62 目に諸の不浄を見て 心に諸の不浄を見ず


伏見side



 

「俺はもう限界だ。痛み止めが効かん」

「限界なんてとっくに過ぎてるわ」

「そうですね……」


 三人で大村神社の社務所でお茶をいただきながら、慢性化した頭痛を抑えるために痛み止めを服用している。

 鬼一と僕はもう完全にオーバードーズだ。依存してるとも言える。



「真幸さんは、どうしてるんやろか」


 大村さんは僕たちの秘密基地として神社をずっと守ってくれている。

段々と酷い顔になる僕たちを見て、ついに呟き溢した。

 


  

「わかりません。念通話もできず、僕たちはあれからずっと会えずじまいです」

 

「颯人様を失う場面を見せられるとは、計画外でしたな」

 

「全くです。飛鳥殿も予測できていませんでしたし、颯人様があんな事をおっしゃる予定ではなかった。

 そもそも事が起こる日の予知を完全に外していたんです。父は責任があると言って、篭りっきりで祈祷しています」


 

「そうなんやな……ご本人はわかってたんやろか」

 

「おおよそは分かっていたようです。あの人は精神的な死についてやたら文献を漁り、出会った神々や飛鳥殿に聞いていました。

『自分の過去を整理したい』『神様ならどうなるのか参考にさせてくれよ』なんて嘘にならない嘘をついて。

 口がうますぎる。そのあたりは僕達もしてやられたんですよ。彼を侮っていた……」


 

「最初からわかってたなら、なんで他の方法を考えんかったんや?なんであんな……うぐ、う……」

 

「鈴村、吐くな。ろくに食えてないんだからな。俺たちは死ねない。真幸の手紙にも書いてあっただろ」


「う、う……」

「妃菜……こっちいらっしゃい。抱っこしてあげるわ」

「飛鳥……うぁ、わああぁーー!!!」



 飛鳥殿に抱きしめられ、鈴村が大きな声をあげて泣き出した。

 僕だって泣きたい。芦屋さんが導き出した答えを超えた状態で、あれからもう……4ヶ月が過ぎた。


 


 芦屋さんがアリスに連れ去られた後、僕たちは彼のデスク裏に貼り付けられ、厳重に結界が重なった手紙を苦労して開けた。そして、道満の配下に成り下がり虚しい日々を過ごしている。

 

 あいつ、本当に嫌いです。芦屋さんにそっくりの顔で、口調で芦屋さんが絶対言わないことを言うんですよ。ウンザリだ。

もう数えるのも疲れてしまった何度目かのため息を吐いて、胸元にしまっていた手紙を取り出す。

 

 『最終手段』と流れるように綺麗な筆跡で書かれた、芦屋さんの心が宿った手紙だ。

 泣かないように目に力を入れて、何度も読んだそれを開く。


 


 ──この手紙を見てるってことは、ピンチの状態だと思う。ごめんな、何にも言わずにこんなもの残して。

 颯人の神器がくれた託宣について、あれから俺なりに調べた結果だ。情報を頭に入れて、この手紙は処分してくれ。

 伏見さんが一番早く理解できるだろうから、読んだらすぐに動くこと。

鬼一さんと妃菜は心を落ち着けて、伏見さんの言うことを聞くんだぞ。

 


 卜占ぼくせんの結果は何度やっても同じだった。中務側の人が家にきて、秘密結社が正式に立ち上がる時俺に託宣の内容が起こる。


 

 颯人をはじめ、この世に降り立った神は依代の命を分けて受肉する。人と同じように肉体に命を宿して天上から現世に姿を成す。

そのため、受肉体が失われれば現世での死に至る。

 

 神にとって死という概念がどういうものかはわからない。魂だけが高天原に戻るのか、伊邪那美命イザナミノミコトと同じように黄泉に渡るのか、それとも魂が消滅してしまうのか。

 

 

 松尾芭蕉の死後、颯人は一度荒御魂に支配されてバーサーカーになった事がある。

 月読命、天照大神が鎮めてふんじばって高天原に戻したらしい。

だから、俺が死んでバーサーカーになっても元に戻れるはずだ。

 飛鳥大神にも言質を取ってある。

みんな颯人の眷属だから、魚彦達もそれで鎮まるだろう。



 

 ほんで、俺は相手のボスには手出しができない。こちらが先んじて動いても、争っても卜占は大凶と出る。

何もせずただ受け入れる、とした時だけ大大吉なんだ。最悪だろ?


 託宣の詳しい内容は結果が出ない。俺は多分途中で動けなくなるんだろうと予測がつく。だから、手紙を残した。


 今後については、以下の通りに動いて欲しい。


 

 1 .中務に下る

 2.俺が死ぬ(精神的に)

 3.颯人が高天原に逃げる(俺が死んでから時差がある。すぐにはバーサーカーにならない)

 4 .組織を内密に動かし、裏公務員達に説明して国護結界を繋ぐために主要神社に配置する。

 5 .精神的に死んだ俺はどうにかして蘇る。

 6.天照大神を降ろし、颯人達を鎮め、ボスをぶちのめす。同時で国護結界を繋ぐ。


 

 この位しか思いつかない。

俺が精神的に死んで生き返れば大丈夫だと思うんだけど、博打ではある。

 


 天照大神をあらかじめ降ろしておけばいいんじゃないかと思ってるだろ?ダメなんだよ。颯人が離れないと俺は天照大神を正式に降ろせない。そして俺以外は天照大神を降ろせない。


 

 託宣通りの状態にならないと挽回できないんだ。みんなには辛い思いをさせるし、俺が肉体的に死んだら正直策が無い。

でも、死にはしないはずだ。神様との約束は、口約束でも契約になる。

 

 俺は颯人にどうやっても生き残るって約束してるから、肉一片になっても死なない。

 絶対天照大神を降ろして、ぶん殴ってでもいうこと聞いてもらうよ。

日本一の神様なんだから、きっと協力してくれる。俺自身が人を絆すのは上手いらしいから、どうにかなるだろう。


 

 だから俺がどんな目に遭ってても、絶対に助けないでくれ。俺が仮に助けてくれって言っても嘘だから。傀儡くぐつとかあるだろ?そういうやつだと思って。

 

 死んでも言わないから。


 ごめんな、本当に。累を頼む。

みんなで生き残って、また会おう──


 


「はぁ……肉一片で天照大神を降ろすつもりとは頭が下がりますよ」

「そうだな。……颯人様は現世に戻れるよな?」

 

「戻すために急いで準備をしたんです。芦屋さんに怒られるのを覚悟で、累さんをアリスさんに託しまでして」


 

「累は相変わらず毛玉のままだな」

 

「アリスさんが大切にお世話してくださっていますよ。あの方も、可哀想な人です」


 

「可哀想やない。アリスが真幸を連れて行かなければ、あんな事にならんかった」

 

「妃菜、そうしなければならなかったのよ。アリスは『言うことを聞かなければ妃菜を殺す』と言われたのが一番堪えたの。

あの後アリス自身が乱暴にされても、ずっと私たちを助けてくれているでしょう?」


 

「でも……でもっ!真幸のあの顔見たやろ?颯人様が死ぬところを見て、あんな綺麗だった目が真っ昏になってたんや!!いつも透明で、綺麗で、優しかったのに……」 

「うん、うん……」

 

「真幸は颯人様のことが大好きで、何よりも大切やったんや。それなのに、どんな気持ちで……うっ…う…」

「妃菜……」

 

 飛鳥大神と2人でシクシク泣いてる鈴村は、組織の正しい仕事以外ではずっと不安定だ。甲斐甲斐しく世話をしてくれる飛鳥殿がいなければどうなっていた事か。

 芦屋さんは、その心の支えを失ってしまった。……僕だって、あんな目の彼を見たくはなかった。



 

「お、遅くなりました!!!」

「星野さん、お疲れ様です。首尾はいかに?」


 僕たちと違ってキラキラ輝いたオーラを纏い、星野さんが現れる。

 彼は北海道出張から帰った後、ずっと実家として暮らしてきた寺に篭らせていたんです。おかげで今回の出来事に巻き込まずに済み、中務の兄とも揉める事なく済んでいる。……今の所は、ですが。



「兄は私が味方になったと思って、何でも喋りますよ!神降し決行は大晦日の0時です!!!」

 

「星野、そんなキラキラ顔して間諜やってんのか。すげえなお前」


「何言ってるんですか!鬼一さん達はしゃんとしてください!芦屋さんを信じて粛々とその日を待つのが我々の仕事でしょう。落ち込んでる暇などありません!!」

 

「星野に説教される日が来るとはな……」

 

 

 ニコニコキラキラしながら嬉々として間諜をしてくれている星野さん。彼も本当に変わった。

 芦屋さんが言った通り手首に新しい包帯は巻かれることもなく、彼女ともお付き合いは順調で先日婚約を果たしたんです。

 メガネを外したらイケメン並みにベタな変化ですよ。

でも……おっしゃる通りですね。


 


「大村さん」

 

「はい。心得ております。各所にて結界を同時展開・仮の国護結界を作動し、真幸さんの神降しを待つ……ですな」

 

「はい。ただ、芦屋さんがどうしているかは本当にわからないんです」


「伏見さん、真幸さんが負けるわけないやろ?

 誰よりも過酷な運命に抗い、呪いを跳ね除け、今やほとんど神様です。

身のうちに宿った神は誰一柱として敵方に渡していない。あの人は戦い続けているんや」



 

 大村さんは顔を真っ赤にして、大粒の涙をこぼしている。

芦屋さんの過去は、蘆屋道満によって真神陰陽寮にも共有された。

 

 彼に幻滅して支持が散じるとでも思ったのでしょうね。

残念ながら、彼の過去を知り、境遇を知った僕たちはより強固に繋がった。

 芦屋さんがその姿を表していない今も彼を慕い、信じて組織のメンバーが一生懸命動いてくれる。


 彼がどんなに尊い存在なのか思い知る毎日だ。

捉えられたままの芦屋さんは、裏公務員になってからようやく一年を迎えたばかりだというのに。



 

 今、時は満ちた。道満には嘘の情報をあげ続け、ありもしない社の破壊を報告しつづけて国護結界の『要』を守り、『繋』を維持して神継達に力をつけさせた。


 中務がした悪行の確固たる証拠が集まり、国護結界を壊した罪も確定。戦後初の国家反逆罪適用が決まっている。


 

 ひとつだけ心に引っかかって居るのは、颯人様の喪失についての真相を伝えられないままでいる事。守れたかどうかの確証がなく、ぬか喜びになるかもしれないから。

 

 全ては大晦日、そして元旦に決まる。一年の終わり……そして始まりの日に。 

 月がつごもり、夜の闇が一層深くなるその日。光で世を照らす、高天原を統べる日の神を降ろす─その時に全てが決まる。


 


「そろそろですかね」

「そうだな、連絡が来なきゃ道満は無能だ」

「ひっく……もともと無能や。真幸をどうにかできると思ってたんやで?大馬鹿やろ」


 

 さもありなん、と全員で笑ったところに、任務命令アプリにメッセージが配信される。


 

 

『伏見、鬼一、鈴村、星野は反逆者である。逃げたらぶっ殺す。さっさと帰れ』


「センスのないメールやな」

「本当にな。真幸の俳句よりヒデェ」

「それは言わない約束でしょう」

「あっ、私も間諜がバレてますね?」


「「「バレないと思ってたのか」」」



 

「すぐに参ります、殺さないでください⭐︎ミっと」

「伏見さん、煽るのは良くないですよ。道満がブチギレちゃうでしょう。」

 

「はっは!本懐ですよ。引っ掻き回してやります。芦屋さんの世話係になりたいのでね」

「そうなるとええけど」

 

「鈴村、あれはそうなるよう仕向けてる顔だ。心配するな」

「こわっ」


 

 

「大村さん。元旦にまたお会いしましょう」

「はい。真幸さんによろしくお伝えください。特注ナマズちゃんを用意しておりますと」


「それは喜んでくれますね。では」


 

 

 四人で手を組み、転移法術を展開する。芦屋さんが一人でできるものを、僕たちは協力しないとできないんです。

 

 まだまだ、半人前なので。先生がいないと困るんですよ。

だから、必ず戻ってきてもらいますからね……芦屋さん。

 

 ━━━━━━




 


「お前ら本当にしぶといね?仮の国護結界が壊れないと思ったら、そもそも『要』を壊してもなかったわけ?」

「はい」

 

「はいじゃねーんだよ。某の目を見ろ。舐めてんのか?」

「……切れ方も似てますね」

「あぁ??何言ってんだ」


 

 役所の最上階を我が物顔で使う蘆屋道満に対峙して、僕たちは縄で縛られている。

 芦屋さんに初めてお会いした、あの時の気持ちがわかる。

その時一緒にいた上席は顔色が悪い。

 

 そうですよねー、伏見家に悪いことさせてましたもんねー。証拠?残してますよ。当たり前でしょう。

 真神陰陽寮は今や道満を寄せつけぬほどに力をつけた。

お前達が豚箱で吠える日が楽しみだ。


 


「ど、道満様!!」

「話中なんだが。なに?」


 一人の男が室内に飛び込んでくる。道満が不満げに睨みを利かせて……さて。どうなるか。

 

「依代の世話役が、しばらく様子を見ていなかったらしく酷い有様です!!」


 ……は?何言ってるんですか?

 世話役が様子を見ていない???

 打ち合わせと違うんですけど。



 

「世話役全員殺せ。真幸は生きてんのか」

 

「生きてます。一月何も食べていない筈ですが、ピンピンしてます」

 

「チッ。魚彦か……?何か契約してんな。お前世話してこいよ」


 

「いや、あの……凄い事になってるので、人数を揃えなければ無理です。瘴気に当てられますし、行っても吐いて動けない奴ばかりで、世話役が残した汚物もそのままなんです。

このままでは彼は穢れてしまいます!」

 

「あ?あー……掃除もしてないのか。依代が穢れるのはまずいな」


 クソどもが死ね。と言いたいところですが、期待通りの展開にはなりそうだ。


 


「あ!お前ら暇だよな?殺してやろうと思ってたけどさ、お世話してくれる?あいつのこと好きだろ?」

 

「あなたのご子息ではないのですか」

 

「面白いこと言うね?千人以上に種付けして残ったのはアイツだけどさ、ああ言うのとはそりが合わないの。さっさと行って」


 

 手を振って見送られ、「道満様!」と叫んだ神継とアイコンタクトを交わす。彼のそばかすのある顔には、やや不安が浮かんでいる。彼は姫巫女の事件に関わった人で、最近になって当確を表し始めたメンバーだ。……中々いい演技でしたよ。

 エレベーター前に到着すると、そこには掃除道具が山のように置いてある。そこまでひどい状態なのか?


 

 

「本当に酷い有様ですよ。俺も手伝います」

 

「いえ、あなたは伝令をお願いします。〝皆花よりぞ木実とは生みなはなよりぞこのみとはなる〟一二三一、零時決行。」

 

「はっ!!あ、あぁ、あぁ……ついに…はい!かしこまりました!!」



 満面に破顔した彼は、奥多摩の責任者になっている。姫巫女が亡くなった後の村を見守り、彼女と芦屋さんが作った資料をもとに彼らの生活基盤を安定させた功労者です。

 

 芦屋さんは姫巫女が言った言葉にプラスアルファして沢山のアイディアを書き足し、助っ人としても沢山の人員を確保していた。

 姫巫女と密に連絡を取り合っていたからこそできた事で、彼が地方へ飛び回っている時に姫巫女の話をして……忙しい任務の合間に手紙を送って縁を繋いでいた。


 こんな事、他の誰にもできる事じゃない。彼がやって来た仕事が全て実を結び、何があっても揺らがない信頼で皆が繋がっている。

彼の存在が今の全てを支えている。

 

 我々が作戦決行を伝える合言葉に選んだのは、彼が大好きな六根清浄祓詞の一節。彼そのものを表した祝詞だ。


 

 あぁ、芦屋さんに早く会いたい。

 気が急いて、エレベーターのボタンをうまく押せない。

 


 

「伏見さんしっかりしてや。星野さんは後から来て。荷物先に運ぶから」

「はい!」

 

 鈴村がボタンを押し、両手にバケツを持つ。鬼一もゴミ袋やら洗剤の入った段ボールを持ち上げて鼻息が荒い。


 

 「はやく…はやく……。」

 

 子供のように、考えていることが口に出てしまう。やっと会える。やっと話せる。

 

 演技とは言え、冷たい目線を送って別れてしまった。芦屋さんは判っている筈だと思っていても気が気じゃない。

 こんなふうに一切会えなかった事など今まで一度もなかったんだ、正直頭がおかしくなりそうだった。

 エレベーターが地上に降りはじめ、カウントを始めた。



 

 彼は地下四階に囚われたまま四ヶ月が過ぎている。その内の1ヶ月放置されているなど…怖い気持ちもある。


 五階……

 芦屋さん、お腹が空いたでしょうね。

 食べ物をどうやって調達しよう…。

 

 四階……

 「助けてなんて絶対言わない」とか、二度とそんな事言わせませんからね。

 

 三階……

 彼は精神を取り戻せるだろうか。颯人様を目の前で亡くしてしまったのに。姫巫女を見送った後で、心が悲しみを抱えたままだったのに。

 

 二階……

 いや、颯人様の言う通り取り戻せないはずがない。今までの仕事を見ていればそう思える。

 

 一階……

 芦屋さん、大丈夫ですからね。颯人様はきっと、きっと取り戻せます。僕がちゃんと対策をしたんだ、どうにかなる筈。

 

 地下一階……二、三……四階!!

 

 ぽーん、と到着の音が鳴る。

 エレベーターの音がこんなに嬉しいと思ったのは初めてだ。唇を噛み締め、足を力強く踏み出す。

 


 

「さて、お掃除タイムですよ!」

「「おう!」」


 鬼一と鈴村から元気な返事をもらい、みんなで駆け出した。

 


 

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