79 神様の神降し 第一部完


「♪いーい湯だなっ♪はー。古傷が癒えるなぁー」

 

「ご機嫌だな、真幸。温泉は気に入ったようだ」

「ねーえ、肩のチラ見えが色っぽいね。髪の毛あげてるから、うなじが綺麗だな……食べちゃいたい」

 

「ひゃん!ちょ……月読!」


 月読にうなじをなぞられて、変な声が出てしまう。



 

「真幸君って声がせくしーだよね、ゾクゾクする」

「やめろ!俺は男だ!お触り禁止!!」

 

「良いではないか。男同士なら触れ合っても何の問題もないだろう?人間の規則ではその筈だ。……おとがいなまめかしいな」

 

「そーだよ。お風呂だって普通にお世話してたんだし、今更見たって減らないでしょ。はぁ……本当にかわいいなぁ」


 二柱から距離をとって、乳白色の湯船の中で端っこに逃げる。



 

「何で神様ってお風呂に入ると手つきが怪しくなるんだ!俺そう言うのヤダ。しっしっ!あっち行け」

 

「ちえっ。兄上、真幸君の着物を決めましょうよ。そろそろ現世で準備ができそうですし、キラキラの可愛い着物が届いてますよ」

 

「はぁ……もうその時が来てしまったのか。今少し高天原の食べ物を食べさせたかったな。其方は太りにくい体質だ……こう、胸と尻に肉をつけたかった」


 天照が立ち上がり、片膝をついて人差し指で俺の顎を持ち上げる。おい。股間隠して!ちょっと見えてる!

 


 

「真幸の顔は元々好みなのだ。うれい顔がとても良い。伏せた眼差しも美しい」

「イケメンムーブ禁止。俺のこと団地妻顔って言ったの忘れてないからなっ!」


 天照の指から顔を避けて、べーっと舌を出す。

ふん。俺の相棒が戻ったんだから、そんなにくっつくなし。……アレ、何でこんな思考になってるんだろう。訳分からん。


 

 

「焦らしおって……それが良いのだが」

 

「真幸くんが神になって時間が有限じゃないから、焦らされるのも快感な気がして来た」

 

「アホなこと言うな。しかし、こんなに時間の流れが違うんだな。現世では1日経ってないのに、高天原に来てもう半年か。……はぁ」

 


 日時も現時刻もわからん。現在地は高天原の温泉。空の上にも温泉があるとは思わなかった。

 颯人との再会を寸止めされて、ここに来てもう半年も経ってるんだ。最初は怒ったりしてたけど、無駄だとわかって仕方なく落ち着いてしまっている。


 高天原は朝も夜もあるし、美味しいご飯もあるし、観光施設がたくさんある。ここ天神の湯も、神様たちの間では有名な温泉らしい。


  

 とろとろ乳白色の温泉で、白い土が折り重なってて泥パックまでできちゃうんだ。現世だと東北の方にある温泉でこんなのがあったな。

ほとんど毎日ここに浸かって、美味しいもの食べて、体の不調は一切なくなった。

 

 俺は、眷属の神様も、颯人も、伏見さん達も置き去りにして高天原で安穏としている。

 住民票を移して(なんで住民票あるのかわからん)、神様の登録して、神格としてご利益まで授与された。


 今まで散々勾玉をもらった神様や妖怪にもちゃんと会えて、十二分なほどお話できたし、国護結界を繋いだ社の主達にも会えたし、神様とはなんぞやという研修まであった。



 

 究極を言えば、人は修行をすると神様になれるらしい。仙人とかそういうやつだ。

 もともと日本の神様の多くは亡くなった後になる人がいた歴史がある。平将門さんとかもそのうちの一人。

死ぬまでになれるか、死んでからなれるかはその人次第だけど。それで言うと俺は神仙の部類なんだって。神仙は生きているうちに神様になれた人のこと。俺は半分神様だから仙人じゃなくて神仙。

 

 いまだに納得してないけどね。



  

 ちゃんと神界もシステム化されていて、役所まであるし説得力はすごかったから神仙で仕方なく印鑑を押した。

……裏公務員は、いないみたい。


 現世を見たいと思えばいつでも見れる不思議なパワーに満ち溢れた世界で、術を使うのに霊力・呪力・神力は使わなくても何でもできる。俺の場合は三つとも持つことになってしまったから、現世ではそれをどうやって発散するかが悩みどころだ。

 

 高天原から現世を見るとみんなの動きがめちゃくちゃスローモーションで、俺がここに来てからあっちではまだ半日経ったくらい。

 竜宮城に来た浦島太郎みたいにならないだろうか。ちょっと心配だ。



 

 あれ?天照と月読がいつのまにかお風呂からいなくなってる。誰もいないし……ちょっとだけならいいかな。

 

 指先に力を込めて、四角く空を切る。透明なフレームが現れて、すぐに現世を映し出した。ふよふよ浮いた画面を眺め、膝を抱えてその上に顎を乗せる。

 ……颯人、ちゃんと動いてるな。誰もいないから、ニヤニヤを我慢せずに幸せな気持ちに浸る事にした。



 

「──では、神降しをせよと?」

 

「そうです。颯人様が依代になり、芦屋さんを降ろして契約する形です。颯人様の魂を固定するために、死返しの術者である方を引き離さねばならぬ、と仰っていました。……きっと、芦屋さんは寂しい思いをされてますよ」

 

「真幸は死んでいる事になるのか」

 

「天照様のお話では『肉体は颯人との不死しなずの誓で保存されている筈だがわからぬ、何もかも初めての事だからやってみなければ成功するかも不明』との事です」

「むぅ……厄介だな……」

 

 

 伏見さんと颯人が眉を顰めて話し合ってる。

すらすら話してるけど、これは録画されているものを繋ぎ合わせて早送りしてるんだ。実際の時の流れで見ると、一つ言葉を喋るのにすんごい時間がかかってしまうから。


 

 俺がここに連れてこられたのは、一度四散して彷徨っていた颯人の魂を集めた後、受肉体に固定することが目的。

俺が引っ張り上げたから、俺自身をその場から離せばいいらしい。

 魚の口に釣り針を深く刺すのと同じ要領らしいんだけど、俺は颯人を釣り上げたようなものなのだろうか。



 

 高天原に来る事で天照も月読も現世に顕現できるらしいし。まぁ、うん、万事解決というわけだ。

事前情報が欲しかったし、颯人と再会を喜ぶ暇くらい欲しかった。

 

 もしかしたら手助けになるかもしれないし、言えなかったのはわかるけど。

俺はストレスがマックスのまま解消されてない。……憂さ晴らしに神様達には報連相をみっちり教え込んだ。


 まるでロミオとジュリエットみたいに引き離されて、寂しいというよりも俺は拗ねている。温泉も、ご馳走も、御機嫌取りにはならん。

 颯人に会いたい気持ちが積み重なって、今度こそ潰れてしまいそうだ。


 


 お湯を肩にかけて、すっかり様子が変わってしまった体を眺める。今の体は、新しく下賜された神様の体だ。

 

 おっぱいは慎ましいながらも膨らんでるし、母がつけた傷痕も、裏公務員の任務で負った傷痕も消えている。

手のひらの火傷だけは何故か残ってるのは理由がわからない。

 体の作りはきちんと把握してないけど、縫い付けられて何もなかった場所に何かがあるのは把握している。

 

 男でいなきゃならないと言う気持ちはないけど、気分は複雑だ。

 

 一度決めたことを覆すのも、颯人とくっついてアレコレするのも未だによくわからないまま。女の子の喋り方を学んではみたけど、しっくりは来ない。

天照曰く『飛鳥のようだ』と言われるくらいの違和感があるらしい。


 

 

 俺は、俺のままでいたい。

アリスが言うように……あるがままの姿でいたい。『芦屋真幸』と言う名で生まれ、傷だらけの体で何も持っていないままがいいんだ。

 俺が俺であることが、颯人の相棒である資格のような気がするから。


 だから、現世に戻る時は疲労困憊のボロボロで……足が折れて傷だらけで、疲弊した状態に戻す。

それだけは決めている。


 長く生きれば神様の体にならざるを得ないだろうから、それまでに女の子になる覚悟をすればいいよな。肉が朽ちるギリギリまでそうしようと思う。

 


――「ほな、本殿じゃなく外でやろうや。真幸は狭っこいところで喚べんやろ。伏見さんちの時みたいに屋根を消されたらまずいんちゃう?

 大社の屋根は月読様が戻したけど、流石に身内の社じゃないんやからあかんやろ。いつも六根清浄大祓で喚んでたから、祝詞はそれにしたらどうやの」

 

「そうだな、そうしよう。天照たかあき様みたいに夜を払って降りて来たりするんじゃないのか?あいつの祝詞は天候を動かすだろ」

 

「鬼一さんのおっしゃる通りですね。天変地異を止めたのも芦屋さんでしたし」


 

「あー、そこまでの力があるのは間違い無いですよー。累さんを通して神界を覗きましたけど、神格ご利益の数が凄いです。

 美と豊穣、厄除け、知略、縁結び、心願成就、金運、導き、道開き、料理・調理、技芸ぎげい成就、国家安泰こっかあんねい武運長久ぶうんちょうきゅう福徳成就ふくとくじょうじゅですって。」

 

「うちの大社より多いんですが?」

「もう、真幸を詣でりゃ何もかも叶うな」


「あの、大変言いづらいですが、開運がありませんね」

「「「「あっ……」」」」


 

 おい。星野さん気づいちゃダメだよそれ。そしてみんなして閉口しないで。

開運は無理だな!俺は不幸体質だったし散々呪われて来たんだもん。

 膝を抱えたまま、颯人の顔をズームアップする。


 難しい顔してる。唇がとんがって、うんうん唸ってるけど……やっぱりかっこいい。

仮に俺が恋人になったとしてさぁ、この顔といちゃつくの、無理じゃない?綺麗さが釣り合ってないよ。



 

「まーた旦那の顔見てんのぉ?さっさと現世戻りなよ」

「イナンナ……来てたのか」


 たわわなおっぱいをプルンプルンさせながら、褐色の肌、金髪の女性が勢いよく温泉に入ってくる。


 

「ちゃんと掛け湯したか?」

 

「したー。アンタがあんまりうるさいから。神界に来てまであれこれうるさいったらありゃしない。真幸とアタシは似ても似つかないね!」

 

「それだけは手放しで同意だな」


 


 横にくっついて来てるのは、シュメール神話のイシュタル。別名イナンナ。

 紀元前三千百〜四千年辺りの神様で古代メソポタミア時代が現役だった古い神様だ。

 

 王権を授けたり、戦の女神として崇められたり。イシュタル信仰として長く支持され、最終的にはギリシアのアプロディーテー・ローマではウェヌスに名を変えてまで信仰されていた。


 『日本の高天原に何でおんねん』と妃菜に突っ込まれそうだけど、この辺りは日本神道の一部や仏教がそもそも海外由来の部分がある事にも絡んでくる。

ひふみ祝詞もヘブライ語で訳してほとんど同じ意味になるし、真言もサンスクリット語だし。共通する何かがあるから、同じ次元に存在するそうだ。


 

 ある意味ワールドワイドな神話の結晶なんだよな、日本の超常って。全世界の神様たちの根源は一緒かもしれないと思わせる。


 

 

 時たまこうして海外勢の神様も高天原の温泉入りに来るんだ。日本に旅行しに来るみたいに。

 掛け湯で身を清めて入らなきゃならんのに、そのまま飛び込んできたからさ。怒って温泉のマナーを教えたら、なんか仲良くなった。海外の神様は奥ゆかしさはないけど裏表がなくてサバサバしててやりやすい。

 

 イシュタルの名を出した、妃菜の真実の眼はどこまで見えてたのかなぁ。


 


「ま、体の出来が似てるし、最終的に女になったのも同じだけどー。私も手のひらに花の形のあざがあるし?」

 

「俺のは火傷だろ。それに、まだ女の子になるって決めてない」

 

「女とか男とかうちらには些細な問題だから別にいんじゃね?

 因縁のある傷とか怪我は聖痕せいこんっていうっしょ」

 

「それはカトリックだろ、何でもかんでもまぜこぜにしないで」


 

 

「いーじゃん。それが日本のいいとこでしょ。混ぜても芯が無くならないのは日本しかないんだよ?スゴイよなー。

 アタシを題材にした日本の漫画、めちゃ面白かった。昔の漫画だけど、今の流行りの異世界転移ものだし」

 

「そう言えばそんなのあったかもね」


 言えない。男の身で少女コミックをクラスの子に借りて、夢中で読んでいたとか言えない。あれは今でも好きな漫画です、はい。



 

「アンタもさあ、乳は貧相だけど顔はアタシに負けず劣らずだよ。日本は神格が上であればあるほど美人じゃん?自覚持たないと旦那が苦労するよ」

 

「うっさいな。俺は新人神様だし、颯人は旦那じゃなくて相棒なの。神格なんか知らん。そんなもん現世では明治時代に無くなってるんだよ。今は社格の方が重視されてるし、一般の人はそんなの気にしてない」


「はん、さすが知略の神ぃー。めんどくさいナードオタクの血を感じるわー。

アンタの階位決められなかったもんね。ご利益ありすぎて草ー」

 

 

「イナンナは現代ナイズされすぎだよ。ギャルか」


「日本のギャル可愛いっしょ。……ん?アンタの旦那、祝詞始めてない?」

「えっ!?」


 現世を写した画面のズームを戻し、全体を眺めると……いつのまにか山頂の見晴らしのいい場所に神降しの場を作って、颯人が祝詞を始めてる。

えっ!!?うそ!?もう!?

 



「まままま真幸君!もう行かないと!!着物着るの間に合わないよ!!」

「急げ!湯から上がるのだ!」

 

 月読と天照がお風呂に戻って来た。

 そんなこと言ったって、俺は着物以外の服がないんだよ!

 

 

「すっぽんぽんは困る!」

「聖女よ、何か服がないだろうか。洋服の方が着やすいだろう」


「アマテラスもツクヨミも焦ってて草ー。あ、天界の扉開いた。ヤバくね?」

 

「やだ!裸はヤダ!!」

 

「あっははは!面白!!途中までついてこかな?いい?」

「イナンナ!何でもいいからっ!何か……布!服!!」

 

「おっけー!チョー可愛いの持ってくるー!」

 

 イナンナが髪の毛の雫を絞りながら、脱衣所に走っていく。

俺は颯人の祝詞を聞きながら、熱くなった顔を温泉に沈めた。



 ━━━━━━



 


「おかしいですね……まだ降りて来ません」 

「禊とか霊力の問題じゃないよな。颯人様だし」 

「流石に颯人様に怒ってんちゃうの?勝手に置いてったんやもん」


「芦屋さん、早く帰ってきてください。私は心臓が止まりそうです……あぁー怖い……」



 

 現時刻、現世で言うところの12:00

 真昼のはずなのに、相変わらず空は真っ暗なままだ。 

俺はイナンナ、天照、月読を連れて颯人の近くまで天界から降りて来てる。

なんかさぁ、最初の神降しをいちいち準えるのやだなー。恥ずかしいなー。


 


(真幸、まだ戻らぬのか?依代が我では不服なのか?早く其方に触れたい。高天原が気に入ってしまったのだろうか……)


 颯人の優しくて柔らかい、低い声が聞こえる。

うっとりした心地になって、近寄ってしまうけど……うん。この格好、まずい気がするんだ。


 

「いーぢゃん、反応見たいから早く降りなよ。彼ピめちゃ喜ぶよ」 

「………」

 

「焦らせて申し訳ないが、早く降りぬと補正がかかるぞ。記憶の改竄やら、煩悩の昇華が起こるのだ」

「僕はそれでもいいけどー。そしたらどこかにさらって、今度こそ奥さんにしちゃうよ」


「う、うっさい。はー、どうしてこんな なんだ?いつも何かしら問題が起きるんだよ。……エッチすぎるだろ、これ」


 


 イナンナが渡して来たのはヒラヒラのワンピースなんだけど。キャミソールみたいに袖がなくて、スッケスケなんだよ。

 ツクヨミの肩巾をかっぱらって体に巻き付けてるけど、ほとんど見えてるし。

男に変化しようかと思ったけど骨格が変わるから服着れないし。


 あー、もうっ!!!


 


 ──颯人、俺すごい格好してるんだけど、いい?


「はっ!真幸か!……どういう事だ?」


 ──なんか、服着る間がなくてほとんどすっぽんぽんなんだ。

 


 颯人がびっくりした顔になって、顔が真っ赤に染まり、にっこり微笑む。


「よい、我が隠してやる。さーびす精神旺盛なのは大変素晴らしい。早う見せてくれぬか」


 


 うぅ、うう。どうしよう。はずかしくて仕方ない。

左手の小指にはまった結い紐をくりくりいじりながら、もじもじしてしまう。


 あんなに颯人が戻ったら、ああしてやる、こうしてやるって散々考えてたのに。

勝手に犠牲になって、俺のこと置いてったから説教して、チューの代わりにパンチの一撃くらいしてやろうとか。……思い出したらちょっと腹立って来た。


 


 ──颯人、俺と何を約束してくれる?俺は颯人に置き去りにされて、そりゃ苦労して寂しかった。晴明にはチューされるし、天照と月読には散々口説かれてるんだからな、お風呂に入ると手つきが怪しいし!アレをかわしながらお風呂入るの毎回大変だっだんだぞ。

 


「ま、真幸……」

「真幸くん、それは言わないでほしかったなー。僕たちボコボコにされるんじゃないかなー」

「なんだよ、二柱は颯人より強いんだろ?」

 

 青い顔をした二人が冷や汗を垂らして苦笑いしてる。

イナンナ、何で笑い転げてんの。


 

 

「高天原のno.1.2に口説かれwwwしかも退しりぞけてんの!?まじウケるwギャハハwww」


「草生やすな」

 

「真幸、颯人をなぜ高天原から追放したと思う?彼奴が臨界を越えれば、吾らもどうにも出来ぬのだ」

 

「松尾芭蕉さんが亡くなった時なんかもう酷かったよ。あいつ泣き叫んで日本中ぶっ壊したからね?僕たち命懸けで止めたんだよ?本当だよ?」


「え、そうなの?」


 颯人が眉を寄せて、目の辺りに真っ黒に影を落としてる。

 えっ、怖。俺が舌を噛んでやろうとした時より怖い顔してるんだけど。



 

「兄上達とはよくよく話し合う。晴明とは黄泉の国で一発……いや、説教してこよう。

 我は母を亡くした時も高天原で暴れたが、芭蕉を亡くして同じように心が乱れた。悲しみの中で自分自身を見失ってしまったのだ。

 其方まで亡くしたら、どうなってしまうのかわからない。道満と対峙した時、我が高天原に戻ったとして真幸を失ったら……現世も高天原も破壊し尽くしてしまっただろう。永く生きた時の中で、其方ほどに恋しいと思ったのは、はじめての事なのだ」



 颯人の瞳が、あの時あの言葉を囁いた時の瞳と同じ色になる。

何もかもが全部俺に向けられて、ただ一つの言葉を紡いだ……あの色に。

 


  

「だってよ!!!カーッ、たまんねぇな!ッウーイ!この!このこの!!ヒーイ!」

 

「や、やめろ。イナンナ!おっさんか!」


 しばしの逡巡の後、颯人が何か思いついたようにハッとする。


 


「真幸、勾玉を交わそう。其方には残ったわずかな我の魂も、この体も捧げよう。

 真幸は我に勾玉を下せば良い。お互いの勾玉が命を結んでくれる。心も、命も一つだ。我が死ぬ時真幸が、真幸が死ぬ時に我も死ぬ。……これでどうだ?」



 ……なにそれ。す、凄くいい気がするんだけど。胸がドキドキして、体が震えてくる。

颯人はもう俺を置いていかないんだよな。ずっと一緒ってことだろ?

恋とかチューとか、そんなの小さく思えるくらい嬉しい。


 


「ほら、もう行きな。アタシも応援してあげる。周りの子達もかわいそうじゃん」

 

 あっ、忘れてた。うっかりなのは親父譲りだから仕方ないな、うん。


 

 伏見さんご一家と、鬼一さんと、妃菜と星野さん。いつの間にか倉橋くんと加茂さん、弓削くんまで来て、みんな不安そうな顔で、必死に天を見上げてる。

 

 うん、何か、みんながかわいそうだし。

べつに、颯人の言葉に感化されたわけじゃないけど。いいかな、とは思うし。

颯人の言う通りにして、みんなとこれからも現世で生きていこうかな。

 


 今度こそ、大円団のハッピーエンド……だよね?


 


 天照と月読にアイコンタクトを送る。二柱が静かに頷き、イナンナとハグアンドキスして別れを告げた。

 

 颯人が両手を広げ、俺の名をつぶやく。颯人……今行くからね。


 俺は足で空を蹴って、颯人の腕の中に飛び込んだ。



 ━━━━━━



 


「身体中が痛い」

 

「なぜ元の体にしたのだ。新しく下賜された体があったろうに。なり女子おなごだが」

 

「まだ何も決めてないの。俺は、颯人のあの言葉に返事を用意できてないんだ。……ごめんな」


 がっしりした腕の中に抱えられて、颯人の香りに包まれる。

金色の光が降り注ぎ、真っ暗だった空が割れて黒から青に染まり、青空が広がって春の風が吹いてる。


 


「よい、其方は神になったのだ。時は無限にある。早速契約をしよう。其方の魂を……我に分けてくれ」

「うん……」


 

 体を離して、両手を握り合う。

颯人の笑顔が眩しい。こんなふうに優しく笑う顔がずっと見たかった。

 


「颯人の名じゃ契約できないよね」

「あぁ。我の真名は知っているだろう?」

「うん」


 

 勾玉ってどうやって生み出すんだ?……あ、口の中になんか出てきた。そのまま口をもごもごしながら引き出し、勾玉が生まれ落ちたのを感じる。

 

手のひらにそれを吐き出すと、ころん、と小さな七色の勾玉が転がった。

颯人が纏っていた七色の光は、俺の色だったのか。


 

 

 それを手渡そうとすると、颯人が遮る。

 

「口移しがよいのだが。恋してちゅーの約束も果たされよう。我の勾玉を再び生み出すのにその方が都合が良い。小さいから落としてしまったら困る。

それに、約束をいくつも果たさぬまま重ねるのは、どうかと思うが」

 

「うっ、うー。なんか、無理矢理感が否めない。恋人にはならんからな!」

「わかっている。いつか真幸は生まれたままの姿で我がいだく。託宣だ」

 

「託宣じゃないだろ!願望でしょ!!

……俺は颯人に相棒のままでいてほしい。恋愛とかよくわかんないって言っただろ?

 生きていくうちに『まぁいいか』って思ったらそうしてやる」

 

「其方が望むなら、そうしよう」

 


 

 キラキラした目の颯人が、体の周りにピンク色のホワホワを纏ってる。

 

 神様の資格もらったからわかったぞー。これ、恋人に向ける愛情だ。

赤は尊敬や友情、ピンクは恋心、紫はエッチな欲望。

 そういえばこれが見えるのは久しぶりだ。颯人がいないと発動しないの?

好きな人が居ないと何もかも色褪せるとか……そんな感じかな。

 

 自分の乙女思考に熱が上がって、顔をプルプル振る。何考えてんだ俺は!!


 


「真幸、その姿で目の前に立たれると流石に我とて欲望に負けそうなのだが」

「あっ、しまった……」


 自分がスケスケワンピースなの忘れてた。

 颯人にくっついて体を隠す。お互いの体があっつい。燃えてしまいそうだ。


 

 自分の勾玉をもう一度口に含み、思い悩む。晴明には不意打ちでやられたけど………………すごい、抵抗感がすごい。

じーっと見つめてくる颯人を見てると、別にいいかもな、なんて思ってしまうんだけどさ。……どうしよう。体がカチコチになってしまった。


 俺を待っている颯人の目がキラキラしてる。そうだよな、ずっとチューしたいって言ってたし。……うーん、うーん、うーん……。


「ふ……わかった。初めての口付けは、覚悟が決まってからとしようか」 

「……え?」


 


 苦笑いだけど優しく微笑んだ颯人。そんな顔、初めて見た。

「仕方ないな」とかそんな感じの顔だ。

 俺の口から勾玉を抜き取ってあっという間に飲み込み、颯人自身の勾玉を手に持って……顎をくいっと持ち上げられる。

 か、顔、顔が近い!!!



  

「い、い、イケメンムーブ禁止……」

 

「それは聞けぬ相談だ。ギリギリを見極めねばならぬのだ。我を焦らすのだから、その程度は受け入れてくれねば困る」

「うー、うー……」


「真幸、口を開けろ」

「…………」

「はようせぬか。」

「むーぬー……うーん」

 

 ちょこっとだけ、言われるままに口を開いていつものように目を閉じる。また勾玉飲まされるんだな。今回だけは、俺が望んだ事だけどさ。

 

 颯人の小さな勾玉が唇に触れて、そのままチュッ、と音がした。


「?!」

「どうした?勾玉に口付けただけだ」

「な、なっ……なな……」



  

 にやけた顔の颯人が俺の腰を引き寄せて、体をぴったりくっつけてくる。

 驚いた俺の口に勾玉が放り込まれて、勢いで飲み込んでしまった。

 

 勾玉越しにチューしただろ!そうなんだろ!!……心臓がさっきからうるさい。耳の中まで脈打ってる。

 ……いやじゃ、ないけど。

 

 筋肉が動いて硬くなった体に抱きつき、耳元で囁く。

言葉は変えるからな。俺は颯人を主にはしない。俺たちは、相棒だから。


 


「真名を素戔嗚尊すさのおのみこと、俺の神力と魂を与える。生涯の相棒に……なってくれ」

 

「応」

 


 ギュッと体を抱きしめあって、お腹から幸せな気持ちが溢れてくる。

ぽっかり空いた穴に何もかもが満たされて、胸がドキドキして、勝手に顔が緩む。

 

 あったかい。しあわせ。うれしい。


 


「颯人、おかえり」

「ただいま、真幸」


 

 颯人の逞しい首に抱きついて、満たされた気持ちでそっと瞳を閉じた。

 

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