17 山神鎮め編 その2
「芦屋さん、大丈夫ですか?」
「ん?」
「顕現を同時に4柱、遠隔律動までして自身が動けるとは。とても信じられません」
「んー、目眩はするけど。平気だよ」
星野さんがゴミを拾いつつ尋ねてくる。俺も気を遣わせてしまったようだ。
現時刻7:30 助っ人三人の神様を預かり、不法投棄の大物を纏めて貰ってる。
俺たちは小さなゴミを拾っている最中だ。
「少し休まれては?」
「その方がいい、顔色が悪いぞ」
おや、鬼一さんにまで心配されてしまったぞ。
「俺が責任者なんだから、神様だけ働かせるのは嫌だよ」
「その心持ちが颯人様が降りられた理由なのですね……」
「星野さんが言うような大層な理由じゃないよ。恥ずかしくて言えません」
「そうなんですか?余計に気になりますね」
くっ……颯人が『恋してチューする』って世迷言に釣られたなんて言えない。
無理、憤死する。話をそらすぞ!
「赤城山は杉の木と白樺が多いなぁ、いい山だ」
「そうだな、大きな
「本当ですねぇ」
汗を拭いて、渡りくる風に目を細める。空気が綺麗で気持ちいい。
蝉が鳴き始めたな、朝早いからヒグラシか……この切ない聲、たまらん。
「みんな納得してはるけど、杉と白樺があると何でいい山なん?」
「鈴村さんて、結構色々知らないね」
「……」
つい意地悪しちゃった。鈴村さんの細い眉毛がしょもんと下がる。ごめんて。
「杉の木は御神体になれる霊木だし、白樺は天と地の境をつなぐ架け橋で聖なる木として有名だな」
「よくご存知ですねぇ」
「予備知識は一人で習得できるからね。スマホで検索すればいくらでも出てくるし、俺は古事記が好きなんだ」
「神話がお好きですか、なるほど」
「元々素質があるんだ、頭にすんなり入ってるなら尚の事だな」
鬼一さんが崖の上の方から、じっと見つめてくる。なんか褒めてる?もしかして。
「下級霊は見えてたが一般人だよ?」
「元一般人だとしても、任務で目の前の光景を受け入れる事自体が難しい。
それが出来る時点で素質がある。下級霊はいつから見えた?」
「ふーん、そんなもんかね。天変地異が起きてからだよ」
「ほぉ……同じ時期に妙な力を発揮した奴は複数いるが、芦屋さんが颯人様の降臨に居合わせたのは運命だろう。
神との巡り合わせはそういうもんだ」
「前みたいに名前呼びでいいよ、鬼一さん。……そう言われると神降ろしの場に行かなきゃならんような気がしてたな」
ビール飲んで、たっぽたぽの腹で大丈夫だったのかな。
俺のしょっぱい顔でも納得してたし、颯人が何も言わないから気にしてなかった。
「しかし、禊もなしによく下りましたね」
「禊……そういやお酒ってお祓めになるよね?それかも」
「昼間から酒飲みか」
「あん時はやけ酒してたんだよ。日の高いうちのビールは美味かったな」
んふふ、と笑いをこぼすと鬼一さんも星野さんもつられて笑う。
んー、なんかいいなこう言うの。
そろそろマンセルもいいよって言おうかなぁ。
「あれ?鈴村さん?」
ふと、話に入ってこない鈴村さんが気になって辺りを見渡す。
おーい……いないんですけどー。
(真幸、鈴村が隠された)
颯人の声だ。まーたそのパターン?
「大丈夫かな」
(一人前の陰陽師が、山彦の術を破れぬのはおかしいだろう。放っておけ)
「うーん、まぁねぇ」
ゴミを拾い上げ、辺りをもう一度見渡す。これで一通りは拾い終わっただろう。
赤城山自体が神聖な気配を持っているし、鬼一さんも清庭と言っていた。清庭は神様が体を休める場所だから汚すわけにはいかない。
魔除けのタバコもダメだが、術を使えば山神を刺激してしまう。
さて、どうするかな。
「芦屋さん、どうかしました?」
星野さんが不思議そうに尋ねてくる。
そうだった、颯人の声は聞こえてない筈だ。省エネモードだからな。
「鈴村さんが神隠しされちゃったみたいでどうしよっかなって」
「えっ?鈴村さんって、どなたですか?」
「……わぁ、マジか」
胸の中にザワザワと嫌な予感が広がっていく。
「何かあったか?」
「鬼一さん、お手伝いメンバーの名前を言ってくれ」
「へ?俺と、星野だろ?」
「……颯人」
「応」
颯人を喚ぶと、神様たち全員が現れる。複数仮契約だから颯人の他は白黒毛玉で顕現してるが、一柱足りない。
「神ごと隠されてはおらぬ。ここに居るのだが見えぬか」
「見えないな」
「ならば触れてみよ、ここだ」
颯人に手を取られて、虚空に手を伸ばす。
ぷにゅん、と柔らかい触感と共にスライムみたいなヒルコオオカミが現れた。
こ、これは……触り心地がいいな!ふにふに。
「なっ!?ヒルコオオカミ?!」
「何でこんなとこにいるんだ?」
「真幸、二人を扇いでやれ」
「ふぁーい……」
仕方なく蛭子大神から手を離し、檜扇で二人に向かって仰ぐと、黒いモヤがざーっと離れ、二人がかぶりを振った。
もう一度柏手を打って翻訳術と結界を張りなおす。ずっと張っておけばよかった。しくじったな。
「クソ、神隠しか?」
「山神の仕業ですか?」
「山神に決まっている。山彦はもう見つからぬだろう」
「ヤバい事態って事だねぇ」
「あぁ、屑は片付いた。後は業者に任せて山神に会おう」
「了解」
颯人が神様たちを引き連れたまま、山の上に向かって歩いていく。
「すみません、油断していました」
「其方たちは本当に未熟者だ。年配者が術にかかるなど不甲斐ない」
颯人の言葉に二人が押し黙り、ひたすら歩いていく。
落ち葉を踏み締め、重たい足を抱えて坂を登る。はーきっつう。
「真幸、来い」
「やだ」
「負担があるのはわかっている。足が重かろう」
「い や で す」
「ぬぅ……はようせい。神達は従えたままにせねば。山神は完全に堕ちそうだ、急ぐぞ」
「わかった。じゃあ走るかぁ」
額の汗を拭ってふぅ、と息をついたところで颯人にヒョイっと抱えられる。
もおおお!何でいちいちお姫様抱っこなんだよ!!くっそおぉ!
「無駄な意地を張るな」
「ぐぬぅ」
「先に行くぞ。
「「はい!」」
鬼一さんと星野さんの返事を聞いて、颯人が地面を蹴る。
ピョーンと森の上に出て、地面に降りてを繰り返す。ジェットコースターみたーい⭐︎なんてはしゃげる状況じゃないな、うん。
颯人のおかげであっという間に山頂に到着。
真っ黒なモヤが、山頂の切り立った崖から上空に向かってゆらめいている。
これが山神だな。体全体が重たくなるような圧力を感じる。
「まずは祝詞から始めよう、対話のための呼びかけだ」
「どれにする?」
「大祓祝詞だな」
「わかった」
大分長い祝詞だ、まだうろ覚えなんだがやるしかない。
参拝の礼を取って口を開く。
「高天原に
「声が低い、やり直し」
「はい」
祝詞の言葉を唱え直しながら冷や汗が出て来た。
祝詞は神様を寿ぎ、幸を与えてくれとお願いするものであり、潔め祓いの効果がある。
今回は荒神になった山神への呼びかけで、祝詞の先に神鎮めの問答が待ってるんだよな。
祝詞は伸びやかで高い声を使い、音階や区切りが細かく定められている。すごく、難しいんだ。
颯人の合格を貰えていないのに、神様に通じるだろうか。
「迷いがある。やり直し」
「はい」
鼻から息を吸い、口から吐いてもう一度最初から。
黒いモヤが空に届き、その暗闇を全体に広げていく。鈴村さんの気配があるのに姿が見えない。
瘴気に自分の身体が包み込まれ、むわっと蒸した空気に変わる。
暑い……真夏の盛りのようだ。
「あっ、祝詞!?」
「しっ。音調が乱れる。霊力補助だ、ダブらんように真言で行こう」
「はい」
山頂にたどり着いた星野さんと鬼一さんが小さく真言を唱え出した。
真言は仏教、祝詞は神道の文言だ。
真言の音が体に触れた瞬間、ふんわりと体が軽くなった。
……ありがとな。
「発音が違う。やり直し」
「はい」
顎から汗が滴り落ちた。
頭から冷水をかけられたように体が芯から冷たく、重くなっていく。
瞬きをしてはいけないから、汗が目に入って何も見えない。颯人が肩に置いた手から伝わる体温だけが、自分をこの世に引きとどめている。
山神様、あなたと話がしたい。堕ちないでくれ。あなたが居なくなったら、ここは死んでしまう。
……まだ間に合うはずだ。
祝詞がようやく終わり、瞬きを繰り返した。
クリアになった視界の中、4柱が俺を取り囲んで守ってくれているのが見える。
暗闇の中から、黒い羽の生えた少年がやって来たぞ。
(山彦だ、間に合ったな)
(よし。さて、やるぞー!)
(うむ。心を強く持て)
颯人が俺から離れて、山彦が真っ直ぐ俺を見つめてくる。
膝を折って、視線を合わせた。
「
(颯人、真名を告げてもいいのか?)
(あぁ)
「名を芦屋真幸ともふします」
「
「ものかたりに参りました」
「
「はい……もうしわけなしにございます」
(真幸、頭を垂れよ。山神のお出ましだ)
地面に正座で座って、平伏する。
後ろの二人も倣ってくれたようだ。
「珍しい御仁ですわね」
「久しいな、赤城山」
「ふん、妾は真幸とお話ししに参りましたの。山彦、お戻り」
「はい、かかさま」
山彦が迷いなく山神の瘴気の中に消えていく。
瘴気の中でもより黒く、密度の高い黒モヤが近づいてくる。
とんでもない重力を体全体を押し付けられ、頭の中が掻き回されているような感覚が訪れた。
後ろの二人が吐いちゃったな。
喋り言葉が古語じゃない。本当に強い神様はこうなんだ。
「ふぅん?辛抱強いこと。頭を掻き回してやったのに」
「あまりいじめるな。我のばでぃなのだぞ」
「うるさいわね。真幸、顔を見せなさい。……あなたはいいの。でもね、この子はダメ」
目の前の黒モヤが三日月に割れて赤い舌がにゅるり、と垂れる。
その先に括り付けられたのは……鈴村さんだ。意識がないし、血の匂いがする。
「あなたは山をお掃除してくれた。だから許そうかなって思っていたの。
でもね、この子はヒルコを害したわ」
はっとして、俺の右隣で蠢くヒルコオオカミを見つめる。彼はぽろん、と一雫の涙を溢した。
「この子の骨を全部折って、血管を破って、内臓を引き摺り出して長く苦しめてから食べるのよ。そうしたら私もきっと鎮まるわ」
「どうしても、食べたいのですか」
「本当は嫌よ、山を汚した者と同じ穢れた心の持ち主だから。
山彦の姿、真幸はどう見えた?」
「水干姿の、黒い羽がついた少年に見えました。癖っ毛がとても可愛かったです」
「そう……この子にはドロドロの液体に目玉が沢山あるように見えたの。
山彦は声を返すのと同じように、人の心を映す。あなただから可愛い子に見えたんだわ」
「……はい」
「ね、いいでしょ?一人が死ねば沢山が助かる。真幸は殺したくないの。今後も会いに来てくれるわね?」
「はい、必ずそう致します。しかし、人を食えばあなたは命の業を背負います。山神としての形が変わってしまう。もう、すでに苦しみを抱えて居るはずです」
「まぁ!よく知ってるわね。彼に聞いたの?」
「我はそのような知識は与えぬ。今までの経験で培ったのだ」
「颯人が言うように、人を食った神を俺は見てきました。みんな優しい神様だったのに……今も苦しみを抱えています」
「命を食らえば当然の事よ、私を見てそう思わない?瘴気を纏い、穢れ切ったこの姿を見て」
「……あなたは、この山そのものです。赤城山が富士山よりも高く聳え立つ、日本一の山だった事を知っています。裾野が長く、今も雄壮なその姿を思い浮かべることができましょう」
「まぁ!まぁ!そうなのよ!元は富士山より高かったの!ようく調べたわね。森は?木々はどうだった?」
「木立が真っ直ぐに立ち並び、下刈りがよくされていて、地面までしっかり陽が落ちています。空気が澄み渡ってとても綺麗でした」
「まぁぁ……」
三日月から出た舌がポイっ、と鈴村さんを放り投げた。
ヒルコオオカミがそれを受け止め、傷を癒してくれている。
……うん、やっぱり優しい神様だ。赤城山もきっとそう言う神様のはずなんだ。
「真幸!もっとお話しして!」
「はい。湖は冬になると凍結して人間が集まり、スケートを楽しむとか。
湖氷に穴を開けて、ワカサギ釣りも出来ますね。澄んだ水に落ちた葉は魚の栄養になるでしょう。命の循環がこの山を清庭と成しています」
「えぇ、清い水だから山小屋のおうどんも美味しいのよ!」
「キノコがたくさん入ってるうどんだと聞きました。帰りに食べたいです。
温泉も湧いていますね」
「そうよ!ここはね、温泉が沢山あるの。とってもいい所でしょう?」
「はい。温泉に入って、体が温まったら焼き魚をつまみにお酒を飲みたいです。赤城山や榛名山という地酒があると聞きました」
「うん、そうよ!お酒もとっても美味しいの。山神の名を冠したお酒が沢山あるんだから!」
山神のはしゃいだ様子が切なくて、胸がすごく苦しい。
神様はここを愛してる。人間が山に訪れ、楽しむ様子を知っている。土地に由来したものを褒められて、こんなに喜んでくれるんだ。
山彦は、山神が怒ってるって言ってた。
本当は優しい神様なのに、荒神にしてしまったのは人間だ。守られている立場なのに……どうしていつもこうなんだろう。
山が噴火して、カルデラができて、湖になるまで何千年の月日を要しただろう。
清庭の杜が育つまでどれだけの時間が必要だったのかな。
悠久の時をずっと守ってきた山神……あなたの大切なものを汚して、本当にごめん。
「……泣かないで、真幸のせいじゃないでしょう」
「俺達人間が、あなたを荒神にしてしまった。それなのにあなたは土地を、人を愛している。それが切なくて、申し訳なくて……」
瘴気が収束して、空が少しずつ青を取り戻す。黒がシュルシュルと音を立てて一塊になり、着物姿の女性が現れた。
お姫様みたいだ。豊かな黒髪が優しく風に揺れて、真っ白な肌に口紅だけを引いた優しげな顔。
一緒に姿を現した山彦を膝に乗せて、正座で俺に向き合ってくれた。
これが本当の姿なんだな……綺麗な神様だ。
「お召しになっているのは桐生の織物でしょうか?」
「真幸の言葉でお話しして。桐生の織物を知ってるの?」
「では……本物は初めて見たよ、細かい刺繍なんだな。すごく綺麗だ。」
「そうでしょう、桐生の
「神様が人の作ったものを着てくれるなんて……嬉しいな」
はっとして、山神が口に手を当てる。
「そうね、私はこの織物が好き。ここに暮らす者たちも、それが作り出す物も好きよ」
「温泉も好きなら、よく入るの?」
「えぇ、山の温泉は鉄分が豊富でとても温まるの。人に紛れてよく浸かるのよ。
可愛い子達がそこにいるわ。お風呂上がりに手作りのお漬物を手の甲に乗せて食べるの。沢山くれるから、いつもお腹いっぱいになっちゃう」
「この地で育てたお野菜もきっと美味しいだろうな。ここに来る前に寄った休憩所で、俺も農家さんを見かけたよ。
あんなに早い時間から働いて、大変だろうに……みんな笑顔だった」
「うん……そう。シワシワの子達は苦労して作ったものを惜しげもなく与えてくれるの。『美味しいだろう、もっと食べろ』って。
顔見知りでもなんでもないのに、そばに居ただけで優しい気持ちをくれる。
うるさい鉄箱に乗った若い子も神社に来て祈ってくれる」
「そうか……あなたは除災招福だけでなく学問や芸術の神様だ。ずっとずっと、そうして俺たちを守ってくれてたんだな」
言葉が、途切れる。
山神が俺を見つめた後、目を伏せた。
「……うん。あなたが真摯な気持ちで私を鎮めたいのはわかったわ。
さっきまでどう言い返すか、試していたの。私の事まで勉強してきてくれたのね」
「うん、それが礼儀だと思ったんだ」
「人を殺した荒神なのに、初めから鎮める気でいたの?」
「俺は誰も殺さないよ。……命を奪ってしまったのなら、その事実を受け止めて欲しいから。
生意気言ってるけど、半人前で祝詞も散々間違えた。ごめんな、ちゃんとできなくて」
「ううん、いいのよ。私に祝詞をくれるのは神主だけだった。荒神になった私に向かって謳ったのはあなただけ。
私の元へ来た陰陽師を何人も消したわ。
初めから憎しみを私に向けていたから、そうするしかなかった」
「そうか……」
「でも、真幸の言う通りこの手で刈り取った命の責任は、負わねばならない。私が死んだら大好きな場所が死んでしまうわ。業を背負い、私は山神を全ういたしましょう。それが使命だと思い出した。
私を諭したあなたが会いに来てくれるなら楽しみがあるもの、頑張るわね」
「うん、そう言ってくれるなら嬉しい。俺は、全部を山神だけに背負わせはしないよ」
微笑みを交わし、山神はほうっとため息をつく。
命を刈り取る、人を殺す行為はそこに必ず念……思いが遺される。
元は相手側が悪くても、それを抱えるのは殺した彼女自身なんだ。神でも人でも同じように命を殺せば念が呪いとなって本人を苦しめるだろう。
でも、俺が輔ける。二度とこんな風にしなくてもいいように手伝って行こう。アフターフォローってやつだ。
人が荒神に落とした罪を、その責任を俺が持つよ。
独りになんか、させないからな。
「ふふ、そんなに見つめなくても伝わってるわ。真幸は優しいわね、皆んながきっとあなたを好きになる。
ヒルコは、あの子が好きなのかしら。傷つけられても愛せるのかしら……」
俺の後ろに控えたヒルコオオカミをじっと見つめる山神。彼はちゅるちゅるした体で鈴村さんを抱いている。
「彼は優しい神様です。人間をみんな愛してくれる。鈴村さんは……そうだな、俺が直接教えようかな」
「ならぬ」
颯人がヤンキー座りでしゃがんで、顔を近づけてくる。
「我らの棲家には入れぬぞ」
「なんでだよ」
「ばでぃの巣に邪魔者を入れとうない」
「えぇ……?じゃあどうすればいいんだ?」
「スクナビコナと契約し、真幸を依代にすればよい。鈴村は修行のやり直しだ。
降りた神には不相応だろう。霊力が低い故ヒルコのままなのだ」
「俺が二柱抱えるなんて、それこそ相応しくないんじゃないか?あんなに鈴村さんを大切にしてるのに」
「あれは真幸が言ったように元々が慈悲深いのだ。離れた方がよい、そのうち依存してしまうだろう」
「そうね、あの子には御しきれないわ。ヒルコのまま成長できずに依代を飲み込んでしまうでしょう」
「それは良くないな。一時預かるしかないのかな」
「うん、それで私も納得するわ」
「えぇ……マジかぁ」
「うむ。約束を反故にせぬうちに契約しよう。スクナビコナ、近う」
えっ?本当にこれで決まりなの?伏見さんに聞かなくていいの?
ていうか依代って1:1じゃないのか!?
「伏見に聞いたらいかんと言うに決まっている。やって仕舞えばいい。既成事実というものだ」
「えぇぇ……」
鈴村さんを鬼一さんに預け、ヒルコオオカミ……スクナビコナが近づいてくる。
「あなたは、俺でいいのか?」
問いかけて、ぷよぷよした体に触れる。すごく名残惜しい。俺が預かったらぷよぷよじゃなくなる気がする。
こんなに気持ちいいのに勿体無いなぁ。
「よい。颯人がスクナビコナというならワシはその体を成せる。
ヒルコのままでは鈴村もワシを使えんし、降りた意味がないのじゃ。其方に預かって欲しいのう」
「そうか……わかった」
俺の手をぎゅっと握り、蛭子大神はその姿を変えた。
山彦と同じ、水干姿の少年だ。
頭の上で丁髷に結った黒髪が跳ねている。目の色が……綺麗な空色だ。
「さぁ、契約だ。仮契約とは訳が違う。心して受けるのじゃぞ。
いかな陰陽師とて二柱目はしょっくが来る」
「う、はい……」
「鈴村妃菜を依代から外す。継ぎの依代として芦屋真幸を指名しよう。ワシの神力を与え、新たな主とする」
「……っ、あ……」
頭のぐるぐるがまた蘇ってくる。
蹲る俺をスクナビコナが抱えてくれた。
あぁ……すごい、眩暈と癒しの力の応酬が頭の中で繰り広げられてる……うぅ。
「あ、そうだわ!山彦も連れていってちょうだい。あなたの役に立つから」
「へ……?」
待って、俺もう限界なんだぞ?山彦まで来たら……。
ぐるぐるのままの頭の中で羽の生えた少年が眉を下げ、手に持った錫杖を山肌に叩きつける。
『しゃん』と音が鳴って、俺は人生何度目かの気絶を果たした。
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