第27話 そうだ、京都へ行こう その8



『久方ぶりだな…風颯かざはや

「はい。」

『ほう、柱が勢揃いだ。なんぞ祭りか?』

「はい。たまたま巡り合わせまして…」


 いつもよりも数段低く、かなり緊張した声色の颯人の声。こんな声聞いた事ないぞ。目を閉じててもわかる光の強さ。布に隠されてて何にも見えないはずなのに瞼の裏にまで光が見える。

 

 伏見さんが握った手にすんごい力が入ってる。ちょっと震えてるし。

 伏見さんがこんな風になるなんて、何が起きてるんだ…。

 


  

『血を分けた兄弟あにおとなのだ、そのように伏さずともよい。月読つくよみわれの巫女は何処いずこに?』

『そのような者はおりませぬ。兄上このかみ様の御威光の反射にございましょう』


 颯人が伏せてる?そんな事ある??

 颯人より偉い神様って事?

 俺たちはフィルターの向こうから聞いたことのない神の声を聞いてる。

 どちら様ですかー。大変嫌な予感はしてるぞー。



 

『月も招かれたのではないのか』

やつがれも兄上様の光にばれたのです。稲荷山に池がありますので…そちらの光でしたね』

わたしもそのように思います」


『ふむ…そうか。世にも美しい聲が聞こえた気がしたのだが…』

「兄上様のお声の呼び子にございます。人の熟さぬ声では、御身を招ぶことなど叶うはずもありません」

 

『そうであったな……人の世の儚きを忘れていた。…月読、傍に侍れ。ここは美しく気分がよい。少し幸を残そうか』

『御心のままに。』



『風颯よ、豊葦原を頼む』

「はっ。御意にございます」


 


 しーん、と静まり返った空気…何が起きたのか分からんけど終わった感じ?

 あー、あー。颯人…怒ってる、これは結構マジのやつ。ビリビリした怒気が伝わってくる。


「もうよいだろう。伏見、真幸を出せ」

「は、はい」


 三人分の重さが消えて、バサバサと服が避けられる。

 俺の首根っこを掴んで持ち上げ、颯人が機嫌の悪い顔で睨んで来た。

 はい、間違いなく激おこです。


 

「小娘は言霊を乗せるなと言ったな」

「ハイ」

「何故やった」

 

「あーあのー、気分が良くなってですね」

 

「真幸は招んではならぬ方を降ろした。たまたま本神の気分が良かったし、月兄つきのせが先に来たから助かったのだ」


 乱暴に床に降ろされて「座れ」と冷たい声が降ってくる。

 素直に従って、颯人の目を見つめた。



「俺、誰か呼び出しちゃった?」

「そうだ。我の兄君せのきみ二柱ともだ。誰だかわかるな」

「…………わぁ」


 颯人のお兄さん…なるほど。

 それは大変マズイな。颯人を降ろしただけで偉い騒ぎだったもんな。うん。



 

「反省したか?」

「はい。すみませんでした」


 はぁ、と颯人がため息をつくと、周りの神様達がへたり込む。

 あれ?観光客の人たちが消えてる…。


 

 

「唯人は兄君の光を浴びて無事ではいられぬ。各地に散らしたのだ。

 軽々しく巫女舞をせよなどと言うのではなかった…」


 涙ぐんだ颯人に引っ張られて、加減なしにぎゅうぎゅう抱きしめられる。


 

「苦しいよ、颯人…ごめんて」

「うるさい。…本当に危なかった。連れて行かれるところだったのだぞ。我の力が及ぶはずもない…おそろしかった」


  

 本気で震え出す颯人の肩を撫でて、なんとも言えない気持ちになる。

 颯人でも…そうか、敵わないのか…。

 そうだよな、あの神様は国中で崇めたて祀られてるんだもんな…。

 なんで俺が何かするとすぐこうなるんだろうなぁ。初めてやった舞なのに、わけわからん。



 

「と、とにかく…その…家に戻りましょう。このままでは新しく人が集まりますし、私が思っている神が一瞬でも降りたなら父にも伝えなければなりません」

「あかん…真幸やばいで。伏見稲荷大社にあの神さんが降りたて、マジでやばい」

「そ、そんなに?」


 

 妃菜が青い顔で頷き、真子さんが立ち上がる。

 

「はよ!みんな家に行って!大騒ぎになる前に!!」


 ━━━━━━



 

「大騒ぎってこう言うことかーマジで申し訳ない…」



 

 現時刻 14:30 。伏見家のご自宅社の中。

 俺の中にみんな入って、颯人と魚彦に抱きしめられたまま俺は謎の札を頭に貼り付けられている。

 妃菜はずーっと結界を貼りっぱなし。パリンパリン割れる音がしてるから作っては壊されてる感じだ。

 

 伏見さんは時間が経つと文字が消えて崩れるお札を書き直して、貼り付けてを繰り返してる。


 社の外側から神様たちが押し寄せてるんだよなぁ…壁をドンドコ叩きまくられてちょっとホラー展開。怖い。ちびりそう。


「ちょびっとでも見せてーな」

「世にも美しい巫女がいると聞いて!」

「先っちょ!先っちょだけでいいから!」

「今どんな気持ちー?ねぇ、どんな気持ちー?!」




 

「…真幸、わかったか」

「反省はしてますけど、何がどうなってこうなったのか全然わからんのだけど」

 

「真幸が降ろしたアレは豊葦原中つ国とよあしはらなかつくにに降臨したことがないのじゃ。おおやけの降臨は九州地方、あれの孫がちょぴーっと来ただけで180万年後世に残る出来事じゃった。十種神宝もいまだに現役で引き継がれているほどの伝説じゃし…今回は月のぼんまで来たからのう。

 二柱同時に、しかも…一人の巫女が降ろしてしまったのは大変まずい」

 

「魚彦ぉ…て言うかなんで俺みたいな男が、しかも初心者の巫女まがいがそんな事出来ちゃうんだよ。おかしいだろぉ。」



  

「芦屋さんは巫女舞も禁止ですね」

「伏見さんまで…ぐすん」


 伏見さんは俺のおでこにお札を貼って、微笑む。額に汗しながらやってくれてるからお札は霊力を消費してるんだろうことは察せられる…。

  

「責めているわけではないですよ。あなたの修練になればと思って、颯人様に提案したのは私です。そして、騒ぎに気づいているのは神々だけ。今うちの家族と神職達総出で説得してますし、残された幸をお分けしてるので秘密にして下さるはずです」


 

「ごめん。俺…迷惑かけちゃった」

 

「違います。これも私の力不足のせいです。うちは関西圏だとまぁまぁ強い権力がありますから。祭りを催していたところ通りがかった稀有な神がたまたま幸を残しただけです。

 そんなまさか、あの方が来るなんてあり得ないでしょ?と嘘をつくくらい造作もありません」


「…うー」



 

 魚彦が複雑そうな顔をして頭を撫でてくれる。


 

「真幸には修練は必要ないのう。真子の指導では達しなかった域に…やり方が合っただけで、あっという間に達してしまった。

 何かを練習するのではなく、自分に合ったやり方を模索すればいいじゃろうて。

 お前さんがやらかすのは本当に稀な事じゃろ?そんなに落ち込む必要はない」

 

「うん…」

 


「力あるものの宿命さだめですね。私も考え方を改めなければなりません…すみませんでした」

 

「伏見さんはなんも悪くないだろ。俺が調子に乗っちゃったんだ。なんかこう、勿体無いような気がして、アメノウズメノミコトにキラキラした目で見られたら、応えたい気持ちになって…」


 ふぅ、とため息をついた伏見さんはおでこの札をまた貼り替える。


 

 

「今回は偶然に偶然が重なってしまったんです。あなたが伏見稲荷大社全ての社に祈りを捧げ、早朝宣りをして、それが絶大な効果で大社全体を深く潔めた。

 その後巫女舞でテンションが上がったところにアメノウズメノミコトがいた。

 彼女は天の岩戸から、彼の方を引き摺り出した張本人ですからね」

 

「古事記ではそうだったなぁ」


 

「ウズメには仕置きをせねばならん。真幸に力をのせていたようだ。残滓がある」

 

「はー、それなら神力に引っ張られたんじゃろうな。やはり真幸のせいではないぞ」

「うー、うー。でもやったのは俺だろ?伏見家にまで嫌な思いさせて…」



 

「嫌な思いではないんですよ、芦屋さん。申し訳ないですが、恩恵を賜るのは伏見家なのです」


「せやろな。あの神さんが大社に降りたとなれば本気の幸福が訪れる。御神籤は大吉しか出ない、神さんへの祈りは必ず届く。噂が広まって伏見稲荷大社はバンバンお金が儲かるんやで。もうすぐ繁忙期やし、恐ろしい事になるやろな」


 妃菜が首の汗を拭きつつ、ペットボトルの水を勢いよく飲みほした。


 


「せやから迷惑じゃ無いんよ、真幸。あんたはとんでもない福をもたらした巫女や。

 困ってるのはあんたの事がだーいすきな神さんたちだけやで?な、颯人様」

「むぅ」

 

「私が教えた優秀な生徒をあんまりいじめんといて。巫女舞は託宣に向き合うなら、必要な技術になる。それを正しく覚えて引っ張られて宣りになっただけやんか。」

 

「……わかった」


 ふん、と鼻息を荒く落とした妃菜がウィンクを投げて、元の位置に戻って再び結界を重ねて行く。


 


 颯人が妃菜を忌々しげに見送り、俺のほっぺにむぎゅむぎゅ顔を押し付けてくる。

 首、肩、手首に同じようにむぎゅっとされて…何してんの。イケメンが顔で殴るのヤメテ。

 

「颯人ーやめろー何してんだー」

「まーきんぐだ。邪魔立てするでない」

 

「なっ、マーキングって何?匂いつけてるの?」

「そうだ。兄君の目がまだある気がする。お前を隠すのだ。誰にも取られぬように…誰にも連れて行かれぬように」


 


 颯人の言葉に伏見さんがピンときた顔になる。


「颯人様、同衾はそれが目的ですか?」

「うるさい。神力を分けていると言った」

 

「その理由一つで毎晩同衾とは考え難いですが。勾玉もありますし。

 毎晩密着していますよね?マーキングで神々から隠す目的の方が強そうです」

「……ふん」


 颯人の同衾はそれが目的だったのか?

 うーん、よくわからん。別にもう慣れたからいいけどさぁ。


 

 

「しかし…マーキングを神様にされるとか…ぷふふ…」

「伏見さぁん…笑い事じゃないんだぞー。最初は全然動けないから足腰やられたし。最近何故かなくなったけど」

 

「同じ姿勢では骨が固まると魚彦に聞いて、わざわざ寝返りを打たせている」

 

「赤ちゃんかっ!それならもうちょい離してくれれば、自分で寝返り打つだろ?」

 

「ならぬ」

 

「颯人のわがままじゃないか!」

「真幸の為になるのだからよいのだ」

「うーん、うーん。…まぁいいか」



 めんどくさくなって話題を放り投げると、伏見さんはため息を一つ、二つ…三つもついてるんだが。鬼一さんのため息三段活用か?

 

「芦屋さんのその寛容さが颯人様をつけ入らせるのですよ。頑固なわりに何故そうゆるしてしまうんですか」

 

「え?うーん。颯人は…その…バディだし…大切な神様だし…」

 

「ほー、それから?」

「くっついてるの、嫌いじゃないし。魚彦もそうだけど。癖になってると言うか、うーん…説明が難しい。」


「…ふ」

「颯人!含み笑いやめろっ!」

 

 伏見さんも妃菜も、颯人以外はみんなイヤーな顔をしている。

 本神目の前にして何言わせてんだよ。恥ずかしいだろ。


 


「妃菜…出遅れてるわね」

「せやな。そろそろ戦をせなあかんな」



 妃菜の胸ポケットから覗いた飛鳥大神を颯人が睨み、俺はすりすりされまくるのであった。


 ━━━━━━






「ダメです」

「なんでや!私もマンセル組んでるやんか!」

「小娘は当然として、何故我もならんのだ」


「ダメなものはダメです。颯人様にも散々酒を飲ませたはずなのに…なぜ酔ってないんですか」

「我は酒に強い」

「史実でもそうでしたね…」

 

「だからあんなにお酒飲ましたんか!?伏見さんエグい!卑怯やで!!」


 伏見家の中庭、喫煙ブースで俺は四本目のタバコに火をつける。

 どうしよう、これ。

 伏見さんが今朝言っていたお話をしたい、とやって来たらたまたま居合わせた妃菜と颯人と伏見さんでガチ目の言い合いを始めてしまった。


 


「私かて真幸に大切な用事があるんや」

「小娘…」

「颯人様は出し抜いてるんやからたまには譲ってください。すぐ済むし。その間に伏見さんと話つければええやろ?」

 

「……すぐに済むのだな」

「済みます、多分やけど」

「わかった。行くぞ伏見」

「…はい」

 

 伏見さんと颯人がお家に入っていってしまう。

 なに?なんで?何が起きてるの??


 

 

「真幸、ちょっと縁側座ろ」

「え、はい…」


 ニコニコ笑顔の妃菜に手を引かれて、月明かりの中で縁側に腰掛ける。

 タバコを灰皿に落として二人で月を眺めた。今日も綺麗な星月夜ほしづくよだな。まだ秋じゃないけど。


 


「真幸は好きな人おるん?」

「はぇ?え??俺はみんな好きだけど」

「ちゃうわ。そう言うんやなくて。異性でって事や」

「女の子限定って事か?」

 

「男でもええけど。あんたそういうのはわからんやろ」

「まぁ、うん。というか女の子の知り合いで好きって言うと、妃菜と真子さんと、伏見さんのお母さんしかいないよ」

 

「ふぅん…今まで付き合った人おる?」

 

 妃菜のキラキラした顔に、口の中が苦くなる。

 鈍チン、ってそういう事か。

 鬼一さんの生暖かい眼差しの意味がようやくわかった。


 


「いない」

「せやろな!そんな感じやわ…」


 

 耳に痛い程の沈黙が落ちて、俺は妃菜から目を逸らす。

 いつからこうだったんだ。…最初は睨まれてたし、明らかな悪意があった。

 …ツンデレだってわかったし、努力を重ねてきた彼女を好ましく思ってはいる。


 でも、俺は…無理だ。

 そういう事をしてはいけない人だから。


 

「真幸の気持ちは何となくわかってるし、時期尚早なんも理解してる。でも、言いたいんよ。聞いて欲しいんやけど、ええ?」

「……うん…」

 

「私の実家に帰ってきてな。村の人らとちゃんと話ししてきてん」

「えっ!?一人で話してきたのか?」



 

 びっくりして思わず振り向くと、輝くような笑顔が返ってくる。

 眩しい。目が眩みそうだ。

 長い髪がやさしく風に揺れて、微笑む妃菜がそこにいる。

 ふっくらした頬を赤く染めて、俺を真っ直ぐに見つめていた。

 


「そう。真幸がまとめてくれたデータを見せて、説明して。飛鳥も手伝ってくれてな。半分はわかってくれたで。

 もう半分は、まだ時間かかるやろな」

「そうか…」


「遷座した神さんももうすぐ戻るし、お父ちゃんもな…あんな、まだそんなにちゃんとできてないけど…神主は無理やけど、良くなってきてん。

 村の人たちが病院に来て謝ってくれたんや。

 全部あんたのおかげなんよ。真幸が私を助けてくれたんよ……本当に、ありがとう」


 

 

 微笑んだままの妃菜が涙をこぼす。

 月の光を弾いた雫がキラキラ光って、落ちていく。すごく…綺麗だ。

 妃菜の心みたいにキラキラしてる。


 頬に伝った雫を拭いたくなる。

 でも、できない。俺はそうしてはいけないと知ってしまった。


 寂しそうな笑顔を浮かべた妃菜が俺の手を握る。火傷の痕が残った、その手を。



 

「ごめんな、飛鳥から…少しだけ聞いた。あんたのちいちゃい時の話」

「……うん」

 

「真幸のことを尊敬してる。憧れてる。世界で一番尊い人やと思てる。

 あんたの昔も、今も、しょっぱい男なんかおらんやろ。イケイケのイケメンや」

「なんだよ…イケイケって」

 

「ふふ、しゃーないやん。人も神をも救うんやで?イケてるやろ」


「俺は妃菜を悲しませる事しかできない」

 

「わかってるよ。それでもええんや。

 ごめんな、私のわがままやの。ありがとうの気持ちが混じって、溢れて、自分でもどうにもならないんよ」

 

「……」


 ぎゅ、と握った手に力が籠る。

 妃菜の瞳に決意の光が灯り、それがゆらめく。


 


「今日はお月さんが綺麗やな。手を伸ばせば届くやろうか?」


 発せられた言葉には言霊が籠っている。

 妃菜の気持ちが投げつけられて、息もできない。

握りしめた手が、俺を逃がしてくれない。


 

「月は…手が届かないから綺麗なんだ」


 


 ごめん。という言葉を身のうちにしまい込む。妃菜の心に応えることは出来ない。

 優しくて、強くて、家族思いで料理が上手な妃菜は…きっと幸せな家庭を築くことができる。いいお母さんにもお嫁さんにもなれる。

 

 俺はその全てを与えてあげられない。

 努力とか、根性とか…そう言うものでどうにかなる問題じゃない。

 俺は、はじめから何も持っていないんだ。



 

「せやな、そうやと思てたよ。

 私は傷だらけのお月さんが好き。

 手が届かないと知っていても、この手を伸ばさずにはおられんかった。こんな風に思ったの、初めてやったんや…」


 妃菜の顔が歪んで、涙がこぼれ落ちた。

 たつ、たつ、と縁側の磨き上げられた床を叩く音が耳に突き刺さる。


 


「あんな、今まで通りにして。私はこれから先あんたとマンセル組むの、ずっとお願いする。あんたと一緒に仕事をしたい。それだけは許して欲しい」

 

「…辛くなるだろ」


「なんも。真幸が気にすることなんかない。あんたの足枷になりたくないんよ。ええやろ?役に立つやで私」


 必死に食いつかれて、俺は目を瞑る。

 どうして…俺は酷いこと言ったのに…何故一緒にいたいなんて言うんだ。

 妃菜の言葉に迷いもせず、伝えた拒絶をきちんと理解して受け止めているのに。間違いなく傷付けたのは俺なのに。


 

「真幸…お願い。勝手なことばっかり言うてゴメンやけど、これだけは譲りたくない。お願いします」


 瞼を開き、彼女から目を逸らしたまま口を開く。綺麗な気持ちを持ったままの妃菜を見ることはできない。

 今の俺には、眩しすぎる。

 

 

「…妃菜がそう…望むなら」

 

「良かった!!これからもよろしくな!ほな伏見さん呼んでくるわ。聞いてくれてありがとうさん。スッキリした!」

 

「うん…」




  

 涙の跡を残して、妃菜が消えていく。


 誰もいなくなった縁側で、冷たい月の光を見つめる。俺と違って何者にも侵されず、何者にも穢されないままの気高いその光。

 俺はこんなに綺麗じゃないのにな…。


 

 人を嫌いにならなくたって、人として好き合っていたって、辛い事ってあるんだな。

 いなくなった妃菜の涙に指先で触れて、暖かい気持ちの残った手のひらで握りしめた。


  


  


 

 

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