17.王都のダンジョン前哨戦


 私たちはシリンダールの街を出て、王都アクセンペダルへと向かった、王都の近くのダンジョン攻略の為だ。

 そして数日掛けて王都アクセンペダルに着くと、まずアクセンペダルの冒険者ギルドへと顔を出す。


 受付で勇者へのダンジョン攻略の件を伝えると、アクセンペダル冒険者ギルド長へと通された。


 部屋へ入るとギルド長と思われる老人が立ち上がり迎えてくれた。


 その容貌は白い髭を沢山蓄えた優しそうなお爺さん、好々爺のように見えた。

 お爺さんではあるのだが、背筋はまっすぐ伸びていて168cmの私より少し高く、年の割に筋骨隆々として、白い髭も合わさってなんというか武闘派老人を連想させる。

 そして魔力も高そうで、この人はこの歳でも強いのだろうと感じさせる雰囲気を持っている。


「私がアクセンペダルのギルド長アンドレアです、君がシリンダールの勇者カズヤ=マーシュだね、まだBランクなのにAランククエストを何回もこなしている実力者と聞いているよ、よろしく」


 そう言って右手を差し出してきた。


「カズヤです。まだまだ未熟者ですがもっと強くなりますよ、こちらこそよろしく」


 カズヤも挨拶を交わし、握手する。

 そしてそのまま2人は動かなくなった。いや、良く見ると力が籠もっている、力比べでもしているかのようにピクピクと震えて、緊張感が出ている。


 そして少しの後、ギルド長アンドレアがぷはっと息を吐き、手を放した。

 カズヤもふぅと息を吐いて、緊張は溶けた。


「うむ、中々のようだ、頼りにしているぞ」


「はい、ありがとうございます」


「ところでそちらのエルフのお嬢さんはパーティのお連れさんかね?」


「はい、パーティメンバーで、相棒で、親友で、俺のおんなウッ!──」


 余計な事を言ったので脇腹を突いた。


「カズヤの親友のミキ=クレールです、ミキと呼んで下さい、よろしくお願いします」


「なるほど、エルフの魔法使いが仲間となってくれているとは心強い、カズヤは幸運だな。ミキ殿、こちらこそ勇者をよろしく頼みます。」


 一般的にエルフは人間よりも魔力が高く、魔法も沢山使いこなすものだ。

 そういう意味で複数の人間の魔法使いより、一人のエルフの魔法使いのほうが魔力も魔法も優秀。なのだけど、この先敵が強くなり、数も増えてくるとカズヤと私の2人では手数が足りなくなる可能性がある。

 だから本当は人数を増やしたいんだけど、カズヤに増やす意思が無さそうだからなあ。


 そして、アンドレアの言う幸運とは、以前にも少し触れたが基本的にエルフは人間にも魔王にも組みせず傍観者となる。

 私もカズヤが勇者でなければ魔王討伐には参加しなかった。

 だからエルフが仲間となって協力する事、それが幸運という意味なのだった。


 その後は和やかに話が進みアンドレアから依頼を受けた。

 合わせて、先行した勇者は今日からダンジョンに挑んでいるという事と、遅れてもう1組の勇者パーティが参加する予定だという事を聞いた。


◇◆◇


 ダンジョン攻略のクエストをギルド長アンドレアから直接受けてギルドを出た私たちは、次に拠点となる宿を取りに行った。

 私としては2部屋取りたかったけど、カズヤの粘りでツインの部屋となった。


 シリンダール領主から餞別に結構な額のお金を貰っているし、それなりの宿を2部屋くらいなら長期的な宿泊でも問題無いと思ったのだけど、あそこまでカズヤにお願いされては仕方がない。


 他にもお店を回ってダンジョン攻略の準備などをして、その日は終わった。


 翌朝起きて準備をしているとカズヤに背後から抱き締められる。

 裸で朝を迎えて以降、毎朝抱き締められるようになっている、これ迄と違い王都までの道中でもだ。

 私の方はというと、カズヤが満足するまで特に抵抗もせず、されるがままだ。

 それに結構寒くなってきていて、カズヤに抱き締められるのも暖かくて悪くない。


 大体10秒から長くても30秒くらいで解放してくれる、別に嫌な気分でもないし、抱き締めるだけだからカズヤに委ねる事にしている。

 ……あ、抱き締めるだけじゃなくて髪と首筋に埋まる事も増えているな。


 そんな事を考えているとカズヤは満足したのか手を放してくれた。

 今日は少し短いんじゃないか?もう少し長くてもいいんだけど?

 そんな風に少しの物足りなさを感じながらも、だけどそんな事は言えない私だった。

 だって私がカズヤを求めているなんて、そんな風に思われたくないから。


 ……そう、だってそれが知られてしまったら、きっとカズヤは調子に乗ってくる、それは間違いない、だから私からは言えないのだ、そう、そういう事だ。



 ──私は誰に言い訳しているんだ。


◇◆◇


 王都近くに出来たダンジョンをカズヤと2人で進む。

 5階層までは敵も弱く、ダンジョンも簡単な構造で殆ど素通りのような状態だった。

 6階層から一気に様相が変わった、魔物の質が上がり、CランクからBランクの魔物に溢れ、またダンジョンは迷宮と呼ぶにふさわしい複雑な構造となっていた。


 マッピングの魔法を掛けているから迷う事は無いけど、魔物がそれなりに強くて数が多く、カズヤと私は疲労し始めていた。

 手頃な小部屋を見つけ、結界を張って小休憩する事に。


 ダンジョンに潜り始めてもう6時間以上は経っていた。

 そりゃお腹も空くはずだし疲れもするだろう。


 今は9階層目、5階層の最奥に中ボスのようなBランクの魔物がいたのだから、予想だと10階層の最奥にはまた中ボスがいるのだろうか。

 となると15階層にもいるかな、なんて、そんな事を食事をしながらカズヤと2人で話し合った。


 ちなみにダンジョンにいる魔物は基本的に倒すと魔石となって死体は消える。

 そして一定時間後にまた現れる、という仕組みになっている。

 これはダンジョン主がダンジョンをそのように設計して作り、魔力やら触媒やらを注ぎ込み、それに応じて動いているからだ。

 ダンジョン主を討伐すれば活動は停止する、といっても完全に停止するまで早くても半年程度は掛かるらしいからそれまではダンジョン主が居ないだけのダンジョンとなり、格好の稼ぎ場、修行場となる。


 ダンジョン主をいつまでも倒せずに放置するとダンジョンで作り出された魔物が血肉を備え、ダンジョンから溢れ、近くの村や街を襲う。

 そうならない為に、王都近くのこのダンジョンは早々に攻略しなければいけない、という事なのだ。



「それにしても、マッピングの魔法って本当に便利だな、結構広い範囲まで見通せるお陰で迷わずに此処までこれたし」


「人間にはマッピングの魔法は一般的じゃないのか?」


「俺の知る限りじゃ聞いた事ないな……というか、魔法としての大魔法だってミキに会うまで見た事がない、使えたとしてもごく一部の、それこそ大魔法使いくらいじゃないのか?」


「そうなのか、人間には失われてしまった魔法も多そうだな」


「だな、魔法と大魔法以外にはどんな種類があるんだ?」


「他?そうだなあ……古代魔法とか原始魔法とかあるな、そのうち使う機会があるかもね」


「へ~、そん時は楽しみにしてるよ」


 小休憩を終え、今日は10階層を突破するところまでを目標として、ダンジョン攻略を再開した。

 その日はそのまま、10階層を突破して11階層降りてすぐの小部屋で夜を明かした。


◇◆◇


 翌日、11階層からは更にダンジョンが複雑になり、更に私たちの想像以上に敵が強く、複数体でも最低Bランク、中にはAランクとされる魔物が混じっており、単体で現れる魔物はAランク上位はありそうな魔物で手強くなっていた。


 私たちの進行速度は一気に落ち、疲労と負傷でカズヤの負担は増えて小休憩が増えるのだった。

 身体の傷は魔法で癒えても精神的な疲労はどうしようも出来ないからだ。


 それから2日、やっとの事で14階層を突破する事が出来た、これもマッピングのお陰だ、この魔法が無い先行した勇者パーティはこの辺りの階層で時間を取られているんじゃないだろうか。


 そして15階層、今までのパターンだとここの階層の奥には中ボスらしき強い魔物がいるだろうと予想していた。

 しかし予想は少し外れ、階段を降りてすぐに大きな扉があるだけで他には小部屋がいくつかの他には何も無く、ここが最深層、中ボスでは無く、大ボスだと思わせた。


 そう思って扉の前で佇んでいると、大きな、轟くような咆哮が扉の奥から聞こえてきた。

 明らかに今までとは次元の違う存在が居る、そう思わせるに十分だった。

 カズヤを見ると、拳をギュッと握りしめ、扉の先を睨んでいるようだった。


 マッピングによるとこの扉の先には大広間がある。いかにもな空間だ。

 私たちは万全を期すために小部屋に入り、身体を休める為に一晩を過ごした。


 翌朝、準備をする、必要そうな物を魔法袋から取り出し、すぐに使えるようにしておく。

 そうやって準備していると、いつものようにカズヤが今日は正面から抱き締めてきて、耳元で囁く。


「この先は今まで戦った事もないほど手強い魔物が待っていると思う、正直まだ疲労は抜けきってないし、精神的にも疲れてる、だけど、必ず攻略しよう、ミキも協力してくれ」


 そう言ってギュッと抱き締める腕に力が入った。そして、そのカズヤの指は少し震えていた。

 それは緊張なのか、武者震いなのかは分からない。

 それは分からない、だけど、カズヤは不安なんだろう事は分かる。


 こういう時に私に出来る事と言えば、カズヤを奮い立たせる事だけだと思う、私が支えてやらないと、せめて不安を解消させてあげないと、そう思ったのだった。


 私はカズヤの背に腕を回し、抱き締め返すような格好になった。


「大丈夫、カズヤなら大丈夫だよ、自信をもって、こんなダンジョンはサクッと攻略しちゃおう」


 そんな感じに、わざと軽く言った。


「ミキ……」


 カズヤは少しだけ距離を空け、見つめてくる、そして──

 ……ん?この感じ、まさかキスするつもりか?

 おい、調子にのるな!するか!


 カズヤの顔面にチョップをかます。


「ンプッ、ミキ!なんで!」


「なんでじゃない、どさくさ紛れにキスしようとするんじゃない。調子に乗るな。100年早い」


「え~、ミキが言うと本当に100年待たされそうで嫌だなあ……」


 全く、こんなんじゃ優しくするんじゃなかったなあ……まあ緊張は解けただろ。


「指の震えは止まったか?緊張は解けたみたいだしそろそろ行こうか」


「ああ、ありがとうなミキ、気合入れて行くか!」


 私とカズヤは重々しい扉を元気に開けたのだった。

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