第20話 そうだ、京都へ行こう その2

そうだ、京都へ行こう その2

「芦屋さん、足元にお気をつけて。京都駅は左側に立てばいいんですよ」

「関西なのに?あ、大阪万博の影響?」

「そうです。良くご存知ですね」

「へへ…」


 伏見さんに褒められて俺はニヤニヤしてしまう。

 京都駅で妃菜と別れ、奈良線に向かう。これで乗り換えるのは最後だな。

 京都は久々に来たけど…変わったなぁー。鉄骨の骨組みが複雑に重なって天井が高く取られ、お土産屋さんが所狭しと並んで賑やかだ。

 と言うか修学旅行以来、京都は来てないかもしれん。


 


「京都に来た事はありますか?」

「あるけど中学以来だよ。京都駅ってこんなにデカかったっけ?」

「大規模改修はかなり前ですが、先日また改装が発表されましたね。新改札やコンコースも作られるらしいです」

 

「はえぇ…凄いなぁ。これだけ人がいればそうなるか」

「そうですね、円安で海外の方もたくさんいらっしゃいますし。うちも参拝客が増えて対処に四苦八苦していますが、落ち着いている方ですよ今日は」

 

「そんなに人来るの?建立できるかな」

「大丈夫です。私たちしか入れない領域で仕事をしますから。二人っきりですよ」

「ふ、不吉な単語だな…」


 

 ふふ、と含み笑いする伏見さん。

 四両編成の二号車、混雑した車内に二人で乗り込む。観光客たちで中がごった返して満員電車みたいになってるな。

 これで落ち着いてるのか…??

 

 伏見さんは俺を壁際にして目の前で両手をついてくる。壁ドン???何で今日こんなのばっかなの?


 

「大丈夫ですか」

「平気だけど…伏見さん大変だろ、良いよガードしなくて」

 

「私が勝手にしてるんですから、気にせず守られていてください」

「な、なんで…むう…」

 

 顔が近い!くっそ…なんなんだよぉ…。


 

 ━━━━━━


 稲荷駅に到着して改札を出ると、目の前に表参道、奥に大きな鳥居が見える。

 えっ、凄い…。


「最寄り駅近すぎない?!鳥居が見えるんですが…」

「ふふ、そうでしょう。さて…荷物は狐に運ばせます。カート一つですか?」

「うん、ボディバッグに財布入れてるからコレだけお願いします」

 

「お財布も要りませんよ。預けては?」

「神蹟に登るまで社があるだろ?ちゃんとご挨拶しないとだし必要だよ」

「はい…。芦屋さんはそう言う人でしたね」

 ニヤニヤすんなっ。



 

 現時刻 13:00ちょうど。結局みんなに交代でご飯食べさせてたらお昼時にお弁当食べられたから俺は満腹だ。

 みんな駅弁喜んでたし。素晴らしい時間配分。さすがとしか言えない。


「さて、では狐を喚びましょう」

 

 伏見さんが手印を組んで手のひらにふうっと吐息をかける。足元に小さな狐たちが現れた。

 なにそれかっこいい!!そして狐かわいい!!もふもふ!!いっぱいいる!!


 

「あぁ…かわいい…もふもふ…」

「ダメですよ。触れたら四散します。あなたはもふもふが好きなんですね」

「うん、可愛いだろー。大好きだよ」


 伏見さんは口を抑えて目を逸らす。

 …耳が赤いけどどしたんだ。


 

 

「…ふぅ。直撃はキツいですね…。お前たち、荷物を自宅へ。真子に渡すように」

 

 おっ、噂の真子さんか。

 狐たちが荷物を抱えてぴょんぴょん飛んで消えていく。

 良いなぁ、ああ言うの…。いや、俺にはヤトがいるもんな。あとでまたもふもふさせてもらお。


  

「芦屋さん、頂上までは二人で行きます。颯人様も我慢してくださいね」

「えっ!?そうなの?」

「はい。神も妖怪も通れない通路です。限られた神職のみの通り道ですから」

 

「了解。頂上まで1時間位かな」

「そうですね…ご足労おかけしますが、よろしくお願いします」

「いえいえ。俺一回しか来たことないから楽しみだな。」


 伏見さんが手を差し出してくるのでそれを握る。はほう、マメがあるな。努力を欠かしてない働き者の手だ。


 

「な、何故何も聞かずに…」

「え?だって秘密の道通るんだろ?ワープみたいなもんだろうし、触れてないとダメなんだろうなと思って」

「それはそうですが…」


 

 伏見さんわかってないなぁ。俺は掛け値なしに信頼してるよ。

 見た目は胡散臭いけどこの人は嘘をつかないし、頼れば必ず応えてくれるし手を抜く事はない。

 哀れむこともなく、同情もしないし必ず自分のできる事を最大限してくれる。

 

 俺は伏見さんに命を預けているようなもんだろ?名前の通り、優秀な『あずかり』だ。



 

「そんな目で見られるとやる気が出ますね。参りましょう」

「おう!」


 一番鳥居、二番鳥居をくぐると…薄ーい幕に包まれたような感覚が続く。

 幾重にも重なった絹のように柔らかいそれが俺たちを包んで、冷たい気配が満ちてくる。

 恐ろしいほどの清浄な結界…凄い。毎日の積み重ねでこうなってるんだろうな。



「やはり、何ともありませんね」

「えっ?なんかあるのか、普通…」

「そうですね。貧弱な人は目を回すでしょう。芦屋さんには問題ありませんよ」

「そ、そう…?」

 


 男二人で手を繋いだまま門を潜り抜け、山頂を目指す。

 伏見稲荷大社の頂上、神蹟を目指して足を踏み出した。


━━━━━━

 

 伏見稲荷大社の入り口、立派な楼門前。これは、かの有名な豊臣秀吉が建てた物らしい。

 朱塗りと白、緑、金色が華やかに配されて入り口にふさわしい豪奢な様相だ。

 秀吉にしては上品な感じだな…金ピカじゃないし。

 

 手前には二つの狛狐こまぎつねがいる。

 この狐は鍵と宝玉を口に咥えてるんだ。

 鍵は諸説あるが、穀物の神様である稲荷大神の穀物庫の鍵とか言われてる。

 宝玉は神の依代、パワーの源の象徴だ。…俺達玉なのかな。


 大きな楼門の前でぺこりと頭を下げてくぐる。両脇に大きな人形があるな…瑞身ずいじんがいるんだ。神様を守る人の像だ。前は気にもしてなかった。つよそう。


  


 楼門を潜ってすぐに分厚い結界の感触に触れる。

 ぬおお、すごい。今までとは比べ物にならないくらいの結界だ。

 しっかりした結界に頬を撫でられながら門を潜り抜け、鼻を啜る。

 ちょっと寒いな…。鼻がつんとする。

 (颯人、頼む)

 (応)


 頭の中で呼びかけて、颯人が応える。

 お腹に手を当てると勾玉が熱を生み出して、血管を通して体を温めてくれる。

  


「はっ!?何をしました?」

「伏見さんもあったかいだろ?茨城から帰って修練したんだけど、神様の勾玉を触るといろんな効果が出るんだよ。

 颯人は腹、魚彦は頭、左手はなゐの神、足はタケミカヅチに触れる。それぞれ役割があるっぽい。術じゃなくて効能みたいな感じ」

 

「はっ…なるほど…身の内の五行ですか。気づかなかった…」

「おん?何それ?」

「後ほど説明します。あなたはもう一方ひとかた神様を迎えることになりますよ。きっと」

 

「えっ。そうなの??まだ増えるのかぁ」

「五柱で済めばいいですが…」

「ヤメテ。あれ結構きついんだぞ」



 

 二人で苦笑いしながら下拝殿げはいでんで挨拶をして、更に奥に向かう。

 下拝殿は釣り灯籠に黄道十二星座おうどうじゅうにせいざが刻まれているが、これも結界だな…ううむ。

 俺はちなみに水瓶座です。

 伏見さんは山羊座っぽい。聞いた事ないけどそんな気がする。ミステリアスで大人しいけど、身のうちには燃え盛る炎を抱える野心家なんだ。


 


「しゅごい、立派。綺麗。」

「ふふ…ありがとうございます」

 

 奥の拝殿に到着。今度の狛狐は稲穂を咥えてるのと、髭が立派な口を閉じてる狐だ。尻尾についてるのは炎かな…?

 拝殿の前に立つと奥から風が吹いてくる。

 紙垂しでがふわふわ風の形に舞い踊り、ここが神域だと示していた。

 風が気持ちいいな…思わず目を閉じてそよそよ吹く風を受け止める。



「神様方が歓迎していますよ、芦屋さんが来て下さって喜んでいます」

「そうなの?お参りしたいんだけど、柏手…打てないよね。二拝二拍手一拝でしょ?」

「私が服を摘みますからどうぞ」

「え、はい」


 服でいいなら手を繋がなくてもいいんじゃないの???まぁいいか…。



 

 鈴を鳴らして、お賽銭を静かに入れて参拝だ!

 二度目まして、稲荷大神様。以前はちゃんとした礼を取れてないと思うから、今日は改めてご挨拶させてもらいます。

 立派な社を建てるから、期待しててくれ!


 よし。

 服を摘んでいた伏見さんが俺の手を繋ぎ直し、歩き出す。

 

 うーんこの、妙齢の男が手を繋いで歩くのはどうなんだ。

 秘密の通路と言っていた通りに人っこ一人いないから良いんだけどさー。


 


「千本鳥居を抜けて行きますよ。一応名物です」

「一応どころじゃないよ。世界一有名だと思うけど」

「そうですかねぇ…これは寄付で作られるものですから、私達が自慢するべきではないような気がしています」

「ほー、そう言うもんかぁ」


 ずらっと重なった鳥居。密着して建てられたそれは、もはやひさしのよう。

 並んだ鳥居が緩やかな坂を続く。

 鳥居は本来結界のはずだが…効力的には外の鳥居の方が強そうな感じ。


 千本鳥居は江戸時代あたりから始まった比較的歴史が浅めのもの。これは縁起物の意味合いが強い。『願いが通る』物として一般人でも奉納できるんだ。俺もそのうちしようかな。


 

「鳥居の奉納っていくらからなの?」

「小さい物で21万からですね。物価高が影響して変動してます」

「ほーん…できなくはないか…」

 

「芦屋さんは神社からお手当てをもらう立場なんですよ。やめてください」

「えー。でもこの千本鳥居は残さないと。大切な文化だろ?すごく綺麗だし。江戸時代から続くものを無くしたらダメだよ」

 

「本当によく知ってますね…」

「陰陽師だし国家公務員だから当然じゃない?」

 

「あなたの当然が通じないのが世の常です。鈴村の件に関してもそうですが、調べ物は得意ですか?報告書を見て驚きました」

 

「得意分野だろうなぁ。地方公務員やる前は保険の外交員してたから。お客さんの情報調べてから行かないと営業にならないでしょ?」

 

 

「ほぉ…」

「そもそも高い保険料払えない人が多かったし、今の時代は県民共済で間に合うから成績は悪かった」

 

「あなたは必要のないものを勧められませんね、きっと」

「お察しの通りだよ。損する保険を解約させて怒られた事もある。生保もなかなか闇深なんだ。返すお金がたんまりあるのに形を変えて継続させて、いつの間にか額が減ってる…とかあるしね。

 子供がいたら定期保険位入って欲しいけどさ。大黒柱に何かあったら大変だし」

 

「保険は複雑で私もよくわかりません。…芦屋さんは将来子沢山の家庭になりそうですね。あなたなら奥様もすぐに見つかりそうです」




 

 伏見さんの言葉に、俺は返事できない。

 俺、結婚しないし子供も作らないよ。俺は家族を作れないんだ。


 心臓がキリキリ締め付けられて、胸の痛みが生まれてくる。

 頭の中の神様たちが優しくその痛みを散らしてくれた。

 

 すまんなー。俺色々抱えててさぁ。めんどくさいやつで。

 みんなは知ってるよな、俺の中にいるんだし。颯人も俺の火傷を知ってたし。

 でも…そうだな、もう一人じゃない。神様達がいてくれるし…きっと伏見さんも死ぬまでお付き合いしてくれるだろう。


 


「すみません。芦屋さんの地雷を踏んだようですね…」

「ん…?地雷ってわけではないよ。

 子供は可愛いよなぁー。魚彦や茨木、なゐの神、山彦は遥かに年上だろうけどさ。小さいから可愛くて仕方ない」

「そうですか…小さい子もお好きなんですね…」

 


 

 しまったな、妙な雰囲気になってしまった。ううむ。


 千本鳥居を抜けると、石が見えた。伏見稲荷大社名物の一つであるこれは願い事を伝えて灯籠の空輪を持ち上げ、感じた重さで願い事が叶うかどうか知れるってやつだ。

 まんまるの石は両手で抱えられるくらいの大きさだから、意識の問題なんだろうけど面白い仕組みだと思う。

 神社のエンターテイメントだな。

 


「やって行きますか?」

「うーん」

「もの凄く重いと思って持ち上げれば、軽くなりますよ」

「ちょ、それずるいでしょ。ダメだろそういうのは!」

「ふふふ…」


 んもう。伏見さん意外にお茶目だな。いや、意外でもないか。飲んだ時も電話してる時も時々こういうのがあった。

 普段真面目でキツそうだからギャップ萌えってやつか?愛嬌がある人っていいよなぁ。


 

  

「伏見さんこそモテそうだけどねぇ」

「フッ。あなたの第一印象通り胡散臭いと思われて、彼女なんかできた試しはありませんよ」

「そうなの?根に持ってるだろ…。でも30までにアレだと魔法使いになっちゃうぞ」

 

「申し訳ないですが経験はありますよ。そうでなくとも猶予はあと六年あります。それに陰陽師なんですから魔法使いのようなものでしょう。芦屋さんは…もうすぐなりますね?」

「うっせい!俺だって陰陽師一年生だぞ!もう魔法使いみたいなもんでしょ。まだ半人前だけど」

 

「ふー…あなたが半人前ならウチの課はみそっかすだらけになりますよ。やめて欲しいです」

「それはまずいな。わはは」

 

 伏見さんがまさかの年下とは。見えない。これは黙っておこう。


 


 ふと、結界内の冷たい空気に混じって澱んだ黒いモヤが漂い始めた。

 伏見さんが九字を切り、服をつまむ。

 俺は柏手を叩いてモヤを退けた。


 

「颯人、どう思う?」

(結界内、神職専用通路であるという事は妖怪ではない。我らも顕現できぬ場に何かが迷い込んだのではないか?これは瘴気だ。あまり吸うなよ)

「瘴気ってことは荒神かな?伏見さんどうする?」

「気配的にはまだ荒神とは言い切れない様相ですが…確認しましょう」


 

 

 伏見さんに服をつままれたまま奥に向かう。

 根上りの松ねあがりのまつあたりが源で、黒モヤが湧き出てる。確かに山神の時よりも圧力は薄いな…。


 サクサク砂利を踏みながら近づくと、おじいちゃんが松の横にうずくまっていた。



(あれは神だ。…久久能智神ククノチノカミだが、なぜここに…)

 

「ククノチノカミは北海道にいるんじゃなかったか?あとは三重か」

 

(あやつは旅が好きな好々爺だからな。何処に居てもおかしくはあるまい。話してみるしかないだろう。)

「了解」



 松の根の根元、今は枯れてしまったその御神体に寄りかかっているおじいちゃん。サンタさんみたいにフサフサの髭を蓄えて若干くたびれた着物姿だ。

 お遍路さんの服に似てるかな。人の姿としてはっきり見えるなら荒神にはなってない。しょんぼりしてるし颯人の言う通り迷い込んだのかな。



  

「おじいちゃん、どうしたの?」

「はっ!?お主…妖怪の類か?」


 ククノチノカミに声をかけると、びくりと律動して彼が体制を整える。

 おじいちゃん姿でも神様は神様だな。神力が漂い、瘴気が消えて凛々しい顔が俺を見つめてくる。


  

「俺は人間だよ。陰陽師なんだ。後ろにいるのは伏見稲荷大社のご家族で、ここはその専用通路の中。ククノチノカミさんでしょ?神様は入れないはずなんだけど」


 あぁ、とため息を吐いたおじいちゃんが膝をさする。


 


「そうか、だから出れんのか…。儂は旅の途中でな、カラスに突かれてそらから落っこちたんじゃ。出口を探したが見つからず、途方に暮れておった」

 

「そうか…膝、痛いのか?」

「落ちた時にの。元々老骨だが膝と足が弱って、そろそろ社に戻ろうかと思っておった」

「怪我してるかもだし、見て良いかな」

「ああ、すまんのう…」

 

 地面にしゃがんで、おじいちゃんのズボンを捲り上げる。外傷はないけど…そっと膝に触れると顔を顰めて唸ってる。

 


 

「魚彦、治せるか?」

(見たところ骨折はしとらん。落ちた衝撃で痛めたんじゃろう。簡単に治せるが、ここで術は使えまい)

 

「えっ?そうなのか…伏見さん、魚彦が治せるらしいんだが、ここでは術が使えないの?」

「はい。あらゆる超常が無効になる空間なので…本当にククノチノカミ様なのですか?」

 

「ん、そうだよ。檜の香りがするから間違いない。木の神様だもんね」

「儂のこと知っとるのは珍しいな」


「陰陽師だからね。神様も俺の中にいるし…ククノチノカミはイザナギ、イザナミ達の直系だろ?知ってて当然だよ」

 

「ほう、神降ろしの依代殿か。儂はそこまで有名ではないよ。お前さん見込みのある奴じゃな」

「そうだと良いけどねぇ。」

 

 


 ククノチノカミはニコリと微笑むが、ため息を落としてしょんぼりした顔になってしまった。さて、どうするかな。

 

「伏見さん、ここから出るには決まった場所に行かなきゃな感じ?」

「はい。一の峰か下拝殿より外側のみです」

「となると、仮契約するしかないかなぁ」

「なっ!?どうしてそうなるんです?!」

 

「だって術が使えないならそうするしかないだろ?タクシーがわりに俺を使えばいい。仮なら勾玉無しで行けるんじゃないか?」

(仮なら問題あるまい。身中しんちゅうに入れて傷を癒やし、社建立を手伝わせればよいだろう。ククノチは木の神、原野の神、開拓神だ。役に立ってもらい外に出たら解約するとしよう)



「んじゃそうするか」

「芦屋さん…」

「颯人が仮なら問題ないってさ。中で魚彦が怪我治してくれるって言うし。社の建立手伝って貰えば良いって」


「あぁ、なるほど…与褒契約よしょうけいやくなら大丈夫かもしれません」

「何それ?」

 

「何かを目的に一時的にお力を借りると言うものです。達すれば契約は破棄できますから、芦屋さんにも負担がないでしょう」

 

「お、なるほど。そりゃ良いな。ククノチさん、どう?このままだと足が痛くて動けないだろ?」

 

 冷たい膝を両手で包む。こんなに冷えて…痛めた上に寒かっただろう。顔が青白いままだ。


 


「助けてくれるのか?ありがたい。ぜひにとお願いしたいがよいのか?」

「良いよ。これから稲荷大神の社を建てるんだ。それ手伝ってくれるかな」


 手で体温を伝え続けた膝が暖まり、軋んでいた骨と筋肉が緩んできた。ゆっくりさすると、ククノチさんが目を閉じる。

 

 

「お前さんの手は優しいな…気持ちがいいよ。早速契約しておくれ。よろしく頼む」


 顔色が少し良くなって、ふんわり微笑んでくれる。

 よかった。これで痛い思いをせずに済む。



 

「俺は芦屋真幸。こちらこそよろしくねククノチさん」

「うむ。真名を芦屋真幸、社の建立をしょうとして契約を成す。儂の神力を与え、仮の主とする」


 ほんのり光ったおじいちゃん姿のククノチさんがニコニコしながら消えて行く。

 うん、ショックは微塵もない。大丈夫だ。


 


「お身体は大丈夫ですか?」

「なんともないよ。とりあえずサクッと社作っておじいちゃん解放してあげよう」

「サクッと…ハイ」


 

心配そうに眉を下げた伏見さんの手を握り、立ち上がる。

 さて、頂上まで半分くらいだ。もう少しで今日の仕事が終わる。



 

 頭の中のワイワイ楽しそうな声を聞きながら、山を登りはじめた。

 


  

 

 

 

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