32いつものパターン 京都編 その4

「漫画を描き始めたのはこの子達に出会うずっと前から……高天原にいた頃からです。もう、何年描いているかわかりません」


 餓鬼たちを掌の上に乗せて、アメノウズメノミコトが語り始める。

 メガネを外した彼女は銀白のまつ毛に縁取られた瞼を伏せて、餓鬼たちを愛おしそうに見つめていた。



 

「神蹟はその昔、私たち五柱が降り立った山頂にありました。

 宇迦之御魂大神ウカノミタマノオオカミ四大神シノオオカミ田中大神タナカオオカミ佐田彦大神サタヒコノオオカミ、そして私大宮能売大神オオミヤメノオオカミ。五柱まとめて稲荷大神なんです。遥か昔から書き物をして、人の世に読み物を提供するサークルで、五人全員で作家をしていました」


「それぞれが独立してるのか?それとも担当があるってこと?」

「担当があり、一つの作品を皆んなで仕上げます。わたしが最終的に絵を起こす役ですね」

 

「へぇ、最近流行りの分業作家さんじゃないか。俺の顧客さんにもいたよ。原案、原作、漫画で分業してる人だった」


「そう、そんな感じです。紫式部ちゃんとも仲良しでした。昔は漫画ではなく絵巻でしたが。」

「ほー、そりゃすごいな」



 もそもそとやって来た颯人がしょぼくれたままベッドの脇に座り、俺の腰に手を回してくる。

 足元に魚彦がやってきて、しがみついた。今日1日離れてたから寂しかったのかな。颯人が体を引き寄せるのに任せて、魚彦の頭を撫でた。


 


「あなた達のように、私達も仲良くやっていました。神様としてのお仕事もしてましたから、それが認められて社を立ててもらい祀られた。

 そして……社の中につめていると、煩悩がなくなるんです。餓鬼であるこの子達にも触れられなくなる。

 人の欲望とか、そう言ったものから離れて疎くなってしまう……だから私は社を壊して煩悩を抱え続けました」

 

「作家を続けるために?」

「はい。えっちなシーンが描けなくなりますので」

「な、なるほど」

 

「えっちなシーンは悪ではありません。物語の中で必要な時もあります。

 キャラクター同士の愛や抱えきれない思い、熱を伝え合う究極の手段ですから。純粋な愛を言葉にするのは難しい。言葉にならない感情を肉体言語で語り合うことも必要だと、私は思います」

「そう、か……」


 俺の嫌悪感は経験に基づくものけど、そうだな、純粋な愛情ならばそうかもしれない。

 凝り固まった俺の頭の中が少しずつほぐれていくような気がする。頑固な考えは良くないよなぁ、わかってはいるんだけど……改めて新しい考えを教えてもらったな。


 


「でも、近年では読者さんが理解しやすい物や一見さんがサクッと読める物、それこそお手軽な作風が好まれる。私が描きたいものは内容が重たくてお金になりにくい。

 売れるものばかり書いて、書きたい物を書く時間がないくらい忙しくなって……いつからか、私は描けなくなってしまいました」


「本当に描きたい物があって、誰かに伝えたい事があったんだね」


 

「はい。だから自分の意に沿わなくても、描き続けました

 どんな形でも誰かに届けたくて。

キャラクターが言う筈のないことを言わせたり、やらないはずの事をやらせたり。無駄にえっちなことさせたり。

 

 読者さんに寄り沿って描いているはずなのに口コミに酷い事を書かれる、だるい展開の日常のコマの先にそれが生きる描写があるのに、そこまで読んでもらえずつまらないと言われる。

 

 ファンタジーなのにタバコがダメとか、家出がダメとかものすごい規制があるんです。昔はそんな事なかった」

 

「そうだな、難しい時代だ」


 

 最近の創作だとタバコを咥えてたキャラが飴を咥える描写に変わったり、入浴シーンに文句を言ったりする事件があったしな。

公式の設定にまで口出しする人も居るくらいだ。

 

 原作の人に簡単に触れられる時代も、良し悪しだと思う。俺のお客さんも同じ苦悩を抱えていた。


 


「でも、描きたいんだろ?」

「はい」

「書くのをやめたくない」

「そうです」


 真剣な眼差しを受けて、胸がホワホワしてくる。そう言うの、好きだよ。

 

 彼女が自身の欲望のままに書き散らせないのは、描いている作品の向こうに『読者』と言う受け取る人がいる喜びを知ってるから。伝えたいものを自分の中にちゃんと持っているから。

 

 自分のためだけじゃなくて人のために書いて、何かを届けたい、授けたい。だから悩んで苦しんできたんだな。



 

「わかった。解決策としては……社を立てたからって、そこにずっといなくてもいい。さっき出会ったククノチさんみたいに旅に出たり、颯人や魚彦みたいに人間と一緒になって働いてくれたり。神社にずっといなくてもいい。俺の中にいる神様はみんなそうしてるよ」


「へぇ!そうなんですか?現世に触れられるならあるいは。うーん……」

 

「人間でも同じだよ。引きこもってれば考えが凝り固まる。嫌なことしか考えられなくなるし世の中に疎くなるし。

 俺は、創作はやってないし聞いた話でしかないけどさ。新しく書くなら、今だと無料の自費出版なんて手段もある」

 

「無料でですか?」


 

「そう。自分で作った作品を、そのままインターネットに掲載して読者さんから直接お金を頂くシステム。厳密には手数料は取られるけどね。

 描きたいように描けるし、仲介も必要がない。全部の責任は自分自身だし、大きな広告は打てないけど。

 印税も思ったような報酬じゃない会社もあるだろ?俺のお客さんが言ってたけど、契約書面は本当に良く見ないとダメだって。記載の数字がそのまま対価とは限らないんだ」

 

「あー、そう言う所ありますよねぇ」

 

「あれはちょっと物議モノだよ。物を作り出す人への尊敬がないのは良くない。生み出すその人こそが創造神なんだから。

 神様に文句なんか言うべきじゃない。与えられる物を享受しているなら、ただただこうべを垂れて感謝するべきじゃないかと思うんだけど」

 

「そう言ってくださるのは嬉しいですね。でも……編集さんと喧嘩しながら作ったり、口コミに何くそ!って思ってイイ作品を作れることもあります。

 嫌がらせ目的の同業者とか読んでない人の口コミは死ぬほど腹立ちますけど。わかんないとでも思ってんのかクソが…チッ」


 

 お、おおう、そういうのもあるのか。鼻の付け根までシワシワにして眉を顰めてる。恨みはさぞ深かろう……って感じだな。

 同業者の妬みも貰う仕事ってのは、それだけお稲荷さんが凄いって事だと思う。



 

「理不尽な意見には凹みますが、ちゃんと見てくださった方の意見なら色んな意味で励まされる。

創作は、プラスもマイナスも全部糧になります。

 私は神ですが、人に触れて良かったな、みんな愛おしい命だなって思います。

 だから作家として一人の人の心に『揺るがない何か』を残したいんです」


「そうか。そう思ってくれてるのは読む人もきっと幸せだな」


 


 ふふ、と笑った彼女は餓鬼たちを抱きしめた。

 日本の神様って本当にいいよなぁ。いいことも、悪いことも人間と同じように持ってる。

 

 颯人が俺の愚かさを許してくれるように、魚彦が俺のキツイところを赦してくれるように、人と寄り添って生きてくれるんだ。

 優しい神々にいだかれている日本に生まれてよかったと心から思える。



 

「俺が社を建立するんだから、神様達が自由に出入りできて、餓鬼たちも触れられるような物を作ろう。

 お稲荷さんはそこで作家を続けて社を壊した分のお金を、ちょっとだけ伏見家にあげてくれ」

 

「芦屋さん……」



 伏見さんが颯人の反対側から眉を下げて顔を覗き込んでくる。

 だってそうだろ?伏見さんちが大変な思いして来たんだから。それに、こうすればアメノウズメノミコトはやる気を出す性格だと思うんだよ。

 人のために、と思える神様ならきっとそう。


 

「応仁の乱以降何回も社を建て直してるはずだ。戦で焼け落ちたのは人間のせいだから計算に入れなくていい。

 ここでは山のてっぺんまで材料を運んで苦労して社を建ててる。

その人足だってタダじゃない。みんなが神様のためにやってきた事を無為にするのは良くないだろ?それこそ作者さんを蔑ろにしたらいけないのと同じだと思う」


「おっしゃる通りです。私もやる気が出るってもんです!そうしましょう!」


 元気な返事に微笑みで応えて、お互い満足する答えが出たと確信した。


  

 

「うん、よろしく頼むよ。モデルも過激じゃなければ俺も協力する。身のうちに個性の強い神様がたくさんいるしな」

「はわぁぁぁ!!!ありがとうございます!!!」


 はしゃぎまくる彼女がスケッチブックを抱えてクルクル回ってる。元気だなぁ。

 伏見さんを覗き見ると、深い頷きが返ってきた。うん、よし。



 

「ククノチさん」

「応」

 


 ククノチさんを顕現して、地面にガリガリ図面を描き出す。

 

「ククノチさんのところの社ってどうなってる?俺的にここはお稲荷さんのアトリエだし、社自体は小さく作ろうと思ってるんだけど……北海道とも繋げられるかな?」

「社自体の問題でなくてな、誰がどこに繋げているかなんじゃよ。タケミカヅチはわーぷぽいんとのと言っておった。」


 

「なるほど。ククノチさんはここから以西に行けない感じ?」

 

「うむ。正確には北海道から三重周辺までは来れるが、ワシの関連する社の間しか動けんよ。今は真幸と仮契約しておるから鹿島神宮に行けたぞ。お主自身が結界の要なのじゃろうな」

 

「なるほど、俺が繋げれば遠くまで行けるのか。ふむふむ」

 

 てことはククノチさんが言うように社の構造が問題じゃないな。北海道や茨城県の社とも繋げば東へは足を伸ばせるし、今後の任務で建立したものと繋げれば神様たちみんなが行き来できる。



  

 こりゃ繋げるしかないでしょう!

ククノチさんと仮契約して置いて大正解だったな。そうでなければ北海道とも繋げなかっただろうし。

 稲荷大神も遠くに行けるようになるし喜んでくれると思う。

 

 ここに建てる社は五柱分の出入口を作ろう。確か鳥居を五つ組み合わせた社があったな、あれにしよう。

 

 


「颯人、茨城県も同時に少し改築したいができるかな。あそこは東の端っこだし骨組みとして考えるなら強化したほうが良さそうなんだが」

「タケミカヅチとなゐの神を配置すれば可能だ。複数箇所と繋げるならば国護りの結界も作れる」

 

「国護りの結界?」


「天災を抑える結界だ。遥かな昔、永い旅に出た老爺が居た。我は其奴と要を繋ぎ合わせ、国中を回っていたのだ」

 

「へぇ!そんな事もできるのか。んじゃそれもついでにやろう。タケミカヅチ、なゐの神」

「「応」」


「茨城の社を作り変える手伝いを頼む」

「「承知」」


「颯人はホーム社に繋げるか?ついでだし、守れるってんなら繋ごう」

「そうしよう。真幸の中には今八柱いるのだ、手分けすればよい。茨城組で鹿島神宮、我と魚彦で素盞嗚神社。茨木童子とヤトを近侍に残し、ククノチは北海道と繋げてもらう。真幸の力を山彦で増幅させるのだ」

 

「よーし、じゃあやるぞーい」


 


「お待ちください」


 伏見さんが立ち上がり、肩に手を置く。

 

「社を建てるだけでなく、結界として一度に複数の社を繋ぐのなら霊力の消費が激しいでしょう。私の力も使って下さい」

 

「おっ、頼むよ。んじゃ手分けしてやろう。茨木童子、ヤト、山彦」

「「応」」

「はい!」

 


 勢揃いで立ち並んでる俺が依代の神様達……なんかちょいちょい見た目が変わってるのは何なんだろう。

 ヤトのフサフサが増えてるし、茨木童子は折れた歯が治ってるし。まぁいいか。



 

「じゃあ、颯人が言った通りに国護りの結界を作って繋げて各地の社を改築。ここに新しく社を建立しよう。山彦はパワー増幅を頼む」



 大きく柏手を打つと、みんなが微笑んで各地に散っていく。

 いやー、こりゃワクワクする。

 仲間がいるって本当にいいな。


 

 

「あなたはこんなに沢山の神を抱えているんですか」

「まぁねぇ、いつの間にかそうなってた。ククノチさんは仮の契約だけどね。さて、どんな社にしたい?何色にする?」

 

「朱塗りで!千本鳥居と同じにしてください!」

「おっけー、じゃあ始めます!」


 

 山彦と手を繋ぎ、お互い微笑み合う。

 鼻から息を吸って、口から息を吐く。

 頭の中に真っ赤な社を思い浮かべた。


 ━━━━━━


 


 

「初対面こんなで、すみません……」

「気にせんでええんよ、額の手ぬぐいを変えましょうね」

「申し訳ないです」


 

 現時刻 19:30。

 とっぷりくれた夜になってしまった。現在伏見家のご自宅にお邪魔しております。

 これから予定通りに俺のご先祖様を探ったりすると言うことで、ご自宅に何故かある社の中。伏見家しゅごい。お家で持ってる社だぞ??

 

 予定が毎回狂うのはもう仕方ない、諦めよう。額に乗せた手ぬぐいを初対面の真子さんが冷たくして変えてくれる。

 社を建立、デッサンモデルをちょっとやったまでは良かったんだが。



 

「なーんでククノチさんガチの契約にしたのさぁ」

「ほっほっほ。お主の過去を見たし、先も視た。真幸には儂が必要じゃよ。要を繋ぐにも役立ったろう?」

 

「むむむむー……」


 今回は山彦まで出しっぱなしになってるから八柱勢揃いで俺を取り囲み、俺自身はバタンキューしてる。ヤトが枕してくれてるのは嬉しい。もふもふ最高。


 

「ククノチノカミが居れば真幸の五行が完成する。仕方あるまい」


 颯人はスンッとした顔で言ってるけど……珍しいな、何か悟ったのか?それとも。

 

「颯人〜もしかして計画通りか〜?」

「ぬぅ。これはその、運命というものだ」

「偶然のデステニーにしちゃうますぎんか?まぁ良いけど。

 ククノチさんは本当にいいの?勾玉飲んだら契約解除出来なくなるんだよ」


 


 俺の手に握られた緑色の勾玉。やはり髪の毛の白い輪っかがくっついてる。もしかしたらヒゲかも。どちらにしてもまたもや毛だよ。まごう事なき毛なんだ。

 俺は毎回あれを飲まされるんだぞ。



  

 茨城から帰った後、あんまりにもタケミカヅチとなゐの神が自宅に来るもんだから、契約解除しようと思ったけど出来なかった。

 

 勾玉を下す、ということは魂を俺によこすって事らしい。

俺が死ぬまで神様を使役できてしまう…縛り付けてしまう。

知らなかったとはいえ、申し訳なさすぎる。どうしてこうなったと言わざるを得ない。


 


「よい。儂らは真幸の全てを知った上でそうしたいのじゃよ。我らの決意を押し付けるつもりはないが、本神が決めたことに文句を言うのは良くないじゃろう?

 先ほどの漫画と同じことじゃ。お主の体の回復もそれで叶う。京都での仕事を早う全うせねばな」

「うっ、わかったよ。そう言われてしまったら反論できない……」


 

「よし、では恒例行事だ」

「あー、あぁー……ちょっと待って、心の準備させて。はぁ……」

「準備をしたら構えてしまうだろう。それに我はこの役目が好きだ。其方を好きにできる唯一の物だからな」


 

「なっ!?何言って……ちょ、待って……イヤっ!?やめて!!」

「さぁ……さあさあ、口を開くのだ」


「何回目なんだこれ!?やっぱ無理!颯人!!アーッ!!」



 いつもの通り、いつものパターンで俺はいつもの気絶を果たした。

 

 

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