31 作家の懊悩 京都編 その3


 現時刻 14:00丁度。

 一の峰へ行く道は間違いなく参道なんだけど、ほとんど山登りだなこりゃ。結構足がパンパンになって来た。

 

 途中にお茶屋さんがあって、なんと狐たちが働いてたんだ。美味しそうなお団子やきつねうどんを売ってたけど、あれはどっちの世界用なんだろう?

 すごく食べたかったけど、お仕事を陽が沈むまでには終わらせないとだから涙をのんで諦めた。

 


 次は剪定された山の木々に囲まれた、『末広大神スエヒロオオカミ』の鳥居をくぐって、一の峰に到着した。

 

 三・二・一の峰と順番にお参りできる右回りルートの参道を歩いて来たんだが、山の上まで管理をするのは大変だな。伏見家の苦労を実感する道のりだった。

 山中にも塚や祠が無数にあるけど、どこまで把握しているんだろうか。

 一の峰は麓よりもずっと気温が低くて冷え冷えしている。吐いた息がわずかに白く色づいた。




「と言うかこれ社じゃん。山頂にしてはかなりご立派だよね」


 目の前にでん、と立つ社。てっぺんにちゃんとあるじゃん!?……えっ、どう言う事?

 

 一の峰に建つ小さな社の周囲に、ミニサイズの鳥居が沢山束ねられてかなりの数が置かれて山になってる。石で作られた祠・塚・大きな岩達がずらっと立ち並んで若干怖い雰囲気を醸し出してるなぁ。

 

 左回りルートだとこれが更に沢山あるらしい。全部で1万基以上ある塚は幕末〜明治時代に参拝者が設置したと言われている。

 しめ縄を巻かれた岩は神様を迎えるためのもので、昔は一の峰で祭祀を行ってきたんだそうだ。

 それらを横目に、伏見さんと社の中に入っていく。


 

「こちらが本来の神蹟ではないんです。社の中にありまして」

「はい?社の中???」

  

 ワケガワカラナイヨ。社の中の神蹟ってなんだ?これは流石にネットに載ってなかったな。



  

「さて、私達の居所いどころを現世に戻しますよ」

「お願いしまーす」


 伏見さんが俺の手を離すと、突然周囲の空気が暖かくなる。冷えた空気から突然温度が上がる感触は、電車の乗り降りに感じるあの気温差みたいだ。神隠しにちょっと似てるかも。

 社の外から参拝者たちの声が聞こえる。随分な山道だったけど、ここまでちゃんと登ってくる人がいるんだな。信心深くていい事だ。



 

「伏見さん、これからどうす……えっ、何事??」

 

 社の建物の中、床に這いつくばって伏見さんがキョロキョロしてる。

 

「久しぶりなので場所が……お待ちください」

「ほいよ。颯人たちが煩いんだけど出していいかな」

「大丈夫です。お好きなだけどうぞ」

「いつメンでいいよね……?」

「ふふ……はい」


「颯人、魚彦」

「「応」」


 俺の喚びに応えてスーツ姿の二柱が現れた。お仕事モードだな。

……あれ、でもなんか、若干しかめ面だぞ。


 

「はー、やっとこさお外じゃー!」

「我は不満だ。真幸は伏見に散々もーしょんをかけられて、どきまぎしておっただろう」

 

「ごめんなー、魚彦。ずっと出さずに窮屈だっただろ。颯人は不満の方向性間違ってるんじゃないのか」


 長い髪をポニーテールにまとめながら、颯人が頬を膨らませる。そんな顔されましても。モーションとか良く知ってるな…。

 

 

「我はまだなるものをしておらぬ。」

「うん、しなくていいからな」

「髪の毛も括らせていただろう」

「まあね」

「心の臓が跳ねていた」

「それはあんまり大きい声で言わないでほしいなぁ……」


 魚彦も珍しくほっぺがぷくっとしてるんだが、なんでだ。


 

 

「芦屋さんが本当にドキドキされていたとは。普段やらないことをした甲斐がありましたね。」

「ぬう。どうしてこうなった」

「さて、入り口を開きます。足元にお気をつけ下さい」

「はっ!?入り口??」


 ニヤリといつもの不敵な笑みを浮かべた伏見さんが床の一部を押すと、そこが引っ込んで板の間の真ん中が消失し、地下に続く階段が現れた。


 あー、なるほどー。そういう感じか!

て言うか色々ドキドキするから先に言ってよ。今日は驚いてばかりなんですけど。


 


「さて、真の神蹟へご案内します」

「おどろおどろしいのは気のせい?」

「気のせいではありません。ククノチノカミ殿は落ち着いてから顕現して下さい」

「ウェーイ……」


 なるほど、ここからが本番か。

暗闇の中、荒削りの石階段が地下に向かって続いている。

わずかに刺した陽の光に照らされて、真っ赤な鳥居がたーーーくさん並んでいるのが見えた。……怖っ!なにここ。


 


「芦屋さん、行きますよ」

「う、うぇーい……」

 

 行きたくないでござる、とか言える雰囲気じゃないな。伏見さんはスタスタ中に入って行ってしまった。

 

 俺は震えながら、恐る恐る石の階段に足を下ろした。


 ━━━━━━


 

 


「ふぁーー怖い!暗い!!湿ってる!うぅー!!」

「我が抱いてやろう」

「やだよ!階段だぞ!?落ちたら死んじゃうだろ!?やめろ!触るなっ!!」

「我が其方を落とすわけなかろうに」

 

「颯人、真幸は危なっかしい。お主が前をゆけばよいじゃろう。落ちたら抱っこじゃ」

「そうする。落ちるのが楽しみだ」

「うう!うう!」


 伏見さんの直後を颯人と交代して、長ーーく続く石階段を降りていく。

伏見さんが指先に灯した青い炎が、あたり一帯を明るく照らしてくれるのはいいけどされなんで灯りが青いの!怖いよ!!俺この色やだ!


 


「ふふ、いつも度胸のいい真幸が怖がるとは新鮮な感じじゃのう」

「な、魚彦、手繋いでくれ」

「おぉ、いくらでもよいぞ」

「ずるいぞ」

「でっかい颯人と繋いだら危ないだろ!いやだからな!しっしっ!」

「ぬぅ……」


 ニコニコしてる魚彦と膨れっ面の颯人に挟まれて、地下にどんどん降っていく。底が見えないー。何処までいくんだー。


 

「もう少しですよ。この先はあまり口を開かぬようにして下さい」

「ウェイ」


 口を閉じると、洞窟のように広がる空間に足音だけが響く。

気のせいじゃないよなぁ、耳の中では別の音がしてるけど流石にここで聞こえるのはおかしい。

 

 実は、千本鳥居の辺りから流れるような水音がずっとしてる。なーんかあるよな、これ。


 


(颯人、水音聞こえてるか?)

(聞こえている。ここの主がしている悪さだろう。真幸を惑わしいざなっているつもりなのだ。効いてはおらぬが)

(ぬーん。伏見さんにも術かける?)

(聞こえていますし、惑わしの術は効いてませんよ)

(なっ?!言ってよ!)

(伏見は優秀じゃのう。真幸が疲弊せずに済む。毎回こうならいいのにのう)


 

 伏見さんが苦笑いしてる。

 確かにいつも何かしら術をかけてるしな。翻訳は伏見さんと鬼一さん、妃菜には必要なくなったしそんなに消費しなくなったけど。


 出番のない星野さんは元気にしてるだろうか。

 メガネの奥の優しい色が目に浮かぶ。また彼に会いたいなぁ。


 

 


(ここが神蹟です)


 階段を降り切ったそこは茨木童子の棲家みたいな感じ。洞窟って言ってもいいのかな?あそこよりはだいぶ大きいけど。

 俺たちの足音と、天井から落ちてくる水滴がぽちょーんと音を立てる以外は静寂に包まれてる。



 

(そんで、どうして瘴気の渦なの!?真っ黒じゃん!!)

(なかなか濃ゆいのう)

 

 広い空間のど真ん中、真っ黒い瘴気が渦を巻いている。どす黒いそれの周りに集まってきた低級霊と、蠢いてるあれはなんだ?

 頭の毛が半分だけ生えててボサボサ、おでこはツルツルだ。金色の目玉が飛び出そうなほど大きく腫れ上がって、お腹はパンパンなのに肋骨が浮き出た人型の何かが居る。手のひらサイズのちっちゃい人……小人さんか?


 

魑魅魍魎ちみもうりょうのひとつ、餓鬼がきだな)

(へー!あれがそうなのか?でも、この瘴気の元としては弱いんじゃない?)

(餓鬼が発しているのではなく、すぐ側にいる神が発生源じゃ。荒神でも反堕ちでもなさそうじゃの。本神の怨念と欲望の渦のせいで悪しきものが寄ってきている)

(えっ?神様のままで瘴気を発してるのか??そんな事ある?)

 

 魚彦も颯人もうーん、と首を傾げてる。一体なんなんだ?


 


 あれっ……伏見さん、すんごい気まずい顔してるけどなんか知ってるな?


(伏見さん、何か分かってるでしょ)

(ぎくり)

(知ってるんなら最初から言ってよ。これどう言う状況?)

 

(驚かれると思いますが、これは荒神ではありません。餓鬼が集まっているのは、その……お手伝いをしているようです。彼らは欲望の塊のようなものですから。神からは『アシスタントさん』と言われています)


 なんだそりゃ?餓鬼って、正確に言えば生前悪い事をして『地獄に落ちた人が常に飢えに苦しんでいる』と言う罰を受けてる状態の霊なんだけど、すごいニコニコしてるし楽しそうにピーピー歌って踊ったりしてるんだよ。……明らかにおかしい。


 


「伏見!?やっと連れてきてくれたのかしら!?私の注文通りのモデルさん!!」

「は、はい」

 

(伏見さん!瘴気吸っちゃうだろ!)

「いや、すぐ引っ込みますからもう良いですよ。すみません、真相がひどいので口に出せずにいました」

 

「ちょっと!?ひどいって何よ!!」

「ひどいのは事実です。とりあえず瘴気引っ込めてください。大宮能売大神オオミヤメノオオカミ

 

「おいっ!ペンネームで呼べって言ったでしょ!?」

「くっ!!!」



 瘴気が霧散し、大洞穴の中にボボボ…と火が灯る。青白い炎に囲まれ、虚空からすぽん!と音を立てて女性が現れた。謎のデスクセットも一緒に。

 ……なんだコレ?

 

 上下ジャージ姿、ビン底眼鏡、白いマスクをしてる。神様が目……悪いのか??

 しっかりしたデスクセットの上に乗っかっている紙の束とたくさんの本、エナジードリンクの空き缶達。


あ、水音が止まった。犯人は神様みたいだ。

 


 

「はい。ペンネームで呼び直して!」

「………さん」

「声が小さい!」


 伏見さんは顔を覆って耳まで真っ赤になってるし。

 瘴気を引っ込めた彼女?はどう見てもちゃんとした神様の気配だな。さっきまでのおどろおどろしい雰囲気がかき消えた。

 

 白銀の髪のおさげを揺らし、ゆらりと立ち上がるオオミヤメノオオカミ。

 

 何でジャージ着てるんだろう。

伏見さんがそう言ったって事は、大社に祀られているれっきとした神様だよな?


 この神様は天岩戸に隠れた天照大神を呼び出した天鈿女命アメノウズメノミコトと同一視されてる。

 朝廷で大切にされる神様で、君臣の間を取り持つ、調和を愛する方で家庭和合の神様って言われてるんだけど。

だいぶイメージからかけ離れてるぞ。



 

「さぁ!伏見!」

「わかりました!え、エクスタシーラブエンジェル⭐︎ビッグお稲荷さんッ!!!」

「はぁーいっ♡♡♡」


「「「………は?」」」

「そ、そんな目で見ないでください!!!くっ……」


 いや、今なんて??

エクスタシー??エンジェル??お稲荷?稲荷寿司のことか?

 

 

 

「稲荷はもちろんアレの比喩だからね!そこのモデルちゃん!」

 

「えっ!?アレって?モデルって俺?」

「そうよっ!!あなたとっても良いわ!受けね!」

「受け???」

 

「伏見は攻め寄りリバなのよ!後ろの子は、身長差えぐめCPカプ、ショタっ子とは!!伏見もなかなかやるじゃないの!」



 

「???な、なに??呪文??」

「あなたはノンケなのね!?素晴らしいわ!!ノンケ受けも好物よ!はぁはぁ……」

「わあっ!ちょ、くっつかないで下さい!」


 はぁはぁしながらやってきた女神様に抱きつかれて、むぎゅむぎゅ立派な胸の膨らみを押し付けられる。今日はこんなんばっかなんだけど!?なんで??


「アメノウズメノミコト、やめよ」

「はっ!!!えっ!!!??」


 颯人がお稲荷さんの首根っこを掴んで持ち上げる。ほっ、助かった。


 


「うそっ!?スサ……むぐ!!」

「神名を出すな」

「ぷはっ!は、か、かしこまりました!おおおお、お久しぶりですね!!現世に降りられたのですか!?」

 

「そうだ。我の依代を困らせるでない。其方は随分変わったな……」

「あっ、えへへ、はい!」


 颯人に首根っこを掴まれたままのお稲荷さんが冷や汗をダラダラ流してる。


 


「人が建てた社を壊しては大社の神職を困らせていた者がおってな。犯人はお主だろう」

「あー、は、はいー……」

 

「ウズメ、我は気分が悪い。京都に来るまで依代に触れられず、伏見に誑かされるのを見るしかなかった。余程の理由があってそうしていたのだろうな?訳を聞かせてもらおう」


「……えぇと」


「下らぬ理由なら万死に値する事ゆめゆめ忘れるな」

「死ぃーん……」


 謎の言葉を吐き続けたお稲荷さんは静かに気絶したのであった。


 ━━━━━━

 


「えっと、じゃあその……要するに漫画を描いてるんだね?漫画家さんなの?」

「はい、そうです。一次創作では商業作家してまして」

「で、男のモデルが欲しかったと」

「はい、あなたは理想のモデルなんです。困り顔可愛い系の受けがなかなか居なくて。」


「……伏見さん」

「はい」

「これは説明必要だと思うよ、流石に」

「はい……」


 お稲荷さんと伏見さんが並んで正座している。

颯人は仁王立ちで俺の背後に立って腕組んでるし。魚彦は微妙な顔で横にいる。


 


「はぁ……。モデルって、何するの?」

「はっ!?やって下さるんですか!?」

「もう社壊さないならいいよ、減るもんじゃなし。でもあんまり時間取れないからね」

 

「ありがとうございます!ありがとうございます!神様ああぁ!!」

 

「神様はお稲荷さんでしょ。伏見さん、とりあえず希望通りにしてあげて、満足したら社建てようか」

「……本当に、いいんですね?」


 伏見さん、顔が真っ赤のままなんだけど。あれぇ…もしかして俺、ヤバいこと了承しちゃった?


 


「はい!じゃあまずベッドシーンお願いします!伏見と真幸君で!」

「え?」


 ぽんぽん、とお稲荷さんが手を叩くと――ひらひらの布を垂らした天蓋付きベットが現れる。なんでスポットライトついてんの?


 

「録画しながらデッサンするんで!宜しくオナシャス!!まずはお姫様抱っこから!!」

「は?うわっ!?……伏見さん力持ちだね?」

「あなたが軽いんですよ」


 伏見さんが俺を横抱きにして、ゆっくりベッドに運んでいく。

ベッドの上に下ろされて、仰向けに寝っ転がって、伏見さんが覆い被さってくる。

 ……なして?


 お稲荷さんの指示のもと餓鬼達が手にビデオカメラとスマートフォンを構え、写真とビデオを撮り出した。神様って電子機器持ってるの??



 

「じゃあ、攻めは受けの顎持ち上げて、キスしてください」

「はぁ!?何言って……」

「了承してしまったんですよ、芦屋さん」

「い、いやあの、キスはちょっと無理かなー。俺そう言う趣味ないし」


 伏見さんは颯人の顔見て!!!俺もあんな顔見た事ないんだから!!コワイ!

そして伏見さんはなんで目が潤んでるの!?



 

「むむぅ。キスがダメなら足を持ち上げて、顔横までひっくり返してください!」

「はぁ??ぐぇっ」


 伏見さんが俺の膝下に手のひらを入れて、肩まで持ち上げて固定される。

そのまま顔の横までひっくり返して密着してきた。おなかくるちい!

 

「芦屋さん、膝の力を抜いてください。苦しいでしょう」

「そりゃ苦しいけど!……ひゃっ!」

 

 

 伏見さんの顔が首の脇に降りてくる。

 鳥肌が立って、背筋がゾクゾクして来た。あー、この感触はそう言う事か。

ようやく理解した。こう言う方向性のモデルなのかぁ。


「イイヨーイイヨー」


 お稲荷さんがベッドの脇でシャカシャカ音を立てながらものすごいスピードで絵を書き殴っている。

 何枚も何枚も、真剣な表情で描いてる。そんなに絵が好きなのか……。

 でもさ、これは良くないよ。


「伏見さん、やめよっか」

「……はい」



 静かに伏見さんに伝えると、ホッとした表情が浮かぶ。足を下ろされ、彼が気まずそうに縮こまる。


 ベッドの上であぐらをかいて、お稲荷さん……いや、颯人が言うならアメノウズメノミコトだな。彼女をじっと見つめた。



 

「あのさ、これは良くない。例えば俺が伏見さんと恋仲でも、こう言うものは人に見せないよ」

 

「真幸」


「颯人、例えだよ。事実じゃない。男性だからとか女性だからとか、そう言う区別は神様にはないと思うけどさ。

 俺は伏見さんに対しても颯人に対しても尊敬の念を抱いてる。決してこう言う劣情じゃない。

 そもそもの話、俺はこの方面に嫌悪感があるんだ。冗談でも鳥肌が立つくらいにはね」


「そうなんですか?」


 伏見さんが横でびっくりした顔になってる。ごめんな、ほんとに面倒臭いやつでさ。


 


「友情も、愛情も理解はしてるよ。でも、衝動に任せての触れ合いは地獄しかもたらさない。漫画でも良くあるけど無理矢理は良くないよ。相手を馬鹿にしてる。

 お互いが大切ならちゃんと気持ちが一致した上でやるべき事だし、俺が言うのもなんだけど……モデルだからってやらせるべき事じゃない。」


 アメノウズメノミコトがしょんぼりして自主的に正座してる。

 好きなものを描きたくて、その資料が欲しかったのはわかるんだけど。伏見さんを困らせてまでやるべきじゃないよな。

神様なら、わかってるはずだ。



 

「作品の締め切りがもう過ぎてて、ずっと担当さんに急かされてたんです。でも、書けなくて。そしたらいつの間にか連絡が来なくなって。多分、もう続きを書くことは難しいです」

 

「漫画は電子書籍とかなの?」

 

「そうです。流行り物の分類です。私が描きたいものじゃなかったし、編集さんの言う通りに描いてました。それがキツくて、苦しくて。

 でも、始めてしまったし、読者さんがいるから簡単にはやめられないし……本当は純愛が描きたいのに、エッチな描写をしないと売れない事が多かったんです」


「商業作家さんは、自分の好きなように書けないって聞いたことあるな」

 

「はい。どんどん要求はキツくなるし、描きたい物が書けなくなる。

 つけたくない長い題名をつけて、流行りのテンプレ展開を書いて。内容にも細かく指示が出たりします。

 そして読者さんの口コミに傷ついたりします。『こんなシーン要るんですか?』『テンプレ展開飽きました』って書かれると、私だって描きたいわけじゃないのにって落ち込んで、ますます書けなくなる。

私の友人も何人か、それで筆を折りました」

 

「そっか……」



 

 最近は、snsのせいで所謂いわゆる『ご意見しやすい』時代になった。


  

 原作者は神様だ。アメノウズメノミコトは正しく神様だけど。

 創作者は生み出した物を完結させる責任がある。

それと同時に物語をどう進行していくか、どう作っていくかを決めるのは作者さんだけの特権なんだ。

 

 創られた物を与えられるだけの人間が完全に理解しきれぬまま評価し、自分の期待通りにならなければ原作に文句を言う。おかしな時代だよな。

 

 文句があるなら自分で作ればいいものを、そう言う人は《作りたいものがある》って言うくせに生み出しやしないんだ。


 

 作品の練度は人によって違う。生きてきた上での経験も、頭の中の語彙力も、考え方も人それぞれ違う。

 

 それを一生懸命全部使って、命をかけて何かをつくり出す人が害されていい理由なんかない。

 俺は口コミシステムが嫌いだよ。

 無料開放された話だけ読んで、悪口を我が物顔で書く人たちが嫌なんだ。


  

 自分の口に嫌な言葉を吐かせるんじゃなく『感性合わなかったな』で去るのが礼儀だろ。

 人を悪様に言って何の意味がある?快感を得ているなら最低な性癖だ。

意見を言うなら作者本人だけに言えばいい。それができる時代なんだから。

 

 不特定多数の衆目に悪態を晒すのは悪劣な意思しかないだろ。

 

 でも、それでも……悪意を受け取っていても彼女は筆を折っていない。




「お稲荷さんは、なぜ漫画を描いてるんだ?神様だからお金がいるわけじゃないだろ?どうして社を壊す必要があるんだ?ちゃんと教えてくれないか」


 アメノウズメノミコトは気まずそうに顔を逸らし、小さく呟く。


「お金はいらないけど、社を壊すのは……正しく神様になってしまうからです」



 ふむ。顎を摘んでその姿をじっと見つめる。小さく縮こまった彼女の言葉を、待つことにした。

 


 


 

 

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