第42話 鉄の結界 その2
「おはようございます」
「おはよ…てか専用車両ってコレ??伏見家で電車所持してるの!?財力どうなってるんだ…」
「お気になさらず。これも昔の名残です」
「こわ……」
現時刻 4:30。陽が登り始め、光に照らされながら紫色の電車がホームに現れる。狐と鳥居ののマーク、伏見稲荷大社ってデカデカと書いてあるんだが…。
一両のみの編成だけど、専用車両持ってるとか皇室かい!
「では始める前に…倉橋」
「はい。課長、おはようございます。昨日はご指導頂きありがとうございました!」
昨日気まずい感じで別れた倉橋君が伏見さんの後ろから現れる。
髪の毛を俺と同じように後ろでハーフアップにして、癖っ毛が跳ねてる。
おー。そっちの方がいいよ。かっこいいじゃん。朝起きたらスマホに伏見さんからメッセージが来てて、俺が現場に行くって知って自分から『補助だけでもさせてくれ』と連絡してきたんだって。
すっきりさっぱりしてる表情の彼を、笑顔で迎える。
「おはよう倉橋君。今日は補助してくれるんだろ?ちゃんとお風呂入ってきたか?」
「はい、朝の祝詞もしましたが、二つが限界でした…」
「お、偉いな。気配も綺麗だしちゃんとできてるよ。よろしく頼む」
「はい!」
倉橋君は赤い色のホワホワを纏ってキラキラした目で見てくる。
昨日とは全然違う気配だし、お香の香りがほのかに漂ってる。これなら神様も大丈夫だな。
「倉橋君…いい匂いするね」
「あ、はい!実家から送られてきたものです。…あの…詳しいことはまだ知らないのですが、神社庁から連絡があったと親から言われました。色々と勘違いしていた事をお詫びします。申し訳ありませんでした」
「お、そかそか。いいよ。反省できたならあとは頑張るだけだし。神様の翻訳は必要ない?」
「はい!心得ております。」
倉橋君も、伏見さんもニコニコしてる。秘密結社からも連絡してくれたんだな。…変な圧力加えてないといいけど。
さて、そろそろ乗車かな?
紫色の電車がドアをプシューッと開く。運転席にはキツネちゃんが座ってる。
もふもふ…もふもふがいるぞ。累もじっとふわふわのしっぽを見てる。
今日こそ…触りたい!!!
「芦屋さん、ダメですよ」
「くっ。ダメか…。はぁ……。山手線一周だと品川から始めて、新しくできたの高輪ゲートウェイだっけ?そこまでだよね」
「そうです。一周三十駅、所要1時間ですが、指示するまでは停車しません。
4.5回に分けて結界を張る感じで行きますか?」
「そうだなぁ。力場を探るからもうちょいいるかも…未熟者でごめんよ」
「はいはい、いつものご謙遜はいいですから、さっさと行きますよ。霊力が尽きたら休憩しますから。すぐに言ってください」
「ウェーイ」
車両に乗り込むと、ガタン、と音を立てて電車が走り出す。品川はもう社建てて来たからここが起点だな。
車内は普通の電車と同じだけど座席も紫だ。この色って伏見さんちのカラーなの?高貴な感じがするな…。
「まさか山手線の全駅に社を建立されるんですか?」
「そうです。あなたは誰に牙を向いたのかよく実感するといいでしょう」
「はい…」
「伏見さん、あんまり倉橋くんにイジワルしないの。」
「ふん。私は芦屋さんに楯突いた事を一生つつきますよ。建立は新宿あたりから始めましょう」
「一生はやめてあげて。はいはいー。」
伏見さんと倉橋君が座席に座り、颯人と魚彦が通路に立った俺の体を押さえてくれる。累を抱っこしてくれるのは倉橋君だ。
伏見さん…凄い勢いでパソコン叩いてる。ちょっと怖い。
赤黒が足元にくっついてきた。
今日も相変わらず可愛いな。
今回は駅の中の力場に社を作り、それを国護結界の繋として置く。
元々駅の中にちゃんとした社はあるんだけど、その方が結界として力が持てるそうだ。駅に降りて一個一個作りたいけどね、ホントは。
渋谷を過ぎ、たくさんの人たちがホームで電車を待つ風景が車窓に流れていく。
ずいぶん大きくなったなぁ、渋谷駅も。力場がハチ公なのがちょっと面白いな。
さて、お仕事を始めよう。
頭の中に小さな社を思い浮かべる。
山手線を繋ぐ国護結界の要は黒い鉄の社にするんだ。
手のひらサイズのお家を思い浮かべ、形創る。小さい鳥居もつけよっと。
あ、あとなんかシンボル欲しいなー。太極図でもつけたろ。
「新宿まであと2分です」
「了解。颯人、魚彦、赤黒も頼む」
「「応」」
「お、おう…」
ちょっ!赤黒が顔を真っ赤にしながら颯人達の真似してる。かわいーーーーー!!よっしゃぁーやる気出た!!
両手を開き、気合を入れて柏手を打った。
━━━━━━
「ふー、あとは池袋、秋葉原と新橋だ」
「三つともかなり煩悩が強く出ている場所ですから難しいですね」
「池袋…弾かれたし。乙女の煩悩怖い。」
「あそこはPN.お稲荷さんのような煩悩が渦巻いているんですよ…私も怖いです」
現時刻07:30。3周回って残り三駅。
今は休憩して朝ごはんを食べてる。
今日の朝ごはんはおにぎりとお漬物。累のおにぎりには昆布とシャケ。
ワカメはいけるみたいだからシャケと胡麻、ワカメを混ぜてみたけど美味しいなぁ。お味噌汁も持って来たけどわかめで被ってしまった。
「私までいただいてすみません」
「おん、いいよー。伏見さんには駅弁奢ってもらったし。倉橋君は?口に合う?」
「美味しいです!課長…お料理されるんですね」
伏見さんと倉橋君にもおにぎり渡してるんだけど、お米好きなのかな。二人とも目をまんまるにして食べてる。
「料理は好きだよー。前世からそうだったらしいね」
「史実通りですね、芦屋さん」
「まぁね。記憶にはないけどそういうものなのかね」
「前世でも世に名を残されているんですか!?」
「そうですよ。先日判明したところですがあなたもご存じの御仁です。日本で知らない人はいないでしょう」
「……そうなんですか…凄い…」
「今世ではそのせんすが皆無だがな」
「真幸にはすまんがワシも同意じゃ…」
「ちょっと!ひどい。勉強してる途中なんだからっ!」
伏見さん、エリートチーム以外には『私』の一人称に戻るんだな。若干倉橋君とキャラが被ってる。
「あ、しまったウェットティッシュ忘れたぁー!」
「…しくじりました。私もです」
累が膝の上で顔中米粒だらけにしてるんだ。ウェットティッシュ忘れちゃったのは保護者失格だ!!くっ…仕方ない。
(累、ちょっと目をつぶってくれー)
(うん)
累の顔についた米粒を取って口に放り込み、浄化の術をかける。
大村神社で颯人に意地悪されたから自分でできるようにしたんだ。
キラキラの光が舞い落ちて、累の顔がピカピカになった。
「「……えぇ…?」」
伏見さんと倉橋くんは、何で微妙な顔してるんだ?
「我にもしてくれ」
「ワシもー」
「颯人も魚彦も自分でできるだろ?なんで俺にさせたがるの。ほら手だして」
満面の笑みで二柱が両手を出してくる。
人差し指でチョン、と触れてお米のペタペタを消して行く。この術は便利だな。ホントに。
「簡易浄化の術にしか見えません」
「はい、そう見えます。ですが…課長の霊力はどうなってるんですか?神力の補充はまだされていませんよね…」
「こん位は
伏見さんがため息をつきながら「お願いします」と手を出してくる。
「普通は社の建立をこれだけしていれば霊力が尽きますよ。私は訓練しましたから行けますけど。多分」
「おー、千本ノックの効果出た?」
「それはもう。毎朝の祝詞も四つまでは行けます」
「そりゃすごいじゃん。やり直しは?」
「散々やらされます。倉橋もそうでしょう?」
「はい…日昇までに終わらないと説教1時間コースです」
「私もですよ。お主はまだ半人前だ、としつこく言わます」
倉橋君の手に触れ、思わず笑ってしまう。颯人そっくりじゃん。子供にも性格受け継がせてるのか?んふふ。
「真幸、笑うな」
「だって…くふふ。そっくりなんだもん」
「颯人はしつこいし、細かいし、面倒じゃからのう。お主達は繋がりのある依代じゃ。神に師事できるのなら成長は早くなる。できるだけ早く、強うなっておくれ」
「そうだな…そのうち嫌でもそうなろう。後ほど我も二柱とも話すか」
「繋がり…そういえばお顔が似て…ハッ!?颯人様はもしや」
「倉橋、その先は禁句です。口にしたらクビですよ。物理的にもです」
「は、はい…心に刻みます」
倉橋君察しがいいなぁ。伏見さん怖いこと言うなし。颯人ファミリーの仲間だもんな、俺達。
二人がどうなるのか楽しみだ。
きっと、強くなってくれる。
俺がいなくても大丈夫なくらい、ね。
お茶を飲んで一息つくと、二人の涙目がじっと目線を飛ばしてくる。
「な、なんで泣いてんの?何かした?」
「しましたよ。あなたがいなくなるなど考えたくもない。やめて下さい」
「そうです。芦屋課長がいないと困ります。弓削も昨日のうちに道祖神のお掃除当番を話し合って住人の方にお世話することの大切さを伝えてくる、と言ってました。
加茂もです。本当は無為な哀れみを悔しく思っていたと聞きました。…私は驕っていたんです。それを教えてくださったのは課長です。成長しても報告する人がいないのは嫌ですよ」
ガチ目なトーンで言われてしまった。
俺の頭の中は無料開放されてるのだろーか。みんな好き放題読んでくれちゃってまぁ。
「わかったよ。ごめんて。
でもさ、驕りだったとしても倉橋君がやさしい気持ちで加茂さんを助けたかったのはわかるよ。付喪神ならやり方を考えないと厳しいだろう。
だけど、武器に命が宿ればそれも操れるし、物に命が宿れば会話もできるし、移動もできる。とんでもない陰陽師になると思うよ、彼女は」
「はい。そう…思います。考える力すら奪っていたことを詫びました。加茂はきっと、鈴村さんのように強い陰陽師になるでしょう」
妃菜の名前が出てきて、思わずにっこりしてしまう。そうか、そう思ってくれたなら本当に良かったよ。
「うん、そうだな。女性は強いよなぁ…色々とさ。…俺は選べなかったけど」
口から転び出た言葉に自分でもびっくりしてしまう。だめだな、油断してるぞ今日は。
唇をむにむに摘んで、立ち上がる。
「芦屋さん…?」
「伏見さん、朝ごはんも済んだし煩悩に勝てるパワーで社建てて、将門さんを鎮めて、鬼一さんと妃菜とみんなでお昼も食べなきゃだ。さっさとやっちゃおう」
「……はい」
まんじりともしない顔の伏見さんに苦笑いして、颯人と魚彦に頭を撫でられ、目を瞑る。
うん、仲間内には…ちゃんと話そう。そうしたい、と思えるようになった。
嫌な話だろうけど、きっと受け止めてくれる。颯人達のように、言葉にせず、ただそばにいてくれる。
ずっと憧れていた…家族、みたいに。
優しい気持ちに満たされて瞳を開ける。走り出した電車から見える景色が…たくさんの人が住まう街並みが愛おしく思えた。
━━━━━━
「お疲れ様でーす」
「はっ!お疲れ様であります!」
「お待ちしておりましたよ!」
「噂の課長さんですね!」
「さ、サインください!!」
「えぇ…?サインはちょっと無理です…」
現時刻13:30。池袋に最後まで手間取って、お昼を超えてしまった…煩悩って、強いな。
東京メトロ大手町駅から徒歩三分で平将門首塚に到着。
なんか人が多い。警察に、省庁の人たちなのか?高そうなスーツ姿で胸にバッヂが付いてるけど…政治家の人じゃないのかこれ。
て言うか、なんで俺のサイン欲しいの?何言ってんだ…??
わちゃわちゃ話をした後に皆さんが配置についた。スーツ姿の人たちは折り畳み椅子を持参して座ってる。完全にお呼ばれされてる来賓って感じだな。
「ずいぶん沢山人がいるな…」
「課長の御魂鎮めを見たいと言うので仕方なく。言いづらいですが、将門が舞を所望されています。今日限りで解禁ですよ」
「は?!いや、服ないし!無理だよね?」
「あるで。お疲れさん、課長」
「太鼓と笛もあるぞ。課長は耳栓してくれ。俺たちの方が合わせるからな」
普通に会話に入ってきた鬼一さんと妃菜はスーツ姿で山ほど荷物を抱えている。
「二人ともお疲れ様。なんで服も楽器も持ってるの。ほんで課長呼びなの何で?」
「あんな、真名をやたら明かさん方がええんよ、ホントは」
「神職でも法名やら仮の名前があるからな。チーム外では課長呼びだ」
「はー、そう言う…わかった」
あれっ…政治家さんや警察の人たちの脇に、浄衣姿の神職さん達がいる。
でも、なーーんかいやーーーな感じ。じろっとこちらを睨み、一人が近付いて来た。
「中務のあずかりです。…重々お気をつけて」
「おおぅ。真打登場か…了解」
「課長殿、鉄の守りは終わりましたか」
「はい、つつがなく」
「そうですか。あぁ、これを紹介しておきましょう」
ニヤリと嫌な笑顔を浮かべた彼が、自分の背中側にいた女の子を俺たちの目前に突き出す。
…乱暴だな。何してんだよ。
「安倍晴明の子孫、
はぁ??な、なにそれ。今出してくるの!?馬鹿なの!???
伏見さんが鬼一さんと妃菜に目配せし、倉橋くんが離れて俺の背後に三人がおさまる。警戒体制だよなぁ、そりゃそうだよなぁ…。
「お久しぶりですね、安倍さん」
「は、はい…あの…はい」
小さな声だ。虫の鳴くようなか細い音で伏見さんに反応してる安倍さん。
髪の毛は前に見た時よりも少し伸びてるけど相変わらずショートヘア。
ふわふわの柔らかそうな髪、俺より小さい体。透き通るような肌の色。
儚げ美人さんだな。うん。
「在清も学びたいというので、我々もわざわざ来たのですよ。面倒を見てやってください」
「…へぇ」
中務のあずかりさん、人の悪そうな顔をしてる。神職であるが故に、行いがみんな顔に出てる。
体の周りに真っ黒な色を纏い、まるで瘴気のように禍々しい。
その人は去り際に安倍さんを小突いていく。マジでなんなの。腹立つな。
「安倍さん、顔色が良くありませんよ」
「あ、だ、大丈夫です」
「確かに良くないな…ご飯食べた?具合悪いのか?」
伏見さんがいう通り、青い顔してる。フラフラしてるし…。
「ご飯は…一日一食なので…」
「何…それ。どうして?」
安倍さんの顔を覗き込む。
明らかに最初に見た時よりやつれてる。顔色は青白いし、目が充血してる。
「わたしの神様が…
「禍ツ神って…」
禍ツ神とは
「マガツヒノカミは穢れから生まれてるけどちゃんとした神様だ。きちんとお祀りして、祈りを捧げれば逆に災厄から守ってくれる。それを中務が知らない筈がない」
「はい、あの…すいません。多分わたしが弱いから…」
「そんなことはあり得ませんよ。あなたは課長と同じく複数の神を鎮めて来た。私がそれを知っています」
「…何か、あるんだなこれは」
苦い気持ちで中務の人たちを眺める。複数人でまとまって、
「じゃあ、ご飯を碌に食べれてないんだね?」
「はい…すいません」
「謝る必要なんかないよ。安倍さんは何も悪くない。…伏見さん、いい?」
「もちろんです。警察の方にも伝えて来ます。」
「私デザート作って来たんよ!ピクニックシートもあるで」
「俺はコーヒー淹れて来た。ちゃんと豆のだぞ」
「妃菜…鬼一さんも…ありがとう」
二人の微笑みを受け、安倍さんの手を握る。冷たい手…体温を上げられるほどのエネルギーがないんだ。
食べ物を満足に食べさせず、スーツもヨレヨレだし、女の子をこんなふうに扱ってるなんて。
「あ、わ、わたしに触ったら穢れます」
「大丈夫、お弁当一緒に食べよう。デザートにコーヒーもあるって。みんなで食べたらきっとおいしいよ。全部愛情がこもった手作りだ」
「手作り…でも、でも…」
「とっても強い神様達が一緒だから心配いらないよ。面倒見ろって言われたんだから、好きにさせてもらおう」
申し訳なさそうに上目遣いで目を合わせてくる彼女の色は、白く透明だ。
こんな気配の色してるのに、人を穢せるわけがない。
累を鬼一さんに抱っこしてもらって、颯人と俺でボストンバッグからお弁当を取り出した。首塚の前階段に妃菜がシートを広げる。
みんなでそこに座り、広げたお弁当を囲む。
「さ!仲良しランチタイムだぜい!」
びっくりした安倍さんがじわじわと微笑み、可愛い顔になった。
なんだ、笑えるじゃないか。
微笑みを交わしてお重を開き、みんなで手を合わせた。
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