5.タイミング
あれほど仲の良かった私たち2人の関係は、今では大きな距離、壁を感じるようになっていた。
少なくとも私にはそう感じていたし、だからこそ裸で寝る事も止めたのだった。
今思えばそれが決定的だったのかも知れない。
始めは僅かなズレのはずだったのに。あの時にちゃんと何か言えていれば違ったのだろうか。
クエスト中でも居心地は悪く感じ、連携も以前ほど取れなくなって、余計な事を考えて集中出来なくなっていた。
今まさにこんな事を考えて、集中出来ていないように。
そんな時の事だった。
◇◆◇
今回はブレススパイダー討伐クエストを受けていた。
ブレススパイダーは全長1m程度の蜘蛛で、蜘蛛型としては珍しい口から糸を吐き、他の蜘蛛のように糸の巣を張らず、素早い動きとその広範囲に広がる粘着性の糸で獲物を狩っていた。
それが村の近くで生息数が増えて、村人にも被害が出始めたという事で討伐する流れとなったようだ。
Bランククエストとはいえ、連携は取れなくても私たちであれば余裕のクエスト、のはずだった。
私はその余裕さから何故こんな関係になってしまったのか考えていて集中していなかった。
カズヤは前に出て、糸や攻撃を躱しながら順調に数を減らしていた。
私は後方から支援魔法と適度に遠距離魔法を打ち込んでいたのだけど、考え事をしていて集中しておらず後方の警戒がおろそかになっていた。
気付いて振り向いた時には眼の前に稲妻のようなジグザグ状の糸が迫っていて、対策する時間も、躱す暇も無くそのまま糸に捕らわれてしまった。
「あッ!!」
一言発するのがやっとだった。
続けざまに他のブレススパイダーにも糸を吐かれ、ますます身動きが取れなくなり、口も塞がれて、視界も閉ざされた。
完全にやらかした、致命的なミスだ。
カズヤとは少し距離が離れて戦っていて声に気付いたとしてもすぐには戻ってこれない可能性が高い。
ブレススパイダーは獲物を糸で捕えた後に毒を注入して巣に持ち帰り、餌とする習性がある。
となると捕われた私に次に待つのは毒の注入だ、毒は効かないから良いとしても咬み付かれたり、管を刺されるのは普通に痛いので嫌だ。
さらにその先の事まで考えて恐怖していると、カズヤの声が聞こえた。
「ミキから……離れろッ!!」
なんと、もう私のところまで戻ってきてくれたようだ。
「うおおぉぉぉッ!!」
カズヤの雄叫びが聞こえる、私にはそれが頼もしく、雄々しいと感じられるものだった。
程なく、辺りは静かになり、カズヤの荒い呼吸音だけが響いていた。
カズヤは粘着性の糸を焼き切り、私を解放してくれた。
「ミキッ!無事か!?怪我はないか!?大丈夫か!?」
「あ、ありがとう……」
カズヤは必死な様子で心配の声を掛けてくれた。
「ああ、うん、まだ糸に巻き取られただけで他には何もされてない、大丈夫」
そう応えた私は次に、ちゃんと後方を確認しろだとか、集中していろだとか、そんな事を言われると思って少し身構えていた。
「そうか……うん、良かった、本当に無事で、……良かった」
カズヤは、そう心から安堵するように言葉を吐き出したのだった。
想定外のその言葉で、やっとカズヤの顔を見た。
そういえば、カズヤの顔をちゃんと見るのはどれくらいぶりだろうか、あれから、そう、あれからだ。
やっと私はまともにカズヤの顔を、表情を見た気がした。
それは、私を注意するだとか、非難するだとか、そんな思いは微塵も無く、ただ心配し、安心し、嬉しそうに見え、私には眩しく映った。
私は申し訳ない気持ちで一杯になった。
余計な事を考えていたから、ちゃんと集中していなかったから、原因がよく分かっているだけにカズヤに責められるのが当たり前だと思っていた。
でもカズヤはそんな事はまるで思ってすらいないように、ただ心配し、そして、安心している。
「ごめん、……でも私が悪いんだ、他の事を考えてて、全然集中してなかったから、だから魔物に気付かなかったんだ、心配かけてごめん」
原因を口にした。
全ては自分のせいだと、それも魔物と戦ってる最中にあろうことか全く別の考え事をしていたのだ、と。
その時の私はカズヤに責めて欲しかったのかも知れない、悪い私をちゃんと罰して欲しいと、そうする事で罪を償わせて欲しいと、知らずに思っていたのかも知れない。
だけどカズヤは頷いて、優しく諭すように言ってくれた。
「うん、ミキが集中出来てない事はずっと知ってた。心此処にあらずだなって、分かってた。だけどそれを聞くのも怖くて、言えなかった。だから、せめて何かあってもすぐにフォロー出来るように、ずっと意識してたんだ、だから気にしなくても良いんだ」
どうやらカズヤには私が集中出来ていない事はお見通しだったようだ、だからこそ、こんなにすぐに助ける事が出来たという事なのだろう。
そして、聞くのも怖い、というのはここ最近の関係、距離感があって、私が拒絶していたからだろう。
カズヤは私をちゃんと見て、状態を把握して、気を使ってくれていた、私と違って。
私は関係や距離感に気付いていながら何も出来ず、なんとかしなきゃと思いつつも何もせず、無意味に考えてばかりだった。
親友だと言いながらカズヤの事を考えてもいなかった。
本当に自分が情けない。
何をやっていたんだろう。
◇◆◇
カズヤがそわそわしだして、やがて神妙な顔をして私を正面から見た。
何事だろうか、多分今の私なら話を素直に聞けると思う。
「ミキ、今からちょっと話してもいいか?」
「ん、いいけど」
一呼吸置き、カズヤは話し始めた。
「少し前からさ、だんだんとズレというか、距離感が出始めたよな、俺たち」
「……そうだな」
それはまさにずっと私が考えていた事だった、そして考えていながらも、何も答えが出ず、何も言い出せなかった事をカズヤから話をしてくれた。
「なんとなくミキに避けられてるような気がしてさ、俺もなんとなくだけど遠慮するようになったんだよ」
思い返せばズレや距離を感じたのは私であって、カズヤにはその感覚は無かったかも知れない、だけど私がそうするから、カズヤも遠慮しだした、という事だろうか。
「始めは俺の気のせいかな、って思ってたんだけど、どんどんとミキが遠くに行きそうに感じてさ、それである朝、いつものように起こしに行ったら、いつもは裸だったのにその日から服を着てて、いや服を着ろといつも言ってたのは俺だったんだけど、距離感を感じ始めた時期だったから、……その……俺が起こしに来るのが嫌だったのかなって……」
そう、あの時は裸を見られるのを嫌と感じるようになって、それで寝る時に服を着るようになったんだ、それで──
「ミキが嫌だと感じるならと思って、起こしに行くのを止めた。でも今は後悔してる、あれ以来、更にミキが遠くに感じるようになったんだから」
カズヤを拒絶して、それを感じたカズヤも気を使って起こしに来るのを止めた。
そして、お互いの活動時間がズレて今みたいな距離感になってしまった。
そうだ、そのとおりだ。
そうなっても私にはどうすればいいのか分からなかった。そして何もしなかった。
何もしなかっただけじゃない、あえてカズヤを避けてたような気すらする。
「だから俺は何処かでタイミングを見つけてちゃんと話をしたいとずっと思ってた。だけど、そのタイミングが中々無かった。……でも、やっとタイミングが来たかなと思ってる。だってミキが久しぶりに俺の顔を見てくれたんだから」
その言葉にハッっとする、カズヤは私の顔をしっかりと見ていた。
思えば、あれ以来まともにカズヤの顔を見ていない私と違って、いつも私と向き合っていた。
やっぱりそうだ、私が勝手にズレたと感じて、勝手に1人で距離を空けていただけだったんだ。
そしてカズヤの顔をちゃんと見てないから、カズヤの事が分からなくなり、今に至っているんだ。
ああ、なんて私はダメなやつなんだ、400年も生きているのにただ1人の親友に対してさえ、ちゃんと向き合えないなんて。
「それでミキ、ここからが本番で、ちゃんと聞いて欲しい」
「……うん」
「一緒じゃない時間にさ、俺も色々調べたんだよ。エルフは恋愛感情や性的な感情が薄いって事とか、だから寿命が長いのに、結婚や出産、恋人なんかも中々作らないって。人間とはそこも大きく違うんだな、まあ考えたらエルフが人間みたいならこの世はエルフだらけになってるはずだもんな」
「……そうだな」
今ひとつ、何が言いたいのか分からない、まだ前座の話のように聞こえるけど。
「前になんで他の女に声を掛けないのか、ってミキが言ったの覚えてるか?」
「ああ、言ったな、覚えてる」
あれがターニングポイントだと思ってるから、今なら覚えてる。
今ならあんな事言わなきゃ良かったのにと思うけど。
「本当の答え、今から言うよ」
「うん……うん?」
ん、ちょっとまって、この流れ、まさか。
「ミキ、俺たちはまだ親友だと思ってる」
もう私は親友失格だと思いつつあったから、カズヤがまだ親友だと認めてくれた事が嬉しかった。
カズヤが親友だと言ってくれるなら、私たちは親友だ、だけど。
「だけど、いや、だからこそだと思う。俺は、ミキの事が好きだ!」
やっぱりそうきたか。
「エルフなのは分かってる、寿命が違うのも理解してる、考えたけど、悩んだけど、それでもやっぱり好きなんだ、他の女はもう目に入らない、それはただ単に綺麗だから、美人だからというだけじゃなくて、ミキだから好きなんだ、親友のミキが女だから、全てが好きなんだ」
「……ちょっとまって」
すぐには応えられずにいた。
自分の気持ちは……カズヤには悪いけど異性として好意をまだ持っていない。
そもそも異性としてみているかどうか、そこから怪しい。
カズヤは特別な、そう、大切な親友だ、そういう意味でなら好きだと思う、だけど、恋人としてと考えるとそうではない。
だけど……無下に断るのも悪いと思う自分がいる。
以前なら好意を持たれたら関係は終わりだと思っていた、だけど今は考えが変わっている。
自分にはその気が無くても、カズヤが好意を持ってくれるなら、受け入れてあげれば良いんじゃないか、そんな気持ちも有る。
こんなに距離感が開いてしまったり、壁を感じるようになってしまったのは私の責任で、親友失格だ。
カズヤが幸せになれるなら、開いてしまった距離感が埋まるなら、それでも良いんじゃないか、大切な親友に戻るための贖罪だ、そう思えた。
しかし、そんな気持ちを見透かしたようにカズヤは言った。
「ミキ、同情や憐憫で受け入れるつもりなら止めてくれ。俺はミキに好きになってもらいたいんだ、ミキの心が、全てが欲しいんだ」
心を見透かされているみたいだ、カズヤは本当に私の事が好きで、私より分かっているんじゃないのかと……あれ?
だとすると、告白しても断られる事は分かっていたはずだ、なんでこんな事を言い出したんだろう。
「ミキ、俺はまだ気持ちを伝えただけで、付き合って欲しいとは言っていない。それはまだミキが俺の事を好きになってない事を分かっているからだ。だから今はまだ返事はしなくてもいい、ダメって分かってても聞きたい言葉じゃないからな」
え?じゃあなんで分かってて告白してきたんだろうか、一体なんの意味が。
「なんで?って顔してるな。──告白には2つ目的があって。一つは今の距離感を戻したかったという事、今なら、ミキが俺の事を嫌ってるんじゃなければ元のように戻れると思うんだよ」
確かに距離感を戻したいとは私も思っていた、今の私には少し前まであった心のわだかまりみたいなものを感じない、これならまた以前の様に戻れると思う。
「もう一つは、これからはミキに、俺がミキを好きだ、と意識してもらう事かな、何気ない行動でも好意を持たれてると思うと感じ方が結構違うもんなんだぜ」
これも確かにそうかも知れない、告白される事で逆に異性として意識するだろう、でもそれってネタバレじゃないのか?
……もしかしてネタバレも手の内なのか、安心させる為の、ふふ、なるほどな、らしくて良い、確かに好感度は上がった。
「意識してもらって、俺がエルフの薄い恋愛感情を呼び覚ましてやるから覚悟しとけよ、って事、分かったか」
「ああ、分かった。私も好意はともかく、距離感は戻したいと思ってた、これからまたよろしくな」
私の心はスッキリして晴れ晴れとしていた、カズヤのお陰だ。
こんな親友を持って私は幸せだ。
好意を持たれている事だってちっとも悪い気分じゃない。
「じゃあさ、距離感戻った事だし、早速手を繋ごうぜ」
「なんでだよ、前でも手は繋がなかっただろ、調子に乗るな」
「ちぇ〜、流石にダメか〜」
「残念だったな!」
私はハハッと声をあげて笑った。
「──やっと笑ってくれたな、その方が綺麗だし可愛いし、それにミキらしいよ」
カズヤも嬉しそうに微笑んだ、人懐っこいいつもの笑顔とは違う、それは愛する人に対する、慈しむ様な笑顔だった。
私は笑った、久しぶりに、愛想笑いなんかじゃなく、ちゃんと笑えた。
もう全部、カズヤの手の平の上じゃないか。
ああくそ、本当にカズヤには敵わないな……。
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