64 ⭐︎追加新話 此の時に清く潔き偈あり


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「……どうして、お前はこんな星巡りなんだろうな。嫌かもしれんが、あいつにそっくりだ。波瀾万丈な人生に、不器用なその身一つで立ち向かわねばならぬ」


 

 思わず一人呟き、腕の中で眠った命を抱きしめる。

本当によく似ている。情けなく下がった眉に、小さく整った鼻、上唇は薄く、下唇はぽってりとして血色がいい。顔の中に黒子は一つもないのに、顎の下にチラリとあって色っぽい。


 肌艶が良くしっとりしていた筈の頬は、こけて乾燥している。限界まで耐えて心が壊れてしまう境界線に達してしまったからな。

 慌ててオレは無理矢理精神と体を引き剥がしてコイツ自身の心の内に隠れた。そうしなければ死んでたぞ。



  

 確かに、依代の精神的な死では神は荒御魂にはならない。 

だが、心を傷め続ければ精神的な死だけで済むはずがない。心と体を完全に乖離することなどできやしないのだ。それは神でも人でも同じこと。


 ただでさえ相棒と認めた片割れを目の前で殺され、裏切られた仲間に食われたのに。監禁された後に辱めまで受けていた。

 今表に出ているのは小さな頃に作られた命だ。その頃は能力の何もかもが開花していなかったが、生まれ持った神の命そのものが自衛本能で作り上げた、初めての式神だった。


「ん……」

「目が、覚めたか」




 真幸の目覚めと共に自分の姿を変え、気障ったらしい黒長髪に変える。オレは変化が得意だったからな。うまく騙されてくれといいが。


 腕の中で目覚め、大きな瞳が瞬いて……目の中に星影が宿る。

 


「颯人!?は、颯人!!」

「あぁ、そうだ」

「生きてたんだな!?そうだよな!?颯人……颯人!!」


  

 必死に胸ぐらに抱きつき、顔を押し付けて涙の滴を撒き散らし……颯人の名を呼んでいる。ここまで恋しく思うのなら、なぜねんごろにならんのか。全くもって理解できぬ。


「颯人……顔、顔をよく見せて」

「あぁ……」



 胸元から這い上がり、震える手が頬に触れる。冷え切ったそれはヒヤリとして真幸自身の心の温度を教えてくる。

 鼻が触れるほどに近く寄り添い、額をつけて、甘いため息が落ちる。

まつ毛がオレの瞼に触れてくすぐったい。

よく我慢できたな、この色気を浴びて。




「痛かっただろ?ごめんな、守ってあげられなくて。」

「其方が謝る必要はなかろう。我が全て決めた事だ」

 

「ホントだよ、ちゃんと作戦決めてたのにさ。なんで俺なんか庇うんだ。

 颯人がいなきゃ何にも意味がないのに。ずっと一緒に笑って、泣いて、頭を撫でてくれなきゃ嫌だ。手を繋いで、肩を並べて触れていたい。

 何もかも分け合うって決めただろ。相棒なんだから」

「あぁ……そうだな……」


「早くみんなと合流して、作戦を立てなきゃ。どうやったらいいか考えなきゃ。

 ……でも、うん。もうちょっとくっついてていいか?本当に颯人がいなくなったと思って、おかしくなりそうだった」




 紡がれる言葉に吸い寄せられて、思わず唇を奪う。ビクリと律動した体は華奢で、驚くほどに細い。

 腰を引き寄せ、顎を摘んで深く重なる。


 僅かなふれあいの後、驚愕の顔を抱えたままじっと見つめ合う瞳のなかに星が舞い始めた。


 

「其方はもう、何もしなくて良い。」

「??……どう言う事?」

「ただ安らかに眠り、我の腕の中で愛されてくれ。其方の心も体も癒したい。」

「戦わなくて、いいって事?」


「そうだ。傷つかなくて良い、争わなくていい、我の中で甘く揺蕩って溶けて仕舞えばいいのだ」

 

 星が舞っていた瞳が、それを言った瞬間に真っ昏に染まる。

 ……これは、しくじったな。



 

「颯人じゃないな。お前、誰だ?」

「何故そのようなことを言う?我は其方の相棒だろう」

 

「違う。今この状況で颯人は俺にそんな事しないし、そんな事を言わない。無闇に甘やかしても本当に大切な時は、どんなに辛くても立ち上がって戦って、勝ち取れって言う。自分に負けることなんか許さない。

 俺がそうありたいと思っているから、そう言ってくれる」

「…………」


 両手を伸ばしてオレから距離を取り、じっくりと顔を眺めて眉が下がる。……そこまで嫌がっているようには思えぬが、明らかに別人だとわかったようだ。

 だが、見た目が全く同じであるオレから離れられずにいる。いじらしいな。


 

「俺、どうなったの?」

「どこまで覚えている?」

 

「ぜんぶ。」

「そうか、ではここを案内あないしよう。なんとも美しい場所なのだ」

「……」


 疑いの眼差しで見ているが、抱え上げるのにも抵抗せず、押し黙って辺りを見渡している。

 人の心の内に入るのは、久しぶりのことだ。時の司をしていた時は散々やった。……だが、ここまで美しい憧憬は初めて見た。人の心がここまで美しいとは思っていなかった。


 


 足元には膝の辺りまで伸びた稲穂が揺れ、暖かい風が穏やかに吹き渡り黄金の海と成している。


 どこからか薫りくるのは季節を感じさせる匂いだ。秋の乾いた空気、香ばしい枯葉の香り。空は青く澄み渡り、奥に行けば行くほど夕暮れの赤に染まっている。闇を迎えてもなお、陽の光を抱えた色……。


「本当に綺麗な所だな。もしかして、俺死んじゃったのか?」

「死んではおらぬ。あぁ、小花が咲いているぞ」



 稲穂の間を縫って歩いていると、足元に黄色い花が咲いた。小さく、花弁の丸い花は芥子に似ている。

 それを摘んで、真幸に手渡すとまた涙が溢れた。


 

「……クサノオウだ」

「そうだな、其方が救った最初の神の花だ」

「救ってなんかない。俺は、失敗したんだ」

「そうか?残された者は結果として救われているだろう」

「あれは鬼一さんのおかげなの」

「ふぅん?」


 

 

 しばらく進むと、今度は向日葵が突然ぽこりと生える。

それを手折ろうとすると、真幸が止めた。


「ダメ、摘まないで。それは咲陽さやの花だ。日に向かって咲く、向日葵だから。そのままにして」

「そうか」


 

 大輪の花を咲かせたひまわりをひと撫ですると、今度は足元から山のように山菜が湧いてきた。……一応、冬の花蕨のようだが、実に地味だ。


 

「んふ、これは真さんかな。山菜か。」

「そのようだ。花蕨が大量にある」

「颯人が好きだって言ってた。颯人はきゅうりと蕨が一番好きなんだよ」

「暦書の通りだな。」

「うん」


 

「今度は黄色い百合か」

「これはニッコウキスゲ、赤城山に咲くんだ。同じ県内にある榛名山にはユウスゲが咲く。ニッコウキスゲは朝咲いて、ユウスゲは夕方咲くんだよ。」

 

「ふむ、あそこには菊の花に山紫陽花、杉の木……桜の木まで生え出したぞ。紫のあれは浜茄子か」

「菊の花は鹿島神宮のシンボルだな、山紫陽花は伏見さんの大社に咲いてる花だ。杉の木に蛇さんがいるってことは大村神社この巳の杉かな。桜は香取神宮……ハマナスは北海道のお花だよ」


 

 昏い瞳のままで、微笑みを浮かべてそれらに手を伸ばし……優しく触れては涙をこぼす姿に胸が痛くなる。

 

 そうだ、これらは真幸が成してきた仕事に由来する花なのだ。颯人と共に歩んできた思い出の全てがここにある。


 

 

「……其方は愛されている。出会ったすべての者たちに絆を結び、守護を授かった。だからこそこのように、うまく心の内に隠れられたのだ」

「心の内?ここは、俺の心の中ってこと?」


「そうだ。あぁ……見てみよ。美しい夕焼けだ。」



 どこまでも続く金色波の端、こんもりと盛り上がった丘に登る。そこから見える空の果てに夕陽が燃えている。

稲穂が真幸と同じように雫を湛えて光り輝き、風に揺れて葉が擦れる音が囁く。

 どこまでも優しいその景色に胸がいっぱいになって、涙をこぼし続ける真幸の涙を拭う。


 夕陽を眺めたままの子は、振り返らず鼻を啜った。




「みんなが助けてくれたの?」

「まぁ、そうだな。お前が頑固すぎて魂を引き剥がすのに苦労した。オレを手こずらせるなんぞ、いじっぱりな奴だ」

 

「それが本当の口調か?」

「あぁ。自分の足で立てと言うたに、お前は颯人に寄り添いすぎだ」


 


 振り向いた顔に哀しさが漂い、縋るような眼差しに引き寄せられた。

……危ない。寡婦のような気配を漂わせている。これ以上手を出したら止まらなくなる。



「もしかして、香取神宮で俺に喝を入れてくれたひと?」

「そうだな。いい尻だった」

 

「なっ!?さっきはいきなりチューするし、なんかプレイボーイの匂いがする。一体誰なんだよ。」

 

「ぷれいぼぉいではない、心は一途だ。体と心は同体だが、意にそぐわず暴走することはある。オレは生涯現役の男だからな」

「えっ、サイテー。好きな人いるのに俺に手出ししたんだ。女の子の敵じゃん!離して下さーい」

 

「断る。オレが触れていなければまだ存在が危うい。お前、死にたがっているだろう」

「…………」



 

「死んでも颯人には会えないぞ」

「わかんないだろ、どっちにしたってもう颯人は居ない」

 

「魂の殆どがお前に宿っている。一番の守護をしているのは颯人の魂だ。お前を生かしてやろうと腹の中を清めている」

「…………」


「あれと約束したのだろう、生きると。」

「俺の約束は注釈付きだ。『※颯人と一緒に生きる』って意味だよ」

 

「それは後付けだろう、契約の文言にはなかった。愛しいと思うなら言葉にすれば契約が更新されただろうに、言わなかったのはお前だ」

「ぬぅ……」


 

 涙が止まらぬままの真幸を抱きしめる。オレは颯人の姿でいるだけの別人なのに、袖をしっかり掴んで離れられない。健気で哀れなこの命は、あの神と確かに通じ合っていたはずだ。


  

 そのように顔を真っ赤にして、本当に恋仲ではないのか?おかしいだろう……オレは好きな人をさっさと手籠にしたぞ。そのくらい颯人なら難なくするだろうに何故そうしなかった?

最期の言葉で縛りまで与えて、誰にも手渡さぬようにして逝ったのに。 




「俺はそう言うの良くわかんないの。颯人のことは大切だけど、相棒なんだ。恋人はヤダ」

「訳がわからん。恋はいいぞ、口吸いをすれば心がさざめき、体を重ねれば血が沸き立つ。愛おしいと伝え合うだけで何もかもが満たされる」


  

「ふぅん……別に、今のままで十分幸せだったもん。颯人がいれば他に何も要らなかった」

「はぁ……。そこまで想っているのに何故なんだ。まぁいい、それよりもやるべき事がある」


 

 胸の前に水晶玉を現してその中に現世を投影させる。

 

 その中に映っているのは神継達だ。

 ようやく真幸の体がある場所へ辿り着し、泣きべそをかきながら掃除を終わらせて食事をしている。




「あぁ、みんな無事だったんだな。よかった。アリス、あんなにあざだらけになって……」

「人の心配をしている場合ではない。お前の体は今、幼い頃に作り出した式神が成り代わってくれている」

 

「本当だ、小さい俺がいる……式神?」

「あぁ、幼い頃に傷を代わって受けていただろう。知っている筈だ」

 

「そんな……俺こそ最低じゃないか、式神に身代わりさせてるなんて」

「式神の命はお前と等しい。責められるような事ではないだろう。たった一つの式神で最低だと言われるなら、十二天将を作ったオレはどうなる?」


 

「あっ!まさか……安倍晴明さん?」

「あぁ、そうだ。お前に取り憑き、見守っていた。真幸に良く似た人に用があったのだが……うまくいかなくてなぁ。拗ねているのやも知れん」


  

「えっ?待って、何そのニヤけ顔。」

「オレの想い人はその人だ」

「うわぁ、マジか……」



 ようやく涙が止まった真幸は『信じられない』と言う顔でオレを眺めてくる。

その顔でそんな顔をされると、色々と突き刺さるからやめろ。


 


「話が逸れた。ここに来たのは身体が危機的状況であったからだ。いかに守護を授かっていても、あんなに人の穢れを受けては心が死んでしまう。

 立て続けに愛する者を失ったお前は壊れる寸前だった。精神的な死にも段階があり、心が体を害するところまで来ていたんだ」


「現世で仲間が守ってくれるなら、体も癒してくれるだろう。

 だが、心の傷は自分自身か、もしくは想い人にしか癒せない。颯人が居なくなってしまった今では、お前自身がやらねばならん」


  

「……うん」

「ここでオレが愛してやろうと思ったのに、さっさと見破るから台無しだ」

 

「偽物に愛されたって嬉しくないよ。想い合う人が居るなら浮気すんなし」

「浮気ではない。心は変わらず一途なのだぞ」


「心が限界突破して体に害が及ぶなら、逆もそうだろ。どっちにしても浮気だよ。現代人にはその考えは通じないからな」

「くっ……そうなのか」



 

 ひと睨みされて、微妙な気持ちになる。……やはり可愛いな、若い時が戻ってきたようだ。


「もう一度試してみようか?」

 

「いーやーでーす。晴明さん本当サイテーだよ?俺が相手ならそう言うの絶対許さないからな。

 そんな事より、元の場所に戻るにはどうしたらいい?みんなが心配してる」


  

「チッ。そうさな、お前が戻りたいと思えれば戻れる……しかし、さっきの話でわかったが、自分に制約を課しているだろう。もしや、虐げられるのが好きなのか?」

「好きな訳ないだろ!!制約って、何?」 


「お前が現世に戻るのに、何かをしなければならない。」

 

「……えっ、何すればいいの?また痛い事するのか?」

「わからんが、現時点で死ぬとしたら何かしらの悔恨が残るようだ。それに向き合わなければならない制約がついている」


 


「心当たりがありすぎるんだが」

「ひとつでいい、欲張るな。

 例えば過去の自分に対してのことだ。記憶の中の、何かが引っ掛かっている。あぁ、母親はやめておけ、あれはまだどうにもならん」

 

「うーん……」

「現世で今後関わりを持つつもりがない人や物、関わってはいけない物事はないか」


  

「……あ」

「いくつある?」

「ひとつ。でも、心の中で向き合ったって現実では何にも変わらないだろ?」

 

「オレが誰か忘れたのか?本物と向き合わせてやる。それで区切りになるだろう」

「………………」


「現実でも相手には記憶は残るが、うっすらとだ。お前に禍根があるならば相手にもある筈だ。それを消してやれば良い」



 

 わずかな逡巡ののち、こくりと頷く真幸。額に手を当てて、術を張る。


「相手の名を述べよ」

国広 重杜くにひろ しげもり

 

「うん?なんだ、坪井つぼい杜国とこくの生まれ変わりではないか。」

「えぇ……?あっ!わかった!杜国さんって松尾芭蕉さんの恋人だったんだよね?」


  

「あぁ、流刑になった杜国を追って『鷹一つ 見つけてうれし 伊良湖崎』やら、死んだと知って『しろげしに はねもぐ蝶の 形見哉かたみなり』と詠んで後世にまで恋心を遺した。名をそのまま詠んだ句もあったな」

 

「………………わぁ」


「芭蕉の生まれ変わりであるお前と魂が惹かれ合ったのだろう。罪作りな奴だな」

「うっせぃ。俺は何も知らんしわからんし感じないぞ」

「ふっ、さて……喚び出すぞ」

「お願いします」


 


 指先に神力を込めると真幸が瞼を閉じる。その顔を眺めながら呪を唱え、幼なじみである男の魂を喚んだ。


 ━━━━━━



 

「はっ!?えっ!?なにここ??どこ??」

「シゲ。こっちだよ」

「あっ!?まぁちゃん!!!」

「お、おう……」



 小高い丘の上に現れた、幼馴染である重杜しげもり……シゲががっしりと真幸を抱きしめる。

 デカいな。倍ほどある身長に、筋肉だるまの男だ。



 

「まぁちゃん!本当にまぁちゃんだ!!

 どこ行ってたの!?ずっと探してたんだよ!!高校にも進学してないし、いつのまにか地元からいなくなったじゃん!」

 

「ごめんな、仕事で都内に引っ越したんだ」

 

「てかここどこ???おれさっきまで家で寝てた筈なんだけどさ」

「う、うん。あの、その……ここは夢の中というか、俺の中というか」

 

「え?まぁちゃん、一人称変えた?僕って言ってたのに」

「うん、そうだけど、そうじゃなくて」



 がしっと肩を掴み、シゲが顔を近づける。額をくっつけて、ニカっと笑った。

 そうか、あの仕草はこの男から移ったものか。




「良くわかんないけど、こうしてまた会えたならよかった!元気だったか?」

「うん、そう、だね。元気だよ」

 

「……嘘じゃん。何でこんな痩せてるの?泣いたんでしょ、目が赤いよ」

「色々あったんだ。正直ちょっとへこんでる」


「……誰?あの人が何かやったの?」

「ううん、違うよ。彼にシゲを喚んでもらったんだ。シゲこそ、元気だった?」


 鋭い目つきで俺をひと睨みして、真幸と手を繋いで丘の上に座り……肩を寄せて密着している。他人とあの距離感で疑問に思わせないのも、あいつのせいだな。ふむふむ。




「俺、来年から都内に行くんだ!何となくそうしなきゃいけない気がして。まぁちゃんが居るなら納得だな!

 昔からそうだっただろ?かくれんぼしててもどこにいるかわかったし、まぁちゃんがどこに居てもすぐ見つけてたもんな」

 

「そう、だね。俺が隠れて泣いてたら慰めてくれて、お腹空かせて黙っててもおやつくれて、最後には俺の暴力まで受け止めてくれた。怪我してまで」

 

「おう!だから身体を鍛えたんだ!

 あの頃はまだそんなに育ってなかったからさぁ。ここまででかくなればまぁちゃんの衝動もちゃんと受け止められる。もう大丈夫だよ!」



 

 手を取り合った二人の笑顔に差が見える。シゲは屈託のない満面の笑みだが、真幸は腰が引けている。罪悪感が強いようだ。

 暴力、というのは呪いの連鎖を持っていた頃だろう。それを受け止めていたのはシゲだ。

 

 どう言ったら良いものか分からず、口を開いては閉じる真幸の背中を抱えて支えてやった。仕方ない、颯人の代わりをしてやろう。


 

「……ありがと」

「うむ。代理で悪いが、少しは助けになるだろ?見た目に騙されろ」

「うん」


 


 今度こそ真正面からシゲに睨まれて、妙に納得した。コイツ、真幸を探していたのは本当らしい。しかも今までの仲間たちと違って、小さな頃を知っているからか他の奴らとは違う視点で見ている。


 

「あのさ、あんたまぁちゃんの何?都会の男は髪長くしてるんが普通なのか?なんか遊び人の匂いがする」

 

「ぬ……我と真幸は仕事を共にし、生涯を共にすると誓っている」

「ちょっ!誤解を招く言い方するなよ!」

 

「何も違ってはおらぬ。住まいも寝食を共にして一日中傍にいる。離れるのは厠くらいなものだろう」

 

「そ、そうだけど……そうだけど」

 

「布団も同じ、風呂も時々一緒に入るし、朝から晩までこの距離だぞ」 

「く、う……そうだけど!!」


 

 

「フーン……?」


 訝しげに首を傾げられてしまったな。どうにも此奴には演技が効かないようだ。


(真幸、オレをハクと呼べ)

(何でだよ!)

(こやつ、お前に執着がある。今の内に絶っておかねば面倒ごとになるぞ。この先の人生を分つなら、未練を残してやるべきではない。オレの反応を本物にしなければ通じない)

(…………確かにそうだな)



「なーんか違和感あるんだよな。本当にそんなに親しい仲なのか?」

「あぁ、お互いのあだ名があるくらいだ」

「ほー?何それ雅だな。なんて呼んでるの?」


「我はカイと呼び、ハクと呼ばれる」




 懐かしい呼び名に思わず顔がニヤけてしまう。お互いをこう呼び合うのは逢瀬の時だけだった。

 

「なぁ、カイ」

「ん……そうだな、ハク」



 真幸の困ったような顔に、若き日のカイが重なる。声色までそっくりだ。喋り方まで似ているものだから、胸の中に寂しさと切なさが湧き出でる。

 会いたい……カイに会いたい。


「カイ……」

 

 背中から抱かれるままにされて、真幸は微妙な顔をしているが……それどころではない。もう、一千年はカイの顔を見ていないんだ。

 狂おしいほどの恋しい気持ちが溢れて、涙が出そうだ。



「あのさ、あだ名じゃなくて何て名前なの?その人」

「え?は、颯人だよ」

「フーン。まぁちゃんは颯人さんのことそんな風に思ってんのか?生涯を共にするって、本当に意味わかってる?」


 

「……うん。わかってる。俺は、その、正直まだそういう境地じゃないけど。

 でも、颯人と離れたくないし、颯人をなくしたくない。ずっと……一緒にいたい」


 真幸の手が震えるのが見えて、思わずそれを握りしめる。涙をこらえる姿を見ると、胸が締め付けられた。

 これは本物の言葉で、心だ。早く現世に戻してやりたい。ここにいたら何もできずに窒息してしまう。

失ったばかりの相棒の名を呼ぶ、真幸があまりにも切ない。



 

「……そっか、まぁちゃんそういう人が見つかったのか。そうか」

「し、シゲは?一人なのか?」

「うん、そぉ!俺好きな人がいるからさ!でも、今失恋した!!」


「…………えっ?」

「鈍さは変わってないな。まぁちゃんが好きだったんだよ。ずーっとずーっと、小さい頃から。まぁちゃんの事、全部知ってるの?颯人さんは」


「全て知っている。我だけではなく仲間内は皆知り得た。その上で真幸を慕っているものが多数いるのだ」

 

「マジか!……まぁちゃんの優しい心がわかって貰えたなんて、嬉しい。よかったな……本当によかった。」


 ポカンとしたまま固まった真幸がオレを見上げてくる。何を迷ってるんだ、ちゃんとやりたい事をやれ。執着を絶ってやった方が本当にいい。

真っ直ぐに云うと思わなんだが、気持ちのいい男じゃないか。




「な、何かその、意図せず振ってしまったようで申し訳ないんだが」

「なぁんでさ!いいんだよ、まぁちゃんが幸せなら。」

 

「……シゲがいてくれたから、今の俺がいる。俺はあの時シゲに受け止めてもらって、気づかせてもらったからこうして真っ当な人生を歩いてる。

 あの頃には想像もつかなかったほど沢山の仲間達と一緒にいる。だから、だから……」


「うん。そう言ってくれるとマジで嬉しい。なんか悲しいことあったみたいだけどさ、今のまぁちゃんなら大丈夫だな。

 何でもかんでも全部自分一人で抱えててさ、本当に心配だった。

 でも、ちょっと強引なくらいまぁちゃんの事引っ張ってくれる人が、颯人さんがいるなら元気になってくれるよな?諦めないで、頑張れるよな?」


「…………うん」


 

「絶対だぞ?颯人さんに飽きたら、俺がいるからさぁ!こんな風にして呼び出してくれれば良いよ!」

「ばか、何言ってんだよ。」

 

「あーぁー。もっと早く好きだって言えばよかったなー!!まぁちゃんそういうの苦手だっただろ?だから依存してでも『シゲがいなきゃ生きていけない♡』的な感じにしようと思ってたのにさぁ。しくじったぜ〜。」


「シゲ?お前まさかヤンデレなのか?」

 

「そーだよ。さっきの嘘っぽいままだったら颯人さんと殴り合いしたかも!略奪愛も好きなんだ!」

「……マジかぁ……マジかぁ……」


 


 やんでれというのは病的なまでに愛するという意味だろう。最近流行っているな。このように根明のやんでれとやらは初めて見たが。真幸の周りの人間はおかしな者ばかりだ。

 

 苦笑いの中に複雑なものを抱えたままの真幸、快活に笑っているように見えて本気で落ち込んでいるシゲ。


 颯人を取り戻すための活力にはなりそうだが、妙な話になってしまった。



「まぁちゃん、連絡先おしえてくんないの?」

「……国に関わる仕事してるから、そう言うのは機密事項なんだ」

「そっか。会いたくなったら、また呼んでくれる?」


「シゲ、ごめん。今後は恐らく会うこと自体が難しくなる。俺、これから本当に難しい仕事するんだ」

「そうなの?わかった。……最後になんか言いたくて呼んだんだな?」



 真幸は正座で座り直し、背筋を伸ばして向き合う。

 その様子を見て、自分が知っていた想い人は何もかもが変わったのだとシゲが察して悲しそうに笑った。


 

  

「昔のことを謝りたくて呼び出した。言われたって困るのはわかってるけど。

 俺の、どうしようもない暴力衝動を受け止めてくれてありがとう。痛い思いをさせてごめんな。」


「お礼がセットで出てくるようになったんだな、まぁちゃん。俺が知ってる女の子とは違う子になったんだな」

「俺は男だって言ってただろ」


 

「うん、でも、まぁちゃんは俺の好きな子だったのは変わらないよ。許してくれって言ったら、許さないって言おうと思ったけど。許したら縁が切れちゃうし。

 そんな風に言えるなら、ちゃんと成長してちゃんと大人になれたんだ。まぁちゃんの問題を解決してやろうとも思わず『俺に依存してくれたら良いのに』なんて思ってた幼馴染は忘れてくれって……言うしかなくなっちゃった」


「シゲは何も悪くない。俺は本当に感謝してる。忘れたりなんかしない」

「うん、わかった。俺もスッキリした。……頑張れよ、負けるなよ。絶対死んじゃダメだぞ!」


「うん」


 


「へへ。じゃあ、俺そろそろ帰ろうかな。帰りは送ってもらえるの?」

 

「あぁ、我が送ってやる」

 

「んじゃお願いしまーす!まぁちゃん。元気でな!俺、しばらく諦める気はないからな!」

「えっ?あ、え??」


「颯人さん頼むわー!」

「ふん……」



 

 夢渡りの術でシゲを送り返し、現実の体に戻す。しっかりと体に魂が定着したのを見届け、つながりを切る一瞬前。


(まぁちゃん泣かしたら殺すからな。絶対見つけて見張ってやる)


 ――と、どうにも物騒な一言が耳に響いた。



 ━━━━━━



「まぁちゃんは罪作りだな。」

「その呼び方やめろ、ハク」

「お前こそやめんか。襲うぞ?」


 

「俺、安倍さんに合わせる顔がない。安倍晴明がこんな節操なしだなんて。マジでしばらく黙っておきたい」

「……ふん。あいつ物騒なこと言ってたぞ。また会わないように気をつけておけよ」


「え?なんて言ってた?」

「まぁちゃん泣かしたら殺す、だとさ」

「それ……颯人が戻ってきたら殺されるじゃん」

「あぁ……だからせいぜい気をつけろ。」



 大きなため息と共に、オレの肩に顔が寄せられる。長い黒髪を両手で持ち上げ、その中に真幸が潜った。




「恋とか、愛とか怖いだろ。形にしたら、壊れるかもしれない。

 颯人を取り戻す事しか今は考えられないし、考えたくない」

 

「お前の星巡りはかなりこんがらがっている。人生の選択肢の中で『死ぬほど苦労するが正しい道』を選ぶようになり、綺麗になってきたとは思うが。

 シゲの話もそうだ、俺に癒されるのが一番楽で気持ちいいはずなのに。

神に選ばれた依代なんだから、余計にこんがらがるはずが……整いいつつある。

 弱ってるヤツに言いたい言葉じゃないが、苦しんで苦しんで……踏ん張った先で必ず星巡りは変わるだろう。」

「運命が変わるって事か?」


 

「そうだ、今風に言えばな。一人で立てと言ったオレが間違っていたのかも知れん。

 自分の心は自分でしか立ち上げられぬ。励まされようが、慰められようが最後は自分の足で立つしかないが……今回のようになるならば、その言葉はよくなかった。

 お前みたいに頑固でいじっぱりな奴は、頼る事を知った方がいい。もう少し器用に立ち回れ」

「難しい事言うなし。」

 


「今はオレに甘えるがいい。あいつらが来るまで慰めてやるぞ。颯人の髪、好きだっただろ?」

「うん……」

 

「帷みたいだよな、この世の全てから守られてる気になる。」

「うん、そう」

 

「オレに悲しみを分けてくれてもいいぞ」 

「イヤだよ。俺がそうしたいのは颯人だけだ」

「ふ……つれないやつだな」


  

 髪の中に隠れた、小さく震える真幸を引き寄せる。仕方がない、始めたモノはちゃんと終いまでやってやろう。

 

 颯人の面影を必死にかき集める真幸は間違いなく健気で、甘えさせてやってもいいと思えるほどに愛らしかった。

 

 

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