31.寝相


 ステム村のギルドに2人で顔を出し、あらためて出発する旨を告げ、そのままステム村を出て、スピリングの街を目指して歩き始めた。


 魔王支配領と隣接する街は2つあり、その一つが今目指しているスピリングの街。

 そしてもう一つはエキゾントという街、この2つの街が魔王との最前線というわけだ。


 ちなみに王都で仲良くなった勇者ロイはもう一つのエキゾントの街に向かうと言っていた。


 道中で魔物に襲われたりもしたけれど、所詮BやCランク、私たちの敵では無かった。

 それに何組かの冒険者を助けたりもした。


 そして、目的地のスピリングの街へと辿り着いた。


 その威容はまさに要塞と言って差し支えない。

 ステム村より遥かに高く大きな城壁を備え、その城壁の上には結構な数の見張りが各所に配置されている。


 スピリングの街に入りギルドへ向かうと、そのままギルド長と一緒にスピリングの街の領主セキガル卿と面会する事となった。


 セキガル卿は歓迎の意を示し、現在の状況と勇者の役割を話してくれた。


 ここは明らかに冒険者より兵士の数が多く、それは王国軍と領主の私兵で構成されていた。

 魔法部隊らしきものや、弓兵隊、騎兵隊などがいて、BやCランクの大量の魔物相手でもそれを組織の秩序と数で対抗しているそうだ。

 対抗といっても基本的に防衛一辺倒で、現有戦力では魔王領に攻め入るなど不可能とのこと。


 そして冒険者も、ここにはDランク以下はおらず、Cランク以上だけらしい。

 ただし、他の街や村のように依頼を好き勝手に受けて動き回るのではなく、冒険者も組織に組み込まれて、ある程度の秩序を持って動いてもらっているそうだ。

 魔物の方が強く危険な場所、という前提があるからそうなるのも仕方の無い事だろうと思う。


 そして、勇者カズヤには組織とは全く別で遊撃隊として、つまり単独パーティで強力な魔物、具体的には魔王幹部と最終的には魔王を討伐して欲しい、とお願いされる。


 今やSランクの勇者、それを組織に組み込んで防衛に使うのは余りに勿体無い、それに組織全体ではとても魔王領に攻め入る事は出来ないため、勇者が軍隊に組み込まれても有効活用出来ない。

 だから圧倒的な戦力のパーティ単独での魔王領への潜入と討伐、それが勇者の役割。


 一見無茶な暴論にも聞こえるけど、セキガル卿の言う事はもっともで、納得できるものだった。


 魔王支配領では基本的に魔物の方が兵士や冒険者より強く、ランクも人間側は精々Bランクが数名いるかいないか、しかし魔王側は魔物の時点でAランクやSランクが存在し、さらに魔王幹部までいる。

 防衛だけならともなく、軍隊として組織だって攻め入る場合、いくら勇者だけが強くても他の人間は戦力差で足を引っ張る事になりかねないし、被害も甚大だろう。

 それに人間側が群れで動けば魔物側も群れで対抗してくる、そうなれば城壁や防御機構を利用しての防衛と違ってそれが無い人間は魔物に太刀打ちできないだろう。

 侵略されたならともかく、魔王領に攻め入って勇者だけが生き残って兵士が全滅では話にならないのだ。


 私としては組織に組み込まれて自由に動けない方が嫌だったので好都合と思えた。


 そしてカズヤも


「はい、その方が良いと思います、俺たちだけの方が動きやすいし、巻き込まれる人たちを見たくないので」


 そうセキガル卿に応えた。

 と言うわけで私たちは遊撃隊、つまりフリーで動いて魔王幹部と魔王を倒す、という当初の目的通りの運びとなった。


 その後はセキガル卿と情報交換をして屋敷を後にした。


 セキガル卿の情報によると、魔王幹部、巨人王テュポーンはカズヤが倒し、地底の王アンダーリッシュはドミニクが、そして、龍王リバイアサンをロイが倒したらしい。

 残る魔王幹部は、雷帝、吹雪の女王、炎狼王、蜘蛛の女王の4体、そして魔王、それらはこの先の魔王領にいる、という事だった。


 ドミニクは既に3日ほど前、このスピリングの街から魔王領へ出ているという。

 そしてロイはエキゾントの街に、魔王討伐はカズヤを含めた3人のSランク勇者に掛かっていた。


◇◆◇


 翌、出発の朝。

 ここを出発し、順調に進めば次に街に戻る時は魔王を倒した後になる。

 出発前の最後のベッドを堪能するため、高めのお宿をとってしっかり身体を休めた。

 今は気持ちの良いまどろみの中で、ゆるゆると起きようかな、という感じだ。


 横になっていて少し丸まっているような体制で寝ていて、ふと気付くとお腹の上に少し重みと暖かさを感じる。

 それに背後に人の気配がして、その気配から私のお腹に手が伸びているみたいだ。


 ──思い出した。


 昨日の夜、出発前最後の宿泊、という事でカズヤにお願いされたんだ。

 最後の宿は同じベッドで寝たい、と。


 私としてはカズヤにお願いされたら、本音のところでは、まあ……別に良いよ?とは思うけど、素直に"良いよ"と言ってはいけないだろう。

 だから譲歩案として、身体に触れない事を条件として一緒のベッドで寝る事になった。


 そしていざ一緒の布団に入ってみると意外と緊張してしまった。

 ダブルベッドでそれなりの広さはあるけど、カズヤは180前半でさらに筋肉もあって身体が大きいし、私も女としては小柄じゃなく160後半あるからそこそこの大きさだ。

 だからか、カズヤとの距離が思っていたより近い、いつも抱き合ってて密着してるんだから距離が近いなんて大した事無いと思っていたけど、それはそれ、これはこれだった。


 カズヤの身じろぎ一つで布団が動く、空気が流れる、匂いがする。

 思わずカズヤに背を向け、そのまま眠ろうと思っていたら、なんとなくだけど、気配が、熱が近寄ってきている気がした。


「カズヤ?」


 声を掛けるとその気配は止まった。

 そーっと振り向くとすぐそばに、真後ろにカズヤが距離を詰めてきていた。


「おい!」


 びっくりして、思わず声を出してしまう。

 それを聞いたカズヤは気にした風もなく、言い放った。


「大丈夫、身体には触れてないから」


「なっ!」


 確かにそうだけど、近すぎる!

 身体を少しでも動かしたらカズヤに触れてしまいそうだ。

 そうなるとカズヤが手を出したのではなく、私から手をだしたから条件を破ってない、そう言うだろう。


 すぐ後ろに、熱を感じそうな距離にカズヤがいる。

 心臓が早鐘を打ち始め、なんだか体温が上がってきたような気がする。

 ……あー、やばい、さり気なく後ろに身体を預けたい気持ちが湧いてきた。

 きっと、カズヤは優しく受け止めてくれて、暖めてくれるだろう。それだけじゃない……きっと心も満たして……。


 ──は!?

 いけないいけない!正気に戻れ!!


「近い、近いから!もっと離れて!眠れないだろ!」


 やっとの事でそう言うと、カズヤはちぇ~と口を尖らせ、距離を取った。

 私は心と身体の落ち着きと、少しの未練を残して、やっと眠りについた。


◇◆◇


 ──と、昨日の夜にはそんな経緯があったのだった。


 そして今、私のお腹には背後のカズヤからの手が回ってきていて、私のお腹を抱え込むようにして、後頭部付近にはカズヤの頭の存在を感じた。

 寝息を立てていて、まだ眠っているようだ。


 寝る前の約束は"身体に触れない"だ。

 だけど寝ている間に触られるのは本人の意思じゃないはずだし、約束を破った事にはならないだろう。

 まあ、だから、このお腹にある大きな手は許される、そういう事だ。


 その大きな手にそっと私の手を重ね、その手の大きさ、ゴツゴツとした男の手の感触とその暖かさを、恋人握りしたり、手の平を重ねたり、撫で回したりして、暫く堪能し、手を放した。


「おはようミキ、俺の手の触り心地はどうだった?」


 ビクッと身体が跳ねる。

 慌ててカズヤの腕を払い除け、起き上がった。


「いッ、いつから起きてた!?」


「そうだなぁ……恋人握りしたくらいかな?」


 それって最初のほうじゃん!

 なんだよもー、起きてるなら早く言ってくれればいいのにー!

 全然起きないから指まで撫で回したじゃん!

 

「くすぐったくて声を抑えるのが大変だった。……なあミキ、今日は横になったままでしたい」


「……え、別にいいけど」


 そう応えて、カズヤを向いて横になる。


「後ろから抱き締めたいから、後ろ向いてくれ」


 カズヤに背を向けるとさらに注文が飛んできた。


「さっき寝ていたみたいに丸まって欲しい」


「なんだよ今日はやけに注文が多いな……」


 目を覚ました時のように、丸まる。


「それはな……ミキのせいだ!!」


「ひゃあッ!?」


 そう言って後ろからガバッっと抱きつかれる。

 丸まった背面に沿うようにピッタリと身体を密着してきて、足も絡められる。


 思わずジタバタと手足と身体を捻り逃れようとするけど、そこには歴然とした力の差があって全く動けない。


「暴れるなよミキ、今日はちょっとしたお仕置きだからな!」


「なんだよお仕置きって!なんにもしてないだろ!」


 まだ逃れようと身体を動かす私を力尽くで抑えつけるカズヤ。

 お仕置きって何!?なんにもしてないはずだけど!?


 少しして、無駄な抵抗だと悟った私が大人しくなった。

 はぁはぁと呼吸を乱している私とは対照的に、カズヤは呼吸一つ乱れておらず、身を持ってカズヤが力ずくで来たら抵抗が無意味な事を思い知らされた。


 一つだけ、この状況から簡単に脱する方法はある、だけどそれをする気にはなれなかった。

 そう、一言“嫌だ”と言えばカズヤは解放してくれるだろう。

 だけどカズヤはお仕置きだと言った、本当に私がした事に対するお仕置きなら受けるべきだと思う、だけどそうじゃないなら即座に“嫌だ”と言えば、それで終わりだ。

 そうだ、だからそのお仕置きの原因とやらを聞いてみよう、それから判断だ。


 呼吸を整え、聞いてみる。


「なんでお仕置きなんだ?私が何をしたって言うんだ?」


 ガッチリと背後から抱き締めたまま、耳元でカズヤは囁いた。


「寝相が悪いのは知ってたからさ、多少は我慢しようと思ったんだけどな。だけどあれはダメだ」


 ……どうやら私の寝相が問題だったらしい、全く覚えてないからそんな事で責められても……と思う、腕をぶつけたり、殴ったりでもしたのだろうか。それくらいなら許して欲しいところだ。

 確かに私が悪いんだけどさ。


「寝相が悪くて殴ったり叩いたりしたなら謝るよ、ごめん」


 素直に謝った、だけどカズヤは力を緩める様子は全くなく、こう言った。


「俺もさ、叩かれたりとかなら別に良いと思ったんだ、だけどそうじゃなかった。何をしたか教えるよ──」


 カズヤが言うにはこうだ。

 私が寝息を立て始めてすぐ、まず掛け布団を剥がした、そして暫くして、カズヤにピッタリと身体を寄せて来たそうだ。

 そしてそのままカズヤの腕を抱き込み、頬擦りし、ご満悦だったらしい。


 カズヤは流石におかしいと思い、私に起きているかと声を掛けたそうだけど、返事は無く、むにゃむにゃとそのまま首筋に噛みついたらしい。

 さらに首筋を味わうように口に含んだまま舐めまわし、もう一度かぶり、と。

 流石の痛みにカズヤは私を引き剥がして事なきを得、少しの平穏を得たそうだ。


 そしてカズヤも眠りについた頃、再び起こされた。

 目覚めて、目を開けると、私の胸元に頭を抱き込まれていたらしい。

 カズヤとしては私の大きな胸に包まれて幸せだったそうだけど、それがずっと続くと息苦しくなり、胸元から後ろ髪引かれながら脱出したそうだ。


 その後も私の寝相の悪さは続き、カズヤは明け方になってやっと眠れたらしい。

 それは理性との戦いだったと感慨深くカズヤは言った。理性が勝った俺を褒めて欲しいとも。


 確かにそれだけ挑発?されて我慢できるのは凄いと思う、私ならとっくに我慢できなくなっているだろう。


 そして朝、目覚めたらまたしても私が自分の手を弄っている、それを見て昨夜の事を思い出し、これはお仕置きしなければ!と思った、と言う事だった。


 うん、確かに、カズヤの言う事が本当なら私が悪い、私ならきっと我慢できずにカズヤを襲っていただろうと思う、

 だからまあ、お仕置きとやらを受けるのもやぶさかではない。受けてあげようじゃないか。


「──そういう事なら、お仕置きを受けるよ、だけど!やりすぎたら嫌だって言うからな!」


 お仕置きを受けると言いつつ予防線を張る私だった。


「分かってるって、こんな襲うような形でしたくないから安心しろ。じゃあ行くぞ」


 まさかそれがあんなになるなんて、この時はお互いに思ってもみなかった。

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