第5話
「だったら、なんて呼べばいいんだよ、おい」
彼女や彼女の母親が父親を宥める前に俺は動いていた。
もうなにかが切れたんだろう。俺は怒鳴り返していた。
「名前言ってからそんなのは言えや。急にキレてんじゃねえぞ」
ここから先は後で思い返したことだが、このときの俺は何を言っているんだろう。急にキレたのはお前だ。
父親としては否定したわけだろう。暴力に訴えてきたのはマズいにしても、正しにきただけだろう。ちゃんとした理由はあってのことだろう。
「偉そうにしてっけど、お前もちゃんとしろ。なんだよ、北海道って。俺はそこ出身でもないのにしつこくボケてきても知らん」
一応、弁明すれば、俺もキレた理由はある。人の話を聞いていないような態度を取っていたから、ついつい返してしまったわけだ。お前は勝手にやるクセに俺が許されるわけではなかろう、みたいな感じで。酔いのせいでもあるんだろうが、彼女の父親の態度を冷静に受け止められなかったわけだ。
「それを3回も繰り返して。あなたはアンガールズが好きなんですか」
そんなツッコミをすれば、彼女の父親はキョット~ンとしていたと思う。彼女も彼女の母親も俺が何を言っているんだか、分からない様子だったんだろう。怒鳴り散らしていたから、そっちに困惑していた可能性もあるけど。
「その人たちがそういうネタを披露していたから、尊敬してやったんですか。そういう意味ですよ」
さっき言った言葉の意味を口にしていた。通じていないようだから、解説したんだろう。
多分、状況を理解できていないだけだろうけど。従順に大人しい態度を取っていた俺がいきなり豹変したことに驚いていたから、口を開けているんだろう。
「あと、名前をもじるのなら、そっちはどうなんだよ。山なのか丘なのか、はっきりしろ」
山も丘も小高い土地と同じ意味ではあるが、厳密に言えば、違う。山は起伏が大きいものを指し、丘は山よりも起伏が小さいものを指す。
つまり高いんだか低いんだか分からない、と俺はツッコんでいるわけだ。
これは後で思い返して気づいたわけだが、彼女の苗字にある丘は岡である。表札で見ていたにも関わらず、間違った字で指摘していた。どうでもいいことではあるが。
「いや、丘違いだ。岡山の岡だ。福岡の岡だ」
「それだったら、岡山なんですか。関東地方に住んでいるのに、中国地方なんですか」
これに関しては、自分でも何を言っていたんだか、分からない。誰か解説してほしいくらいだ。
口にした本人が分からないのなら、彼女たちも余計に分からないだろう。こいつ、頭イカれてんのか、という目でこちらを眺めていたような気がする。
そう思ったのは、そこから先の記憶がないからだ。急に目の前が真っ暗になったから、その後、何が起きたのか分からない。
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