初めての休日

19 初めての休日 その1


『昨晩の事は、忘れてください』


 伏見さんからの鬼電で二度寝から目を覚まして、電話をかけなおした所なんだけど。

スマートフォンの向こうから、有無を言わさない圧力をかけられてる……何故なんだ。




「いや、あの、別にそんな酷くなかったし、気にしなくてもいいんじゃ?」

『忘 れ て 下 さ い!!飲食代は口座に振り込んでおきました。今日はゆっくり休んでくださいね』


「わ、わかったよ。ありがとうございます。じゃあまた明後日の仕事でよろしくお願いしまーす」


『はい。あの……』


 電話を切ろうとしたら、伏見さんが珍しく声をかけてくる。




『また、あんな風に飲みましょう。本当に楽しかったですし、芦屋さんの事がきちんと知れてよかったです。

お話しして下さってありがとうございました』


「ふふ、こちらこそ。次回も楽しみにしてる。ごちそうさまでした」


 耳の奥に伏見さんのふ、と言う微笑みの音が響く。その後にいつもの『では』と言う声で終話した。




 お、ちょうどお湯が沸いたな。ここに来てから使い始めた電気ケトルがプシュプシュ言ってる。


 キッチンからコーヒーカップを三つ持ってきて、ダイニングテーブルに並べた。

そこでは颯人と魚彦が並んで座り、ネクタイを結ぶのに四苦八苦している。


 俺も最初は苦労したなぁ、懐かしい。

休日の始まりがこんな穏やかな光景だなんて、あの頃の俺には想像できなかったよ。


 椅子に座って、あったかいコーヒーを口にする。少し薄めのコーヒーは颯人の好みなんだ。


 これも贅沢品だから、俺は今まであんまり飲んだ事がなかった。

誰かと生活を共有するのも大人になってからは初めてだったけど、一人じゃないってなんだかふわふわした気持ちになる。




 家の中に誰かがいると何となく落ち着くんだ。

颯人が四六時中くっついてくるから、人肌の温もりを覚えて、少し甘えん坊になっている気がする。


 昨日の飲み会で鬼一さんとも蟠りがなくなったし、トゲトゲしなくてもいいんだって心が軽くなった。

伏見さんはちゃんと目的を達してるんだよ。


 

 颯人は長髪を白い紙で結び、器用にポニーテールにしてる。巫女さんもそんな風にしてた気がするな。


魚彦は丁髷を下ろして俺のヘアワックスで無造作に崩してる。


 ホントに器用だよな……俺は前髪をぺたっとあげることしか出来ん。

オシャレで器用なはずの二柱がネクタイに苦戦してるのは、可愛いぞ。




「颯人も魚彦も苦戦してるなぁ」


「くっ、なぜこんな難解な結びなのだ!」


「ワシにわからぬことなど無い!解けない謎などない!」


「コーヒー飲んで、一息ついたら?」


「ぬうぅ。いただくとしよう……」

「真幸のこーひーか。ワシも頂こう」




 颯人がコーヒーを飲んで満足げな顔してる。

魚彦は頬を膨らませながらネクタイをぺいっと机の上に投げて、俺がいれたコーヒーを啜って微笑んだ。


「お洋服に変化できるなら、最初から結ばれた形にしたらどう?」


「こう言ったものはろまんというやつじゃ。このような小さき手間が楽しい物なのじゃから覚えねば」


「我は楽しくない」


「んっふ、面白い。俺が結んでやろうか?」


「おお!それはよい、やってくれ」

「ずるいぞ!ワシもじゃ!」


「はいはい、順番ね」



 颯人は俺とお揃いの真っ黒スーツにシャツも真っ黒、ネクタイは赤。いいな、かっこいい。

魚彦はグレーのスーツにピンクのシャツ、青いネクタイで凛々しい感じがする。


 神様っていちいちセンスがいいな。着物姿もオリジナリティすごかったし。


「神様の服って自分で考えてるのか?」


「大体そうじゃのう。人の世を眺めるうちに洋服へ変える者も居る」


「我は本来和服が好ましいが、仕事の時はこれを着る。ぺあるっくというのだ」




 ネクタイを二柱に結んでやると、満足げな笑顔が返ってくる。

んー、一人じゃないって素敵な事だよなぁ。楽しい。


 みんなでニヤニヤしつつコーヒーを啜り、前よりも伸びた前髪をふーっ、と吹き上げる。


「せっかく休みだし床屋に行こうかな。前髪が邪魔すぎて辛い」

「あっ!そうじゃ真幸、お主は髪を切ってはならんぞ!」


「えっ?!なんで?」


「ううむ……確かに真幸は陰陽師ではなかったようだ。髪は古来から霊力を貯める貯蔵庫といわれておる。体内にもあるが、髪の方が溜まりやすい。

ほれ、髪は女の命と言うじゃろう?」


「俺男なんですけど?」



「わかっとるわい。本来、陰陽師で短髪の者はおらぬ。貯蔵庫が大きい者はいいが、効率重視の伏見も長くしておるじゃろう」


「そう言えばそうだね」



「星野は寺におるだろう?寺の生活は修行じゃ。霊力ではなく神力の浸透がよくなる。

鬼一は貯蔵庫が小さいがふぃじかるに血脈の霊力が振られておる。二人は別として、鈴村も髪が長かったじゃろ」


「そっか、でも他の男性陰陽師さんは短い人多いけど」


「それだ」


 颯人がびし、と指先を鼻に当ててくる。ツンツンすんなし。低くなるだろ。




「現在の陰陽寮はなっとらん。平安時代の中務であった頃より、基本を怠っている」


「確かにのう。知識も浅いし鍛錬が仕事のうちに入っとらんし。教育もきちんとなされておるか怪しいものじゃ。

なぜ教えぬ?神降ろしがなかった世のうちには出来ていたものを」


「うーん……そもそも現代社会だと髪の毛伸ばすのは難しいな。社会人の身だしなみってやつだよ。頭髪が長いと清潔感がないって言われたりするんだ」


「鬼一はばっちかったではないか」


「そりゃそうだけどさぁ。今は人権ってのがかなり強めに浸透してるし、男の一般的な身だしなみが短髪なんだ。

まずもって裏公務員がなぜ出来たのか殆どの人が知らないし、国全体で知ってる人なんか僅かだ。

自衛隊や警察は知ってるけど機密扱いっぽいし、教師もいないから髪の毛に関しては知らないんじゃないか?」


 初日に渡された入社書類に仕事に関しては関係者以外口外禁止って書いてあったしなぁ。


 それでも大っぴらに動けるように、自衛隊や警察の人たちは俺の顔を覚えてくれてる。

どこの現場で鉢合わせしても俺の行動を優先してくれて、無碍にされることはない。


命をかけて国民を守るって立場は同じなのに、特別扱いで秘匿されてる裏公務員。

お給料なんか3倍どころじゃない。歩合もあるんだろうけど、銀行口座怖くて見れやしないよ。




「国の上の方で、何かまずいことがあるんじゃろうな。この国は昔からそうじゃ。民衆に全てを伝えたとして、いい結果が出るとは限らぬから仕方ないが。

 上の者は『クソ政治家』と言われつつもやる事はやっていたりする。無論、腐った奴もおるが」


「ふーん、そういうもんか」


「政治の中枢は厄介で複雑じゃ。意味不明な献金の裏に国民の利為外交目的があったり、訳の分からん法律の裏に公僕のための賃上げがあったり。

悪い事もしながらいい事を為さねばならぬ」


「なるほど……」


「へいとを貰いながらもそれらの為に働くんじゃ。我らは我らにできる事をやれば良いということよ。それ以外は考えても何にもならんし、どうにもならん」


「魚彦の言い方に闇を感じるんだが。

でも確かにそうだな、上を見て唾吐いても自分に返ってくるし」


「そういう事じゃ。上手く使われるのは気に食わんだろうが、お主の意思に沿わぬならやらねばよい。この仕事の上では既にそうしているだろう?」




 魚彦の話を聞いて颯人がニコニコしだした。

うん、そうだな。俺には颯人がいてくれて、守ってくれて、教えてくれてる。


本神を眺めてると、目が合ってススス……と近づいてきた。


「ご期待に応えてやろう。颯人のお陰でそうさせて貰ってる。ありがとな、颯人」


「うむ、褒められる気配がしていた。もっと褒めてもよいぞ」


「はいはい、颯人すご〜い」

「その言い方はぞんざいな扱いのように感じる」


「そんな事ない。本当に感謝してるよ、おかげさまで俺はこの仕事が好きだ。これからもよろしくな」


「うむ。むふふ……」


 颯人の笑顔を見て、呆れた顔の魚彦がため息をつく。




「やれやれ……これから真幸は霊力の回復を更に早め、貯蔵庫は修練で勝手に広がるに任せよう。

そのために髪は切ってはならん。形を整えるのはワシがしてやるからの、わかったな」


「ウェーイ、でも髪の毛邪魔だなぁ。いつまで経ってもしょっぱくてモサイのは嫌なんだけど」


 魚彦と同じくため息をついて、ヘアワックスで前髪を上げる。

無造作ヘアとかしてみたいけど、俺がやるとただの寝癖に見えるし。

 それにしたって長いな。横に流すか??うーん。


 思い悩んでいると、二人がキョトンとした顔で俺を見てるのに気づいた。

 な、何だよ。



「確かに初対面はモサかったが、鏡を見ているのか?」


「あまり見ておらぬのだろう。そうでなければ自己評価が低いんじゃ」


 なんで二柱とも怪訝な顔してるのさ。

男だし鏡なんかあんまり見ないよな?

えっ、普通そうじゃないの?




「あ、そう言えば最近しょっぱいとか言われなくなったな?山神は可愛いって言ってくれたぞ」


「あー、アレか。審美眼はあるじゃろうが……」

「ううむ、うーむ。なんとも言えぬ」


「何だよその反応」


「赤城山は、男山じゃ。山神にも一応雌雄はある。あれは男神じゃよ」


「え゛??」


 いや、振袖着てたし!!あんな綺麗な神様なのに男なの?うーんうーん??



「人間にもそう言うのがおるじゃろ?最近ではめじゃーになっておろう。それにな、男が惚れる男はいけめんなんじゃよ」


「真幸、人も神も同じ事だ。人となりと言うものが顔に現れる。其方はとても良い貌になった」


 二柱に微笑みながらそう言われて、ほっぺが熱くなる。

急に褒められると反応に困るだろっ。




「颯人の言うように其方は良い貌をしておる。そのように髪を上げるだけでとてもスッキリするんじゃ。

元々顔の作りは悪くないぞ?過去を聞いて、その目の鋭さの意味がわかった。それも魅力じゃ」


「二人して何だよぉ。急に褒められたら恥ずかしいだろ……」



「これから先もますます磨きがかかるじゃろうて。すでに神様にはモテモテじゃ」

「我は不満だ。ばでぃの座はゆずらぬ」


「ぬぅ……そんなに言ってくれるなら黒いワイシャツ、着ちゃおっかな」


 おしゃれメンズが着るだろうし、何となく避けてたけど……あれは着てみたかったんだ。




「うむ、あのすうつは支給のものか?守りの術がかけられておる。

そもそもわいしゃつも陰陽師らんくにより色が変わるんじゃろうて。おしゃれ云々ではなく深層意識で避けておったのじゃ。ワシを顕現させて居られるような陰陽師が、着れぬ訳はない」


「えっ!?そうなの??そう言うことなのか!」


 なるほどなぁ。だから鬼一さん白シャツだったのかぁ……へー。


あー、昨日やった自分の所業がさらに罪悪感を増し増しにさせる。

マジで反省しよう、鬼一さんごめん。




「我らはぺあるっくなのだから、今後はずっと黒を着るのだぞ」


「へいへい。んー、じゃあせっかくだしどっか出かけるか?」


「そうしよう。我が降りた川縁の近くにゆかりの神社がある。一度そこへ行きたいのだ」


「へ?そうなの?」



「あぁ。神器がそろそろ形を変えるべき頃だ。我も力を注ぎやすい。あれだ、れべるあっぷと言うものよ」


「ついでに神職達に挨拶でもしたら良いじゃろう。ほーむ社〈やしろ〉に設定するんじゃ」


「ホーム社ってなんだよ。ゲームかっ」



「我に何かあれば、真幸が逃げられる場所を作っておくのだ。緊急転移先とでも思えばよい」


「颯人に何かあれば無事でいられるとは思わんけど」


「いや、我はお主の命を必ず守る。いいからゆこう。時が惜しい」


 なんか決戦前の準備みたいなこと言ってるな……なーんか納得いかない。




「むーーーん」


「そう難しく考えずともよいじゃろ。ワシも居るし、早々そんな事にならぬよ」

「それなら、まぁ……いいか」




 寝室に戻って、真っ黒なワイシャツを手に取る。


おいっ!なんか白いワイシャツがなくなってるんだけど。

ちらり、とドアの方に振り返ると颯人がコソっと隠れた。


全くもう。うちのバディは困ったもんだ。




 黒のワイシャツに腕を通しながら、口の端が上がってくる。


嬉しいんだ、俺。颯人と魚彦に認めてもらったのが。


ニヤニヤしながら全身真っ黒になった鏡の中の自分を見つめ、俺はますます口の端が上がっていくのであった。



━━━━━━


 青空に向かって聳え立つ高いビル群、街の中を抜けてやった来たのは素盞嗚神社。


これは良いのか?……良いのか!?

まぁいいか。


 入り口の鳥居の下で頭を下げて、神社の中に足を踏み入れる。

大きな提灯に書いてある神社の名前が力強くてカッコいいな。


境内は綺麗に掃き清められていて、鳥居を潜った瞬間からきちんと結界が張ってあるのを感じられる。

神社っていいよね、好きだなこういうの。




「な、なんか人がいっぱい走ってくるぞ!?」


「奉迎だ。よくできた神職たちよ」

「流石じゃのう、邪魔するぞい」


 足を踏み入れた瞬間にドドド……と砂煙を上げながら神社の神職さんたちが走ってやってくる。何事ですか。



「ようこそおいで下さいました!!」


「気配を感じて先ほどからお待ちしておりました!お迎えできて恐悦至極に存じます!!」


 巫女さんや神主さんたちがバサバサと走った勢いのまま目の前で平伏していく。

地面に頭をぶつけてゴスゴス鈍い音してるんだが。だ、大丈夫かな。


 

「面をあげよ。日々の務めを果たす其方達を直に見れて満足だ。これからも精進するように」


「ははぁーーー!!!」




お?翻訳つけてないけどわかるんだ!さすが本職。額が赤いけど……ほんとに平気なのかな。


 俺の真下でじっと見上げてくるおじいさん。彼は真っ白な上下の着物を着てる。

神社庁関連のホームページで調べたけど全国でも数少ない特級神職の方だ。

ものすごくかっこいい。



 地面にしゃがんで、彼の手を握って引っ張って立つ。平伏は気まずいし、俺にはそういうのして欲しくないからね。




「すみません、突然押しかけて。ちょっとやりたい事がありまして。お邪魔してもよろしいでしょうか」


「もももも勿論です!!あぁ……このように清い方が依代となられたのですね。人と神が手を携えているのを見られるなんて幸せです」


「清いかどうかは審議が必要だけど……うん、仲良くさせてもらってます。魚彦……スクナビコナも一緒にいいですか」


 目をまんまるにしたおじいちゃんが、俺の手を両手で掴んで震え出した。


 

「ふ、二柱をその身に宿されておられるのですか!?」


「まぁ、その、一時預かりといいますか。事情があるんです。」


「はわぁ……何と尊いお方なのでしょう……」


 キラキラした目で見てくれるのは嬉しいんだけど。俺はそんなに凄い人じゃないからさ。何て答えたらいいかわかんない。




「そろそろ通してくれぬか。下した神器のれべるあっぷをしたいのだ。

其方らは結界を強めてくれ。悪しきものに知られてはならぬ。」


「はい!!かしこまりました!!」



 神職さん達が凛々しい顔で四方八方に散らばっていく。わー、足はやーい。


みんなを見送って、桃の花、銀杏、杉の木と沢山の木々が立ち並んでいる参道を進む。

賑やかでいいなぁ。春は桃祭りなんてのもしてるみたいだ。こじんまりとしていて、かわいい神社だな。


 本殿のすぐ横に『子育ての大銀杏』がでん!と立っている。幹にしめ縄が巻かれ、絵馬がたくさんかかっててカラフルな感じだ。


 お酒の樽が参道の脇に沢山積まれてるし、霊石なんかもあるんだな。

井戸があって、御神水って書かれてるけど飲めるのは珍しいな。




 境内を歩いていると、沢山の人がここを訪れているのが伝わってくる。

いろんな人の思いが詰まった優しい空気を感じるんだ。


 さっきから平日の真昼間だというのに複数の人と絶えずすれ違う。

みんな参道のはじを歩き、本殿の前で頭を下げてちゃんと礼を正しく取ってる。

うーん、素晴らしい。


 荒川区にあるこの神社、主祭神は素戔嗚命スサノオノミコト飛鳥大神アスカオオカミ木花佐久夜毘売コノハナサクヤビメが祀られている。

スサノオは……うん、あまり語るのはやめておこう。


 サクヤビメも日本ではたくさん祀られてる神様で、かなり苛烈な歴史を持ってる。

浮気を疑われて、それを証明するために火中で出産してるんだぞ。だから安産と火の神なんだろうけど。


 飛鳥大神は善悪を一言で判断する明智の神と言われてる。後に恵比寿神と同一視されるようになった神様だ。


 なーーーーんかさぁぁぁ……颯人に仕組まれている気がしてならんのだが。

神様の差配っていうやつじゃないのかこれは。

完全に嵌められている。絶対そう。




 じーっと横を歩く颯人と魚彦を見つめる。なんか企んでるだろ?なぁ。


「なんだ、その目は。我は何も企んでおらぬぞ」


「ワシは本当に何も企んでおらぬよ」


「魚彦、それは颯人が何か企んでるって白状してるようなもんだぞ」


「ほっほ、なかなか鋭いではないか。ワシは様々居所のある神で、颯人もそうじゃ。考えても仕方のないことじゃよ、これもな」


「ぐぬぅ……」



「サクヤもいるはずだが姿を表す気はなさそうだな、よしよし」


「彼奴は細かいからのう。ワシも苦手じゃよ」


 コノハナサクヤビメはお局様的なポジションかな、いなくてよかった。


 大きな本殿にたどり着くと、二柱がスタスタと階段をあがって行く。 

ところで、俺はどうすれば良いの?




「どうした、真幸」


「いやあの、仮にも神様のいるところにそんなズカズカ上がるのはちょっと。

参拝してからにするよ。手水舎で潔めて来て良いか」


「ふ、其方は頑固で真正直だな」


「我らは中で待つことにしよう。行っておいで」


「ハイ」


 颯人も魚彦もニコニコしながらさっさと本殿に入っていく。

苦い気持ちになりながら手水舎で手と口を浄め、思い悩む。


 いいのかなぁ、このまま颯人の企みに乗って。


 ちらっと奥の方を見ると、神楽殿があった。あれは舞を舞う舞台なんだよなぁ。

アー。うーん。そのうちやらされそう。嫌な予感しかない。

よし、見なかった事にします。




 本殿前に戻って、お財布から5円玉を取り出す。待てよ、普段世話になってるし一万円くらい入れるべきか??


 悩みながら千円札を賽銭箱に入れ、本坪鈴を揺らす。

紫、緑、赤白黄色とカラフルで可愛い鈴尾がついてるな。


 小さな鈴がシャラシャラ、大きな鈴がカラカラ、と良い音を立てた。

鈴からふわふわとほんのり光る白い粒が落ちて触れて、冷たい空気がしっかり体を包んでくる。


 なるほど、これは本当に意味がある物だったんだ。

今まできちんと知らなかったが、これも参拝のための浄めに他ならない。

……神社にあるもの全部に意味があるんだな。



 

 二拝二拍手一拝。


(いつも大変お世話になっております。変なことが起きませんように。)



 俺は目を閉じ、ただひたすら祈った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る