30.気持ちの整理


 カズヤの誕生パーティは真夜中まで続き、食堂から追い出されてやっと終わりを告げた。


 お金は前持って多めに払ってあるので問題は無いだろう。

 そして、残る問題はこの完全に酔い潰れてしまったこいつだ。


 私はいくら飲んでも毒無効で酔わないけど、カズヤはそうじゃない。

 解毒魔法でアルコールを抜く事は出来るけど、すでに酔ってしまった頭と体では暫くはまともに動けないだろう。

 仕方がないので、身体強化を自分に掛け、カズヤを背負って宿に戻る事にした。


 そのまま吐くのだけは止めてくれよ~と祈りながら、真っ暗な夜道を魔法の明かりを灯してゆっくりと歩き始める。


◇◆◇


 冬の真夜中、とはいえ装備のお陰で寒さはそこまで感じない、だけど吐く吐息は白くて、空気は乾いてしんとして、冬の夜って感じだ。

 それに今、背中は暖かい。


 カズヤのやつはなんだか気持ち良さそうだ、むにゃむにゃと寝言らしき事も言っているような気がする。

 殆ど聴き取れないけど、時々ミキという単語は聴き取れる。

 夢の中でも私と一緒なのか?……全く、愛されているな、私は。


 それにしても……とうとうキスまでしてしまった。

 今は男と女とはいえ、まさか前世の、それも男同士だった親友とだ。


 今更思うけど、私はこっちで400年エルフの女として生きている、カズヤに会うまで前世の事もすっかり忘れてしまっていた。

 だから前世といっても遠い昔の事、全く別の事、そんな風に思う事も出来る。


 だけどカズヤにとっては違う、たった18年前の事、それなのに、元男だって分かっているのに、私の事を異性として好きになって、告白までして、なんというか……凄いやつだ。


 こいつは私を親友だと言った、私だってそう思ってる、カズヤは親友だ。それは変わらない。

 それに加えて、その上で、私を異性として好きだとも、言葉だけじゃなく、行動でも示してくれた。


 そして、エルフ特有の恋愛感情が薄い私の、恋愛感情を目覚めさせた。


 ……なんだ、カズヤだけじゃない、私だって、前世からの親友関係を踏まえて、今もそれを続けた上で異性として、カズヤを見ているじゃないか。


 私は前世の事を思い出しつつ、それを泥酔してしまって殆ど眠っているカズヤに、こんな事があったなあこうだったなあ、と一方的に語りかけ、懐かしみながら宿に戻った。


◇◆◇


 翌朝、目が覚める。

 カズヤと一緒に行動しだした頃は起こされるまで、放っておけば昼まで寝ていた私も今じゃすっかり朝の内に起きられる身体になってしまった。


 身体を起こして隣のベッドを見るとまだ寝ているカズヤが。

 まああれだけ飲んで、酔っていたから仕方がない、すぐに出かける必要もないしゆっくり寝てれば良い。


 カズヤをそのままに、着替えて朝食を済ませて部屋に戻ると、カズヤは起きていた。

 ベッドから身体を起こし、頭を押さえている。


「ああ、ミキ、おはよう……、ごめん暫くは無理」


「気にするな、別に急いでない」


 そう応えて、テーブルに水を置いて部屋を出た。


 まずは誕生パーティをやった食堂へと向かい、お礼を言う。

 むこうとしても十分なお金を貰っているからか、快く対応してくれて、後片付けもやってくれるらしい。


 冒険者ギルドに入ると、顔を合わせた冒険者が挨拶をしてくれる。昨日の誕生パーティ参加者だ。

 昨日のパーティまでは顔も名前も全く知らない、そんな冒険者たち、だけど一晩で冒険者たちはしっかりとカズヤと私を覚えてくれたようだ。


 カズヤの様子を聞かれ、酔い潰れて寝てると伝えると、勇者様でも酒にゃ勝てねえか、と話題になった。


 ギルドでは、トルク村や王都のように私にちょっかいを掛けてくる者はいなかった。

 昨日のあれを見て、参加した者には私はカズヤのモノだという認識になっていたからだ。

 勇者の女に手を出す者は流石に居ないようで、視線はともかく、そういう事を起こす者が居ないのは気が楽だ。


 ギルド受付で明日中には村を出てスピリングの街へ向かう事を告げると、出発前に勇者カズヤには一度顔を見せて欲しいと頼まれた。

 そういやまだSランクの証も貰ってないんだったな。

 それと、昨日の誕生パーティ自体が冒険者同士の良い交流となったとギルドからも感謝された。


 カズヤを連れて来る事を約束し、ギルドを出る。


 宿に戻る道すがら食品を扱う店に寄り、気に入ったものを買い込み、魔法袋へ放り込む。

 食料自体は十分に蓄えてあるけど、その地方の名物みたいな物は押さえておきたいしね。


 そうしてお昼前に宿へと戻るのだった。


◇◆◇


 部屋に戻ると、カズヤは着替えていてベッドで横になってぼんやりしていた。

 とりあえず動ける程度には体調は戻ったと見ていいだろう。

 冒険者ギルドでの事、明日出発する事、その際にギルドへ寄る事などを伝える。


 それじゃお昼にしようか、と外出を促すと、カズヤは立ち上がり、いつものように抱擁を求めてくる。

 しょうがないなあ、とカズヤの懐に入り、抱きつくと、カズヤも私の背中に腕を回し、抱き締めてきた。


 抱き締め合っていると、昨日の事がありありと頭に浮かぶ、それに加え、カズヤの身体の熱、吐息、自分かカズヤの音か分からなくなっている心臓を叩き鳴らす鼓動。

 これは……やばいかも知れない。


 そう思っていると、カズヤは少しだけ身体を離し、私の顎を掴んだ。


 すぐに理解した。

 キスする気だ。

 昨日だけだって言ったのに。まったくもう……。


 ──だけど、だけどダメだ。

 あれはあくまで誕生日だけの特別、調子に乗るな。

 それに……歯止めが効かなくなる。


「嫌だ」


 久しぶりに発したその言葉、拒絶の言葉。

 カズヤは驚いていた、まるで拒絶されると思っていなかったかのように。

 私の顎に手を掛けたまま、動かなくなった。


 私はカズヤから離れ、身なりを整える。


「ほら、飯行くぞ」


 そう言って明らかにテンションが落ちているカズヤに背を向けた。


「はぁい……」


 しょんぼりと力無く返事するカズヤ。


 そして今の私はと言うと。

 顔から火が出るんじゃないかと思うほどに真っ赤に頬を染めていた。

 はっきり言って、めちゃくちゃ流されそうだった。

 すんでのところで留まった。


 さっきの強気な思考は、あれは自分の意思を正常に保つためのただの強がりだった。


 この先に進んだら、きっと私にスイッチが入る。

 いや、今だってすぐに入りそうだ、ここでカズヤが抱きついてきて、もう一度求めてきたら、多分断れない。


 昨日の深夜、カズヤを背負いながら過去を振り返ったのは間違いだった、あれで私の中で、想いがさらに強さを増してしまっていた。


 スイッチが入ってしまったら、私からもっとカズヤを求めてしまう。

 それは駄目だ。

 それはきっと、カズヤの決意を揺らがせてしまう。


 最悪、魔王を倒せなくてもいいや、となるだろう。

 シリンダールの街にいた頃の、まだBランクだった頃ならそれもありだろうと思う。

 だけど今は違う、Sランク勇者、みなの期待を一身に背負い、強大な魔王に立ち向かう勇者。

 ザックやギルドのみんなも協力してくれた。

 ここまで来て、やっぱりやめた、という事はしてはみなの期待を裏切る事になる、それはいけない。


 そして、カズヤ自身も、魔王を倒して私に告白する、という目標がある。

 私からすれば、告白はもう要らないんだけど、いやでも、きっかけは欲しいけど。

 とにかく、その目標のために頑張れている。

 だから先にそれが成ってしまったり、それに気付かれてしまっても、やはりやる気は削がれるだろう。


 だから簡単に、ホイホイと事を先に進めるのは良い事じゃない。

 それに、恋人同士でもないのにキスなんて、本当は簡単にするものじゃない。


 深呼吸し、心を落ち着かせ、先に階段を降りる。


 そのまま宿を出て、カズヤに振り返る。

 そして何事も無かったかのように振る舞うのだ。


「今日は軽いものが良い?」


◇◆◇


 その後は、カズヤもいつものように、私も平然と振る舞った。

 村の中を見て回り、ギルドにも顔を出した。


 ギルドに顔を出すと、受付嬢がカズヤを呼んだ。

 ギルド長と対面し、Sランク昇格の報と、合わせてSランクの証を受け取る。


 大々的にギルド内で喧伝された。

 といっても半分の冒険者は昨日の夜に知らされていた事だけれども。


 ギルドを出た私たちは、適当に時間を潰し、夜が更け、翌朝となった。


 朝の抱擁、そしてキス……ではなく、耳を甘咬みされる。

 しかしそれだけでは足りなかったのだろう、首筋に顔を埋めてきた。


「首筋ならキスしても良い?」


 そう聞いてきた。

 少し考える。うーん……まあ……それくらい……なら、しょうがない、かな?


「後を残さないなら」


 と条件を付けて許可をした。


 ──事後に気付いたけど、それくらいじゃないし、しょうがないじゃない。断るべきだった。

 カズヤにお願いされると私は弱かった、少し押されるとしょうがないなあと受け入れてしまう。

 私の結界と同じだ、カズヤだけは簡単に入れてしまう。カズヤだけは特別だった。


 首筋にチュッチュッとキスをされ、少し舐められる。

 くすぐったくて少し声が漏れた。


「声可愛い」


 そういう事は言わなくていいから!

 私は眼の前にある、私の首に夢中になっているカズヤの首をじーっと見た。


 ペロ


「ひゃ!?」


「カズヤだって可愛い声だしてんじゃん」


「急に舐めるからだろ~、ビックリした」


「それはこっちのセリフだ、はいはい、もう終わりね」


 そう言って、文句を言うカズヤを引き剥がした。


 全く、ペロペロと舐めやがって……。


 ああでも、くそう、求められるの悪い気分じゃない……。


 それに、舌先に残るカズヤの感触。それこそ、カズヤのように舐め回し、味わいたいと思ってしまう。


 ──私は、どこまで我慢出来るのだろうか。


 早く魔王倒してくれないかな。

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