裏公務員の神様事件簿

高天原から出雲へ

97 元奥様へのご挨拶

真幸side

「……」

「……」

「スサノオ……こういう時、あなたが取り持つのですよ普通は。しっかりしてちょうだい」

「ねーねー、いいんだよ。そんな風に正座しなくても。」

「は、はい。あの、はい……」

　俺の横には颯人が座り、離れたところで伏見さんと白石が並んで座っている。

　今日は高天原で、11月に行われる『神議（かむはか）り』の行事の打ち合わせと、登仙修行のために来てるんだけど。

　えー、現時刻は不明……。現世では秋になったばかりだと思う。

　みんなで集まっているのは神楽殿。湖のほとりにあり、水面に張り出した舞台のような建物だ。

　伊勢の外宮にもこんなのがあったなぁ。

　戸板がなくてシースルーでフルオープン。屋根がわずかしかないから、日除傘を差してくれる子達がそれぞれについてくれている。俺の傘は何故か颯人が持ってるけど。なんでだ。

　そして、目の前に立ち並ぶ颯人ファミリーの皆様。

何故こうなったかと言うと、高天原追放を解かれた颯人が高天原に長期滞在、そして前代未聞の依代にいい加減『会わせろ』と言ってきたんだ。

　いや、そうするつもりでいたけど、まさかクシナダヒメから言われてしまうと思わなかった。

　俺は冷や汗に塗れて正座でカタカタ震えている。

伏見さんが依代を務めるウカノミタマノオオカミと、倉橋君が依代を務めるスセリビメもちゃんとあっちに混じってるし。

颯人がおほん、と咳払いして口を開く。

「そ、その……姫達よ、久しぶりだな」

「えぇ、そうですわね。はて？どれくらいぶりかしら？」

「あね様、その前に自己紹介をしたほうがよろしいのでは？」

「あっ、そうよ。ごめんなさいねぇ、しばらく人と触れてこなかったものだから。何を言えばいいの？」

「……何でも良いだろう」

「ちょっとー、何でもって事はないのよ、こう言うのは段取りがあるんでしょ」

「そうよねぇ、スサノオは知らないわよねぇ」

　あ、あーあー。だめだ、我慢できん。

　仕切りたい！こう、わちゃわちゃする前にやりたい事があるんだから、ちゃんとして！

「あの、宜しければ俺から始めてもいいですか？」

　女神たちのわちゃわちゃに口が突っ込めない颯人に焦れて口を出す。

白石も伏見さんも顔逸らしてるけど、笑ってんの見えてるからな！！

「お願いしてもいいかしら？スサノオはあてにならないもの」

「ハイ……なんかすみません。

改めまして、俺は芦屋真幸です。女の子になる予定ですけど、現在は男として生きてるので一人称が妙ですがお許しください。

　裏公務員時代にスサノオこと、颯人に依代にしてもらいました。今は独立して真神陰陽寮のお手伝いをしてます」

　目の前にいるのはクシナダヒメ、その横にいる人はクシナダヒメの後に奥さんになった神様だと思う。

　二柱とも天女の衣みたいなふわふわの漢服を着て、髪の毛を可愛く結い上げ、キラキラの髪飾りをつけている。

みんなそれぞれお花のモチーフが決まっているようで、髪飾りにはお花があしらわれている。そういうお洒落って可愛いなぁ。

　漢服は、上半身が着物みたいな感じで下がスカート。和服と違うのはシフォン素材がふんだんに使われていることだろうか。

　濃いブルーと白のグラデーション、薄紫のグラデーションの素材でそれぞれの雰囲気に合わせてあるようだ。担当カラーってこういう事かもしれん。

　二柱とも切長の目にぷっくりした唇、ほっそりした体躯。そして、グラマラスで出てるとこは出てるし、引っ込んでるところは引っ込んでる。風に揺られ、姫達の髪が靡いて微笑む姿は……たおやかで華やかで、見ているだけで目が眩んでしまいそうだ。

「颯人と俺は相棒ですが、勾玉を交わしています。命を分け合っているので、奥様方と近しい状態かと思いますが……」

「その辺りは聞いてるよ。国護結界張ってくれて大変だったんだもんね、気にしてないから大丈夫。今はもう夫婦だった事は過去だし、離婚してないだけだから。ねぇねぇ、あなた何歳なの？」

「歳は29、来年の2月で30になります。」

「30？！若いわぁーーー！！これってしょ、しょたなんとかじゃないの？大丈夫かしら？」

「あね様、人の世では立派な大人ですよ。これだけ色気があるんですもの」

「あっ、たしかにそうだわね。両性から女神になったんだもの、颯人を受け止める覚悟をしてるって事よ！

　度胸もあるし、自分でお仕事できるし、ちゃーんとしてていい子だわぁ」

　う゛っ……そ、そう言われると困る。顔が熱くなってしまう。颯人は目と口を一文字に閉じてるし。

　若干眉間に皺があるから、こういう場は苦手なんだろう。

このなんとも言えない感じ。娘を嫁にくれって言いにきた男みたいだな？

　元奥様達が微笑み、近づいてくる。颯人を押し退けて、俺を挟んで座った。

　ふぁー、いい匂い……。お洒落な神様は匂いもお洒落なのか？複雑な香りを合わせていて、個性があるのにこんなに近くにいてもいい匂いだなんてすごい……。

「今度はこちら側の番よね？

　私は櫛名田比売命（クシナダヒメノミコト）、さっきからあね様って言っているのは神大市比売（カムオオイチヒメ）だけど、ご存じ？」

「はい、カムオオイチヒメ様は日本書紀で存じてます。大年神（オオトシノカミ）とウカノミタマノオオカミのお母さんですよね」

「そー！よく知ってるね。さすが智慧の神！しかし、好みが変わったもんだわ……私たちみたいなぐらまらす綺麗系が好みだったけど、真幸は可愛い系じゃない？」

「そうかしら、気が強いのは同じよ。顔つきはとっても可愛いけど。……本当に……可愛いしか出てこないわ。私がお嫁さんにしたい」

「あね様、私もです。お家に持って帰りたいわ……下がり眉の子がこんなに可愛いなんて知らなかった」

　クシナダヒメとカムオオイチヒメに撫でくりまわされてるんだけど……当たっている。たわわなおっぱいが。

「あっ、あの！！顔に当たってます！！」

「「当ててるのよ」」

「ううぅ……」

　どうしてこう、たわわな女性は俺の顔を挟もうとするの？？まだ男でいるつもりなんだからドキドキしちゃうんだよっ！

　柔らかいぽよぽよに包まれて居処がない。困ってる顔の俺を見て、颯人が完全に眉を顰めた。

「止めよ。我の相棒をそのように……」

「うっさいわね。まだ夫婦になってもいないでしょう。引っ込んでなさい」

「そーよそーよ。ちょっと勾玉と交わしたからって彼氏ヅラして」

　颯人が苦い顔して伸ばしてきた手を引っ込める。颯人、そう言う立ち位置なの？

　とりあえずあれだ。やることやっておかなきゃ。ずっとこうしなきゃ、と思って来たんだから。

「あの……すみません。ケジメというか、なんと言うか。きちんとお二方に伝えておきたい事があります」

「「なぁに？」」

　二柱のサンドから抜けて、座布団を避け、三つ指を揃えて正座で平伏する。床に頭をつけて、目を瞑った。

「ま、真幸！何を…」

「颯人様、落ち着いてください」

　颯人が驚き叫ぶが、伏見さんが抑えてくれる。ありがとう、さすが伏見さんだな。

「俺は、颯人の勾玉を飲んで命をもらいました。奥様方とは疎遠になっているとお聞きしましたが、お子さんもいらっしゃる以上颯人が父親であり、縁が切れることなどないと思っています。

　突然現れた俺が颯人とこうなる前に、きちんとお話しすべきでした。無礼な真似をしてしまい、申し訳ありません」

　一気に言い切ると、着物の裾を捌く音と共にふんわりと姫達が頭を下げたのがわかる。

「お心遣い、感謝いたします。ご心配なさらずとも、私たちはあなたを憎んでなどおりません。

　子供達もみんな大人になっているもの、気にすることなんてないのよ。あなたは優しい子ね」

「……もう、こう言うのはいいでしょ？私ずーっと真幸と話したかったの。会えて本当に嬉しいんだから、そんなことしないで。新しい妹の顔をちゃんと見せてちょうだい」

　頭を下げた俺の頬を柔らかく包み、カムオオイチヒメが体を起こしてくれる。

　慈愛に満ちた瞳が瞬き、温かい眼差しで見つめてくる。

　ウカノミタマノオオカミのお母さんである彼女は銀髪、空色の瞳。少し細めの瞳が吊り上がっている。目尻側のまつ毛が長くてセクシーな感じ。クシナダヒメも黒髪、黒目だけどよく似た容貌だ。

「真幸、私は神として独立したのよ。夫婦としてはもうつながっていないけれど、スサノオが半身を得たのはとっても嬉しいの。あなたなら尚の事」

「そうね。アマテラス様から散々聞いたもの。あなたの武勇伝と、スサノオ……颯人のデレデレ具合もね」

「わっ……！うぅ、どうしてまた挟むんだ……！？」

　またもや二人にサンドされ、今度はウカノミタマノオオカミやスセリビメ達にまで囲まれる。

「あなたはもう家族の一員だわ。可愛い子」

「私たちの勾玉も貰ってくれるんでしょう？」

「……私も真幸にあげようかしら、伏見は相伝させるから飲まないもの」

「私もまだ倉橋に渡してないから間に合うわね」

「ウカノミタマノオオカミとスセリビメはダメだよ。大事な依代がいるでしょう？」

「「むー」」

　女性達にむぎゅむぎゅされつつ、幸せな気持ちが体に広がってくる。

　天照の噂のおかげもあって、神様達はみんな最初から優しくしてくれる。

噂を広めるのも怒れなくなってしまった。団地妻はやめてほしいけどな。

「そろそろよいか」

　眉を下げた颯人が肩に手を置いてくる。なんだかヤキモチ妬いてないか？なんでだ？姫様達だぞ？

「颯人、もうちょっとお話ししたいんだけど。せっかく会えたんだし」

「……しかし、そのように触れられると我の気がおさまらぬ」

「なんでだよ。……颯人、おねがい。颯人の大切な家族だから仲良くしたいんだ。立場的にお姉さんみたいなもんじゃないのか？」

「むぅ……」

「私たちは修行場の下見に行ってきますよ。芦屋さんは皆さんとお茶でもしていてください」

「そうしよう。戻ってくるまでゆっくりしてろ。颯人さん、行きますよ。こう言う時相棒（仮）は気を利かせて下さい」

「ぬぅ……」

　白石に引っ張られて、颯人が何度も振り返りながら歩いていく。んふ……わんこみたい。

「しかし、あんなにデレデレになるとは思わなかったわ。どんな魔法を使ったの？」

「そんなに、ですか？」

「あんなの見た事がないわよ。颯人は強引じゃない？体は大丈夫なの？」

　クシナダヒメがポコポコふわふわのクッションを取り出して、みんなを囲んで……パジャマパーティーみたいになってきたぞ。

　ウカノミタマノオオカミがお菓子を並べて、スセリビメがお茶を入れてくれる。

「あ、あの……優しいです。俺は人の体であるうちは男なので、今後そういう関係になるかは分かりません。相棒として、一緒にいます」

「へぇぇ……なんだか複雑なのね。でも命を分け合うほどでしょう？私たちよりもずっと近しいと思うわ」

「確かにそう。あなたの傘を自分でさしていたし、お座布団も自分の分を重ねようとしていたじゃない？あんな事された事ないもの。颯人の方はぞっこんって感じ」

「父上は真幸様をそれはそれは大切になされていますよ、母上。伏見家に来た時すら片時も離れませんでした」

「学校でもそうですわね。少しでも時間があれば逢瀬を繰り返しています。私の依代は、それを見つけては泣いていますわ」

　倉橋くん、マジか。そんなにイチャコラしてたか？別にそんなつもりはないんだが、相棒としてのラインって難しいな……。ていうかなぜ泣いてるんだ。

「ふふ、真幸の周りは面白い子がいつも集まるのよね。さぁ、蓮の花茶よ。召し上がれ」

「いただきます。ウカノミタマノオオカミはお母さんにそっくりなんだな、綺麗な髪の毛で羨ましいよ」

　小さな茶碗に注がれた透明の液体。蓮の花をぬるいお湯に浸して、香りを楽しむお茶だ。女子会にはぴったりだな。

　一口含むとみずみずしい蓮の花の香りが口の中に広がる。お砂糖と、レモンが少し入ってるみたいで甘酸っぱい。

　なんだか女の子の仲間入りできたみたいな気がしてくる。ここでは女の子だから、楽しんでもいいよね？

「真幸の髪も綺麗よ。真っ黒で柔らかくて細いわねぇ」

「そうだ！あなた神としては女の子なんだから高天原にいる時くらい、私たちみたいな格好したらどう？」

「あ、それいい！あね様、お化粧もしましょ」

「あっ、そうだお化粧セット用意してきたのよ！真幸はお化粧の仕方知らないでしょう？あなたにあげようと思って色々持ってきたの。私、クシナダヒメ特製のお化粧品は高天原でも大人気なんだから！」

「え、は、あの……」

「現世ではやめたほうがいいわ。あなたの顔や色気だと悪しきものが寄り付くかもしれない。颯人の警戒は正しいのよ」

　悪しきものが……あぁ、白石が言ってたな。肌を隠せって。確かに下に一枚追加しただけでだいぶ妙な視線がなくなった。

　女の子からは妙な視線が増えたけど。

　お茶を飲みながら女神達に囲まれて、ニコニコされてる現状がなんだか面白い。

　妃菜と、アリスもいたら喜んでただろうな。いつか、女子のお茶会ができると良いな。

「で、いいわよね？」

「へ？あ、お化粧ですか？」

「もう敬語はいいわ、普通にしてちょうだい。出雲会議はどちらで出るの？」

「じゃあ……失礼して。

　この姿だと天津神の所属だし、元々は国津神の会議だから人間の姿かな……いや、でも今回は天津神との取次があるからこのままかな？まだ決めてないんだ」

　女性としては身だしなみのうちにお化粧も入るよな。どっちになるかわからないけどその辺りは全然知らないし、この際習っておくチャンスか……。

「あの、お化粧の仕方を教えて欲しいんだ。もし女の子で行くなら出来ないと失礼かもしれないし。俺は心得がないどころか女の子の作法は何も知らないから」

「ええ！任せておきなさい！！」

「お着物も変えなきゃ！あなたは白が似合うわね。黒も捨て難いけど」

「白も黒も入れればいいわ。私たちとお揃いにしましょう♪」

「よ、よろしくお願いします！」

　━━━━━━

　颯人side

「はぁ……女子（おなご）はよくわからぬ」

「颯人さん、それは確かに同意ですけど、芦屋だって神様としては女でしょ」

「あれは性別の区分などない。真幸という分類だ」

「ちょ、何言ってんすか！？まぁ、わからなくもないけど……うーん」

「どちらでも芦屋さんは芦屋さんですよ。ある意味颯人様が正しいです。

　女神姿だと少し小さくなっているのが気にはなりますが。いつもより頼りなげに見えて、つい手を出したくなりますね」

「わかる。汁物持ってなくても転びそうだ。女子でも全く違和感がねぇし、ありゃモテるぞ。人間の姿よりも厄介だ」

　二人の会話に頭痛がしてきた。

余計な虫が増える気配を感じる。人としての相棒である此奴らがそう評するのであれば間違い無いだろう。

　女神姿となった事は喜ばしいが、今ですら虫除けできずにいるのにどうせよと言うのだ。悩ましい。

　高天原に二人を連れてきたのは修行のためだ。この後登仙を目的として隔離期間をここで過ごし、魂の清め具合を月の兄が見る事になっている。

　あっという間に身のうちの五行を完成させ、仙となるだろう。

次に控えている鬼一、鈴村も同じくするりと登仙するはず。

　元々、此奴らは優秀なのだ。我と共に真幸を守ってもらうしかあるまいな。

「しかし、芦屋はああ言うところも頑固なんだな？まさか土下座すると思わなかったぜ」

「仕方ないとは思いますよ。彼は礼儀を重んじていますから。家族を奪ってしまったような気持ちでいたんでしょう」

「後でよく話す。……我が先んじて姫達に話しておけばよかったやも知れぬ」

「「その通りです」」

　くっ。男二人に言われてしまった。

真幸に頭を下げさせてしまったのだ、今後は気をつけねばならぬ。気を引き締めねば。

　まだ妻となってもおらぬのに、あの責任感はなんなのだろう。年上女房でもあるまいに。

　神楽の舞台に戻ってくると、煌びやかな様相で敷物を敷き、座布団を山のように盛って腰掛け埋もれている女神達。

　女子会とやらか……真幸には女子の自覚があまりないからな、たまにはいいだろう。

　後ほど、女神同士の婚姻もあるのだと教えねばならぬ。姫達のあの目つきは殆ど本気だった。

「あっ！帰ってきたわよ！隠して！」

「きゃー！」

　やれやれ、元気だな。ばさばさと上着や布を集めて一つの山が作られる。真幸が中に隠されているようだ。

「あー、月読がスゲーうるさい。出していいか？」

「嫌な予感はしますが、仕方ありません」

「月読」

「やった！！！ありがとう直人！すごくいい予感がするから出して欲しかったんだ。颯人、あれ真幸くんでしょ？」

「そうです。姫君達に着飾られたようだ」

　クシナダヒメが悪い顔をしている。

姫は本当に昔から悪戯が好きだな。

「颯人！誰がいると思う？」

「我の花を隠すとは。意地悪のつもりか」

「違うわよ！きっと驚くから！！」

「そうそう。出雲では女神姿かも知れないし、お化粧の練習したの。

あなたがどんな反応するか楽しみだわ」

　姫達が一様にほくそ笑んでいる。あぁ、なるほど。

　月の兄ならいざ知らず、我は真幸と一日中共にいるのだ。

どのような姿でも愛いことに変わりはない。驚きはせぬ。

　月の兄が走り寄り、隠されている布を剥がしていく。……多いな。

「布が多すぎ！真幸君窒息しちゃうよ！！」

「む、それはまずい」

　兄に倣って男達で布山を掘っていく。

最後の布をそっと外して、全員が息を呑んだ。

「ぷぁ……はー重かった。あんな薄い布でも重たいんだな。あ、おかえりー」

　姫達が我らの反応を見て満足げに微笑み、布を片付けてゆく。真幸がまっすぐに見つめてくるが、口が動かぬ。

「どーお？いつも白黒着てるけどたまにはいいかなって。あね様が選んだお色なの」

「とっても可愛いわよね！桜のようでしょう？ぴったりだと思うの。颯人の黒は髪の毛と目があるからいいわよねぇ」

　布の中から現れた真幸は、髪をいつものように高い位置で一つ縛りにしている。耳の前に一房ずつ髪を流し、前髪を上げて額を出していた。

　桜色の薄衣に包まれて、白い上着を着ている。僅かに化粧をしているようだ。

　赤い唇はそのままに、頬紅がわずかに差されて瞼の上に色がついている。

風が髪で舞い上がり、神力が輝いて細（ほそ）やかな体に落ちる。

　耳飾りを抑えてわずかに顰めた眉が頼りなげで……儚い姿を浮き彫りにして、心臓が高鳴った。

花弁を開き、匂い立ち咲き誇る可憐な花がそこにある。胸が、苦しい。

「……あの、颯人？なんか言ってよ。そんなに変？」

「「「「……」」」」

「颯人もそうだけど、伏見さんも白石も、月読までなんで沈黙してるのさ」

　柔らかい頬を膨らませて、真幸が拗ねている。なんと愛らしい花なのだろう。

　感情が揺れ動くと香る、我の移り香と梔子の香り。

儚げで美しく、それでいて芯の強い凛々しさが見え隠れしている。

それは男どもならず姫達の頰まで赤く染め上げた。

　自分の羽織を脱ぎ、頭から真幸にかけて包み込む。それを力一杯抱きしめて、必死で隠す。

これは、我の花だ。我のものなのだ。

「わっ？！颯人？！なんで？そんなに似合わない？」

「違う。……其方は美しすぎる。その姿で出雲には出さぬと決めた。これ以上虫を増やすな。真幸は我の花なのだ、誰にも見せとうない」

「ほぇ？はい、うん……」

　腕の中の愛おしい人が頬を染める。

　ひたいに口付け、もう一度虫除けの結界を張った。何十、何百と重なった結界が隙間なく埋め尽くされていても、効果があるのかわからない。

　いっその事閉じ込めて、誰にも見せぬように出来たらどんなに心が楽になることか。……だが、真幸はそうさせてはくれないだろう。

　我とてそこが愛おしいのだから、手折ることなど出来やしないのだ。

　自分の着物の袖で覆って完全に隠し、ようやく一息ついた。