9.新しい宿とドラゴン退治


 新しく紹介された宿の前に私たちはいる。


「……おい、本当にここで良いのか?どうみても私たちみたいな冒険者が泊まる宿じゃないんだけど」


 その宿はどうみても冒険者が泊まるようなランクの宿ではなく、金持ちの商人、貴族なんかの金持ちか偉い人が泊まるような高級宿だった。

 カズヤは慌ててメモを取り出し、場所を確認する。


「やっぱりここで合ってる。宿泊費はタダって聞いてるけど、大丈夫か……?」


 この街の領主にこの宿を使う様に言われたそうだ。

 そうやって高級宿の前で足を止めて悩んでいると宿の入口から従業員らしき人物が駆け足で出てきた。


「勇者マーシュ様とクレール様でございますね?お待ちしておりました、こちらへどうぞ」


 ホテルマンのような制服を着ていて、普通の宿とは違う丁寧な対応に驚いた。

 どうやらここで合っているようなので、カズヤと私は大人しくホテルマンについていった。


「こちらのお部屋になります、何か御用の際はこちらのベルでお呼び下さい」


 カズヤに鍵を渡し、ホテルマンは去っていった。


 私たちは圧倒されていた、前世では高校生だったし、親と一緒にだって高級ホテルなんか泊まった事は無かった、まあ前世の高級ホテルとは比較にならないんだろうけど、この世界基準では高級宿だった。


「よ、よし、入ろうか、ミキ」


「あ、ああ、そうだな」


 部屋の鍵を開けて中に入ると今までの宿とは比較にならないくらい綺麗な部屋で、そして広い。

 ここは……リビングか?さらに扉がいくつかあり、それぞれがトイレ、風呂、寝室と繋がっていた。

 冒険者が泊まるような宿はトイレは共同だし、風呂はそもそも存在しない宿が普通だ、それに部屋にしてもベッドがあるだけのワンルームが基本だ。

 明らかに別格だった。

 しかも寝室のベッドはキングサイズ。こんな広々としたベッドとか逆に落ち着かないような気がする。


 ……あれ?

 そこでふと気付く、私の寝室は?

 もうホテルマンは居ないから別室では無いだろう、てっきりカズヤとは別に私の寝室があるとばかり思っていた。


 ……まさか?


「……カズヤ?」


 カズヤに振り向き尋ねる。

 カズヤは私と目を合わさないように寝室に入り、ベッドではしゃいでいた。


「めっちゃ広いベッドだな、キングサイズっていうのかな、これなら2人でも余裕だぞ。すげーふかふかなベッドだぞミキ!」


 ……こいつ。


「カズヤ?」


「ほら!前にミキは俺と一緒に寝たいって言ってただろ、前は狭くて出来なかったけど、ここなら一緒に寝れるな!な!」


 な!じゃねえよ。

 ……やられた。

 この宿じゃもう一室借りるなんて無理だ、高すぎる。


「それは言ったけど、今とは状況が違うだろ、……はあ、もう今更言ってもしょうがないけど」


 そう言って頭を抱える私に、カズヤは正面にやってきて私の目を見て言った。


「ミキ、勝手に決めてゴメン、だけど俺の話を聞いて欲しい」


 何か弁解があるらしい、聞いてやろう、私は優しいからな。

 だけど許したわけじゃないからな。


 キッと睨みつけ、応えた。


「良いぞ、聞いてやる」


「ありがとうミキ。──俺は決めたんだ、昨日俺がミキを抱き寄せたの覚えてるか?あの時気付いたんだ、ミキの心臓が凄く早く鳴ってる事に。それに少しの間だけど、俺に身体を預けてくれた様な気がした」


 確かに昨日はそんな事もあった、でもカズヤだって心臓が早鐘を鳴らしてたんだぞ。

 安心感を感じてしまったのも確かだけど……。


「あの時俺は手応えみたいなものを感じた。だから俺は決めた。今までのやり方じゃいつまで経っても関係は変わらないんだと。勇者になって自分の地位を確立したし、今までよりももっと積極的にミキに仕掛けていこうと、今までよりももっとグイグイいってやろうと、そう決めたんだ」


 グイグイってお前……今までだって結構積極的だったと思うぞ。


「だからっていきなり一緒のベッドか?流石にどうなんだ?」


「最初から裸で同じベッドで寝ていたヤツがそれを言うか?」


 う、痛いところをついてくるじゃないか。


「でもあの時は親友だっていう安心感があっただろ、今とは違う」


 カズヤは頭を振って私の言葉を否定した。


「いや、違わない、俺たちは今でも親友だろ?それにむしろ親友という土台があってこそ俺はミキを好きになった。それに俺はミキが”嫌”だと言うなら絶対に手を出さない。それは親友として誓う」


「本当に”嫌”だと言ったら止めてくれるんだな?」


 カズヤは無言のまま私に近づき、私を優しく抱きしめた。


 瞬間、カズヤの匂いに包まれ、その後に優しく暖かい感触に包まれる。

 その安心感に思わず身を委ねそうになってしまうが、気を取り直した。


「い、嫌だ」


 そう言いながら両手でカズヤを押し返すと、カズヤは素直に手を離してくれた。


「こうやって、ね?」


「そ、そんな事、今ならいくらでも出来るだろ!」


「それでも信じて欲しい、俺はミキの身体も確かに欲しいけど、それ以上にミキの心が欲しいんだ、俺を好きになって欲しい。こんな強引な手段だけど、エルフに好きになってもらうにはこれくらい強引じゃないとダメだと思ったんだ」


 ……ああそうだな、認めよう、昨日も今も、強引に来られて少し、僅かだけど、私の気持ちに変化があったのは事実だ。

 カズヤの胸の内に入った時、安らぎを感じてしまった。



 今まで私はなんだかんだと結局はそれまでの親友付き合いの延長、じゃれあいの様な感覚でカズヤの気持ちを受け止めていた。

 カズヤは本気で私が好きで、私の心を奪いに来ているんだと、やっと今になって分かった。

 私もその気持ちに向かい合わなければいけない、そう思った。


 一緒のベッドで寝る事は、まだ踏ん切りがつかないけど、仕方がない。

 カズヤの言う通り、カズヤと一緒に裸で寝るのだってなんとも思ってなかったはずだ、それに今なら、多少の心境の変化もあるし。

 一緒に寝ると言っても何かをするわけじゃない。

 それにキングサイズだ、前のベッドの様にくっつく必要も無い。


「分かった、ベッドの事は許してやる、一緒に寝るよ。だけどこれからはちゃんと私にも言ってくれよな、私も……ちゃんとカズヤと向き合うようにするからさ……」


 その言葉を聞くとカズヤは嬉しそうに微笑んだ。

 多分私はそのカズヤの表情に弱い。


「うん、ありがとう」


 カズヤは嬉しそうに両手を広げ──


「嫌だ、調子に乗るな」


「……はい」


 大人しくなった。


◇◆◇


 私たちは宿を出てギルドに来た。


 ギルドに着くと早速冒険者仲間から声を掛けられる。


「ゆうしゃどのー、今日はどのようなクエストをお受けで?まずはドラゴンとかか?」


 からかいと冗談半分でそんな事を言ってくる。

 私はドラゴンでも全然構わないけど、さてカズヤはどうするか。


「からかうなよ、でも勇者っつったらやっぱドラゴン討伐だよな!」


「それは勇者というより英雄だけどな」


 ツッコミを入れる私。


「いいじゃないかどっちでも、一発目かますには丁度良い、折角宿まで準備してくれてる領主様にもアピール出来るしな」


 というわけでからかってきた冒険者仲間がマジかよと驚いているのを尻目にカズヤは本気でドラゴン退治をするつもりのようだ。

 まあ確かに領主へのアピールも必要だろう、あれだけの宿なんだし。


 見るとレッサードラゴンの群れの討伐クエストがあった。


「あ、これなんか一発目のAランククエストとして丁度良いんじゃないか?」


 カズヤに声を掛ける。


「え、群れはちょっと厳しくないか?」


 少し不安そうなカズヤだ。でも大丈夫。


「大丈夫だ、レッサードラゴンなら私も討伐経験があるぞ。まあ報告はしてないんだけど」


「討伐経験があるって……やっぱりミキは凄い力を持つ魔法使いなんだな」


「そうか?まあエルフの里で1番の才能だったらしいから、これくらいはな。だからこれ受けよう」


「それって凄い事なんじゃ……分かった、ミキのお勧めだもんな」


 勇者カズヤの記念すべきクエスト一発目はドラゴン退治となった。

 レッサードラゴンだけど、群れでAランクだ、普通のBランクには到底無理なクエストだから、その力を見せつけるには十分過ぎるほどのクエストだった。


◇◆◇


 レッサードラゴンの群れの場所まで来た。

 なだらかな丘の上、少し盆地のようになっている場所に大量だ。 


 カズヤが様子を見た感じだと、20体程度のレッサードラゴンとその奥にドラゴンが2体いるようだ。

 ギルドの情報とは違うが、このランクのクエストではよくある事らしい。

 情報を持ち帰るのも大変だろうし、そう言う不確定要素も含めてAランククエスト、と言う事なんだろう。


 打ち合わせを済ませた私たちはまず、私が見つからない程度の距離で大魔法を唱え始めた。


 大きな結界、数多、鎌イタチの様な魔法の刃、イメージ良し、こんなもんだろう。

 そして魔力を注ぎ込んで、群れの中心に向かってイメージを放った。


 杖の先から眩しい光が放たれ、群れの中心で大きなドーム状の結界が張られた。

 そしてその中では魔法で出来た無数の鎌イタチがレッサードラゴンを切り刻み、結界内で反射し、さらに切り刻んでいる。

 レッサードラゴン程度の鱗なら簡単に切り裂ける鎌イタチだ。

 あっという間に残りは結界から漏れたレッサードラゴン4体とドラゴン2体となった。


「良し、行け!カズヤ」


「お、おう!」


 すかさず駆け出すカズヤに援護魔法をかける。

 身体能力強化と、ある程度の攻撃まで弾く装甲魔法を付与した。


 私はこれ以上は手を出さず、カズヤに頑張ってもらうつもりだ。


 パニック状態に陥っているレッサードラゴン4体を難なく切り伏せ、残りのドラゴンと対峙する。


 ドラゴンは頭から尻尾の先まで全長10m程度のサイズで攻撃方法は主にブレスと長い尻尾だ。


 2体の連携によるブレスと尻尾を回避しつつ、近づく隙を探るカズヤ。

 尻尾攻撃をしてきたドラゴンが正面を向くタイミングに合わせてそのまま近づき、胴体下部に袈裟斬りを入れる。

 ドラゴンの腹部装甲を貫通し、切り裂き、一拍の溜めの後、高く飛び上がって首を切り裂き落とした。


 私の想像よりやるじゃないか、そもそもレッサードラゴン4体を難なく倒した時点で実力はAランク相当なのは間違いない。

 それにドラゴンにしても背中側の装甲は硬く分厚く剣や魔法が通りにくいけど、正面腹部や首の前面は背中よりは薄く剣が通りやすい、つまり対策がバッチリ生かされているという事だ。


 本当に、この半年でさらに頼もしくなった、私の強化が入っているとはいえ、成長した。


 連携攻撃の無くなったドラゴンなど最早カズヤの敵では無い。

 あっさりと首を落とすだろう、と思いきや必死の抵抗の尻尾攻撃をカズヤは剣で受け止める事態に。

 その衝撃で、激戦を戦い抜いたカズヤの剣は根本からポッキリと折れた。

 

 私は慌てて魔法攻撃を放つ準備をしたが、カズヤは一瞬だけ驚きの表情を浮かべた後、すぐに雷の魔法を打ち込んだ。

 続けて私も魔法を打ち込むとドラゴンは絶命した。


 こうしてレッサードラゴン20体とドラゴン2体の討伐は完了した。


 カズヤは雄叫びをあげ、歓喜を表現した。

 そして私に駆け寄り、ハイタッチを求めてきた。


 抱き付いてくると思って身構えてしまった私は、少し安堵してカズヤとハイタッチを交わした。


 興奮状態でカズヤは言った。


「ミキ!凄いなあの魔法は!なんだよアレ、反則だろ!」


「ああ、大魔法ってヤツだ。爆発なんかだと効果は分かりにくいし、音もデカいから他の魔物を呼び寄せる可能性もあったからな、それに熱耐性もある程度あるしで、レッサードラゴン程度なら切り裂ける魔法の刃で結界内に閉じ込めて倒し切ったんだ」


「凄いな大魔法、アレだけで殆どのレッサードラゴンを倒したじゃないか、ミキは大魔法使いだな!」


 そう言って屈託なく笑った。


「カズヤだって凄かったじゃないか、最後に剣さえ折れなきゃドラゴン2体でも余裕だっただろ、簡単そうにやってたけどBランク上位程度じゃパーティでも苦戦するんだぞ」


「本当に!?ミキに褒められるなんて嬉しいなあ」


 カズヤは腕を広げて今にも私に抱きつこうとしていた。


「すぐ調子に乗る、ダメ、嫌だ」


 それを聞いたカズヤは露骨に肩をガックリと落とした。

 その落胆ぶりに私は少しだけ可哀想になってしまった。

 まあ折角勝ったんだし、これくらい許してやるか。甘いな私は。


「しょうがないな、少しだけなら良いよ」


 一瞬で歓喜爆発したカズヤは私を抱きしめた。

 ちょ、ちょっと力が入りすぎ!痛い!


「ちょ、痛い、痛いって!」


「あ!ごめん!」


 そう言って力を緩め、優しくしてくれた。

 そして、数秒で放してくれた。


「ありがとう」


「ああ、全くしょうがないな、ガキみたいにはしゃぎやがって」


 そう言いつつ、私はカズヤが離れた事に少しの寂しさを感じた事に気付いた。

 ああもう!これは一時の気の迷い、ノーカンだ、ノーカン!

 ……私はカズヤの抱擁に弱いのだろうか。

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