75⭐︎追加新話 眷属会議
魚彦side
「みなご苦労じゃの。真幸の熱じゃが、あれは疲労によるものじゃ。何某かの呪いによるものではない。しかし、周囲の警戒を怠らぬようにしておくれ」
「わかった。熱、下がるよな?」
「大丈夫じゃよ、暉人。赤黒が山から吸収した力を分けておる故、明日には良くなるじゃろう。
主が眠っておる今のうちに打ち合わせを済ませねば。皆、防音の結界を」
気合いの入った「応」が返ってきた。そうじゃな、ここからが正念場じゃろう。
お百度参りは残り十回……颯人の
「本日のお百度参りは赤黒の機転で乗り越えた。これにて道満による被害者の御霊送りは完了じゃ。
体の負担はだいぶ改善されるじゃろうが、これより先は颯人の魂を本格的に集めることとなる。此度行うは前例のない神の死返しじゃ、皆気を抜かぬように」
「ちゅーか、そもそも颯人は今どうなっとるんや?肉体が腐らんのはなんでなん?伏見のおとんが術かけてるー言うても限界があるやろ?」
「受肉体じゃから人としての体ならそうなるが、真幸は元々現人神の分類じゃからな。我々も含め、依代が人ではなかったため神の体として現世に姿を現しておる。
じゃから腐らん。この辺りは颯人の組織を調べてわかったことじゃ」
「ほー、ほんなら魂はどうなっとるんや?」
「神と人との契約は魂を預ける事。受肉体を社として作り上げ、神魂をそこへ安置するのが依代の役割なのじゃ。
颯人の場合は心の臓を止めた刃物が精霊である累であった事、また受肉体の要である目、髪、心臓をアリスの力で保存した事によって守られておる。黄泉にもおらぬし、現世を漂っているのじゃろう」
「確かにのう、京都では颯人の魂を感じた。しかし、散らされた状態のそれをどうやって集めるのじゃ?出羽三山で術をする必要があるのか?」
「出羽三山神社は元々生まれ変わりの霊山で由来が合っている、神社があるというのは祭事をするにも改めての潔めが必要ない。
輪廻の輪に戻れぬワシらは、魂の休まる場として受肉前から神社に引き寄せられる習性があるからの。出羽三山神社は最適解じゃ。
真幸の汗涙が染み込んだ階段から漂う気配、参拝時の祝詞の潔めでさらに引き寄せられて、颯人はほとんどの魂があの山に集まっている」
「そんならいけそうだなァ。
そういえば、あそこは芭蕉の句碑があっただろォ?ゆかりの場所だから芭蕉さんにも何かしてもらうってのは、どうなったんだァ」
「彼は当日ご登場する運びになったよ。松尾芭蕉は生まれ変わる前にイザナミノミコト、母上に気に入られて句を献上してお礼に占を行い、次に生まれ変わったら相当な苦難があるって事で保険のために分霊してたんだって」
「吾も知らなんだが、父も母も芭蕉の魂を分けられて傍に置いている。
此度の死返し後に神へと転化すると話したら……真幸の魂を完全にしてやれば神として完成し、輪廻に戻らなくなる。『今後失わずに済むようにせよ』言われてな。よって全ての魂を戻す事となった」
「本当にさぁ、なんていうかさぁ。血族みんな真幸くんが好きなの何なんだろうね。
僕らは出会う運命だったとか言われても疑問に思えないよ」
「ワフ。それは道満のせいカ?」
「ううん……そうでもあるし、そうでもない。
人間は葦から生まれたじゃない?あの子は最初に生まれた命と同じ匂いがするんだって。永い時を生まれ変わりながら流転した古来の命だから、僕らは最初から好感度が高いんだ。そして、神との由縁が両親二人共にある」
「蘆屋道満と同じく『葦』が名にある者は土に還れば大地を清める。豊葦原の頃からずっと葦は潔めに使われているだろう?元々が清い魂なのだ。
母親は神職の一族で、血を辿れば
「
「そういう事じゃのう。我々の勘は外れてはおらぬという事じゃ。
人としての始まりの意味、禊祓いが得意で諸芸に優れておる巫女が先祖。真幸の由来はそこからじゃ。
松尾芭蕉で名の縛りが途切れたのではと思うたが、芦屋の地は松の名所でな。
しかも、松尾姓は出雲神に仕えた出雲臣じゃ。様々縁が重なって我らが導かれたのじゃろう。
話がずれたな。さて、肝心の死返しについて……天照」
「あぁ、伏見や鬼一、神継とも智慧を出し合った結果死返しの方法は『釣り』が良いとの結論になった。
颯人の分散した魂を集め、
「……大将は魚なのか」
「そんなものだね。高天原で真幸くんを神にする手続きがあるし、ちょうどいいでしょ」
「真幸は天津神にするのか?生まれも気性も国津神じゃねぇのかよ」
「国津神はまずいのではないか?颯人が戻れば天照、月読は弾かれるような気がするのう?天津神とすればどうにかなるかもしれんが……それが理由か?」
「君たちは地上に
「ククノチの言う通り、真幸自身が国津神になれば吾らは侍れぬ。あれの心根は国津神だが、天津神としたい。吾とて手放すつもりは毛頭ないのだ。どちらでも大して変わらぬだろう?」
「ふーん……真幸は颯人と夫婦になるんじゃないのかァ?オレは友として好きだが、お前らは違う。大丈夫なのかァ?」
「真幸の意思があル。そうとも限らないだロ」
「ヤト……お前もかァ」
「わふん、否定はしなイ。道満の件ではもっと上手いやり口があったとも思うが、あれしか出来なかっただろうとも思ウ。悲しい思いをさせたのは一つ齧ってやりたいモノだガ」
「そうさのう。そのあたりは真幸の意志に任せることとしよう。
当日の死返しはそのようにするとしてじゃ。今後の役割を決める前に……最高神である二柱はワシに提出せねばならぬ物があるじゃろう。今のうちなら許す。出せ」
「「…………」」
気まずい顔色を浮かべた天照と月読を睨みつける。ワシはスクナビコナじゃぞ。天界も地上も薬の流通には詳しい。
どうせ黄泉の国で手に入れたのだろうが、監視対象の薬が一つ動いたと情報が入った。
二柱は我らよりも真幸と触れた時が短いが、思いが深すぎる。
「出さぬなら血肉の争いをするしかないが良いのか?真幸はさぞ悲しむじゃろうな……あれはワシらを大切に思うてくれる。それぞれが名のある神である以上無傷では済まぬ。ワシらが命を散らそうものなら、今以上に昏い目を見るは明らかじゃ」
「何だよそれ、どう言うことだ!?」
「暉人、落ち着くのじゃ。魚彦の
「じいちゃん……んなこと言ったってよ!!位が高かろうが、こいつらは依代の契約神としては新人だぜ。大将の留守を預かっている以上、オレは黙っていられねぇよ」
「わふ。真幸の為を思ってやる事に口を挟むナ。うるさイ」
「暉人の味方は出来んし、神長の二柱ともいえど真幸になんかしようってんなら見逃せんわ。両方あかん。さっさと決めぇや、月読」
皆の剣呑な目つきを貰って、月読が懐から小瓶を取り出した。
それを受け取り、しばし眺める。
……なかなか良く出来た薬じゃ。催淫、筋弛緩、意識混濁、記憶を封じ込める術まで含まれている。全く……こんなものを手に入れるなど、どうかしておる。
「……のう、お主らがひとかたならぬ思いを抱いているのは理解しておる。
颯人の代わりとしては、流石の天神と言える働きじゃ。じゃが、これはダメじゃよ。
其方らの想いや寂しさを知っている真幸は、心を殺してこれを受け入れる。
体を差し出すとして、あの根性の持ち主じゃぞ?記憶など簡単に取り戻し、颯人を求めてワシらの元から去るじゃろう。……それは、互いに幸せだと思うか?」
「クソ……そういう事か!!
あんた達が寂しい身の上なのは知ってるぜ。オレぁ仮にも天照の命で地上に降りたんだからな。だが……これは許せねぇよ」
「お前ら、本当に……ハァ。呆れたな、古来の神々は何でそんなに極端になんだァ?妖怪より酷いだろォ。さいてーだぞォ」
「ワフワフ!!グルル……」
「そこまでにせよ。未然に防げたのじゃから、よしとしようではないか。高天原に二柱が付き添えば手続きが楽になる。いっその事真幸の傷ついた魂を癒す手伝いを頼もう。天上で悪事はできぬしな」
「……えっ……ぼ、僕と兄上が付き添いして、いいの?」
「あぁ。颯人と再会する前に引き離されるのじゃから、散々甘やかしてやっておくれ。ワシらは地上に長く居過ぎて、そのあたりの融通はきかぬ。無体はせぬと誓えるな?」
「……あ、あ……ありがとう、魚彦殿。もう、こんな事しない!……ごめんなさい」
「すまぬ……吾からも礼を言う」
不満げな暉人、嬉しさ半分、申し訳なさ半分の天照と月読、全てをわかっているであろうククノチ、わかっていなくても主さえ無事であればどうでもいいと感じているふるり、ラキ、ヤト。赤黒と暉人だけじゃのう、純真なのは。
「しからば今後についての役割分担について話そう。魂の取りこぼしのないよう交代で地方を見てまわってほしい。まず……」
━━━━━━
「魚彦殿、ちょっといいか」
「あぁ、くれーむじゃろ?よいぞ」
「べつに、そんな文句とか……いや、違わねぇか……?」
眷属会議が終わり、それぞれが周囲の偵察に出かけた後、暉人が残って声をかけてきた。
そんなに不満を露わにした顔で、文句でない訳がなかろう。
「役割が不満か?」
「いや、それは……流石だと思った。俺達のやりてぇもんを上手く差配してくれたのはわかるし、得意分野だしな。魚彦殿が参謀ってのも納得してる」
「それでは?」
「天照と月読の話だよ。明らかに真幸を手籠にするつもりだったし、颯人の記憶を消そうとしていた。
あれは良くねぇ。今後の禍根になるんじゃねぇのか?依代を外してもいいと思ったくらいだ。やり方が無いわけじゃねぇよな、荒事にしていいなら俺がやってやる」
素直に憤る暉人を見てなんとも言えない気持ちになった。ここまで怒れるのは羨ましい。
此奴と赤黒は掛け値なしに純朴な神だ。天照もまたそれに近しいが、月読が傍に居る限りは純真なままではいられない……仮にも格上の排除は面倒じゃ。
禍根は残っても颯人がいればどうにでもなる。あれは誰にも割って入れる絆ではないのじゃが、それを説明するのは疎ましい。
ワシは生まれて直ぐに辛酸を舐めたからのう。浅ましさも欲望も多々抱いている。
それをあるがままで慈しんでくれる主がいる。ワシが今のままでも生きて良いと思えたのは、真幸のおかげじゃからな。ヤキモチくらい焼くわい。
「何と言ったらいいかのう、あれは恐らく月読の
「ふん、じゃあ月読は?何もしなくていいのかよ」
「のう、暉人。罪人に真に償わせるは難しいと思わんか?
人も神も同じく、悪い事だと知りながら目的のためには悪事に手を染めてしまう。その命がまっさらになることは厳しい。そうなれば、何が最善か」
「………………うむ……むぅ、んむ……むむ……うーん……」
思い悩み、いつまでも答えが出せない暉人は輝かしい。雷のように真っ直ぐで苛烈な正義を抱いている。
ワシには、少し眩しいくらいじゃ。
「答えは『飼い殺し』じゃ。悪いことをさせぬように息抜きをさせ、手元に置いて
月読が抱くは『真幸のそばに居たい』と言う穢れのない恋心じゃ。
本心では体をどうこうしたい、と言うよりも真幸に触れたい、甘えたいと言う〝子供のように無垢な欲望〟なのじゃよ」
「わかんねぇよ……。高天原で世話させるのがこんとろぉる?なのか?」
「そうじゃ。幽閉し、遠ざければ荒御魂に支配される。仮にも最高神じゃぞ?そうなったら厄介じゃ。
程よく真幸に触れさせる事が最善策じゃよ。さすれば本神が成長して『相手の幸せが自分の幸せなのだ』と悟れる。ワシらのようにな」
「ガキってことなのか。あの二柱が?」
「その通り。頂点ゆえの孤独を抱えたあ奴らには真幸は猛毒じゃ。優しさに慣れていない分、あっという間に息の根を止められる。
今は焦がれていた依代を手に入れて夢中になっている時期じゃから、無為に離せば燃え上がってしまう。
焚き火は熾火になり、燻り続けるくらいが害にならなくて良い。長く熱を持ち、いつまでもほの暖かくしてくれる」
「…………魚彦殿はおっかねぇな」
「はっは、そうじゃのう。ワシは貪欲で浅ましい神じゃ。
それでも真幸はワシを愛しんでくれる。颯人との蜜月を過ごした後、その穏やかな状況を作ったワシをどう思うかのう。
真幸なら確実に解ってくれる。実に楽しみじゃよ」
「…………まさかとは思うが、アンタは危ねぇ事しねぇよな?」
あぁ、喋りすぎたか。暉人の怖い顔は堪えるな。ワシも危険因子に見えたようじゃ。あまりにも上手く行きすぎて、はしゃいでしもうた。
「ワシは弁えておるよ、次点が正しい位置じゃと。神として多種多様に変化してきた由来を信じておくれ。必要な役割を理解できると。
……ただ真幸を失いたくない。幸せにしたい。半身にはなれずとも、危険からは守りたい。
これだけは、何も含みのない望みじゃ」
「そうか……伏見と同じ事言うんだな。アイツは『一番は不相応、自分の正しい位置を定めれれば永遠が手に入る』って言ってたぜ。」
「それは誠に至言じゃのう。ワシらは主の事が好きなのじゃ。唯一にならずとも終生離れたくないと思うほどにはな」
「…………そうか。すまなかったな、見回りいってくらぁ」
「あぁ、頼むぞ。切込隊長殿」
「任せろ!真幸の看病は頼んだぜ!」
「応」
元気に走り去っていく暉人の背中は大きい。ワシもあのように大きければその力で守れたのじゃろうか。ちまちまと考えるのも少々疲れた。
真幸の依代として二番手の椅子に縋っただけの自分が……こうまでして皆を差配して良いものか。
未だわからぬことの方が多い。
「はよう帰ってきてくれ、颯人。ワシらでは足らぬ。主の拠り所は其方だけなのじゃから」
天高く登る日に向かって呟き、ため息をひとつ落とす。落ち込んでいる場合ではない、看病に勤しむとしよう。
陰ながら支え、真幸が立ち上がる糧になるのじゃ。
ワシと同じ立場の伏見がそうしておるのじゃからな。
━━━━━━
「わぷっ!?」
「あれ?魚彦だぁ」
「累……真幸を守ってくれるのはありがたいが、ワシの顔を毛まみれにするのはやめて欲しいのう」
「ごめんね。あぐろも寝ちゃったからピリピリしてた。お話終わったの?」
「あぁ、滞りなくな。其方のおかげで憂はなくなった。ありがとう」
「うん!どういたしまして!」
元気な返事を小さな声で返した累の毛玉。ふわりと漂い、真幸の胸の上に舞い降りて幸せそうに揺れている。
十二天将として蘇らせた道満の縛りをものとのせず、操りを封殺していたのは驚いた。其方も我らと同じく真幸を守る眷属なのじゃから、心強いな。
「枕を変えようかの」
「あのねぇ、真幸が寝言で呼んでたよ。なひこ、なひこって」
「そうか……そうか、嬉しいのう」
「魚彦のことだいすきだね、真幸は。いつも一緒だもんね。魚彦は颯人みたいに消えない?真幸を泣かせない?」
「……あぁ。ワシは依代を外れはせぬ。この命が尽きようとも」
「つきたらだめ。真幸が泣くでしょ。しっかりしてよ」
「はは……これは一本取られたな」
深く寝入った真幸の額に沢山の汗が浮かんでいる。首も濡れておるし、しばらくしたら体を拭かねばならんな。
これだけ汗が出れば夜半には熱が下がるだろう。
「頭を持ち上げるぞ、真幸」
「ん……うん……」
半開きになった眼に微笑みかけ、頭を抱えて氷枕を敷きかえる。
ぼうっとした様子のままで汗を拭くワシを見ているが、焦点が定まらぬようだ……熱が少し上がったな。
「なひこ」
「うん、どうした?喉が渇いたか?」
「ううん、なひこがいると思って」
「……其方の看病はワシの特権じゃ。そばにおるよ」
「うん」
ふらふらと彷徨う手を掴んで握る。握り返してくる手は、いつもよりも力が入らず心許ない。
今が一番のぴいくじゃ。あとは熱が下がるのを待てば良い、熱だけでなく颯人がおらぬのも、あとわずかじゃからな。
「今少しの辛抱じゃ。熱を出しきればすぐに楽になる。夕飯はしっかり食そう」
「うん。……なひこ、一緒にいて。どこにも行かないで」
頼りなげに震える声が切ない。頼りにしてくれるのが嬉しくもあり、本当はこれが差し伸べられるべき者が傍に居ないことに胸が痛くなる。
「其方の気が済むまで握っておるよ。ゆっくりおやすみ」
「うん……」
再び瞼を閉じ、穏やかな寝息になった。ワシが戻って安心してくれたのか。幸せな事じゃのう……。
額に手ぬぐいを乗せて、両手で熱い手を握った。
「真幸、ワシはずっと傍におるからな」
全ての想いを込めて愛おしい依代の名を呼び、与えられる熱に感嘆のため息を落とした。
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