34.吹雪の女王


 翌朝、寒さにぶるりと身震いし、目が覚めた。


 ん?寒い?おかしいな、結界を貼ってあるから温度調節が働いてそこまで温度が下がらないはずなのに。

 目を開けるとカズヤと抱き合うようにして眠っていて、そして結界の外にはびゅうびゅうと音をたてて吹雪いていて、雪が積もっていた。

 この様子だと結界の外は想像以上に気温が下がっているだろう。


 ──おかしい。


 まだ2月とはいえ、昨日の夜は雪が降るような天気じゃなかったはずだ、ましてやこんな吹雪、山でもないのにこの天候の変化、これが自然現象で起こされたものとは思えない。

 確か古代魔法で吹雪を起こす魔法は存在する。となると魔法で吹雪を起こしたと見ていいだろう。そしてそんな事が出来そうなのは……魔王幹部の一人、文字通り吹雪の女王あたりの仕業だろうか。


 カズヤの頬をペチペチと叩き、起こす。


「ん?……おはよう、なんか寒く……なんだこれ!?」


 のそりと起きて辺りを見回し、吹雪いている様子を見て驚いた。


「こんな天気だったっけ?おかしくないか?」


「うん、明らかにおかしい、多分だけど吹雪の女王の古代魔法だと思う……相当な使い手だ」


 現在の人間世界で使用されているいわゆる魔法、現代魔法と言っても良い、そして失われつつある大魔法、さらに人間世界では失われた古代魔法があり、更に古い原始魔法がある。

 エルフの世界でも魔法を熱心に学んでいる者は古代魔法が使える、しかし原始魔法は3000年と生きている長老の世代しか知らなかった。

 私は里帰りしている間に長老から学んでいるのである程度は原始魔法が使える。

 ちなみに原始魔法には火や水、氷といったような属性は存在せず、魔力を操作する魔法だ。魔力をぶつけ、魔力の防壁を貼り、魔力を破裂させる、そういう魔法だった。


 そして古代魔法は膨大な魔力を操作し、天候を操ったり、場合によっては地形を変えたりするものもあれば、以前使った真空の刃を飛ばしたりといった大小さまざまな魔法があって、今の現代魔法と大魔法の基礎となった魔法だ、ただし現在からみれば発展途上のものが多く、どれも魔力消費が大きいのが欠点だ。

 ちなみに天候操作や地形変動は与える影響が大きすぎて禁忌となり発展しなかった。そもそも魔力消費量が膨大すぎるので当時のエルフでもそれを扱える者自体が少なかったらしいけど。


 それから現代魔法と大魔法の2つに分かれて変化し発展する、現代魔法は人間のような魔力総量が少ない種でも使用出来るように最適化し効率化された魔法で、大魔法はエルフのような魔力総量が多い種が使う為の大規模魔法となった。


 今では人間の数が圧倒的に多くエルフは引きこもり、そのために現代魔法がいわゆる魔法となって残り、大魔法は使える者がおらず失われようとしている、というわけだ。


◇◆◇


 さて、辺り一帯に吹雪を起こす古代魔法を使うという事は吹雪の女王はエルフである可能性が高い、それも強力な魔力を持つような、だ。


 私が言うのもなんだけど、エルフが人間や魔王に力を貸すというのは珍しい事だ。エルフから見ると人間と魔王の戦いは数百年程度の間隔で行われる催しのようなもので、大抵の場合エルフの里に殆ど影響が無い。

 だからその戦いに参加するというのは私のように参加するだけの理由がある者だけ、という事だ。


 それにしても魔王側につくなんて……知っての通り、魔族は人間と違って実力主義だ、強い者に従い弱い者を従わせる、それが当たり前の世界。いくら魔法が強力でもひ弱な者は舐められる。そしてエルフ自体の身体能力は低い、負荷を掛けても筋肉があまりつかず、ドワーフはおろか人間にすら力では敵わない。

 つまり直接エルフ本人を狙われたらひと溜りも無いという事で、これは魔族の中で生きていくには難しい、ましてや幹部にまでのし上がるなんて無理としか思えない。

 その点、人間は権威主義と実力主義のバランスだ、権威主義の方が強いけど、魔力が強力ならそれを認めてくれてそれ相応の対応をしてくれる、本人がひ弱でもだ。


 そういうわけで魔王側より人間側につくのが自然なんだけどなあ。

 もし本当に吹雪の女王がエルフなら、なんで魔王側についたのか聞いてみたいものだ……そんな機会は無いと思うけど。


「で、どうする?ミキ」


「そうだね……」


 この吹雪は古代魔法で起こされている、という事は打ち消す事も可能だ。

 天候操作系の古代魔法はその影響範囲の広さと効果時間の長さから打ち消す魔法も研究されている、ただ魔力の波長や魔法の解析が必要でその打ち消し魔法の調整に時間がかかるのだけど。


「少し時間をちょうだい、打ち消し魔法を使うから」


 目を瞑り、集中する、吹雪の魔法の魔力を感知して、その魔法の質を解析する。


「──分かった」


 カズヤはそう答え、周囲を警戒し始めた。

 いつでも反応出来るよう、ミキを守れるように気配を探った。しかし吹雪のためか気配は何も感じ取れなかったようで、周囲を見回し、視界が遮られている状態ではあるが目視で警戒を続けた。

 カズヤは思う、もしミキの気配遮断と幻視を張った結界が無ければ、とっくに魔物に襲われていただろうし、そもそも吹雪で凍死していた可能性もある、恐ろしい話だ。カズヤは振り向いて、目を閉じて集中し何事かブツブツと呟くミキの頼もしさに微笑んだ、そしてすぐに気を張り直し、周囲を警戒し続けた。

 警戒中、吹雪の中でカズヤたちを捜索する部隊が距離として10mほどの距離まで近づいてきた。

 森の中に加えて吹雪、さらに気配遮断に幻視の結界。こちらに気付いた様子は無いが、気付かれた瞬間に黄金覚醒で殲滅するつもりでカズヤは見ていたが、最後まで気付かずに離れて行ったようだった。

 カズヤは安堵し、引き続き警戒を続けた。


◇◆◇


「──よし!お待たせ!」


 吹雪の魔法の解析が完了し、杖を高く掲げて打ち消し魔法を発動する。


 光の筋が天に伸びて雲に吸い込まれ、一度光った直後、雲は霧散した。

 吹雪は止み、曇天は晴れ、青い空が顔を出した。


 魔物たちは当然、光の筋の出どころ、つまりこっちに向かって移動し始めているだろう、早く移動しなければ。


「カズヤ!吹雪の女王はあっちだ!」


 魔法の解析で使用者のある程度の居場所は判明していて、そちらへ移動するよう声を掛ける。


「おう!」


「わっ!?」


 カズヤは片手で私をお姫様抱っこし、胸元に片手で抱き抱えて駆け出した。

 落ちないように私もしっかりとカズヤの首に抱きつく。

 カズヤの腕の中で魔法を唱える。身体強化の魔法と防壁魔法と冷気耐性の魔法だ。


「サンキュ」


 カズヤは魔物たちをすれ違いざまに空いている手で武御雷を振るって切り伏せ、脚を止めずひたすら駆ける。


 森を抜け、草原の遠くに拠点らしきものがあった、そこに吹雪の女王がいるはずだ。


「あれだな」

「あれだ!」


 拠点の前には魔物の軍勢がいた、後方からも捜索隊が戻ってくる。挟み撃ちの形だ。

 カズヤは魔物の軍勢の前まで来て私を降ろした。


「中央突破して魔王幹部の首を直接取りに行く、ついて来れる?」


「当たり前だ、親友を舐めるなよ」


 そう応えるとカズヤは嬉しそうに微笑んだ。

 正直なところ、ついて行くのは大変だと思うけど、カズヤの足を引っ張りたくない。何がなんでもついて行って見せるよ。


 そんなやりとりをしていると、軍勢が中央から左右に割れた。そのまま両脇に並ぶ。

 それはまるで、邪魔はしないから早く此処まで来い、と奥にいる魔王幹部が言っているようだった。


「ミキ」

「うん」


 お互いに顔を見合わせ、頷いた。

 カズヤは剣を納めて真っ直ぐ軍勢の中央、割れた先の2人の人影に向かって歩き始めた。

 私も横に並んで歩を進める。


◇◆◇


 両脇に立ち並ぶ魔物たちからの圧を受けながらも2人並んで進む。

 いつの間にか戻ってきた捜索隊も後方で横に並び、私たちは囲まれたような状態になっていた。


 私たちの進むその先に2人の人影、一人はヒゲを生やし褐色の肌に見たところ40前後の成人男性のようで、もう一人は長く綺麗な銀髪でこちらも褐色の肌、そして耳が長い、やはりエルフ、いや、ダークエルフのようだった。


「あの男の方、相当に強い」


 カズヤがぼそりと呟く。

 カズヤがそう感じるという事は間違い無く強いのだろう、そして女エルフの方も相当な魔力だ。こちらは予想通り。

 

「もしかして男の方も魔王幹部なのかな?」


「ありえるな、残りは蜘蛛の女王と雷帝だから……雷帝か?」


「雷対雷かあ……最強の雷対決は燃えるねえ」


「ミキは気楽に言うなあ」


 そんな軽口を喋りつつ、2人と適度な距離を持って向かい合う。

 緊張が走る、空気がピリつき、さっきまでしていた緊張を解すための会話が無に帰した。

 カズヤは武御雷に手を掛け、何時でも動ける姿勢を取る。先に動けばそれが戦闘開始の合図になる、そんな雰囲気だ。


 そんな緊張した空気の中、相手の女エルフが口火を切って話しかけてきた。


「私が魔王幹部の一人、吹雪の女王ネヴァスカだ。この男はカリフ、私の……従者という扱いになっている」


 予想はそれぞれ当たりと外れ一つずつ、やはり吹雪の女王で間違いは無かったようだ、そしてもう一人の男は魔王幹部ではなくネヴァスカの従者だという事だった。

 それにしては強い、ただの従者じゃなさそうだ。


「そこのエルフ、私の吹雪の魔法を打ち消したのはお前で間違いないな?」


「私の名前はミキ、そしてこっちが勇者カズヤ。そして吹雪の魔法を打ち消したのは私」


 名乗り、正直に答える、バレてそうだし誤魔化す意味も無いし。


「なるほど、情報に誤りは無いようだね、あの程度で倒せるなら相手にするほどの価値も無い。それにしても……まさかあれを打ち消されるとは驚いた。てっきり吹雪の中を突破してくるものだと予想していたからね、ねえカリフ?」


 今にも飛びかかって来そうな空気から一転、代名詞とも言える自慢の吹雪の魔法を打ち消されたのに、それがさも嬉しそうに言う。

 そして隣の従者の男カリフに声を掛け、カリフも嬉しそうに応える。


「ああ、これほどのやつらならきっと楽しめる、こんな楽しそうな相手を逃す手はない。だから部下共は下がらせた」


 紅い目をギラつかせ、楽しそうにそんな事を言う。

 こいつら……戦闘を楽しみ、強者を求めるタイプだ、面倒臭いやつだ。一見フレンドリーなのも私たちを強者と認めたからだ。絶対戦闘狂だよ。


 それにしても違和感が凄い、まるで敵意を出してこない。魔王幹部と会話をしていると思えない。今までの相手は巨人族と狼族、みな敵意むき出しだった、今回みたいな魔王幹部は初めてだ。

 そしてエルフの……そういえば、聞いてみたい事があったんだった。なんで魔王に力を貸しているのか、どうやって幹部にまで上り詰めたのか。エルフで魔王に力を貸すのは珍しく、近接戦闘が弱いエルフが幹部にまで登り詰めたのは不思議だからだ。

 まあ、聞いてみたところで教えてくれるはずもないんだけど、好奇心は抑えられなかった。


「一つ聞きたいんだけど……」


「……へぇ、良いわよ、何でも聞いてみな」


 ネヴァスカは私とカズヤを交互に見て、カリフの腕に絡み、しなだれかかりながらそう応えた。

 それは、私が何を聞こうとしているか、そして何が起こるかを察しているようでもあった。

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