第35話 国護結界を繋ぐ@千葉県 その3


『芦屋さん、そろそろお祓いしましょう』

「伏見さん…そう言う話じゃないよ…」


 いや、うん。伏見さんには星野さんの目の呪も伝えてあるしな。お祓いはしよう。自分でやればいいと思うし。

 最近こう言うやりとり多くなってきた気がする…伏見さんもしかして気を遣ってるのかこれは…?


 

 

『冗談はここまでにして、迷い子は警察と連携して調べてみます。私と鬼一は千本ノックで動けないので、一旦預かっていただけますか?』

 

「冗談なんかい!いいけど直接警察に行くべきじゃない?」

 

『いえ、少し調べたいことがあります。流石に十二の命を持つ毛玉になる子供を届け出て、おしまいにするのは問題です。後で本人の写真を送付してください』

「アッ、ハイ…」


 突っ込まれてしまった!

 確かにそうだ。これはうちの仕事の範疇っぽい。

 

 

『芦屋さん、要石の社をお忘れなく』

「はっ…!!わ、忘れてないよ!?言われなくてもちゃんとするから!!」


『その反応は忘れてましたね。明日出勤したらお話しましょう。では』

「ハイ」



 

 通話を切って、苦い心持ちになる。

 二段階で突っ込まれた。くぅ。

毎回波乱があるせいだ。俺がうっかりさんなんじゃない。…多分。


「真幸はうっかり八兵衛だな」

「暉人!言っちゃダメだろそれっ!」


 暉人が戻ってきながらケラケラ笑い、俺の背後に目線を移して起きたぞ、と呟く。

 ドヨンとした空気を背負ったフツヌシノオオカミがペタペタ歩いて来た。

 


 


「フツヌシノオオカミ…わかってるよな。初対面で悪いけど、正座。」

「は、はい」


 女の子を抱いたまま立ち上がり、トメさんの前に正座で座らせる。

フツヌシノオオカミもでっかい体してるな。ちょび髭を生やして、モジャモジャの太い眉毛を下げてしょんぼりしてる。

 立派な着物を着てるから正座は申し訳ないけど、今回の原因はフツヌシノオオカミだからな。


 

 

「トメさんは山葡萄採りに来て、たまたまこの子を助けてくれただけだった。なんか言うことあるだろ」

「…すまん」

 

「人助けして頭ごなしに怒られて、怖い思いしたトメさんにその言い種か?」


 トメさんとフツヌシノオオカミの間に座り、厳つい顔を睨みつける。

ちゃんと礼を取れ。日本の天津神で国譲りの使者だったんだろ。できるはずだ。


 眉毛をもにもに動かしながら大きな体を折って、フツヌシノオオカミが頭を下げる。



 

「誠に申し訳ない事をしました。人の子を助けてくれたとは知らず、乱暴をしてすみません」


「神が頭を下げるのか、ババに」

 

「トメさん。いけないことしたら謝るのが普通なの。神様でも妖怪でも人間でもそこはおんなじだ」


 はぁ、と呆気に取られたトメさんがニコッと微笑む。


 

 

「ええ、ええ。ババもカッとなった。悪かったな、フツヌシノオオカミ」

「許してくれるか」

 

「許そう。こんなことは初めてだ。ババは人生の上で今ほど驚いたことはない!おかしいのう。わはは!」


 トメさん、膝を打ってケラケラ笑ってる。快達な人だったんだな。笑ってるほうがいいよ。



 

「はぁ…ババはまた一人だが、仕方ない。子を頼む」

「うん。トメさんちのお酒ができたら遊びに行くからね」

 

「そうしておくれ。ババはたくさん葡萄をとって家に帰る。会いに来る者がおるのはええな…。真幸、手をよこせ」


 トメさんが何かを手のひらに置いて、ギュッと握らせてくる。

あー、なんかこれー触った事あるぞぉー。すーごく身に覚えのある感触だな。

妖怪さんも勾玉あるんかい。


 

 

「ババは妖怪に顔が利く。持っていればお前の助けになれるし、ババも寂しくない。酒ができたらこれを使って家に来な」

 

「おーう、これは…断れないなぁ…」

「捨てたら呪うぞ?ちゃーんと持っておけ」

「わかったよ」

 

 トメさんが立ち上がり、河に向かって歩いて行く。

 冷たい気温が太陽によって温められ、風の中に熱がこもる。これだけあったかければ風邪も引かずに済みそうだ。

 


「真幸、ありがとう…楽しかった。遊びに来るのを待っとるからな、またな」

「うん、必ず行くよ。またねトメさん」

 


 笑顔のトメさんが河に飛び込み、深く潜って消えて行く。


 

 手の中に残された勾玉はくすみピンク。

 トメさん、魂まで可愛い色だな。

 勾玉を握り締め、手の中の少女をギュッと抱きしめた。


 ━━━━━━



 

「社の建立、お見事でした」

「いやぁ、照れるなぁ…着物まで貸してもらってすみません」

「いえ、真幸様は着物姿が凛々しいですね…よくお似合いです」


 現時刻 16:40。すいません、建立マジで手間取った。

 フツヌシノオオカミは俺が怒ったから萎縮しちゃって。散々ヨシヨシしてほわぁ、ってなるまでに時間かかったんだ。

 初っ端正座で反省させたからな…ごめんて。


 

 香取神宮の社務所で冷たいアイスコーヒーをいただきながら、はー、とため息をつく。

暉人と颯人も暑そうだ。氷を入れた袋を頭に乗せてポヤポヤしてる。

妃菜も星野さんもだる暑さにやられて頬が赤い。

 

 俺は膝の上に小さいサイズの巫女服を着せてもらった女の子を抱え、自分も宮司さんの服を着せてもらって、フツヌシノオオカミに抱きつかれてる。

 あっっっついんだが。


 

 

「すまぬ…すまぬ…」

「フツヌシノオオカミ…もう大丈夫だって言ったろ?一柱でここを支えて、この子が心配で焦っちゃったんだよな。暉人みたいに猪突猛進なんだろ。…きつい言い方してごめん」

 

「ちがうのだ…わしが悪い。猪突猛進はそうやも知れぬが。

 真幸がくると知らせが来て、浮かれていた。稀有な人が来るのに何かあってはならん、と飛び出してカッとなった」


「そうか…俺の方こそ気負わせて済まなかったな。この子はちゃんと預かるし、トメさんとも縁ができたし、要石の社も補強できたし…結果としてはとても良かったよ。気にすんな」



 ぽんぽん頭を叩いてやると、フツヌシノオオカミがうっとりした顔してる。

 暉人と言い、ヒノカグツチといい、でっかい神様はなんでこう可愛い属性なんだろう?撫でられるの好きだな。

 フツヌシノオオカミがヘロヘロしてるから羽田さんがソワソワしっぱなし。

 心配かけてしまったかなぁ…。


 

 

「フツヌシノオオカミ様は…毎朝の会話とだいぶ印象が違いますわ」

「そうなんですか?絵巻と同じ姿じゃないです?」

 

「見た目はそうですけど…しおしおしていて…気弱そうで…可愛いな、と」

「……oh…」


 羽田さん、顔が赤いです。

 そ、そう言う空気はちょっと遠慮したいな。うん。

 


 

「颯人様、ワシも勾玉を捧げたいのだが」

 

「……じとぉ」

 

「颯人!そんな目で見るな!フツヌシノオオカミは何言ってんの!?俺もう多分無理だよ。何柱抱えてると思ってんのさ。ここはフツヌシノオオカミしかいないんだから留守にはできないだろ?」

 

「トメさんみたいに持っていればよい。勾玉が繋がってさえいれば力になれる。

 お主がトメさんに成した行いを見た。尊い命だ。傍にはべりたい」


「うーん、うーん、うーん…」


 なんで毎回こうなの?勾玉をくれるのって珍しい事じゃなかったっけ???

 茨城県以降こんなのばっかなんだけど。


 

 

「颯人、どう思う?」

「よい。勾玉は飲めぬが、持てば真幸の助けになる。仕方あるまい」

 

「えー、そこはならぬって言うんじゃないのかー」

「…風向きが良くないのだ。保険はいくつあってもよい」


 アイスコーヒーを片手に颯人が眉間に皺を寄せてる。

 おー?風向きが悪い…ふーむ。


 


「…本当にいいんだな?契約もせずに勾玉だけ俺が持つことになるんだぞ?」

「よい。お主に持っていて欲しい」

 

「ぬー、わかった…ありがたく預かります」


 フツヌシノオオカミが俺の手に勾玉を握らせる。黄緑色の勾玉。彼の絵姿の鎧の色だ。勾玉コレクターになるんじゃないのか俺は。背筋が寒くなるな。


 


「さて、これで一件落着かな。この子のこともちゃんと調べてみないとだし、一旦家に帰ろう。明日伏見さんから報告聞かないと」

「そうだな、帰るとしよう」


 立ちあがろうとすると、腕の中から服を引っ張られる。

女の子がじっと見つめて、口を動かす。

むー、うー、わからん…。


 

「颯人、わかるか?」

「…わからぬ」

「暉人は?フツヌシノオオカミは?」

「「わからん」」


 んー、困ったな…綺麗な瞳に涙が溜まって来てしまった。


(通じるかな…どした?)

 ヤケクソで念通話をしてみる。聞こえはしても返事は無理かな…。


 

(あっ!)

(おお?驚いたな…念通話できるのか)

(うん、おなかすいた!) 

 

(そっか、そう言えば俺たちもまだ食べてなかったな…参道の手前にお団子屋さんがあったから、そこで食べようか)

(食べる!!)


 念通話ができて、その身に聖霊を十二人?抱えてる子。

 出自が不明で親がいない。

 俺たちちょっと似てるな?


 

 

「転移はこの子の体が心配だし、参道の手前でお団子食べて電車で帰ろう」

「そうだな。だんご!…俺も食いたい」

 

「暉人は控えめにするならいいぞ。あんまり食べすぎると、だんご屋さんが困るから加減してくれよ」

「やったぜ!!!ヒャッホウ!!」


 ウキウキした暉人が飛び上がり、みんなで笑ってそれを眺めた。


 ━━━━━━



「さて、じゃあ…フツヌシノオオカミ、羽田さん。お世話になりました。着物は後で送りますね」

 

「お気になさらず。ぜひ、またおいでください」

 

「…真幸、お主の行先に幸あれと願っている。無理をせず、自分を大切にしてくれ」

 

「ありがとな、また会いにくるよ」

 

 フツヌシノオオカミが手を差し出してくる。大きな手を握り、お互い笑みを交わして歩き出した。



 

 ふと、暑い夏風の中に…春の匂いが混じってくる。

びっくりして振り向くと、二の鳥居の奥、参道の桜が満開に咲き誇っていた。


「な、何が起きた!?」


 桜の花が舞い散り、爽やかな春風が身を包む。

 ハテナマークを浮かべたフツヌシノオオカミと、羽田さんの後ろ。

鳥居の下にたくさんの偉人達が立ち並んでいる。


 

 

 教科書で見たことがある、歴史上に名を残した人たちばかりだ。

 

 甲冑を着ている人、袈裟を着ている人、スーツを着ている人に上下かみしもを着てる人。

 そうか、みんなここで決意を固めたんだな。香取神宮は勝負事や決意するために詣でる場所だと羽田さんが言ってた。

日本の歴史に関わってきた人たちの、勁い視線が体に刺さってくる。


 覚悟を決めろ、ってことか。

 


 姿勢を正し、しっかり腰を折って頭を下げる。

 

 俺が、あなたたちの意思を継ぎます。

 大仰なことは言えないけどさ。

 俺が大切な人たちが暮らす場所を、きっと護ってみせるから、見守っててください。

 


 頭を上げると、桜が消え、元の緑の森に戻っていた。

またここに来るよ。そしたら、みんなで話をしよう。麻多智さんみたいに…きっとできるはずだ。

 昔の話を、記録に残らなかった人たちの話を、沢山聞かせてもらおう。


 


「真幸は、英霊寄せパンダ確定やな。あんなにぎょうさんの偉人があんたを見てるんや。私も覚悟決めたわ」

 

「何となく芦屋さんがやろうとしていることがわかりました。…私も手伝えるように、頑張ります」

 

「二人がそう言ってくれると俺も嬉しいよ。…さ、行こう。」


 

 

 羽田さん達に手を振って、歩き出す。

 胸元に入れた勾玉の感触と桜の香りを感じ、強い風に背中を押されて思わず微笑んだ。



 ━━━━━━


 


 カタコト、カタコト…電車の走る音。

 颯人と暉人の顕現を解いて、電車に揺られて帰路に着く。


 成田線に乗り込んで、みんな並んで座ってる。俺たち以外誰もいない。千葉の旅もこれで終わりだな。

 夕陽に染まるのどかな田園風景を眺めながら、ぼーっと思考の海に潜り込む。


 

 国護結界は鹿島神宮、素盞嗚神社、伏見稲荷、大村神社、ククノチさんの引っ張りで北海道の樽前山神社、香取神宮にも繋げた。

 北海道にもちゃんと行かなきゃならんかな…あとは総本山である伊勢神宮、出雲大社…沖縄もやらないとだ。

神様が多くいる九州にも行かないとならないかもしれない。


 

(とりあえず歪ではあるが五箇所繋ぎ、結界として発動はしている。しばらく大きな天変地異は起きぬだろう)

 

(そうじゃな。真幸が社を建てねば繋がりが薄い。北海道には行くべきじゃろうが)

 

(伊勢はやめとけ。アレが出てくるからヤベェ)

(せやな、まだあかんわ。出雲もまだええやろ)

 

(伏見に決めて貰えばいいじゃろ?故郷の北海道も楽しみじゃわい)



 

 みんながそう言うなら、伊勢はやめときたい。俺もそうそうあんな大騒ぎを起こしたくないし。

 はー、東京まであと2時間くらいか…。

 

 女の子を抱えたまま目を合わせる。

 

(そう言えば、君は名前なんて言うんだ?)

かさね

(お、素敵な名前だな…)


 かさねがこてん、と首を落とす。寝ちゃったか。


 

 かさねの頭を胸に乗せて目を閉じる。んー、眠い…。

クーラーが効いてるから車内は結構冷えてるんだけど、子供特有の高い体温があったかくて。

着物を着てるからそれもあるかな。

電車の揺れが余計に眠気を加速する。気持ちいいな…。


 

 

「真幸、寝たんかな?」

「そのようです。お疲れでしょうね。子供を抱えて…まるで母のようではありませんか…」

 

「ほんまやな。真幸は子供の扱いやら、年寄りの扱いやら、犬の扱いやら…なんであんな平気でやるんやろ」


 む、妃菜と星野さんが話し出したぞ。

 寝てませんとか言えない雰囲気。

 静かにしとこ。


 


「あの、芦屋さんと何かありました?」

「あん?あぁ、星野さんと真逆のことを起こしたんよ。フラれたわ」

「えっ!?え…鈴村さんいつの間に?」


 妃菜がため息をついてる。

…い、居た堪れない!!狸寝入り決定だ。俺は寝てるぞ。

 

 


「茨城に行って、好きになったんよ。星野さんが彼女できた日に我慢できなくて言ってしまったの。

 無駄に傷つけてしまうとわかってたけど、我慢できなくて…。

 真幸は優しいし、尊いし。穏やかなのにぶちギレると怖いし、心が強いし…あったかい人や。おまけに色っぽいやろ?」

 

「…たしかに、色っぽいです」


 なんで同意してるんだ星野さん。

 なんなんだ色っぽいって。


 

「髪を切ったのはそれが理由ですか」

「まぁな。気分転換や。真幸の顔見た?気まずい顔して…たまらんやろ」

 

「いい趣味とは言えませんよ。彼の優しさをそんな風にしないでください」


「ん、そやな。でも…私は失恋したから切ったんちゃう。決意の証や。

 私は、真幸の同僚としてエリートチームに配属になる。伏見さんが『あずかり』になるんやから」


 

「お聞きしましたよ。昇進おめでとうございます」


「ありがとうさん。…何もかもが真幸がくれたもんや。私は恩を返さないかん。

 星野さんが裏切ったら…私は迷いなくあんたを殺すからな。覚悟しとき」

 

「…穏やかじゃないですね。私だって芦屋さんの味方ですよ。言われなくても裏切る事などあり得ません」


「あんたがそう思ってても、ならんようになるかも知れへん。私は真幸を守るって決めたんや。とにかく、裏切りは許さんで」

 

「何か…事情があるんですね。分かりました。肝に銘じます」


 ふん、と鼻息を荒く落とした妃菜がそろそろと近づいて来た。累を抱いた俺の手をそっと撫でる。


 


「優しい手やな…この手が傷ついてもみんなを救うあんたに、惚れない人がおるんかな。私が必ず守るからな。長生きしてや。ずっと一緒やで」

 

「私は何も見てません」

「空気読めるようになったんか?ええ事やな」


 俺の肩にサラサラ妃菜の髪が触れて、首に妃菜の吐息がかかる。くすぐったい。


 

 

「一緒におられるのが幸せなんよ。せやから、気にせんでゆっくり寝てええからな」


 

 バレてる。狸寝入りが。飛鳥のせいだ。

 うう!もう!!

 ヤケクソだ。本当に寝てやる!!!


 ぎゅっと目を瞑り、妃菜の吐息を聞きながら、無理やり意識を飛ばして眠りについた。


 

 

 

 

 

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