18.アースドラゴン


 大きな扉を開け、中に入るとそこはやはり大広間だった、直径60mはあろうかという広さで、そしてその中央には巨大な魔物が鎮座して待ち構えていた。


 魔物が身体を起こし、私たちを睨む、それはアースドラゴンだった。

 全長20mを超え、立ち上がると全高10mを超すという巨大なドラゴンだ。

 非常に硬い鱗を持ち、主な攻撃方法は鋭い爪と毒を含んだ高温のブレス、そして長い尻尾に加えて地属性の魔法を使うという。

 文句無くSランクの魔物だった。


 アースドラゴンに見おろされ、睨まれ、その威圧感は凄まじいものを感じる。


「カズヤ、アースドラゴンだ、行くぞ」


 そうカズヤに声を掛け、手始めに身体強化と、衝撃から身を守る防壁を張る。


「おう。ありがとな」


 カズヤはそう応え駆け出した。私も後を追う。


 アースドラゴンは咆哮の後、挨拶とばかりにアースドラゴンは息を吸い込み、ブレスを吐いてきた。

 紫色の煙のようなものを吐き出し、それは大広間の半分を覆うほどに広範囲だった。

 私もカズヤも広範囲のブレスを避ける事が出来ず、ブレスを浴びてしまう。


 いきなりブレスを吐くとは思わず、対応が遅れてしまった。

 高温に身体が焼けるような感覚の中、私とカズヤに耐熱防護膜の魔法を唱え、続けてカズヤに解毒と毒耐性付与の魔法を使う。

 これで暫くはブレスは怖くないだろう。


 その後も私は支援魔法と回復魔法をカズヤと自身に使用しつつ、適度に魔法攻撃をしながら様子を見ていた。


◇◆◇


 戦闘開始から半刻ほどが経った。


 カズヤはというと、苦戦を強いられていた。

 アースドラゴンの硬い鱗にはミスリルの剣ですら中々刃が通らず、得意の雷魔法もアースドラゴンには全く効かなかった。

 また、ブレスそのものは効かなくても紫の煙で視界が遮られ、尻尾攻撃への反応が遅れ、直撃を貰う事もままあった。防壁魔法が掛かっていなければ大ダメージを受けて、終わっていただろう。

 アースドラゴンはカズヤにとっては相性が悪い相手といえた。


 私も炎や氷などの各種魔法を使って攻撃していたのだけど、どうにも効きが悪い気がする。

 そもそも魔法が効きにくいのだろうか。

 さてどうしようかと考えていると、どうやらカズヤは放って置いても問題にならないと判断したのか、私へ攻撃が増えてきて、強力な防壁を張るのに手一杯となって大魔法を使うほどの余裕が無くなった。


 私は防壁を重ね掛けしつつ、何か手は無いかと考えて、一つの手が浮かんだ。

 でもこの魔法はあまり使いたくない、なんというか、未完成としか言えない魔法だからだ。

 それは古代魔法の一つ、真空の刃を飛ばす魔法だ。これなら詠唱時間も短く、発動させる事は可能だろう。

 そしてこの魔法は文字通り真空の刃で切り裂く魔法で切れ味は抜群、多分アースドラゴンの鱗を貫通する事も可能だと思う。


 強力な防壁を展開し、僅かな時間で古代魔法を完成させ発動する。

 杖の先端から三日月型の真空の刃が飛び出し、弧を描いてアースドラゴンの身体に当たり鱗を切り裂き、うめき声をあげさせた。


 どうやら無事にダメージを与えたようで、アースドラゴンに始めて反応があった。


 攻撃がやっと途切れたので続けざまに真空の刃を飛ばす。

 弧を描き、アースドラゴンに当たるものもあれば当たらず消えるものもあった。

 この魔法は切れ味に特化しすぎててコントロールが効かず、また効果時間も短く安定しないのだ。

 その癖に魔力の消耗は激しく、未完成としか言い様のない、正直使いたくない魔法なのであった。


 やっとアースドラゴンの攻撃が止まった、止まりはしたのだけど、どうやら魔法を唱えていたようで、発動し、地面から土で出来た棘が何本も飛び出しつつ、私へ向かってきた。

 魔法防壁を張り、やり過ごしはしたものの、この一連のやりとりでアースドラゴンの標的は完全に私となった。


 カズヤだって手をこまねいていたわけじゃない、攻撃は続けている、だけど、雷の魔法は効かず、剣は鱗に防がれ、尻尾に払われ、ブレスに撒かれ、効果的な攻撃が出来ていなかった。


 私にしても真空の刃での攻撃は魔力の消費効率はとても悪く、それが決め手になる程でもない、さらに防壁や回復や強化にも魔力を注ぎ続けていて、このままでは魔力切れとなり、いつか全滅してしまうだろう。



 しかし、魔力切れを待つまでも無く、その時は訪れた。



 ブレスを受けた時、灼けるような熱さを感じ、慌てて耐熱防護膜とカズヤに解毒と毒耐性付与の魔法を使う。

 私に攻撃が来ていない時であれば問題の無かったその行動も、集中攻撃に晒されている今は魔法を唱えている時間が致命的だった。

 隙を逃さず連続攻撃が飛んできて、尻尾攻撃に防壁が耐えきれず、防壁が壊れ、勢いのまま私は薙ぎ払われた。


「ミキッッ!!」


 カズヤの叫び声が聞こえる。

 なんとか最低限の防護壁は間に合い、意識を保つ事は出来ていた。

 ただ、衝撃は吸収しきれず身体へのダメージは大きい。

 追撃が無ければここからでも時間を掛けて回復は出来そうだけど……まあ、無理だよね。


 アースドラゴンはこちらに歩いてきていて、私にトドメを刺す気のようだ。

 表情は分からないはずなのに、勝ち誇ったような、嬉しそうな表情に見える。


 そして、尻尾を叩きつけるように頭上から振り下ろしてきた。

 私の身体はまるで反応を示さず、ただ迫りくる、太く、大きな尻尾を認識し、目を瞑るしかなかった。



◇◆◇



 そのまま尻尾に叩き潰される覚悟をしていたが、その時は来なかった。


 ザンッ!!!!


 という音が聞こえ、少しの後に


「ミキ!大丈夫か!!」


 声を掛けられた。

 何が起きたのか把握するため、私は恐る恐る目を開く。


 ──そこには、カズヤの姿があった。


 ただ、それまでのカズヤとは印象が大きく変わっていた。

 その全身から金色のオーラのようなものが揺らめき、神々しさすら感じられた。

 両手で握るミスリルの剣も金色のオーラに包まれ、その刀身はバチバチと帯電し、雷を放っていた。


 直後、ズズン……と後方で大きなものが落ちた音がした、それは先程まで目前に迫っていたアースドラゴンの尻尾だった。

 アースドラゴンを見ると尻尾が綺麗に切断されていた。


 まさか、何かのきっかけでカズヤが強い力に覚醒し、一瞬で距離を詰め、尻尾を切断したとでもいうのだろうか。

 まさか、まさかそんな都合の良い事が……とは思うが現実に目の前でまさに起きている事だ、否定は出来ない。


「ミキ!ここで見ていてくれ!」


 カズヤはそう言って、アースドラゴンに向かって駆けた後、跳躍した。

 アースドラゴンもカズヤに向かってブレスを吐くがブレスそのものは私がさっき掛けた魔法で耐性が付いていて効かない。


 そのままアースドラゴンの頭部に向けて剣を振り下ろすが、私の方からは紫のブレスのせいでよく見えない。

 紫の煙のその先で、アースドラゴンの咆哮とカズヤの雄叫びの声が聞こえる。


「カズヤ!」


 思わず呼びかける、どうなったんだろう、倒せたのだろうか。


 少しの後、紫の煙が晴れてきて、見えるようになった。

 そこには、剣を失いながらもなんとか立っているカズヤと、頭部の角が根本から折れたアースドラゴンの姿があった。


 今のカズヤからはさっき出ていた金色のオーラが出ていない。

 立っているのがやっとのように見える。


 アースドラゴンはギロリと私を見た、角と尻尾を切ったカズヤには目もくれず、私を。

 今度こそ私に止めを刺そうという事だろうか。


 今度は私目掛けて爪を振り下ろす。

 私はまだ動けない、それにカズヤもあの状態だ、動けないだろう。

 つまり、今度こそ一巻の終わりだ。


 最後にチラリとカズヤを見た。

 せめて最後くらいはカズヤを目に焼き付けたい、そう思った。

 カズヤは私のほうに振り向いていた、その目は悲しみに満ちていた、それでも私は最後に目を合わせられて、嬉しかった。


 しかしカズヤの目が決意に満ちたものに変化し、最後の力を振り絞るように、身体が一瞬金色に光った。

 直後、カズヤに爪の攻撃範囲から押し出された。


 そして、入れ替わるように私がさっきまでいた場所にカズヤが居た。


◇◆◇


 アースドラゴンの爪は振り下ろされた。


 私には何が起きたのか理解出来なかった。


 今、つい今まで私の頭上に爪が振り下ろされていたはずだ、それがカズヤに押し出された。

 カズヤに助けられた、それは理解出来る、カズヤが自ら身体を張って、私を助けてくれたんだ。

 だけどその後、更に予想外の事が起こった。


「おいおい、俺はエルフのカワイコちゃんを間一髪で助けたつもりだったんだけどな?なんで男なんかと入れ替わってんだよ」


 そこには銀髪の軽そうな男がいて、アースドラゴンの爪を剣で受け止め弾き返した。

 そして倒れているカズヤにゲシッと一蹴り入れてぼやいた。


「チッ……しょうがねえな、男を抱える趣味はねえがついでに助けてやるから感謝しろよ」


 そう言ってカズヤと私を両脇に抱え、扉の近く、多分この男のパーティメンバーであろう3人の女性の近くに移動して、カズヤはドサリと乱暴に放り、私は丁寧に両手で抱えてそっと下ろしてくれた。


「マリア、エルフちゃんの回復を頼む。アリスは俺に強化とアースドラゴンに弱体化を。モニカは適当に相手しててくれ」


 男の指示のもと、女性3人がそれぞれ回復・支援・攻撃魔法を使い始める。


「それじゃまた後でな、エルフちゃん」


 そう言ってアースドラゴンに向かって駆けた。


 アースドラゴンの爪の攻撃を受け止め、反撃する、攻撃は鱗を貫通し、少しずつではあるけどダメージを与えているようだ。


「チッ、これじゃ埒が明かねーな、モニカ!ちょっと頼む!」


「りょうか~い、でもあんまり時間は稼げないからね!」


「わーってるよ!」


 そう言って目を瞑り、剣を構え直して、集中しだした。

 男が無防備なその間、モニカと呼ばれた女性がアースドラゴンの標的を自分へと向けさせるように手数多めに攻撃を加えた。

 そして自分へ標的が変わったのを確認した後はひたすら目潰しの魔法をつかって上手く時間を稼いでいた。


 少しの後、男の雰囲気が変わった。

 身体全体から白いオーラが揺らめき、それは先程のカズヤと色は違うが似た雰囲気を放っていた。


「よし!モニカ来い!」


 モニカを呼び、合わせてアースドラゴンも自分へ向かうように仕向ける。

 振り下ろす爪に白く光る剣を合わせると、爪をスパッと切り裂いた。


 怯んだアースドラゴンの首めがけて身体の上を跳躍し、剣を薙ぎ払う。


「光芒剣!閃光斬!!」


 光を放つ刃がアースドラゴンの首を綺麗に切断したのだった。


「まあこんなもんだな!」

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