第32話 国護結界を繋ぐ@三重県 その3


「勾玉を飲むと同時に契約かのう?」

「そうだな、身体の消耗が激しい故それしかあるまい。ヒノカグツチは加減が効かぬな」


「申し訳ありません…」

「颯人様、いいんです。俺が未熟なせいですから」

「…鬼一はよい貌になった。ばっちかったのに」


「颯人!やめなさいそう言うの!」

「…はは、あの頃は不精してたんです。すいません」


 鬼一さんが頭をぽりぽりしながらヒノカグツチを庇って、しょんぼりしながらも柔らかい笑顔で見つめ合ってる。

 はぁー。怪我は大変だったろうけど…仲良くなれてよかったよ…ホントに。

颯人が言うように鬼一さんは覚悟が定まった顔になってる。イケオジだな。

 


 

「男の人ってみんなこうなんか?道場血だらけにして。神さんかて神社に迷惑かけるのどないなんよ」

「ホントよねー。野蛮だわ!」

 

「途中から『お互いわかり合ってる』って明らかに顔に書いてあった癖に、まーよくこんな長々とやらかしよんな」

「確かに…途中で剣を収めて、普通に話せばいいのにとは思ったわねぇ」

 

「せやろ?全く…男っちゅうもんは…」


 

 妃菜と飛鳥大神に言われて、みんなしょんぼりしてる。男たちはみんな納得してるけど、妃菜はちょいおこだな。

 

 確かにやり過ぎな感じは否めなくはない。鬼一さんとヒノカグツチが途中から通じ合ってるのは明らかだったもんなぁ…。

俺的には漢同士の決闘って感じで、痺れるぜ…とか思ってたけど。鬼一さんが痛い思いをしてたのは、キツかった。…こう考えると俺って考え方も中間なのかな。うーむ。


 

 でも、きっとこれで鬼一さんとヒノガグツチ、イケハヤワケノミコトはいいバディになれるよ。男同士は拳で語り合うってのも必要なんだとは思う。…今回は剣だが。

颯人が暉人と決闘したのも、ある意味わかりやすい解決方法だったって事だ。


 

 

「しかしイケハヤワケノミコトが鍛治士とは知らなかったよ。文献には記載がなかったな…隻眼の人が鍛治士ってのは書いてあったけどさ」



 イケハヤワケノミコトも雑巾で床を拭き拭きしてくれてる。腕まくりすると筋肉がムキムキしてるけど、彼は元々公達だったはずだし、体力仕事の鍛冶士に慣れないうちは苦労していただろうと思われる。

  

「真幸殿、鍛治士は隻眼でなくともよいのですが、錬鉄の際片目を瞑るのですよ。

 鉄の温度を見極めるために瞳孔を開いて光量を調整するのですが、火の粉が飛んで失明する事が多く、隻眼の者が多いのです。私の場合は病で、でしたがね」


「へええぇ…でもお役人さんだったなら、大変だったでしょ?」

 

 思わず聞いてしまうと、ニコニコしてる。そっか、それでも楽しかったんだな。


「はい、それはそれは苦労しました。

 生前作ったのは場所柄農機具ばかりでしたが、ヒノガグツチと出会ってからは剣を作っていましてな。自らが作った物を使う者が居て、喜ぶ顔を見るのはとてもいい事でしたな。特に剣は研究しがいがありました。使い手がよいと尚のことです」

「二人は仲良しなんだなぁ」


 むふむふと二柱が笑ってる。

 ラキとヤトもそうだったが、神様たちが仲良しなのは微笑ましい。


 

 

「…なかなか場が潔められぬな」

「颯人も手伝え。…あっ。俺が吐いた時綺麗にしてたような。服も直してたし!もしかして…」

 

「ようやく気づいたか。浄化の術というものがある」


 得意げな顔の颯人がニヤッと嗤う。

 腹立つな!もう。


 


「なんなん!?最初っから颯人様がやればええやん!!」

「それなー」

「ふん。小娘は黙っていろ」


 妃菜に言われて、機嫌悪そうな顔してるなぁ。やれやれ。いつものセリフが必要なんだなこれは。


 

「颯人、潔めてくれるか?頼む」

「応」


 颯人が両腕を広げ、七色の光の粒が舞い落ちる。

 床に広がった色んなものがあっという間に綺麗さっぱなくなって、俺も妃菜も、鬼一さんも綺麗な服に戻った。


 


「お、服まで綺麗にしてくれたのか、気がきくな。ありがと」

「そうだろう、そうだろう」

「真幸…お前散々掃除した後だぞ…」

 

「はっ!そうだった…こらっ!颯人!」

「ふん。さっさと契約をやれ」


 あぐらを描いてドスっと座った颯人の横に並び、脇腹をつねる。

 


「意地悪すんなし」

「我は色目を使われて、惑わされそうになったばでぃに仕置きをしたまでだ」 

「別に色目じゃないだろ…はい、じゃあ鬼一さん、お腹が空きましたので早く勾玉飲んでください」


 ほおが膨れた颯人は放っておこう。鬼一さんに勾玉が手渡される。手のひらにちょこんと乗った紅赤の勾玉を眺めて困り顔になった。

 気持ちはわかる。どう見ても食べ物じゃないもんな。それに二柱分だからか分からんけどまぁまぁ大きいもん。

親指一本分くらいあるから、飲むのに苦労しそうだ。


  

「飲めって言ったって…真幸、これはどうやって飲むんだ?」

「俺はいつも無理やり飲まされてたからよくわからないな…。颯人やってあげてよ。好きなんだろ?飲ませるの」


 つねった脇腹をさすってやると、颯人がプイッとそっぽを向く。

えっ、強くしすぎた?ごめんて。



 

「我は真幸だからやるのだ。鬼一にはしたくない」

「はぁ?何だよそれ…」


「あー、なるほどね」

「羞恥ぷれいってやつよッ!!」

「飛鳥殿…レベルが高いですね」

「これは正しくやらしいやんな?」


 ちょっと。大村さんまで参戦しないで。

伏見さんしばらく喋ってなかったと思ったらここで復活なの??そして、なんのレベルだ。


「とりあえず飲めばいいんだよな…」

「そうそう一気に…あれ?髪の毛は…」


 言い切る前に勾玉を飲み込んだ鬼一さん。髪の毛ついてないけどいいの?

ちらっと颯人を見ても返事がない。

いいのか。なんでだー。


 

 

「さて、鬼一、真名を述べよ」

「はい、俺は鬼一法正きいちのりまさです!よろしくお願いします!」


「うむ、では契約だ。真名を鬼一法正。和達の依代とし、神力を与え主とする」

 

「…は、ぁ…」


 赤と緑の光が発され、二柱の姿が消える。白目を剥いた鬼一さんがバターン!と勢いよく倒れた。



 

「えっ、ちょ…大丈夫か?」

「問題ないやろ。な、飛鳥」

「そうね。いい音したわねぇ」

「さて飯だ」

 

「うぉい、颯人!そんな…鬼一さんが気絶してるだろ?ちょっと待ってよ」

「知らぬ。腹が減った。飯を食って帰りたい」

「や、そうだけどさぁ。もー」



 

 大村さんが苦笑いでうどんでも作りますよ、と言ってくれる。

ほんじゃ俺も手伝おっと。


 みんなで立ち上がり、綺麗になった道場を後にした。



━━━━━━


 


「はっ!?いい匂いがする…」

「お、鬼一さん起きたか?うどんあるよ」


 社務所のパイプ椅子を並べて作った簡易ベッドの上で、鬼一さんが起き上がる。

背中を押して支えると、両手で顔を覆って鬼一さんがうめく。


 

「…真幸…いつもこんななのか」

「おん?勾玉飲めば治るけど…もしかして、頭ぐるぐるしてる?」

 

「頭どころじゃなく耳も目もおかしい。足も痺れて動かん」

「二柱同時だったからかな…アレはきついよなぁ…」


 結構顔色が悪いな…大丈夫かな。


 

 

「鬼一の霊力の低さが原因だ。お前は修行が必要だな」

「はい…」

 

「颯人…そう一朝一夕には行かないだろ?勾玉から神力を分けてもらうんだよ、鬼一さん。どこかに力を感じないか?」

「腹が熱い…ような気がする」

 

「そこに手を当てて、頭の中で二柱に呼びかけてみて」

「ん…お、あっつ!!は、腹が燃える!」

「ヒノガグツチ…加減してやってくれよ」

 

「…治った」


 顔色の良くなった鬼一さんが破顔して、手をにぎにぎしてる。

 よかったよかった。

彼の手を引っ張って、うどんがほこほこ湯気を立ててるテーブルの前に座らせた。


 

「大村さんお手製のうどんだよ」

「おぉ…いただきます。きつねうどんか、うまそうだな」

「は?甘ぎつねやろ」

「えっ、何それ?」


 甘狐?初めて聞いた単語だが。大村さんだけがうんうん頷いてる。伏見さんがふふん、と鼻息を落としてお揚げを摘む。

 

「関東の『きつねうどん』は関西では『甘ぎつね』、関西の『きつねうどん』は『短冊状に切られた味無しのお揚げが入ったうどん』。

関東の『たぬきうどん』は関西だと『九条ネギと餡掛けをかけたもの』になります」


 

「伏見さん、そう言う説明は細やかだね?」

「若干含みのある言い方ですね。

これは関東でよく聞かれるんですよ。私は東京でたぬきうどんを頼んで、途方に暮れたことがあります。関西では天かすが乗ると『ハイカラうどん』ですから」

 

「あー、私は関東のうどん無理やわ。しょっぱいねん」

「関西の料理はお出汁が強いもんなぁ。大村さんのも美味しいけど、妃菜のも美味しかったな…」


 茨城で食べた妃菜のおうどんは昆布だしが強め、大村さんのは鰹出汁が強め。それぞれこだわりがあるんだろうな。どっちも美味しいし、関東から出たことがない俺にはどちらも衝撃的な美味しさだ。


「また作ったげるよ、真幸」

「お、おん。機会があれば…はい」

 

「お揚げさんの卵とじとか、水菜を炊いたん好きやろ?」

「うん」

「ほなまた一緒に食べよな」

「うん…」


 ニコニコした妃菜の顔が眩しい…。

これは…どうなんだー!?断ってもおかしいし、お願いしても図々しいし。どれが正解なのかわからん!!!



 

(変な気ぃ使わんでええの。普通にしてや。そう言ったやろ。)

(ごめん)

(ま、意識されて悪い気ぃはせんけど♪)


 念通話でまで言われてしまって、俺はドギマギするしかない。澄ました顔でうどんをフーフーしてる妃菜。つ、つよい。


  

「真幸…油揚げ食べてくれ。」

「え?メインなのに?」

「胃にきそうだ。うどんもちょっと食ってくれんか」

「いいけど…鬼一さん大丈夫?」

「あぁ」


 げっそりした様子の鬼一さんが油揚げとうどんをよこしてくる。

勾玉飲むと馬鹿みたいに元気になるはずなのに…やっぱ霊力強化は必要かな。

何かいい訓練はないものか。うんむ。



 

「さて、芦屋さん。何かお忘れではないですか?」

「伏見さん…?あっ!?国護結界!」

「はい。さっさと繋げて次は千葉県ですよ。一度東京に戻って、明日の朝イチですから」

 

「ひぃ!了解。あっ!大村さん!忘れないうちにナマズちゃん買いたいです!」

「わはは!もう用意してありますよ。」


 慌ててうどんをかきこみ、ボディーバックから財布を取り出す。ナマズちゃん!ナマズちゃん!!


 

「ナマズの置物と、お守りと。後試作品で携帯のケースもありますんで」

「!!携帯ケース!?わ、わわ…」


 ビニール袋にたくさん入ったナマズグッズを震える手で受け取る。

 ぎゃー!!可愛い!!!!

 

「一枚で足りますか!?お釣りはいいです!」

「いやいや、そんなしませんよ。」

 

「ダメです!こんな可愛いナマズちゃんを端金では!!」

「お金はいらんのですけど」

 

「ダメ!タダはダメ絶対。はい。もうこれでお願いします。…うどん代を入れたらもう一枚?」

「あかんあかん!そぉんなんやめてください」


 お札を大村さんの胸元に捩じ込むと、走って逃げていく。

うーん。元気だな。

あれだな。賽銭箱にこっそり入れとこ。


  

 

「よし!食べたぞ!!伏見さん行こう!」

「えっ、ちょ待って!私も見たい!」

「俺は無理だ…すまん」

 

「はいはい、私と芦屋さんと大村さんで行きますから」

「あーん!後からいくで!!」

  

 急いで食べ出した妃菜とグッタリ気味の鬼一さんを置いて、要石の社に向かう。


 

 

「颯人、社をゼロから建てない場合は…どうしたらいいんだ?」

「社の形をなぞればよい。その辺の柵を綺麗に仕立てて、本壺鈴も鈴尾も新しく変えてやればよいだろう。りにゅーあるというものだな」

「了解!」


 よし。ナマズちゃんのお礼も兼ねてピッカピカにしてしんぜよう。


震律ふるり!」

「応!」



  

 なゐの神であるふるりを呼び出し、その姿に驚く。

えっ、童子姿だったはずなのに…な、何で?

 シュッとして背が伸びて、俺と同じくらいの身長…ポニーテールの黒髪ロングヘアがサラリ、と揺れる。

切れ長の目、薄い唇…どちら様ですか?


 

「イケメン登場やでぇ!!イメチェンしてみたんやけど、どや?」

「…可愛いふるりを返して」

 

「な、何でやねん!?シュッとしたやろ?ワイ」

「やだ。小さくておかっぱのおじゃるなふるり返して。イケメンはもうお腹いっぱいです」

「えぇーー??何でや…まっ、もう戻れんけどな」


 がっくし…小さくて可愛い姿が良かった。なぜ成長したんだ。



 

「真幸さんはなんなん?どんだけ神さんいるんや??」

「ねー、俺も何なんだか知らんうちにこうなりました。さてやるぞっ!」


 

 柏手を大きく打ち、目を瞑る。

 ふるりが各所から神力を引っ張って、繋ぎ合わせてくれる。国護結界は赤い色をしてるんだ。運命の赤い糸?それとも国旗の赤?

どっちでもかっこいいから良しとしよう。それを結び合わせて要石に繋ぐ。国護結界はこれでよし、と。

 

 さて、社の修復だ。木の色はそのまま残したいな。大村神社は大きな森を抱えてるし、鬼一さんに降りたイケハヤワケノミコトも緑のイメージだったしな。

 

 じゃあ屋根の色…緑にしよ。

木枠は防腐剤があったほうがいいよな。

 そういえば鳥居がなかった。灯篭と同化させて…額束にナマズちゃんを入れて、しめ縄しめて、紙垂を垂らして…あとはそのままの造りで。


 目を開き、メタモルフォーゼした要石の社を見つめる。

息を切らした妃菜と飛鳥大神のキャッキャした声が聞こえた。



 

「こりゃまたラブリーな鳥居やな」

「ふるり、あとで見せてやるからな。俺の可愛いナマズちゃんを」

「あ、はい、ほなワイは戻ります…」

 

「テンション低っ!はい、お戻りください〜」


 スン、とした顔のふるりが引っ込み、灯篭に灯が灯る。

鳥居一体型にしたんだ!これはとても

いいだろう!!カワイイし!



 

「これは…鳥居の中に何か入れました?芦屋さん」

「伏見さんよくわかったね!昨日ネットで見たんだけど鳥居の耐震加工ってやつ。中に鉄骨通して、結合部分に耐震ゴムいれて、柱とぬきの間に落下防止剤、地下の定着具を従来より深めに入れてみた」

 

「ほう、ほおおおう…なああああるほど」

「えっ、何その反応。怖い」

「いえ、たくさん鳥居がある大社を知っているなぁと思いまして」

 

「…俺今日は帰るよ?」

「芦屋さんじゃありませんよ。明日、鬼一をお借りします」


 わ、わー!?鬼一さん文字通り千本ノックか?うわ、これは可哀想な情報を与えてしまったな。


 


「ゾッとするわ、伏見稲荷大社の鳥居を…まさか全部?」

「鈴村は…芦屋さんと星野と同行させるしかないので仕方ありませんね。霊力も上がってますし…まぁいいでしょう」


 ほっとした姿の妃菜は災難を免れてニコニコ微笑んでる。

 星野さん、どうか力をお貸しください。迷える子羊を色んな意味でお導きください。伏見さん怖い。



 

「真幸さん、こんな立派な社を…ありがとうございます!」

「いえいえ、大村さん可愛いの好き同盟ですし。…やりすぎました?」

 

 額束の可愛いナマズちゃんをみて、若干不安になる。

大村さんは満面の笑顔で応えてくれた。


「可愛いですな!!最高です!!」

「よかった!!」


 


「真幸とお守りおそろにしたいねんけど、転移で飛ばされるんよな、これは」

「アレよ。真幸に頂戴すればいいわ」

「飛鳥…神様やな」

「正しく神ですけどぉ」


「やらんぞ」


 ヒソヒソ話してる二人をジトッと睨み、俺は鼻息を荒く落とす。

俺のナマズちゃんは誰にもやらん。



  

「おーい…どうにか食った。食器も洗っておいたぜ…」

「鬼一さんお疲れ様、ありがとう」


 鬼一さんがフラフラしながらやってきた。さて、みんな揃ったし、お別れのひとときだ。



 

 大村さんの手を握り、ハグして背中を叩き合う。


「また来ます。どうかお元気で」

「はい、お待ちしてます。社を護り…必ず後世に残します。本当にありがとうございました」


 

 体を離すと、颯人が不機嫌な顔で手を繋いでくる。もう。やきもち焼かないの。

 

「ふん。伏見、各々家に飛ばせばよいな」

「はい、お願いします」


 

 大村さんがニコッと笑って、頬にぽろんと一粒の涙を流す。

本当に優しい人だったな…出会えて良かった。


 隻眼のカッコいい、優しい笑顔の彼に頭を下げて、俺は瞳を閉じた。

 

 

 

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