第二部 序章
80 目覚めの時
伏見side
「伏見さん、ダメや。鬼一さんがまたミイラになっとる」
「はぁーやはりですか。僕も人のことを言えませんが、星野は?」
「星野さんもあかん。あずかりの奥さんもヘロヘロやで」
「鈴村は昨日も玉砕しましたしね」
「伏見さんかてそうやん。あれはあかんよ……破壊力やばいて。眷属の神様もみんな役に立たん」
中庭でタバコを吸いながら僕はまんじりともせず、苦い気持ちになる。
鈴村が縁側から降り、僕と同じようにタバコに火をつけた。
颯人様を取り戻し、芦屋さんが神として降りてきてからもう一週間が経っていた。
彼が真神陰陽寮を去ってから五ヶ月目、道満に捉えられていた分を考えたら約九ヶ月満足に傍に居れなかったんですよ。芦屋さん欠乏症になりそうだ。
そんな彼のお家の中庭には、陰陽師になって初めての任務で生やしたクサノオウがたくさん花を咲かせ、小さな枝垂れ桜が満開に咲き誇っている。
日本はもう、季節通りに時が巡って春が正しく訪れていた。
ここは、芦屋さんが見つけた古民家だ。綺麗な海沿いの港町、そのはずれにある。近くにはコンビニすらない。
長い砂浜はカラフルな海砂利がびっしり敷き詰められた、少し珍しい海岸。ここに来るためには小さなトンネルを潜らねばならず、車も通れない。
元々の大きさが別荘というには狭い造りだし、世捨て人の
売買記録を辿ったが、すでに直前の持ち主は亡くなっていた。
寝室、リビング、お風呂とトイレしかない。
造りはかなりしっかりしていて、屋根には燻銀の瓦屋根が載っているし、床の根太が腐っていた箇所は上手に修復されている。人が住まなくなると家は荒れるものだが、術を使わず修理をしっかりされていたんです……主に基礎部分が。
彼が百回目の石段登りをしている最中に僕と鬼一、星野と神々で家を改築し、今や旅館のような大きさになっている。
新婚の星野を除いたエリートチームの全員で寝食を共にし、家族のように暮らしていこうと……そう決めて引っ越しまで完了していた。
家の修理に術を使わずにいたのは『真幸は無意識のうちに、伏見らが来ると思っていたのじゃよ』と魚彦殿が言っている。基礎ばかり直してたのはそう言う意味だと知ってしまった。
体調が悪かったのに何やってんですか……嬉しすぎて改築しながら号泣したのは秘密です。誰にも言えない。
芦屋さんが高天原から戻れるかどうか、神様達は心配されていた。しかし、僕たちは絶対に戻ると確信していました。
颯人様や僕らがいるのに戻らないわけないでしょう?
戻ってきたら文句を言おうと、鬼一は言いたいことを紙にまとめ、僕たちも散々怒ってやろう!と色々考えていたのにまだ一言も話せていない。
天照大神を降ろして日本を護り通したあの日、芦屋さんは僕らの為に独りになると決めた。
僕たちの事を自らが過分に輔けて
アリスさんのため、道満が殺した命のために鎮魂をし、颯人様を取り戻して。
何もかもを手に入れたなら一人になる必要なんかありません。
舐めんなですよ。僕たちは、芦屋さんが颯人様を取り戻した後も離れる訳がない。どうしてわかってくれないんでしょう、何度も何度も諦めないと言ったのに。
僕だって、大人なんだから一人で立てます。心配しすぎなんですよ、全く。
芦屋さんが一緒にいたいと……そう言ってくれたあの一言が本音だと信じて、僕はずっと待っていたんですから。
『社会的に権力を持たせれば彼の身が危うい』と大村さんや浄真殿に指摘されてからは、真神陰陽寮でも彼の存在を秘匿している。
確かに、蘆屋道満に似ている彼は
朝廷から道満を遠ざけた、晴明の気持ちがよくわかる。
守られるべきは我々ではなく、芦屋さんの方なんだから傍にいたほうが都合がいいんです。
どうせいつもの調子で考え過ぎて『世の中をコントロールしてしまうかもしれない』とか極位的な考えに及んだんでしょう。
僕たちが一緒にいたらそんな事はさせないし、そもそも自分で大切だと思う人を手放す気などなかった筈だ。
真神陰陽寮から離れてもたくさんの仕事を変わらず成し遂げ、自分の社を真神陰陽寮の庁舎と学校の校舎の間に建てて、僕らを守って行く気満々だったくせに。
芦屋さんはいつだってそうだ。やる気のないふりをして、めんどくさいと言いながら
身のうちに収めた『大切な人』の分類に対しては際限なく自分を消費してしまう。
何事にも全力で、手を抜くことを知らない。そういう所が心から尊敬できる人なんですけど。
自分一人で悲しいヒーローを気取ろうなんて許しませんよ。
僕は神になってみせる。あなたが永い時を生きるなら、それについていきますから。
って、言おうと思ってたんですが。
「しかし、真幸のあの格好、天女様にしてはエッチすぎひん?ヤバかったな」
「……ノーコメントです」
「伏見さんも顔真っ赤やったで?ガチガチに固まってたやん」
「の、ノーコメントです!!」
芦屋さんと天照様の間になされた取り決めの中に神になる項目があった。
天照殿と月読殿は天津神。芦屋さんは元々国津神で、颯人様も現在は国津神の分類とされている。
そのため、大元の依代対象である颯人様が戻れば天津神である二柱は現世から追い出されるだろうと言う事だった。
暉人様やククノチ殿、魚彦殿とは違って高天原をおさめている神様だからそうなるらしい。属性的な問題でしょう。
その対策のために、高天原のツートップが共謀して芦屋さんを手籠にし、記憶を消し、子供を作ろうとした経緯を魚彦殿からお聞きした。
颯人様を取り戻させずに高天原に閉じ込めるつもりだったようです。
おかげで僕は二柱に本気の説教をする羽目になった。
天照大神と月読命を正座させて怒るとか、想像もしてませんでしたよ。
神々の前で叱らなかったのは魚彦殿の配慮でしょうが、僕は人ですから。最高神だろうがなんだろうが知りません。
好きと言うならば芦屋さんの気持ちを第一にしろ、とものすごい年下の僕の話を素直に聞いてくれたから良かったものの、正直呆れた。
でも、日本神話の神々は芦屋さんのように独特な逸話を持つ方が多いですから。それに神タラシが相手ですしね、ある意味納得できる。
「真幸を一度天上に連れてゆけば天津神所属に転属できる。仙でもよい」
「僕たちも現世にいられるし。真幸君とどうしても離れたくないんだ」
と、のたまわれました。二柱が芦屋さんを好いているのはわかってましたが、そこまでとは把握していなかった僕にも責任がある。
二柱が暴走する前に芦屋さんを天つ神へ転属し、皆さんが揃って現世に戻れるようにして下さいとお願いしたのは僕です。皆さんお忘れのようですが、三貴子の在処が現世でなければ天照様が書いた書面に反しますからね。そうするしかなかったんです。
芦屋さん自体が天津神になれば天照様も月読様も問題なく現世にいられるでしょうし、颯人様の魂を固定するのには必須の項目でしたから。ついでと言えばついでですが。
現在、二柱はアリスさんの監視の目の呪をつけています。颯人様もかなりブチギレてました。
芦屋さんの勾玉を飲んでお互い契約を交わした今となっては、颯人様が実力的に第一位の神格階位に変わっている。芦屋さんが天照殿と月読殿の依代になったことで、颯人様の神格が上がったんです。そのお方がキレたら大変なんです。
二柱がお互い死ぬ時には命を無くす、と言う契約には突っ込みたいところですが、片方が荒神になってしまったらもう誰も止められない。策としては最善でしょう。
正直伏見家の秘密暦書にも、真神陰陽寮の学校の教科書にも載せられない。
前例のない神の甦りをやり遂げ、そして神に神を降ろし、勾玉を交わした芦屋さん。
何もかもを成し遂げ手に入れたのは、神話にも等しい伝説だった。
颯人様の祝詞に喚ばれた芦屋さんは、異国のスケスケ服を纏い、
鬼一は鼻血を出してましたし、僕だけがそう感じていたのではないと思う。
体はご母堂に傷つけられたまま、蘆屋道満がつけた傷を持ったままの人の体で現世に戻った彼。
颯人様との契約も有効でしたから、そうできたんでしょう。
足の指が全部バキバキに折れていたのでギプスをはめて、暫くは寝たきり生活だ。
僕は手取り足取りお世話にするために介護もちゃんと学んできたにも関わらず、神様になったから排泄もしやしない。何から何まで手を出したかった。はぁ……。
「もういい加減起こさんとまずい気がする。颯人様まで眠ったままやし」
「そうですね。いつまでも寝ていても困りますし。今日こそ叩き起こしましょう」
鈴村と二人でタバコの火を消し、新しく買った木目調灰皿スタンドに投げ入れ、キッチンで手を洗い、服を着替えて……芦屋さんの寝室に向かった。
━━━━━━
「わー、さっきより酷くなってんな」
「みなさんしっかりしてください!魚彦殿は?……ダメか」
真新しい畳の床に、転がっている神と人。
いつもは最後まで耐えていた魚彦殿も、今日は膝を抱えてうずくまっている。
「伏見さん、無理だ!あの顔見てくれ。俺は、俺は……うっ、く……」
「私も無理です!!!あんなに幸せそうなのに!!伏見さんが起こしてください!」
鬼一と星野が叫び、僕は深いため息を落として問題の渦中に向かう。
ローベッドの上に布団を敷いて、二柱は抱き合い寝息を立てていた。
芦屋さんは颯人様との契約の後。
颯人様はここに来て天照様と月読様に説教した後、添い寝をしてからずっと眠っている。
「あー、可愛い顔やな。たまらん」
二人の寝顔を覗き込んだ鈴村がニヤけている。初っ端からやられないでください。
さて、やるぞ。芦屋さんのためにも起きないとなんですから。心を鬼にします。
「芦屋さん。そろそろ起きてください。もう一週間ですよ」
「んっ……んぅ?」
肩に手を当てて、ゆさゆさ揺すると僅かにに目を開け、目線がうつろう。
いちいち色っぽい声出さないで下さい!
伝説の偉業を成してそれはそれはお疲れでしょうが、そろそろ栄養を摂るのにも点滴では限界があるんですよ。
元々颯人様を失った後ろくにご飯も食べれていない、人々の呪いを背負いアリスさんの神喰い中毒浄化も担って、体調が最悪だった。
その体に戻したんですから、もう鶏ガラのように痩せこけてるんです。排泄しないならご飯食べなくてもいいようにして下さいよ。きっとこれもうっかりだ。絶対そうだ。
「芦屋さん!!」
「……はっ!」
芦屋さんがカッ!と目を見開く。
あっ!ようやく目覚めましたか!?
「伏見さん、あかん。いつものやこれは。覚悟しいや。」
「……くっ!?」
目を開いた芦屋さんがキョロキョロ辺りを見渡し、颯人様の腕の中にいることを確認して、ホッとため息をつく。
柔らかい微笑みをたたえ、颯人様の顔を両手で包み込んでニコニコしている。
それに気づいた颯人様も目を開けて、自分の顔を撫でている芦屋さんの手の指先に口付ける。二人は愛おしそうに見つめ合い、口を開く。
「颯人、はやと」
「真幸……我の花。我の命……傍にいる」
「んふ、んふふ……颯人がいる。あったかい。幸せだな……」
「真幸……」
颯人様が芦屋さんの額に、頬に唇で触れると静かに瞼を閉じて、しっかり抱き合いまた眠りについた。
「あーーーーっ!!!イイ!!!もう、もう……なんなん!?なんで颯人様は毎回目が覚めるんや!?真幸もいつまで颯人様がいるか確認してんねん!!!最高すぎる。公式供給えぐい!うっ、うっ……」
「鈴村もやられましたね。こうなったら最終手段しかありません」
芦屋さんには当分お休みしてもらう予定ですが、それにしたって起きてもらわないとどうにもならないんです!
……そろそろ、彼の方が来るはずですが。
「あ、あのー」
「アリスさん!遅かったじゃないですか!!はよ、はよはよ!!」
「あ、はい……うわ、死屍累々。大村さん、どうぞ」
アリスさんと、彼女が連れてきた大村さんが恐る恐る寝室に入ってくる。
「な、何事ですかこれは??」
「大村さん、じきに分ります。一度やったらもう一度やりますから」
「えぇ??ほんまになんなん????」
はてなマークを浮かべた大村さんと、苦笑いのアリスさんが芦屋さんのそばに座る。
「真幸さん、アリスと大村さんですよ。起きてくださーい」
「ま、真幸さん!こんなに細うなって……はよ起きてください!肉がなくなってまうやんか!」
二人にゆすられて芦屋さんが目を開ける。はい、第二弾の始まりです。
「ん、はやと、はやとぉ……さびしい、寒い……」
「ん……どうした?」
颯人様が芦屋さんを抱き寄せて、芦屋さんは颯人様の袂を握り、颯人様の首元に顔を擦り寄せる。
「
「ん?……んー。もっと」
「其方が愛おしい。細い眉も、小さな鼻も、まつ毛も、唇も……我が闇に染めた瞳も何もかも愛している」
「ん……颯人」
「真幸は?応えてくれぬのか」
「……む?うーん」
「なにか、言葉をくれぬか」
「颯人が居れば、他に何にもいらない。……もうどこにもいかないで」
「あぁ、この星が滅んでも共に生きよう。早う一つになりたい」
「相棒なんだから、恋人とかそう言うんじゃないし……むぅ、むぅ……」
「其方がそう思えるまで、いつまででも待ってやる」
「んふ、んふふ……颯人…」
「…はぁぁ…はああぁ………アー、ムネガクルシイ……」
「あかん。なんやこれ。何を見せられてるんや?え?ご結婚されましたのん?」
「大村さん、まだですよ。芦屋さんは機能的には女性になってますが、夫婦になるにはまだまだ時間が要るようです。あくまでも相棒だそうですから」
「はぁ!?こんな、こんないちゃついてるのにですか!?おかしいやろ、何でそうなるん!?」
「わかりません、何もかも。誰にも分りません」
「はぁ……」
「あぁーすごいーー溶けそうーーー」
アリスさんが倒れ込み、ゴロゴロしだした。あれを至近距離で浴びると殺傷力が高すぎるんです。気持ちはわかる。
だがしかし!僕は諦めませんよ!
「大村さん、奥の手を!アリスさん!累さんをお願いします!!」
「「はい」」
二人が懐からナマズちゃん(特注品)と、累さん(毛玉ver.)を取り出す。
毛玉から小さな女の子になった累さんが芦屋さんを撫でて、ナマズちゃんを眼前に掲げる。
ナマズちゃんのふわふわぬいぐるみの腹を押すと、音が鳴る仕様なんです。
『私は真神陰陽寮のまゆきです!朝だよ!起きろ!働け!!飯を食え!!神継達よ!立ち上がれ!』
「ぬ、その名前やめろって……うーん」
「今です!累さん!!」
累さんが頷き、芦屋さんの顔を覗き込む。
「真幸、お腹すいたよ、起きて。抱っこしてよ。累、寂しいよぉ……」
累さんが大真面目に呟き、ほろりと涙をこぼした瞬間、芦屋さんが勢いよく起き上がる。
「累!ごめん!!あぁ、また泣かした……」
「真幸、真幸ぃ……ひっく、ぐすん」
累さんが本気で泣き出し、芦屋さんが慌てて抱きしめて膝に乗せる。
颯人様も起き上がって背中から芦屋さんを抱え、肩に顎を乗せて累さんを覗き込む。
「真幸……おはよう」
「おはよ、颯人」
「累はどうしたのだ、何故そのように泣く?」
「お腹すいて寂しくなっちゃったのかな?ご飯作らないと……あれ?な、ナマズちゃん!!もふもふしてる!!!」
累さんを抱いてあやしながら、ナマズちゃんを見てキラキラしだした芦屋さん。はい、完全に覚醒してくれました。わかってはいましたが、大分屈辱的ですね!!
「芦屋さん、おはようございます」
「はぇ?伏見さんだ……ここどこ?あっ!?大村さん!!」
「やっと起きましたな、真幸さん」
「えっ?俺寝てたの??おっと……」
「真幸!」
フラフラした芦屋さんを抱き留め、颯人様が驚いている。
「とりあえず、ご飯食べやんとあかん。全部はそれからですわ」
「そうですね。用意はすぐにできますから。鈴村、星野。キッチンに行きますよ」
「「はい」」
「鬼一とアリスさん、大村さんは眷属の神々とそこのイチャイチャバカップルを頼みます」
「おう」
「はーい……」
「……はぁ」
「なっ!?伏見さん何言ってんの!?」
「ばかっぷるか、それはよいな」
「は、颯人まで何言ってんの!」
「はいはい。どれだけいちゃついていたか、よーく聞いておいてください。ご飯ができたら呼びますから」
「へ?なにそれ??え、もしかしてここ俺ん家?」
はてなマークだらけの芦屋さんを振り返り、ニヤリと嗤う。
「僕たちのお家ですよ、芦屋さん」
「は!?」
呆然とした彼を置き去りにして、長い渡り廊下を歩く。
「みましたか、鈴村。あの顔」
「最高やったな」
「お二人とも趣味が悪いですよ」
三人でほくそ笑み、キッチンに向かった。
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