29.誕生パーティ


 明日はカズヤの誕生日で、それを祝う事になった。

 

 誕生日のお祝いの準備をするという事で、一旦カズヤと別れ、食堂の人と相談したり、外に出て準備したりなんかして、その日は終わった。


 翌朝、宿で起きて、いつものように抱き締め合う時、声を掛ける。


「カズヤ、誕生日おめでとう、今日は盛大に祝ってやるからな」


 カズヤは私を抱き締め、囁く。


「うん、ありがとう、でも俺はミキがそう言ってくれるだけでも十分なんだけど」


「私がやりたいからやってるだけだ、カズヤだって次の私の誕生日は嫌だと言っても祝ってくれるだろ?」


「う、そりゃそうだけど……」


「だから素直に祝われろ」


「……分かった」


◇◆◇


 準備がちゃんと出来ているか確認するため、まずは一人で見て回る。

 だからカズヤは宿でお留守番となった。


 順調に進んでいるのを確認するのと同時に、更に嬉しいサプライズもあって、ウキウキしながら宿に戻り、昼過ぎに予約していた食堂へカズヤと一緒に向かった。


 そこは主に冒険者が客層の食堂で、いわゆる高級そうな、小綺麗な場所ではなかった。


「ここ?」


 驚くのも無理は無い、もっと高価そうなレストランでやろうかとも思ったけど、カズヤは冒険者だし、勇者で、それに高級なレストランなんて堅苦しいし、私たちには似合わない。


「そ、ここ。良いから入ろ!」


 カズヤを押し出し、扉を開けさせる。

 一歩カズヤが入ると、盛大にクラッカーもどきの魔法と魔道具がパンパン!と音を立て、冒険者たちが出迎えた。


「カズヤ!!誕生日おめでとう〜〜!!」


 素早く正面に回り込み、クラッカー魔法でパン!と音を立て、そう告げる。


 他の冒険者たちもその後に続いてカズヤの祝福の言葉を述べる。

 冒険者にとって、カズヤは自分たちより遥か上のAランクの腕前を持ち、魔王を倒す使命をもった勇者、憧れの存在だ。

 それに加えて、私が今日の食事代は全て奢る、と聞けば誰も嫌な顔はせず、快く協力してくれた。


 戸惑うカズヤを中央のテーブルに座らせると、店の奥からホールケーキが出てきた。

 ちゃんと蝋燭が18本乗っている。


 この世界では誕生日ケーキや年の数だけ蝋燭を立て、それを吹き消させる文化は無いようだったけど、私はそもそもこの世界で人間がどの様に祝うのか知らないし、むしろ前世での祝い方の方がカズヤも嬉しいんじゃ無いか、そう思って、菓子職人のおじさんや食堂の料理長には色々言われながらもお願いした。


 お祝いの歌を歌い終わった後、カズヤに蝋燭を吹き消させる。

 少し照れながらも、勢い良く吹き消すカズヤ。

 冒険者や店の人たちは不思議な光景でも見ているような反応だったけど、吹き消し終わり、私が拍手をした事でみんなも一斉に拍手をしてくれた。


「更にカズヤにはサプライズがあります!なんと!」


「え、まだなんかあんの?」


 この状況は全く想定していなかったんだろう、私やみんなの勢いに呑まれてしまっているカズヤはそう応えた。


 今日入ってきたばっかりのサプライズ情報だ。一息吸い込んで大きな声で言い放つ。


「なんと!冒険者ギルドから魔王幹部の巨人王テュポーンの討伐が確認され、Sランクに昇格しました!!おめでとうカズヤ!」


「おお〜〜〜〜!!!!!!」


 流石に魔王幹部の討伐とSランク昇格の情報にはその場にいた全ての冒険者は驚きの声を上げた。


 「流石勇者だ!」「そのまま魔王も倒してくれ!」などなど、カズヤを讃える声が上がる。

 カズヤは立ち上がり、声援に応え「みんなありがとう!」と手を振る。


 ひとしきり声援に応えた後、私に向き直った。


「ありがとうミキ、こんなに嬉しくて、楽しい誕生日パーティ、想像もしてなかったよ。テュポーン討伐だってミキの協力が無かったら達成できなかった。本当に、心から感謝してる。愛してるよ」


 そう言って、勢い良く抱き締めてきた。


 周りの反応も上々だ、囃し立て、指笛を吹き、おおいに盛り上げる。


「感謝してるのは私もだよ、でもまだ終わってないんだからな、浮かれるのは今日だけだ」


「分かってるよ」


 そうカズヤは苦笑した。


 その後は飲めや歌えのどんちゃん騒ぎは続いた。


「勇者カズヤ様!かんぱーい!」


 みんなカズヤとは初対面だと言うのに、やはり今日の主役でSランク勇者のカズヤには常に人が付き、楽しそうだった。


 後から店に入ってきた人にも今日は勇者カズヤの誕生パーティだと言って、全て奢りと伝え、一緒に騒ぎ、盛り上がった。


◇◆◇


 宴もひと段落し、落ち着いてきた頃、サプライズ第2弾の準備をする。


 カズヤはこれが誕生パーティの全てだと思っているだろうけど、まだ終わらない。

 誕生日と言えば、誕生日プレゼント。

 ちなみに誕生日プレゼントはこの世界にもある風習らしい。


 里から持ち出した魔導具から悩んで悩んで選んだ。

 今のカズヤなら断る事も無いだろうし、私もカズヤになら渡せる。


「カズヤ」


 そう一言だけ声を掛ける。

 それなのに何かに気付いたのだろうか、カズヤの空気は変わり、真剣な表情になってこちらを向いた。


「何?ミキ」


 口調は軽いが表情は真剣だ、何かを察している、鋭いね。


「誕生日プレゼントを渡したいんだ、受け取ってくれるかな」


 そう言うと、あれだけ騒いでいた周囲もいつの間にか、シン……と静まり返り、注目を浴びていた。

 あの……急に静かになられると、凄く緊張するんだけど?


「えーと、このブレスレットなんだけど」


 そう言って、大きなブレスレットを差し出した。

 飾り気の少ない、見た目は小さい紅い宝石が3つ付いているだけの銀の腕輪だ。

 ちょっと地味だ、でもこれは見た目より、効果が大事なんだ。

 

「うん、ミキからのプレゼントならどんなものでも嬉しいよ、それがブレスレットならもっと嬉しい」


「そう言って貰えて安心した、それじゃ右手だして」


 そう言うと、周囲がつばを飲むゴクリという音が聞こえた。

 差し出されたカズヤの右手、指先からそのブレスレットを通す、そして手首のところで詠唱すると、ブレスレットはキュッと小さくなってカズヤの手首ピッタリのサイズになった。


 その瞬間、ギャラリーは大きな声を出して騒ぐところだったけど、私は手を広げてそれを制止した。

 まだ終わりじゃない、まだ騒ぐのは早い。


「ねえ、これ」


「うん、普通のブレスレットじゃない。魔法の効果が付いてる魔道具だよ。実は、もう一つあるんだよね、はい」


 そう言って懐からもう一つ、今度は宝石部分が蒼い宝石になった同じデザインのブレスレットを取り出し、カズヤに渡す。

 そして私の右手を差し出した。


「カズヤがコレをはめて、そして魔力を込めてこう言うんだ。“契約よ、成れ“って」


 カズヤは無言で頷き、ブレスレットを私の手の先から通す。

 そして、手首のところで魔力を込め、詠唱する。


「契約よ、成れ」


 カズヤがそう唱えると、カズヤの魔力を吸収し、ブレスレットが小さくなり、私の手首にフィットした。

 そして、カズヤと私のブレスレット、それぞれの宝石が共鳴するように光った。


 光が収まり、私はカズヤから少し離れた位置に立った。


「カズヤ、そのブレスレットに魔力を通してイメージしてくれ、目の前に私が来るように」


 それを聞いたカズヤは腕を構えるようなポーズで念じて魔力を通した。

 すると私は離れた位置から目の前に転移したのだ。


 カズヤは驚きつつ、そのまま私を抱き締めた。


「ありがとうミキ!最高の誕生日プレゼントだ!!」


 その瞬間、ギャラリーも爆発した、一気に歓声を上げ、カズヤと私たち2人を讃えた。

 拍手は中々鳴り止まず、私たち2人に飛びついてきたものまでいた。


 この世界で転移の魔法というものは、ダンジョンを脱出する魔法以外、相当に希少で貴重なものだ、それだってダンジョンの不思議な力で脱出転移出来るだけで、個人や魔導具の力で無い。

 しかも人1人を転移となると、どれだけの価値があるか、人間の世界で中々流通する事は無い。

 それだけに転移の魔法を見る事が出来ただけでも相当な幸運と言えただろう。


 このブレスレットはペアになっていて、お互いをそばに転移させる事ができる魔法が込められている。

 その距離は目視出来る状態で数十m程度の射程だけど、一緒に戦う私たちなら十分な距離だ。


 そしてこれには制限があって、お互いの魔力が必要で、それは契約で縛る必要があり、そして一度契約を交わすともう他の人には使えないという事だ。

 今の私たちなら、そんなに大きな問題にはならないだろうと思う。うん。


 興奮状態になっているのはギャラリーだけじゃなく、お酒が入って酔いも回りだしているカズヤもだった。


「ミキ!……俺もう我慢出来ない!今日だけ!ごめん!」


 ──そう言って、私の唇をカズヤの唇で塞いだ。


 ギャラリーは再度沸いた。


 私は突然の事に抵抗も出来ず、目をパチクリとさせていた。

 何が起きたのか直ぐには理解出来ず、口付けをされている事を認識するのに少しの時間が必要だった。


 そして、それに気付いた今も、抵抗する気は湧かなかった。


 今日はカズヤの誕生日だし、これだけ盛り上げたのは私の責任だ、それに誕生日だし、キスぐらいは良いか、今日だけ、誕生日だし、今日だけ。

 そう納得したのだった。


 思えば、エルフになって家族以外でキスをするのは初めてだった。

 まあ、前世でも無いんだけど。


 初めてのキスの相手がカズヤ、でも不思議と嫌な気分じゃ無かった。

 むしろ……。いや、この考えはやめておこう。

 今日は私のテンションも高いからおかしな事になりかねない、危険だ。


 何秒続いたのだろうか、頭がポーっとしてきて分からない。

 カズヤは唇を放し、ごめん、と謝った。


 唇同士が離れた事に気付き、僅かの後、我に返る。

 思わず袖で唇を拭おうかと思ったけど、勿体なく思い、留まり、人差し指を自分の唇に当ててなぞる。


「良いよ、許す、だけど今日だけだからな」


 そう言って許してやると、調子に乗ったカズヤはもう一度口付けを交わしてきた。

 こら!今日だけってのはそういう意味じゃない!

 …………全くもう、しょうがないやつだ。

 今日だけ、今日だけの特別だからな。


 その日は誕生パーティが終わるまで、カズヤに求められるまま何度も口付けを交わすのだった。

 唇だけじゃなく、ほっぺた、おでこ、首筋などにも。ちょっと調子に乗りすぎじゃないか?

 だけどまあ、今日だけ、誕生日だけは好きにさせてやろうと思うのだった。

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