第41話 鉄の結界 その1
「さて、ほなら首塚の報告やね。倉橋君がやった祝詞は将門の怒りを買ったとしか思えへん。
瘴気は抑えられるようにして来たけど、あれは長く
「そうでしょうねぇ。二日酔いで風呂も入らずやったそうですから。逆効果です。担当のあずかりと彼は減給になりました。」
「それ完全にあかんやつやん」
「あの罰当たりめ…」
現時刻 23:00。みんなお風呂上がりで集合して会議続行中。
累を寝かしつけ、颯人と魚彦を顕現していつものスタイルに戻ってる。
…なんか落ち着くな、コレ。
「さてなぁ。鎮魂前に首塚の結界を貼り直しする必要がある感じ?」
「はい、そうなりますね。中務からも正式に依頼が届きました。
秘密結社としては、山手線沿線に国護結界を結ぶべきとの決です。鉄道会社にも連携済み、現在警察が首塚の警備をしてくれています。」
「ん、それじゃあ明日は山手線に乗って結界を張りまくりかな。一周じゃ厳しいだろうから何周かしないと」
「山手線もそうですが、後々地下の隠し線路にも行かなくてはならないでしょうね。」
「えっ!!あれ都市伝説じゃないん!?」
「東京駅地下は郵便局が使っていた専用地下鉄の跡がある。皇居に繋がっているなんて話の真偽は不明だが、政府関連の移動機関はあるようだ」
「鬼一の言う通りです。その辺りは僕も言える事と言えない事があるので深くは突っ込まないで下さい」
「伏見さん、いつもそれやな。何でも知ってるんちゃうの」
「鈴村、あんまりつつくな。自分が痛い目を見るぞ」
「それはあかんな…やめとこ」
伏見さんは全貌を知ってるんだな。鬼一さんもなかなか博識だ。俺は地下の話は知らんけど、ちょっと面白いな。
そう、東京には数多くの都市伝説がある。
徳川幕府が江戸を開拓し始めた当初は、葦原とでっかい川が氾濫しまくってた土地だったらしいけど。
江戸から東京へ…その変遷の歴史に深く関わって来る人や建物は、ファンタジー要素をふんだんに抱えている。
曰く、江戸の構造を考えたお坊さんが実は死んだはずの明智光秀だったとか、鬼門や裏鬼門に必ず神社仏閣を備えてるとか。
近年でいえば東京タワーは裏鬼門、スカイツリーは鬼門の位置らしいし。
鉄の結界も少し前までは俺にとっても都市伝説の類だった。
「伏見さん、鉄の結界って結局ほんまなん?」
「そうですよ。鈴村は知らないんですね。芦屋さんはご存知ですか?」
「最近になって一応勉強したよ」
「では、鈴村のためにも改めてご説明をお願いします」
「え、なんで?伏見さんの役割じゃないの?」
「芦屋さんの解釈でお聞きしたいんです」
「それは良いな」
「ほんまやな。教えて下さい、真幸先生」
ぬ、ぬう。なんかわからんけど…試されてるのかなこれは。伏見さんがニヤついてる。
じゃあ、期待にお応えしましょう!
…ちょっと不安だけど。
──山手線は約百年以上前に品川駅から作られて、何度か改装を繰り返して現在はおおよそ丸い形で繋がってる。終わりまでの距離は34.5km。
山手線開通の目的は、東海道本線と東北本線を結ぶためだったそうだ。
山手線の真ん中を蛇行して通っている中央線は東京から新宿をつなぐ。
さらにここへかつての江戸城…現在の皇居と内藤新宿御苑を加えると、全体が太極図になる。
太極図で表されるのは万物が陰陽で成り立つこと、和合、平和、調律。
鉄道に関しては鉄自体が霊を遮断すると言われてるし、人が沢山いてお金の流れがあり物の流れもある都会で、常に動いている山手線はエネルギーの塊だ。
また、中央線は高尾山からのエネルギー、東京に集まってくる各線…総武線や京成線は成田山からのエネルギー、つくばエクスプレスは筑波山のエネルギーを運ぶと言われてる。
特に京成線は殆ど止まらないし、総武線が止まって京成線が止まるって事は殆どないから、そう言う契約なんだろうな。
東京は風水で言うところの
昔の江戸城は螺旋状に堀を作って龍神を模し、守りとしていたんだ。
街の作り、神社仏閣の配置、大きなシンボルは必ず何かしらの役割を持っている。
山手線で昔の江戸城、現在の皇居を守り、平将門という大怨霊を鎮め、鬼門、裏鬼門を抑えた神社仏閣やシンボルを囲んで…都会で暮らす人々を守る結界として山手線を動かしていてもおかしくはない。
実際台風なんかが不自然に航路を変えたりするのもそう言う物の効果があるんだろうな、とは思う。
鉄の守り、は意図されているだろう。
「陰陽師になってから山手線に実際に乗ったことは殆どないし、一周した事もないから効果はわからないけど。こればっかりは現地に行かないと…って何その顔」
長々と話して纏めようとしたらみんなして口が開いてびっくり顔になってる。
「ほんまに陰陽師の家系ちゃうのん?」
「信じられん。何だその随所に豆知識が入るのは。なぜ知ってる?なぜ覚えてる?」
「芦屋さん、研修資料にしたいので後で録音させてください」
「えぇ…?俺はネットで調べたものをまとめただけなんだけど…」
「頭がいいっちゅう事なんよな」
「勘がいいんだ。陰陽師のセンスだろ」
「全部でしょう。僕も驚きました…」
「真幸が褒められるのは気分がよいが、その話ではなかろう」
「そうじゃよ。首塚の対処の話じゃろ?しっかりせい。えりーとちーむ」
颯人と魚彦に突っ込まれて三人ともうぐ、ってなってる。
ちょっと面白いな。
「すみません…という事で明日は専用車両を手配してあります。
芦屋さんは山手線を巡って国護結界を張りつつ、鉄の結界の張り直し、その後首塚の鎮魂をして頂きます。
鬼一、鈴村は首塚の瘴気を封じ芦屋さんが来るまでの時間稼ぎ、周辺の妖怪や神様のチェックです。」
「おっけー」
「今日結界張ったのが鈴村だから首塚の抑えやるか?」
「いや、真実の眼
鬼一さんが首塚やってや。私より強い結界が張れるやろ?」
「わかった。何かあればすぐに共有するって事でいこう。俺たちは同時通話で繋いでおくか」
「はいな」
「ではそのように」
阿吽の呼吸ってこんな感じかな。チームで動くことに慣れてきた感があって、何となくこそばゆい。みんなで協力しあって何かをできるのは嬉しいな。内容は不穏そのものだけど。
さて、今回の件の原因である彼についても話をしておかなきゃだな。
「あー、伏見さん。明日…倉橋君も連れて行けるかな。多分将門さんが姿を現してくれると思うし、俺のやり方がどんな感じか見てもらうのもいいと思うんだけど」
「そうですね。今日みたいに無理をしないのでしたら」
「今日は仕方なかっただろ?人の立ち行きを変えるならそれ相応の覚悟が必要だ。
あの子達はいい戦力になり
伏見さんも鬼一さんも妃菜も、みんなして顰め面になってる。
「せやかて、あんなに霊力消費せなあかんかったん?正直問題児をクビにするかと思てたわ」
「…確かにな。真幸はそうしても良かったとは思う」
「今陰陽師を減らすのは良くないんだ。
託宣の通り、俺のいく先には困難が待ち受けてる。
できるだけ才能や力のある子を残しておかないといけない。
この事件がきっかけで何かが始まる気がするからさ。仮にも課長が抜けるかもしれないなら対策はしておきたいし」
伏見さんがハッとして、俺の手を握って来る。
「た、託宣の時が近いと言う事ですか?」
「んー、何となくだけどね。切り捨てようと考えてもみたけど今じゃないな、と思った。星野さんとも北海道で色々話したんだ。
彼も裏公務員から外すべきかと思ったけど、ちゃんと自分で前を向いてた。その様子を見てって感じ」
「あぁ…星野の報告書を見ました。また一人誑かしましたねぇ」
「星野さんは元々いい人だし仲良しだもん。きっともう手首に包帯を巻く事は無くなるよ。だから落ち着くまではうちのチームには入れないでおきたいんだ。遠ざけておけば彼のお兄さんも動かないだろ?」
握った俺の手を撫でて、伏見さんが微笑みながら目を瞑る。
「あなたは『冷たい』とご自身で言っていましたが、そんな事は微塵もありません。全てを切り捨てず残さず拾い上げる。
どこまでもこの手を差し伸べて優しくしまうんです。まるで、神様のように」
「そ、そう?どうかなぁ?過剰評価じゃないのかなぁ。」
「やれやれ。中々自覚の持てないやつだな。そこがいいんだが」
「せやなぁ…ふふふ」
みんなしてニヤニヤすんなし。恥ずかしいだろ。星野さんはちょっと話して一緒にいただけだもん。切っ掛けになれたならうれしいけど、彼は自身で立ち上がってトラウマを乗り越えたんだ。
嬉しかったな…飛行機を降りた後の笑顔、忘れられないよ。
「あっ!そういえば!式神を持っていると星野に聞きましたよ!」
「アッー。口止め忘れてた…」
「何だと!?ちょっと見せてくれ。」
「私も見たい!式神は難しいんやで!」
「安倍晴明が作ったのは
真幸にはそのような物は作れぬ。命を尊び、蠱毒の虫を憐れむのだ」
「そうじゃのう。あれは単純に手紙を届けるだけじゃし、自身の霊力に息吹を与えておるのじゃから、式神とは違うじゃろうて」
「…息吹を与えるとか本当に神になるおつもりですか」
「そんなつもりはないけど。まだまだ一人前には程遠いだろ?何でもしないと。
天文学にはようやく手をつけ始めたところだし」
「天文学まで修めたら本当に
「えっ、そうなの?」
「せやな。安倍晴明は全部マスターするのに四年、それでも頭おかしい人やったんやで。」
「真幸はまだ一年経ってもないのにな。末恐ろしい」
へぇ、安倍晴明さんはそんな感じだったのかぁ。そう言えば…式神って。
「安倍晴明の式神って12天将だよね?」
「ギクリ」
「もしかして累の12精霊って…」
「ギクギクリ」
伏見さーん、そろそろ吐いてもらわないといけない気がするなー。
調べても何も出てこなかったんじゃなくて伝えたくなかったんじゃないのかー?
それこそ俺が累を絆でもしてくれないかと期待して預けていたような気がする。
最初から伝えてたら俺が警戒しちゃうし…信頼してそうしてくれてるなら構わんけどさ。
累は累だし、可愛いのは変わらん。
「えっ、累スパイなん?」
「本人はそんなつもりはないと思うが」
「本当にそうだなぁ。可愛いし、かわいいし、カワイイもん」
「可愛いしかいうてへんやないのぉ…」
妃菜のジト目から目を逸らすと、リビングのドアが開いた。
「話中すまん、累が夜泣きで起きちまった。寝つかねぇんだ」
「累…。あぁ、こんなに目が真っ赤になって…」
暉人が累を抱えてやって来る。
フワモコジェラピケパジャマを着た累が、目を真っ赤にして大粒の涙を溢していた。
「真幸がいねぇと駄目だな」
「そうかそうか、ごめんな寂しい思いさせて…おいで」
両手を精一杯伸ばして抱きついて来る小さい体。結構泣いていたのか、しゃくりあげてる。
(累、いいこ、いいこ…かわいいこ)
(真幸…だいすき)
(俺もだよ…大好きだ。ずっと一緒に居ような。)
(ほんとう?)
(うん。明日は電車に乗ってお出かけしないか?)
(いく!おべんとうは?)
(いいよ、作ろう。卵焼きと、唐揚げと、累が好きな物たくさん入れて持って行こう。だからゆっくりお休み)
(うん)
俺に抱きついた累が胸元に頭を擦り付けて、寝息を立てだした。
背中をトントン叩いて揺らして、温もりを受け止める。
愛おしいな…俺に全部を預けて、懐いてくれてさ。小さな手が服を掴んでるのを見ると、胸がキュンキュンする。かーわいい…。
「はぁ…イイ…とろけてるやんかぁ…」
「こればかりは同意せざるを得ない」
「僕もです。女神ですか?」
「ちょっと。俺は男で人間です。そろそろお開きにしようか。しっかり寝て明日はお弁当作らなきゃ。累も連れてっていいよね、伏見さん」
「電車の中ですし構いませんよ。私もお供します」
「伏見さんも来るの?忙しくない?」
「ノートパソコンがあれば出来る仕事を持っていきますから」
「そう?わかった」
「あれは抜け駆けちゃうんか?」
「俺もそう思う」
「我がばでぃだからな、伏見」
「颯人はまだ伏見を認めておらんのか?人としてのばでぃでいいじゃろに」
「ならぬ。真幸は我のばでぃなのだ。何人たりともその座は認めぬ」
「あーもー。わかったよ。颯人が一番なんだからそうピーピー言わないの」
颯人が俺の言葉にびっくりして、慌てて累ごと俺を抱き上げてぎゅうぎゅう抱きしめて来る。
くるちぃ。
そろそろ差別じゃなくて区別はしないとダメかもなぁ…俺も颯人以外バディにはなり得ないと思ってるし。
「我が一番と言ったな?」
「はいはい、そうだよ」
「本当だな?二言は無いな?」
「言葉は違えど散々そうだって言ってるのにさぁ。こう言うの本で見たことあるぞ。彼女ヅラってやつだ」
「我が夫だろう」
「いつから夫婦になったんだよ」
「颯人と真幸が夫婦ならワシは子供でいいじゃろうか?」
「魚彦まで何言ってるのっ?!」
「ふん、いいだろう。眷属は皆真幸の子だ。血でつながる人と違い、魂でつながる家族。とてもよい」
「…それは…確かにいいな…」
思わず呟くと、颯人がまたびっくりした顔になってる。
なんだよ、自分で言ったんだろ?夫婦じゃ無いけどな。
「伏見さんちに行った時に羨ましかったんだ。家族っていいなぁって」
「…くれてやる。我の全てを」
「颯人にはもう貰ってるだろ?」
「まだ足りぬ。あの約束を果たす時が来たようだな」
「は?果たさないよ。俺たちはバディで夫婦でも恋人でも無いの。そこは譲らないからな」
「くっ、手強い…よい。閨でわからせてやる」
「今度こそいかがわしいよなそれ。ヤメテ。俺そう言うのやだ」
「ぬぅ。…陰陽師どもは早う去ね」
「そんな言い方ないだろ?おいっ!颯人!」
颯人がさっさと寝室に向かい始めて、生暖かい眼差しのみんなが手を振って見送っている。
「ちょ、止めてくれないの!?颯人!…無視かー。何でだー…みんなおやすみぃ…」
「おやすみ、真幸。健闘を祈る」
「もうなんか見守りたくなったわ。おやすみやす」
「玄関の鍵はかけておきますから、ご心配なく」
「えっ」
ちょっと!?伏見さんは何で俺ん家の鍵持ってるの!?
「ワシも家族じゃから一緒に寝るぞ」
「魚彦、空気を読め」
「読んだからこそじゃ。颯人は慎め。」
「ぬ、う…」
「魚彦だけが頼りだ!!頼むよ!!!」
「応」
魚彦のキッパリとした返事と颯人の呻き声を聞きつつ布団に転がされて、でっかいベッドに潜り込む。
玄関のドアが施錠された音が聞こえた。本当にうちの鍵持ってんのか!!!
伏見さん怖い。
「仕方ない。今日は大人しく寝てやろう」
「だから腕枕やめろ。今日も明日も大人しく寝てくれ」
「ワシは背中にくっつくのじゃ」
「魚彦あったかーい」
「我の方が暖かいだろう。足をよこせ」
「もおぉ…何でいつもガッチガチなんだ…寝るぞ!」
魚彦が電気を消して、目を瞑る。
累は騒がしいのに、ぴくりともせず眠っている。
んふふ…家族か。すごくいいな、颯人は夫じゃなければいいんだよ。お兄さん?弟?お父さんか?
「どれも気に食わぬ。寝ろ。」
「むう。…おやすみ」
目を瞑っていても颯人に漂うピンク色の気配が見える。何の色なんだろうな、これ…。
うとうとしてると、魚彦と颯人の会話が頭の上を飛び交ってるのがわかる。何て言ってるかわかんない…眠たい。
「颯人、軽率に真幸の
「…すまぬ」
「すまぬと思うなら、隠すくらいせぬか。真幸はそれを超えて、我らを想ってくれているのじゃよ。わかっておろうが」
「わかっている。…わかっては、いる」
颯人がおでこをくっつけて来る。
ん…寂しいのか?
首に手を回して、体を引き寄せる。
よしよし、さびしんぼうだな、颯人…。
「…我の花は残酷だ」
「否定はせぬよ。年相応に悟ることじゃ」
ポワポワあったかい布団の中で、あっという間に眠りの世界に足を踏み入れ、意識を手放した。
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