21.溶かして、ほぐして


「あ、お帰り」


 両手を慌てて下ろし、カズヤに振り向き、挨拶をする。

 少し焦る、さっきの呟きは聞かれなかっただろうか、カズヤの名前を呼んでいる私を。


「うん、……ただいま」


 さて、どうしようか……。

 よし、決めた。


「カズヤ」


 立ち上がって、カズヤに向かって両手を広げる。

 なんというか、……まあ、その、抱擁のおねだりだ。


 それを見たカズヤは困惑しつつもこう言った。


「ああ、いや、今日は良いんだ、うん、今日は大丈夫、うん」


 嘘だ。

 顔を背け、逃げる様に否定的な事を述べる時、それはカズヤが嘘を付いている時だ。

 親友としての経験と勘がそう告げる。


 なんで嘘を吐く必要がある?いつもはカズヤが求めてきていたじゃないか。

 急に恥ずかしくなったから?違う、カズヤはそんなたまじゃない。


 もしかして、嫌になったとか?いいや、だったら助けてくれたりしないはずだ、あの小っ恥ずかしい大見えを切ったのはカズヤだ、そこまで言っといてそれは無い、はずだ。


 うーん、分からない、分からないし、納得いかない!


「何恥ずかしがってんだよ!私が良いって言ってんだから良いんだよ!」


 そう言って、カズヤの胸に飛び込み、両手を背中に回した。


「わ!?あ!……」


 戸惑い、固まるカズヤ。

 おかしい、絶対おかしい。

 一体どうしちゃったんだ。

 らしくない!らしくないじゃないか!


 いつものカズヤなら、喜んで抱き締めてくるはずだろ!?

 それで喜びすぎて強く抱き締めて、痛い!ゴメン!って流れじゃないのか!?


 少しの沈黙が流れる。


 カズヤはまだそのまま固まっていて、私を抱き締めてくれない。


 うーん、これは……何かあったな。

 やれやれ、全くしょうがないなあ、この400年の人生経験を持つ私が悩みを聞いてあげるかな。


 抱き締めた腕を放して、カズヤに言う。


「カズヤ、ちょっとそこに座りなさい」


 そう言って、ベッドの上を指差した。


「え?あ……ああ」


 カズヤは反応鈍くのそのそとベッドに腰掛けた。


「違うそうじゃない。そこに正座」


 ベッドの上を呼び指しながら、少しキツめに言うとカズヤは渋々とベッドの上に正座した。


「どうしたんだ?」


 それはこっちのセリフだ!

 問い掛けるカズヤを無視して私もベッドに上がり、同じように正座し、正面からカズヤの頭を胸に抱えこむように優しく抱擁した。


「え!?ちょッ!!」


 暴れるカズヤを逃がすまいと力を入れる。


「いいから大人しくしてろ」


 少しして、やっとカズヤは大人しくなり、私の抱擁を受け入れた。


「なあカズヤ」


「……」


 返事は無い。まあ良い、それくらいの事は想定済みだ。


「なあカズヤ、昨日までの勇ましいカズヤはどうしちゃったんだ?今日は何処か調子でも悪いのか?なんだか別人みたいじゃないか。……カズヤがそんなんじゃ、私も調子が出ないだろ?……なあカズヤ、一人で抱え込んで悩み苦しむ姿を私は見たくないんだ、カズヤと私の仲だろ、一緒に解決していこうよ」


 優しく諭すように、子供をあやすように、ダークブラウンの髪を撫でつつ、声を掛ける。

 しかし、反応は無かった。


 となると、もうこれしか無い、これは正直、聞くのが怖い、自覚してしまった今なら尚更だ。

 もし肯定されてしまったら……里に帰ろう。うん。

 覚悟を決め、問い掛ける。


「なあカズヤ、もしかして……私の事、嫌いになった?」


「!?」


 やっと反応があった、それも身体が大きくビクッと動いた。 


「そ──」


 緊張が走った。


「そ?」


「そんなはずない!俺が!ミキを嫌いになるはずなんか!!」


 ああ、良かった。私は心から安堵した。

 だとしたら、それじゃあ、なんで?


「だったら、なんで?」


「そ、それは……」


 カズヤは口籠る、なんだよもう、ここまで来たら言っちゃえよ!


「……」


 また無言に戻ってしまった。

 これは想像以上に手強いなあ。


 だけど私はさっきまでと違って焦っていなかった。

 一番の懸念事項はクリアしたからだ。


 うーん、全くしょうがない駄々っ子だ。

 ここは待ちの姿勢で、時間を掛けて、心を覆う氷が溶けるのを待つしか無いかな。


 カズヤを優しく胸に抱き締めたまま何も言わず、髪を撫でながら、話してくれるのを待った。


 それから暫く、静かな時が流れ、宿の外の、人々の歩く音、賑やかな子供の声など、朝が終わり生活が始まるざわざわとした音が聞こえてくるようになった。


 余りにも静かで動きが無いので、もしかして寝てないだろうな?と思っていたら、やっとカズヤが口を開いた。


「なあミキ」


「んー?」


 髪を撫でながら応える。


「前に言ってくれてた、……一生一緒にいてくれるって、今でも変わらないか?」


「ん?」


 ああ、うん、何回も公言してたやつな、うん、変わらない。一生一緒だ。


「うん、変わってないよ。カズヤと、一生い──」


 あれ?なんだか、口にするのが急に恥ずかしくなってきたんだけど?

 えーと、うん、カズヤと一生一緒だ。うん、大丈夫。一生……一緒……。

 あれ~?おかしいな?確か始めはただの暇つぶしだったはずだ、今だって、それは変わってないはず。……本当にそう?


 今の私の一生一緒のイメージが以前とは違う事に気付いた。

 以前なら、カズヤとその奥さんがいて、カズヤの子供たちがいて、私はそれを見守っている、そんなイメージだったはずなのに。

 今の私のイメージには、その奥さんが居ない。それを見守っている私の姿も無い。

 そして、代わりに、カズヤの隣には金髪の女性がいる。


 これは……私?


 もしかして、私は、カズヤが気になりつつある事を認識したから、イメージが変わった?

 でもこれって──。


「ミキ?」


 カズヤの声で我に帰る。


「ああ、ごめんごめん、こほん。以前と変わらず、カズヤと一生一緒だ、安心しろ」


 いけないいけない、私の事は一旦置いておこう。今はカズヤの事を優先しないと。


「そっか……そっか」


 カズヤの表情は見えないのに、心なしか、嬉しそうに笑った、そう感じた。


「なあミキ」


「ん~?」


 髪を撫でながら応える。


「俺此処に住みたい」


 そう言って、胸の谷間に埋もれた状態で頭をぐりぐりとこすりつけるように動かす。

 そう来るとは予想してなくて、思わず「んんッ!?」と声が出てしまった。


「やめろ!」


 髪を撫でる手を止め、ぐりぐりとやるカズヤの頭にビシッとチョップをかます。


「いてて……。でもありがとう、お陰で目が覚めたよ」


 カズヤは私の抱擁から離れ、姿勢を正して正面から見つめながらそう言った。


「やっぱりミキは最高の親友だ!」


「あ、ああ」


 それだけ?


「それに最高の女だ、好きになって良かった!」


「は!?はああ!?急に何言ってんの!?」


 いつも急だなこいつ!!


「いや、本当に、心からそう思うんだ」


「カズヤ、お前なあ……」


 でも良かった、カズヤが元気になってくれたみたいで。


「ミキ、聞いて欲しい事がある」


「ん、なんだ?」


 お、やっと悩みを打ち明けてくれる気になったのか?

 どれどれ、聞いてあげようじゃないか。


「俺は、お前が好きだ。お前が欲しい!」


「ひゃっ!?」


 な、なな、こいつは突然何を言ってんだ!?

 ダ、ダメに決まってるだろ!!


「ダメだ!嫌だ!やらない!」


 なんとかそう答えた。

 だけど、カズヤはあっさりしたものだった。


「うん、知ってた。まだ早いよな」


 まだ、ってお前。

 そう、"まだ"だ、これから先、ダメにも良いにもなる、"まだ"だ。

 単純に早い遅いの問題じゃないんだぞ。


「良いんだ、まだそれで。むしろ、今の時点で、良いよ、なんて言われたら俺の覚悟が無駄になる」


「……どういう事?」


 さっぱり分からない、断られたいとか本気なのか?


「今度こそ真面目な話だ、聞いてくれるか」


「ああ、うん」


 今度こそ、抱えていた悩みを聞けるのか?


「昨日ドミニクに会って、思い知らされたんだ──」


◇◆◇


 カズヤの話を最後まで、黙って聞いた。

 色々思うところはあったけど、それでも、最後まで。


「だから俺は、もう悩むのを止めた。俺が、俺自身が成長して、ミキに相応しい男になって。そして、魔王を倒したら、もう一度ミキに告白をする」


 要約するとだ、私に相応しくないからと諦めて、距離を取りたいとも思っていたけど、私の優しさに触れて、もう自分の気持ちを抑えられなくなり、私が欲しくなった、と。

 だから、親友である事や、私が一生一緒にいると言っている事や、その他の全てを利用して、私と一緒にいて、そして私に並び立てるくらい強くなって、それで魔王を倒したら告白する、と。


 うん、分かった。

 カズヤがどんな人間なのかは知ってたけど、あらためてそれが分かった。


 昨日のカズヤを見て、助けて貰って、嬉しくないやつが居るわけない、それに私はカズヤがずっと一生懸命なのは知っている。アースドラゴンに攻撃が通じないからって見捨てるわけない、それにちゃんと金色のオーラで角まで折ったじゃないか。


 確かにカズヤはまだまだ実力不足だ、だけどそんな事はハナから知っている、分かってて一緒にいるんだ。

 むしろアースドラゴンは私のミスだ、私が油断しすぎていたからいけなかったんだ。


 それになんだ。自分勝手に相応しくないとか相応しいだとか。

 こっちはそんなの気にした事もつもりも全く無いっていうのに。

 全てはカズヤが親友だからだ、それはこれだけの強い関係だと思ってる。私は始めからそのつもりだ。

 むしろ、その状態からここまで、私が意識するまでになった事を誇れよ、なあ。


 更に、魔王を倒したら告白とか、目標設定高すぎない?

 それより先にこっちがその気になったらどうするつもりなんだ……いやそれは無いか、うん、無い無い。多分無い。無いと思う。無いと良いんだけど。……ちょっとは覚悟しておくかぁ。


 まあとにかくだ!

 カズヤは余計な事まで考え過ぎだ。


 ……まあ、それくらいアースドラゴンとドミニクが衝撃的だったという事なんだよね。

 まったく、カズヤは私がいないと本当にダメなやつだ。困った困った。


「カズヤ」


「……うん」


 カズヤは私が何を言うか待ってる、悩んでいた事を聞かされた私がどんな事を思い、言うのか。

 緊張している事が手に取るように分かる。

 そんなカズヤに言ってやった。


「バーカ、あーほ」


「はぁ!?な、なんだよ急に」


「いいやー?何でもなーい」


 私は笑った。カズヤもつられて笑った。


 ひとしきり笑った後、抱擁を求めるように両手をカズヤに伸ばすと、カズヤもいつもより、それはもう嬉しそうに破顔して私を迎えて抱き締めてくれた。

 それは今までより、心が暖かく、安らぎ、カズヤの心の枷が解けたような気がした。

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