20.カズヤの回想2


 早朝、目が覚める。

 ベッドから身体を起こし、隣のベッドを見るとミキが気持ち良さそうに眠っていた。

 相変わらず寝相が悪い、掛け布団は邪魔だとばかりにどかしてしまっている。

 掛け布団をミキに掛け直し、ポンポンと優しく叩く。


 いつもなら起こすところだけど、今日はそんな気分じゃない。

 着替えて、気分転換に1人宿を出た。


◇◆◇


 俺は勇者になった。

 だけど勇者になるまでも、なった後も、俺の実力じゃなく、ミキのお陰だった。


 今思えば、ミキは俺の成長を促そうと、適度に魔物を間引き、俺が丁度良い難易度の戦いに専念出来る様に整えてくれていた様に思える。


 勇者になって初めてのドラゴン討伐、あれだってミキならドラゴンも含めて一掃出来ただろう、あえてドラゴンを残したんだと、今なら分かる。


 魔族スエットとの戦いだってそうだ、俺がやったのはスエットとの戦いだけ。

 それもミキの支援とアドバイスや協力があってやっとだった。

 他の魔物は全てミキが倒していた。


 ミキは自分の手柄をもっと誇って良いはずだ、だけどそんな素振りはおくびにも出さない。

 あくまでも、まるで主役はカズヤだ、とばかりに俺を褒め、称えて、自信をつけさせてくれる。


 しかしミキのそんな気遣いにも気付かず、俺は調子に乗っていた。どんな相手でも倒せると勘違いした。

 だからダンジョン攻略で失敗したんだ。


 明らかに難易度が上がっていって、11階層より下はミキの手助け無しでは1階層も突破出来なかっただろう。

 そもそもミキのマッピングの魔法のお陰で迷い無く進めたんだ、それがなけれそもそも11階層まですらいけなかっただろう。

 

 強化魔法だってそうだ、普通はドミニクパーティのアリスの使った強化程度の効果だ、だけどミキの身体強化はそれを軽く超えていた。

 いつもそれを掛けて貰っていたから、それが自分の実力だと勘違いした。


 俺は強いと勘違いし、アースドラゴンとの戦いの前、格好付けてしまった。


 そしてミキはいつもの様に、戦いが始まってから様子を見ていた。

 それは俺がどの程度魔物に通用するかを見極めているのだ。

 だけどアースドラゴンは今までの魔物とは全く違うレベルだった。


 雷が効かないという相性の悪さもあったけど、それ以前に剣が通らないのだ

 まるで話にならない俺はアースドラゴンから相手にされず、ミキが狙われ始めた。


 ミキは魔法使いでありながらも、しっかりアースドラゴンの攻撃を凌ぎつつ、ちゃんと効果のある攻撃を加えていた。

 しかも、俺への回復や支援を行いながら、だ。


 俺は惨めで情けなかった。

 あれだけ格好付けておきながら、役に立たないだけじゃなくて、ミキの足まで引っ張っていたのだ。


 そして俺の存在がミキに致命傷を与えてしまった。

 耐ブレス用の耐毒魔法と解毒魔法を俺に掛ける間に、攻撃に晒されていたミキの防壁が破れて、尻尾が直撃してしまったのだ。

 ミキには毒が効かない、だから俺がいなければ、耐熱用の防護魔法だけで済み、隙なんか与えなかったのに。


 勇者の俺でも尻尾の直撃は大ダメージを受ける、それが魔法使いのミキなら即死だってあり得る威力だ。


 アースドラゴンは止めを刺そうとミキに近づき、尻尾を叩きつけようとしていた。


◇◆◇


 その時の俺は無力感に囚われていた。

 剣も魔法も通じず、赤子の様にあしらわれて。

 アースドラゴンがミキの防壁を破り、ミキが吹っ飛ばされて、やっと目が覚めた。


 ミキが危険になって、やっと、今ごろ、火が付いたのだ。

 俺はどうなっても良いから、ミキだけは助けたい。そんな強い想いが俺を動かした。


 アースドラゴンがミキに止めを刺そうと、尻尾を振り上げ、勢いを付けて叩きつけようとする。


 ミキに対する想い、愛してるとか、失いたくないとか、助けたいとか。

 そういう想いの強さが、俺に不思議な力を与えてくれた。

 

 だけどそれを自覚する間も無く、俺は跳んだ。

 そして、尻尾を一刀両断したのだ。


 そこでやっと自分に起こった変化に気付いた。

 身体とミスリルの剣が金色のオーラに包まれ、更に剣は雷を纏ってバチバチと鳴っていた。

 そして身体には今までに無い程に力に漲っていた。

 ただ、消耗が激しい、長くこの状態は持たないだろう。


 だからすぐにアースドラゴンと決着をつける必要があった。

 ミキに声を掛けて、すぐにアースドラゴンに駆けた。


 跳んで、アースドラゴンの頭上から大上段に叩き下ろす。

 角に当たり、少しだけ勢いは下がったものの、角ごと叩き折り、ぶった斬るつもりだった。


 だけど、角を斬ったタイミングで、金色のオーラは消えた。

 時間切れだ。

 そのまま地面に落ちた。


 はは、最後まで締まらない。


 角と尻尾を斬ったのにアースドラゴンは俺に見向きもせず、ミキにトドメを刺そうと爪を振り下ろした。

 ミキを見ると、俺を見ていた。

 それはまるで、最後の瞬間まで俺を信じている様に映った。

 

 ──やめてくれ、俺にはそんな力は無い、こんなにも、情けない男なんだ。


 ……だけど……だけど!愛する女が、俺を最後まで信じてくれているなら、俺を見てくれるなら、俺だって最後まで足掻かないとダメだろう!

 俺の命に替えても!


 もう一度、力の限り、跳んだ。

 手に剣は無く、爪を止める手段だってない、だから、せめてミキを爪から守るだけの力を。

 金色のオーラを纏い、間に合う事が出来た。


 そしてミキを押し出した。

 俺に出来る事は此処までだ、もう本当に何も出来ない。

 ミキ……ごめん。


◇◆◇


 しかしその時は訪れなかった。

 爪が振り下ろされ、ズタズタに引き裂かれると思っていた俺は、蹴りを入れられただけだった。


 Sランク勇者が、ドミニクがミキを助けるつもりで爪を受け止めたのだった。


 何事が起きたか理解出来なかった、抱えられ、放り出され、とにかく助けられたのだけは理解出来た。


 ドミニクの戦いを見て、自分との差を痛感させられた。

 アースドラゴンの爪を受け止め、反撃をし、その攻撃が通る事に驚かされた。


 そして、白色のオーラを出して、アースドラゴンを仕留めてしまった。

 SランクとBランク、それ以上の格の差を見せつけられた。


 その後、多分ドミニクは女好きなんだろう、そしてミキの美貌を気に入ったようだった。

 それだけじゃない、ドミニクはミキの強さを見抜いていた、俺が気付かなかった、ミキの本当の強さを。


 正直、負けたと思った。

 強さで負け、ミキの力を見抜く事も出来ず、勝てないと思わされた。

 そして、ミキがどちらに相応しいかという事も。


 俺はミキの足を引っ張り、ミキは未熟な俺を育てる為に力を出せないでいる。

 だけどドミニクなら、ミキも力を抑える事無く、今までよりも力を発揮出来るだろう。

 ミキを連れて行こうとするドミニクを、俺は負け犬の様に黙って見送ろうとさえ思っていた。


 だけど──


「カズヤ!」


 声が聞こえた。


 チラリとミキを見ると、その目は怯えていた。

 俺に助けを求めていた。



 ドクン!と、自分の中に何かが湧き上がってくる。


 俺はドミニクに負けたと思っている。

 ミキに相応しいのはドミニクだと思っている。


 だけど、そういう理屈じゃなく、俺の感情は、心は、そんなものは関係無いと訴えている。

 ミキが俺に助けを求めているなら、何を躊躇う事があるんだ!

 相応しいとか相応しくないとか関係無い、応えるだけだ!


 俺は声を発した。

 だけど、その声に込めた力が足りず、小さな音となって掻き消された。


 俺の想いはこんなものじゃないはずだ、ミキの為なら命だって投げ出せる。

 だから、力を振り絞れ!


 大きく息を吸い込み、力の限り叫ぶ。

 大きな声を出し、やっとの思いで立ち上がった。


 俺の姿を見たドミニクはため息を吐きつつ、ミキを抱き寄せた。

 頭にカッと血が上り、自然と駆けだした。

 しかし、自分でも驚くほどに身体に力が入らず、見るも無惨な姿を晒していた。


 そして2度、殴られて吹っ飛ばされた。


 更にドミニクに未熟だと、幹部にすら歯が立たないと言われる。

 うるさい、そんな事はとっくに身に染みてんだよ、俺が未熟な事も、弱い事も。

 だけど、それでも、ミキが助けを求めるなら!


「カズヤ!──カズヤァッ!!」


 ミキのその声は、さっきとは違っていた、助けて欲しい気持ちと、俺を気遣うような気持ち、両方が混ざりあったような叫びだと感じた。


 今のミキに気遣われるというのは、つまり、もう立たないで欲しいという事だ。

 俺が弱いから、見ていられないから、だから優しいミキは、自分を助けて欲しい気持ちとは別に、諦めのような気持ちが湧いてしまっているという事だ。


 ミキは助けて欲しいと願っていた。

 でも今、俺の為に、自分を諦めようとしている。

 そして俺は、ミキが助けて欲しいと願うから、それに応えようという思いで動いていた。


 ──もうどうして良いのか分からない。



 ──じゃあ、ミキをドミニクに盗られても良いのか?


 嫌だ!ドミニクだけじゃない、俺以外の全てにだ!

 誰がなんと言おうと、ミキが助けなくていいと言っても、それも関係無い!

 俺はミキが好きで!愛している!あれは俺の女だ!誰にも渡さない!

 俺の我が儘で、俺の純粋な独占欲だ!


 自分の女を取り返すのは当たり前だ!

 だから、頼む!俺に力を!


 ただ純粋に力を求め、願った。


 ──すると、不思議な事に身体の奥からふつふつと力が湧いてきた。

 あの金色の力を自分の意思で引き出す事が出来るようになったのを感じた。


 とはいえ、今の俺の体力では金色の力を持続させる事は出来ない。


 だから一瞬だけ、その後は情けないけどミキに頼るしか無い。


 深く深呼吸し、心の準備をして、俺の想いを叫んだ。声に出す事で気持ちは力にも繋がるんだ。

 同時に、金色の力を発動させ、ドミニクに体当たりして吹っ飛ばし、ミキを取り戻し、胸の内に抱き込んだ。

 俺のミキ、もう誰にも渡しはしない。


 ミキを見ると、その表情は嬉しそうに、安心しているように感じた。

 こんな状況じゃなければ、ずっとでも抱き締めていたいのに。


 その後はミキの結界でドミニクを防ぐ事に成功し、ドミニクも一旦諦めたようだった。

 そして、ダンジョンの更に奥へ向かっていった。


 どうやらアースドラゴンはこのダンジョンで生まれた魔物ではないようで、死体や角や尻尾がその場に残っていた。

 剣とアースドラゴンの角を回収し、ダンジョンを後にした。

 

 そして、俺は感情が高ぶりミキを俺の女だと言ってしまった事で、ミキになんと話しかけていいか、どんな風に顔を合わせていいか分からず、終始ほぼ無言で宿に戻り、眠りについた。


◇◆◇


 気分転換の散歩も終わり、宿の部屋の前で考え込んでいた。


 昨日の件、あれは俺の素直な気持ちだ、今まで好きだ愛していると言ってきたのだ。

 俺の女だって、言った事があるじゃないか。

 ……まあ、半分冗談のような状況で本気だけど本気じゃなかった、そんな感じだった。


 でも昨日のは違った、心の底からのミキの気持ちを一切考慮しない俺の気持ち、独占欲、そういったものだ。


 それはつまり、もしかしたらミキが拒否反応を示す可能性もあるという事だ。


 そしてふと思う、本当に俺で良いのだろうか?俺なんかで。

 ミキと俺では釣り合いが取れない、ミキに見合うだけの男に俺はなれるのだろうか。

 正直、自信が無い。

 以前の調子に乗っていた時なら自信があったけど、ドミニクに会って、それも消え失せてしまった。


 ミキが好きだという気持ちだけは誰にも負けない自信はあるけど、ただそれだけだ、身の丈に合わない相手をいくら好きだと言っても、それはたわ言だ。


 朝に抱き締める事を許可したのも、俺を憐れんで、可哀想だからと、親友だから同情して許しているだけかもしれない。俺はそれを勝手に距離が縮まったと勘違いして、喜んでいる道化かも知れない。

 同情や憐れみは止めてくれと言ってはいるけど、格上のミキからみればそれを無くす事は難しいだろう。


 ミキの事が本当に好きなら、ミキが幸せになれる、相応しい相手を探す方が良いのでは無いか、そんな風に思う。


 今までの自分を振り返ると、ダメな自分が見えてきて、どんどんと気分が重くなる、もう、溶けて消えてしまいたい気分になる。


 ふと、名前を呼ばれた気がした。

 小さい声で気のせいかとも思ったけど、ミキの声だった。


 俺はダメなやつだ、つい今さっきまで溶けて消えてしまいたいとか思ってた癖に、ミキの声を聞いて、ミキに会いたくなってしまった。

 ほんとに、全く、俺の身も心も、ミキを求めすぎじゃないか。

 ……まあ、あれほどに良い女は他にはいない、俺の親友で、美人で、綺麗で、そして海のように広く優しい心を持っている。更に胸も大きい。


 早く、早くミキに会いたい。


 出来るだけ平静を装い、扉を開けた。

 そこには、朝日を浴びながら天を仰ぎ、天を求めるように両手を伸ばしているミキの姿があった。


 ああもう、本当に、女神のように綺麗だ。

 そして。


 ──俺には見合わない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る