43.阿修羅
「カズヤ〜、こっちが蜘蛛の女王と戦ってたのに何イチャイチャしてんだよ」
そんな声が聞こえて、慌てて身体を離した。
「いや、こっちも大変だったんだって。そうだ、蜘蛛の女王は魅了の魔法使って来なかったか?」
「ん、ああ。使ってきたよ、俺は魔法抵抗の指輪があるから助かったけど、師匠とウィンダムが掛かって大変だったな」
「儂はちゃんと抗ってただろう、ウィンダムはだらしなく掛かってたがな」
「お父さんだってまともに戦えない状態だったから大して変わんないでしょ」
やっぱり蜘蛛の女王も魅了の魔法を使ってきたようだった。
それにしても魅了の魔法は厄介だ、掛かり切らなくても抗うだけでまともに戦えなくなるんだから。
次からは戦闘開始時に抵抗魔法を掛けとかないといけないな。今の私ならそれだけの余裕も作れるし。
「そういや3体いたな、あれ全部が魔王幹部とか?」
「いや、1番でかいのが女王で女郎蜘蛛、残りの2体は牛鬼と土蜘蛛だったかな。最初は女の人の姿だったんだ、で正体がアレ」
「お父さんもロイも美人を見るとデレっとしてて情けないったら」
「別にデレっとはしてないだろ!?ただ美人だなと思っただけだよ!」
「そうだぞクラウディア!男というのは美人を見るとああいう反応をするものなのだ!広い心で許してやらんか」
「お父さんは黙ってて!ねえ、ミキ、どう思う?」
どう思うって言われても……。
正直な事を言うと、前世が男だけに美人を見てそういう反応になるのは分かる気がする、男のサガというやつだ。とはいえ、カズヤがそんな態度をとったら内心穏やかではいられなそうだけど。
「どう思うって言われても……ねえ、カズヤはどうなると思う?」
と、上手く答えられない私はこんな、男にとって選択肢が無い問題を思わずカズヤに振ってしまった。
カズヤなら俺はミキ一筋だから大丈夫、と本当に大丈夫かどうかは置いといて、そんな無難な答えだろうと予想する。
「俺か?俺なら安心しろ。ミキが美人すぎるからな、もう俺には他の女の美醜が分からなくなってるんだ。俺にはお前しか目に入らないよ」
そう言って、顎をくいと持ち上げられた。
アワワワワ、想定していたのと大分違う、女性の美醜が分からなくなってるとか何言ってんの!?予想の遥か上の答えを言われてしまって、反応に困り、照れてしまった。
「はいはい、見せつけてくれちゃって。ね、ロイも見習いなよ、こーんな可愛い彼女いるんだからさ」
クラウディアは自分を指差し、そんな事を言った。
「可愛い彼女って自分で言う……?まあ……可愛いけどさ」
ロイも照れながら、顔をクラウディアから背けて答えた。
なんだか初々しいというか、あんまりスキンシップとかしない感じ?
やっぱり私たちの距離は近すぎるんだろうか。だからといって今更距離を開ける気は無いんだけど。
「そんなんだからロイは進展しないんだよ!」
「うん……意気地無し……だからね」
手厳しいコリンとエリンだった。
まあでも、ロイの気持ちもある程度は分からなくもない。
ロイは多分、クラウディアの事をとても大事に思ってるんだよ、傷付けたくないって、そう思ってる。ただちょっと過剰なところがあって、それで手が中々出ないんだよ、多分。
見ててイライラする気持ちは分かるけど、さ。
「そうだな、儂も早く孫の顔が見たいものだ」
「もう何言ってるのお父さん!まだ早いってば!」
「照れるな照れるな、そうしたら儂も安心して引退出来るというものよ」
「お父さんったら!」
クラウディアとジョセフさんのやりとりを恥ずがしがっているのか、小さくなっているロイ、うーん、そこは堂々としていて欲しいかな。
「まあまあ、無事に最後の幹部も倒した事だし、後は魔王を残すのみだ!気合入れて行こうぜ!」
「そ、そうだよ!最後の戦いなんだし!俺ももっと頑張るよ!」
場の空気を一掃するかのように、元気に声を上げるカズヤ。ロイも調子を合わせ、盛り上げた。
「うむ、だが油断するな、曲がりなりにも相手は魔王だ、幹部連中とは比べ物にならない強さのはずだ。僅かな油断が命取りとなるぞ」
ジョセフさんが引き締め、皆は真剣な顔つきになった。
よし、気持ちも入れ替えたし、先に進もう!
◇◆◇
無事に最後の魔王幹部を倒し、後は魔王を残すのみとなった。
大広間奥の扉を開けて先に進む、もう分岐路なんか無い、一本道、すぐそこには魔王に続くと思われる扉が道を塞いでいた。
扉を開けて中に入るとそこには執事姿の魔族が1人、待っていた。
「お待ちしておりました、ようこそ勇者様、歓迎いたします。──おや?勇者様がお2人ですか?これはなんとも情けない幹部たちで申し訳ありません。勇者様3名のうち、たった1名しか倒せないとはお恥ずかしい限りです」
丁寧な口調で、だけどその余裕たっぷりな態度から慇懃無礼にも聞こえる。
「勇者様、お詫びと言ってはなんですが、手前がその分、全身全霊を持っておもてなし差し上げます。どうかご安心を、勇者様の魔王様討伐の旅は、此処が終点でございます」
カズヤが前に出て応えた。
「その余裕たっぷりな態度が気に入らないな、俺は勇者カズヤ、お前は何者だ!もう幹部は全員倒したはずだ!」
「ほう、貴方がカズヤ様ですか、お噂はかねがね……大変お強いと、頼もしい勇者様とお聞きしております。フフ、楽しみです。──おっと、これは失礼しました、手前の名前でございますね、私めは魔王様直属の家令、アーシェラーと申します。魔王様の執事と思って下さって結構でございます」
アーシェラーと名乗る執事姿のその魔族は恭しく頭を下げた。
なるほどそういうパターンか、幹部より魔王の懐刀のほうが強い、ありそうな話だ。
カズヤは私をちらりと見た。アイコンタクトだ。
私はコクリと頷く。
カズヤは覚醒し、跳んだ。
私も同時に身体強化の魔法をカズヤに掛ける。
アーシェラーはまだ頭を下げていた。
卑怯と言うなかれ。先手必勝、早い者勝ち、兵は拙速を尊ぶ、勝てば官軍、死して屍拾う者無し。
勝てば良かろうなのだ。
それにこんなところで足止めを食って消耗している場合じゃない。
──しかし、私たちの奇襲をアーシェラーはあっさりと2本の剣で受け止めた。
「おやおや、カズヤ様は気がお早いですね、ですがその速さと勝機を見逃さない姿勢、私めも見習いたいところです」
剣を止められ、カズヤはすぐに仕切り直した。
「褒めて貰ってどーも、だけど通用しなきゃ意味が無い。が、お前の実力は大体分かった。確かに今までの幹部連中より強そうだ」
「そうですか?判断するには尚早ではないですかと思います、私めはまだ本気を出していませんよ?」
にこやかにアーシェラーは応え、二刀流で構えた。
「ロイ!ジョセフさん!3人で一気にかかるぞ!」
「あ、ああ、分かった!」
「応!ロイよ、気を抜くでないぞ!」
カズヤは勇者のロイと元勇者のジョセフさんに声を掛け、一気に仕留める気だ。
私がカズヤに支援魔法を掛け、ロイとジョセフさんにはエリンとコリンが支援魔法を掛けていた。
「行くぞ!!」
カズヤが始まりの号砲を叫び、一気に覚醒し、アーシェラーに向かって一斉に跳んだ。
──はずだった。
瞬間的に覚醒したカズヤはいの一番に跳ぶように駆けた。
だが、ロイとジョセフさんは1拍、いや2泊遅れて覚醒が発動した。
え!?まさか、2人の覚醒練度はカズヤほどじゃない!?
タイミングが合わないカズヤの攻撃は先程と同様に2刀で受けられ、数激打ち合った後、遅れて来たロイとジョセフさんの攻撃はひらりと回避した。
ずっとカズヤの覚醒を見ていた私には分かる。ロイとジョセフさん、2人の覚醒出力は支援を抜いて考えてもカズヤより劣るように見える、いや、実際に劣っているのだろう。
カズヤはコツをジョセフさんから聞いたと言っていたし、その弟子であるロイ、まさかその2人の覚醒練度が自分より劣っているなんて、カズヤは思いもしなかったのだろう。
さらに2人はアーシェラーに追撃をかけるがひらりひらりと回避し続け、カズヤの斬撃だけは2刀で受けて、流しと対応が完全に分かれていた。
それはまるでロイとジョセフ2人の事など眼中に無い、相手にもならない、そう見えさえもした。
「カズヤ!ロイよ!タイミングを合わせるぞ!」
「はい!師匠!」
「応!」
そうだ。そうなのだ、カズヤの攻撃を両手の剣で受けているという事は、それだけ隙が出来ているはずで、ちゃんと3人がタイミングを合わせれば回避などされるはずが無い。そのはずだ。
カズヤが斬り込み、それを受けるタイミングを見計らって、2人同時に左右から挟むこむ様に斬りつける。
今度ばかりはアーシェラーは回避も防御も出来ない、そう思えた。
しかし、2人の剣はアーシェラーには届かなかった。
「流石に息を合わされると3人同時は無理がありますね。もうこの姿をお見せする事になるとは、勇者様がた、わたくし感服致しました」
アーシェラーは姿を変えていた。
腕がそれぞれ2本づつ、合計6本生えていて、顔が3面となり、それぞれの顔がカズヤ、ロイ、ジョセフを見ていた。
そして生えた腕にはいつの間にか剣があり、それでロイとジョセフの左右同時攻撃を受け止めていたのだった。
3つの顔に6本の腕、これは確かに優秀な執事になりそうだな、なんて思わず得心してしまった。
じゃなくて。これがアーシェラーの正体だったのだ。
「一旦仕切り直すぞ!」
さらに何度か斬り交えたが突破口が見つからず、ジョセフさんが声を掛けた。体勢を立て直して仕切り直す事に。
カズヤが牽制をして追撃を封じ、ひとまず距離をとる事が出来た。
◇◆◇
カズヤも遅れて距離を取り、アーシェラーと向かう会う形となった。
「こいつは厄介だな、3つの顔に6本の腕、死角も無い。確かに幹部よりは強そうだ」
カズヤは軽い口調で言ったのだが、ロイやジョセフさんは重苦しそうな雰囲気を発していた。
そして、ロイが口を開いた。
「カズヤ、アーシェラーは俺たちだけでやる。ミキさんと一緒に魔王の元へ行ってくれ。君たちならきっと魔王も倒せると信じてる。だから、頼む!」
ロイの急な申し出だった。
「突然何を言い出すかと思えば、駄目だそんなの、却下だ却下!それに全員で戦ったほうが良いに決まってるだろう?ロイ、考え直せ、俺たちみんなでやろうぜ!」
カズヤは気にした風も無く、明るく応えた。
当然だ、ここまで来たのだ、みんなで一緒に戦うべき、普通に考えればそうだろう。
しかし、ロイの表情は変わらず、むしろ意を決して、決意を固めた、そんな表情だった。
「カズヤ。正直に言う。俺はカズヤと雷帝の戦いをこっそり見ていた。そして思った。俺たちとカズヤたちとでは格が違いすぎる。カズヤは何も言わないがさっきも足を引っ張っていただろう?俺たちに遠慮してカズヤは本気で戦えていなかった。だから、こんなところでカズヤが消耗なんてされるべきじゃない!カズヤは万全の状態で魔王と戦うべきだ!」
「何言ってるんだ!俺たちにそんな差はない!ここまで魔王幹部を倒し、戦ってきたじゃないか。それにアーシェラーさえ倒せば、残すは魔王のみ、みんながいれば、やれるって!」
カズヤはそう言ってロイに説得を仕掛ける。カズヤはあくまでみんなで戦った方が良いと思っているようだ。
だけど、私にはそうは思えなかった。いや、きっとカズヤも本音では分かっているはずだ。
タイミングをロイたちが合わせられる様にわざと手加減して速度を落とし、本気で攻撃が出来なかった。
それに、勇者としても、パーティとしても、力の差があるのだから。
ただ戦うだけならそこまで気にしなくても良い、だけどカズヤたちは覚醒して戦っている。それは発動しているだけで消耗する諸刃の刃でもあるのだ。戦闘時間が長い事は只のデメリットなのだ。
だから、ロイが考える通り、カズヤをここで協力して戦わせ、消耗を強いる事は私たち全員にとって魔王との戦いでの勝利の可能性を下げるだけの行為だった。
「カズヤ」
そう呼びかけてカズヤの肩に手を掛ける。
「ロイたちの覚悟を無駄にするな。行こう」
カズヤのこういう優しさは好きだ、私の非常に好むところだ。だけど、ロイたちがここまで言ってくれているなら、それは優しさじゃなくなる。
「ミキ!だけど……!!」
カズヤは振り返り、ロイたちを見回し、そして言葉を失った。
ロイ、ジョセフ、クラウディア、ウィンダム、エリン、コリン、全員が覚悟を決めていた、決死の覚悟、まさにそれを体現したような表情だった。
「──分かった。だけどロイ、ここを任せるんだから、絶対に勝てよ!!先に行って、魔王を倒して待ってるからな!」
カズヤもやっと覚悟が決まったようだった。
「魔王討伐は2番目に祝ってやる!俺たちがアーシェラーを倒す、行け!」
ロイは私をちらりと見て、2番目と言った。そこは気を使わなくてもいいのに。
「ああ!」
カズヤは私を抱きかかえて駆け出した。
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