55 新たな国津神 鉄の結界その3
「卵焼きに明太子入ってるけど好き?アレルギーとかはないかな」
「は、はい」
「課長の唐揚げ、んまいぞ。レモンかけるか?」
「は、あ、はい」
「お野菜も美味じゃぞ。おからの
「我はきんぴらごぼうが好きだ。食え」
(累はおやさいきらいだけど、真幸がつくったのはたべる)
「累はえらいな。沢山食べるんだぞー」
(うん!)
「ほら、安倍さんも食べて。お味噌汁もまだあるからね」
「はわわ、あわわ……」
「んもう!男子達は手加減しなや!女の子はゆっくり食べたいの!」
「そうよっ!アリスちゃん、お味噌汁から食べなさいね。普段から量を食べないなら油物はダメよ、ゆっくり噛んで飲み込むの」
妃菜と飛鳥にダメ出しされて、俺たち男はすごすごと引っ込む。
安倍さんの皿の上に山とつまれたおかず達。確かにそうだ。普段あまり食べてないならいきなり唐揚げは良くないか……。
「あ、おいしい」
「せやろ?課長は私が育てたんやで!」
「妃菜、確かに教わったけど、なんかワシが育てたみたいに言うのやめて」
「ふふん。お出汁の取り方上手やん。課長の料理もすっかり京都風やな」
「そうだな、先生がいいから美味しくできてるよ。ありがとう」
「せ、せやろな!?せやろな!!あ、飛鳥ぁ!!」
「ぐっじょぶよ、妃菜!!」
親指を立てて、妃菜と飛鳥がガチっと握り拳をぶつけてる。何それかっこいい。
安倍さんは……ポロポロ涙をこぼしながら、両手でカップを抱えてお味噌汁をちびちび飲んでる。泣くほど空腹だったのか……。
「あったかいですね。ありがとうございます」
「ん、良かった。食べれるみたいだな。安倍さんは、普段なに食べてるの?」
「お粥と、たくわんと、サプリメントを」
「何それ……まさか毎日それなの?」
「は、はい。」
「……クソッタレ……」
「ほんまにクソやな。まともに動けるのがおかしいくらいや」
「サプリメントじゃ腹は膨れねぇよなぁ……」
みんなが安倍さんを覗き込んで心配そうにしてる。
女の子は鉄分不足になりやすいし、若いんだからおかゆじゃカロリーが足りなさすぎる。中務がここまで酷いとは思わなかった。
伏見さんが大きなため息をつき、逡巡した後に立ち上がる。
「課長、野暮用が出来ました。少々揉めるかもしれません。結社の権力を使いますので」
「伏見さん、頼む」
「お任せください」
伏見さんがいなり寿司と唐揚げを口に詰め込み、コーヒーを飲み干して警察官と政治家さんの集まりにかけていく。
みんなコンビニ飯食べてこっちを羨ましそうに見てるなぁ。
あとで差し入れでもしてあげたいけど、この後のことを思うと難しいかもしれん。
「颯人、俺はマガツヒノカミが危険なことするようには見えないんだが、どう思う?」
「正しい神降しがされたかどうかだ。気配は何色に見える」
「白。ちょっと透けるくらい透明感がある感じだよ」
「ならば問題ない。其方が作った膳は神も清める故、鎮めにもなろう」
「へ?!そうなのか?」
颯人が俺の左手を開き、手のひらを撫でた。
「この手には心が宿る。清い心を持つ我が花には清めの力が宿るのだ」
「「うわ、花……なるほど」」
「な、なんか恥ずかしいからそれやめて。鬼一さんも妃菜も納得しないでくれよ」
「名が呼べぬなら仕方ない」
「安易に突っ込めん。ワシも花と呼べば良いかのう?」
「魚彦までやめて。花はおかしいだろ。アラサーのおっさんに向かってさぁ」
「課長、俺はアラフォーだぞ」
「違っ!ごめんて!!そう言う意味じゃなくて……あぁっ!なんて言えばいいんだ!?」
俺がパニクってる横で妃菜が安倍さんに卵をよそってあげたり、いなり寿司を小さく切ってお皿に乗せたり。甲斐甲斐しい。
「アリスちゃんごめんなぁ。うちの人たちが煩うて」
「いえ……楽しいです。皆さん仲良しで羨ましい。わたしの所は、一人でしたから」
儚げな微笑みを浮かべて、卵を齧ってふわふわの雰囲気を醸し出してる安倍さん。
保護したい。マジで。たらふくご飯食べさせたい。
何が中務だ。何が安倍晴明の子孫だ。ふざけんなよ。こんなの虐待だ、DVだ。
お腹が空くのがどんなに辛い事なのか知らんのか。こんなの許さんからな。
「ふん、ふん!お待たせしました。中務にはお帰りいただきますので」
「おお!早かったね、伏見さん」
伏見さんが鼻息荒くして帰ってきた。
相変わらず仕事早いな。
――「貴様!何をする!?」
「はいはい、話は署でお聞きしますから」
「我らは中務であるぞ!?」
「警察ごときがなんの真似だ!圧力をかけるぞ!?」
「はいはい、そう出来るといいですねぇ」
ギャースカ喚き声をあげてる中務達を、警察官の人たちが連行していく。
よかった。伏見さんが手を回してくれた。めちゃくちゃ嬉しい。
「伏見さん、本当にありがとう。何も言わずにわかってくれたんだな」
「ふん!僕は芦屋さんの手足ですから!どういたしまして!!
……ですが、これで殆どの事柄が明るみに出ます。こうなったらこちらから動くしかありません。ある意味機会が降って湧いたような物です。
明日からテレビCMを流し、国会でも秘密結社が明らかになり、正式に国の認可を受けます。
中務から正面切って迫害を受ける事になるかと。私もこれから缶詰ですよ」
「おー、そんな大事になっちゃうか」
「はい。しばらく出張どころか課長は引きこもってもらうかもしれません。
しかし、準備はほとんど終わっています。始まりとしては急でしたが、問題はありません」
「なるようにしかならんし、やるっきゃないな。
安倍さん、今日から俺たちと一緒に生活してもらうよ。妃菜、頼めるか?」
「ええよ!ルームシェアやな?」
「女の子が増えるのはいいわねぇ♪」
「そんな急に大丈夫なのか?」
「鬼一さん、人事が万事塞翁が馬だよ。案ずるより生むが易しとも言う」
「たしかに……そうだな。今までもそうだった。課長がそう言うなら俺も覚悟を決めるぜ」
んふふ。鬼一さん良い顔してるなぁ。
かっこいい。俺もこんなイケおじになりたい。
「あ、あの……何が起きてるんでしょうか?中務の人たちはどこに?」
安倍さん……この前までは敵のはずだったのに、こんな事になるとは思わなかったな。俺も結構びっくりはしてる。
何か物事が動き出す時はこんな物だとは思うけどね。
「安倍さんの生活は、とてもじゃないけどまともとは言えない。目の下のクマ、真っ黒じゃないか。ろくに寝てないだろ。昨日何時まで仕事してた?」
「ええと、昨日は寝てません。3日に一度、数時間寝られます」
「マジかぁ。マジかぁ……」
「はい。そんなにおかしいのですか?あの、課長さんもその、お忙しいとお聞きしています」
「忙しいけど睡眠はちゃんと取ってるし、俺は回復してくれる神様のおかげで毎日ピンピンしてるよ」
「そうなんですか……」
「うん。とにかく今日は平将門さんを鎮めて、パジャマをジェラピケで買って、晩御飯の材料買い出しして、うちで歓迎パーティーでもしよう。安倍さんの生活をちゃんとしたものに戻したい。妃菜と飛鳥なら女の子同士できっと楽しいよ」
みんなで笑顔を送ると、安倍さんはポカンとしたあと、お味噌汁のカップを握りしめて震えてる。
「わたし……沢山ご飯食べても、いいんですか?」
「いいんだよ。いっぱい食べて、いっぱい寝て。あったかいお風呂に入って、クーラーの効いたお部屋でモコモコのパジャマを着て寝るんだ」
「っ……わ、わたしは……生きていても、いいんですか!?」
悲痛な叫びだ。でも、ご飯食べて、お腹に力が入ってる。彼女の言葉をちゃんと聞きたいから、口を閉じた。
「わたしは颯人様に断られ、次にいらした神様は禍ツ神……出来損ないなんです!
家からも絶縁されて、寄る辺がなくなって、辛かった。すごく寂しくて、足が動かないのに任務が山積みになって。毎日毎日、出来損ないだと言われてひもじくても当然だと、そう思っていないとやっていけなかった……」
妃菜が安倍さんの肩を撫でて、飛鳥が可愛いハンカチで涙を拭いてあげてる。
彼女は中務にいいように使われてたんだ。真実はいつも一筋縄ではいかないようだ。
「そんなのおかしいやん。課長が言ってたやろ?禍ツ神も禍つ物ではないんよ。天災も神様にしてるんやで日本は」
「そうだ。今の世の中で正しく力をつかえれば、あんたは強い陰陽師になれる。災害を抑える事ができるだろ。うちの課長と張れるかもしれんぞ」
「二人の言う通りだよ。生きていいかなんて人に聞くまでもない。自分のために生きて欲しい。少し体を休めてゆっくりすれば心も元気になるよ。大丈夫だ」
「は、はい、はい……ありがとうございます。ありがとう、ございます……」
鬼一さんと妃菜に肩をポンポンされて安倍さんが泣きじゃくってる。
力なく雫をこぼしていた彼女はもう居ない。きっとこれから、みんなで楽しくやっていけるはずだ。
「よぉーし、やる気が出てきたぞー」
「では早速祭事を行いましょう。皆さんでお片付けして、課長はお着替えをして首塚前に集合です。」
伏見さんの声にはーい、と元気な返事が揃い、みんなで片付け始める。
都会のど真ん中でビルに囲まれて、首塚前でピクニックとか。ちょっと面白かったな。
小さなお皿にいなり寿司と卵焼き、唐揚げを添えて首塚に供える。
平将門さん。はじめまして。
うちの部下が失礼なことしてごめん。
これからちゃんとあなたに祝詞を捧げます。どうか静かな心で俺の言霊を受け止めてください。
そう祈りを込めて囁き、静かに拝し、目を閉じた。
━━━━━━
倉橋side
私は今、天上の声を聞いている。
どこまでも高く響き、澄み切って広がる祝詞の聲を。
微笑みを浮かべたまま、すぐそばで立ち上る瘴気をもろともせず……芦屋課長が宣りを続けている。
巫女舞を始めてからもう3時間は経過していた。
すでに夕焼けが始まって、赤い色が空を染め始めている。
彼が成した東京の結界の多くは正しくその力を発揮し、7月も終わろうという今……本物の夏が訪れていた。
早朝から仕事だったのに、たくさんのご馳走を詰めたお弁当を持ってきてくださった。噂でしか知らなかった僕の先祖の直系子孫である安倍さんを、過酷な労働から遠ざけた彼。
その人は
瘴気の渦の中でガッチリとした体つきの男が肘置きに手をついて座っている。平安時代の甲冑姿で佇むのは
課長の優美な舞を見て、眦が下がったまま上機嫌で手を叩いて拍子を打って。
完全に祇園の町屋接待にしか見えない。
平将門は西暦903年、延喜3年に生まれた
15歳で京に上がり、
その後一族内を武力で牛耳り、国府の焼き討ちにまで抗争を発展させて関東を支配した。
そして当時の朝廷、朱雀天皇に対し自らを『新皇』であると宣言し、武力で平定した東国の独立を示す。
そのため朝敵となり、即位2ヶ月で
戦後の開発で……課長が仰った通り戦勝国の扇動で首塚を壊され、その怨念で複数の怪異や呪殺を起こしている。
そして、この塚を復興させた。
今現在も平将門首塚は東京都指定の史跡として保持させる恐ろしい神のはず。
「もうよいぞ、疲れたであろう。心が癒された。休め」
瘴気を纏ったままの将門が課長に声をかけ、彼が平伏する。
顔から汗が流れ落ち、背中の起伏が荒い息を見せていた。
「はぁ、はぁ……瘴気を、しまって頂けませんか?妖怪たちも惑わされてしまいます」
「あぁ、そうか。人や妖には毒よな」
高層ビルを覆うほどに立ち昇っていた瘴気が収まり、沈黙が落ちる。
課長は金色に輝いたままだ。……人が纏うべき色ではない。神域に足を踏み入れたとしか思えない。
命の危険に晒されている状態なのに、なぜ平然としているんだ。自分も手のひらに汗が滲んでくる。
「其方の膳を食うたら心持ちが清くてな。あまりに美しい舞に見惚れてしまった。そのように疲弊させてすまぬ」
「いいえ。我々が鎮まり
「よい、よい。そのように頭を下げるな。颯人様が怖いお顔をされている」
あっ、と声をあげて芦屋課長が背後を振り向くと、颯人様と魚彦殿が腕を組んで将門を睨みつけていた。
「ちょ、こらっ!颯人!魚彦までやめなさい!」
「うるさい。お前を疲弊させたのは
「そうじゃよ。いつまでもねちっこく恨みを抱きおって。お前さんめんへらもいい加減にせい」
「えっ、将門さんメンヘラなの?」
メンヘラと言われた将門が扇を膝で叩いて、大笑いしてる。
こんな御魂鎮め見た事がないのですが。何故神が姿を表しているのかもわからない。普通は鎮魂に応えず受け取るだけのはずなのに。
「めんへらは近年流行っておりますぞ、スクナビコナ殿」
「じゃとしても害悪に他ならぬ。我らの花を消費しおって。腹が立つのう」
「むむ……申し訳ござらぬ。我が魂で多少の助けになりましょうや。すでに沢山お持ちのようですが、どうぞ」
「仕方ない。受け取れ」
「えっ!?颯人?嘘でしょ?
や、やだなー、俺もう持ちきれないんだけどなー。て言うかみんな簡単に勾玉出してくるのおかしいよ?流石に!」
平将門が勾玉を差し出してニコニコしている。ま、勾玉ですよ!?沢山って、持ちきれないって、どういう事ですか!?
「あぁ、それでしたら
「え、なんで俺にまで敬語?」
「颯人様にこらっ!と言える方に偉そうには出来ますまい。真幸殿もかじゅあるな感じでお願いします。颯人様、勾玉をこちらへ」
「うむ」
颯人様がスーツのポケットからじゃらり、と音を立てて頭ほどの大きさに膨らんだ袋を取り出す。
四次元ポケットでしょうか。
「……思ったより多いですね」
「いつの間にかこうなってたんだぁ」
「ほぉ、名のある神ばかりですな。天津神、国津神、妖怪に、英霊まで。なるほど噂通りに神たらしであられる」
くつくつと声をあげて笑い、袋を受け取った将門が「本当に多いな」と呆れた顔になった。
あれが本当に全部勾玉だとしたら、殆どの神々が芦屋課長に魂を受け渡したことになってしまうのですが。
「では。首飾り、耳飾り、
「ええっ??そんな宝飾職人みたいな……アクセサリーとか、つけた事ないしよくわからん」
「あぁ、では髪飾りにいたしましょう。飾り紐にすれば長い髪を厭わずに済みます」
「あ、それいいな。ゴム式にしてくれるか?縛るの苦手で、それこそ魚彦に煩わせてるんだ」
「かしこまりました。神域から魂を引き戻すのに
勾玉を袋から次々に取り出して、溶かして片手でウネウネとそれをこねながら将門が課長に触れる。
金色の光がゆらめき、形を変えている勾玉に吸い込まれ、消えていく。
「わー!すごーい!将門さんありがとう!食べるのも疲れるから困ってたんだ!!」
ふ、と微笑む将門を傍に伏見さんと鬼一さん、鈴村さんが腕を組んで顔を顰める。
「そういう状況になるのがおかしいってそろそろ気づいて欲しいんやけど!」
「そうだぞ。もうちょいパワーセーブできんのか」
「巫女舞はテンションが上がってしまうようなので、やはり禁止です」
「ウェーイ、すまん。正直楽しくて調子に乗りました」
巫女服姿のまま正座して、笑う芦屋課長。
これは警察にも中務にも見せずに済んで良かったと思わざるを得ない。
超常を幼い頃から見てきた自分が、畏怖を感じている。
将門ではなく、芦屋課長に。
あの人は本当に人なのか。
もはや神に至る命になってしまっているのでは?と心が告げてくる。
(其方は未熟者。真幸の飯を食ろうたでしょう。優しい真幸を畏怖するなど許しません)
「スセリ……しかし……」
(あの子は過酷な運命に抗い生きて、のちに得た光なのです。あなたが未熟だから怖いのよ。反省なさい)
「すみません……」
気の強いスセリビメに怒られてしまいました。たしかにそうだ。私が弱いから、畏怖するのでしょう。スセリの言うとおりだ。
金色に輝く髪ゴムを受け取り、魚彦殿がそれを結んでこれはいいな!と課長が笑みを浮かべる。
遠く果てしなく、はるか先、天上に住まう神々と等しく、その稀有な命が生まれたことを感謝するしかない。
彼は稀代の陰陽師では収まらないだろう。この国を救う、新たな国津神と言っても過言ではない。
夕焼けに佇む彼の髪におさまった髪飾り。一体何柱の魂が込められているのか想像もつかない。
髪飾りはキラキラと沈みかけた太陽の光を弾いて、皆がその優しい輝きに目を細めた。
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