第36話 エリートチーム結成
現時刻 9:30。
今日は朝から土砂降りだ。傘をさしても雨の日って濡れちゃうよな。あの構造どうにかならんのか。
ぶつくさ呟きつつ、俺は最初に貰った自分のデスクに座って、累の濡れた髪の毛を拭いてる。
京都、三重、千葉と梯子してきたから役所にくるのも久しぶりといえば久しぶり。
デスクに座るってのを、裏公務員になってからして来なかったしなぁ。
何にも置いてないから整理も何もあったもんじゃないんだけど。
(累、寒くないか?ごめんな、濡らして…)
(んーん、へーき。あのね、あのお兄ちゃん、ずっと見てるよ)
(うっ)
(真幸にご用事じゃなぁい?)
(うう…ハイ)
累に言われてしまっては仕方ない…チラッと視線を上げると、伏見さんが目の前でにこりと微笑む。
くっ…近いな。逃げられない…。
「芦屋さん、いい加減観念して移動して下さい。」
「……ぬー」
「決定事項なんですから。はよ。はよはよ」
「伏見さんが雑に扱ってくるぅ…」
「そんなことありませんよ?営業課の偉い人に対してまさかそんな」
「だーから何でなの。俺に長をつけんなし…やだなー。やだなーー」
何にもないデスクに齧り付いて抵抗の意を表明する。
俺そう言うのやだって言ったじゃん。
人を管理したくないんです。
現場で働きたいんですー。
いつもの通り、事前情報なしに何か始まってるし。何だこの辞令ってのは。課長とか書いてあるし。知らん。
累を連れて来るから伏見さんが『タバコを吸うな』と言ってくれて、空気が綺麗なのはいいけどさ。
エリートチーム…とやらで秘密裏に動くのかと思ってたら、何だか大仰なことになってるんだよ。
「部長は経営側ですが、課長は現場の長ですよ。そもそも我々は独立個隊なのですから。職権を使うとしたら研修の時くらいです。あなたに責任を負わせはしません」
「そう言う問題じゃないもん。てか部長自体いないじゃん。そもそも新人のペーペーがなーんで課長?」
「前も言いましたが、やってる仕事が他の方よりも数も多いし、質も良いからです。
颯人様や魚彦殿が仰ったように、現代のパッとしない陰陽師を教育していくための措置なのです」
伏見さんが屈んで、俺顔にヌッと近づいてくる。相変わらずいい匂いだな。
「エリートチームはあなたを中心として組みました。実戦で鍛えている芦屋さんにしかできない仕事ですよ。何卒ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願いいたします」
「そう言われると何もいえない…わかりました」
陰陽師たちの視線を受けながら、既に颯人がふんぞりかえって座ってるエリートチームのデスクに向かう。
机の海の中、妃菜、鬼一さん、そして何故か伏見さんも混じって島ができてる。
うわー…偉そうな机と椅子…ふかふかしてる。俺ここに座るの殆どないでしょー。颯人と魚彦の椅子があるのは嬉しいけどさ。
「おはよう真幸、やっと観念したんか?」
「おはようさん。気持ちはわからなくはねぇが、そろそろ自覚は必要だろ。課長殿」
二人にニヤニヤされながら迎えられ、口の中が苦くなる。
「おはよ…やめてよ。長とか器じゃないんだよ」
「諦めが悪いのぅ。しゃんとせい」
「ほっほ、人の世のしがらみというやつは面白いのう」
「真幸が嫌がる事ならやめて欲しいぜ」
「暉人に同じくやで。煩わせんのやめて欲しいわ」
「ヨクわからんが…真幸が嫌ならやめればイイ」
「そう言うわけにはいかないんだろォ。真幸の仕事を減らしてやらんとならないしなァ。今のままじゃ大変だァ」
「ぼくも、そう思う」
ふ、我ながら賑やかなデスクだ。神様たちが口々に文句言ってくれたり、それを諌めていたりして面白い。
神様のわちゃわちゃ、いとおかし。
「さて、朝礼とやらだ。今日だけは伏見の言う通りにやるがよい」
「颯人は何でそんな素直なの」
「真幸が認められるのは気分がよい」
「むーむー」
「はい、では新体制になって1日目の朝礼をはじめますよ。集合!」
伏見さんが立ち上がり、裏公務員の陰陽師達に告げた。
こうなりゃ仕方ない。累を魚彦に任せて二人の頭をひと撫でする。
「魚彦、累を頼む」
「応」
(累、いい子で待っててくれな)
(うん)
妃菜達と連れ立ってみんなの前に立ち並ぶ。今日は俺、鬼一さん、妃菜、伏見さんも神様を顕現している。大人数で並んでるもんだからみんなびっくりしてるなぁ。
一番背が高いのは暉人なのか。颯人とヒノカグチツが次点、その次が飛鳥かな。みんなでっかいなぁ。
「本日より陰陽師営業課の課長として、芦屋さん、補佐に鬼一、鈴村。専属あずかりとして私伏見が拝命を受けました。
今後はリーダーの三人から、折を見て皆さんの研修を行って頂きます。
まずは、毎朝の朝礼から。
芦屋課長、補佐は激務で殆どこの場にいらっしゃる事はありませんから、本日は見本をお見せします。毎朝皆さんで出来るだけ同じように行って下さい」
伏見さんがする説明を頷きながら聞いている人、訝しげな顔をしてる人、あからさまに嫌そうな顔をしてる人…いろんな表情を浮かべている陰陽師たち。
そういえばちゃんと全員揃ってるのは初めて見たな。こんなに居たのか…。
「では課長、一言お願いします」
「予定にない項目が早速あるんかい…」
『朝礼』と書かれた、伏見さんが用意したであろう紙に書いてないんですけど。
ウィンクで誤魔化そうとするんじゃないよ。目が細いんだからわかりずらいの。
仕方なく集まったみんなを見渡して、口を開く。
「えーと、皆さんおはようございます。俺はここに来てまだ一年経っていない若輩者ですが、毎朝の日課としてやっていることをお見せします。
最初からやりおおせるのは難しいとは思うけど…自分の力とバディである神様の力を引き出すためには必要だと思いますので、修練はして下さい」
(芦屋さん、キツめに言って良いんですよ?ミソッカスの達の尻を叩いて下さい)
(やだよめんどくさい。それに最初からキツく言ったら問題児がわからないだろ。教育するなら個人の区分化は必要だ)
(なるほど…やる気満々でしたか)
(ぐぬ…)
ふ、と微笑んだ伏見さんが脇にはけて、背中側にある神棚に向き合う。
今朝綺麗にしたばかりの神棚に榊が生けられ、朝日が降り注いでいる。
神棚を伏見さんのデスクから移動したなら、此処も禁煙にしなきゃダメだな。
元管理事務室を喫煙ブースにすりゃいいか…あとで提案しよう。
「芦屋さんのやり方を全部真似しろとは言いませんが挑戦はしてみて下さい。神を顕現し、祝詞が終わるまで維持できるのが最低ラインです。心して拝聴するように」
神棚の下に、チーム外の神様達がいそいそ集まって来た。
みんなキラキラした顔して俺をみてくる。こりゃみんな毎朝祝詞をしてないんだな。
神様へ一日の始まりの挨拶、言祝ぎ、感謝を述べる祝詞は毎朝すべきなのに。
「今朝は今までの全てを見せてやろう。そこの陰陽師、窓を開けよ。閉めたままだと割れる。真幸は覚えた祝詞を全部唱えてやれ」
「…マジで言ってる?」
「無論だ。五行を巡らせるのにまだ慣れていないだろう?練習しておかねばな」
「了解しました」
得意げな顔してる颯人、それに対してエリートチームは青い顔。
あっ、星野さん発見。ハテナマーク浮かべてる。星野さんは俺の朝練見てないからなぁ。…大丈夫かな。
しっかり腰を折って神々を拝し、その顔立ちを眺める。
あぁ…こんなにたくさんの神様が、俺たちを支えてくれている。助けてくれている。それに向き合わせてくれるのは嬉しいな…。
ジャケットを脱いで、袖を捲り上げ、背筋を伸ばして柏手を叩く。
黒いワイシャツも、そろそろ慣れてきたな。なんだか感慨深い。
まずは、ひふみ祝詞から。教わった祝詞をほとんどマスターしてはいるものの、ぶっ倒れるのは変わってない。今日は倒れないようにしたいけど。やってみよう。
基本の大祓祝詞、龍神祝詞、俺が好きな人の心、神様の心を伝える六根清浄祓、お稲荷さんは元気かな。伏見稲荷大社で唱えた、人の暮らしを思う秋の香りの稲荷祝詞…。
みんなの見本になるなら本気でやろう。言霊を目一杯こめ、謳いあげた。
━━━━━━
「はー、ちかれた」
「よい出来だったぞ。倒れずにも済んだしな…さて、魚彦以外は戻れ」
応、と答えてみんなが俺の中に戻ってくる。
祝詞で覚えてるものぜーんぶ唱えたもんだから、いつもの通り霊力はすっからかん。倒れはしなかったけど、結局颯人に抱き抱えられて高そうな椅子で日光浴してる。出勤前にもしてるから本日2度目だ。流石に疲れたな。
「…さてなぁ。こりゃ前途多難だぞ」
「流石に全員伸びるとは思わなんだ。情けない事じゃ」
「真幸が力を込めたのだ。我は予見していた。言葉でなく体に叩き込まねばならぬ」
「しゃーなし。これからだな」
デスクの海で椅子に座ってうめいてる人たちに、床に転がってる人たち。
妃菜と鬼一さんもデスクでズーン、ってなってる。
伏見さんも眉間を押さえてるし。
こうなるとは思ってたけど。相変わらずみんな当てられてる感じだ。
神様達が喜んでくれたのが唯一の救いかな。みんな嬉しそうにしてたし…誰が何の神様を戴いてるのか把握できたのもよかったな。
(そう言えば累は何ともないんだな)
(うん!気持ちよかった!)
膝の上で買ったばかりの可愛いワンピースを着た累がニコニコしてる。
精霊のおかげなのかな。祝詞に当てられずニコニコしてるのは、人間だとこの子だけだ。
(累はすごいなぁ。俺と同じ陰陽師になるか?)
(真幸といっしょ?やる!)
(ふふ、じゃあ一緒に練習しような)
(はぁい!)
頭を撫でると気持ちよさそうに目を瞑り、目尻が垂れてくる。
もちもちほっぺ、つるんとしたおでこ。ちょっと太めの眉毛が短いのもたまらん。
「かーわいいーなぁー。どうしてこんなに可愛いんだ。本当に可愛い。子供を目に入れても痛くないって本当だな。」
「流石に嫉妬するわい」
「気に食わん。我がばでぃだと言うのに」
「颯人はともかく魚彦まで珍しいな。累はすごいだろ?プロの人でもヘロヘロになるのにピンピンしてるし。才能あるんじゃないかと思うんだ」
「「ふん」」
「あーかわいい。累、かわいい。ワンピースもいいなぁ。今日はお洋服たくさん買って帰ろうな。傘とか、長靴とか…帽子も欲しいなぁ…」
「私もイライラするわ…」
「妃菜、気持ちで負けたらダメよ!ここは大人の女の余裕を見せるのよ!」
「くっ…せやかてあんなとろけて…腹立つやんかぁ」
誰が何と言おうと累は可愛いの!
小さい子は無条件で正義だ!ふんす!
「よし、落ち着きました。では累さんについての報告を。一応結界を張ります」
伏見さんがいち早く立ち直り、結界を張っているうちに鬼一さんも妃菜もシャッキリしてくる。
うむうむ、いい感じ。みんな頑張ってるんだな…思わずニヤけてしまう。
「では、まず結論から。累さんの情報は警察に一切ありません。狐が持ち帰った髪の毛で調べましたが、DNAも捜索願に出されている人にも該当なし。伏見ネットワークにも引っかかりませんでした」
「えっ」
「と言う事で、累さんは芦屋さんのところで当分預かっていただきたいんです。」
「そりゃ構わんけど…身元不明が確実って事?そんな事ある??」
「実際そうなんですから、他に言いようがありません」
伏見さんは目を合わせてこない。
はーん、何かあるなこれは。
意図して言わないのか、言えないのか…。でも、うん…俺は伏見さんを信じるって決めたんだからそうしよう。
「わかった。じゃあ累は俺が預かるよ」
何も言わず、何も聞かず了承して研修資料をまとめるためにノートパソコンを立ち上げる。
新しく支給されたパソコンは伏見さんが設定してくれて、すぐに見るべきものや後回しにしていいものが区分されて、常にネットワーク共有してくれてるんだ。
立ち上げと共に伏見稲荷大社のマークが表示され、自動で紫色の結界に包まれた。
凄いよなぁ、ハイテク陰陽師仕様。
ありがたやありがたや。
しばらく無言でパソコンを叩いてると、シャーッと椅子のキャスターを転がして伏見さんが近づいてきた。
「ん、どしたの?」
「…僕は芦屋さんを…裏切りません」
「わかってるよ。だから聞かないでいるでしょ?」
「はい」
腕におでこを押し付けてきた伏見さん。ちょっと落ち込んでるみたいだ。
「まだ話せないんだろ?今日は教育資料作成して明日の北海道に備えないと。初っ端から研修任せてすまんね」
「そんなのはいいんです。これからすごく忙しくなりますよ。
忘れないでください。僕は、僕たちはあなたが大切なんです。
僕がやることは芦屋さんのためを思ってやる事しかありません。」
「うん、わかってるよ。頼りにしてるから」
「はい…」
同僚の陰陽師達ようやく起き上がって、俺の腕にくっついた伏見さんにびっくりしてる。
妃菜と鬼一さんも俺たちをじっと眺めた後、パソコンを立ち上げてニヤけ出した。
「笑われてるぞ、伏見さん」
「ふん。別に…いいです」
「後ろの人たちも目が覚めてきてるよ」
「……チッ」
舌打ちした伏見さんが祝詞に当てられた人たちに機嫌悪く指示を出している。
「あれらの教育はどのようにするのだ?」
「んー、資料を見る感じだと俺の生活の基礎から始めて行く感じ。
朝のおはようから夜のおやすみまでの習慣をつけて、それぞれの霊力の上がり幅を見て、問題児の叩き出しからだな」
箸の上げ下げから呼吸法まで、よく見てたな伏見さん。あの人は一知れば十を知るの鑑みたいな人だ。とても優秀。
「問題児…か」
「真面目な人は放っておいても成長するだろ?問題は反発したり文句言ってきたりする人をどうするかだよ。俺は新人だし、教える修練はかなり細かいことばかりだからね」
「文句のう?実力も顕現して見せ、成績も常に共有されておるし、祝詞にやられているのに真幸に反抗するのか?人権というのは中々厄介じゃ。軍隊のように統率体系を作れば楽じゃろうに」
魚彦の考えは間違いじゃない。平安時代の中務では身分の差もあったし、自衛隊や警察みたいに組織体系として上司に逆らうなんてあり得ないと言う形を作って仕舞えば統率は楽ちんだ。
でも、そうだな…俺はそう言うのあんまり好きじゃないんだ。
上官が全部指示しなきゃならんのはめんどくさいし。
「俺は長が嫌いなんだよ、魚彦。めんどくさい。軍隊統率しちゃえば末端まで教育は滞りなく出来るけどさ。
ここの仕事は自分自身の心が基本だろ?
神様相手だし、出来ない人はできない。やらない人はやらないで区別するんだ。
ある意味俺のやり方の方が残酷だとは思う。ある程度教育して挽回のチャンスはあげるけど、やらないなら切り捨てる。俺は結構冷たい人なんだぞ」
ほー、と颯人と魚彦が呟く。
命をかけて戦って、神様と人を救おうってんだからさ。仕事が難しいんだから教育するならビシバシやらんと。
数少ない陰陽師を、辞めさせる事にならないようにはしたいが。
「真幸はこう、あれだな。線引きが厳しい感じなんだな本当は」
「ほんまやな。でもこうでもしなきゃこの先やってられんしええやん」
「ふふ。そうだなぁ。やる気云々でまずは振り落としかなぁ。自由を愛するなら結果が伴わないと。結果が出せる人は何も言わなくても通じ合うだろ?
結果も出せず、こちらの提案も聞かないならここにいる意味がないし。そう言う人は有事の時足枷になるし、さよならするしかないな」
はー、なるほど…とパソコン越しに返答が返ってくる。そこまでにならないといいなとは思うし、そうできる余裕があるならいいなとも思う。
仕事だけで収まらない陰陽師の修練は、その人の人生を変えるだろうし。そこまでの覚悟が俺も持てているのかはわからん。
(真幸、お昼ご飯まだー?)
パソコンを放り出して、膝の上でじっと目線を送ってくる累と目を合わせる。
(まだ時間がかかるなぁ、今日はお弁当あるんだよ)
(お弁当ってなあに?)
(お昼ご飯をお家から持ってきたんだ。お昼は12時からだけどお腹すいた?)
(12時?)
壁にかかった時計を指差す。…あの時計、鬼一さんの刀が刺さった壁の横にあるから…ちょっと気まずいな。
あとでこっそり直すか…。
(あの針がてっぺんに二本揃ったら食べられる。待てないならお菓子あるぞ)
(んーん、いい。真幸のおべんと、たべる。待ってる。)
お腹にむぎゅり、と抱きついてきた累の頭を撫でてほわほわあったかい気持ちになってくる。
あーかわいい。癒される。デスクワークも悪くない。しあわせ。
「……ぬー、あかん、これはあかんで…」
「真幸の厳しいってやつが本当なのかわかららなくなる光景だな」
鬼一さんと妃菜のなんとも言えない視線を受けながら、むふむふとパソコンに向かい昼時を待つことにした。
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