45.取り引き
カズヤが私をお姫様抱っこし、奥の扉へと駆け出した。
「おっと、何処へいかれるのですかカズヤ様」
そう言ってアーシェラーがカズヤの前を塞ぐ。
対峙しているとそこへロイが斬り掛かった。
「カズヤの邪魔はさせない!お前の相手は俺たちだ!」
ロイの攻撃をひらりと回避し、嘲笑する。
「ははは、これはおかしな事を。貴方がたでは私の相手にならない事ぐらい自覚しているものと思いましたが」
「そんな事は分かっている!だけど、それでもだ!カズヤは通して貰う。俺たちを倒したら勝手に追えばいい。倒せたらだがな!」
ピタとアーシェラーの動きが止まる。
そして怒りに身体を震わせ、ロイを睨みつけた。
「おい、下手にでてりゃあ雑魚共が調子に乗りやがって!そこまで言うなら相手してやろう、すぐに終わらせる」
先ほどまでの口調は何処へやら、一転荒い口調でロイたちを罵った。
ともかく、今がチャンスだ。
カズヤは一目散に部屋の奥の扉から飛び出した。
◇◆◇
「カズヤ、ロイたちを信じるしかない!」
「分かってる!!」
抱き抱えられる私にはカズヤの表情が見えていた。
カズヤは歯を食い縛っていた。
ロイたちにそんな事をさせてしまった事が悔しくて堪らないのだろう。
だから、自分がもっと強ければ、そんな事を思っていると思う。
一見すればそれはカズヤの自惚れに他ならない。だけど、カズヤは本気でそう思い、だからここまで強くなれた。そう思う。もっと強く、もっと強くと。
だから、私に掛けられる言葉はこれだけだ。
カズヤの涙を指で掬って拭う。
「私たちはとっとと魔王を倒して期待に応えないとな」
それを聞いたカズヤは嬉しそうにニカリと笑い応えた。
「だな!よし!急ごう!」
まったく、世話のやけるやつだ。
◇◆◇
最奥、豪華な扉をカズヤは蹴り開けた。
厳かな雰囲気に重い空気、そこには強者がいると肌で感じられた。
その部屋の奥、玉座には1体の魔族が悠然と座っていた。
魔王。
3本の角が生えていて、漆黒のマントを羽織い、鋭い眼光に凄まじい威圧、空気がビリビリとしたものへと変わる。ひと目で魔王と分かるオーラを放っていた。
「我は魔王デビダンガルム。よく来たカズヤよ、お前を待っていたぞ」
「うるさい!魔王!!俺はお前を許さない!人類の為にも、俺たちの為にも必ず倒す!」
カズヤは啖呵を切った。
うん、それは良いんだけど。何時まで私をお姫様抱っこしているつもりだろうか。
「落ち着け、我はお前たちと争う気は無い」
「今更になって何を!怖気づいたとでも言うつもりか!」
「そうじゃあない。ふふ、我はお前を気に入っているのだ、お前の強さをな。勿体無いと思っている。だからこそだ、カズヤよ、取引をしようじゃないか、悪い話ではないぞ。なあに、話は簡単だ、ネヴァスカとカリフの様に我に生涯の忠誠を誓えばカズヤの寿命を延ばしてやろうというのだ。それも千年だ。働き次第では更に伸ばしても良い。一度考えてみろ」
!?
馬鹿にしてるのか。2人の事を知っている私たちにそんな取引を持ちかけてくるなんて。
そんな話、聞いていられるか!
「ふざけるな!ミキ、聞かなくて良いぞ」
「うん、分かってる」
「まあ聞け、お前たちがどれだけ愛し合っていたとしても、人間の寿命は短く儚い。ミキよ、そう思わないか?そして人間のピークはせいぜい20前後で、そこからは老いていく一方だ、それは人間ならばどうしようもない事だ。──ミキよ、想像してみろ、30年後、年老いたカズヤをお前が面倒を見るのだ。それは本当にお前が求める愛し合っている姿と言えるのか?若い頃の様に一緒に語り、過ごしたいと思わないのか?そしてそれから間もなく一緒の時間すら感じる事が出来なくなるのだ。それを淋しい事だとは思わないか?なんとかしたいとは思わないのか?」
聞いちゃいけない。だけど、魔王の言う事を痛いほど理解している自分もいる。
何度も考えてきた事だし、考えないようにしていた事だ。
たった数十年で今のように抱っこしてもらう事も、力強く抱き締められる事も出来なくなるだろう。
一緒に老いる事も無く、私だけが若い姿で。
どう足掻こうとも、100年後には、カズヤは、いない。
考えちゃいけない、でも、一度考え出してしまったら、深い絶望の渦に飲み込まれて、眼の前が真っ暗になる。
思わずカズヤに抱きつき、力強く抱き締める。
──私を、一人にしないで。
「ミキ!魔王の言葉に耳を傾けちゃ駄目だ!気をしっかり持て!」
「──カズヤよ、お前も想像してみろ。自分だけが老いていき、ミキと同じように過ごせなくなる時が必ず来るのだ。それだけじゃない!歩幅は短くなり、動作が遅く、ミキはそれに合わせないとならない。カズヤ、お前が老いているせいで愛する人に、ミキに苦労をかける、それで本当に良いのか!?」
カズヤにとっても辛い事だろう、自分が今のように動けなくなり、私がカズヤに合わせ、面倒を見る事を、私に迷惑をかける事を、良しとしないだろう。
私たちは無言だった。
それは魔王の言葉が突き刺さって抜けない。迷いが生じている。
その証明に他ならなかった。
「──千年もあれば、心から満足出来るんじゃないか?どうだ、悪い話じゃないだろう」
千年。
それだけの時間があれば、それでも別れは惜しいけど、きっと、十分な時間を感じられる。
魔族になりさえすれば、全ての寿命を魔王に捧げれば、カズヤと千年も一緒にいられる。
ネヴァスカたちが魔族となって生涯の忠誠を誓った事を、今になって理解した。
この誘惑には、抗えない。
◇◆◇
私の心は、完全に魔王に傾いていた。
愛する人との千年は自分のその後の何千年より重い。
だから、この気持ちをカズヤに伝えよう、カリフの様に、きっとカズヤなら分かってくれるはずだ。
一緒に魔族になって、一緒に千年を生きよう。生涯の忠誠なんて、私には大した事じゃない。
「ねえ、カズヤ……私……」
「──駄目だ」
カズヤがボソリと呟いた。
「駄目だ!駄目だ!絶対に駄目だ!」
「なんで……?」
思わず声が出た。
それはカズヤの言葉が提案への否定に聞こえたからだ。
「ミキ、魔王の口車に乗っちゃ駄目だ。俺たちは魔王を倒す為にここまで来たんだ。」
なんで?カズヤは長生きしたくないの?
私と一緒にいたくないの?
「ミキ、騙されるな!おかしいと思わないか。なんで魔族が寿命を延ばすという事が出来るんだ。そんな魔法は存在しないんだろ?それになんで寿命が伸びたカリフは年老いた姿のままだったんだ」
カズヤが何を言っているのか分からなかった。
騙されるな?何に?寿命を伸ばすという事?
……確かに魔法、大魔法、古代魔法、原始魔法まで遡っても寿命を延ばすという都合の良い魔法は存在しない。
そして……そんな能力なんて聞いた事も無い。
じゃあなんで魔王デビダンガルムはそんな事が出来るのか、人間の寿命を延ばす事が出来るのか。
それにドワーフ、魔族、エルフなんかの寿命が長い生物は大人になるまでは人間と同じ速度で成長し、大人になった姿、つまりピーク時の姿をずっと維持し続けて、寿命の終わりで老化が始まる。
それなのにカリフは寿命が伸びたにもかかわらず中年姿のままだった。
今の今まで、年老いた時点から寿命が伸びたからそういうものだと受け入れていたけど、本当にそうなんだろうか。
それが、魔王の寿命を延ばす能力や思惑と、何か関係があるのだとしたら。
「それにカリフには500年の寿命、俺には千年と言った。その言葉、本当に信じられるのか?魔王の能力は本当に千年も、いや500年も人間の寿命を伸ばせるのか?俺は信じられない」
でも、それでも、100年でも伸ばせるのなら。
今よりは全然良い。そう思ってしまう。
「魔王デビダンガルム!俺はお前の誘いには乗らない!俺は魔族にはならない!」
ああ、断ってしまった。そう、決めるのはカズヤだ。だけど……。
私はカズヤの服をぎゅっと掴んだ。
それは、私の僅かながらの抵抗、意思表示だった。
「ほう、そうか、だがミキはそうは思っていないようだぞ。良いのか?」
その言葉にカズヤは私を見た。
見下ろし、私を抱える腕に力が入った。
「ごめん、ミキ。俺は魔王を信じられない。ミキの人生を魔王に捧げさせるのも耐えられない。──それに寿命を延ばす方法は、魔王を倒したら、世界を回って一緒に探そう。俺にはそれしか出来ない。ごめん」
──この人は、根っからの、本当の勇者なんだ。そう思った。
私はあっさりと魔王の甘言に乗ってしまった。私には使命が無く、勇者でも無く、心が弱いから。
だけどカズヤは違う。魔王は倒すべき相手。魔王の言葉を信じない。その芯は何があってもブレない。それは本当の意味で心が強くないと出来ない事だ。
私の人生を捧げたくないというのも、彼の心のからの愛情だろう。
人間の寿命で考えて、千年というのは途方も無い時間だ、想像もつかない時間。
そして、仮に千年間カズヤが生きたとしても、その後も私は数千年生きる。
それはやはり人間のカズヤには途方も無く、無限にも感じるほどに長い時間なのだろう。
だから時間に対する重みが私とは違うのだ。
それをエルフである私とは時間尺度が違うから、とは一蹴出来なくなっている事にも気付いた。
なぜなら、何千年生きようと、1時間は1時間、私とカズヤは同じ時間を同じ速度で歩むのだから。
後から振り返って一瞬だったなと思う事でも、その時は一瞬では無かったのだから。
まだカズヤと再開してから1年も経っていない、だけど、凄く濃密な時間を過ごした。400年も生きてきて、こんなに充実した時間を過ごした事は無かったからだ。
だから私にも、時間の大事さや重みが、分かってきたような気がした。
それにカズヤは寿命を伸ばす方法を一緒に探すと言ってくれた。結果はどうなろうとも、それでいいじゃないか。
──私はもう、何も言えなかった。
ただカズヤを信じ、カズヤに付いていこう、そう思うのだった。
「カズヤ、私こそゴメン。カズヤは勇者だもんね、うん、私は大丈夫。思うように戦って!」
「応!愛してるぜミキ!」
「私も愛してる、カズヤ」
カズヤはあらためて魔王デビダンガルムに向き直り、ニヤリと笑った。
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