄は銀行でした方がいいよ。払ってるよりお金が多く戻る保険は今現在殆ど存在しない。戻り率がかなり少ないから微妙なとこなんだ」

 

「昔は沢山あったのか?」


「あったよ。俺が扱っていた商品なら10.15.20年と据え置けば支払った保険料よりも解約返戻金が絶対に多くなる『お宝保険』と言われるものだ。

 資産家達はこぞってそれに加入する。税金対策もできるし、お金も増えるし、死亡時の保証もできる。

 亡くなっても、存命でもバカみたいにプラスアルファに出来る保険は、ご時世的に厳しいだろうね」

 

「はー、なるほどな」



 

「俺のおすすめは医療定期保険の掛け捨てに加入、それでも不安なら医療終身保険に一つ入って特約を付加する契約。

 独身の場合は生きるための保険だから。

 結婚したら家族のために死亡保険に入って、子供が成人するまでの必要な額がもらえるようにしたらいいと思う」

 

「ふ、俺は必要ないな」

「僕も必要になるかわかりませんね」



 

「まぁ、うん、そのうちみんな必要なくなると思うよ。仙人になるなら。

 あぁ、余談として聞いてくれると良いんだけどさ。こう言う話もある。あくまでも一例だ。保険の加入内容に気をつけて欲しいって意味で伝えておく」


 紙に追加で書き記す。どう言う意味か、わかってくれると良いんだが。


 

 保険料の支払い方法例

 ⭐︎全期前納→保険会社に支払う予定の保険料を預けてそこから毎月支払う。返金可能。

 ⭐︎一時払い→一括支払い、返金不可


 

 

「保険外交員から、こういう話が来たら気をつけてくれ。『長年契約してもらっているし、今後の保険料を一時払いにして、実質的に終身保険に変えませんか♪あっ、お金のご用意は必要ありませんよ♡』ってやつ。

 約束された解約返戻金を将来の支払いに充てて、定期保険を自動更新にして一生守られます!と言う形に変えるんだな。

 『老年の頃には必要な分だけ保障が出ますよ!』と言う前向きな説明の中には、戻ってくるはずだった解約返戻金、減って行く保証内容の説明はなされない」


 

「もしかして、解約返戻金の予定額と、支払う予定の保険料の額は……」

 

「うん、そう言う事だ伏見さん。要するに損するって事。

 でも、このシステム自体がダメなわけではないんだよ。きちんと全て説明して、戻るべき場所に戻るべき額をきちんと動かす会社の方が多い」


 

「でも、それ詐欺じゃねーか?そんな事あって良いのか?」

 

「そうだなぁ、まごう事なき詐欺だ。俺も色々調べては見たが、犯罪として立件は難しい。騙されたと思う人の方が少ないからさ。

 複雑かつ面倒な保険は長年付き合ってきた人なら『任せたい』と思うのが普通だ。それを利用する人もいるから、保険の内容はきちんと把握しておいた方がいいよ」



 沈黙してしまった伏見さんにも証書を返す。俺が保険に嫌気が差したのはそれだ。

 人から得た信用を盾に騙すような事するやり方が存在するんだもん。そんな事しないで欲しいけどさ。難しい世の中だ。


 


「……言っていることのほとんどがわからぬ。人は、自分のために保険料を支払い、そして病になれば受け取るのか。

 そして、その金の動きを悪用する輩がいると」


 颯人の微妙な顔。魚彦以外はみんなはてなマークが浮かんでる。難しいよなー、そうだよなー。

 

 俺もそのうちこの難解な知識を生かす時が来るかもしれないな。神様の治療院を建てるのも計画のうちにあるから。

 病院だってタダでは経営出来ないからね。



「言葉巧みに騙すのは昔からされていた事だが、無くならぬものだ」 

 

「そうだね、殆どわかってるじゃん。でも、始まりは尊い考えだったのは間違いない。

 自分が支払ったわずかなお金が、本当に困った人を助けてくれる。命を救ってくれる。

 死亡保険に関しては遺族のための保険だよ。人のために、っていうのが基本の筈なんだ」



 

 

「ふむ、保険か。なるほどな」

「神々の保障って、なんだろうね?僕だって勾玉が害されれば魂が消えるし、それを安全なところに預けられたら安心……あっ」


 月読と天照がハッとしている。

 俺はすごーく嫌な予感がしてる。



「神ゴムに預けるとか、よくない?」

「真幸に預けるのがよいだろうな」

 

「そうくると思ったよ!……確かに安全に保管して置ける場所があるならいいかもしれないな。

 ずっと大切に預かって、いつでも返してくれる。信頼できる人がそれを管理するならって条件がつくけど。

 その人が長生きするなら尚の事、いい………」


 颯人が眉を下げて、ため息を落とす。


 

 

「適任者は其方しかおらぬだろう。わざわざ名乗り出てしまうとは」

 

「ち、違うよ!!!だめだ!それは良くない!俺だって颯人が死んだら死んじゃうんだぞ?」


 

「それこそ世界の終わりでしょ?勾玉を分け合っても、その後相手が死ぬまでには時間差があるよ。その間に荒御魂になって現世は更地になる」

 

「勾玉預けは真幸に抑制を与えるやもしれぬ。無鉄砲に飛び込んだら他の神を危険に晒す事をわかってくれるだろう。

 勾玉の神が真幸を守るなら、さらによいではないか」


 天照が言った言葉に納得してしまうみなさん。颯人まで「なるほど」と呟いて頷いている。

 あれー、どうしたー?なんでこうなったー?おかしいぞーーーー????


 


「墓穴っていうのは、これの事だな。制度としては作らなくてもいいだろ、みんな勝手に渡してくるだろうし。

 俺が支えるボスはどんどん厄介になりやがる」

 

「白石ぃ……嘘だろぉ?」

 

「残念ながら誠だ。お前は国の要、天津神と国津神の要になるんだな。調印式をやって、お前らを象徴にするのがいいだろう。

 そして超常達は安心できる芦屋に勾玉を預ける、と。これは逃げられんな」

 

「うぁーーー嘘だっ!いやだ!!」



 

 ジタバタするのを颯人に抱えられ、颯人まで苦笑いだ。

 

 どーして!いつも!こうなるの!!



 

 ━━━━━━


「と言うことで、真幸と颯人の調印式、あとは細かな規約の締結が主になる。

 諸外国の神々も参列するゆえ、参加者が恐ろしい数になっておるが……如何かな、オオクニヌシよ」

 

『こちらとしては大変名誉なことですが、あの……義父上はよろしいのですか?』


 現時刻、夜。夜ったら夜。俺は拗ねてるぞ。スセリビメと結婚した、大国主命オオクニヌシノミコトが天照と遠隔通話してるけど、知らん。ふん。



 

「我は構わぬ。今回は国津神の代表なのだから、お主に頼るのが筋だろう」

 

『そうですかっ!では式前の打ち合わせなども致しましょう。お着物などの採寸や、式の辞目打ち合わせもあります!」

 

「あ、あぁ……宜しく頼む」


 颯人はなんとなく微妙な顔だけど、オオクニヌシは喜んでくれてる感じ?ちゃんと直に顔を見ないとわからないけど、悪い感じではなさそうかな。


 

「さて、天津神と国津神で締結する事項の確認と参りましょう。

 

 1.天津神、国津神互いが協力し合い、日本国を輔けるために働くことの宣誓と調印式

 2.羽化登仙の受付を出雲で行うこと

 3.利他行による褒章の確約

 4.外敵からの国家防衛に協力すること

 ……でしたな』


「あぁ、褒章については形のないものになるが、今まで自然に受けてきた〝幸運の付加・住処とする社の保護〟となる。

 真神陰陽寮の協力により社の定期巡回がなされる故、出入りの許可も頼みたい。

 登仙については神々が補助してやる形だ。永きを守る人材確保の目的だな。

 また、神々全てに共通する『死の概念』についても広く伝えてゆく事になるだろう。

 ――我々神にも、豊葦原に住む人にも新しい時代の始まりだ」



 

 天照の言う通り神様達には、お金の概念がそもそも必要とされない。

 俺の確定申告も『善行』による結果の幸運付与って感じらしい。他の人を助けて納税じゃなくてラッキーにしてあげますよー!みたいな感じ。


 

 生命保険みたいに形のないものだが、幸運付与はまぁまぁ洒落にならない。

 小さな怪我を回避するものから宝くじに当たるものとか、(神様じゃなくて神職さんに当たる)神社の氏子地域が大豊作で、供物が山盛りにもらえたりとか、現世でパワースポットとして突然有名になったりとか。


 神社はお金を稼ぐ方面には疎い作りになってるんだ。

『お寺さんのように戒名とかないし、盆暮関係ないし、景気悪いと稲荷神社しか儲からん』と言う話を小さな神社の神主さんからはよく聞かされている。

 だから、神様が幸福をもたらせたらそれもどうにかなると思う。神社の史跡を守るためにも必要なことだし。



 

 謎のパワースポット出現ブームの謎が解けてなんとも言えない気持ちではいるけど、とても素晴らしいと思うんだ。


 組織的には依頼を請け負ったら、運営のためにお金を頂かなきゃならんけど。

経費がかからんなら、最低限の金額でもいいって事だもんな。んふ、とても良い。

 

 

 ちなみに確定申告は現世と同じくものすごい面倒な書類がたくさんある。

 そのうちあれも、変えてやるぞ。

 あれは良くないシステムだ。うん。


 

 死の概念については何となくしかみんな知らなかったけど、神様達にも明確な具体例が手渡される事になる。

 現時点で死に至った神のデータと計算による予測だから……もし、誰かが亡くなったらさらにデータは正確になるだろう。

 魚彦は今後何世紀にもわたって読まれる著書を生み出したんだ。本当に凄いよ。

 


 

 

「外敵対策については、ワシと伏見が仲を取り持つ事になろう。人の代表は伏見じゃの」

「はい!オオクニヌシ殿、伏見清元と申します。若輩者ですがよろしくお願いいたします」


 おお。伏見さん……すごい凛々しいな!久々にあんな顔してるの見たかも。

 かっこいいぞ。胡散臭くない。



 

『あぁ、伏見殿の名は存じておりますよ。仲良くやりましょう!楽しみですな!

 スクナビコナよ、クニツクリを思い出すなぁ。皆がこのように心を一つにし、同じものを目指して手を携えてゆく。なんと眩しい未来を目指せることか』

 

「そうじゃのう。黎明を二度も経験する事になろうとは。ワシも幸せじゃよ」


 魚彦がニコニコしてる。

俺もつられて微笑むと、颯人が羽織を頭から被せてきた。


「何してんのさ」

「そなたの愛い顔を見せとうない」

 

「ふ、ふぅん?そう……」


 


『おほん……あのー、そこでですな、大変申し訳ないのですが。出雲にて一つ、問題ごとが起きております。

 ここ出雲が真幸殿の最後に訪れる場所となっている以上ですな、要の弱い部分になっているようでして』

 

「はっ!そうか、出雲大社に繋げば完全に全体がカバーできるけど、まだ俺が行ってないから力が薄いのか?」


『はい。ちなみについ先ほど報告が入り、結構まずい状態です。

 特に、菅原道真すがわらのみちざね崇徳天皇すとくてんのうが乱を起こす画策しているとの情報が入りました』


 

 

「白石」

「スケジュールは問題ねぇ。行こう」

 

「わかった。伏見さん、みんなは?」

「こちらも問題ありません」

 

「おっけー。じゃあ転移で行こう。オオクニヌシ、犯人二柱とは会えたか?」


『いえ、顔を合わせてはおりませぬ。各地の神々から打診があり、どうしたものかと迷っているうち、事態が急変しまして……面目ない』

 

「わかった。天照、魚彦、暉人とククノチさんは高天原で待機しててくれ。呼び出す事態にならなければいいけど……頼む」


 みんなが揃って「応」と返事をくれる。

 さてな、どうなるかな。久しぶりの波乱だから身構えてしまう。


 


「大丈夫だ。そなたの元へは、二度と不幸は来ぬ。我がいる」

「うん……」



  

 颯人に握られた温かい手を握り返して、微笑んで応える。

 

 行き先は出雲大社、オオクニヌシの元へ。

目を瞑り、伏見さんと白石のイメージを掴み『ふぅ』と息を吐いた。

 

  

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