93 宴の夜
「そこで芦屋さんは山手線を回りながら、力場を探って三十の駅に社を建て、鉄の結界を強固に張り直しました。」
「何日くらいで成されたんですか?」
「ギリギリ半日かかっていません。その後平将門を鎮め、勾玉を神ゴムにして頂いて。あれはもう日本中の神様ほとんどの勾玉をいただいていますね」
「なんと!?」
「道満との時もそやんな。社建ててない所に国護結界繋ぎながら全部建てたやろ。あれはおかしいで。天照さんと月読さんが降りたからって、霊力は尽きてた筈なんよ」
「そうねぇ、神力は溢れてたから問題なかったのよ。あとは神継の皆んなが真幸の事を信じていたからこそよね」
「せやなー、綺麗やったな、空が青から赤くなって、七色に光って、虹がわーって空にかかって……」
「それよりアレですよ。僕は颯人様がされた芦屋さんの神降しが忘れられません。
星空を割り、陽の光が差して、七色の光を纏いながら天女のように舞い降りて」
「星野、やめろ。思い出させるな。また鼻血が出る」
「アレはえっちやったな!?ワイも驚いたわ」
「ふるり、風呂ん時よりもか?風呂の中だと肌がピンクになるだろ?ありゃー色っぽかったなぁ」
「ヒコ……命が惜しけりゃそのくらいでやめときな。ちなみにアレは正装だかんね。女は皆んな同じだから。おまた隠しながら出てくるんだww」
「イナンナ、おまたはやめるのじゃ。其方は仮にも女神なんじゃぞ。慎みを持て」
「うっさいなー、魚彦はほんと真幸にそっくしだよね!?あんた達が高天原に来てからまーアレコレうるさいったらないんだから」
「ふふ、真幸はわしの母じゃ。似ておると言われたら嬉しいのう」
「あー、ダメだこりゃ。処置なしで草ーwww」
「と言うかなんでお前ここに来てんだよ。親書は返事持ってきたのか?」
「暉人までやめてくんない?もう提出してきたっつーの。
アタシと真幸はズッ友で絆マジ卍なの。お祝いなんだろ?カレピと結ばれたんじゃないの?」
「ほっほっほっ。相変わらずじゃのう」
「ククノチ、あれは真幸ガチおこだぞォ」
「わふ、仕方ナイ。たまには叱られた方がイイ」
「ムグムグ!モゴー!!!」
イナンナの口を塞いで、ずるずる引き摺りながらみんなと引き離す。
なんか言ってるけど知らん。てかマジで何でここに居るんだよ!カレピ呼ばわりやめろ!!
「ぷはっ!何だよ真幸ぃ。いーぢゃん、ウチらの仲っしょ?」
「シャラップ。そこへ座れ。俺の目を見ろ」
「マジでガチおこぢゃん。こわ……」
現時刻 19:30
白石の意識が回復して、神職さんに謝り倒されて、内宮の社を全部回って参拝を済ませた。
巫女舞の指導までする羽目になったんだけど、俺がやるより妃菜がやった方が良かったのでは?
結局一日内宮で過ごして、最後に宴会をしましょうと神楽殿に集められた。なんか知らんけど次々に神様がやってくる。もう何時間宴会してるのかわからん。
おかげ横丁の食べ物もあるし、用意していてくれたのかたくさんのご馳走がテーブルに山盛りだ。
そんでなぜ俺のことばっかり話題に出すのさ。やめてよ。恥ずかしいだろ!!
そして、今日という今日はイナンナにきっちり説教してやる。
「イナンナ。俺が寝てるとこ見てるのか」
「見てる。イチャイチャしてんの毎晩見てて、なんで致さないのかマヂ疑問」
「……高天原出禁にするぞ」
「ちょ、やめてよ!アタシ天神の湯で若さ保ってんだから!!死活問題なんだからね!?」
「知らん。年相応になればいいだろ。いつまでもマジ卍できると思うなよ」
「くっ!?す、すいませんっした!」
「あ?」
「大変申し訳ございませんでした。今後は夫婦の営みを覗かないし、何ならアドバイスします。アタシそっちの役も受け持ってるんで」
「……そうなの?」
「そうだよ、アタシあんたのカレピの比じゃないもん。神話の神はみーんな性に奔放だろ?その中でも逸楽の女神って言われてんだかんね。アンタのモダモダに喝入れてやろっか?」
「相談に……乗ってくれるなら許してもいいけど」
「まぢ?いいよ!何悩んでんの?」
颯人の膝から降りて、みんなから離れてこしょこしょイナンナと話す。
モダモダじゃなくて、どこまでが相棒としてなのかが聞きたい。
「芦屋さん、私に相談してくれないんですか!?恋バナ仲間なのに!」
「イシュタルさんには敵わんやろ、星野さん。女同士の話がしたいんや」
「俺は何も知らない。何も見てない。何も聞いてない」
「鬼一は修行になりそうですね、それ」
「そんなんで修行になるわけないですよー伏見さんー」
「はぁ……相談など必要なかろうに。我と真幸で一つずつ決めていけば良いのだ」
颯人がこしょこしょしてる俺とイナンナに割り込んで、お姫様抱っこで抱えられて、元の席に戻される。
……いいよ、別に。目的は達した。ふん。
「あっ、そうだ!あんまり刺激するとオトコは狼だかんね!!」
「ばっ、イナンナ!!!別にそう言う目的じゃないって言っただろ!?俺はボーダーラインを知りたかっただけで……このっ……」
「キャー!!こわっwwwアタシ帰るーwww」
あんにゃろめ!秘密にするって言ったのに!!!ばか!バカバカ!!
背中にくっついた颯人が真っ赤になって、日本酒を煽る。俺だって真っ赤だよ、どーせ。
くそぅ、何でこうすぐにバレるんだ。いつも公開処刑なのは何でなの!?
「芦屋……ギリギリ攻めるのは止めとけ」
「うっさいな!……白石は大丈夫か?あんま顔色良くないけど」
白石がフラフラしながらやってくる。
颯人の盃に酒を注いで、俺にも差し出して来た。
「……飲め」
「お、おん。頂戴します」
「はぁー……助かったぜ、あれだけ神力注がれてなきゃヤバかった。マジで頭の中がパンクしそう」
「月読からの情報量すごいよなぁ。勾玉をあげられればいいんだけど、ごめん。月読は俺の腹の中で生み出してたから本神がやらないと多分取り出せないんだ」
「分かっててやったんだ。謝るな」
「うん……」
白石が俺と颯人の横で机に突っ伏して、顔をぐりっとこちらに向ける。
俺が杯を空けるたびに注いでくるんですけど。わんこそばならぬわんこ酒すんなし。
「お前、酔っ払ったところ誰も見てないって聞いたぞ」
「あー、まぁそうだねぇ」
「酒に強いのか?」
「酔うときは酔うよ。意識の問題だから、こう言うのは。サラリーマン時代に酔っ払わされて、夜の接待させられそうになる事が多くてこうなりました」
「はー、なるほどな」
白石がしかめ面になり、額を抑える。
大丈夫かなこれ。話の内容だけのせいじゃなさそう。
「問題なかろう。霊力は最低限保持されている。いつぞや暉人が言っていたように数日はこのままだ」
「そうなのか……」
「心配すんな。どうにでもなる。現世の仕事は11月まで細々としたものしかない。俺は数日休んだら学校に戻るぞ」
「えっ?戻るのか?」
俺にお酒を注いで、自分はお茶を飲みつつ白石が微笑む。
「あぁ、ちゃんと学びたいんだ。俺だって高校中退してるからな。役に立つ奴を見つけて、コネクションも広げたい」
「ふぅん、俺も行きたいな。天文学が中途半端だし」
「はっ!芦屋さん!ご提案があります!」
千鳥足でフラフラしながら伏見さんが現れた。おお、酔ってるなぁ。関東以西では権力者だからね、伏見家は。神職さん達に寄ってたかってお酌されてたもんな。
「はぁー……酔いました。浄化しますのでお待ちください」
「伏見さん。俺がやったげる」
「すみません……」
酔い覚ましに浄化の術をかけていると、赤黒が走って来てピアスに戻り、俺の耳にぶら下がった。
しゃらん、と音が広がって、どんちゃん騒ぎしてた神職さん達や神様までしゃっきりしてしまった。わー、ごめんよ……。
「芦屋さん、飾り紐を付けましょう。やたらめったら力が拡散されますから」
「忘れてた。ごめん」
「久しぶりに僕にさせてくれませんか」
「いいの?お願いしまーす」
颯人と向かい合わせに座って、背中で伏見さんが髪の毛を梳かしてくれる。
俺の髪の毛を初めて結んでくれたのは伏見さんだったな。もう懐かしいと言える月日が経ってしまったなぁ。
髪の毛を梳かしてもらいながら、鼻歌が出てくる。んふふ……今日は本当に幸せな一日だ。
「芦屋さん、独立事務所の準備ができるまで教師をしませんか?僕もあなたの授業を受けてみたいです。講師陣からも希望が出てますよ」
「倉橋君くらいでしょ、希望してるの」
「そうだといいですねぇ。講師で参加していれば、天文学もそのまま生徒として学べますし、白石とも一緒ですよ?」
「んじゃそうしよっかな」
「俺も芦屋の授業受けたい。何担当させるんっすか?」
「さて、何でもできますからね……芦屋さんは何かご希望がありますか?」
「えっ!?希望聞いてくれるの?
ど、どうしよう?何がいいかな?なんかワクワクして来た。」
「ゆっくりでいいですよ。後ほどまた話し合いましょう」
「うん!めーちゃくちゃ楽しみだ!」
髪の毛を綺麗にまとめてもらって、伏見さんが白石の横に座る。
二人はメモ帳を出してお互い打ち合わせを始めたようだ。
んふ……いいな。二人が信頼し合っているのがわかる。俺が好きな人たちが仲良しなのはベリーハッピーだ。
ニヤニヤしながら眺めていると、その向こうから小さな影が現れた。あっ!あれは……!!
「ご機嫌じゃのう、真幸」
「魚彦!久しぶりなんだから抱っこしたい!颯人、ちょっと離して」
「ぬぅ」
「はーやと」
「仕方ない……」
颯人の膝から降りると、魚彦が正面からくっついてくる。
柔らかい髪の毛を撫でて、小さな体をぎゅうっと抱きしめた。
「魚彦、寂しかったよぉ」
「わしもじゃ。離れてみてわかる。其方の懐のなんとあたたかいことか……心が安らぐのう」
魚彦にも、暉人達にもそうそう会えなくなってしまったからな。毎日顔を合わせて、お風呂に入って、ご飯を食べて……一緒に寝ていた頃が懐かしい。
誰かが誰かの代わりになんかならない。魚彦の代わりは誰もいないんだ。早くずっとそばにいられる日が来ればいいのにな……。
魚彦がそっと頬に触れてきて、涙が出ていたことに気づく。
なんか、今日の俺は泣き虫みたい。感情がジェットコースターみたいに激しく動いて制御できない。
魚彦の優しい指先に撫でられて、ずっと一緒だった時間がかけがえのないものだったと気付いた。
こうして触れ合える時が、愛おしい。
「芦屋の涙はいいな。なんか……落ち着くぜ」
「落ち着くなし。白石は泣きぼくろあるのに泣かないんだな」
「そりゃそうだ。俺の涙も心も一人の人に捧げたんだ。残った命はお前のモンだよ」
伏見さんが白石の横でビールを飲み切って、グラスを静かにテーブルに置く。
「僕の命も芦屋さんのものです」
「何でそんなこと言うんだよ。自分の命は自分のものだ。二人が生きてくれなきゃ困る」
「そうだよなー、俺が必要だもんな」
「僕もですよね?」
「そうだよ。だから俺になんか預けないで」
「真幸の命は我のものだ」
「颯人ーややこしくすんなー」
「ややこしくなどない。伏見の家を去った時、するべき宴会だったな……これは」
颯人に言われて、若干気まずい心地になる。話を聞いていた星野さんと鬼一さん、妃菜、アリスが「そうだった!」と言う顔でやって来た。
……まずいぞこれは。
「真幸!紙に書いたものを渡してなかった!みてくれ。ちなみに真子さんのもあるぞ!」
「私はお説教したいんやけど!」
「私もです。芦屋さんはあのような事を二度と!されないようにしなければ!」
「そーですね。ホントに。いいですか真幸さん!!」
みんなして一斉に文句を言い出したぞ。俺は白石じゃないんだから聞き取れないよ!!
「芦屋、俺がまとめてやる。みんなどうせ同じこと言ってんだから」
「そ、そうなの?」
口々に捲し立てながら皆んながお酒を差し出して来て、仕方なく飲みながら話を聞く。
ううん……段々分かっては来たけどさ、どんどん顔が熱くなっていく。
これはお酒のせいじゃない。
鬼一さんが渡して来た紙、涙のシミだらけじゃないか。殆ど文字が見えないよ。
真子さんはなぜ鬼一さんに手紙をあずけたの?綺麗な文字がそれはもう、びっちりとお説教が書いてある。
最後に一つ、涙の粒が落ちていて、「伏見の家は芦屋さんの実家やからな」と書いてあった。
お酒が進みに進んでしまうじゃないか。酔っ払うぞ、色んな意味で。喉がつっかえて、何も言葉が出てこない。
「はー、スッキリした」
「分かってくれたんやろか」
「若干暴走してしまいました」
「星野さんの若干判定ヤバいですねー」
「芦屋さん、わかりましたか?」
魚彦を抱えて、その頭に顔を押し付ける。魚彦が背中を撫でてくれて、伏見さんが顔を覗き込んでくる。
颯人が俺を膝に抱えて、魚彦ごと抱きしめた。
「芦屋」
「う゛ーーー」
「ひでぇ声だな。お前は今日泣かされる日だ。観念しろ」
「うう、うう……」
上目遣いで顔を上げると、俺が大好きな人たちがみんな微笑んでる。
白石が涙ぐんだ目をまっすぐ俺に向けて、泣き笑いになる。……結局泣いてるじゃんか。
白石は好きな人に涙と心をあげた。
この先の人生で好きな人はその人だけだって言ってた。
俺にも同じようにその涙をくれるのか?
なんだよ……余計泣いちゃうだろ。
「俺たちが生きる世界を守ってくれてありがとう。これから先も、ずっと一緒に居させてくれよな。
俺たちの、大好きなヒーローさん」
白石が盃を持たせて、お酒を注いでくる。こんなに飲んだらホントに酔っ払っちゃうよ。
「今日くらい酔っ払えよ。祝い酒だ。本当は、伏見さんちでこうしたかったんだと思うぜ。みんなからのお礼だからな、ちゃんと受け取れ」
うーわ、みんなしてお酒を持って列を作ってるんですけどー。ダメだこりゃ、流石にどうにもならん。酔うのは確定だ。
ため息をついて、盃を覗き込む。
とろりとしたお酒の中に真っ赤な目をした自分が映り込んだ。
幸せそうな顔してる。そう言えば、鏡をしばらくみてなかったな……。
意識してしっかり微笑んでみた。
親父と、おかあさんの顔がそこに重なってくる。
二人とも地獄にいるんだろ?元気にしてるか?晴明と喧嘩すんなよ?
また会えるといいな。今度こそ俺がちゃんと、愛について教えてあげるから。
俺の命をこの世に送り出してくれた二人にも、この気持ちを知って欲しい。
一粒の涙が落ちて、盃に波紋を広げる。
それを口にすると、少ししょっぱい味がした。
━━━━━━
白石side
「死屍累々、再びなんですけどー」
「アリスはよく平気だな」
「白石さんこそ。私はカラスになれば辛口なのである程度中和できます」
「酒にも強いしな」
「えぇまぁ。大妖怪目前なのでー」
ようやく体調が落ち着いてきて、アリスと二人で静かになった宴会場で酒を飲み交わす。……正しくは一羽か?アリスは八咫烏に変化している。人の身では耐えられんとか何とか。
つーか、何でカラスなんだ。狐じゃねーのかよ。
安倍晴明の子孫であるこいつは妖狐だ。何度も狐と交わって来た一族だし、アリスは特別血が濃い。俺が調べたんだから間違いない。
芦屋の浄化術の余波を受け、会場にいる奴らは酔いが完全に醒めている。
……醒めない方が良かったかもしれん。
「魚彦、なひこ、なーひーこー」
「うう……真幸、もう勘弁しておくれ」
「なんでぇ……どぉして?俺のこと嫌いになったの?」
「好きに決まっておろうが!くそぅ……酔っ払ってしまうとこうなるのか。寝ぼけている時より酷い」
魚彦が芦屋に言い寄られて、顔を真っ赤にして両手で隠してる。
芦屋が酔ってるのは、颯人さんでさえ初めて見るらしいからな。
あいつ、ヤバい。人たらしは酔わせたら凶器だ。
神職達も神様達も、真神陰陽寮の奴らも芦屋にやられて全員寝っ転がって呻いてる。
「なひこ、だーーーいすき。あのね、お風呂いっしょに入りたい。背中流しっこしよ。それで、お布団で一緒にねるのぉ」
「は、颯人……」
「ふ、言わせておけ。我は真幸が幼子になった姿も見ておらぬ。このような舌足らずだったのだろう?」
「そうじゃが……わぁっ!?」
「かーわいい。ふくふくのほっぺに、まんまるのおでこだろ?ほいで、ふわふわの猫っ毛が可愛いんだ。声も好きだなぁ。俺の名前呼んで……ねーえ」
「真幸、落ち着け」
「もっかぁい」
「真幸……」
「はぁい!なひこー!だいすき。かわいい!チューしちゃおっ」
「真幸!や、やめるのじゃ!あわわわ」
芦屋が魚彦をガッチリ掴んでほっぺやらおでこやら額にキスしてる。
神継どもは「はっ!?」とするんじゃねぇ。やめろバカ。
「今なら真幸にチューしてもらえるんやないか!?」
「妃菜」
「だって……こう、アレや。思い出の一ページと言うか、区切りというか」
「ダメよ。あなたに唇で触れるなんて、冗談でも許さないから」
「飛鳥……?」
「私は余裕なんかないの。みっともないのは分かってる。
でも、妃菜がどんなに真幸が好きだったか知ってるのよ。ダメ。絶対嫌。
真幸があなたにキスしたら、私が何するかわからないわ」
鈴村と飛鳥がちちくり合ってんな。
だが、その発言はまずいぞ。顔に出てないが颯人さんも酔ってんだから。
「飛鳥?言ったな、真幸を害すると」
「ええ。訂正はできないわね」
「ほう、久しぶりにやり合うか?負け戦になるが」
「酔ってる癖に。それにあれは引き分けだったでしょう」
「飛鳥は衣服が朽ちていたが。五分と言えるのか」
「俺の妃菜がかかっているなら別だ」
おっと、まずいぞ。飛鳥さんはシラフなのにオネェが抜けた。
慌てて立ちあがろうとすると、芦屋が魚彦を手放してころころ転がり、颯人さんの膝に頭を乗せた。
セーフ……か?
「はーやとぉ!怖い顔〜」
「………」
「飛鳥も怖い顔してるねぇ」
「ごめんなさい……私、どうかしてるわ」
二柱が芦屋から目を逸らし、気まずそうにしてる。
鈴村が飛鳥の手を掴んで立ち上がった。おー?何かいい貌してるじゃねーか。
「飛鳥、私が悪いねん。ちょっと外で話しよか。颯人様も、真幸もごめんな」
鈴村がぺこりと頭を下げて、飛鳥を連れて外に出ていく。
芦屋はそれを見送って「ふっ」と笑った。……ん?アイツ、まさか。
「颯人、飛鳥は仲間だ。妃菜だって本気じゃないんだから。喧嘩しないで」
「すまぬ、我も酒に飲まれたようだ」
「珍しいねぇ?お酒強いのに。よしよししてあげよう!好きだろ?それとも抱き枕する?イナンナが相棒でもしていいって言ってた!」
「ま、真幸……」
……いや、酔ってるな。颯人さんの膝に自分から乗って、向かい合わせで頭抱えてやってるし。普段はあんなこと人の前ではしねぇ。嗜めるくらいなんだ。
相棒のボーダーラインについては苦情を言いてぇ。
「情けない……」
「あれで妃菜も覚悟が決まるだろ。よかったんだよ、これで」
「真幸?」
「んふー」
「あれは酔ってるんですか?醒めてるんですか??真幸さんは奥深すぎてわかりません。掌転がしがうますぎますねー」
「アリスにわかんねーもんが俺にわかるわけないだろ」
二人の世界に入って見つめ合ってるんだが。あそこだけキラキラしてるぞ。
「これは止めた方がいいのでしょうか、いや、しかしチャンスです」
「俺は見てない」
「ぼ、僕はちょっと見てみたいです」
「鬼一さんは偉いよな。星野さんも伏見さんも期待してるの分かってんぞ。相棒だって言ってんだから突くなよ」
「だって、普段からあんななんですよ?二人の時どうしてるか気になります。先生として」
「星野は確かに先生でしょうね、僕は素人なので勉強させてもらいます」
「……」
「鬼一さん沈黙ー」
「アリス、静かにしてろ」
「カー……」
神職さん達も復活して、神様達も集まって来て、俺に寄り添ってくる。
何してんだこれ?芦屋じゃねーぞ俺は。
「颯人は俺を守りたくて怒ったの?」
「そうだ」
「そーんなに俺のこと好きなの?」
ニコニコしてる芦屋の手を取り、颯人さんが左手に口付ける。薬指……あー、なるほど、あれで結界張ってんのか。あの人……いや、神様こそ余裕がねぇな。
「愛している。そなたに出会えたのは、我が生きて来た中で一等大切な出来事だ」
「そ、そぉ。颯人は何歳なの?生まれたのは天孫降臨より前でしょ?二百万歳は超えてるだろ?」
「現世の時間で言うなら、わからぬ。億は超えているかもしれぬな。
其方は来年やっと三十になるところだ。いつまで歳を数えられるか、楽しみだな」
「んふ……うん」
「冷静に聞くと歳の差がやばすぎませんかー」
「億……歳の差とか言えるレベルじゃねぇ。神単位か?意味がわからん。しかもあいつ二十九ってマジかよ。頭がおかしくなりそうなんだが」
二十歳ってのはサバ読んでたのか。嘘だろ……どう贔屓目に見ても二十代前半だ。絶対おかしい。童顔にも程がある。
で、結局何歳差なんだ。
(直人、僕たちが生まれたのは数十億年前だと思うよ。高天原では現世よりも数百倍の速さで時が動いている。
この国がまだ立ち行かない時から存在してたんだから数字にしないほうがいい。)
月読が頭ん中で喋ってんな。
記録的に言えば判明してるのが天孫降臨、それが百八十万年以上前。高天原の時間で換算したらその数百倍か。
俺の頭の中に有名な曲が流れ出す。
一億二千年なんかあっという間だろうな。芦屋の年齢鯖読みくらい些細なことだ。俺より年上だなんて今更思えないが。
「颯人はちょっと大袈裟じゃないか?
「初恋はそうだが。何度でも言う。そなた程に恋しいと思った者はない。勾玉を結び合ったのは真幸だけなのだ。信じてくれ」
「……うん」
切なそうに眉を寄せて、もう殆どを手に入れてるだろう『相棒』に向かって必死で口説いてる。
情熱かと言うか、何と言うか。いつまで相棒を貫けるのかねぇ。
(颯人さんは昔からああなのか?)
(あんなのは初めてだよ。クシナダヒメにだってそこまでじゃなかった。もっと安い言葉をペラペラ喋って語彙力があった。今が必死すぎるんだ。
昔はプライドも高かったし、暴れん坊だったからね。その颯人が今や真幸君の目を見て、自分のことをどう思ってるのか不安に思ってるくらいだ。
弟は本当の愛を手に入れたんだよ)
(そうか……)
あとで教えてやろ。芦屋はまだ颯人さんの元奥方を気にしているからな。
どこかのタイミングで鉢合わせするだろうが。……これを教えたら相棒じゃなくなるかも知れんな。
「真幸、我の花は其方だけだ。どうしたら信じてくれる?」
「信じてるよ、ちゃんと」
「本当か?」
あれ?芦屋……なんか縮んでないか…?まつ毛が伸びて、骨格が細い。髪の毛が細くなったからか、ボリュームが抑えめになって体に沿ってる。胸も尻も膨らんで……。
「あっ!あれ、神の体じゃないか!えっ?気分で変わるのか?」
「混じってる見てーだな、器用なもんだ」
サルタヒコオオカミと暉人がじーっと見てる。
……おい、それはまずいんだが。
「ちょっと見るだけだからね」
「真幸……神の体を、女にしたのか」
「颯人の事はもう、二度と手放さない。俺の命がどうとか、そんな事関係ない。俺と颯人は唯一無二の相棒なんだ。……し、将来を見据えて、女の子になっておいたほうがいいかなー、とかそう言うアレで、その……」
「………っ」
ヤバいか?とも思ったが……颯人さんは感動したのか芦屋の手を取って口付けたまま固まった。……なんつうか、うん。ちゃんと相棒を越えられるまでは我慢できそうだな。
「素敵です!お二人は本当に愛し合っていらっしゃるのですね」
「神々廻さん、泣いてんのか……」
「白石さん、私は嬉しいのです。この国をお守りくださる方が、あのように愛に溢れている方なのだと思うと……」
神職さん達までが釣られてしくしく泣き出した。何なんだこりゃ。わざわざ相棒ですとか言えねぇだろ。
(真幸くんがいるとねぇ、いつもこうなるんだよね。おもしろいでしょ)
(なるほどな、よく分かったよ)
「は、颯人……そろそろ離して」
「誰もいない場所で、話しをしたい」
「う、うん……わかった」
颯人さんが指を弾いて姿を消す一瞬前に、人間の姿に戻ったのが確認できた。
……大丈夫、だよな。
「ただいま。あれ?真幸どこ行ったんや?」
「鈴村おかえり。相棒と宣う奴らはお布団に行きました」
「あ、そうなんか。何や、宣言したろと思ったのに」
あっけらかんとした様子で鈴村が帰ってくる。手を繋いだままの飛鳥が真っ赤な顔して……あぁ、なるほど。
うちのメンバーは女性強し、だな。
「言わなくてもわかるぞ。あんた達もさっさと布団に行け」
「えー?なんや、わかるー?」
「わかる。言うな。鬼一さんと伏見さんはキャパオーバーだ。ラブラブバカップルどもは自重してくれ」
「はーい。飛鳥、お片付けして帰ろ」
「は、はい……」
本物のバカップルになったばかりの二人を生暖かい眼差しで見つめながら、俺たちは大騒ぎの宴会を片付け始めた。
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