41.それぞれの勇者


 魔王幹部、雷帝ブリッツとの戦いを力の差でねじ伏せて勝利し、私とカズヤは興奮の中にいた。すると、何者かが近づいてきた。

 ドミニクたちだ。

 存在を忘れていた、その存在に気付き、空気がピリッと張り詰めるような気がした。

 一触即発、とはいかないだろう。なぜならドミニクは片腕を失い、消耗していて、それに逆転してしまったカズヤとの差を実感しているはずだから。


「あの、助けていただいてありがとうございます」


 マリアさんが感謝を述べて、続けて残りの2人、アリスとモニカもお礼を述べた。

 しかしドミニクは俯いたまま、ブツブツと何事か独り言を喋っていた。


「気にしなくて良い、同じ勇者パーティ同士、見捨てるなんて出来ないですから」


 カズヤはそう言って、やさしく対応した。

 だけど私にはここで言っておく必要があると思った。ドミニクが無駄にカズヤに張り合って犠牲が出て貰っても困るから。


「ある程度の回復は出来てると思いますので、魔王城から脱出するのは大丈夫だと思います。それと──」


「言いたくないけど貴方たちは魔王はおろか魔王幹部にも歯が立たない、弱すぎます。他の勇者の足を引っ張りかねません。早々にここを出た方がお互いの為だと思います」


 話の途中でカズヤが手で制して、言いたい事を全部言ってくれた。

 多分勇者でない私が言うと角が立つと思ってのやさしさだと思う。もしくは、角が立ってもその刃の先が私より自分に、そう思ったのかも知れない。


「──あの、はい、分かりました、確かにそうだと思います。それでは、ドミニク様……」


 マリアが受け入れ、ドミニクに声を掛けた。

 ずっと俯いたまま、小さな声でブツブツと何事か喋っていたドミニクがここに来てやっと顔を上げた。


「──なんでだ、なんでこんなに差がついた!!なあおい!!カズヤ!!どんなインチキをした!!言え!!」


 ドミニクがカズヤに食って掛かり、服を掴み、捲し立てた。


「そうだ!覚醒だ!なんだありゃあ!覚醒ってのは発動まで時間が掛かるもののはずだ!なんで瞬間的に発動してんだ、それも俺と同じ覚醒と思えない出力だ!どう見てもインチキだろうが!!」


 カズヤは冷静にドミニクの左腕を掴み、捻り、組み伏せた。


「ギッ!!」


「簡単だ、強い敵と戦い、経験を積み、技を磨いた。覚醒も特訓して使いこなせるようになった。俺にはロイのように師匠と呼べる人は居ない、ずっとミキと2人きりだ、だから、常に考え、磨いて、強くなった。そりゃ運もあったと思う、だけど努力したからだ」


「なんだそりゃ!?努力したから、特訓したから強くなりましたってか!?そんなもん信じるかよ!」


「信じなくても別に良い、信じてもらおうとも思わないしな、ただ、どう思おうと結果としてお前は俺には勝てないくらいに差がある」


 ドミニクは苦々しい顔のまま辺りを見回す、そして私と目が合った。


「ミキちゃん、俺は何もしてないのにこんな事されてさ、非道くない?助けてよ~」


 急に猫なで声で私に呼びかける、一部始終見てるのによくそんな嘘が言えるものだ。それほどまでに追い詰められているのか。

 カズヤが力を入れ、さらにドミニクを痛めつけた。


「おい、ミキはもう俺のものだ。気安く声を掛けるな、見るな」


 !?!?

 ちょっと待て!!いつお前のものになった!?

 ……いや、まあ、そうなる予定だけど、だけどさ、それって言う必要ある??


「……ヘッ、ミキちゃんを1人で歩かせるなよ、何があるか分からないぜ、物騒だしな──ガァッ!!!」


 情けないチンピラのような事を言うドミニクに、私は少しの哀れみを覚えた。ただ同時に、相手にするのが時間の無駄とも、そう思えた。

 だけどカズヤはそうじゃなかった。

 組み伏せたドミニクの、無事に残った腕を、遠慮する事なく折った。その音は、広間に響き渡るほど派手に鳴った。


「──心配するな、ミキなら大丈夫だ。だけど万が一何か起きたら……楽に死ねると思うな、関係者の全てを叩き潰すからな」


 カズヤがドスの効いた声で脅した。

 ドミニクは無言になった。カズヤは本気だと感じ、痛みと脅しで抵抗する気を無くしたのだろうか。


「あの……カズヤ様、ドミニク様がご迷惑をおかけしました。もう、そこまでにして下さいませんか。ドミニク様には、もう下がるように言い聞かせますし、何もさせませんから。それに、今はこんな風ですが、私たちの勇者なのです」


 マリア、アリス、モニカの3人は深くお辞儀をしていた。

 カズヤは無言で手を放し、ドミニクから退いた。


「行こう、ミキ」


 そう言って、私の手を引き、一緒にその広間を出た。


「ちくちょう!!ちくしょぉッッ!!」


 広間からは、ドミニクの慟哭が聞こえていた。


◇◆◇


 カズヤは部屋を出て、気安く声を掛けにくい雰囲気になっていた。

 イライラしているわけじゃない、ただ、なんというか喉に骨が詰まっているような、何かシコリが残っていて、中々気分を変えられない、そういう雰囲気を感じる。

 魔物との戦闘でもあれば気晴らしでも出来てまた違うのだろうけど、倒された魔物しかおらず、空気も変わらなかった。


 無理もない、以前は自分を圧倒し、比較にならない強さだったドミニクのあんな姿、嫌いな奴だったとしても情けない姿が見たいわけでは無かったはずだ。せめて、毅然としていればまだ違ったのかもしれないが、今となってはどうしようもない。

 カズヤとしても、思うところがあるんだろう。


 カズヤは立ち止まり、私に振り返った。


「……ミキ、お願いをしてもいいかな」


 それはどんなな”お願い”か、何となく分かっていた。


「キスは駄目だ、抱擁、抱擁までな!!」


 あらかじめ釘を刺す。


「分かった、それで十分。ごめんな、なんだか心がささくれだってさ、落ち着かないんだ」


 言うなりガバッと抱き締められる。


「やっぱりミキは落ち着く、ありがとう、俺のそばにいてくれて」


「──私はずっとカズヤのそばにいるよ、どんな事になっても、ずっとね」


 ふと、マリアたちを思い出す、私から見たらあんな嫌な奴でも、彼女らにとっては愛すべき存在なのだろう、あんな姿を見ても。それほどにドミニクに対する愛情がマリアたちにはあるのだろう。そして、ドミニクも彼女らを愛していたと思いたい。


 私だって、カズヤへの想いや愛情は誰にも負けないつもりだ。

 どんな事があってもカズヤから離れたりしない。一生一緒にいてやるって、そう決めたんだから。

 といっても、その言葉の意味は最初に思ってたのとは、全然違う意味になっちゃったけど。


 カズヤが全身で私の感触を味わうように身体を密着させ、髪を撫でて匂いを嗅ぎ、包み込むように抱き締められる。

 大きな身体で抱き締めているのはカズヤだけど、大きな赤ちゃんに抱き着かれているような感覚に陥った。私に頼って、甘えて、身体を委ねてくる。そう感じてしまった。

 もしかして、これが母性というものなのだろうか。

 よしよし、もっと私に甘えて良いんだぞ、と言いたいところだけど、私だって甘えたい。カズヤの首筋に顔を埋め、匂いを肺一杯に吸い込んだ。すこし汗臭いけど、強いカズヤの匂いがして、私からもカズヤに強く抱きついた。

 そんな事を暫く続け、やっと開放されて、開放した。


「よしッ!!すっかり気分転換出来たし、続きは魔王討伐までの我慢だ!やるぜ!!」


「うん、あと少しだな」


 カズヤはそう言って元気を取り戻し、前に歩き始めた。

 私たちの魔王討伐の目的って不純だなあ。今更だけど。


◇◆◇


 それにしても、雷帝を倒して広間から出てからというもの、生きている魔物に全く合わない。

 すでに倒されていて、どうやら先行しているパーティが処理した後を歩いているようだ。

 と、気付いたけど魔王城に入ってから私たちって魔王幹部としか戦ってない。無駄な消耗が無くて結構な事だとは思うけど、なんだか拍子抜けしてしまう。


 進んで行くと、休憩場所のような場所があり、どうやら追い付いてしまったようだ。

 ロイたち御一行に。


 ロイたちは私が里帰りしている間に、カズヤが1人王都ダンジョンで修行していて知り合った勇者パーティだ。

 ロイたちパーティメンバーは変わらずで、勇者ロイ、元勇者おじさんのジョセフ、レンジャーでロイの幼馴染彼女のクラウディア、前衛タンク役のウィンダム、双子シスターのエリンとコリンの6人だ。


 ロイとカズヤは意気投合して仲が良いみたいだし、ジョセフさんにはカズヤもお世話になってるみたいだし、私もクラウディアやエリンとコリンとも仲良くさせて貰ってて、パーティ全体で仲良くさせて貰っている。


「よお、久しぶりだなカズヤ。それにしても相変わらずミキさんと2人パーティなんだな、いくら恋人同士で他の人を入れたくないって言っても、ここまで来れちゃうんだから、凄いよ」


 思い出した。そういえば、ロイたちにはカズヤと私が恋人同士って事になってるんだった。すっかり忘れてた。恋人のフリをしないとな。

 でも……恋人のフリ……要る?もういつもの感じで良いよね。


「クラウディアの気配察知で調べたんだけど、この先には大広間があって、そこに強い敵が居ると思う。下手すりゃ幹部クラスかも知れない」


 休憩中、ロイがそんな事を言い出した。


「なるほどな……そうだな、良いぜ。もし魔王幹部ならロイたちが相手しても。俺たちはさっき幹部を1人倒してきたとこだから」


「本当か!?良かったー。もし魔王幹部なら取り合いになるんじゃないかと思ってた!」


 ロイは心底安心したように言った。

 て、魔王幹部って取り合うような相手だっけ?ロイたちってそんなに強いの?


「バカ弟子よ、油断しすぎだ。カズヤよ、もし儂らが危ないと感じたら遠慮なく助太刀を頼む。幹部を倒したのであればその実力に疑いはなかろう」


「おう、任せてよジョセフさん。といってもロイとジョセフさんがいれば大丈夫だと思うけどな」


 さすがはジョセフさん、ロイをしっかり引き締める役割なんだな。師匠なだけある。


「そういえばカズヤは他にも幹部を倒してるんだよな、俺は龍王だけだからな。巨人王だっけ?それで今回雷帝か、もしかして他にもいたりする?」


「ああ、他にも炎狼王と吹雪の女王だな」


 それを聞いてロイは固まってしまった。

 そしてクラウディアが身を乗り出して来た。


「エエッ!!4体も魔王幹部を!?すご……!!」


「やるではないか。合わせて4体か、ふふふ、これは本当に今のロイでは足元にも及ばんかも知れんな!ハッハッハ!!」


「笑い事じゃないですよ師匠!いやでも凄いな、本当に4体も……?それが本当ならあの力も……俺より……。だけどカズヤ、俺も負けないからな!残った蜘蛛の女王は俺が余裕で倒して見せる!」


「だから油断するなといっておろうが、このバカ弟子が」


 褒められて満更でも無さそうなカズヤだが、急に私の肩を抱き寄せた。


「あんまり褒めるな、それに俺だけの力じゃない。俺の恋人が優秀だからだ。凄いんだぞ、回復支援攻撃魔法なんでも高レベルで出来て、今じゃ2つの魔法の同時詠唱までこなすんだからな!」


 一気に視線が集まる。

 特にエリンとコリンの魔法担当の視線が熱くて、恥ずかしくなってきた。


「え!?2つ同時って、どうやってやるんですかミキさん!!」

「同時詠唱!?……そんな事が出来るんですね……」


 いやあ、2重詠唱は技術とか魔法とかじゃなくて、指輪のおかげなんだけどね……って!?

 あれ?指輪が無くなってる!?何処かに落とした!?

 あれあれ?とキョロキョロしていると、カズヤが尋ねる。


「どうしたんだミキ。キョロキョロして、何か落とし物とか?」


「いや、2重詠唱の指輪がどこか行っちゃって、見てない?」


 はまっていた右手の人差し指を見せて、カズヤに指輪を見てないか尋ねる。


「え?人差し指って、ずっと指輪なんかつけて無かっただろ?いつの話?」


 え!?そんなバカな……あれ?そういえば、2重詠唱の指輪の事ってカズヤに話して無かったっけ?

 そういえば、話してない気がする……、だから気付かなかったのかな。困ったな、どうしよう。


「さっきまでも、昨日も着けてなかったよ、ミキの変化に敏感な俺が言うんだから間違いない!!」


 ──いや、それは流石にちょっとキモいぞ。

 でも、そんなバカな。

 念の為、自分の感覚を探ってみると、指輪もないのに何故か2重詠唱が出来そうな気がした。

 うーん、駄目元で2重詠唱を使ってみるか。


「どうかしましたか?」


 コリンが声を掛けてきた。急に挙動不審になった私たちを心配しているのだろう。


「あ、うん、なんでもないよ、大丈夫」


 そう言って、魔法を唱える、灯りを灯す魔法、それともう1つ。


 左肩に私の胸像のような白い影が現れ、場を浄化する魔法を詠唱した。

 そうして、魔法は2つ同時に発動した。


「白い影に詠唱させるのですね、なるほど」

「凄い……本当に2つ同時に……」

「ほお、これは凄い、これなら確かに万能の魔法使い2人分だ、そしてミキほどの実力があれば……うむ」


 コリンは詠唱方法に感心し、エリンは2重詠唱に感動し、ジョセフさんはそこから実力を見てこれなら、と納得していた。

 そして私はなんとなくだけど理解した。

 多分あの双響の指輪は、認めた使用者をあるじとして、2重詠唱を授け、指輪そのものは消えてしまうものなんだろう。


 その後も交流は続き、しっかり休んで出発をする事になった。

 ロイたちは前に、私たちは後ろを警戒する、という形だ。


 そして、目的の大広間の前に到着した。

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