28.誕生日?


 私は駆け出していた。

 カズヤが想像を超えるほどの強さを発揮し、武御雷はちゃんと私の魔力に応えてくれた、そして、あれほど強大な魔王幹部の一人を倒したのだ。

 喜びと嬉しさでテンションが上がるのも仕方の無い事だと思う。

 そのまま呆然としているカズヤの背後から飛びついた。


「やったなカズヤ!!」


 完全に虚をつかれてビックリするカズヤを気にもせず、ぴょんぴょんと身体を跳ねさせ、身体全体から喜びが溢れていた。


「あ、ああ……倒したんだな、俺たち……」


 まだぼんやりと、夢見心地のような状態のカズヤはそう呟いた。


「そうだぞ!凄かったんだからな、カズヤは!」


「そうか……うん、そうか……」


 噛みしめるように反芻し、武御雷を見つめるカズヤ。


「危ないからちょっと離れててくれ」


 そう言われ、少しだけ距離を取る。

 するとカズヤは武御雷を立て、制御した。放電は収まり、淡い光も消えて、元の銀色の刀身に戻った。

 そのまま丁寧な動きで鞘に武御雷を収めつつ一言。


「成敗!!」


 いつもの決めセリフだ。

 カズヤはふぅと一息を入れ、私に向き直る、その表情はさっきまでの真剣な表情と違い、笑っていた、破顔していた。


「ミキ!やったぞ俺たち!!魔王幹部を倒したぞ!!!」


 そう言って両手を広げた。

 私はそこへ飛びつくように抱きついた。


 お互い嬉しくてしょうがないのだろう、カズヤは私をそのまま持ち上げ、ぐるぐるとその場を回り、私はただ嬉しく、楽しく、はしゃいでいた。


 少しして、落ち着きを取り戻し、感情の余韻に浸り、ただ、抱き締め合っていた。


「──ミキ、あれ何?武御雷に雷の魔法をぶつけたあれ。あれで俺と武御雷が凄く、めちゃくちゃ強くなったんだけど、あんな魔法あったっけ?」


 抱き締めあったまま、優しく問い掛けてくるカズヤ。

 そりゃそうだ、カズヤとしてはテュポーンに私の雷の魔法と自身の雷の斬撃で同時に攻撃を仕掛けるつもりだったんだから、まさか私が武御雷に向けて雷の魔法を放つなんて、そしてそれで更なる強化が起きるなんて思いもしなかっただろう。


「武御雷、というかオリハルコンの武器は、作成時に大量に質の高い魔力が必要になって、それをオリハルコンに込める必要があるのはカズヤも知ってると思うけど、その込めた魔力の質が高いほど、魔力量が多いほど、武器がその魔力の持ち主の魔法を受けた時に、武器自身とその武器の持ち主に力として還元されるんだ。その魔法が強ければ強いほどに、ね」


「ああなるほどそれで……。全部ミキのおかげだな、本当にありがとう」


「うん、私もカズヤの役に立てて嬉しいよ、でもあれを使いこなせるカズヤはもっと凄いんだぞ。流石だな」


「いやミキの方が凄いよ、あんな凄い剣を完成させちゃうんだから、まあザックも凄いけど、やっぱりミキだよ。だって武御雷を持つとミキを感じるんだ、まるでミキがすぐ傍にいて一緒に戦ってくれてるような、温かさとか優しさとか、本当にミキを感じるよ」


 そんな風に褒められると照れてしまう、私が少しでもカズヤの助けになるなら、それを感じてくれるならこんなに嬉しい事は無い。


「まあ、武御雷には私の魔力が沢山込められてるからね、それにカズヤの力になりたいっていう私の気持ちも、……だからかもね」


「うん、分かるよ、だからそういうのを感じるんだと思う。──ミキ」


 そう言って、ぎゅっと、強く抱き締められた。


「カズヤ」


 私も負けないくらい、強く抱き締め返した。


◇◆◇


 ザックとクララが戦いが終わった事を感じ、様子を見に来て、私たちは慌てて身体を離した。


「全くお前らは見せつけてくれる、目を離すとすぐにこれだ」


「やっぱりお二人はそういう仲なんですね!羨ましいなあ……」


 呆れるザックにうっとりするクララだった。


「で、武御雷はどうだった?」


 流石は1等鍛冶師、切り替えも早い。


「ああ、これは凄い刀だね、使いやすいし、俺に馴染んでる」


「馴染んでるのはミキの魔力の影響だろう、だが剣としての良さは俺のおかげだからな?忘れるなよ?」


 ザックは武御雷を指差しながら念を押した。褒めて欲しいのかな?


「分かってるよ、ザックのおかげである事は理解してる、ありがとうザック、君は最高の鍛冶師だ」


「へっへっへ、そんなに褒めるな、照れるだろ」


 ザックは頭をぽりぽりと掻きながら照れていた。

 なかなかザックも可愛いところがある、褒められて嬉しいのも分かる。

 伝説の鉱物を使って、最高の武器を作り、認めた使用者に褒められる、鍛冶師としては最高の気分だろう。


◇◆◇


 シリンダールの街に戻り、ギルドで魔王幹部の巨人王テュポーン討伐の報告をする。

 焼け焦げてしまったでっかい耳を見せて、証拠として提出した。


 1等鍛冶師のザックからも説明して貰ったりもしたが、一応ギルドで調査をする事となり、Sランク昇格はそれが確認されてから、という事でお預けとなった。

 シリンダールのギルドとしてはわが街からSランク冒険者を輩出した、という事で確定にしたいがそういうわけにもいかないそうだ。そりゃそうだ。


 正直、もうSランクとかどうでも良いと思っていた。

 Sランクになったからといって強くなるわけじゃないし、幹部を倒した事は事実なんだ、カズヤの自信も深まったし、良い経験になった。


 確認されている魔王幹部は全部で7人。

 それぞれに何とかの王、みたいな感じで二つ名を与えられているらしい。

 今回カズヤが倒したのは巨人王テュポーン、あのドミニクが倒したのは地底の王アンダーリッシュ。

 残りは5人、そして魔王、……ドミニクあたりは既に何人か倒しててもおかしくはない気がする。

 あいつは大嫌いだけど、強さだけは認めざるを得ない、嫌いだけど。


 カズヤと私はあらためて、ザックとクララ、ファビオにお礼と別れの挨拶をし、ギルドにも顔を出して、街を出る事を告げた。

 ギルド長は残念そうにはしていたけど、気持ち良く送ってくれた。

 Sランク昇格の件については、どこのギルドでも報告してもらえるようにしてくれるそうだ。


 最後にザックや仲の良い冒険者たちに見送られ、私たちはシリンダールの街を出た。


◇◆◇


 魔王との戦いの最前線と言われる街の一つ、スピリング、そこへ向かう途中に村や街などに立ち寄っていたのだけど、その中の一つ、ステム村で事件は起こった。


 ステム村はスピリングの街にも近く、最高Bランクが出るほどには危険な地帯に入る前の最後の休息地でもあった。


 場所柄、Cランクの冒険者が多く、ここで戦えないようなら引き返したり強さを高めたり、そういう判断をする、丁度良い試金石となる村でもあった。

 そういう場所のため、村としては大規模な村となっていて、下手な街より大きく、人も多い。

 村を囲う壁も立派なもので、この村でこの規模であるなら、スピリングの街は要塞のようになっているんじゃないかと思わせるほどだ。


◇◆◇


 ステム村で晩飯を食べている時、カズヤの一言からそれは始まった。


「そういえば、ミキの誕生日はいつなんだ?」


「誕生日?」


 少し逡巡し。


 ──思い出した。


 誕生日、そう誕生日だ。

 私の生まれたエルフの里では誕生日という概念は無い、何千年も生きているのだから、その尺で考えると誕生日など誤差の範囲なのだろう、多分。

 だから里では年が変わったタイミング、つまり1月1日に全てのエルフは一つ年を足す、あえて誕生日というなら1月1日、という事になるのだろうか。


 ──すっかり忘れていた。


 カズヤは人間だ、だから誕生日という概念があって、それは人間にとっては大事な日のはずだ。

 エルフの里では全員が年変わりに一つ年を足すのだから、新年のお祝いはしてもわざわざ誕生日祝いなどしない。


 今は418才だ。

 カズヤに会ったのが417才の時で、年を越したから一つ足して418才、特に何の感慨も無かった。


 しかし人間は違う、そして前世の私の記憶がこう叫ぶ。

 今のカズヤの誕生日は何日で、まだ過ぎていないのか!?聞け!!と。


「そ、そういえばカズヤの誕生日はいつなんだ?」


「いや、俺の事は良いから、ミキの誕生日を教えてくれ、いつ?」


 冷や汗が流れた。

 仮に1月1日が誕生日として、もう過ぎてる。

 思い出した事で事の重大さに気付く。

 もし今の私がカズヤの誕生日が過ぎていたと聞いたら、絶対に後悔するだろう。


 そしてそれは、立場を変えて、カズヤも同じように思うのは間違い無い。

 だからこそ、もう過ぎたなんて、凄く言いにくい……。


「えーと、落ち着いて聞いてくれカズヤ。エルフには誕生日っていう概念は無いんだ」


 それを聞いたカズヤは驚き、質問してきた。


「え?じゃあどのタイミングで年を取るんだ?今417才なんだろ?いつ増えるんだ?」


 流石カズヤ、私の年をちゃんと覚えている……じゃなくて!

 当然の質問に、私はか細い声で答えた。


「年を越したタイミングで、エルフは一つ年を足すんだ、だからあえて誕生日というなら……1月1日……かなあ?って」


 それを聞いたカズヤは大きなショックを受けたようだった。

 フォークを落とし、固まっていた。

 今はもう2月、1ヶ月以上前に過ぎてしまっている。


 暫く沈黙が訪れ、カズヤはやっと再起動した。


「──てことは今は418才?なんで教えてくれなかったんだ?」


 少しだけ責めるような口調だった。

 今なら分かる、人間にとって、大事な人の誕生日は祝いたいし、そして喜んで貰いたい。

 その機会が、失われてしまったのだから。


「ごめん、だけどエルフには誕生日という概念は無くて、それを祝う事も無い、だから418才になったな、くらいにしか思わなかった。さっきカズヤに言われるまですっかり誕生日というものを、それを祝う事も忘れてたんだ」


 カズヤは下を向いていた。

 多分、多分だけど何か心の中で何かしらの葛藤があるのだろうと思えた。


 長い沈黙。

 暫くして、カズヤは顔を上げた。


「──分かった。誕生日の概念が無いならしょうがない、俺ももっと早く聞くべきだった。だから次の1月1日は盛大に祝おう。それは良い?」


「うん、私もカズヤに祝って貰えるなら嬉しいよ。それで、カズヤの誕生日なんだけど……」


 気分を切り替えようと、再度カズヤの誕生日を聞いてみる。

 話の流れ的にもこれで過ぎていたなんて事は無いと思うけど……。


「……実は、明日なんだよね……」


 カズヤはなんとも答えにくそうに答える。


 私は苦笑した。

 ああそうか、カズヤも誕生日の事を忘れていたんだ、だから私に強くも言えなかった。

 そういう事だろう。


 だけど、そこを責める気にはなれなかった。

 そんな事より、過ぎてないなら良い。盛大に誕生日を祝おうじゃないか。


「明日なら良いじゃん!!盛大に祝おうよ!!」


 というわけで、明日、カズヤの誕生日を祝う事になった。

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