第33話 国護結界を繋ぐ@千葉県その1



 現時刻 9:30。昨晩遅くに帰宅して、千葉県香取市の香取神宮にやってきました。ここ…すーーーんごい広い。

 さすがは神宮と言ったところだな。今日もスマホの万歩計メーターはギュンギュン高い数値を叩き出している。

ふ、俺もすっかり健脚になったぜぃ。


 

 

「と言う事でおはようございます」

「何がやねん。星野さん元気やった?」

「元気ですよ。お二人とも…随分変わりましたね…」


 星野さんは別の任務で千葉に来ていたらしく、タクシーでやってきて二の鳥居に集合したんだ。

 相変わらずの丸メガネをつけて、優しげな感じ。星野さんは変わらないな、ホッとするよ。


 

 俺は髪の毛縛ってるだけなんだけど、そんなに変わったように見える?

黒いシャツに戻った妃菜は、ジャケット脱いで汗を拭いてる。

 

 今日は珍しく夏日和。なかなかの暑さで日差しが強め。

 というか、そろそろ現実を見よう…妃菜が昨日まで長かった髪の毛をバッサリ切って、肩上で髪がふわふわ揺れてる。

 似合ってるよ?似合ってるけど…アー、えーと、やはり今日も気まずい…。陰陽師は切ったらダメだぞなんて言える雰囲気じゃない。


 


「星野は眼鏡男子君なのねぇ」

「そやで、星野さん、私のバディ!飛鳥大神や」

「そう言う物語がありましたね。ポケットに恋人を入れて…」

 

「え?ナニそれ知らん。飛鳥は乙女同盟なんよ。仲ようしてや」

「くっ、ジェネレーションギャップ…。

 はて、飛鳥大神は男神おのかみではありませんでしたか?」


 あっ、星野さん!それ言っちゃダメなやつ!!あぁー…飛鳥大神が舌打ちしてる…。


 

「アタシ眼鏡くん嫌いだわ〜」

「流石にフォローできんわ、ごめんな星野さん」

 

「何が何だかわかりませんが…やらかしたようですね…すみません。芦屋さんも颯人様もお元気そうですね…」

「元気は元気だよ…うん」

「しょもん…」

 

 星野さんがしょんぼりしてしまった…。

 飛鳥おっきいからな…ムキムキだし。こういうのは先に言うべきだった!くっ。


 


「星野、飛鳥は気にせずともよい。伏見から目的は聞いたか」

「はい…お聞きしました。特定の神社に社を建てよ、と芦屋さんに神命が降ったとか…」


 

 はい、聞いてません!!!!伏見さんも先に言ってくれよぉ…。

まぁでも、そう言う感じね。理解した。

颯人が聞いてくれて助かったよ。

秘密結社の話は星野さんにできないからな。

 伏見さんと鬼一さんは今、伏見稲荷大社で耐震鳥居への作り替え千本ノックしてるところだろう。

後で苦情を入れたいけど、俺も星野さんにやらかしたからなんも言えない。



 

(真幸、星野さんちょっとおかしいな)

 えっ…?そうなの?


 妃菜が眉を顰めて星野さんをじっと見てる。俺も一緒の仕事は二度目だから、何とも言えないけど。


(気配がおかしいんよ。本人の問題なやなそう。なんかな、目がついてる)

(目???何だそりゃ)

(監視の目がついているようだ。誰かが我らの動向に注視し始めた、と言う事だろう)


 

 あぁ、そうか…。俺の仕事を監視させようって感じなのかな。

 正確な目的はわからないし、見た感じ星野さん自身は何も知らなさそうだ。

そして監視の目、と言うのが俺にもじわじわ見え始めた。

 星野さんの背後に大きな目だけが二つぼうっと浮かんでいる。

目の色はくすんだ青、白眼の部分はかなり血走っていて生々しくてギョロギョロしてる。陰陽師の術か?


 


(颯人、どうする?)

(ここは香取の庭。香取神宮の主は経津主大神フツヌシノオオカミだ。暉人に伺わせよう)

(そうか、国を平定した二柱だもんな、暉人…頼めるか?)

(応!任せとけ)


 す、と暉人が離れていく気配を感じながらぽやぽや微笑む星野さんを見つめる。

 お兄さんが敵側にいるって言ってたな…こう言うことが起きるのか。

こんなふうに弟を使うなんて…。


 

 

「芦屋さん、まずは参拝ですか?」

「あ、あぁ。そうだな。星野さんちゃんと朝ごはん食べたか?なんかぽやぽやしてない?」

「あっ!わかっちゃいました??えへへ…」

「えっ!?何その反応??何かあった?」

 


 星野さんがもじもじしながら、耳打ちしてくる。

 

「実は…彼女ができたんです」

「はっ!?え??なに!!!いつの間に??誰??」

 

「芦屋さん達が京都に行った翌日あたりですかね。私のあずかりの方に告白されました」

 

「アッーハイ、ナルホド」

「月の綺麗な夜に…とってもロマンチックでしたね…」

「ソ、ソウダネ、キレイな月夜ダッタネ」


 俺が妃菜の告白をお断りした日に、星野さんは彼女ができたと言う事ですね。

くっ…俺の古傷が疼くぜぃ。古くはないか。それに傷ついたのは俺じゃないし…。

 


 

 

「ほーん、彼女ねぇ?星野さんなんや知らんけどやたらモテるな」

「なっ!?聞こえてたんですか鈴村さん!」

 

「私は飛鳥のおかげで目も耳もようなってるんで。さえずりでもぜーんぶ聞こえるで。せいぜい気ぃつけてや。はんっ!」

「な、何か当たりが強くありませんか…」

 

 …気まずいの極みであります。隊長!ごめんよ、星野さん…。



 

「おしゃべりはそこまでにして参拝だ」

「はい、そうしましょう。颯人さんの言う通り今すぐに行きましょう」

「芦屋さんどうしたんです?そんな早足だと持ちませんよ。ここは緩やかですが坂道です」

 

「ソ、ソウダネ」


 気まずさを抱えたまま大きな朱塗りの二の鳥居に頭を下げて潜り抜け、表参道を歩いていく。


 


「ねぇ見て!ここも石灯籠がハートよ!」

「ほんまや!かわゆー。あ、鹿のもあるで!」


 乙女達は可愛い灯篭に夢中みたいだ。

 玉砂利の敷かれた広い参道は道端に大きな石灯籠を並べて、大きな森を抱えている。

 桜、紅葉の木がたくさんある。これは春先も秋もキレイな所だろうな。

緑の季節も気持ちいい。緑の香りに包まれて熱い日差しの中、森を通して冷たい風が吹いてくる。


 

 ここ香取神宮は歴史が古く、この神宮自体を祀る社があるほど格式が高い。

紀元前643年、神武天皇の御代十八年。二千七百年ほど前に創建されている。

神武天皇は第一代の天皇…すごくないか??

 平安時代の神社の名前を連ねた延喜式神名帳えんぎしきじんめいちょうの記載に『神宮』とあったのは伊勢神宮、香取神宮、先日訪ねた鹿島神宮の三つだけだった。


 表参道は戦時中に新しく作られた道だが、玉砂利を踏むたびにここを訪ねてきた人たちの囁きが聞こえてくるようだ。

 歴史に名高い神宮…ここの神職さんはどんな人なのかな。

鹿島神宮のおじいちゃん達はかなり厳し目だったからなぁ。打ち解けるのにちょっと苦労したんだ。

 


 

 ここの主祭神はさっき颯人が言っていたフツヌシノオオカミ一柱のみ。

 天に生まれた天津神が、地上に生まれた国津神に…ウチらが統治するんでヨロピコ⭐︎と強請ゆすった国譲り神話が元の神様なんだ。

国津神はよく譲ったよな、手塩にかけて育てた日本なのに。どういう心境なんだろう。産んだ神様側に戻すのが義理なのか?

 

 フツヌシノオオカミと暉人…タケミカヅチノミコトは二柱でアマテラスの指令を伝えて平定を成したと言われてる。

多分、仲良しなんだろう。そして改めて暉人がすごい神様なんだと実感してしまう。


 

 ちょっと面白いのはアマテラスがその強請をかける前に、偵察に送った天津神が居たんだけど。何やかんや国津神に絆されちゃって仕事しなかったらしい。

ミイラ取りがミイラになるってヤツ。

 本当に日本神話って人間臭いよな。


 表参道を抜けると、三つ目の鳥居…石の鳥居が見えてくる。

その奥には伏見稲荷大社みたいな朱塗りの門。総門だ。

階段を登って総門をくぐると手水舎があり、みんなで手を潔めてから楼門へ向かう。



 

 楼門手前に小さめの桜がある。

老木だけど根張りを制限して大きくならないようにしてるみたいだ。

青葉が揺れる桜の木下ぼくかで、杖をついたおじいちゃんがじっとこちらを見つめていた。


「あれ?神宮の人かな?」

「なんや、めちゃ見られとるな」

「あれは英霊だ。真幸を見にきたのだ」


 な、なんで?英霊?

 どちら様??


 カッ、カッ、カー!と大きな声で笑ったおじいちゃんがふっ、と姿を消す。

おぉ…ホントに見にきただけか。

 立派なお髭だったなぁ。誰だったんだろう…。


「水戸の老公だ」

「水戸の老公?…あっ!?黄門様??」

「そないな有名人にギャラリーされるんか、真幸は」

「俺は英霊寄せパンダじゃないもん」


 頓珍漢なやり取りをしていると、赤い袴姿の巫女さんが奥から静々と歩いてくる。



 

(戻ったぞ。フツヌシノオオカミが参拝ついでに目の呪をぶちのめすってよ。巫女が先導してくれる)

(おかえり、暉人。了解していいのかそれ)

(いいだろ別に。あんな物あっても碌なことにならねぇ。参拝で消えたことにすりゃいい。そうだろ?大将)

(あぁ。今日は魚彦ではなく暉人を顕現しておこう。一波乱ありそうだ)


 奥の真っ黒な拝殿を眺めつつ颯人が眉を顰めている。

一波乱か。そろそろ本当にお祓いしようかな。


「暉人」

「応」

 


 暉人を顕現したら…すんごい笑顔だなー。嬉しいのかー、そうかー。俺は何が起こるのかわかんなくて怖いよー。

 ため息をつきつつ楼門をくぐり、微笑む巫女さんに迎えられて…渋い見た目の荘厳な拝殿に向かった。


 ━━━━━━



「真幸様、颯人様…暉人様、そして裏公務員の皆様、よくおいでくださいました。

 香取神宮責任者の羽田と申します。

稀代の陰陽師殿と名だたる神様をお迎えでき、とても嬉しいですわ」

 

「初めまして羽田さん、稀代はヤメテ。若いのにお偉いさんなんですね。凄いや…」


 俺たちと同じくスーツに身を包んだ細身の女性が微笑み、頭をフリフリ…んん?


 

「私はすでに齢60を超えておりますよ。神社本庁の方達には『妖怪』と言われておりますの。うふふ…」

「え…えっ!?…え????」


 頭の中がハテナで埋め尽くされる。

お肌プルプルしてるし、髪の毛ツヤツヤだし、妃菜と見た目があまり変わらないんだけど??

颯人も暉人も珍しくポカーンとしてる。



 

「いくらなんでも若すぎるやろ!?どう見ても私と同じくらいやん!」

「凄いわ…アタシにも秘訣を教えて!!」


 乙女同盟二人に抱きつかれて、コロコロ笑う羽田さん。どうなってるんだ!?

飛鳥は神様なんだから老けないと思うけど…秘訣を聞きたいのか。


 

「きっとお勤めをされる、純粋な心持ちがお顔に顕れているのでしょうね、清らかな笑顔が天女様のようですよ。」

「まぁ…ありがとうございます…」


 羽田さんが星野さんの言葉に頬を染める。星野さん、そう言うキャラなの?何でそんなすごい殺し文句スラスラ出てくるの?


 

 

「なるほど。アレはモテるわ」

「ふん。メガネ小僧が生意気よ」


 乙女同盟には通じないんだな。

 怖い顔して星野さんを睨んでる。



 睨まれてる星野さんはと言えば、拝殿で柏手を打ったと同時に目の呪いが消えた。

言葉通り、ぶちのめしたんだとは思う。

ものすごい悲鳴が聞こえてたし。

 さて、一波乱はどこ?そしてぶちのめしてくれたフツヌシノオオカミはどこ???


 案内してくれてる羽田さんは拝殿の奥の本殿には行かず、脇に回って…でっかい三本杉の木の前に立ち止まる。


 

「真幸様、こちらに祈りを捧げてからフツヌシノオオカミとお顔合わせをお願いします」

「ほ?ええと…はい」


 立派な霊木になった杉の木。

 真ん中が樹洞じゅどうになっえ、左右に分かれた大きな幹は天まで届くように上空へ伸びている。


 

 

源頼義みなもとのよりよしさんだっけな…三本に分かれろって言ったのは」

「そうですわ。自分の願いが叶うならそうせよ、と仰られてこのようになりました。

 ここ香取神宮は勝負運をつけますの。

 何か物事を決める時、そして決意する時に詣でる場所なのです」


 長い黒髪を肩に流し、凛々しい眼差しで見てくる羽田さん。

伏見さんから話を聞いているみたいだ。

 そう言う事なら早速祈りを捧げましょう。


 柏手を打ち、頭を下げた瞬間に足元から電流が走る。頭を…上げられない。

誰かに押さえつけられているようだ。


 


「真幸…どうした」

「頭が上がらない…」

「…しばし待とう。悪しきものではない」


 頭を下げたままの俺を見て、みんなが固まってる。

ふと、体の中の勾玉が熱を持ち始めた。

神力が勝手にぐるぐる回り、身体中に熱が産出される。

 

「試されてるみてぇだ。真幸、耐えろ」

「そのようだな。膝を折らぬように」

「わーお、まじかー」


 暉人と颯人に言われて冷や汗が吹き出す。

頭の上から押さえつけられて、今にも膝が崩れそうだ。

 誰が俺を試してる?何のために?


 


 目を瞑り、ただその重みを受け止める。もしかして、心配してくれてるのか?

こんな事するのは神様しかいないもんな。

 頭を抑えられていると思ったが…まるで大きな手で撫でられているような気持ちになってくる。

頭に触れ、ほおに触れた何かが顎を引き上げ、俺の姿勢を直して背中を叩かれる。


「いてっ」


 もう。乱暴だな…。気合いを入れろって事?思わず笑ってしまう。

体がポカポカして、手の先まであたたかくなった。じっと杉のウロを見つめているとそこに小さな男の子が姿を現した。


「お前、そんなに弱いのに大丈夫なのか」

 

 小さな声、心底心配しているようなその声色に微笑みを返す。

声が出ないんだ。


 


 

「心配だな、何でも背負いすぎだろう」


 そうかな。そうかもしれないな。

 でも、俺はそれでもいいと思ってるよ。

心配してくれてたんだな。ありがとう。

 

「ふん。そうだ。心配だから、ちょっと見守ってやる。颯人じゃ心持ない」


 そうか?颯人は強いし…いつもちゃんと守ってくれるよ。


 

 

「違う。お前は、お前のその足で立て。颯人に並び立つようになれ。心の向きを変えろ」


 眉を顰めた童子が足元にひっついてきて、顔をゴシゴシ押し付けてくる。

かわいいな…誰なんだ?


「名は明かさぬぞ、お前の毒になる。だからそばにいる。お前を見つめ続け、尻を叩いてやろうぞ」


 そうか、わかった。よろしく頼むよ。


 ふ、と微笑んだ童子が消え、パチンと誰かに両頬を抑えられた。


 


「いひゃい」

「しっかりしろ!大丈夫か…ぼーっとしやがって…」


 目の前に暉人がいて、俺の顔を覗き込んでる。

大きな手のひらが正気に戻してくれたようだ。しかし、痛い。


 

「痛いよ、暉人…何だかわからんがしゃんとしろって怒られたみたいだ」

 

「そうなのか?いやしかし…ここはフツヌシノオオカミしかいねぇ筈だが。変なものに何かされたんじゃねぇのか?」

 

「んー、わかんないけど…尻を叩いてやるってさ」


 心配そうにしてる暉人。その脇でふん、と颯人が鼻息を荒く落とす。



 

「妖怪か、フツヌシノオオカミの荒御魂だろう。真幸の中にはもう入れぬからな。口約束で取憑きでもしたな」

「あいつならやりそうだな…とりあえず行こうぜ、なんか困った事になってるみてぇだ」


 暉人ぉ…またそのパターンなの?

 まさか勾玉出てこないよな??

 

 

「でねぇ…といいな。さっさと行くぞ。羽田と妃菜達は先に転移させてるぜ」

「えっ?転移?そんなに遠いところに居るのか?」

 

津宮鳥居つみやとりい、昔の香取神宮一の鳥居だ。何者かがそこに打ち上げられて、それをフツヌシノオオカミが確かめていたらしい」

「わー、なるほど一波乱」

「そういうこった。んじゃ行こうぜ」


 すりすり暉人にほおを撫でられ、不機嫌な顔になった颯人に苦笑いしながら口を開く。

 


「颯人、頼む」

「…応」


 むぎゅり、と抱きつかれて颯人にもすりつかれながら目を閉じた。


 



 

 



 

 

 

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