61「 」
「某は神降しをした依代を支配下に置きたかったが、今度はお前がウマくなかった。
未熟な陰陽師達が順調に神を殺し、社を壊してきたんだがなぁ。不屈の精神やら、お綺麗な心根やらを運命の中で身につけ、頭角を現したお前に影響されてちっとも計画通りにならなかった。困るんだよ、そう言うのさぁ」
道満が煙草の灰を落とし、歩き始めた。革靴の音がフロア中に響き、耳障りな音を叩きつけてくる。
「気持ちよかっただろうな。神を絆し、人を救い、皆に感謝される。某も幼い頃はそうしてきた。それが正しいと思っていた。
でもな、そんな行いは何の意味もなかった。某は結局最後に騙され殺された。ちなみに、お前のやり口は某の策だったんだよ」
「どういうこと?」
「神降しできるまでに育った我が子らに呪いを植えつけた。
神がお前たちを愛するように洗脳しろ、依代となった自分を慈しみ、育てるようにとな。
某の血脈を持つ陰陽師は神に寄り添いすぎて……さっきも言ったろ?化け物になった。人の身でありながら、一心に神の愛を受けてしまったが故にな」
「俺が唯一耐えられたってことか」
「そうだ。これだけは幸運としか言いようがない。
お前の前世は松尾芭蕉。芭蕉も社を持つ神だ。
颯人が言っていただろう、酔狂な神がいると。過去にも颯人が芭蕉を神にしたが、あれは人間としての死を選んだ。
輪廻の輪から外れず、人としての魂をなくさずに居たいとな。愚かな事だがそのお陰でお前が果実として実った」
「元々神力があるとか言ってたのはそれか。颯人達が俺を大切にしたのは呪術的なものだったのか?」
「呪術の洗脳ぷろぐらむだ。日本の神が某の子を神にも等しく育て上げてくれるようにいんぷっとした。
あとはお前を最後まで使い、さらに格上の神を招び、此の国を産んだ神々に全て壊してもらおうと……そういう算段だ」
「最後まで使うってのは?」
「お前、
お前の精神を壊して言いなりにし、国を壊した後はアリスが喰らえばいい。さらに某がアリスを喰えば某はすうぱあ無敵⭐︎ってわけ。わかった?」
嫌な言い方だ。俺に似てる。待てよ、俺が似てるのか?……マジで嫌なんですけど。
「国を壊してどーすんの?大陸国の苗床ってなに?」
「この国の人間は皆真面目で謙虚で優しいだろう。国が崩壊し切った後、援助してくれた『お優しい大陸国』に対して感謝の意を持ち、恩返しに死ぬまで働いてくれる。経済的に極小を維持しても、生かさず殺さずも耐え忍ぶだろう。
小さな喜びで生きていける民族だ、健気よな」
「神様達は?」
「某の支配下に入ったものは依代と共に働いてもらおうと思う。お前も某の人形にしようかな?アマテラス付きなら美味しいよな。
苗床しすてむが軌道に乗れば、某も神には用がないから予定通り喰うかもしれんがなぁ。まだ検討中よ」
「伏見さん達は支配下になったってこと?」
伏見さんは細い目のまま視線を逸らし、妃菜と鬼一さんは真っ赤に充血した目をじっとこちらに向けている。
「そうだよ、組織ごと協力してくれるんだと。中務を壊したのはいただけないが、こちらから提案する前に伏見が某を訪ねてきた。
賢い子供達だ。騙しているかとも思ったが、お前がこのザマではな。諦めがいいのだ。伏見一族は昔から有能だ」
「そうか、確かにそうだよ。みんなには危害を与えないんだな?」
「色々裏切られた割にダメージないね?つまらんな。
大切にしてやろう、伏見の組織にはその価値がある。長く続ければ悪い仕事にも抵抗がなくなる。痛いのは最初だけだ。そのうち快感になり、癖になる。お前の体もよく知っているだろ?」
極限に達した怒りは、静かに身の内を揺蕩っている。颯人の神器達の託宣通りの展開だし、あとは、颯人がどうなるかだな。
「颯人は?」
「こいつはダメだな、お前にダメージがないからバラすけど。何故だか呪術ぷろぐらむの洗脳が効いてないんだ。お前をここまで愛したのは洗脳ゆえでは無い。お前の中にいる神は洗脳が解けてしまっているんだよ、何でだ?」
「真幸から離れろ、外道」
目覚めた颯人が怒りを露わにして、体から炎を生む。颯人は炎も風も雨も身の内に宿している。
属性的には火だけどいろんなモノを司っていて、暴風雨の神様だから元々暴れん坊なんだ。
でも、縛り付けられたまま動けずにいる。俺も祝詞を唱えようにもできないし、何の術も発動しない。
俺の頭の中は色んなものがぐるぐるしていて、うまく言葉にならない。
颯人は、魚彦は、みんなは洗脳されてたから俺を大切にしていたわけじゃなかった。それだけで目頭が熱くなってくる。
ダメだ、落ち着け。ぬか喜びしてる場合じゃない。痛みのお陰で、ポーカーフェイスが初めて通じたんだ。ここから挽回しなきゃならない……落ち着け。
「我の依代を傷つけたな。その罪を償わせてやる」
「おぉ!こわい、こわい」
颯人の低い声に対して、わざとらしく黄色い声を上げながら、道満が小さな刀を俺の首に押し付けた。薄い皮がぷつりと音を立てて切れ、血が流れる。
「止めよ!!」
「そう言うなら神気しまってくれる?物騒だもん。祝詞も無駄だし、神気出してもなぁんにもできないけどね?縄も燃やせないでしょ?某えりーとなもんで」
「……チッ」
舌打ちした颯人が炎を仕舞い込んだ。道満が颯人の勾玉を片手に掲げると、軽い足音が近づいて来る。
頰を真っ赤に腫らし、鼻血を垂らして青あざだらけの顔で安倍さんが現れた。
ジェラピケパジャマは泥と…血に染まっている。
俺の冷や汗がぽたり、と首にあてがわれた刀の刃に落ちた。
「喰え、アリス」
「………」
「まだお仕置きをご所望か?動きが遅かったのを許してやっただろ。何が不満なの?」
「せめて、芦屋さんの目の前では」
安倍さんが言い切る前に道満が頬に拳を繰り出し、彼女が倒れ込む。
「やめろ!無駄に安倍さんを傷つけるな」
「嫌だねぇ、熱い友情か?そう言うの嫌いだよ。あぁ、颯人、動くな。お前の花は某の手の内だ。
……あっ、そうだ。お前が大人しく喰われるなら真幸は生かしてやろう!それでどう?」
は?何言ってんだ?意味わからん。
そんな戯言信じるわけない。なるべく小さな声を出せるようにお腹に力を入れる。痛いな……中身が出てこない事を祈るしかない。
「颯人、行け。依代としての契約は俺が死ねば切れる。受肉してるんだから颯人は命なんだ。依代の死は精神的な物でも適用されるって飛鳥が言ってた。神域はこいつにも手が出せない」
「……そうだな」
もしこうなったらって決めてただろ。
随分前に、素盞嗚神社へワープできるようにして来たのはこの為だった。
俺が精神的に死ねば、バーサーカーになるけど颯人は死なないで済む。
颯人がそうなったら、天照大神達がちゃんと元に戻してくれるって飛鳥が言ってた。芭蕉が亡くなった時もそうしたんだ。事例として確固たる成功事例が存在してる。
俺だって命として死ぬわけじゃない。精神の死は一時的なものだ。
道満の計画がうまくいかなくなれば俺はボコボコにされるだろうし、心身乖離は小さい頃に経験があるから簡単だ、きっとできる。
他に選択肢なんかない。ちゃんと、わかってる筈だ。
颯人も俺も辛い思いをするけど、痛い思いもするけど、離れ離れだけど、生き残れる。
生きていればどうにかなる。そうだろ?
「颯人」
「…………」
颯人は口を引き結んだまま、目線を合わせてくる。目の中にゆらめく炎が、颯人の意思を見せつけてくる。
……颯人、嘘だろ……?
「真幸を殺さぬと、そう誓うなら喰われてやる」
「は、颯人……」
なっ、なに……言ってんだ?そんな約束こいつが守るわけがない。勾玉はあんなに小さいんだ。ほんのちょびっと食べられたとしても、颯人は死なないだろ!
「うーん、真幸の精神壊せば某の支配下になるからいいか。陰陽師達と扱いは一緒でいい?それなりに縛りはつけるけど」
「真幸の生を全うするまで、生かしてくれるのだな」
「いいよ、わかった」
体の筋肉が一気に硬直して、激痛が走る。
「――颯人!!何言ってんだよ、バカな事するな!俺が死んだ方がいいだろ!?そう決めてただろ!!」
「嫌だ。我は元々納得などしていない」
「何でだよ!!」
瞳の中のゆらめく炎の色がおさまり、京都の時に見た揺蕩う海のような優しい色になる。
やめろ……やめてくれ!そんな目をするな!!
「其方は我の大切なばでぃなのだ。真幸をなくしたくない。虐げられようとも長く生きれば活路を見出すだろう。
精神が一度死んだとして、それでも必ず蘇る。我は、そう信じている。
其方が道満に喰われてはそれは叶わぬ。それを防ぐと最初から決めていた。
真幸が作った式神もどきは不死鳥だったのだ。不死鳥を命に宿したそなたは、必ず立ち上がれる。」
「やめろ……颯人、颯人、早く素盞嗚神社に……いや、高天原に戻れ!出来るはずだ!は……颯人がやらないなら……」
「おっとー。ダメダメー。自決は良くないなぁ」
道満が俺の唇に触れて、口が勝手に閉じてしまう。
クソっ!どうにもならないじゃないか!
全然計画と違う。颯人はバーサーカーで生き延びて、俺は精神的に死んで颯人が言うように蘇ってやるって……最後の手段でそうするって決めてたのに!!
たとえ、その先で喰われて死んだって構わない。颯人が生きてくれるなら、それだけでいいのに。
「我と誓ったな。必ず生き延びると。それを破るのはやめよ。
神との誓いは魂を縛る。口約束でも道満は、二度と真幸を殺せはしない。其方も同じ事だ」
違うよ、そうじゃないだろ?それじゃ颯人が……神様としての魂が俺の中に溶けていて無事だとしても、依代に降りて受肉した体は死んでしまう。
受肉した体が死んだら、契約者たる依代が死ぬまで現世に二度と戻れない。
今までみたいに手を繋いで、一緒にお風呂に入って、ご飯を食べて、あったかい布団で寝られないんだぞ。
俺を相棒に選んだのに、俺を一人残していくのか!?嫌だ……そんなの無理だよ。耐えられるわけがないだろ!!
「すまぬ、真幸。我はずっと其方の中にいる。我の肉は消え、再び会えることも触れる事もないが……命が巡るその時が来ても、
「はー、いいなぁ、そういうの。そぉんなに真幸が好きなの?」
「……」
「無視かー。何でだー?まぁいいや。アリスーさっさと起きてくれる?」
安倍さんが仄暗い顔で起き上がる。
やめてくれ……頼む。
颯人を喰わないで……。
「芦屋さん、ごめんなさい」
「アリスは後でお説教なー。はい、じゃあ勾玉から」
安倍さんが颯人の勾玉を受け取り、バリバリ噛み砕きながらそれを飲み込んでいく。
自分の足元から震えが立ち上がる。
あれは颯人の魂なのに、颯人の命なのに。そんな簡単に食べちゃうのか?勾玉がなくなっちゃったじゃないか……。
泣いたって意味がないのに、勝手に眦から雫が溢れてくる。
やめて。安倍さん……やめてよ。
「はい、じゃあお肉も召し上がれ。前は全部食べたらお腹破裂したからさぁ、回復めんどくさいし。えーと……なんだっけ、伏見さん?」
「受肉体の命は、一房の髪、眼、心臓です」
「だってさ。某も文献漁ったらそう書いてあったし、後はそこの陰陽師さん達が処分するらしいから」
「今までは全部食べてたのに……」
「メンゴメンゴ!――さっさと喰え」
「颯人様、申し訳ありません」
「小娘が謝ることではない。後を頼む」
「……っはい」
安倍さんが胸元から毛玉を取り出す。
それは累じゃないか。
何で?……どうして……。
毛玉姿の累が一振りの短刀に姿を変えた。
颯人が微笑み、目を瞑る。
震える安倍さんに握られた
「真幸……生きろ、我が唯一の花よ。ぐっ……」
自分の目が何を映して居るのか分からない。颯人の胸から赤い何かが噴き出て、安倍さんが真っ赤に染まって行く。
綺麗な、綺麗な赤い色。颯人が初めてスーツを着た時にしていた、ネクタイみたいな色だ。懐かしいな……。
颯人みたいに熱烈で、苛烈で、炎みたいにあたたかい色。そういうの、俺、大好きだよ。
颯人が俺を見つめる。
緩やかで暖かい瞳の光がだんだんと消え、大切な何かが失われて行く。
「 」
言葉が音を成さず、颯人の唇だけが動き、そして止まる。
首が力無く垂れ、長い黒髪がサラサラと流れ落ちて……俺の中の颯人の熱が消えた。
「ねーねー、受肉体で死んだら神の存在ってどーなるの?」
「……」
「伏見さーん?」
「神が受肉し、その体が害をなされれば魂が傷つきます。魂を喰らえば元には戻りません。彼は消滅するでしょう」
「あはは、了解。んじゃ後はよろしく。
真幸は喰われる所、見られるようにしておいてあげるね?呪術ぷろぐらむ解いちゃうくらい、大好きなバディだもんね?
さぞ精神が傷つくことだろうなぁ。手間が省けて助かるよ。また後で会おう、息子殿〜♪」
複数の足音が遠ざかり
みんながいなくなる。
俺は、戦いもせず、勝利も敗北もなく、ただただ颯人を失った。
「ごめんなさい、ひっく……ごめんなさい……」
俺の大好きな、大切な相棒の颯人が喰われていく。
閉じてくれない俺の目がただ、その光景を映し続けていた。
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