14.緊急クエスト
カズヤがいつものようにギルドでクエストを受けに行くと受付嬢から2階のギルド長の部屋へ来るよう言われた。
私とカズヤの2人で部屋に入ると既にギルド長は座って待っていて、私たちにも座るよう促す。
「ギルド本部から勇者マーシュ、いや、もうカズヤの方がいいか?まあとにかく、シリンダールの勇者へ直々に緊急クエストがあった。このクエストは強制となり選択肢が無い、一応聞くけどどうする?」
内容も聞かされず強制参加のクエストなんて、むちゃくちゃな話だ、私一人なら間違い無くそんなクエストほっぽって里に帰っただろう。
だけどカズヤなら──
「受けます、きっと何か、大事なクエストだと思う、ので」
……そうだろうな、カズヤならそう言うと思った。
私とは責任感が違う、それに私と違って逃げる場所も無い、いや逃げる場所なんか関係無いだろう。
そう思っているとカズヤは私を見て言った。
「ごめん、ミキ、勝手に受けちゃって、でもきっとこのクエストは受けなきゃダメなんだと思う、そんな予感がする。……まあ、格好つけたけど受けるしか選択肢は無いんだけどな」
そう言って、いつもの微笑みを見せる。
ああ、眩しいなあ、これが勇者って事なんだろうか。
「気にするな、私はカズヤと一緒に行くだけだ」
そういつもの様に返すとカズヤは嬉しそうに頷いてギルド長に向き直した。
「すまんな、本部からの命令には中々逆らえないからな、この街のギルドにもっと力でもあれば別なんだが……」
ギルド長はそう言って項垂れた。
「ギルド長、俺たちが活躍してギルドに貢献しますよ、期待してて下さい」
「そう言ってくれると助かるよ、すまんな」
カズヤなら、いやカズヤと私ならきっとSランクだっていけるだろうし、そうなればこのギルドの発言力だって増すだろう。
カズヤの成長速度は私とは比べ物にならないくらい早いんだから。
◇◆◇
お茶を飲み、私たちが一息ついたのを見計らってギルド長がクエスト内容を説明しだした。
「今回のクエストの討伐対象は魔王幹部候補と自称している魔族、スエットだ。砦を占拠し魔物を中心に戦力を集めていて近い内に近隣の街の制圧を目論んでいるとの情報だ。魔王幹部であればギルドのやり方も変わるのだろうが、今回は自称幹部候補という事で近い場所に位置する勇者が対処する事になった。そして1番近い場所にいるのがカズヤ、お前だ」
「カズヤはまだBランクだけど良いのか?」
疑問に思った事を聞いてみた、カズヤは強いがまだBランクになったばかりだ、流石に早いのではないだろうか。
ギルド長は頭をがしがしと掻きながらそれに応える。
「Bランクと言っても実際はAランクのクエストをこなしているし、実力はAランクと変わらないだろうとの判断だ。俺としてもまだ早いとは思うんだがな……」
「このクエストはAランクですか?」
カズヤの問いにギルド長はなんとも言えない表情で応える。
「一応Aランクって事にはなってるが、このスエットとかいう魔族が本当に幹部と同等であればSランク相当になると思う。そもそもAランクの最上位とSランク下位の境界はあいまいなもんだ。それをハッキリと判断出来るやつはまあ……いないんじゃないか?」
魔族や魔物は強さが全てだ、弱いやつは強いやつに従う、魔物を集められるという事はこのスエットという魔族は最低でもAランク上位なのだろう。
そして魔王とは、魔族で一番強く、組織として魔族を束ねる事が出来る者の事をいう。
だけど全ての魔物や魔族が魔王の支配を受けているわけではない。
特に魔物は元が動物だったものが魔物化したものが多く、魔王の支配範囲でもなければ勝手気ままだ。
それは魔族にも言える事で、シリンダール近辺は幸いにも魔王の支配範囲から遠く、国全体から見れば平和なほうの地域だ。
そしてそういう場所の野良魔族は個別に小集団を作ったりする事もある。
ただ、今回の件はそれとは違う。魔王幹部候補と自ら名乗るという事は魔王の支配下の魔族なのだろう。
どちらにしてもここで叩いておかないと近隣の街の平和は失われるだろう。
「だったら大丈夫です、圧倒的なSランクとかで無い限りは俺とミキの2人であればなんとかなりますよ」
「……そうか、そこまで言うなら俺には任せる事しか出来ない、……ってちょっと待て、2人だと?まさか2人だけで行くつもりか?流石にそれは危険すぎる」
ギルド長はホッとした直後、慌ててカズヤに詰め寄った。
だけどカズヤは平然としたものだった。
「大丈夫ですって、俺は強いですよ、それにミキは俺よりもっと強い、そもそも俺はミキがいれば簡単にはやられませんよ」
え?
カズヤはそう言った後、私の肩を抱き寄せた。
え~~ッ!!
ここでそんな事する!?
突然の事に私は固まった。
「おいおい、見せつけてくれるな。羨ましいよまったく。──そこまで言うならお前たちを信じる、任せたぞ!」
始めはあっけにとられていたギルド長も気を取り直して、いつもの事のように受け取り、そしてカズヤに任せた。
「ええ、必ず討伐してきますから楽しみに待ってて下さい!」
空いている方の拳を硬く握り、そうギルド長に言うのだった。
そして平常心に戻った私はというと、抱き寄せられた事もそんなに悪い気分じゃないなと気付き、同時にここで怒るのもなあ、と抱き寄せられるまま身を任せる事にした。
「そういやマーシュ、いやカズヤ、その呼び名なんだけどよ、そろそろどっちかに統一しないか?というかだな、もうカズヤに改名しても良いんじゃねえか?それにクレールもだ」
ギルド長がそんな提案をしてきた。
正直、今ではクレールと言う名前に違和感すら覚えるようになってしまった。
それはカズヤと会って前世の記憶が蘇り、カズヤといつも一緒にいて、ミキと呼ばれているからだと思うけど、400年もクレールと呼ばれていたのに不思議なものだ。
「実はそれは考えてあるんだ、名前をくっつければいいんだよ、俺はカズヤ=マーシュでミキはミキ=クレール、貴族みたいなファーストネールとラストネームじゃなくてカズヤ=マーシュで一つの名って事でさ」
「なるほど、それなら正式な名はカズヤ=マーシュで呼ぶ時はカズヤでもマーシュでも、カズヤ=マーシュでも良いって事か、考えたな」
なるほど、確かにそれならあだ名みたいなものと違って正しい名称として登録出来るし、問題は無さそうだ。
「ミキもそれで良い?」
肩を抱き寄せたまま、耳元で優しく囁く。
こそばゆく、なんというか、こう、まあ、悪い気分じゃなかった。
「ん?ああ、うん、それで良い……」
そう返すのがやっとだった。
というわけで勇者マーシュあらため、勇者カズヤ=マーシュとなった。私もミキ=クレールに。
そして私はカズヤが席を立つまでずっと、肩を抱かれたままになっていた。
◇◆◇
出発は明日、今日はゆっくり休んで心身共に充実させる。
という事で何日かぶりの宿に戻る。
Aランククエストともなると近場という事は殆ど無く、移動だけで1日以上掛かるものばかりだ。
今回受けたスエット討伐だって砦まで1日以上掛かるし、正面から突っ込まずに潜入するつもりなので偵察なんかを考えると討伐はさらに遅くなるだろう。
そういえば。
新しい宿に泊まった翌日の朝、相変わらずカズヤに起こされるのだけど、起きた後に毎回抱き締められる。
外で野宿した朝はそんな事は無いのに、宿に泊まった翌朝は必ずだ。
といってもまだ五本の指で収まるような回数しか宿に泊まってないので偶々という可能性もなくはない、だけど気になるなあ。
「おやすみ」
「ミキ、おやすみ」
寝相が悪いから仕返しで、とか?そんなわけないか。と、そんな事を考えながらキングサイズのベッドでカズヤと少し距離を空けて眠りについた。
◇◆◇
目が覚める、珍しく早起きなのはやはり昨日寝る前に気になった事の影響だろうか。
まどろむような感覚から覚醒していく、今自分がどういう状態なのかはっきりしてくる。
どうやら私は何かに掴まっているような状態の様だ。
いや、抱き抱えていると言っても過言ではない。
……んん!?
ベッドの上でこんな風に抱き抱えられる物なんて、1つ、いや1人しかいない。
とても太く、逞しいソレは、暖かく、そして、ドクン、ドクン、と一定の鼓動のリズムが揺籠の様な安らぎを与えてくれる。
カズヤの身体に腕も足も、頭も預け、抱き抱える様に抱き付いている。
あー、うん、なるほど、こういう事だったのか。
そういえば最近少し寒くなってきたからなあ、なんて思う。
瞼を開けるのが怖い、このまま寝たフリでもしてカズヤが動き出すのを待とうか、そんな事も考えていると──
「ミキ、起きただろ」
思わずビクリと反応してしまう。
絶対バレた、バレたと思うけど、寝たフリを続行する。
私は寝てますよー、たまたま、偶然反応しただけですよー。
「いやバレバレだからな?寝たフリすんな、往生際が悪いぞ」
……ダメかー!
うん、諦めて起きるか。
恐る恐る瞼を開き、そのままの体勢でカズヤを見上げる。
「……おはよう、カズヤ」
「おはようミキ、今日は早いじゃないか」
「あー、うん、宿に泊まった朝はいつも抱き締めてくるのなんでだろなーって思ってたら早く起きちった」
「ふーん、で、なんでか分かった?」
うん、分かった、完全に私が悪い、私の寝相が原因だった。
朝起きた時に女がこんなに抱き付いてたら、カズヤぐらいの年齢の男の子なら我慢出来なくなるだろう。
むしろ、そこで我慢出来て私が起きるまで待っているカズヤは凄いと思う。
寝ている時に手を出さない、という約束があるからなんだろうけど、少し申し訳ない気持ちになる。
前世が男だからその辛さは分かるつもりだ。
「うん、ごめん、まさかこんな事になってるなんて思わなくて、その、本当にごめん!」
そう謝るとカズヤは私の頭をポンと優しく撫でた。
「いや、気にしなくて良いよ、正直言って俺が起きた時に抱き付いてくれるのは楽しみでもあったし、急に無くなったら俺も困る」
そう言ってカズヤは少し照れた。
その表情を見て、少し可愛い、そう思ってしまった。
おっといけない。
何時までもカズヤを抱きついてるからこんな風に感じてしまうんだ。
私は身体を放し、起き上がった。
「さーて、それじゃあ自称幹部候補とやらを倒しに行く準備でもするかな」
そう言って伸びをしていると背後からカズヤに抱き締められた。
……しょうがない、私のせいでもあるし、少しだけだぞ。
「はい、嫌だ。ここまで!」
10秒ほどしてそう言った。
「えーッ!短くない?」
「十分長い!良いだろもう、嫌だって言ったぞ」
「……そろそろ自分に素直になっても良いんじゃない?」
何言ってんだ、私は十分素直だ、だから10秒間そのままにさせたんだから。
そこは気付いて欲しいところではあるんだけどな。
そして私たちはシリンダールの街を出て、魔族スエット討伐に出発した。
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