46.魔王


 私は魔王デビダンガルムの誘惑をカズヤのお陰でやっと振り切り、カズヤに抱き抱えられたまま魔王を見た。


「ほう、我の誘いを断るとはな……勿体ない事をするものだ。これで死の未来しか存在しなくなったぞ」


「ミキ」


 カズヤが小声で囁く。


「古代魔法の強化、あれを頼む」


 え?古代魔法の強化っていうと、口づけでやるあれ?ここで!?

 う、う〜ん。わ、分かった。1番強化が強いからね。うん。


 カズヤの頬に両手を添えて私を向かせて、古代魔法の強化魔法を詠唱し、口づけした。

 カズヤの舌が侵入してくる。

 思い切って私からも舌を差し出すと、舌同士を絡めてきて、そのまま口腔を貪られた。

 まだ辿々しい私と違い、カズヤの舌は自在に動き回り、まるで舌自体が意思を持っているのではないかと思うほどに、私の口腔をくまなく舐め上げ愛撫される。


「貴様ら!我の前で何をしているか!」


 魔王の言葉で我に返り、唇を離す。もう強化はされたはずだ。

 そのまま身体が下ろされて、久しぶりに地に立ったような気がした。


「勝利の女神の口づけを貰ったんだ。──一瞬で決める。頼む」


「分かった」


 察した。一瞬で決めるというからには、覚醒しての奥義だろう。

 つまり、武御雷への雷魔法だ。

 1番強い雷の魔法の詠唱を開始する。


 カズヤは覚醒し、武御雷を構えて無言で駆けだす。

 直後、詠唱が完了し、雷が武御雷に直撃する。


 武御雷を通じ、カズヤと武御雷がさらに強化される。


「天剣絶刀!!稲妻雷光斬!!!!」


 叫ぶと同時にカズヤの姿が消え、稲妻が走り、稲光が辺りを照らす。


 それは魔王の動きより速く、言葉を発する間も無く、肩口から袈裟斬りに切断した。

 魔王の身体は斜めにずれていき、肩口から斜め半身はそのまま地に落ちた。


「カズヤ!!やった!!」


 思わず歓声を上げる。

 しかしカズヤは油断なく魔王の亡骸を見据え、構えを解かなかった。


「稲妻雷光斬 乱れ斬りッ!!」


 カズヤはそのまま魔王の身体を切り刻んだ。

 容赦無く、油断無く、徹底的に。


 細切れになり、雷によって切り口を焼け焦がされた魔王の成れの果てを見て、カズヤは私のところへ戻ってやっと構えを解いた。


「今度こそ?やったな!!」


「ああ、流石にこれだけ刻めば終わりだろ」


「流石カズヤだ!いえーい♪」


 ハイタッチを交わす。

 あっけなく、いともあっさりと魔王を倒した。

 

 カズヤはアーシェラーに奇襲を止められたのが悔しかったのだろう、魔王には最初から全力全開で奇襲をかけ、そして成功した。


 生物であればあれで生きているはずが無い。


◇◆◇


 私たちは喜びを分かち合い、抱き締め合っていた。


 そして、見つめ合い、口づけを交わす寸前。


 カズヤは素早く私を抱き込み、後ろに跳んだ。

 直後、今さっきまでいた場所を黒い衝撃波の様なものが通り過ぎ、壁に大きな穴を開けた。


「ほう、今のを避けるか、油断しているものと思ったが想像以上で嬉しいぞ」


 !?!?

 え、何?何が起きた?


「雷というのは厄介だな、こんなにも再生に時間がかかるとは。それに我の想像を超える速度だ。やはり惜しい、我の配下に欲しかったな」


 声の方に振り向くとそこには魔王の姿があった。

 カズヤが切り刻んだはずのそれは、五体満足で何事も無かった様にそこに立っていた。


「魔王デビダンガルム!!なぜ生きている!確かに切り刻んだはずだ。あれは幻影などでは無かった!!」


 カズヤが問い掛ける。そうだ、その通りだ。何処か一部を切られただけ、というならまだわかる、だけど全身を切り刻まれていくつもの肉塊となったのだ。普通に考えたらそれをくっつける魔法など無いし、回復できる様な代物じゃない。

 この世界の魔法では切り落とされた腕はくっつかないし、生えてきたりもしないんだ。

 まだ幻影魔法や幻覚を見せられていた方が納得できる。でもそうじゃ無かった。

 あの状態からの回復はありえない。


「ふむ。そうだな、偶には昔話も良いだろう、我を倒した褒美に教えてやる、そして絶望するが良い」


◇◆◇


 魔王は語り出した。

 自分の出生と能力を、そして寿命延長のネタばらしも。


 魔王は千年ほど前、ある錬金術師によって生み出された魔法生物だった。

 だが何の能力も無く、スライム状のソレは失敗作として廃棄された。

 しかしソレは失敗作などでは無く史上類を見ない傑作品であったのだ。


 スライム状のソレは本能的に飢餓を自覚し、本能的に餓死の恐怖を覚えて、本能的に食料を求め始めた。

 そしてたまたま近くを通り掛かった女エルフを取り込み、満腹になった時、ソレは能力に目覚めた。


 ──その能力とは『再生』『増殖』『進化』を扱う能力だった。


 同時に知能が生まれ、自我が芽生え、言葉を操れる様にもなった。

 『再生』と『増殖』能力で身体を大きくさせ、『進化』能力で成長・変化させて、ゆっくり時間をかけてソレは様々なものを取り込み成長した。



 その時ソレは500年の時を生きていた。自らの能力を使用し、成長を続けていた。

 もはやスライム状の姿では無く、人間と全く同一の、区別のつかない姿を模したソレは自らの能力を使いこなせる様になり、切断されようが傷つこうが『再生』『増殖』能力によりすぐに元通りとなる。

 ソレは無敵の最強生物へと進化したのだった。


 ソレはある事がキッカケとして、能力を使って人間で実験を始めた。


 人間社会にも溶け込み、結婚もしてみた。子供は居なかったが、傍から見れば仲睦まじい美男美女の夫婦に見えただろう。ソレの見た目は最初に取り込んだエルフに似ていた。

 あるときソレは疑問を抱いた。

 この能力を他の生物に使用した場合、どうなるのか。

 それは単なる好奇心であったかも知れないし、また別の感情だったかも知れない。


 最初の犠牲者は結婚相手、自分の夫だった。

 老いた自分たちと若い人らを比較して少し羨ましいなと寂しそうに言った夫に対し、能力を使ったのだ。


 その後は『再生』『増殖』『進化』、この3つの能力を人間に付与して実験をし始めた。

 実験に人間を選ぶ理由は、数が多く会話でコミュニケーションが取れる知的生命体だからだった。

 そしてその実験の一つが人間の寿命を伸ばす事だった。


 カリフを例に出すと、寿命は伸ばしたいがこれ以上強くなって万が一があっては困る。

 では、そうならない様に寿命を伸ばすため、現時点の状態を基準としてこれ以上老化しない様に細胞を『再生』させ、細胞の増殖速度を『増殖』で上げる。そして、『進化』の能力で成長を止める。

 こうすることでカリフは現在時点から老化せず、また強くもならない。

 想定通り能力が発動していれば、200年以上は生きる事もあるだろう。


 カリフは運良く100年以上生きたにすぎず、殆どは数年から数十年で能力が機能しなくなり、全てが停止して死に至るという。

 そう、寿命の延長はまだまだ発展途上の実験だったのだ。


 もし運悪くすぐに死んだとして、刻印がある以上ネヴァスカは逆らえない。強さも全く及ばない。そういう事だった。



 自身も『進化』能力で進化・成長し、更に強くなり、『再生』『増殖』能力でもって圧倒的な強さで魔族たちに勝利し、支配を進めていった。

 そんな実験を繰り返し、魔物や魔族を強化させて、上手く行けば幹部として配下に置き、力を蓄えた。

 そしてソレが生まれて千年、満を持して魔王となった。

 その姿は、人間を装っていた時に結婚した相手の若い頃によく似ていた。


◇◆◇


 つまり、カズヤへの寿命延長の話も、千年の延長なんてのは嘘で、それどころか運が悪いとすぐにでも死に至る。

 もしそんな事になっていたら私は気が狂っていただろう。それに刻印を受けた後は魔王に逆らう事も出来ない、どうしようも無い、後悔しか残らない。


 カズヤのおかげで、そんな事にならなくてすんだ。やはり魔王の言葉など信じるものじゃない。

 カズヤを信じて良かった、本当に。



 そして魔王は『再生』『増殖』能力で細切れの状態から復活した。そういう事だった。

 というか、あの状態から復活する生物とか、どうやって倒すんだあんなの!!


「つまり、核を潰すしか無いって事か!!」


 カズヤが言い放った。

 核ってカズヤ……そんな事魔王は一言も……。

 !?──も、もしかして、ファンタジーでありがちなパターンだからか!!

 気持ちは分かるけど、こっちはゲームや漫画じゃ無いんだからさ……。


 しかしそれを聞いた魔王デビダンガルムは驚きの表情を見せた。


「なぜそれを……!?まあ良い、どうせ核の場所は分かりはしまい。」


 どうやらカズヤの読みは当たったらしい。恐るべし前世知識。


「それにしても……カズヤ、お前の雷はまったく厄介だな、やっと全ての再生が終わったぞ」


「何!?」


 どうやら昔話は魔王が再生を完了するまでの時間稼ぎだったのらしい。

 カズヤの攻撃は、魔王にとってもそれほどのダメージだったのだ。

 このままなら十二分に戦える。


「だがもう理解した。──さて、流石にこの姿のままではいささか不利だな。カズヤよ、我の真の姿を披露しよう。とくと見よ!」


 その言葉と共に魔王は大きく姿を変え始めた。身体が盛り上がり、膨れ上がり、モーフィングの様に姿が移り変わっていく。

 成人男性ほどのサイズだったものが大きくなり、全高6mほどで足は4本、その上に上半身が生えている。

 私の知っているイメージで言うとケンタウロスのような姿で胴体と足は象、身体の様々な場所から角の様な槍の様な突起が至る所から生えた筋骨隆々の魔族、と言ったところだろうか。


「ふははは!!これが我の真の姿だ!」


 ……まあ、格好良くは無いかな、ラスボスと言われればそう見えるけど。


◇◆◇


 ともあれ、最終決戦の火蓋は切って落とされた。


 先手必勝!

 と行きたいけど、古代魔法での強化はとっくに切れている、2重詠唱でカズヤに身体強化と武御雷に雷の魔法を落として強化する。


 同時に黄金覚醒し、カズヤは天剣絶刀 稲妻雷光斬で足を斬りつける。

 魔王デビダンガルムの下半身の皮膚は硬くて厚く、斬ることは出来ても切断までは至らず、今度はすぐに再生され、中々決め手にならない。

 上半身への攻撃は無数の角を盾として防御され、勢いを殺されてしまう。


 そしてカズヤがそんな事を何度かを繰り返している最中、私は私で大魔法による攻撃を繰り返していた。

 しかしやはりというか魔王らしく魔力も高いのか、魔法防壁も硬い。

 こちらもダメージは与えれどもすぐに再生され決め手に欠けていた。



 象のような下半身という事もあり、魔王の動き自体は速くない。余裕でカズヤが上回っている。

 だけどその厚い皮膚と『再生』『増殖』能力のおかげで一向に有効打が生まれない状況だ。


 魔王は魔法と身体から出ている無数の角のようなものを伸ばして攻撃してきて距離を問わずに間断なく攻撃が仕掛けられていいた。

 それを切ったところですぐに再生し、新たに生えてきてウンザリさせられる。



 私もカズヤも、何処かにあるはずの魔王の核を探しながらの攻撃を繰り返していた。

 だけど、それらしき場所は見当たらない。もしその場所へ攻撃をされたら必ず防御をするはずだという想定の元で攻撃をしているけど、そんな素振りは無い。

 こうなると核がありそうな場所すらも全く検討がつかない。


 一体何処に核が隠されているのか。

 核を探している間にカズヤの覚醒の時間切れが来てしまう、なんとかして見つけないと。

 だけど何も手が打てないまま、ただ時間だけが過ぎていった。 

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