19.Sランク勇者ドミニク
「俺の名はドミニク、唯一のSランク勇者だ、よろしくなエルフちゃん」
アースドラゴンはあっさりと討伐された。目の前にいる軽薄そうな銀髪の勇者ドミニクの手によって。
この男はギルド長から聞いていた先行した勇者だったのだ。
そして今、横たわっている私に手を差し出してきた。
私はマリアと呼ばれた女性の回復魔法で動ける程度には回復していた。
カズヤを足蹴にしたこの男は気に入らない、だけど、アースドラゴンからカズヤと私を助けてくれた事、回復して貰った事を考えると、この差し出された手を無視する事も払いのける事も出来なかった。
ドミニクの手を取りつつ、自己紹介をする。相手も名乗っているし、最低限の礼儀だ。
「私はミキ=クレール。助けてくれてありがとう、助かった」
ドミニクは引き起こした勢いそのままに私を抱き込んだ。
私の金髪を無遠慮に撫で、強く抱き締めてくる。
悪寒がして虫酸が走る。
カズヤ以外の男に抱き締められる事が、こんなにも嫌な事だったなんて。
「止めろ!手を放せ!」
そう言って抵抗すると、ドミニクはいともあっさりと両手を挙げ、私を解放した。
「そんな怒んないでよ、軽いスキンシップじゃん」
女性へのスキンシップで髪を触るなんて、どう考えても嫌われる行為だろう。
こいつは何処かおかしい、そう感じた私は警戒心を強めた。
「ところでさ、ミキちゃんはあいつとパーティ組んでるんだよね?って事はあいつが最近勇者になったやつ?」
そう言ってまだ倒れたままのカズヤを見る。
カズヤは私のように回復魔法を掛けられていない、さっき放り投げられたままだ。
「!!」
カズヤの元へ駆け出そうとすると、ドミニクに肩を掴まれ止められる。
「おいおい、おしゃべりしてる最中に何処行くんだよ。ミキちゃんは行儀が悪いなあ。で、相談なんだけどさあ、俺ミキちゃんの事気に入っちゃった。そこの弱っちい勇者なんか放って置いて、俺のパーティに入らない?」
こいつは何を言ってるんだ、初対面でろくに私の事を知りもしない癖に。いや、そういう問題じゃない。カズヤの扱いも私への扱いも気に食わない。私はこいつが嫌いだ!
「ちょっとドミニク!私たちがいるじゃない!もう十分じゃない?」
ドミニクの後方に目をやると、また始まったとでもいうように呆れつつ、先程モニカと呼ばれていた19才くらいの女性が抗議の声を上げた。
「うるせぇよモニカ。俺には分かる、ミキちゃんはお前ら3人が束になっても敵わねぇくらいに強く、万能で優秀な魔法使いだ。更にこれだけ美人のエルフだぞ、なんとしてでも俺のものにしないと気がすまねぇ」
何を勝手な事を。
でも初対面の癖に魔法使いとしての私の強さに気付くなんて、伊達にSランクじゃない、見る目だけはあるみたいだ。
だけど私はお前が嫌いだ、助けて貰ってなんだけど、絶対に好きにはなれない。
ドミニクを睨みつけた。
「というわけでミキちゃん、一緒に行こうか、なあに、始めは嫌でもそのうちに俺が欲しくて堪らなくなるから安心しなって」
睨みつけられても気にした風もなく、そう言って強引に私の肩を抱いた。
それは力強く、一見優しそうな口調と裏腹に、絶対に離さないとでもいうような意思を感じ、私は怖くなった。
「カズヤ!」
思わずカズヤの名を呼び、助けを求めてしまった。
「呼んでも無駄だって。このダンジョンはまだ先もあるみたいだし、一緒に行こうよ」
優しく強引に、連れて行こうとする。
「おい──その手を放せ──」
その時、微かに声が聞こえた。
しかし、ドミニクには聞こえていないか、無視しているのか、足を止めず連れて行かれそうになる。
「おい!!その汚え手を放せっつってんだよ!!」
今度は大きな、振り絞るような声がハッキリと聞こえた。
カズヤだ!!
私は振り返り、声のする方を見ると、そこには立つのがやっとのカズヤが満身創痍な状態でいた。
ドミニクはハァとため息を吐いた。
「大人しく寝てりゃ見逃してやったのに、なーんで起きちゃうかね?で、なんだって?」
ドミニクはカズヤに見せつけるように私を抱き寄せ、挑発した。
「てめぇぇ!!!」
カズヤはこちらに駆けだした。
しかし、満身創痍のカズヤは掛け声虚しく、駆ける速さも、力強さも、普段とは比較にならないほどに遅く、弱々しいものだった。
「わざわざごくろーさん、ほれッ!」
軽く振ったドミニクの拳を避ける素振りもなく、真正面から当たり、カズヤは吹っ飛んだ。
「カズヤッ!!」
「なんだよ、もうちょっとやるかと思ったら全然じゃねーか、まあBランクじゃあこんなもんだ、ミキちゃんは貰っといてやるから、1人で頑張れよ。応援してるぞ」
そう言ってカズヤに手を振っていると、カズヤは立ち上がった。
「お。ちょっとは根性見せるか?」
ドミニクはヘラヘラとしてカズヤを馬鹿にしていた。
「ミキから──手を放せッ!」
カズヤはそう言って、また駆けだした。
しかし結果は先程と変わらず、ドミニクに殴られ、吹っ飛ばされるのだった。
「弱え。あーお前、なんだっけ?カズヤだったか?まあなんでもいいや。お前は未熟すぎる、ハッキリ言って話にならないくらい弱え、魔王はおろか幹部連中にすら歯が立たないだろうよ。大人しく修行でもして、せめて幹部くらいとは相打ち出来る程度には強くなれよ、じゃねえと俺が幹部全員倒さなきゃなんねえからな。そんなの面倒臭えから、せめて俺様が楽出来るようにせいぜい頑張れ。じゃあな」
ドミニクはそう言って奥の扉へ向かおうとすると、カズヤはまた立ち上がった。
私は、カズヤに立ち上がって助けて欲しい気持ちと、もうカズヤに痛い目に合って欲しくなくて立ち上がらないで欲しい気持ちの両方がない交ぜとなって、どうして欲しいのか分からなくなっていた。
「カズヤ!──カズヤァッ!!」
ただ、名前を叫んだ。
どうして欲しいか分からないのに、それでも名前を叫ばずにはいられなかった。
「ミキを──返せッ!!」
「……お前こんだけやられても分かんねーか?──ああもう面倒臭え、次は殺すぞ?」
そう言ってカズヤに殺意を込めた視線を向け、剣を抜いた。
本来であれば、勇者同士の殺し合いはタブーだ。だけど、ドミニクならやりかねないと感じた。
カズヤは深呼吸をして、言い放った。
「ミキは俺の女だ!!誰にも渡さない!!!」
言い終わるや否や、全身が金色のオーラに包まれ、ドミニクに向かって稲妻が走る。
直後、ドミニクは後方に吹っ飛び、私はカズヤの胸の内に抱かれていた。
何が起きたか全く分からなかった。
だけど、だけど、私は今、いつもの場所にいる事を実感出来た。
「ミキ!結界を貼ってくれ!」
カズヤの声が聞こえ、慌てて結界を貼る、いつも寝る前に貼っている、カズヤだけを通す結界だ。
ドミニクを見ると、既に起き上がり、こちらへ向かって来ていた。
「てめぇ!やってくれたなぁ!Bランクの雑魚の癖に!」
そう言って、結界に向かって剣を振り下ろすが、結界はびくともしなかった。
この結界は場所に対して発動し、その不便さと引き換えに防壁より強固なのだ。
何度か結界に剣を打ち下ろすも手応えが無く、ドミニクは諦めたようだった。
「おいカズヤ、お前の事は覚えたぞ、お前にミキは勿体無え、その強さもお前は分かってないんだろう、それに美しさもだ。それは俺にこそ相応しい。絶対に俺のモノにしてやる!」
「ミキは俺の女だ!誰にも渡さない!!俺はもっと、もっと強くなる、絶対にだ。もうお前にも負けない!」
カズヤはドミニクに対し、そう宣言した。
「ハッ!そんな簡単に強くなるなら苦労しねえよ、覚悟しとけ!」
ドミニクはそう負け惜しみを吐き、女性3人と一緒に奥の扉へと向かい、姿を消した。
◇◆◇
カズヤに治癒の魔法を掛ける。
最上級の回復魔法で、みるみると傷が塞がる。
最低限動けるようになり、私たちはその後、お互い無言のまま、カズヤの剣とアースドラゴンの角を回収し、ドミニクが戻ってくる前にアイテムを使ってダンジョンを脱出した。
カズヤに俺の女と宣言されて、今の私にはそれを笑って受け流す事も、真正面から受け止める事も出来なかった、精神的余裕が無かった。
色々な気持ちや感情でぐちゃぐちゃで、とにかく頭を整理しないと、一杯一杯だった。
その後、私もカズヤも肉体的にも精神的にもくたくたに疲れていて、宿に戻って食事も取らず、そのまま泥のように眠った。
翌日、久しぶりのベッドで熟睡した私は朝のうちに起きた。
隣のベッドを見ると、カズヤの姿は無かった。
何処かへ散歩にでも行ったのかな?なんて思い、着替えてぼんやりと考え事をしていた。
昨日は最悪の日だった。
アースドラゴンに負け、ドミニクに連れていかれそうになり、カズヤにとっても初めての格上の勇者との出会いがあった。
どれも全て最悪だ。
でもまさか、あんなのがSランク勇者だなんて。
そして、ドミニクと接して分かった事がある、いや、少し前から薄々思っていた事だったけど、それがハッキリした。
それは、カズヤとそれ以外の男との違いだ。
ドミニクは嫌いだと認識していたのでより強く嫌悪感が出たけど、多分他の男でもカズヤの様に感じる事はないだろう。
今ではカズヤに頭を撫でられる事も抱き締められる事もちっとも嫌だと感じない。むしろ……。
カズヤは親友で誠実で頼もしく、少し可愛いところがある。
昨日はカズヤの芯の強さを見た。
あれほどボロボロになっても、私を助けるために、何度も立ち上がって、アースドラゴンからも、ドミニクからも助けてくれた。
力を振り絞って、助けてくれたんだ。
昨日は何回もカズヤの名前を叫んだり、呼んだりした。
私にとって、カズヤの存在は確実に変わりつつあった。
──カズヤは私にとって、掛け替え無い存在となっていた。
……うん、認めよう。
男としてのカズヤに惹かれつつある事を、どんどん大きくなって私の心を占めつつある事を、まだ自信を持って女として好きと言えるかは分からないけどけれど、今までの様な男の親友としてだけでなく、女として、カズヤが気になりつつある、それは認めないといけない。
俺の女と言われた事も、そんなに嫌な気分じゃない、受け入れられないけど、騒ぎ立てて拒否反応を示すほどじゃないというか……。
カズヤに抱き締められると、安心感や心地良さがある。
そこはまるで、自分の収まる場所かと思うほどにだ。
天を仰ぎ、求めるように両手を伸ばし、思わず呟いた。
「カズヤ……」
丁度その時、扉が開き、カズヤが戻ってきたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます