42.魅了の魔法


 いかにもな大広間の扉の前

 ロイたちと一緒に大広間の扉を開けて中に入ると、そこは既に魔物に溢れていた。

 それは私の腰から背の高さくらいまでの大小様々な大量の蜘蛛の魔物だった。となると敵はやっぱりアレだ。


「こりゃ蜘蛛の女王で間違いないな」


 そうジョセフさんが呟いた。

 思わず広間の奥の方を見たけど、それらしき姿は見えなかった。

 というか、蜘蛛に埋め尽くされていて奥まで視えなかった。


「雑魚は俺がやる!ミキは道を作ってくれ!」


 そう言って、カズヤは駆け出した。

 私もすかさずカズヤに身体強化を掛けて、同時に大魔法をイメージする。

 大広間の奥まで真っ直ぐ飛んでいく大きな、魔法の、雷の槍。電を撒き散らし、痺れを与えてロイたちの進行を邪魔させない、そんな雷の槍!


「2本の槍で道を作る!」


 大魔法の詠唱を開始する、自分も白い影も、同じイメージ、同じ魔法の詠唱だ。

 カズヤは近い距離の蜘蛛の魔物を倒し、スペースを順調に広げていた。

 そして、大魔法が発動、2本の大きな雷の槍が現れ、並んで大広間の奥に向かって飛んで行く。

 直線上にいる魔物は雷槍に倒され、槍の近くにいる魔物も放電によって痺れていて、大きな槍2本分の一直線の空間が大広間の中央にまっすぐ出来上がる。


「任せたぞ!ロイ!」


「ありがとう!任された!」


 ロイたちは槍の後を追うように駆け出して行った。


◇◆◇


 その後、私たちは順調に蜘蛛の数を減らしていき、最初の3割くらいまでは減ったと思う。

 蜘蛛の魔物は糸では無く、火を吐いてきた。それにこの数、通常の冒険者ならひと溜りも無いだろう。だけど今の私たちにとっては相手ではない、とはいえ数だけは多く戦いが長引いていた。


 ロイたちは魔王幹部と戦い始めていた、どうやら蜘蛛の女王は蜘蛛に裸の女性の上半身が生えていて高さ3mほどある巨大な蜘蛛のようだった。突然大きな姿が3体現れた。


「ミキ、そろそろロイたちの戦いを見物しに行こうか」


 大分数を減らしてまばらになってきたところへ、カズヤが提案してきた。

 カズヤは本当に手出しする気がないようだ。それにロイの実力を知る良い機会でもある。

 ドミニクは残念だったが、ロイならきっとカズヤの良いライバルになるだろう、私はそう思っていたし、カズヤもロイの事をライバルだと思っているはずだ。


「うん、数も減ってきたし行こうか」


 確かに残りは適時対処すればいいか、そう思い返事をする。


「ああ──ッて!ミキ!上だ!」


 カズヤに言われて上空を見ると大広間の天井には新たな魔物が現れていた。

 それは私たちと同じくらいの身長で、幹部と同じ女性の上半身をもつ蜘蛛の魔物だった。それが天井に網を張り、糸でぶら下がりながら私たちやロイたちの方を見ていた。

 その数は見える限り20匹程度だろうか、さらに天井の隙間からも出てきていた。天井裏に巣でもあるのだろう。

 そして女性型の蜘蛛の魔物が、なぜか私に強烈な敵意を向けている、そんな気がした。


 そのうち1体が地上へと降り立ち、ロイたちの方、最後尾にいるクラウディアに向かって移動しだした。しかしロイたちは幹部との戦闘に手一杯でまだ蜘蛛に気付いている様子は無かった。


「お前らは俺たちが相手する、ロイの邪魔はさせない!」


 カズヤがすかさず覚醒し、蜘蛛を素早く両断した。

 それにしても、レンジャーであるクラウディアが全く気付かないほどの気配の無さなのに、よくカズヤは天井の蜘蛛に気付いたものだ、流石の気配察知だった。


 氷の魔法を天井の蜘蛛に乱射すると、何匹かの蜘蛛が回避と同時に音も無く地上に降り立ち、私たちと向かい合う形となった。


 これで私たちの相手をする気になった事だろう。


◇◆◇


 女性の上半身をもつ蜘蛛の魔物、これを便宜上アラクネと呼ぶ事にする。


 対峙するアラクネたちの目が怪しく光る。

 その瞬間、カズヤの様子がおかしくなった。急に頭を抱え、何かに抗うような様子に見えた。


 そしてその瞬間から天井と地上のアラクネが、一斉に炎の攻撃を仕掛けてきた。

 その炎の攻撃は、全て私に向かっていた。


 即座に魔法防壁を貼り直しつつ、正面のアラクネに向けて氷の刃を連続で飛ばす。

 合わせて、私を狙っているならと、カズヤを巻き込まないように距離をとって離れた。


 私にはカズヤのように魔法や物理攻撃を素早く回避するような動きは出来ない、だから防壁を貼り、攻撃を受け止めるしか方法は無い。だから私の防壁は常にアラクネの炎の攻撃にさらされ続けていた。


 次々に襲いかかってくる炎と爪の攻撃を炎と物理それぞれの防壁で防ぎ、氷の魔法でアラクネを攻撃していく。

 だけど、アラクネの動きは素早く、氷柱を飛ばす魔法は中々当たらなかった。


 そんな時、ふとカズヤに目をやると、先ほどまでと違い、ただぼんやりと立っていた。

 これは多分、アラクネたちによる魅了の魔法だ。あれだけの数の魅了の魔法だ、カズヤはそれに抗っていたけど、魅了の魔法に晒され続け、とうとう完全に掛かった、そういう事だろう。


 アラクネが数匹天井から下りてきて、カズヤを囲み糸を吐き、包んで捕まえた。

 妨害しようと氷の魔法を飛ばそうとし、止めた。回避でもされて、無防備なカズヤに当たったら傷付けてしまうからだ。

 アラクネたちがカズヤ捕え、糸を手繰って上空に上がっていく。

 もしかして、巣に持ち帰るつもりじゃないだろうか!やばい!このままじゃカズヤが連れ去られてしまう!!


 焦り、逸り、何か手は無いか、そう考え、頭を抱えた時、ふとブレスレットが眼に入った。それに手をやり、思い出した。

 すっかり忘れていた!そうだ!このブレスレットなら!


 このブレスレットはカズヤの持つブレスレットと対になっていて、魔力を込める事で相手を自分の近くに転移させる事が出来るという貴重な魔法道具。以前カズヤの誕生日プレゼントで渡した物だ。

 転移射程は30メートル程度、今なら間に合う距離だ。

 問題は、相手に拒絶の意思があれば転移出来ない事で、もしかしたら魅了に掛かっている今だと拒絶される可能性がある。

 だけど、他に方法が無いし、私はカズヤを信じてる!カズヤが私を拒絶なんて、そんな事しない!!って。


 ブレスレットを握りしめ、魔力と想いを込める。

 カズヤ!!私の元に戻って来て!!


 するとブレスレットが反応し、作動した。

 カズヤが私を拒絶しなければ、戻ってくるはずだ。ここに、転移されるはずだ!


 直後、アラクネの糸で捕えられ、巣へと運ばれていたカズヤの姿が消え、糸から抜け出した状態で私の目の前に戻ってきた。


 カズヤ!カズヤ!!

 良かった!魅了に掛かっていても私を拒絶してなかった!良かった!


 防壁の魔法を影に任せ、私は戦闘中にも関わらずカズヤに抱きついた。

 ──だけど、カズヤは目を瞑ったまま反応を示さなかった。


 まだ魅了に掛かったままだった。嬉しさの余り、魅了解除の魔法を掛け忘れていた。

 すぐに魅了解除の魔法を唱え、カズヤの手に触れる。魅了解除の魔法は接触が必要なのだ。


 だけど、カズヤに反応は無かった。まだ魅了に掛かったようにぼんやりとしていた。

 すぐに原因が分かった。アラクネがまだ大量にいて、魅了の魔法を掛け続けているんだ。


 すぐに大魔法のイメージに入った。

 私は怒りに震えていた、あいつらを絶対に許さない!という破壊的衝動に溢れていた。

 私のカズヤに手を出すアラクネ共を、1匹残らず、全て、追尾する雷の魔法で貫き、天井裏にある巣も破壊し尽くす!!


 イメージは完成し、大魔法の詠唱を開始し、そして発動する。

 出てきたのは一筋の長い雷、近くのアラクネを貫き、連続で近くにいるアラクネを貫き続け、回避されても追尾し、それが全てのアラクネを殺し尽くし、そのまま天井裏へと飛んでいった。

 いわゆるチェインライトニングだ。ただ、私の怒りが詰まっているんだから破壊力は相当なものだと思う。


 暫くして、アラクネたちは一掃された。と思う。


 あらためて、カズヤに魅了解除の魔法をかける。

 さっきは手に触れて解除したけど、今の私の気分だとそれじゃもの足りなかった。


 ぼんやり立つカズヤの頬に優しく両手を添えて、私はつま先立ちして少し背伸びをした、そして、魅了解除の魔法を唱え、そのままそっと口づけた。


 唇を放し、カズヤの顔を伺う。

 焦点があっていくに連れ、表情が戻っていく。


「ありがとうミキ!」


 そのまま抱き締められた。


「魅了中の事全部覚えてるよ。ミキの声も聞こえてた、抗えなくなって、あいつらに連れていかれそうになった事も、ブレスレットの力も覚えてる。ぼんやりだけど、ミキに呼ばれた気がしたんだ、だからすぐ戻らなきゃって思って、応えた。そしたらミキの目の前にいて、助かったんだって分かった。へへ、まさかミキからキスしてくれるなんて思わなかったから、嬉しかった。ああもう、本当に最高だ!」


 そう言って、私に何か言う隙を与える間も無く、唇を塞がれた。

 そのままさらに強く、抱き締められた。

 私もしょうがないなあと思いながら、感情のままカズヤの首に腕を回したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る