54 真打登場 鉄の結界その2
「おはようございます」
「おはようございます……てか専用車両ってコレ??伏見家で電車所持してるの!?財力どうなってるんだ!」
「お気になさらず。これも昔の名残です」
「こわ……」
現時刻 4:30。陽が登り始め、光に照らされながら紫色の電車がホームに現れる。狐と鳥居のマーク、大社の名前がデカデカと書いてあるんだが。
一両のみの編成だけど、専用車両持ってるとか皇室かい!
「では始める前に、倉橋」
「はい。課長、おはようございます。昨日はご指導頂きありがとうございました!」
昨日気まずい感じで別れた倉橋君が伏見さんの後ろから現れた。
髪の毛を俺と同じように後ろでハーフアップにして、癖っ毛が跳ねてる。
おー。そっちの方がいいよ。かっこいいじゃん。
彼は俺の任務を知って自分から『補助だけでもさせてくれ』と連絡してきたんだって。すっきりさっぱりしてる表情の彼を、笑顔で迎えた。
「おはよう倉橋君。今日は補助してくれるんだろ?ちゃんとお風呂入ってきたか?」
「はい、朝の祝詞もしましたが、二つが限界でした……」
「お、偉いな。気配も綺麗だし大丈夫だ。よろしく頼む」
「はい!」
倉橋君は赤い色のホワホワを纏ってキラキラした目で見てくる。
昨日とは全然違う気配だし、涼しげな香りがほのかに漂ってる。これなら神様も大丈夫だな。
「倉橋君、いい匂いするね。お香炊いてるの?」
「あ、はい!実家から送られてきたものです。あの、詳しいことはまだ知らないのですが……神社庁から連絡があったと親から聞きました。色々と勘違いしていた事をお詫びします。申し訳ありませんでした」
「お、そかそか。昨日ちゃんと謝ってくれたんだから、もうその話はおしまいにしよう。あ……神様の翻訳は大丈夫?」
「はい!心得ております。」
倉橋君も、伏見さんもニコニコしてる。秘密結社からも連絡してくれたんだな。変な圧力加えてないといいけど。
さて、そろそろ乗車かな?
紫色の電車がドアをプシューッと音を立てて開く。運転席にはキツネちゃんが座ってる。
もふもふ……もふもふがいるぞ。累もじっとふわふわのしっぽを見てる。
今日こそ触りたい!!!
「芦屋さん、ダメですよ」
「くっ。ダメか、はぁ……仕事しよ……。
山手線一周だと品川から始まって、終着が高輪ゲートウェイだっけな」
「そうです。一周三十駅、所要一時間ですがこの電車は指示するまで停車しません。4.5回に分けて結界を張る感じで行きますか?」
「そうだなぁ、力場を探るからもうちょいいるかも。未熟者でごめんよ」
「はいはい、いつものご謙遜はいいですからさっさと行きますよ。霊力が尽きたら休憩しますから。すぐに言ってください」
「ウェーイ」
車両に乗り込むと、ガタン、と音を立てて電車が走り出す。品川はもう社を建てて来たからここが起点だな。
車内は普通の電車と同じだけど座席も紫だ。この色って伏見さんちのカラーなの?高貴な感じがするな。
「まさか、山手線の全駅に社を建立されるんですか?!お一人で……ですよね?」
「そうです。あなたは誰に牙を剥いたのかよく実感するといいでしょう」
「はい……」
「伏見さん、あんまり倉橋くんにイジワルしないの」
「ふん。私は芦屋さんに楯突いた事を一生つつきますよ。建立は新宿あたりから始めましょう」
「一生はやめてあげて。はいはいー」
伏見さんと倉橋君が座席に座り、颯人と魚彦が通路に立った俺の体を押さえてくれる。累を抱っこしてくれるのは倉橋君だ。赤黒も足元にくっついてきた。今日も相変わらず可愛いな。
伏見さんが凄い勢いでパソコン叩いてる。仕事があるのについて来てくれたんだな……。
今回は山手線の各駅の中の力場に社を作り、それを国護結界の要として置く。
元々駅の中にちゃんとした社があるんだけど、新しく追加した方が結界として力が持てるそうだ。駅に降りて一個一個作りたいけどね、ホントは。急務だから仕方ない。
渋谷を過ぎ、たくさんの人たちがホームで電車を待つ姿が車窓に流れていく。
渋谷駅もずいぶん大きくなったなぁ。力場がハチ公なのがちょっと面白い。
さて、そろそろ準備を始めよう。
頭の中に小さな社を思い浮かべる。
山手線に繋ぐ国護結界の要は、黒い鉄の社にするんだ。電車との親和性が高く、黒にすることで他の色に染まりにくい……つまり、外的要因でダメになる確率が低くなる。
都会だから行き交う人の数だけ怨念があって、それに晒される社はかなり頑丈にしておかないと劣化が早いんだ。
手のひらサイズの社を思い浮かべ、形創る。小さい鳥居もつけよっと。
あ、あとなんかシンボル欲しいなー。太極図でもつけたろ。
「――新宿まであと2分です」
「了解。颯人、魚彦、赤黒も頼む」
「「応」」
「お、おう!」
ちょっ!赤黒が顔を真っ赤にしながら颯人達の真似してる。かわいーーー!!よっしゃぁーやる気出た!!
俺は両手を開き、気合を入れて柏手を打った。
━━━━━━
「ふー、残りは池袋、秋葉原と新橋だ」
「三つともかなり強く煩悩が出ている場所ですから……難しいですね」
「池袋なんか弾かれたし。乙女の煩悩怖い。」
「あそこはPN.お稲荷さんのような方の煩悩が渦巻いているんですよ。私も怖いです」
現時刻07:30 山手線を三周回って残り三駅だ。
今は休憩して朝ごはんを食べてる。
今日はおにぎりとお漬物、お味噌汁でシンプルな和朝食だ。
累は野菜は苦手でもワカメはいけるみたいだから、シャケ・胡麻・ワカメを混ぜてみたんだが、これは大人でも美味しい。
「私までいただいてすみません」
「おん、いいよー。伏見さんには前に駅弁奢ってもらったし。倉橋君は?口に合う?」
「美味しいです!課長、お料理されるんですね」
伏見さんと倉橋君にもおにぎり渡してるんだけど、お米好きなのかな。二人とも目をまんまるにして食べてる。
「料理は好きだよー。前世からそうだったらしいね」
「史実通りですね、芦屋さん」
「まぁね。記憶にはないけどそういうものなのかね」
「前世でも世に名を残されているんですか!?」
「そうですよ。先日判明したところですが、あなたもご存じの御仁です。日本で知らない人はいないでしょう」
「そうなんですか!?凄い……」
「今世ではそのせんすが皆無だが」
「真幸にはすまんがワシも同意じゃ」
「ちょっと!ひどいだろ。勉強してる途中なんだから大目に見てっ!」
伏見さん、エリートチーム以外には『私』の一人称に戻るんだな。若干倉橋君とキャラが被ってる。
「あ、しまった。ウェットティッシュ忘れたぁー!」
「しくじりました。私もです」
累が膝の上で顔中米粒だらけにしてる。ウェットティッシュ忘れちゃったのは保護者失格だ!!くっ、仕方ない。
(累、ちょっと目をつぶってくれー)
(うん)
累の顔についた米粒を取って口に放り込み、浄化の術をかける。
大村神社で颯人に意地悪されたから、自分でも習得したんだ。この術のイメージは『消却』。
お掃除というよりも、汚れやくっついたものを消していくって感じだな。
累のもちもちほっぺを両手で包むと、キラキラの光が舞い落ちて累の顔が綺麗になった。
「「……えぇ…?」」
「ん?なんだその反応」
伏見さんと倉橋くんは、何で微妙な顔してるんだ?
「我にもしてくれ」
「ワシもー」
「颯人も魚彦も自分でできるだろ?なんで俺にさせたがるの。ほら手だして」
満面の笑みで二柱が両手を出してくる。
人差し指でチョン、と触れてお米のペタペタを消して行く。この術は便利だな、ホントに。
「簡易浄化の術にしか見えません」
「はい、そう見えます。ですが、課長の霊力はどうなってるんですか?神力の補充はまだされていませんよね」
「こん位は
伏見さんがため息をつきながら「お願いします」と手を出してくる。
「普通は社の建立をこれだけしていれば霊力が尽きますよ。私は訓練しましたから行けますけど。多分」
「おー、千本ノックの効果出た?」
「それはもう。毎朝の祝詞も四つまでは行けます」
「そりゃすごいじゃん。やり直しは?」
「散々やらされます。倉橋もそうでしょう?」
「はい、日昇までに終わらないと説教1時間コースです」
「私もですよ。お主はまだ半人前だ、としつこく言わます」
倉橋君の手に触れ、思わず笑ってしまう。颯人そっくりじゃん。性格も受け継がせてるのか?んふふ。
「真幸、笑うな」
「だって……くふふ。そっくりなんだもん」
「颯人はしつこいし、細かいし、面倒じゃからのう。お主達は繋がりのある依代じゃ。神に師事できるのなら成長は早くなる。できるだけ早く、強うなっておくれ」
「そうだな、嫌でもそうなるだろう。後ほど二柱とも話すか」
「繋がり?そういえばスセリとお顔が似ているような……ハッ!?颯人様はもしや」
「倉橋、その先は禁句です。口にしたらクビですよ。物理的にもです」
「は、はい……心に刻みます」
倉橋君察しがいいなぁ。伏見さん怖いこと言うなし。颯人ファミリーの仲間だもんな、俺達。
二人がどうなるのか楽しみだ。きっと、強くなってくれる。
俺がいなくても大丈夫なくらい、ね。
お茶を飲んで一息つくと、二人の涙目がじっと目線を飛ばしてくる。
「な、なんで泣いてんの?何かした?」
「しましたよ。あなたがいなくなるなど考えたくもない。やめて下さい」
「そうです。芦屋課長がいないと困ります。弓削も昨日のうちに道祖神のお掃除当番を話し合って、住人の方に『お世話することの大切さを伝えてくる』と言ってました。
加茂もです。本当は無為な哀れみを悔しく思っていたと聞きました。私は驕っていたんです。それを教えてくださったのは課長です。成長しても褒めてくださる人がいないのは……嫌ですよ」
ガチ目なトーンで言われてしまった。
俺の頭の中は無料開放されてるのだろーか。みんな好き放題読んでくれちゃってまぁ。
「わかったよ。ごめんて。
でもさ、驕りだったとしても倉橋君がやさしい気持ちで加茂さんを助けたかったのはわかるよ。付喪神ならやり方を考えないと厳しいだろうし。
だけど、武器に命が宿ればそれも操れる、物に命が宿れば会話もできる、移動にも使える。とんでもない陰陽師になると思うよ、彼女は」
「はい、そう思います。考える力すら奪っていたことを詫びました。加茂はきっと、鈴村さんのように強い陰陽師になるでしょう」
妃菜の名前が出てきて、思わずにっこりしてしまう。そうか、そう思ってくれたなら本当に良かったよ。
「うん、そうだな。女性は強いよなぁ、色々とさ。俺は選べなかったけど」
口から転び出た言葉に自分でもびっくりしてしまう。だめだな、油断してるぞ今日は。
唇をむにむに摘んで、座席から立ち上がる。
「芦屋さん……?」
「伏見さん、朝ごはんも済んだし煩悩に勝てるパワーで社建てて、将門さんを鎮めて、鬼一さんと妃菜とみんなでお昼も食べなきゃだ。さっさとやっちゃおう」
「……はい」
まんじりともしない顔の伏見さんに苦笑いして、颯人と魚彦に頭を撫でられ、目を瞑る。
うん、仲間内には俺の過去をちゃんと話そう。そうしたいと思えるようになった。
嫌な話だろうけど、きっと受け止めてくれる。颯人達のように、言葉にせず、ただそばにいてくれる。
ずっと憧れていた……家族、みたいに。
優しい気持ちに満たされて瞳を開ける。走り出した電車から見える景色が、たくさんの人が住まう街並みが愛おしく思えた。
━━━━━━
「お疲れ様でーす」
「はっ!お疲れ様であります!」
「お待ちしておりましたよ!」
「噂の課長さんですね!」
「さ、サインください!!」
「えぇ…?サインはちょっと無理です……」
現時刻13:30 池袋に最後まで手間取って、お昼を超えてしまった。煩悩って、強いな。
東京メトロ大手町駅から徒歩一分で平将門首塚に到着……駅近すぎるんだが。
なんか知らない人達が沢山集まって大所帯だな。
警察に、省庁の人たちなのか?高そうなスーツ姿で胸に金色のバッヂが付いてる。政治家の人じゃないのかこれ。
て言うか、なんで俺のサイン欲しいの?何言ってんだ??
わちゃわちゃ話をした後に皆さんが配置についた。スーツ姿の人たちは折り畳み椅子を持参して座ってる。完全にお呼ばれされてる来賓って感じだな。
「なんでこんなに人が多いんだ?」
「課長の御魂鎮めを見たいと言うので仕方なく。言いづらいですが、将門が舞を所望されています。今日限りで解禁ですよ」
「は?!いや、服ないし!無理だよね?」
「あるで。お疲れさん、課長」
「太鼓と笛もあるぞ。課長は耳栓してくれ。演奏の方で合わせるからな」
普通に会話に入ってきた鬼一さんと妃菜。二人ともスーツ姿で山ほど荷物を抱えている。
「お疲れ様……って、なんで服も楽器も持ってるの。ほんで課長呼びなの何で?」
「あんな、真名をやたら明かさん方がええんよ、ホントは」
「神職でも法名やら仮の名前があるからな。チーム外では課長呼びだ」
「はー、そう言う……わかった」
あれっ?政治家さんや警察の人たちの脇に、浄衣姿の神職さん達がいる。
でも、なーーんかいやーーーな感じ。じろっとこちらを睨み、一人が近付いて来た。
「中務のあずかりです。重々お気をつけて」
「おおぅ。真打登場か?了解」
「新課長殿、鉄の守りは終わりましたか」
「はい、つつがなく」
「そうですか。あぁ、これを紹介しておきましょう」
ニヤリと嫌な笑顔を浮かべた男が、自分の背中側にいた女の子を俺たちの目前に突き出す。
……乱暴だな。何してんだよ。
「安倍晴明の子孫、
はぁ??な、なにそれ。今出してくるの!?馬鹿なの!???
伏見さんが鬼一さんと妃菜に目配せし、倉橋くんが離れて俺の背後に三人がおさまる。警戒体制だよなぁ、そりゃそうだよなぁ……。
「お久しぶりですね、安倍さん」
「は、はい……あの、はい」
小さな声だ。虫の鳴くようなか細い音で伏見さんに反応してる安倍さん。
髪の毛は前に見た時よりも少し伸びてるけど相変わらずショートヘア。
ふわふわの柔らかそうな髪、俺より小さい体。透き通るような肌の色。
儚げ美人さんだな、うん。
「
「……へぇ」
中務のあずかりさん、人の悪そうな顔をしてる。神職であるが故に、行いがみんな顔に出てるんだ。
体の周りに真っ黒な色を纏い、まるで瘴気のように禍々しい。
その人は去り際に安倍さんを小突いていく。マジでなんなの。腹立つな。
「安倍さん、顔色が良くありませんよ」
「あ、だ、大丈夫です」
「確かに顔色が悪いな。ご飯食べた?具合悪いのか?」
伏見さんがいう通り、安倍さんは青い顔してる。フラフラしてるし。
「体調不良では、ないです。ご飯は一日一食なので、十時間前に食べました」
「何……それ。どうして?」
安倍さんの顔を覗き込む。
明らかに最初に見た時よりやつれてる。顔色は青白いし、目が充血してる。
「わたしの神様が
「禍ツ神って……」
禍ツ神とは
「マガツヒノカミは穢れから生まれてるけどちゃんとした神様だ。きちんとお祀りして、祈りを捧げれば逆に災厄から守ってくれる。それを中務が知らない筈がないだろ?」
「はい、あの、すいません。多分わたしが弱いから……」
「そんなことはあり得ませんよ。あなたは課長と同じく複数の神を鎮めて来た。私がそれを知っています」
「何かあるんだな、これは」
苦い気持ちで中務の人たちを眺める。複数人でまとまって、
「じゃあ、ご飯を碌に食べれてないんだね?」
「はい、すいません」
「謝る必要なんかないよ。安倍さんは何も悪くない。……伏見さん、いい?」
「もちろんです。警察の方にも伝えて来ます。」
「私デザート作って来たんよ!ピクニックシートもあるで!」
「俺はコーヒー淹れて来た。ちゃんと豆のだぞ」
「妃菜、鬼一さんもありがとう」
二人の微笑みを受け、安倍さんの手を握る。冷たい手だ……体温を上げられるほどのエネルギーが体内にないんだ。
食べ物を満足に食べさせず、スーツもヨレヨレだし、女の子をこんなふうに扱ってるなんて。
「あ、わ、わたしに触ったら穢れます」
「大丈夫だよ。ねぇ、お弁当一緒に食べないか?デザートにコーヒーもあるって。みんなで食べたらきっとおいしいよ。全部愛情がこもった手作りだ」
「手作り……でも、でも……」
「とっても強い神様達が一緒だから心配いらないよ。面倒見ろって言われたんだから、好きにさせてもらおう」
申し訳なさそうに上目遣いで目を合わせてくる彼女の気配は、白く透明だ。
こんな色してるのに、人を穢せる訳がない。
累を鬼一さんに抱っこしてもらって、颯人と俺でボストンバッグからお弁当を取り出した。首塚の前階段に妃菜がシートを広げる。
みんなでそこに座り、広げたお弁当を囲む。
「さ!仲良しランチタイムだぜい!」
びっくりした安倍さんがじわじわと微笑み、可愛い顔になった。
なんだ、笑えるじゃないか。
微笑みを交わしてお重を開き、みんなで手を合わせた。
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