63 身に諸の不浄を触れて 心に諸の不浄を触れず

 

伏見side

 

 

「そしたらねぇ、おかあさんが、おやつくれたの」

〝そうか、よかったのう。何をくれたんじゃ?〟

 

「かきのたね!ちょこがついてるの」

〝あぁ、それで好きなんやな〟

〝真幸はあまじょっぱいもんが好きなのか?〟

 

「うん、すきー!」


〝ちょことやらは苦くてなぁ、わしは苦手じゃぁ〟

「くく、くくの、くのちさん」

 

〝じいじでよろしい〟

「じーじ!にがくないのあるんだよぉ」

 

〝そうなのか?甘いのなら食べたいのぅ〟


「あまいのたべたいねぇ」

〝そうじゃなぁ〟



 

 舌足らずの言葉、芦屋さんの声とは違う音だ。音が高くて、まるで女児のような……。

 対するのは芦屋さんに宿ったはずの神々なのだろうか。海の中で泡を吐きながらしゃべっているかのように揺らぎ、くぐもった声がする。


 

「瘴気と呪力の渦だ!!どうなってる!?」

 

「それよりも、なんて酷いんでしょう……ゴミに吐瀉物、排泄物がそのままじゃありませんか」


 

 

 僕達は呆然と立ち尽くす。芦屋さんのいるべき場所に瘴気と膨大な呪力が渦巻いて、その中心に子供がいる。

 着衣もなく、身体中が治りかけのあざだらけで黄色く染められて……まだらに紫色が残っていた。

 

「星野、あんたはそこにいなさい。ここは最悪よ。傷跡を見てフラッシュバックが起きるかもしれないわ」


 

 飛鳥殿が顔を顰め、忌々しそうに吐き捨てる。後から追ってきた星野がエレベーターからかけてくる。

 鈴村は両手で双眼鏡を覗き込むようにして芦屋さんを見ている。真実の眼を使用しているようだ。



 

「大丈夫です。私はもう、大丈夫なんですよ。あの子は芦屋さんなのですか?」

 

「……真幸や、間違いない。傷は見えてるとこだけやないで。鬼一さん、応急キット下さい」

 

「伏見と鬼一は換気扇を回して。星野は先にお掃除始められるかしら」

「「「はい」」」


 ゴミをかき分けながら、鈴村と飛鳥殿が奥に向かっていく。

 黒く透明な、ぼうっと佇む影が7つ。

そのうちの一つが行く手を塞いだ。これは……間違いなく神だ。


 

 

「魚彦、お久しぶりやね」

 

〝なぜその名を知っている。また真幸をいじめに来たのじゃな〟

 

「ちゃうよ。怪我してるやろ?手当させて欲しいの」

 

〝嘘だ。凶器でいたぶり、拳を振るったではないか。第一眷属のワシが許さぬ。近寄るでない〟

 

「私は女です。飛鳥も心は女や。痛いことはしいひんよ、信じて」


 

 あれは魚彦殿だったのか……!小さな影がゆらめきながら鈴村に立ち向かい、両手を掲げるようにして立っている。

 神としての形をなしていない。まるで亡霊のような姿だ。


 

「伏見さん、鈴村さんならきっと大丈夫ですから。早くお掃除しましょう。」

 

「…はい…」



 

 換気扇がたくさん壁に並んでいるのにどれひとつとして動いていない。匂いが籠り切り、劣悪な環境に拍車をかけている。

 排泄物の中から虫が湧き、腐った食べ物が水を流している。

 


「クソ……クソっ…!!なんでこんな……チクショウ!」

 

 鬼一が悪態を吐きながら換気扇の紐を引っ張り、風が通って匂いがわずかに薄れる。星野がゴミを片っ端から袋に突っ込み始めた。



 

〝男がいる〟

 

「大丈夫。男に手出しさせへんよ。真幸が痛い思いしてるやろ?消毒だけでもさせて」

 

「魚彦殿、飛鳥大神よ。わかるでしょう?お願いよ……真幸が心配なの。このままじゃ病気になっちゃうわ」



 

 僕達がゴミを片付けていると、複数に別れた影達が監視し始めた。

瘴気をただよわせながら、心のうちに問うてくる。


(何しに来たんだてめぇ)

(どうして痛いこと、するの?)

(お前は誰じゃ)

(人はホンマに汚い。醜い。浅ましい。)

(憎い、憎い…オイラの可愛い真幸をこんなふうにしてェ)

 

〝クンクン……鬼一カ?〟



 

 鈴村が魚彦殿に話しかける傍らで、影が鬼一に声をかける。


「も、もしかしてヤトノカミか?!どうしてそんな姿なんだ?真幸は一体……」

 

〝心の内に隠れていル。心が完全に死ねば我らが荒御魂になり、世を滅ぼス。それ故に真幸が隠れたのダ。あれは真幸の心のうちにいる命ヨ〟


「そうか。俺たちを守るためにそうしてくれたんだな」

 

〝そうダ。我らは真幸が隠れているから力が封じられていル。寂しく泣く主人に触れられもしないのダ〟

 

「……とにかく、掃除しよう。これじゃ手当しても感染症が怖い」


 

  

「一度ゴミを出してきます!」

「星野、僕のデスクに抗生物質と、痛み止めがあります。」

 

「かしこまりました!持ってきます!」


 星野がたくさんのゴミ袋を抱えて、エレベーターに乗り込む。

登っていくその箱の中で、メガネを外して涙を拭うのが見えた。


 


「真幸、私……妃菜よ。わかる?」

「だ、だれ?こわい……」


 

 魚彦殿が根負けして、鈴村が芦屋さんの元に辿り着いた。

あそこだけは綺麗にされている。……紙屑が忌々しいほど積み重なっているが。


 自分の目からも、堪えきれずに怒りの熱が溢れてくる。

 

 どうして、どうして彼ばかりがこんな目に遭う?

小さな頃から虐げられ、またそのトラウマを新たに植え付けて。

 颯人様を取り上げて、そのあたたかい心を壊したくせに。どこまで芦屋さんを傷つければ済むんだ。


 

 彼は命として生まれた瞬間から、両性具有だった。染色体異常のある子は検査の上そう診断される。

そう言った子は成長とともにどちらかの性器が成長し、片方がなくなるか、小さくなることが多い。

 彼はその成長期を迎える前に、自分の母親に性器を切り落とされ、縫い付けられて全てを失っていた。


 

 良性具有の人は生殖機能がある筈だ。しかし、ご本人は『子を成せない』と言っていた。宿すことも、成すことも出来ない……両方の性を持って生まれたにもかかわらず、どちらの生殖機能も持っていないという事だ。


 蘆屋道満が作った子だからだろうか。

 我々が初めに感じていた「蘆屋道満の血縁じゃないのか?」と言う無駄な期待にまで芦屋さんは応えていた事になる。

 

 彼の幸せを、喜びを奪った黒幕は血を分けた彼の父親だった。


 

 

 芦屋さんの姿が変わっていると言うことは、すでに神様になってしまっているとしか思えない。

 神の姿は神格の現れで、身体の姿形を変えられるのは人ではない。

 前世が神だとしても、力を宿していたとしてもそれが開花しなければ神にはなり得ない。颯人様が言っていた『花』という表現はこれを表していたのではないかと僕は考え至った。

 

 いや、芦屋さんは元々神として生まれていたのかもしれない。

初めから颯人様の古語を理解し、返事をしている言葉が神にも人にも通じていた。そこからもう、すでに人ではなかったんだ。


 

 

 日本を創った伊邪那岐命イザナギノミコト伊邪那美命イザナミノミコト以前の神は全て性別がなかった。

イザナギ達を産んだ神は、別天つ神としての存在が記されている。

広く名が知られているのはミナカヌシくらいだ。イザナギ夫婦にヒルコばかりが生まれた際『男性から声をかけよ』と言った神だった。

 

 天地開闢てんちかいびゃくの、世界の始まりのその時に在った神々は、芦屋さんのように何も持っていない方達ばかりだ。

 

 彼は天照大神よりも前の神に近い存在なのではないか?

霊力が元々高い、呪いも術も効かない、松尾芭蕉という神の生まれ変わりである……今までの何もかもがそう思わせてくる。


 


「ひ、ひな?」

「そうやよ、真幸は可愛いねぇ。お目目がくりくりして、髪の毛がやわこいなぁ。抱っこしたいんやけど、お膝に乗りませんか?」

    

「えへ……かわいいってぼくのこと?おひざにのるのは、おとこのひとだけじゃないの?」

 

「真幸はかわいいよ。せやから抱っこしてあげたいの。それだけやの。女の子でもええやろ?」

「う、うーん……」



 

 飛鳥殿がしゃがみ込み、汚れた床に鈴村が迷わず座って芦屋さんを手で招く。

 彼はおずおずと少しずつ近寄っていく……その足の裏は真っ黒だ。

床に滴った血の跡が、呪われた行いの数を浮かび上がらせていた。


 

「あのね、ひなのおひざ、ちいさいね。へいき?」

 

「わ、私のし、しん……んんっ!私の心配なんかええの。こっちおいで、寒かったやろ?」

 

「ええと……じゃあ。ほんじつはごりようくださり、ありがとうございます。しつれいします」


 ぺこり、と頭を下げ芦屋さんが膝に乗る。

 ついに耐えきれず、泣き出した鈴村が小さなその体を抱きしめ、震えている。


 


「ひな、いたい?おりる?ごめんなさい」

 

「ううん、いたくない。真幸のほうが痛いやろ。おてても、背中も、足も……ここも痛いな?」

 

「あっ!ここつかう?おきゃくさまだもんね。いたくないよ、へいき」

 

「ちがうの。もうお客さんは居ないんや。私はね、真幸のお友達になりたいんよ」

「おともだち……」

 

 

「私は真幸のことが大好きやの。だから教えて……本当はここ痛いやろ?」

 

「でも、ちゃんとしないとおこられるし……ごはん、たべるのにおしごとしないと。」

 

「う……ひっく…痛いって、言えもせんかったんか?我慢強いな。ええ子やな」


 小さな頬をさすりながら、顔中からポタポタ涙をこぼし、嗚咽を堪えながら鈴村が瞼を閉じる。




 

「もう誰も怒らんよ。真幸は痛いことも、嫌なこともせんでええの。沢山ご飯食べて、お風呂入って、あったかいお布団でねようね」

 

「そんなことしていいの?おなかすいたぁ。あったかいおふとん、いいなぁ」

 

「うっ…う…まさき、真幸……ごめんな。来るのが遅なって。ごめんなさい。許してや……」

 

「ひな、なかないで。かわいいかわいい、かわいいねぇ。んふふ」

「……っまさき……」


  

 あの子が、芦屋さんだと確信した。

 累さんを可愛がっていた彼の口癖だ。


「ひな、あったかぁい!ぼく、だっこだいすき。うれしいな、きもちいいな……ふふ、んふふ……」


  

 

 鬼一が膝を折って泣き崩れている。

 僕も、もう動けない。涙で何も見えやしない。

 

 絶望と悲しみの海の中で、芦屋さんだけが笑い声をあげていた。


 ━━━━━━




 

「真幸は内部に炎症が起きて感染症になりかけとる。外の傷は無理矢理会陰えいんの縫合を解いて、癒着した皮膚を開いたんや。あとは挫創ざそうやな。内臓は魚彦が治してるけど、骨が折れてる」

 

〝すまぬ、ワシはほとんどもう荒神になりかけておる。人の判別もできぬし、癒術をかけてもかけても傷を負わされるのでな、消費が一番激しいんじゃ〟



 

 現時刻 0:15 芦屋さんの癖を真似て腕時計を覗くと、もう夜中を過ぎていた。

 

 監視に来た中務達はゴミ出しに行き来していた僕たちを最初は咎めたものの、星野が怒鳴り声を上げたら自由に出入りできるようになった。

 あんな大きな声、出たんですね。

 僕もちょっと驚きました。


 

 

 すっかり綺麗になったフロアに事務室からソファーや寝袋、予備のタオルやらをどっさり持ち込んで芦屋さんに応急処置を施した。お医者さんを呼ぶわけには行かず、魚彦殿が居なかったらどうなっていた事かわからない。

 

 痛み止めと抗生物質を割って少なめに投与したら、彼はすぐに眠りについた。


 やわらかいタオルと鈴村の膝掛けに包まれた芦屋さん。目の下が黒く染まって濃いクマになっている。ひどい痛みで眠れなかったんだろう。



 

「あの、私達の霊力で魚彦殿を回復できませんか?ハラエドノオオカミでも回復までは不可能です。芦屋さんは魚彦殿に回復していただかないといけません」

 

〝お主らの霊力をごっそり奪う事になるがよいのか?〟

 

「構いませんよ。私達も今や反逆者ですから。神降しの日まではプータローですよ。ね、伏見さん」

 

「はい、そうなります。……よし。警察にも証拠を送りました。この件に関しても立件して頂きますからね」

 

「真幸、痛かったろうな。俺が代わってやりたかった……」

 

「鬼一さんじゃ無理やろ。おっと」

「あぶない!妃菜、無理しないで。あなたも休みなさい」

「ん……ありがとうさん」


 


 芦屋さんを抱えた鈴村が、飛鳥殿に抱えられて目を瞑る。堕ちかけた神の瘴気と芦屋さんの強い呪力を受けて、弱ってしまっているようだ。


 

「術も使ったし、少し寝かせましょう。私の神力も魚彦に渡せるはずよ」

 

「はっ!俺の神様も出来るのか!?」

 

「しっ、静かに。2人が起きてしまいます。魚彦殿、神力と霊力どちらがいいのでしょう?」


〝神力がよい。依代以外の霊力は大した足しにならぬ〟


 

「ヒノカグツチ、イケハヤワケノミコト、頼む」

「ウカノミタマノオオカミ、お願いします」

「ハラエドノオオカミ……魚彦殿に神力を」 

「私から分けるわね。触るわよ、魚彦」

 

 顕現した神々が頷き、神妙な顔で飛鳥殿を真似てゆらゆら揺れる魚彦殿に触れる。

 

〝……んむ、むむむ!〟




 

 しばらく唸っていた魚彦殿がポン!と音を立てて……ヒルコオオカミの姿になった。

 

「その姿懐かしいな。赤城山で真幸が触って喜んでた」

 

「そうなんですか?」

 

「真幸はいつも、俺たちが怯むものを真っ先に触る。ゴミだらけの中でも平気でいたって事は、そう言うのに慣れちまってたのかもしれんな」

 

「それもありますが、彼にとっては見た目などどうと言う事はないのですよ。命そのものを見つめてくれる人ですから」


 そうですね。星野の言う通りだ。

ヒルコオオカミはわずかに微笑んだ後、芦屋さんの体を包み込む。

 


 

「ん?なんや懐かしい匂い……わ!ヒルコオオカミやん」

 

「この姿は久しいのう?鈴村よ」

 

「せやな!なんや、今見たら全然気持ち悪くないな。あの時は何でそう思たんやろ?不思議……」


 ヒルコオオカミをぷよぷよゆらし、わずかな眠りから目を覚ました鈴村が微笑む。

 

 

「くぅ!この感触たまらんな。真幸が癖になるって言ってたのわかるわ」 

「妃菜は私のバディでしょ?」

 

「飛鳥?どしたん。せやけど懐かしいんよ。こんなに気持ちよかったんやな……勿体無いことしたわぁ」 

「妃菜!」

 

「なんなんよ、うるさいな。真幸が起きるやろ、静かにしてや」

「……むぅ」


 デジャブです。この光景を僕は知っている。まさか、飛鳥殿は……。

いや、今はやめておきましょう。面倒ですので後回しです。



 

「神さんたちが神力わけたんか?ほいで魚彦が真幸を治してくれたん?」

 

「そうじゃ。内臓は骨が刺さってちょびっとやばかったわい。内部はどちらも完全に治せる」

 

「こっちまで使つこたんか……」


「あやつらは節操がない。人ではないのかも知れぬな。見た目は幼いが大人であるはずの真幸が、『勾玉を媒介として子に宿せるやも』と気の狂った話をしていた」


 

 

「よし殺そう、今すぐぶっ殺そう。俺の刀は今や名刀だ。全部みじん切りにしてやる」 

「賛成やね。ほなら私はすりおろしたろ」

 

「ヒュンヒュンする発言ですね。私は芦屋さんのご意見を聞くべきだと思いますよ。私たちが仮に力を振るったとして、上手くいくかわかりませんし」

 

「そうですね、僕もそう思います。最終決戦で散々貯めた鬱屈を晴らすのが得策でしょう。今は動くべきではありません」


 僕だってぶち殺したいですよ。全員必ず生きていることを後悔させてやる。絶対許さない……。そのために今は、耐えねばならない。



 

「丁寧語同盟の言うことも確かにそやな。魚彦は大丈夫なん?」

 

「なんと言う事はないが、姿を戻す。真幸が戻るまでは、ワシらは影法師になっておるからの。気をつけておくれ」


 ぷよぷよ姿のヒルコ大神が消え、影がひとつ増える。影法師たちが芦屋さんを順番に撫でて、顔は見えないが微笑んでいるような気がした。



 

「と言うかやで。ここ、術使えるやんな?魚彦も回復できてたし、私真実の眼使えたで」

「そういえば……何故でしょうか」 

「術封じ忘れるほど忙しいのか?」

 

「そもそも我々を芦屋さんの元に送るなど、あたおかとしか思えません」


 

 

「伏見さん、無理に星野さんと差別化しようとせんでええんよ?」

 

「くっ。ど、どちらにしても残り一週間弱のうちに芦屋さんを取り戻さなければなりません。どうしたものでしょうかね」


 芦屋さんの小さな口がむにゃむにゃしてる。鈴村の手に頬を摺り寄せ、指先を抱えて微笑んで……。鈴村は悶絶していますね。羨ましいです。僕もされたい。



 

「よく寝ていますね、甘えてるんでしょうか」


「はぁ……可愛くて死ぬかと思った。

真幸が常々『かわいい』て言うてたのな、小さい子が自分と同じ思いして欲しくないんや。そう言われた事なかったんやろ、こんなに可愛いのに」

 

「本当ねぇ。ご飯をたらふく食べさせて……ぷくぷくにしたいわねぇ」

 

「コンビニくらいなら転移してもバレませんかね?」 

「うーん……」

 

「腹減ったって言ってたしな。だが、あんまり派手に動いて世話役からはずれても困る」

 


「あっ、あああ……あの!!!」


 ……気づかなかった。フロアのエレベーター前に、誰かが佇んでいる。

スーツ姿で、ヒョロリとした風貌の女性がもじもじしながら歩いてくる。

 

 あれは……。


 


「アリス、何しに来たんや」 

「み、皆さんに、ご飯をお持ちしました!!」

 

「あなた、アザだらけじゃないですか!」

 

「あはは、はい!慣れてますから大丈夫ですよ。生まれて初めてマックどなるどに参りまして、たくさん買って来ました!」


 剣呑な目つきだった鈴村が、ハッとする。苦笑いを浮かべたアリスさんは、身体中痣でいっぱいになっていた。

芦屋さんと同じく彼女も害され続けていたんだ。


 

 

「お泊まりした時の事、覚えてたん?」

 

「はい。妃菜ちゃ……鈴村さん。あなたを傷つけて、申し訳ありませんでした。パジャマパーティーをしてくださった時に食べた、真夜中の背徳ポテトが忘れられなくて買ってきました」


 鈴村の鋭い視線が緩み、アリスさんを手招きして呼び寄せる。夜中にポテトとはやりますね。

大きな袋にたくさんマックどなるどのハンバーガーやらポテトやらが詰め込まれている。……飲み物がないのは辛いかもしれませんが。



 

「お、シャカシャカチキンもあるやん。チョコパイも!」

「はい。よくわからないのでお金を渡しておすすめを頂きました」

 

「アリス、ありがとうさん。みんなで食べよ」

 

 鈴村が眠ったままの芦屋さんの肩を撫でて、鼻先にポテトを差し出す。

 ……大丈夫だろうか。しばらく何も食べていない筈だ。


 

「ふぁ……スンスン……いいにおい」

「真幸、おはようさん」

「ひな!おはよ。これなあに?」

 

「おいもさんやで。ポテト食べたことある?お腹に今何もないから、少しだけ食べようか。おいしいよ」

「ぽてと?」

 

「し、塩抜きはこちらです」

「気が効くやないの。素晴らしい」

「はいっ!」

 

「なるほど。神様やから油物大丈夫みたいやな。あっ!オレンジジュースもある!」

「あと、ミルクと、コーラと、メロンソーダと」

 

「飲み物はそちらですか。ハンバーガーとこちらにはポテトがまだ入ってますよ」

「ポテト天国やな!あはは!」

「すみません……」

 


 袋からたくさんの食べ物を取り出すと、芦屋さんの目が輝き出した。

 

 自分の中の何かが刺激されている。庇護欲……父性本能?わからないが、とにかく抱きしめたい。

 オレンジジュースをちゅうちゅう吸って、ポテトを食べて笑っている。

眩しい笑顔だ。僕もあげたいな…。


 

「ハンバーガーはいけますかね」

 

「パクチー以外はイケる言うてたけど、そういや食べてるの見た事ないわ」

 

「芦屋さん、ハンバーガーは好きですか?」

 

「???」

「自分の名前しか知らんのかな」

 

「真幸、これ食べるか?」 

「うん!……おじちゃんだあれ?」

 

「おじちゃんだ!!間違えた。鬼一だぞ!食べさせてやろう」

「きーち!あーん」

「かわいいな、ああ……かわいい…」



 

 鬼一が目尻を垂らしながらハンバーガーを小さくちぎり芦屋さんの口に入れる。

なるほど名前呼びでないと認識してもらえないんですか。ハードルが高い!!!

 

 

「むぐむぐ、おにいさんはだあれ?」

 

 芦屋さんの目がこっち向いた!今だ!

 

「僕は伏見ですよ。ま、まま…真幸さん!」

「はぁい。ふ、ふし、ふしみ!」

 

「はい、伏見です。伏見ですよ、真幸さん……」



  

 名前を呼ばれただけなのに、どうしてこんなに胸が苦しいんだ。心臓発作でも起こしそうだ。

 鬼一も胸を掴んでる。僕と同じですね。

 

「おねえさんは?」

「わたしは、アリスです!」

 

「ありす?その子は?」

「あっ!……わ、わかるんですか?」



 

 安倍さんが胸元から毛玉になっている累さんを取り出し、芦屋さんがそれに触れる。


 

 その瞬間、金色の光が生まれて地下室の中に広がり、僕たちはそれに飲み込まれた。


 


 



 



  

 

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