10.1等鍛冶師


 レッサードラゴンの群れの討伐をあっさりと済ませ、私たちは街への帰路についていた。


「そういやカズヤ、パーティメンバーはどうするんだ?まだ増やすんだろ?」


 魔王を倒そうというのに2人パーティという事は無いだろうと思い、尋ねてみる。

 するとカズヤはあっさりと


「いいや?俺とミキの2人で魔王を倒そうと思ってるけど?」


 なんて事を言う。

 本気か?確かに私の右に出る魔法使いはそうそういないと自負しているけど、たった1人だし、サポートもいるだろう、それにカズヤ以外にも前衛は必要だろうに、それを2人でだって?流石に無茶じゃないか。


「理由はちゃんとあるぞ。一つは男を入れたくない。男は絶対にミキに魅了されるからだ。だから男は無理。もう一つは……これは女の人が聞いたら怒るかも知れないけど、俺はもうミキ以外の女を今までの様に女扱い出来ないからだ。ギルドの受付なんかの関わりある人は丁寧に対応するだけでいいからなんとかなってるけど、俺にはもう他の女は女に見えないんだ!」


 ……呆れた。

 どこがちゃんとした理由なんだ。


 ……いや待て、それって両方共に私が原因じゃないか。

 それにしてもカズヤの考えすぎな気もするけど……。


「男なら必ず私を好きになるとは限らないだろ?現に冒険者ギルドではそこまで踏み込んでこない男の方が多いだろう」


 そう言うとカズヤは大きく頭を振ってまくし立てた。


「ミキは分かってない!俺がいつもどれだけ苦労しているか!俺のモノだとアピールしたり、俺がいつも好き好きアピールをしてイチャついてるからあいつらは踏み込んでこないんだ!もし一緒のパーティになってみろ!すぐに牙を剥くぞ!親友の俺だから我慢出来ているんだ!ミキはそれだけ魅力的なんだ、自覚してくれ!」


「いやいやそんな事は……って誰がイチャついてるんだ誰が」


「じゃあミキがもっと恋人みたいに回りにアピールしてくれるのか?」


「それは無理、恋人じゃないし」


 カズヤは肩をがっくりと落とし、大きくため息を吐いた。


「だろ?だから男を入れるのは無理なんだって~」


 うーん、理由はともかく、カズヤが頑なまでに男を入れたくないのは分かった。


「女性はどうなんだ?丁寧に扱えばいいだけだろう?」


「……ミキはどうなんだ?俺が他の女と親しく話してるのは気にならないのか?」


 いや別に……なるほど、少し想像してみるか。

 目を瞑り、カズヤと知らない女が親しく、イチャついている光景を想像してみた。

 そして私の方を見もしない、そんな光景だ。


 ……うん、それは嫌だな。

「……うん、それは嫌だな」


「まあミキなら別に気にしないとか言うよな、俺は悲し……って、マジ!?」


 しまった、思わず声に出ていたか。


「いや!これはアレだ、親友を盗られたくないという友達としての嫉妬みたいなもんだ!断じてカズヤが思っているような感情じゃないからな!」


 そう!これは私の親友への独占欲みたいなものだ、誰だって仲の良い友達が自分より他人を優先したら嫉妬するだろう!?その感情だ。


「あれ~?ミキは再会したばかりの頃は早く彼女作れとか言ってたのに~?あれれ~おかしいぞ~?」


 こいつ、調子に乗りやがって……でもこれは私のミスだ、カズヤを責める事は出来ない。


「分かった!分かったよ!パーティは増やさない、2人で魔王を倒す!それで良いよ!」


 もう話を終わらせたい私の言葉に、カズヤは待ったをかけた。


「待て待て!ちゃんと納得するまで話し合おう!……それで良いよ、なんて投げやりじゃ終われないだろ。で、何が嫌なんだ?そこの理由を詰めよう」


 カズヤはそれはもう嬉しそうにニヤニヤしている。

 さっきまでとはまるで立場が入れ替わってしまった。


 とにかく終わらせたい私は必死だった。

 ぐぐぐ、とこらえて言葉を吐き出した。


「勇者カズヤ殿、私も2人で十分だという意見に大賛成です、反論なんて滅相もない。それで行きましょう」


 ここまで下手に出たのだ、ここで納得しとけよカズヤ!

 ささやかな抵抗としてカズヤを睨みつけた。


「え~、どうしようかな~……おっと、まあ可愛そうだからここまでにしとこうかな。よろしくな、ミキ」


 浮かれていたカズヤは私の顔を見て、ヤバいと思ったのか終わりにしてくれた。


 助かった、のか?いやいや、そういう感情じゃないから。


 2人パーティに関しては正直不安だった、と言ってもこちらからはもうこの話題は切り出せないので、もっと私も強くならなくては。

 魔法をもっと学んで役に立つ様に頑張りますか。


 そしてカズヤはまだ嬉しそうでウキウキだった、それは勘違いなんだけど、嬉しそうだから放って置く事にした。


◇◆◇



「それじゃ報告してくる」


 ギルドに戻り、私はカズヤがクエスト完了の報告に行くのを見送った。

 

 少しして、受付は快挙だなんだと大騒ぎだ、レッサードラゴン20体に加え、ドラゴン2体もいたのだ、文句無しでAランクのクエストだ。


 でもこんな事で驚いてちゃいけない、カズヤはもっと凄い事をするだろう。

 そもそも目標は魔王なのだ、こんな事は余裕でこなせるようにならないと。


 そしてカズヤが報告を進めていると受付嬢と、いつの間にか加わっていたギルド長がそろって私のほうを見た。

 なんだろうと思い耳を傾けると、どうやらカズヤは私が大魔法でレッサードラゴン16体を纏めて倒した事を話している最中のようだった。

 カズヤはとにかく私を凄い凄いと褒め称えているのが聞こえてきて、こちらへの視線も相まって、少し恥ずかしい。


 その後も順調に説明は進み、いつの間にかカズヤの回りには多くの人が集まっていた。

 既に棚の上にはドラゴンの角なんかの素材が乗っていて、だれしもがカズヤの実力を認めたのだった。


 暫くカズヤは質問攻めに合っている。

 ドラゴン討伐なんて中々お目にかかれるものじゃない、そうなるのも仕方が無いだろう。


「お帰り」


「ただいま」


 さらに時が経過して、やっとカズヤが戻ってきた。

 お昼前なこともあり、ご飯を食べに行く事に。


 レッサードラゴンの討伐クエストにかかった時間は2日ほど、3日目の朝方にギルドへ戻ってきていて、折角高級宿を借りたのにまだ宿で一泊も出来ていない、勿体ないけどこればかりは仕方が無い。


◇◆◇


 そしてお昼ご飯の最中ふと思い出し、折れた剣の事を尋ねてみた。


「そういや折れた剣はどうするつもりなんだ?直す?新しいの買う?」


「その事なんだけど、ギルド長にこの街の1等鍛冶屋を紹介してもらった。これが紹介状。ここで直して貰うつもりだ」


 そう言って一通の封筒を取り出した。


 鍛冶師には等級があり、そのランクで技量を表している。

 当然値段もそれ相応になり、1等鍛冶師は殆どがドワーフだ。

 気難しいのと誰でも来られると困る事も相まって、1等鍛冶屋はいわゆる一見さんお断りとなっていて、気に入った者にしか打たないとさえ言われている。


 だからこの紹介状が必要だった、これなら直して貰えるだろう。


 そして食後、すぐに1等鍛冶屋へ向かった。

 鍛冶屋に入ると少しの武具が置かれているだけで、人の姿は無かった。


 カズヤが大声で奥に呼びかけると、少ししてやっとドワーフが出てきた。

 ちなみにエルフとドワーフは昔から仲が悪い。

 ったくドワーフめ、待たせやがって。


 そしてカズヤの顔を見るなり言った。


「うちは一見お断りだ、さっさと帰ん……いや待て」


 そう言ってカズヤの身体をベタベタと調べるように触りだした。

 暫く筋肉や手の平を確認して、やっと手を放した。


「剣の扱いにこなれた良い筋肉だ、それにしっかりとした基礎もある。お前、今日は何しに来た?」


「あ、はい。実は使っていた剣が折れてしまって……直してもらおうかと」


「折れた……だと、ふん、その折れた剣とやらを見せてみな」


 少し不機嫌になったドワーフにカズヤは鞘ごと剣を渡した。中に折れた剣先、といってもほぼ根本から先と剣の柄が収まっている。

 ドワーフはそれを受け取り、取り出し、剣を眺めて一言。


「この剣はダメだ」


 それを聞いたカズヤは慌てた。


「え!?あの、なんとかなりませんか?あ、ギルド長から預かった紹介状もあります」


 ドワーフは紹介状をチラリとみて、手を振った。


「そんなもんあってもダメだ。ワシは無駄な事はしない主義でな、無理なもんは無理だ、諦めろ」


「そんな!折角1等鍛冶屋を紹介して貰ったのに門前払いなんて酷いじゃないですか!せめてもう少し話を聞いて下さい!」


 必死なカズヤに思わず私も熱くなって声を出した。


「そうだよ!せめてちゃんと話くらい聞いてくれよ!そんな態度は無いんじゃないか!」


 ドワーフは私を見て眉をひそめた。


「なんだこのエルフは、お前とは話をしとらん!」


 何を!なんだこのドワーフは!だからドワーフは嫌いなんだ!

 私が憤るとカズヤが手を横に広げ、私を制止した。


「すみません、あの、鍛冶師さん、なぜ直して貰えないのか教えてください。じゃないと納得いきません」


 カズヤは努めて冷静にそう言った。

 するとドワーフの野郎は髭に手を当て、何事か得心したように頷いた。


「なるほど、どうやらお前らは何か勘違いしているようだな、ワシはこの剣はダメだと言った。それは直したところでこの剣ではお前に耐えられないからだ」


「え!?どういう事ですか?」


 カズヤの問いにドワーフの野郎は呆れ顔で応じた。

 カズヤをバカにすんな、真面目に答えろ。


「どういう事も何もそのままだ、それにその辺に売っとる剣程度じゃまたすぐに折れるだろう。ああ、勘違いする前に言っとくがお前の扱いが荒いからじゃない、単純にお前の力量と対峙する相手に剣が耐えられん、それだけの事だ」


「じゃあどうすれば……剣無しなんて」


「最後まで話を聞け、だからワシが新しい剣を打ってやろうと言うのだ」


 ドワーフの野郎は腕を組んで偉そうにほざいた。

 カズヤは驚き、嬉しそうな表情になる。


「え!?良いんですか?打ってもらっても!?」


「ああ、打ってやろう、だがいくつか条件がある。お前の剣を打つのにミスリル鉱が必要だ、それを採ってくる事。それと……ちとまっとれ」


 そう言ってドワーフの野郎は奥に引っ込んで行った。

 もう戻ってくんな!……はカズヤが困るから、待たせるんじゃない!さっさとしろ!


 少しして、ドワーフの野郎は一振りの剣を持って戻ってきた、遅ーい!

 そしてその剣をカズヤに渡した。


「その剣を替わりに持っていけ、そして戻ってきた時にあらためて見せてくれ」


 カズヤは鞘から剣を抜き、それを眺めた。


「これは……凄く良い剣ですね、良いんですか?これを使っても」


 私には剣の良し悪しは分からない、だけど、今までカズヤが使っていた剣よりも遥かに良い剣だという事は私にも確かに伝わってきた。


「ふん、そんな大した剣じゃない。でだ、ミスリル鉱のありかだがな──」


 こうして、カズヤの剣の為にドワーフの条件を受け、ミスリル鉱山へ向かう事になったのだった。

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