18 山神鎮め編 その3

「はい、それでは……かんぱ〜い!芦屋さん、ウチの課に来て下さって本当に感謝感激雨霰!!」


「かんぱーい。ど、どういたしまして?」

「タダ酒じゃーい!イェーイ!」

 

「「「……」」」


 

「お三方、どうしました?ここは経費で落としますから。沢山飲んで食べて下さい」


「いや、そういう事じゃないと思うよ」


 糸目でニコニコ微笑みながら生大を飲み干す伏見さん。結構行けるクチなんだな。

 ザワザワと沢山の声が行き交う賑やかな店内、小上がりの一角で卓を囲む。鬼一さんと星野さんは何故か正座だ。


 鈴村さんは一応病院へ運ばれているから、話すのはまた今度の機会だな。




 現時刻、22:30 報告書の作成が長引いて、伏見さんが明日をお休みにしてくれた。

いい機会だし、歓迎会をしましょうと居酒屋に連れて来られた所だ。


群馬からの帰りは伏見さんが迎えにきて車で戻ってきたらしいが、俺は気絶してたから覚えてない。



 俺は伏見さんと颯人に挟まれて奥側の席なんだが、何故俺を上座に座らせてるんだ。

スクナビコナ、鬼一さんと星野さんが並んで向かい側に座ってて、人間二人は気まずそう。


 こりゃ、伏見さんと飲む事自体があんまりない出来事なんだろうと察せられる。そして、颯人が何故か不機嫌だ。




「我は真幸と飲みたかった」


「颯人様、これは仲を深める宴会なのです。今回の選抜メンバーはそうするべきと判断しました」


「真幸には我がいる」


「真言で彼らがサポートしたでしょう。ゴミの処理だけでも今回は人数がいて良かったと思いますが?」


「むぅ」


「神力を分けていたとして、4柱を抱えて山彦と山神を鎮めるなんて。霊力の問題ではなく、精神的に大変な苦難があったでしょう」


「確かに……うむ」




「芦屋さんは念通話、翻訳、神隠しの術破り、祝詞を何度もやり直しましたよね。止めに2.3柱目の依代契約をされたんですよ?」


「真幸が昏倒してしまうまで疲労させたのは我だ……すまぬ」


 おぉ??珍しいパターンだ。

伏見さんに言われて颯人がしょんぼりしてるぞ。


 


「ワシも颯人も顕現可能と言う事は、霊力貯蔵庫の問題ではなかろう。

真幸は回復が早く質がよいのだ。貯蔵庫を広げるよりも、そちらを伸ばすべきじゃ」


「そう、思うか?」


「ワシならそうする。作り替えるより資質を伸ばすべきじゃ。その方が本人も疲労せんよ」


「わかった……」


「スクナビコナ、すごいな?流石智慧の神!」


 思わず褒めると颯人が頬を膨らませ、彼はにんまりと満面の笑みで肩を叩いてくる。おう、力強いな。




「真幸!お主はとても良い。ワシは山神鎮めで心が震えた。お前に魅入られる神は多かろう、ハラエドノオオカミもヤトノカミも離れるのが名残惜しそうだったわい」


「えっ?!」

「や、やめろ!俺の神様を取らんでくれ!」



「取らないよ。スクナビコナも緊急措置だろ?奪ったわけじゃないんですけど」


「我は不満だ。スクナビコナは真幸のいう通り緊急措置だ。我がめいんばでぃなのだぞ」


「わかっとるわい。スサむぐ!」


 スクナビコナが颯人に口を塞がれる。

伏見さんが「やはりか」と呟き、鬼一さんと星野さんが真っ白になってしまった。




「何じゃ?正体を秘するのか」

「我の名を出しても碌な事にならぬ」


「そうか、真幸が狙われるやも知れんな、すまぬ」


 二柱とも日本酒を煽り「かーっ」とか言ってるけど、聞き捨てならない言葉が出てきたぞ。


「俺、狙われるの?」


 伏見さんが神妙な顔で深く頷く。




「芦屋さん、元々颯人様を下されたのも普通ではなかったのです。

神や仙に習い、熟練の人員をあっという間に追い抜いた。しかも、全て鎮めているんですよ?」


「うぇ?……まぁ、そう、だね」


「陰陽師の何もかもを知らず、たった半年でです。あなたは鬼才とも言える。

堕ちた者にも狙われます。颯人様の神名は絶対に出さないで下さい」


「えぇ……?」


 胡散くさーい。にわかには信じがたーい。て言うか信じたくなーい。

颯人が降りたのは俺の世迷言のせいだし、まだまだしょっぱい男の俺が鬼才?ナイナイ、アリエナイ。




「俺は蘆屋道満の血脈としか思えん」


「しかし、うーん。私は心の在り方では、と思いますが」


「星野が言うと説得力あるな、魔除けしとこうぜ」


 鬼一さんを皮切りに、みんな一斉に煙草を吸い出した。

……くっ、俺は煙草を切らしてるんだ。



「芦屋さん、煙草は切らさないで下さいね。我々の会話だけでも悪しきものが寄り付きますから。あなたは特にそうですよ」


「そうなの?あっ、ありがとう」


 


 伏見さんが煙草の箱丸ごとを差し出して、自分の吸いかけの箱から一本取り出しマッチで火をつけてくれた。

やけに手慣れてるな、アメスピ吸ってるのかぁ……うぅん。



「似合わないと思ってますね」

「思ってしまいました。ゴメンナサイ」


「よくそう言われますが、陰陽師の煙草はできれば手巻煙草、マッチ使用が最善です」


「えっ!?めんどくさっ」


「真幸、そうは言っても無添加煙草じゃなきゃ意味がないんだぞ」


「手巻きも慣れれば楽しいですよ。ミント系がお好きなら精油を使うと、祓いの効果が増します」


 手巻き煙草はフィルター、葉っぱを自分で紙に巻いて吸うタイプ。

無添加だと買ったまま吸えるのはアメスピしかないじゃん。




「私は手巻きが口に合わないのでコレなんです。でも、芦屋さんが作れば魔除けの効果が増しますよ。作ってみたらいかがです?」


「俺、絶対葉っぱを散らかすと思うんだ」


「「「あー……」」」


 くぅ、納得された。不器用がどこかでバレている!?



「やりそうじゃのう。ワシが作ってやろう。明日にでも材料を揃えよう」


「マジで?ありがとう!あの小さい紙に包んで作るのは無理だよ……」


「我も無理だ。ちまちました作業は好きではない」

「「「「「あー」」」」」


「なんだその、あーと言うのは。真幸まで賛同しおって」




「ふふ、ごめんて。でもそうだよな、颯人は苦手そうだ。俺もおっちょこちょいだし仲間だな」


「そうか、其方と同じなのは大変よい」


「何だよそれ。不器用がいいのか?」

「よい。揃いが欲しいのだ」


「んじゃスーツ着るか?その着物街中じゃ目立つと思ってたんだ」

「そうしよう。髪も短い方が良いか?」


「うーん、俺は颯人の長い髪が好きなんだよなぁ。かっこいいし」


「そ、そうか。では残すとしよう」


 

「……恋人なのか?いちゃついてる様にしか見えん」


「ここまで仲良しなら繋がりも強いでしょうね。私はハラエドノオオカミを呼んで、一度で応じて貰った事などありませんよ」


「えっ?そうなの??伏見さんは?」


 伏見さんが煙を吐き出し、歪んだ笑いを浮かべる。あれ、俺地雷踏んだ?




「私の場合は血脈相伝で、そう言った話は無縁ですよ」


「でも、優しい神様の筈だぞ?稲穂の尻尾がついてる食べ物の神様、狐の神様とも言われてるけど」


「よく学ばれていますね。颯人様を見ているとそうかも知れないとは思いますが、相伝の場合神の意思はありません」



 えっ?なんだそりゃ??

颯人が苦い顔になったぞ。伏見さんが依代のウカノミタマノオオカミを調べたけど、颯人の血縁のはずだ。……何かあるんだな。




「狐の術で親から子へと神の魂を勝手に受け継ぐ、罰当たりな一族なのですよ伏見は。芦屋さんが常々思うように胡散臭い人間です」


「えっ、バレてる。ごめんて……それなら、本神と話してみたら?

俺は神様をそんな簡単に縛れるとは思えない。力を貸してくれるのはそれを許す意思がなければ無理だと思うよ」


「神と、対話ですか」


 颯人と少彦名がほんのり微笑みを浮かべた。俺と同じ意見みたいだ。


神様を術で縛れるわけないよ。相伝を赦して、きちんと伏見家を依代と認めてるんだと思う。




「話してみないとわからないだろ?

颯人は俺の頭の中覗けるけど、俺はわからんし。覗くよりも颯人の意思を颯人の口から聞きたい」


「そう言うものですか」


「人によると思うけどさ。バディとして働いてくれて、給料もらっても神様の役に立つのなんか飯と酒くらいしかないでしょ」


「確かに、そうですね」


「それでも一緒に居てくれる神様なんだから、理解し合うべきじゃないか?命を預け合う仲なんだもん。

他を鎮めるのに、自分のバディを理解してないのは疑問が残るよ」


「「「……」」」




 おおう、三人が黙り込んでしまった。

みんなバディと仲良くなれたらもっと仕事の精度が上がると思うんだけど。

素人の俺がまともに働けてるのは颯人のお陰だし。


 鬼一さんは最近仕事のノルマを大幅に超えてるから、今回の話を受けたんだ。


「甘い蜜を吸え」と言ってた頃のばっちい感じも無くなって、目の色も綺麗になった。

ヤトノカミとも話したけど、二人は仲良しなんだって。彼の変化は、裏公務員は一人じゃできない仕事だと証明している気がする。




「ワシも愛称で呼んでくれんか。真幸と仲良くなりたいのう」


 少彦名が手を伸ばして、頭を撫でてくれる。

ううむ、少年に撫でられるアラサーのしょっぱい男。どうなんだこれは。

俺が撫でたい。小さなほっぺを見てるとたまらない気持ちになる。


……俺、スクナビコナに憧れてたんだ。




「スクナビコナはあだ名があるのか?」


「颯人のように別名と言うものよ。ワシは神名が長い。ヒルコの方が呼び易いか?」


「でもそれは……いいのか?」


「構わぬ。と言うか、ワシが気になっておるのはそこじゃ。

真幸はヒルコの由来をなぜ知っとる。ワシは驚いたぞ。見た目を嫌がりもせず、ヒルコ姿のぷよぷよを楽しんでおった」


 バレたか……あのスライム触感はすごく良かった。癖になりそうだったな。




「俺は古事記が好きだって言ったろ?生まれを知って、何でヒルコオオカミは人を助けたのか……生まれてすぐに川流しされたのに、どうやってその仕打ちを昇華させたのかを知りたかった」


「なぜじゃ?」


 右手を握りしめ、手のひらを隠す。

俺の手には、小さい頃につけられた火傷の痕がある。


真さんは、これに気づいていた。





「俺の親は虐待ってのをする人だった」


「ま、真幸……もしや」


 鬼一さんが俺の手のひらを開き、火傷の痕を見て目を見開く。

これは煙草を押し付けた痕だ。普段は見えないが、血行が良くなると出てくる。



「俺は、お前の目の前でなんて事をしたんだ!……すまん!!」


 鬼一さんが掌を抱えたまま、顔を真っ赤にして涙を溢す。

そうか……そう思ってくれるのか。嬉しいよ。



 俺は一度ダメだと思ったら思い直すことは出来ないけど、一緒にいれるように努力はできるだろう。

そうしたかった人はもう、この世にはいないから。




「鬼一さん、母は鬼籍で父は失踪してるからもう大丈夫。俺のために悲しい気持ちにならなくてもいいんだよ、ありがとな」


「……っ」


「傷を抱えたままで、優しくなれるんですね」


「伏見さんも色んなもの抱えてるだろ?それでも俺を助けてくれてる。もうできてるでしょ」


「はい……」


 あれ?星野さんがメガネをかちゃかちゃしてるけど、どした?




「わ、私も虐待児でした。親から逃げて寺に入っています。でも、私もその呪いを受け継いでいるんです」


「あぁ、暴力振るっちゃうのか」


「はい。パートナーができるとそうなります。衝動に、負けてしまう……」


 星野さんの手首の傷はそれが原因かな。チラッと見えてはいたんだけど。

ゴミ拾いの時も暑そうにしてたのに、袖を捲ってなかった。



「俺もそうだったよ、星野さん」

「……そうなんですか?


 鬼一さんに右手を握られたまま、左手で颯人から杯を受け取る。

熱燗が注がれて、温かい液体を喉に流し、ため息をついた。


星野さんは俺の話を聞きたいんだな。目を逸らさずに居る。

……ん、わかった。




「衝動を抑えるために強くなればいいってものじゃないと思う。俺は、弱い自分をただ見つめ続けた」


「弱い自分を?」


 星野さんの問いかけに頷き、目を瞑る。

俺が大好きだった、親友の顔。今はもう……ぼんやりしとしか思い出せない。


 

「俺が暴力を振るったのは親友だった。

激昂して殴った後、アイツはその拳を抱えて泣いてくれたんだ。

『お前の手が痛いだろ、血が出てるじゃないか』って。

拳を振るった後は馬鹿みたいに泣けて、そんな資格微塵もないのに……情けなかったな」



 星野さんが頭を抱えてうずくまる。今渦中にいる彼にはキツイ話だろう。


でも、彼は再び顔を上げて……まっすぐに視線を戻してくる。

あぁ、星野さんのこう言うところ、すごく好きだな。




「俺は、殴った後に自分の顔を鏡で見た。興奮して真っ赤になって、とんでもない凶悪な顔してるんだよ。

そのうちなるべく硬いものを殴るようになって、怪我して、それを繰り返して。

何度目かにその痛みは、俺のために親友が受け取っていたんだと分かった」



 鉄骨叩いた時に粉砕骨折してなぁ。ありゃ痛かった、すっごく痛かった。

それを親友に押し付けていた事実に愕然としたんだ。


 俺は、知っていた筈なのに。痛いのは体だけじゃなくて心もだって事を。

体の傷は治っても、心の傷は治らないって事を。


 何度も赦してくれた親友に、俺は甘えていた。モサくてしょっぱいよりもずっとダサかったんだ。


 そんなどうしようもない自分が誰かと仲良くなるのが怖くて、前髪で目を隠して。

何も見ず、全てを投げ出して文句ばっかり言って。


 今もそれを脱しきれてない。恥ずかしいよ。




「星野さんに怪我はして欲しくはないけど、それこそ自分自身と話してみるのがいいと思うよ。俺はそれまでちゃんと考えたことがなかったんだ」


「仰る通りです。後悔や悲しさを持ちつつも、きちんと考えた事はありませんでした」


「向き合うのが怖いんだよな、自分がされた事も思い出すから。

でも、それもきっと必要なことなんだろうとは思うよ」


「はい」


「煙草吸い始めたのも自分が受けたものを忘れたくなかったから。吸うたびに感じる苦さも、熱も、俺にそれを教えてくれる」


「もう、もう……やめよ。耐えられぬ」


 颯人が眉を顰めて、抱きついてくる。ぬお?何事??





「真幸は尊き命だ。幼い頃に苦しみを受け、自らを傷つけても人を守ろうとしたのだ。もうよい、今の真幸が痛いだろう。其方は一人で全部をやって来た」


「颯人……俺はもう、全部の縁を切ったから一人も友人はいない。しょっぱい男だったけど、颯人が来てくれたから全部が報われたよ。

 この仕事ができて嬉しい。俺みたいな奴でも生きる意味が欲しかったから、今が本当に幸せなんだ」


 んふふ、と笑うとみんなが顔を伏せてしまう。

あれ?おかしいな、ここはニコニコする所じゃないのか?




「真幸、生きてくれ。俺も強くなる。お前の仕事を減らすから……頼む」


「鬼一さんが頑張ってるのはちゃんと知ってるよ、また今度一緒にやろうな」


「そう……言ってくれるのを待っていた。すげぇ、嬉しい」


「へへへ、そりゃ良かった。俺も嬉しいよ」


 俺が一人でニコニコしてると伏見さんが珍しくくっついてくる。……明日は槍でも降るのか??



「とんでもない飲み会になってしまいました。結局芦屋さんのストレス解消になったのか、わからない」


「伏見さん、俺のストレス解消のために飲ましてくれたの?」


 真っ赤になってる伏見さんは、俺が話している間に何杯飲んだんだ?

ジョッキタワーが出来てるんだが……器用だな。




「そうですよ、私だってあなたの事を尊敬してるんです!あなたの仕事を最初から全て見ているんですから。

もう、どうしたらいいかわからないです。何であなたみたいな人がいるんだ……クソッ」


「えぇ……クソは酷いよ」


「あなたに言ったんじゃないです。自分に言ってんだ。芦屋さんみたいになりたい。僕は、僕だって……」


 おおぉ?伏見さんが僕って言い出した。相当キてるなこれ。




「僕は酔っ払った芦屋さんが怒ってくれると思ってたのに!なんで仲間内まで救い上げようとするんです?僕はどうしたらいいんですか!」


「落ち着けって。伏見さんは説明ちゃんとしてくれりゃ何も不満はないけどなぁ」


「そうだ。お主はいつもそれが足りぬ。慣れればやりやすいが、初心者向けではない。今少し何とかせよ」


「すみません……」


 おお、颯人が反撃に成功してるぞ。




 伏見さんのやり方は効率が重視されてるんだ。

颯人が言うように慣れればツーカーだけど、慣れてないと分かり難いんだよなぁ。


彼なりのやり方で自分を明け渡してくれてるんだけど、初心者向けじゃないんだ。不器用なんだろうと思う。


 というか……そろそろ暑いんですけどぉ。




「颯人はいい加減離してくれよ。むさ苦しいだろ」

「離さぬ。我は其方のばでぃなのだ」


「いいなぁ、俺も真幸のバディになりてぇな。オトモダチでも下僕でもいい」

「えっ、鬼一さんも酔ってる?」


「すいません、私も酔ってます。芦屋さんに触りたい。触ります」

「待って、星野さんはおかしいだろ。顔色変わってないのに!」



 おしくらまんじゅうかって位にくっつきあって、星野さんと鬼一さんが握った手が暖かい。


その暖かさをもらう資格があるのか、自信はない。俺は凄く未熟で、周りの人に恵まれただけなんだから。

歳だけとっても大人になるのは難しいな。今日はそれがよく分かった。




「ほっほ、面白いのぅ、颯人もデロデロに溶かされとるのか」


「颯人は2日目からこうだぞ」


「ほぉー?此奴がこんな風なのは初めて見た。ワシもそうなるかもしれんな?」


「別にいいけどさ。人の何かを受け止める器量は持てるようになりたいなぁ」



 右手も左手もいつの間にか握られて、体は颯人と伏見さんにガッチリホールドされている。

男だらけの筈なのに、何なんだまったく。




「なぁ、真幸。ワシを魚彦なひこと呼んでくれるか」


「お!それはいいな。呼びやすいしかっこいい」


「そうじゃろう。ワシが生まれたばかりの時に母が呼んだ名だ。真幸にそう呼ばれたい」


 頬杖をついた魚彦がふにゃりと微笑む。お前さんも酔っ払ってんな?



「じゃあそうしよう。魚彦もスーツ着るか?」


「それもよいな。明日にでもねくたいとやらを締める練習をせねば」


「我もする」


「そうだな、一緒にやろう。しかし、どーすんだ……これ」



 涙と鼻水を流しながら鬼一さんは寝こけてる。

星野さんは真顔で目がカッと開いてるけど、これも寝てるよな。

伏見さんは細い目がますます細くなってゆらゆら船漕いでるし。




「我が住処に転移させればよい」

「布団が酷いことになりそうだけど、それしかないか」



 颯人が顔を近づけて、じいっと見つめてくる。うーん、相変わらずイケメンだ。


「いつものように言ってくれ」


「んぁ?あぁ……みんなをお家に帰してやってくれ。頼む、颯人」


「応」




 パチン、と鳴り響いた音の後、全員が消失してふと気づく。


「お、お会計してない!!!」



 俺は震えながら、長ーい伝票に手を伸ばした。

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