裏公務員の神様事件簿

只深

第一部

第1話 裏公務員始めました その1


 くたびれたスーツのスラックス、擦り切れて色の薄くなった革靴の爪先に、キラキラと光の粒達が降り注ぐ。

 それは一つ一つが瞬き、触れるものへ七彩を染み込ませる。

 冴えない色だった世界の何もかもが鮮やかに色づき始めて、息を吹き返していく。


 灰空の雲間から光が差して、一筋の陽が天使の梯子となり目の前の大男を照らし出す。まるでスポットライトみたいだ。

 


 

 腰まで伸びた艶やかな黒髪を風にたなびかせ、キリリと引き締まった眉毛とやや吊り目の涼しげな双眸。背が高くてシュッとしている。鋭く男らしい印象がある顔立ちと姿だ。

 しかし、幼なげな笑顔を浮かべているおかげで逆に優しそうにも見えた。

 その男は腰を落とし、ヤンキー座りで俺の顔を覗き込んで来る。

 何でその格好で色気があるんだ?ズルくない?


 黒髪が帷のように俺の顔を包み、良い匂いがしてきた。

 白檀の清らかな香りだ。じっと見つめてくる美丈夫はへにょん、と眉を下げる。



 

「なんだ…男か。しかも萎びた男だ」


 しょんぼりした顔でつぶやいた彼は、微細な刺繍が施された漆黒の着物を翻して立ち上がる。



「あまりに清く甘い気配で騙された…まぁよい。名を述べよ」


 偉そうな物言いに、頭にカッと血が昇る。どーせ俺は萎びた男だよ!地方公務員の薄給舐めんな!

 スーツだってヨレヨレだし、髪の毛だってあんまり切りに行けないからどーーーせモサイよ!目にかかった前髪を吹いて飛ばし、イライラしながら腹に力を込める。


 


「人に聞くなら自分から名乗れ!」

「ほう。我を前にして物申すとは…なるほど、そういう事か。美しきまなこをしている」


 首根っこを掴まれて立たされ、あまりの扱いにそいつを睨め付ける。

 一人で何か納得してんじゃねぇ!腹立つな。


 

 

「我は…そうだな、颯人はやととでも呼べばよい。して、お前の名は?」


 俺が立ち上がっても見上げるほどでかい颯人はやとは、ニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべる。


真幸まさき。あんた何なんだ?突然現れて…」

「真名を芦屋真幸あしやまさき、我の神力を与え主とする。」



 

 

 凛とした顔で告げられ、指先が額に触れる。その瞬間目の前が真っ白になり、そして真っ黒に暗転した。

 これは、人生で何度目かの気絶に間違いないだろう。

 

 


 ──俺、颯人はやとに名字言ったっけ…?


 素朴な疑問を頭の中で呟くと、嫌味な程美声の含み笑いが耳の中に響いた。


━━━━━━



「はい、じゃあこれハローワークに提出してね」

「はぁ…」

「あとは共済保険続けるか、国保に変えるか検討して。分限免職でも一応退職金出るから。ありがたく受け取るように」

「はぁ…」


 紙封筒に入った書類の束を受け取ると元上司がしっしっ、と手を払って来る。

 


 

「お世話になりました…」


 小さい声で告げても誰も聞いてない。

 灰色のデスクの海、スーツを着た複数人の同僚だった人達は一様に俺から目を逸らして目の前のパソコンに齧り付いている。


 誰も見てないんだ、俺の事なんて。


 


 何だかガックリ来てしまった。

 誰か一人でも憐んでくれるような気がしていたけど…惜しまれるような人材では無かったって事だな。

 

 色んな言葉を飲み込んでため息を落とし、草臥れたビジネスバッグにやたら分厚い書類を押し込んで役所から遠ざかる。

 頭の中に何も思い浮かばず、知らないうちに近くのコンビニに足を踏み入れていた。


 クリスマスソングがかかっている陽気な店内。

 金髪でピアスをたくさんつけたやる気のない店員が「しゃーせー」とおざなりな歓迎の言葉を投げかける。



 宛てなくフラフラと店内を彷徨って、銀色の缶が目につく。

 現時刻 真昼の12時。

 コレは平日のこんな時間から飲んでも良いものじゃない。

 

 普通は。

 


「もう普通じゃないんだから良いよな?」

 

 先ほど受け取った封筒が鞄からチラリと覗く。


 

 

『ソウダヨ!イッチャエヨ!』と呟きが聞こえた気がして、俺は勢いよく冷蔵庫のドアを開けた。

 

 

━━━━━━




 

「ぷっはあああぁ…サイコー!!!!」


 真冬の川縁、道ゆく人々が真昼からビールの缶を煽って叫ぶ俺に眉を顰める。

 知らねー!俺はクビになったんだ!!!真冬だっていうのに気温は二十度を超えて、コートも要らないなんておかしいだろ?

 こちとら冬用のスーツで仕事しなきゃならないんだから暑いんだっての!



 うんうん、と一人で頷き、500mlのでかい銀色の缶の底を地面に叩きつける。

 数年勤めた役所の裏で何本目かのビールの口を開けた。

 あいつらまだ働いてんだよな。見てるだろ?落ちぶれた俺の姿を。こんな近くで昼間から酒をあおってるのに見えないとは言わせないぞ。


 


 今思えば、部署に配属された時から雲行きは怪しかった。業務内容の指示はメールで来るはずなのに俺に全然届かないし、メールが来ないと言えば『忘れてた、ごめんね★』と教育係に言われ。

 国民保険の担当部署のはずなのに、何故か社会福祉課の仕事に同行を命じられ。今まで培った保険の知識なんぞ1ミリも役に立った覚えがない。


 研修だってまともにしてないし。

 このご時世じゃ、仕方ないと言えばないけどさ。



 

 西暦…今何年だ?とにかく平和な時代は終わりを告げている。

 

 もともと近年では地球温暖化、人口の減少に少子化、相次ぐ海外の戦争に影響された物価高…この日本という国は確実に狂っていた。

 そもそも何がまともで、何がおかしいのかすら知らないまま暮らしている人だらけの平和な国だったのに。

 あの頃の日本は跡形もない。


 

 必死で働いてたって税金は上がりまくって、元々金がある奴らだけが肥え太り…俺みたいな平凡な人間は身だしなみをまともに気遣うことすら出来ない。

 一時期沢山あったソーラーパネルの海達は全て畑に戻り、自給自足がブームになりつつある。

 

 農業や畜産と言った生産業は逼迫され、時代が巻き戻ってしまったかのような貧困生活を国民は余儀なくされた。

 モノが多く出回らないから作るしかない。スーパーに並んだ新鮮な食材は『選ばれた人たちの食べ物』とまで言われている。

 薄給で尚且つ作物を育てる土地なんか持ってない俺は、鮮度が落ちて安くなった食材を狙う〝売れ残りハンター〟と化した。

 ちなみにライバルは沢山いる。


 


 その情勢に加え、ある日突然江戸川の氾濫が起きた。あんな大きい河川が氾濫してしまったらどうなるか、誰にでも想像がつくよな…。

 都心部に起きたその大災害を皮切りに、日本各地で天災が起こり始めてしまった。


 地面が突然隆起したり、液状化したり。

 森の木々が一斉に枯れたり、大量に鳥が死んで害虫が増え、作物を食い尽くされたり。予兆なく竜巻が起き、豪雨が頻発する。

 真冬にやってくる台風、真夏に降る雪、局地的に起こる大規模な地震。

 一日の中で季節が何度も変わったかのような寒暖差が続く。

 日本の四季はどこかに消え失せて、植物達は力を失い花を咲かせなくなった。

 

 次々に起こる謎の天災は…たくさんの人を殺し、穏やかな暮らしを崩壊させたんだ。


 

 

 何故か伊勢神宮や日本の霊所と言われる場所を除いた地域だけに災害が次々と起こって人心は惑い、この国は荒れて行った。

 クビにならないと言われている公務員の俺が免職になるご時世が完成してる。


 

 ビールをちびりと口に入れると苦味が広がって来る。

 ビールがうまいのはキンキンに冷えた一本目だけだよな…ぬるくなったビールは美味しくない。

 


 

 

 ふと、肩がずっしりと重くなって来た。

 またこれか…。

 

 自分の肩を見ると、黒いモヤモヤがそこに鎮座している。

 モヤモヤの中に沢山の目玉が浮かんできて、ギョロリと俺を見返して来る。血走った眼球があっちこっちぐりぐり動いて…ドライアイか?


 最初はこんな物が見えるようになってびっくりしたし、普段暮らしている街中にも沢山こういうのがいた。

 

 アニメで見たような可愛い妖怪なら良かったのにさ。もふもふしたやつとか。

 変なものが見えるようになったのは天変地異が起こり始めてから。

 めんどくさい。非常にめんどくさい。



 

 ポケットに手を突っ込んで、クリアボトルに詰め込まれた液体を取り出してシュッと黒い塊に吹き付ける。

 嗅ぎ慣れたハーブ独特のツンとした香りが広がって、吹きかけるたびに黒いモヤがじわじわ消えて肩が軽くなった。



 

 スプレーには『伊勢のお浄め塩スプレー』と記されている。着物を着た女性がしゃなりとした様子で描かれたスプレー。これは17mlで二千円もするんだ。

 

 だがしかし、俺はこれを切らすことなく持ち歩いている。

 さっきみたいな訳のわからんモヤモヤに取り憑かれてパニックを起こしたり、訪問先で何かに体を乗っ取られて突然攻撃的な発言をしてしまったり、布団の上から黒モヤに沢山のしかかられて朝起きれなくて散々遅刻したり。それもこいつで粗方乗り越えて来たからな。


 


 いや、乗り越えたとは言え…何度もそんな奇行を見られていればクビになって当然かもしれない。


 俺は人のせいにして仕事を失った、どうしようもない人間なんだ。

 気づけなかったんじゃなくて…気づきたくなかった事実に辿り着く。

 まとまらない思考にも、酒にも酔っ払って頭痛までしてくる。

 

 

「それでも愚痴りたくなるっつーの」

 

 小さく呟くと、この世の誰よりも不幸になったような気がした。

 世の中って不条理だよな。やってらんないよな。どうして何もかも上手くいかないんだろうな。

 ビールよりも苦い気持ちでぬるくなった液体を喉に流し込み、サラサラ流れる隅田川を眺めた。



 

 

 ふと、鈴の音が突然聞こえる。

 たくさんの鈴を一気に鳴らしたみたいな…激し目の音だ。

 身の回りにいる黒モヤたちが一斉に消えて、冷たく清冽な空気が満ちて来る。


 川縁から中州へ歩を進める複数の人を見つけた。

 シャンシャン金色の鈴束を鳴らしながら、真っ白の着物に身を包んだ一行が進んでいく。

 

 何だあれ?


 

 みんな白い着物を着てるけど、一人だけ袴が赤い女性がいる。

 神社でよく見る巫女さんの服だ。

 て事はあれは神社の人かな?お祓いでもしてくれてるのか。

 やー、ありがたいねぇ。そこいら中にいる黒モヤがいなくなったのはそれでか、と納得する。


 俺は公務員クビになったし、謎の不幸に対抗する術が何にもない。

 いっそ坊主にでもなれば良いのかな。

 あの人たちに言ったらなんかどうにかならんかな。なるわけないか。




 

 中州に渡った彼らは竹の葉がついたままの枝を四方に張り巡らせ、縄をそこに渡していく。

 白いヒラヒラしたのはなんだろう?


 竹と縄と紙のひらひらで作られた四角い囲みの中に巫女服姿の女の子が正座で座り、平伏して頭を地面につける。

 どんどこどんどこ太鼓が鳴り始めた。

 もしかしてお祭りか??


 銀色の缶に残った金色の液体を飲み切って、フラフラしながらそこに近づいて行く。


 

 何か、何となくそこに行きたい。

 いや、行かなきゃ…。

 よくわからん思考に支配されて、足が動く。


 

 

 近づくにつれ、空気がどんどん冷えて来た…。すっごく寒い!何で??

 よれよれスーツの襟を掻き合わせ、川上の橋からそれを眺める。

 

 白いふさふさがついた棒をふりふりしてる人がペコリと頭を下げて、会議室のテーブルみたいな机に色々並べてる。

 お酒とご飯?お供物みたいに見えるけど…あれかな、地鎮祭とかそんなような雰囲気だ。

 ここに建物が立つわけないし…ますます意味がわからんな。


 


「天の神に伝ふ。いかでかこの巫女を依代に、稀有なる神をぐしきたまへ。」

 

 よくわからん言葉を繰り返し呪文のように唱え、男性が汗を流しながらふさふさを振りまくってる。

 平伏したままの巫女さん…大変そうだなぁ。周りをうろうろしてる人たちの顔色が明らかに悪い。

 


 ポケットからタバコを取り出し、火をつける。携帯灰皿に灰を落とし、ドンドコ音を聞きながら煙を吐き出す。

 どーせやることないし。何してんのかもうちょっと見ていこっと。

 

 モヤモヤが居ないのは気分がいい。酔っ払うとあいつらすげーくっついて来るからな…。


 

 鼻歌混じりで太鼓の音に酔いしれた。


 ━━━━━━


 


「おかしいですぞ、まだ降りぬ」

「禊が足りぬのか、霊力の問題なのか」

「流石に浅ましい意図が伝わったのでは?」


 ざわざわ、声が広がる。

 俺の周りにも人だかりが出来ちまったもんだからタバコが吸えなくなった。




 集団の中で一人のおじいちゃんが「ははぁ」と声をあげる。

 

「ありゃ神下ろしだろ、裏公務員ってやつだ」

「なにそれ?」

「かみおろし?」


 …マジで何それ?裏公務員??

 元公務員の俺も知らんのだが。


 人だかりの中でおじいちゃんが白い顎髭をしょりしょりしながら笑う。着物姿とは珍しいな。藍染の着流し、帯は黒。

 かっちょいいぞ。


 

「あんた達は知らんのか?ほれ、日本の各地で祠が壊されたじゃろ?ほんでもって国の護りがゆらぎ天変地異が起きた。それを鎮めてるのが裏公務員だって話だ」

「ほーん?そういや怪異とか妖怪が出たって話を聞いたな」

「何それ、SFぢゃん」


 あぁ……眉唾物の話か。与太話でネットに広がってる物だな。

 数年前からトゥイッターで話題になってたあれだ。


 


 今現在日本には僅かに祠が残っているが跡目を継ぐ人がいなかったり、土地を買収されたりして道祖神やら祠、塚が壊される事が増えた。

 

 そう言うモノが壊されると、その土地を穢すとか神様が怒るって噂話の事だ。

 

 戦争敗戦国だった日本は文化財を壊され続けて、残っているのは壊したらヤバい代物だらけだったらしい。

 それを一斉に壊された時期と天変地異が始まった時期が重なって、そんな話がまことしやかに囁かれ続けている。

 祠を誰が壊したのか、何のためなのかは不明のままだ。


 

 

 神様ってもんは俺的にはよくわからんが、神話は好きだ。

 物を大切にする心だったり、災害や怨霊を畏れながらもそれを祀って神様にしちゃったりして『護ってもらおうぜ!ついでに福をくれ!』な日本人らしい不屈の精神がいい。


 古代神話の神々は面白いよな、民俗資料館とかもよく訪れていたけど知れば知るほど深い世界だと思う。

 

 昔の人はいい。人同士も神も侵さず、害さず、敬い、赦し、愛していた。

 そんな人ばかりではなかっただろうが、日本の象徴である人の祖先が神様ってのもいいよな。八百万の神とかもロマンあるし。

 禍々しい話も沢山あるが、それすら人間らしいと思える逸話が多くて…ただお綺麗じゃないところが好きなんだよ。


 


「ていうか長くね?もう二時間くらいやってるぜ」

「そんなもんじゃないの?よくわかんないけど」


 確かに長いなぁ。巫女さんはずっと平伏したまま、ふさふさを振ってる男性はガタガタ震えて冷や汗ダラダラだし。

 なんだかかわいそうだ。



 

「神下ろしってんならさっさと来りゃいいのに。意地悪な神様だな」


 ──依代がつまらんのだ。降りとうない


「ん?」


 ──そなたが依代なら何か面白いことがあるのか?



 

 キョロキョロ辺りを見渡すが、誰とも目が合わない。俺宛じゃなさそう。

 知ってる人もいないし、暇つぶしに考えてみようかな。


 …うーん、面白い事、ねぇ。

 依代ってのはあの女の子のことかなぁ。

 あれでしょ?こう…取り憑いたりするやつでしょ?

 距離が遠いからよくわからんが、可愛い感じだし神様も嫌いにはならんだろ。

 最近だと召喚されて異世界転移とか漫画で流行ってるけどさ、あれと似てんのかな?


 俺がもしあの子だったら…そうだなぁ。


 


 人生変えるような出来事が起きるかもしれん。神様と恋して、チューでもしてやれば面白いかもな。

 


 ──ほう、それは面白い。では望み通り降りてやろう…。



 

 耳の奥に、キーンと言う嫌な音が生まれる。耳鳴りだろうか?

 ハテナマークを浮かべていると、目の前が真っ暗になった。

 

 は?え?なに??


 


 ドサッ、と乱暴に落とされ、俺は背中から寝転ぶ。

 手をついた先には土の感触。

 何で?橋の上はコンクリートの筈だが。


 

 転がったままで辺りを見渡すと、巫女服姿の女の子がびっくりした顔でこちらを見ている。

 四方を囲まれた縄の中…さっきまで橋の上で見ていた川の中洲に俺は居た。



 

「なっ!?なんだ貴様!?神聖な降臨の場に…」

 

「──鎮まれ。望み通りに降りてやったのだ」


 

 ハリがあってしっとりした艶のある低い声が、頭上から落ちて来る。

 

 空からキラキラ、光の粒が降り注ぐ。

 七色の光に包まれて、俺は目をまんまるくするしかなかった。



 ━━━━━━





「と、言うことです」


 一通りの説明を終えると、目の前に座った男性が僅かに目を開く。

 細目で背が高く、ぱっと見は雰囲気イケメンだが胡散臭い。

 小説でもアニメでも細目の人は悪役って決まってるだろ?あの胡散臭さだ。


 茶色い髪を後頭部で一つに縛り、スーツ姿の彼は開いた目を細く閉じて、横にいる偉そうな人と何やらヒソヒソ話してる。

 偉そうな人は、さっき俺に「貴様!」って怒鳴った人だ。


 なんか知らんが、どうして俺はこんな事になったんだ?マジでわからん。

 後ろ手に縄で縛られて、さっき出てきたばかりの役所に戻され、最上階の会議室で尋問を受けてる。

 俺、何も悪いことしてません!



 

「そなた、何か悪しきことでもしたのか?そのように縛られおって」

 

 隣でふんぞりかえってる颯人が訝しげな目で見て来る。足まで組んでこれみよがしに肩をすくめて見せた。

 

「何もしてないっての。気づいたらこうなってた。…あっ、昼から酒飲んだのが悪かったのか?」

「ほう、酒か。我にもくれ」

 

「残念でした、もうないよ。俺は職を無くしたしがないフリーターだ。貧乏まっしぐらだからな」

「それは困るな。我の食い扶持ぐらい稼いでくれ」

 

「やだよ。て言うか何なんだあんた。そんな高そうな着物、今時どこで買うんだ」

「ふっ、これは買うものではない。我の一部だ」

「はぁ?一部って何だよ…意味わからん」



  

「あ、あの、芦屋あしやさん…神様のお言葉が分かるんですか?」

 

 胡散臭い糸目さんが恐る恐る尋ねて来る。


「神様…?もしかして颯人の事ですか?」

「お名前をお聞きになったんですね。それで、会話が可能だと」

 

「はぁ、まぁ普通に話してますけど」


 目の前にいる人たちが全員意味ありげに頷く。…何に納得した?


 

「配属手続きを取る。後は任せた」

「はっ」


 糸目さんがぺこりと頭を下げて、着物の偉そうな人が部屋を出ていく。


 


「えー、あの、芦屋あしやさんは今日まで国保年金課にお勤めでしたよね」

「はい」

「分限免職は取り下げ、裏公務員としての再就職はいかがでしょうか?」


「…は?」


 再就職?裏…って何だかわからんけど、クビは取り消しって事?公務員て言ったよな??

 後ろ手に縛られたまま勢いよく立ち上がり、細目の人に目線で問いかける。

 深く頷いた彼は徐に口を開く。

 

 

「衣食住保証、厚生年金の支払い免除、お給料も今までの3倍でます」

 

「よろしくお願いします!!!」



 わけもわからず、何も聞かないまま俺は頭を下げた。

 



  



 

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