32.お仕置きと仲直り


「我慢出来ない痛みと感じたら言って」


 そう言ってカズヤは徐々に抱き締める力を増していった。

 適度に締め付けられるのは正直なところ圧迫感が気持ち良い、だけど段々と気持ちよさより痛みが増してきて、思わず声を上げた。


「いったい!それ以上は無理!」


 そう訴えると少しだけ緩めてくれる。

 ほっとしたのも束の間、私の口に2本の指を突っ込んで来た。


「ひゃに!?ひゃんふえ!?」


 何!?なんで!?

 そう言おうと思ったけど口が上手く動かずちゃんと喋れない。


「ほら、俺の指が好きなんだろ?もっと味わっていいんだぞ」


 そう言ってカズヤは指で私の舌を摘んだり、なぞったりした。

 こ、こいつ〜、調子に乗りやがって〜。


 だけど何かを言う前にカズヤは私の首筋を後ろから甘噛みした。

 そのまま舐め回され、最後にちゅぅ〜〜と吸い上げられ、ッポン!と音を立てて解放する。


「ひゃ!ほれへぇったひふぁおひゃのふぉるはお!!」


 それ絶対跡が残るだろ!そう言おうと思ったけどカズヤの指が邪魔で上手く喋れない。


「何言ってるか分かんないな~。あとミキが喋ると指を舐められてくすぐったいな。どう?気持ち良い?」


 んなわけあるか!!

 と言ったつもりだけどまともに発音出来ない私はカズヤの指を舐めるだけで何も伝えられなかった。


 そのまま耳も責められ、首筋と交互に顔を埋め、舐めたり、吸い付いたりしていた。

 それと同時にカズヤは私の腰周りとお腹を撫で回し、お肉をつまみ、おへそ周りを丹念に撫でた。

 他にも絡ませた足を擦り合わせたり挟んだりして、圧迫したり弄ばれた。


 胸や股間を弄らないのはカズヤなりの気遣いなんだろう。


 そして、実は最初から強烈な存在感を示していた場所があった。

 それは熱くて硬くて、カズヤの存在を強く感じる場所であった。

 お尻や腰あたりに強く押し付けられ、否が応でもそれを意識せざるを得なかった。


 しかし、不思議とそれに嫌悪感は感じなかった。

 むしろ、それがカズヤなんだと肯定的に受け入れる事が出来た。


 そんな事をされていた私の身体は昂っていた。

 いつしかカズヤの指を積極的に舐めて吸い付き、首筋や耳への愛撫はくすぐったくも気持ち良く、熱い吐息を吐き出し、お腹を弄るカズヤの手に自分の手を重ねて、足も自分から離れないように絡みつかせ、お尻や腰はカズヤに押し付けるようにうねらせていた。


◇◆◇


 私と同様に興奮しているであろうカズヤが後ろから囁いてきた。


「──ミキ、もうさ、このまましちゃおっか?」


 その一言でポーっと、熱に侵されてふわふわとしていた頭が一瞬で我に返った。

 カズヤも我慢出来なくなっているのだろう。

 それは分かる、曲がりなりにも元男だから、こんなの我慢出来なくなるだろう。


 だけど、それはダメだ、ダメなはずだ。

 それは魔王を倒したご褒美でなきゃダメなはずなんだ。

 別に自分にそれだけの価値があると言いたいわけじゃない、だけど、そういう約束のはずだろう!?


「ひ、ひひゃふぁ!!」


 “嫌だ”そう言ったはずが言葉にならない。


「え、何?聞こえないよ、ミキ」


 嘘だ、絶対何を言ったか分かってるはずだ、でもカズヤは聞こえないフリをして、私の顔を横に向けさせ、私の口から指を抜き、即座に唇で塞がれた。


 口腔内をカズヤの舌が蹂躙する、歯を舐め、舌を絡め、吸い付かれる。


 そのまま、今まで一度も触って来なかった胸を揉まれ、優しく、包み、摘む。

 そのキスのテクニックも、胸を弄るテクニックも、手慣れたもので、私に会うまで女性を引っ掛けまくっていたと言うのは伊達じゃなかった。


 カズヤは唇を離すと即座に指を口に入れてきて、私に“嫌だ”と言わせない、本気でやるつもりだと言う事が伝わってきた。


 ──私はその時、初めてカズヤが怖いと思った。


 有無を言わせぬ勢いと強引に事を進めようとする様に恐怖した。

 力で敵わないと頭が理解していて、もうダメなんだと思うしかなかった。


 それでも、無駄と知っていても抵抗の意思を示すしかなかった。


「ひひゃはぁ、ひひゃふぁ……」


 嫌だ嫌だと繰り返す私、いつしか涙が溢れ、零れていた。

 カズヤに対する恐怖、気持ちが伝わらない事、強引に私の意思を無視して進めようとするカズヤに、悲しい気持ちが溢れた。


 ──こんなの、こんな形でなんて、嫌だ。


 まるで子供の様に泣き、言葉にならない声を発し、ただ悲しくて、泣いた。


◇◆◇


「──!!!!」


 それを目にしたカズヤは動きが止まった。


 口から指を抜き、胸から手を放し、絡めた足を解放し、密着した身体を放した。

 身体を起こし、私から少し距離を取り、土下座した。


「ごめんミキ!調子に乗りすぎた!我を失ってた!我慢出来なくなってた!本当にごめん!!」


 私はまだ、頭の整理が付いてなかった、やっと解放された事、身体がぐったりしてる事、口の中の感触、胸を弄られた感触、他にも色々と残っていて、乱れた呼吸で横になったまま、動けなかった。


 呼吸と身体が落ち着いてきて、やっとノロノロと身体を起こすと、そこにはまだ、カズヤが土下座の姿勢のまま、下を向いていた。


「ミキごめん!ミキの気持ちも考えず、嫌だと言っていたのも分かっていたのに強引に事を進めようとした!俺は最低な男だ!」


 段々と頭がはっきりとしてきて、冷静に考えられるようになってきた。

 嫌だと言っているのに、それが分かっていて強引にしようとしたのは本当に最低だ。

 正直、まだカズヤが怖い、今だって強引に力ずくにでも、私くらいなんとでも出来るだろう。


 だけどカズヤは踏みとどまってくれた、それにカズヤにこんな事をさせてしまったのは元を辿れば私が原因だ。

 夜は寝相なのでしょうがないところがあるとはいえ、朝にカズヤの手を弄っていたのは私の意思で、カズヤの指に吸い付いたのも、お腹の手を重ねたのも、足を離すまいとしたのも私の意思だ。

 そしてその私の積極的で挑発的な、誘惑するかの様な行動がカズヤを勘違いさせ、行けると踏み込む切っ掛けになったんじゃないだろうか、だってそれまでは、ちゃんとカズヤは私の事を考えていてくれていた、つまり私が悪いのだ。

 私が最後の一線を越えさせようとした。そういう意味ではカズヤは被害者かも知れない。 


 だけど、だからと言って、無理矢理強引なのはダメだと思うけど。


 誘惑して、カズヤが乗ってきたら拒否をして、それでも強引に来たら泣いて、謝らせる。

 このまま終わらせたら私はただの嫌な女だ、他の誰かならそう思われていいけど、カズヤにだけはそう思われたくない。


 そういうわけだから、事を起こそうとしたカズヤを許そうと思う。それに私も謝らなければいけない。

 でも、釘だけは刺しておきたかった。


「そうだな、最低な男だ。無理矢理強引だなんて、本当に最低だ」


「!!」


「……だけど、今回の件は私も悪いと思う、私がカズヤを挑発したようなものだ、だから、おあいことは言わないけど、ちゃんと約束を守ってくれるなら、カズヤを許すよ。それに私も、私こそ、ごめんなさい」


 そう言って、カズヤに謝った。


「いいんだよ、ミキが謝るような事じゃない、俺が全部悪いんだから!」


 そう言ってくれた。


「まあ、おあいこって事、ね?」


「うん……ああ、そうだな」


 そう言って、お互いが顔を上げた。


◇◆◇


「ねえ、お願いがあるんだけど」


 とりあえずお互いが謝って一見すると解決したかのように見える、だけどこのままだと表面上では元通りに見えてもお互い心にしこりが残るだろう、以前の時のように、ぎくしゃくするようになるかも知れない、そう思った私は一つ提案をする事にした。


「うん」


「えーっとね、えーと、もう一回、朝の抱擁をしたいんだ、けど」


「──え?でも、いいの?無理しなくても」


 そう、ここで“無理しなくても”そう言う言葉が出ると言う事はしこりがある、そう言ってる様なものだ。この機会を失ったら本当の意味で以前の関係に戻るには時間が掛かると思う、だから今の内にやるんだ。

 今ならまだ、本当の意味で関係を戻せると思うから。


「いいから、はい」


 そう言って両手をカズヤに伸ばす、抱き締める様に促す。

 カズヤは少し戸惑いながらも私の両手の間に入ってきて、抱き締めようとした。


 ビクッ!!


 私の身体が勝手に反応して、後ろへ下がった。

 ああ、やっぱり、頭では大丈夫だと思っていても、私の身体はまだカズヤを怖がってるんだ。

 だから、ね、荒療治だけど、身体に分からせる必要がある。


「ミキ、無理しないほうが……」


 カズヤが気を使ってそう言ってくれるけど、良いんだ。


「良いから!ほら!きて!」


「う、うん……」


 恐る恐る、私を抱き締める。

 今度は身体が逃げない様に、神経を張って、こちらからも抱きつきに行った。


 カズヤの手は震えていた、いつものような、優しい手つきじゃなかった。カズヤもまた、私に拒否される事を恐れているんだ。

 私も抱き締められ、身体が震えた、さっきの恐怖心が蘇り、カズヤを突き飛ばしたい衝動に駆られる。まだ怖がってる、だけど、大丈夫、大丈夫だから。


「ミキ」


「……うん」


「本当に、心から、好きだ、愛しているんだ、本当に、ごめん、もうあんな事しないから、嫌いにならないで」


 今にも泣きそうな声で、カズヤは言った。


「分かってる、分かってるよ。もう大丈夫だから」


 そう、もう大丈夫、大丈夫なはずだ。

 私は反省して、カズヤも反省した、あと少しで今まで通りの関係に戻れるはずだ。


「ミキ、ミキ」


「うん、大丈夫、大丈夫だよカズヤ」


 何度も、まるで自分に言い聞かせる様に、何度もカズヤに、大丈夫、と繰り返した。


「……怖がらせちゃって、ごめん」


「うん」


 そうしていて暫く、いつの間にか身体の震えも恐怖心も無くなり、気付いたらカズヤを泣いてる子供をあやす様に優しく撫でていた。

 今はただ、この男を愛おしいとだけ感じるのだった。

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