35.エルフと人間
「何でも聞いてみな」
驚く事にネヴァスカは私の質問を聞くと言う、答えてくれるかは分からないけど、確かにそう言った。普通に考えたら今から殺し合いをしようというのに聞いてくれるはずが無いと思っていたので意外だった。
そして、そう応えながらダークエルフのネヴァスカは私たちを見回し、隣の魔族カリフの腕に絡み、しなだれ掛かるように身体を預けていた。それはまるで、恋人同士がイチャつくような睦まじい光景に見えた。
「今此処にいる私が言うのもなんだけど、エルフは余り人間と魔王の戦いには干渉しないのが普通のはず。それに人間側につくならまだしもどうして魔王側についたのか、それを知りたい。後はどうやって幹部まで登り詰めたのか、魔族や魔物は実力主義のはずだし……」
「欲張りだね、一つと言ったのに二つも聞いてきたよ……まあ良いよ、ついでに答えてやろう、特に一つ目はお前たちにも多いに関係がありそうだしね」
思わず二つ聞いてしまったけど答えてくれるようだ、それにしても私たちにも関係がある?どういう意味だろう、私がエルフだから関係があると言ったのだろうか?分からないな。
◇◆◇
「元々私は勇者カリフのパーティメンバーだった、そう、お前の言うように元々は人間側についていたのさ」
え!?ちょっと待って!?いきなりトンデモナイ事言いだしたんだけど!?
勇者カリフ?人間側についてた?どういう事?カリフって、そこにいる褐色の男の事だよね!?なんで勇者とそのパーティメンバーが今は魔王側に!?
カズヤも驚いたようで、動揺していた。
「勇者カリフってのは察しの通り、ここにいるカリフの事だ、そして私はカリフのパーティメンバーの一人だった、今から大体150年前の魔王討伐の時の勇者パーティの一つだった」
確かに150年くらい前に魔王がいたと記憶している、その時は私も他のエルフと同じように興味も無く、魔王討伐に参加なんかしなかったし、いつものように冒険者の与太話を聞いて暇をつぶし、里に戻った。その後、勇者や魔王がどうなったかは全く知らない。
「結局は別の勇者が魔王を倒し、勇者カリフは当時の幹部を一人倒したに過ぎなかった。だけど、幹部を倒したのだって凄い事だ、魔王を討伐した勇者ほどじゃないけど街のみんなは称えてくれたよ」
称えてくれたのなら、それは良い事じゃないか。今のところ魔王側につく要素が無い。
「当時の魔王を倒した事で魔族の脅威は一旦去り、一応の平和にはなった。そして私とカリフは結婚したのさ、ね、カリフ」
えッ!?結婚!?
それはおめでとう!というか、それってつまり……私たちと同じって事!?
私とカズヤも、魔王を倒したら告白を受けて、正式に付き合うつもりだ、そして将来的には結婚だってしたい、そう思ってる。だから、ネヴァスカたちと同じだ。
心なしか、そう言った時のネヴァスカは少し幸せそうで、二人は見つめ合っていた。
ますます分からない、そこからなんで魔王側についたのか。もしかして魔王に呪いを掛けられて仕方無くとか、止むに止まれぬ事情があっての事なんじゃないか、なんて、そんな風に思い始めていた。
「結婚して幸せだった、2人で冒険に出掛けて、楽しい時を過ごした」
「だったらなんで!!魔王なんかに!」
思わず言ってしまった。2人が羨ましかった。目的を達成して、結婚して、今だって2人睦まじくしている、それなのになんで!そう思わずにはいられなかった。
ネヴァスカは先程までの幸せそうな雰囲気から一転、冷たい眼差しで私を見据えた。
「気付いてないのかい?カリフは人間だ、その時の魔王討伐から150年経っている。さて、此処にいるカリフは正真正銘の本人だ、ちょっと老けてはいるけど、中々に渋い中年じゃないか……どう思う?」
──!!!?
頭を大きな金槌で殴られたような衝撃を受けた。それは精神的だけでなく、身体からも力を失い、カズヤが咄嗟に支えてくれなければ倒れていた、それほどだった。
それは、ある時期から私が考えないようにしていた事だった。
最初は暇つぶしだと思っていた、そう考えていた、カズヤと過ごす50年程度の時間はエルフにとってはその程度の僅かな時間なんだ。
そしてそれはエルフであるネヴァスカにとっても同じだ、人間の一生は僅かな時間なのだから。
最初に勇者カリフと聞いた時はその内容が突拍子も無さ過ぎて驚き、カリフが寿命の短い人間である事が頭から抜けていた。だから素直に話を聞き、結婚を祝福出来た、そして今の今まで人間であったカリフがそこにいる事を不思議とも思わなかった。
それは私がエルフで寿命というものを意識しないからでもあっただろう。もしかしてカズヤが始めに動揺していたのは、その人間のカリフがまだそこに居たからかも知れない。人間であるカズヤの方がその異常さに気付きやすいはずだ。
「老けてるなんて紹介は非道いな、ナイスミドルと言ってくれっていつも言ってるだろ?ネヴァスカ」
「ふふ、ちょっと意地悪を言ってみたかっただけよ、カリフ」
ショックを受ける私を差し置いて、2人はイチャイチャし始めた。
隙だらけだ、だけど今はそんな事はどうでも良かった、自分の心を落ち着けるので精一杯だった。
「あ、ありがとうカズヤ、もう大丈夫、うん」
「本当に大丈夫か?無理するなよ」
支えてくれていたカズヤの腕の中で立ち直り、やっと体勢を整えた。正直、まだまともに戦える精神状態じゃない、今のままだと確実に負ける、それは明らかだった。
◇◆◇
「ミキ、お前にも良い事を教えてやろう、お前の愛するその男ともっと長い時間を過ごす方法を」
ネヴァスカがそんな事を言い始めた。
それは今の私にとっては黄金のリンゴのような、すぐにも飛びつきたくなるような甘言だった。
だけど、曲がりなりにも敵の言葉に耳を傾けるなんて!
「そ!そんなの聞きたくない!」
「聞け!お前も理解っているだろう!人間の寿命は60年程度、このままだと例え結ばれたとしてもせいぜい後40年程度だ、たったそれだけだ、それに人間の全盛期はもっと短く、大半の時間は愛する人の老いていく姿を見届ける事しか出来ない、それは余りにも辛いと思わないか?」
何も言い返せなかった、その通りだと思った。ずっと思っていた。
そして、考えたくないからと見て見ぬフリをしていた事でもあった。
「私には耐えられなかった。カリフの老いていく姿を見ていられなかった。一緒に老いていくなら良い、自分は若いままで、愛する人だけが老いていく、30を過ぎれば老いの速度も上がる。そんな時、魔王様が願いを叶えてくれたのだ、あのお方は素晴らしい、私が魔族となり魔王様に忠誠を誓う刻印を入れる事を条件にカリフを魔族にしてくれた。人間も魔族になれば寿命が伸びる、約500年、それが人間から魔族になった者の寿命だ。私らエルフにとっては足りない、だけど人間のままより遥かに長い、それだけの時間を愛する人と一緒に過ごせるんだ、どうだ?良い話だろう?」
ネヴァスカは500年を愛する人と共に出来る変わりに、永遠に近い時間で魔王に忠誠を尽くす事を選んだ。
魔王からすれば永遠に近い寿命を持ち強力な魔法を持つエルフを手に入れ、おまけで500年間の幹部クラスの配下も同時に手に入れる事が出来る。デメリットなど何処にもない。
冷静に考えればとても公平な条件じゃない。それでもネヴァスカは取引に応じた。それほどまでに追い詰められていたのだろう。
自分の事に置き換え想像すると、絶望し、目の前が真っ暗になりそうだ。
想像だけでこれなのだから、実際に目の当たりにしたら耐えられるか分からない。
そんな時に差し出された、寿命の延長という手を取らないほうが難しい、それは分かる。
「そうやって私とカリフは魔族になった、カリフには従者として私の傍に常にいて守って貰ったわ、そうして実力を示して、魔王幹部になった。これで分かったかしら?私たちは今、魔王様のお陰でとっても幸せよ」
2人は寄り添い、口付けを交わした。本当に幸せそうだ。
「ミキ、望むなら魔王様に口添えしてやっても良い。なあに、少し肌の色が黒くなるがそれだけだ。カリフは40で魔族になったからその姿のまま、だけど肉体は全盛期と変わらない、その男なら若い今の姿のまま魔族になれる、羨ましいねえ。……ふふ、冗談よカリフ、拗ねないで、あなたの方が素敵よ」
これまでに無いほどに心が揺れ動いていた、たった500年、だけど人間の寿命からすると途方もなく長い年月。それだけの時間をカズヤと一緒に過ごせる。自分の一生と引き換えにしてでも。そう思うのも無理も無い事だった。
魔王で無ければ、魔族になった者の言葉でなければ、すぐにでも飛びついていただろう。それでも。だけど。どうすれば。
私の脳内で魔王に傾きかけつつ堂々巡りしていた、考えが纏まらなかった。
◇◆◇
そんな時、カズヤがカリフに問いかけた。
「カリフ、あなたはなぜ魔族になった?なぜ愛する人に魔王に生涯の忠誠を誓わせるような事をした?あなたがちゃんと断れば、説得出来れば、愛する人をそんな目に合わせずに済んだのに!!」
「……そうだな……その通りだ、お前の言う事は正しい。だがオレには出来なかった。ネヴァスカが悩み、苦しみ、美しく綺麗だった金髪から色が落ちて銀色になるまで苦悩している姿を見て、そしてやっとの事でオレの寿命を伸ばせる事が分かった時の、その喜びを否定する事が!!自分の生涯を捨ててでもオレとの500年を取ったネヴァスカに、それはダメだと、諦めろと言えるのか!?言えるわけが無い!!」
「──それでも、愛しているなら尚更だ!」
「そう、それでもだ。だが、オレの言葉を聞いて心からまだそう言えるか?想像してみろ、お前は人間だ、間違いなく10年もすれば老いがお前を襲う、そしてお前の愛するエルフは間違いなくネヴァスカと同様に悩み苦しみ藻掻くだろう。そして見つけた光明、今までの悩みから開放され、心から嬉しそうな愛する人の笑顔、そんな気持ちをお前は捨てて、踏みにじるのか?……まあ……仮に否定したとしよう、するとどうなるか。また苦悩が続くのだ、彼女は、お前は、耐えられるか?想像してみろ!」
カズヤは苦しそうな表情だった、苦虫を潰したような、見たくないものを見たような、受け入れられない感情になったような、そんな顔をしていた。
少しの後、カズヤは顔を上げた。
「──それでも、俺は!ミキには!俺が死んでも俺に縛られずに、自由でいて欲しい!!何千年という生涯を魔王の為に使わせるなんて、俺は嫌だ!ミキが俺を思うように、俺だってミキを思う、だからそんな事はさせない!!」
カズヤは言い切った。
そうだ、私は何を考えていたんだ、私の悩みは独り善がりだった、カズヤの寿命を延ばしたいという願いは私個人の願い、そこにカズヤの意思は無かった。そして、魔族になるかどうかを、主導権を持ち、決めるのはカズヤだ。
そしてカズヤにはカズヤの願いがある、それは自分の死後も私に自由でいて欲しいという事だった。
だからカズヤは私の僅か500年より長い人生を見て、そう言ってくれたのだ。
そのカズヤの考えも独り善がりと言われればそうとも言える、だけど決定的に違うのは自分の死後、つまりカズヤには何のメリットも無い事を、私の為に真剣に考えてくれている、という事だ。
憑き物が落ちたように心が晴れた、暗闇に曙光が差したかのように明るく、眩しい光だった。
ああ、この人を好きになって良かった。
カズヤは本当に私を愛してくれている。それを実感出来た。
……ちょっと調子に乗りやすいのが欠点だけど。そこはまあ、可愛いところだ。
「そうか……。オレたちは幸せだぞ、魔族になって100年以上もの時間だ、すでに人間なら2回分の人生の時間を過ごしている……理解って貰えなかったのは残念だが仕方がない。ここでお前たちを殺して、まだ何百年と幸せになるとするか、お前たちの分までな」
カリフは剣を出して構える。
先ほどまでと打って変わって戦いに挑む表情だ。
「俺たちがお前たちの歪んだ人生と、歪ませた張本人を終わらせる。覚悟しろ」
カズヤは武御雷を抜き、真剣な表情で構えた。
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