4.開く距離


 この世界でカズヤと再会し1ヶ月ほどが経った。


 その日、夜の食事時にふと思い立ってカズヤに尋ねてみた。


「そういや最近は女性に声掛けてないんじゃないか?別に私に気を使わなくても良いんだぞ?」


 最近、というか一緒になってから女性に声を掛けているのを見た覚えが無い。

 カズヤの話や私に声を掛けてくる男連中の話だと、モテるだとか声を掛けまくっているという話をよく聞くのに、そういう素振りが全く見えないのだ。


 だから、もしかして私に気を使って自粛しているのだとすれば、そんな事は無用だと、気を使う必要は無い、と言っておかないといけないと思ったのだった。



 カズヤと一生一緒にいると決めた時から考えている妄想がある。

 それはカズヤとそのお嫁さんがいて、その子どもたち、さらに孫までいたりして、そしてその子らにオオババ様!と呼ばれて遊んでみたりしてみたいのだ、当然見た目は17才くらいの今の見た目でだ。

 そしてカズヤが亡くなったらフッと居なくなる、そんな事まで妄想していた。


 他にもカズヤに代々使えるメイドエルフ、みたいな物も考えて見たりした、そんでカズヤの子や孫に懐かれたり……とも考えたけどカズヤはそんな家柄じゃないし、私もメイドとか出来るとも思えないしで、この妄想はボツとなった。


 というわけで、その妄想の実現の為にもカズヤには結婚してもらって早く子供を作って欲しいのだ。



 するとカズヤは、なんとも言えないような顔をして応えた。


「いや別に気を使ってるとかじゃないんだ、なんというか……今はそんな気分じゃないってだけ、そっちこそ気にすんな」


 そう言って顔を背けた。


「ふーん、ま、別に良いけどね」


 私は知っているぞ、これは嘘を吐いている時の反応だ、伊達に幼馴染で親友をやっていないからな!

 なぜ嘘を吐く必要があるのかは分からないが言いたくないなら別に良いさ、私も別に気にもしないしな。


◇◆◇


 翌朝、珍しく早く目が覚めた、まだカズヤは起こしに来ていないようだ。

 まだ眠く、殆ど悩む間もなく二度寝しよう!と思い至る、そしてもう一度目を瞑り、気持ちの良いまどろみの中にいると少しして部屋の鍵を開ける音が聞こえた。


 どうやらカズヤが私を起こしに来たようだ、もう少しで眠れそうだったの間の悪い奴め……そうだ!

 ガバッと起きてカズヤを脅かしてやろうと思い、薄目で様子を見ながら起きるタイミングを見計らっていた。


「おいミキ。朝だぞ、起きろ」


 合鍵で部屋の鍵を開け、顔だけ出して声を掛けてくる。

 此処で起きても驚きは少ないだろうから、もっと近く、どうせなら起こすタイミング、一番気を緩めた時を狙うのだ。さあ、もっと近づいて来い。


 全然起きる様子が無い私を見てため息を吐き、扉を開けて中にカズヤが入ってきた。

 そろそろか?いや、まだ早い、もうちょっと待て。


 カズヤは頭をボリボリとかき、またしてもため息を吐いた。

 そして私が寝てる間に引っ剥がしていた掛け布団を手に取り、私にかけ直した。


「本当にミキは朝弱いな、それにそんな格好じゃいつか風邪引くぞ」


 当然いつものように裸で寝ている私であった、それに失敬な、風邪なんてエルフになってから引いた事ないんだぞ、もしなっても魔法で治せるし平気だろう、多分、治ると思うけどなあ、治癒魔法って結構アバウトに治せるし、うん。

 あれ?確か風邪って治癒魔法で良かったよな?


 そんな事を考えていたらカズヤはいつの間にかベッドの横の顔に近い位置にしゃがみ込み、私のほっぺをつんつんと触ってきた。

 しまった、起きるタイミングを失ってしまった。

 今起きて脅かしてもほっぺつんつんで起きたと思われるだけだ、余計な事考えている場合じゃ無かった。


 そしてカズヤはほっぺつんつんを止めて呟いた。


「昨日なんで他の女に声を掛けないかって聞いたよな?」


 あれ?もしかして寝たフリがバレてる?

 いやいや、ここで起きたら思う壺だ、こうなったら最後まで寝たフリを続けて気の所為って思わせるしかない。

 それに確かに昨日の夜にそんな事を聞いた気がする、あんまり覚えてないけど。


 確かあの時の答えは嘘だと見抜いたはず、まあどうでも良いんだけどさ。



「それはな、他の女が目に入らなくなってるんだよ、ミキのせいで。それくらい分かれよ」


 

 ──え?

「──え?」



 思わず声が出てしまった。

 心の中で思っただけだったはずの心の声が、口から漏れてしまった。


 しまった!と思った時にはもう遅い、目を開いてしまって、カズヤと目が合った。


 カズヤは口を押さえながら、あたふたしだした。


「いやッ!ちがッ!今のはだな!!そういう意味じゃなくてだな!その……!なんでミキが起きてるんだ!まてまて、今の無し!えーっと!──」


 謎の弁解をしているカズヤとは対照的に私の頭は冷静だった。

 今のはどういう意味だ?まさかカズヤは私に好意を持っているという意味か?女として?親友なのに?

 いやいやそんなはずが無い、どうやら私も冷静ではないようだ、私たちは幼馴染で親友同士のはずだ。

 カズヤが私を女として好意をもって見ているわけが無い、もしそう見られていたならとっくに襲われていても不思議じゃないはずだ。だってその好意を持つ女が無防備にも裸で寝ているんだぞ?手を出すチャンスはいくらでもあったはずだ。

 好きだから手を出さないというのもあるけど、いや、カズヤはそういう男であって欲しいけど、どうなんだろう分からない。


 とにかくそういう意味の好意じゃないはずだ、カズヤの言葉を思い出してみよう。

 「他の女が目に入らない」つまり、単純に私が美人で綺麗すぎるから他の女性が見劣りして見えるって事じゃないのか?

 うん、これなら納得がいく、実際に素材が良い女性が化粧したところで勝てないほどだと自負している。

 そうだなコレだ。


 よし、納得したらスッキリした。

 まだあたふたしているカズヤを安心させてやろう、私は勘違いしていないって事を伝えないとな。


「安心しろカズヤ。勘違いしてないから、私が美人で綺麗すぎるから他の女性が見劣りするって話だろ?気持ちは分かるよ、うんうん」


 そう言って、カズヤの肩をポンポンと叩いた。


 それを聞いたカズヤは感情がまぜこぜになっているような表情をしていたが、一度俯いた後に顔を上げた。


「……あ、ああ、実はそうなんだよ、ミキ、お前美人すぎ。俺の目が肥えて、前まで美人だと思ってた女がそう見えなくなって困ってるくらいだ」 


 やはりそういう事で合っていたようだ、良かった、危うく勘違いするところだったじゃないか。


 もしカズヤが私に女として好意を持たれても困る。

 私はエルフで恋愛感情や性的な感情なんかは薄いからそういう気持ちになりにくいし、それ以前に私たちは男同士の親友であってそういう関係じゃないはずだ。


 それにもし私の事が好きだとしたら、私たちの関係は此処で終わりだ、親友では無くなるし、そういう気持ちの相手を信頼なんて出来ない。


 私にとってカズヤは前世の親友だから特別な感情は有るし、一生を一緒にいてあげたいと思うけど、そういう感情じゃない。親友として、あくまで男同士の友情。100年にも満たない暇つぶし。


 そのはずだ。


「しょうがないよ、私くらい美人でスタイルが良いのはエルフでも中々いないしね。それにしても全く、カズヤが私の事を好きになったかと勘違いするところだったじゃないか、危ない危ない」


「そ、そんなわけ無いだろ?……俺たちは……親友なんだから……」


 カズヤはそう言った後に顔を背け、悲しそうな顔をしていた。

 その時の私には心の余裕が無く、昨日気付いたその嘘の仕草も、その表情にも気付かなかった。


「じゃあ、さっさと着替えて降りてこいよ」


「分かった」


 カズヤは顔を背けたままこちらに向き直さず、そのまま部屋を出ていった。


 返事はしたものの、私はなにか良く分からない感情の渦に心がもやもやとし、カズヤがもう一度呼びに来るまで暫くの間布団を被って丸まっていた。


◇◆◇


 そんな出来事があって、私たちの関係は少しギクシャクしだした。

 表向きは普段通りに見えるようだけど、お互いにほんの少し、2人にしか分からない程度の距離感のズレ、ほんの僅かの遠慮、そんなものを感じるようになってしまった。


 このままではいけない、そう思いはするけどどうすれば良いのか、なんと声をかければ良いのか分からず、結局何も言い出せないでいた。


 そうしているとズレを認識し、遠慮をして、さらに大きなズレになっていったのだった。 


 相変わらずカズヤは起こしに来てくれていた、だけど、いつの間にかカズヤとの距離感が開くにつれ、裸を見られたくないと心の何処かで感じるようになってしまっていた。

 それは、恥ずかしいという感情では無く、心を開けない相手に対して抱く感情に近づいているのだった。



 そして、いつの間にか私は裸で寝る事をやめ、服を着て寝るようになってしまった。

 寝る時に身体に何かを纏うという事に慣れておらず、寝心地の悪さを感じた。だけど、裸で寝ようとは思えなかった。



 それは、ギクシャクしていない時期なら問題は無かったかも知れないけど、今の距離感、関係でその変化は、カズヤから見れば明確な距離、明確な拒絶と見えた事だろう。

 そしてそのうち、カズヤも朝起こしに来る事をやめてしまった。



 2日連続で昼前に目が覚めた時、私はカズヤが意図的に起こしに来なかった事に気付いた。

 その時の感情は、自分勝手な怒りや悲しみでも無く、そうなるよな、という諦めのような感情だった。


 朝の時間がズレる事により自然と2人一緒での行動は減り、クエスト以外での会話も減り、周りもそれを感じるほどとなった。


 クエストで一緒に行動している時もなんだか居心地は悪く、連携も以前ほど取れなくなった。


 そんな時の事だった。

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